はてなキーワード: 黒柳徹子とは
この曲は何でしょう!
あーした春が来たら、きーみに会いに行こ~ぉ
正解は、
「明日、春が来たら」でした~。
早く春になるといいわね!
終了間際になると、
パン祭りと見せかけて、
笑っちゃうわ。
でも、あのお皿おフランス製だし意外とオシャレよね。
あれにおシャンパンを注いで飲むのがどっかの界隈で流行ってるらしいの。
余談だけど。
街中が賑わうらしいわよ。
値打ちあるわ~。
お家にはそんなにないわよね。
どこで流通してるのかしら?
私思うに、
マッドマックス的な荒廃してお金が価値をなさない世界に突入したとき、
総発行枚数は決まってるわけだし、
それごとでまた貨幣価値が違うようになると思うの。
予言するわっ!
そう思うの。
また、人類が発展して、
あのお皿が大量に出土するの!
お皿を通して振り返る回がきっとやると思うし、
その頃でもまだ黒柳徹子さんは
一向に縦書きだと思うわ。
うふふ。
久しくまたシール集めてみようかしら?
と見せかけておいて
おにぎり2つでした。
鮭チラシおにぎり大好きなのよね。
寒ーい時はお味噌汁もあったら嬉しいわ。
うーん、
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
http://anond.hatelabo.jp/20160520221713
http://anond.hatelabo.jp/20161013184229
http://anond.hatelabo.jp/20160908231225
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http://anond.hatelabo.jp/20160212235259
http://anond.hatelabo.jp/20161203220850
http://anond.hatelabo.jp/20160115003658
http://anond.hatelabo.jp/20160115000640
今年もたくさんのブクマ、意を汲んだ当意即妙のブコメありがとうございました。また来年、増田で。
ちなみに去年は
http://anond.hatelabo.jp/20151125184644
ID:Re-KAmさん、URLの間違いのご指摘ありがとうございました(というかいつもブクマありがとうございます)。一年もかかってしまいましたが修正しておきました。
さっき、『日立 世界ふしぎ発見!』で、黒柳徹子が解答に「桜」と答えていた。ちなみに正解。さすが。
「桜」の崩し字は、木編に「ツ」みたいな三本線の下は平仮名の「あ」みたいな字。
気になる人は「桜 崩し字」で検索してほしい。
書道とかは除いて、彼女の世代が、日常的に崩し字を書いていた最後の世代になる。
私たち(敢えて主語をでかくするぞ、体持ってくれよ!)は、崩し字というか草書の文化を失った。
筆記具は筆から鉛筆・ペンになり、縦書きから横書きへ。筆記から印刷へ。
日常的に漢字を崩したり、文字を連続して書くことは専門家以外にしなくなった。
大学などで習いはするから、読める。けれど、それを日常で書くことはない。
常用漢字という「崩し」で、はっきり楷書で書く時代に生きている。
楷書や常用漢字批判をしたいわけじゃない。回顧したいわけでもない。
先日、久しぶりに六本木ヒルズに行った。訳も無く行った。意味も無く行った。そう、私は鬱病だからである。鬱病の俺にはミッションが無い。ただ、この得体のしれぬ病を治し職場復帰する事が現状の課題ではあるが、自身のありとあらゆる妄想が復職への道を拒むのである。まあそれはさておき、主題に戻ろう。そう、昨日六本木ヒルズにあるテレビ朝日に立ち寄った。そこではドラえもんやらクレヨンしんちゃんやらミュージックステーションやら、TV朝日の人気番組の展示ブースが並んでいた。俺は鬱病なりにおとなしくそれらを眺め、又、来場している輩も眺めていた。時は16:00頃だったと記憶している。