はてなキーワード: 限界集落とは
すみませんが、そもそものテーマとして「少子高齢化」なんて、僕は考えてないんです。
テーマからズレる事は、元々考えたかった事を希薄にしてしまう。
だから、シングルマザーに関するトラバへのコメントは控えました。
「少子高齢化」に重大な問題があって、解決が非常に難しいことは
限界集落と呼ばれるような所で生まれ育って、
子供や若い働き手が少ない(いない)事が地域社会を維持出来なくさせてしまう事は、それなりに実体験として分かります。
また、財政難などの問題も当然大きな問題としてあるでしょう。
ただ、計画性のない出産を財政的に許容できな社会の方に問題がある、
と言うのは、社会に期待し過ぎ、甘え過ぎと感じたからまとめに書きました。
自営業を手伝うなどは、可能でも学校に行かずに働く、小学校が終わって働くと言うのは難しいと思う。
では、
(おそらく、社会保障や教育費、医療費などの経済的な支援の充実、保育所などの充実の事と思われる)
こういった社会は実現できれば良いとは思う。けれど、今はない。
だから
「デキ婚への寛容」
として、書いたので「少子高齢化」に関して考えを練っていませんでした。
あと、『〜でしょうが』『〜べき』なんて書き方されると、
http://d.hatena.ne.jp/NATROM/20110318#p1
そして、今日。
武田邦彦 (中部大学): 原発 緊急情報(47) 汚染・6日に日本全土に拡がる怖れ
http://takedanet.com/2011/04/47_afa2.html
これはどちらかというと玉寄りの記事であると思う。そしてブコメでもそういう評価も多いようだ。
今回の大震災でボロを出した人は多い。一部ではそれ以前からボロが出ていたが、これを機に人口に膾炙したような人もいるだろう。
代表例として池田信夫がいる。彼は玉石で言えばごくまれに玉のような記事を書くが、たいていは石っころの記事を書く残念な「学者」である。
ところで、
NEWSポストセブン|反発覚悟で森永卓郎氏提案「日本は原発のスイッチを入れよ」
http://www.news-postseven.com/archives/20110404_16422.html
森永卓郎は池田信夫よりマシという程度の凡な学者だというのが私の中での評価だが、経済学者はどうしてこうもリスクを度外視した提案をするのだろう。
経済学にはリスク評価や維持コストまで含めたモデルが存在しないのか?それとも経済学とはここまで残念な学問だったか。それはないと思いたい。
とにかく、今回を機に「学者」の権威も失墜したと言える。「東大www」とバカにされるように、「東大教授wwww御用学者の限界集落だろwww」と罵倒される時代が来たのだ。
政治不信にせよ、御用学者不信にせよ、根っこは共通である。彼らに求められているのは超人かつ聖人である。あるべき日本人のイデアを求められているのであり、彼らはそれを体現する圧力に晒されているのだ。そしてそれが実現不能なのは言うまでもない。彼らは失敗するし、無理解もある。
玉石混淆こそ人間の証明である。玉しか求めないのは机上論人間の押し付けでしかない。
そしてこの超人欲求こそが張りぼての神話を呼び起こす圧力になる。失敗しません、なんてのは初めから不可能である。正社員安全神話も鉄道安全神話も崩壊した。そして原発安全神話も崩壊した。それが崩壊することこそが権威失墜の動機であり(権威は失敗が許されず、失敗するということは世間に取って凡人であることを導く)、デマを信じる源泉になるのだ。信頼性に於いて学者の言い分もデマも同列になったのだ(最大限譲歩して、フラットになったといえる)
具体的に言えば高齢化。
世界中のいろんな国が高齢化してるけど東京は日本にしかないよ。
地方で少子化しようが都市部で少子化しようが少子化は少子化だよね。
なんか違うの?
でしょw
まとまってるほうがインフラの整備も維持も安上がりだよね。
東京のせいにして東京を引き摺り下ろせば地方が栄えると思ってる?
地方に交付金出してくれる財布がなくなるだけだよ
以上、
君の理路は支離滅裂でお話にならない。
-復興は移住を伴わざるをえない
今回の震災で、東北の海側の多くの町(宮古、大船渡、釜石、陸前高田、気仙沼、志津川(南三陸)、女川、牡鹿町など。)が自治体レベルで壊滅している。これらの街では、町民の多くが亡くなっている模様だ。本当に心が痛い。私の祖母も石巻に住んでおり、幸い無事だったものの、安否が確認できるまでは、生きた心地がしなかった。
住んでいる方々は街の壊滅を目にし、今後復興が出来るのだろうか、と思っているに違いない。
しかし、幸いにも、今は国を挙げて(世界からも)支援を行う、という機運が出てきており、金銭的・物理的な支援が今後予想される。ただし、生き残った方だけが元の場所にあらためて住居を建てて居住し、街を作るということはおそらくできないだろうし、するべきでないだろう。
それは、これらの街に(東北全部に言えることだが)共通しているのは、どの街も高齢化が進んでいると言う事だ。限界集落となる人口を超えてしまった場所が多数あると考えられる事と、人口が減ってしまう以上、人口に対して街が間延びし、電気・ガス・水道・交通などの復旧コストも増加要因となってしまうからだ。加えて行政・医療・教育・介護などはスケールメリットがきくので、ある程度街のサイズがあった方がきめ細やかなサービスを提供できる可能性も高い。
つまり、復興する街は住民の移住を伴った新しい街になる、ということだ。
そして、もちろん、何よりも地震・津波に強い必要がある。特に、今回想定を大きく超えた津波で壊滅した街が相次いだ事から、海沿いの街のあり方を根本的に考える必要がある。
今回、自治体は一からの復興を目指さなくてはいけないが、逆に言えばまったく何も無い状態から、自由な発想で一から街を作る事が出来るチャンスでもある。
一からの街づくり、というのはおそらく戦後以来であろう。まさに、戦後蓄えた都市計画の知識を総動員する時だ。
特