東京某都知事の釈明会見がオンエアーされていて、暫くブースモニターで観覧した後その奥へ足を運んだ。するとそこには「徹子の部屋」があるではないか!MSのタモリとの扱いとも別格。誰が見てもあの「徹子の部屋」である。そして何やらそのブース入り口に赤いボタンがある。俺は(鬱病だから)何の抵抗も無くその赤いボタンを、クイズ番組の回答者の様にこぶし内側で叩いてみた。すると"トゥールッル トゥルル トゥールッル トゥルル トゥルル トゥールール‐ルール‐ルットゥー "とあのメロディーが流れてくるではないか!!徹子の部屋のブースに等身大の黒柳徹子と思われる人形が腰かけている。そしてあのBGM。俺はこの演出に萌えた。辺りを見回すと20代2人組の女の子が俺の奇妙な行動に微笑んでいた。(俺と同じ事をしたくても、恥ずかしくてやれなかったのだ)そんな周囲の二人のリアクションを見て、俺の鬱加減も急速に冷めてその奥にあるドラえもんのび太のブースに足は向かうのだが、やはり「徹子の部屋」は写メし、離婚した嫁と子供に送信すべきと思い、舞い戻った。すると先程微笑んでいた20代2人組の女の子が、なんと私をアイキャッチしてくるではないか!俺はESPではないが瞬時に彼女たちの気持ちは察し得た。「徹子の部屋の写メ撮ってくれませんか?でしょう?」彼女たちは小さく頷いた。そして俺は「OK!大丈夫よ。実は俺も交換条件として、俺のスマホで同条件で撮って貰いたいのさ!(←俺は独り)」見も知らずの彼女たちは頷いた。そして俺は、照れくさそうな彼女たちを、赤いボタン(BGMが流れるやつ)を数回押しながら、あたかも徹子の部屋のゲストであるかのように演出し、カメラアングルは正面・背面、そして徹子目線で撮ってあげた。「上手く撮れているかわからないけれど、色んなアングルで撮ったから、使えるもの使って」そう言うと二人は「ありがとうございます!」と言ってくれた。そして何より俺はこんな鬱病の俺が誰かしらの人生にほんの少しでも関われたのが嬉しかった。
見たんだよ、昨日ね。
テレビ草創期に生きた、存命の人物をネタにしたバラエティで、描こうとしてるものはまさに「テレビの世界」だ。
なんだよ、くっそおもしろかったわ。
なんだよ、あれ。
すげーわ。
地の黒柳徹子としての感情表現、つまりドラマに必要な演技もこなすし、この企画が要求するメタな面白さみたいなとこも、きっちりやりやがる。
しかも美しい。本当に美しい。横顔なんてマジで神々しいんだよ。
その誕生のころを組み替えたネタでしか、楽しませられないのか?
出演者、裏方これだけを集められるのはやはり、テレビというかNHKがまだ死んでないことの証左ではあるかもしれない。
森繁も渥美清も永六輔もみんな死んだ。徹子も長くない。テレビ持ってない人の方が多くなるのもそんなに先じゃないかも。
まだ初回だが、この番組の出来が良ければ良いほど、臨終のテレビへのはなむけ的な雰囲気になりそう。
ブコメの人へ
ガキのころ、フランク永井とか、菅原洋一とか、よく知らんオッサンが当然のように出ているのか不思議だったよなあ。
あんなオッサンに全盛期があったなんて、信じられなかったし。
なぜ、水前寺清子は毎年365歩のマーチを歌っているのか、とか。
主演の連ドラが最高視聴率50%越えしたことのある「国民的スター」だったなんて知らなかったし。
毎年のように「ヒット曲なんてないのに、なんで和田がでているのか」とか、ネットの一部で盛り上がるけれど、
まあ、30年くらい前から、そんなもんだったよな。
千昌夫あたりも、たいしてヒット曲ないのに、毎年同じような歌で出場していたと記憶する。
白組・山川静夫アナウンサー、紅組・佐良直美か黒柳徹子、というのがある時期、紅白の定番だったけど、
いまさら復活するとはね。
なんでいろいろゴチャゴチャと言い訳してんの?
ならそう判るように書けばいいのに、そうは書かずに
「今一番大事なのは、子供達の為に私たちもできることを考える事です。」
って子供をダシにしてるわけなんでしょ?
黒柳徹子はユニセフから正式な依頼を受けて募金の窓口やってるわけじゃないんでしょ。
「本当なら学校が指定する店で制服を買うんだけど、学校に知り合いがいるから俺が頼めば別ルートで割安で買えるよ」
みたいな話なわけで。
そりゃ学校指定の店は「うちが唯一の正規店です」って言うよ。
http://anond.hatelabo.jp/20131115132145
http://anond.hatelabo.jp/20131114111136
ひろゆきは今回被災したフィリピンの子供を助けたいなら黒柳徹子に送金した方がフィリピンの子供にお金が使われるって言ってるだけで、日本ユニセフの中抜きを批判してるわけじゃないでしょ。論点がズレすぎ。
■返信
oktnzm
"徹子に送金した方がフィリピンの子供にお金が使われるって言ってるだけ" それならわざわざ公開質問する必要ないよね。質問の意図はなんだろう?ひろゆきの気持ちになって考えてみよう。
アグネスは日本ユニセフを運営しているわけじゃなくて、広告塔として宣伝してるだけの人だから、日本ユニセフじゃなくてアグネスに公開質問状を送ったって事は、日本ユニセフの運営ではなく、宣伝の方法に文句があるのかな?と思ったよ。
黒柳徹子は団体では無く個人なわけだから、このアグネスの文章は嘘ではないんだけど、ちょっとこの表現はどうかな〜、ひろゆきもここに疑問を持ったのかな?と、俺は思ったよ。
他にも色んな意図を想像したけど、実際の所ひろゆきがどういう意図で公開質問をしたのかは本人にしかわからない。
・「ボランティア実務に関わる人はタダで働くべき」というイメージの流布
・「マクドのポテトは原価率が〜!」って得意げに吹聴する高校生とどこが違うの
・他人様の金の使い道にあれこれ口出すのがおこがましいわ。
■追記
@hiroyuki_ni: 論点にしてないことを解説して、反論した気になってる人って、会社とか学校でもそうなのかなぁ、、、
■返信
oktnzm
質問の意図がわからないなら "徹子に送金した方がフィリピンの子供にお金が使われるって言ってるだけ" とは言えないね。おわり。/エジソンみたいな純粋な気持ちで質問したはずだとか言わないと。
"徹子に送金した方がフィリピンの子供にお金が使われるって言ってるだけ"ってのは、質問の意図の事ではなく、↓のことです。
説明がヘタですいません。
言わずもがなだと思ってたんだけど、ブコメで疑問や批判として書かれてたので、いくつか追記しとく。
まず、アグネスはなんで黒柳徹子の口座番号を書かないのかという話なんだが。「日本ユニセフ協会の大使であるアグネスも、グローバル組織の親善大使である黒柳徹子への個人口座へ入金をすすめるのが当然」という理屈…これ、自分の会社に置き換えてみたらどう考えても筋がおかしいことだってわかるでしょ。
アグネスの主たる職務は、自分が所属する日本ユニセフ協会のプロモーションと寄付金集めなのであって、その活動の成果を、任命組織じゃなくて親組織の側のエージェントである黒柳徹子に直接フィードバックせよ、っていうのは、あるグローバル企業の日本支社の営業マンが、自分の足を使った営業活動の末に取ってきた発注案件を「値段少し安くなるんで、本社直轄でやってるグローバルECサイトで飛び込みの新規客として注文しといてくださいね〜」って言うのと同じだ。
当然、そのぶんの営業成績は自分にも日本支社にもつかない。自分の部署のPR・営業・啓発活動のコストを持ち出しにして成果だけは別セクションにつけちゃうわけだから、控え目に言ってただのバカ、悪い言い方をすれば職務倫理違反。本社側にとっても、支部とWebで実際に投入された活動と得た成果の数字が対応していない=投下費用とリターンについて誤った指標を得ることになるわけで、長期的には全くよいことではない。
おわかりだろうか。ようするにひろゆきは、ルート営業さんが得意先に出入りして営業活動してるところにやってきて「お客さんのためを思うなら、グローバルのWebでモノ買ってもらうよう勧めるのが正しいのでは? なぜそうしないのか答えてくれませんか?」って公開質問状送ってるようなもんなのである。それをお客さんに伝えるならまだしも(それも相当ひどいが)、日本ユニセフ協会の営業マンであるアグネスに言うのはどう考えても筋違いだ。
前のエントリでは黒柳徹子氏の個人口座(トットチャンネルのお願いチャンネル)への年間寄付を1億以下ぐらいじゃないかと書いたが、これは少なすぎるかもしれない。めいっぱい多めのセンで見積もって、記述からするとこれまでのピークだったと思しき2700万円/月を12倍し、年間3億円前後が彼女の個人口座への寄付のポテンシャルの上限だとしよう。一方、日本ユニセフは去年に161億円を集めている。50倍強だ。この50倍の差が、そのまま黒柳徹子氏と日本ユニセフという組織の力の差なのである。
パンフ、ポスター、イベント、プレスリリース、TVCM、メディア露出、ネットバナー、街頭活動など、定番のマーケティングチャネルや営業ツールを駆使してAIDMAを廻し続け、顧客ベースを維持・拡大することが、B2Cの事業活動全般においていかに大切かは言うまでもない。そして日本においては、まさに日本ユニセフ協会がユニセフの協力組織として、20%のマージンを使って畑を耕し、種を蒔き、水を与え続けているのだ。この作業が途絶えれば、いずれ畑は衰え、収穫は途絶える。これを100%使い切ろうというのは、種籾食べて次世代の食い扶持をなくすのと同じ話である。
黒柳徹子氏はユニセフ親善大使として多大な貢献をしているが、そこはやはり個人ベースの活動だから限界がある。日本のオプラ・ウィンフリーとでも言うべき認知と影響力を誇る彼女でさえ、自前のWebに自分で人を集めるだけでは、多く見積もっても3億円/年、実績ベースで過去の総計50億円弱(と本人が書いてる)の集金力がやっとなのだ。「徹子がいるんだから日本ユニセフはイラネ」という奴はそこをよく考えていただきたい。
これは上の話とかぶるけれども。仮にユニセフ本部自体が日本にもリーチするためのPR活動を自分自身でやってて、日本ユニセフ協会はただの送金システムなのであれば、そりゃ19%は高いわ。しかし、実際はそうではない。日本でユニセフという組織がこれだけ認知されているのは、日本ユニセフ協会が推進しているさまざまなマーケティングミックスによって、我々が日常的にユニセフという組織について知り、理解して、共感して、実際に寄付に至るまでのさまざまなパスが提供されているからだ。
こうした活動の大半は、当然、固定費ではなく変動費である。一定のコストをかけて、何らかの施策を何らかの規模で投下して、一定のリターンを得るのだ。企業活動と同じである。「組織や拠出の規模が大きいから19%より下げられるはずだ」などというのは無茶もいいとこだ。あんたがたの会社は、売上規模が大きくなっても間接部門のコストはずっと一定でいいのか。暴動起きるぞ。規模のメリットによる生産性向上はありえるし当然あるべきだけど、その観点で評価しても、今の日本ユニセフ協会のパフォーマンスがことさら低いということはないだろう。それを「中抜き」とか「ピンハネ」と表現するに至ってはもう何をかいわんやである。
なお、自分はこうした団体に「利益率」という観点が必要なのかどうかは考えが定まっていない。たとえば日本ユニセフ協会が1000億円を集めて400億円をユニセフ本部に拠出できるとしたら(実際には協定の取り決めによりこれは無理なのだが)、それは現状より良いのか、悪いのか。限界効用ぎりぎりまでコスト投入して拠出の絶対額を限りなく増やすべきか、もっとレバレッジが効く他分野にその寄付を廻して社会全体のコスト効率を高めるべきなのか。これは読んでる人の意見を聞いてみたい。
http://www.unicef.or.jp/partner/partner_amb.html
ユニセフでは、世界的に著名な歌手や俳優、スポーツ選手などをユニセフの親善大使に任命しています。また、世界8ヶ所にあるユニセフ地域事務所の一部や、36ヵ国にある各国内委員会も ユニセフ本部の承認のもと、親善大使(地域大使・国内委員会大使など)を任命しています。こうして任命された大使の方々は、お忙しい時間の合間を縫って、全くの無償のボランティアで、ユニセフの活動に協力してくださっています。
ぐぐれば1発で出てくる情報について、わざわざブコメする時間使ってないない書いてるのは、情報強者たるネット民の沽券に関わらないだろうのか。ν速や保守速報あたりで「【悲報】日本ユニセフの会計が丸裸にwwww」とかってまとめられてないと読めないのか。なこたあないだろう。
2ちゃんねる的にいうとひろゆきと切込隊長が険悪になりはじめた頃から一貫してひろゆき派だし、いまでもその2人のどっちが好きかって言われたら前者を取るね。他のテーマでは面白いこと言うなと思うこともあるしテキストを興味深く読むこともある。けど、あーたは少なくとも経済倫理的な話をできる立場じゃないでしょ、という見方だし、この問題については、あのロジックは他への影響がでかすぎるからもう糞味噌書かせていただいた。後悔はしていない。
日本の税制では、認定公益団体への寄付金は課税控除される。しかも2011年からは従前の所得控除に加えて税額控除という仕組みも選べるようになり、たいていの場合、従来より大幅に控除額が上がった。「寄付が税金から控除される」というのは、どういうことなのか? 国民は、基本的には国家というシステムに公共サービスと再分配のためということで税金を納めるわけだが、このうち再分配のパートについては「再分配的な性格を持つ公益団体に直接寄付するというかたちで、自分が考える好ましい再分配のありかたに沿って、ある程度は自分の裁量で決めてもよいよ」ということだ。われわれは税金の細かい使途については全く関与できないけれども、「寄付して控除を受ける」ときには、かなり積極的に選択権を発揮できるのだ!
これは地味ながら大変うれしい権利だし、積極的に行使してゆくに越したことはないだろう。ブコメで「偉そうに言う増田は幾らしてるのか」「そういえばひろゆきは自分が寄付した話はしないよね」などという話題が出てたが、小金を貯めて寄付先を選んでエイヤと寄付するのは、自分にとっては汗水垂らして稼いだ金を「ただ税金として納めるのではなく、自由に用途を指定できる」という一種の娯楽であり、例年ある程度の枠を決めて、それなりに楽しませてもらっている。
まだ日本ユニセフ協会には寄付したことはない(資金力豊富だし、例の児ポがらみのアドボカシー活動の内容にはアグネス叩きのネット民と同じく共感しにくい点があるからだ)が、ユニセフが深く関わる「母子保健」というトピック自体には多大な関心があるので、ジョイセフという地味〜な団体に時々寄付している。あと災害に伴う緊急医療援助のときは赤十字と国境なき医師団(資金力豊富という点で同じだが、特に後者はマジで命を賭けてるし動きが速い)、移民支援ならAPFS(注:これは認定公益団体ではない)など。東日本大震災のときには初動が速かったCIVIC FORCEというところに寄付させてもらった。
一度やってみればわかるが、寄付行為というのは「人におしつけられてやるのは非常に嫌だが、主体的にやれば、得られる精神的満足感が思いのほか高い、コスパのいいエンターテインメント」なのである。家飲みでご機嫌になってるときにあれこれ考えて1000円を寄付するのは、もう2本ロング缶を飲むとかPPVでB級映画を見るよりもはるかに自分自身への効用が大きい。思わぬ収入があったときには思い切って20万円を3団体に分配して、もうドーパミンが出まくった。セブンで募金箱にジャラジャラ小銭を流し込む快感もお手軽だし悪くない。
だから「気持ちはあるけど日本ユニセフ&アグネスは嫌だから、いい寄付先教えろよ」という人には「いやいや、それは寄付するときの一番の楽しみをスポイルしてるよ、自分で探して選ばないと超もったいないよ」と言いたい。ただ、いまの時分はてっとりばやくフィリピンに寄付して1000円を3000円にするのもいいだろう(自分はあの記事を読んで日本赤十字経由で1万円を3万円にしたのでほくほく顔である)。
なんで「自分がいくら寄付した」という自慢話にもとられかねない話をわざわざ書くかというと、自分はかつて、ある偉大なはてな民(自らの行為に震えながら、100万円単位の寄付領収書を何度も(!!!)うpした(1・2)、あの方である)の寄付スタンスに多大な感化を受けたからだ。それまでは自分も「寄付したことは隠すのが美徳」などと考えちゃったりしていたが、今はそんな発想はさらさらない。我々のような凡夫が、思いつきで気軽に寄付して、それを気軽に公言することで、廻りの人間の10人に1人でも共感させればいいのである。
「懐具合に余裕のある志の高い人間だけがチャリティに関われる。自分などはとてもとても…」などという、意味不明なうえに誰も得しない謙遜はやめよう。たとえば風俗通いを武勇伝として同僚に話せる奴が、なぜ寄付のことを武勇伝とか「やっちゃった話」として職場で話せないのか。パチンコや競馬で毎週のように1万円を溶かしてる奴が、なぜ寄付で3000円スって「まあ楽しませてもらったけどな!」と強がって吐き捨てないのか。なぜ艦これのDMMマネー大人買いが「米帝」とおののかれるように、ネットで無名NPOへの高額寄付がおののかれるようにならないのか。そうなればいい。そうしよう。まずはあんたからだ。
http://anond.hatelabo.jp/20131115031217
煽りです
その1万円はどうやって募金されたのでしょうか。
黒柳徹子はユニセフ親善大使としての活動はしていても個人としての広報はしていません。
つまり、黒柳徹子個人に募金される額は1/100の可能性があります。
さて計算してみましょう。
日本ユニセフ 1万円×0.81=8100円
黒柳徹子(個人) 100円×1=100円
10円で救える命があるのだから差は800人。
誰からも施されずに死んで逝った800人の命はそれを責めないだろうか。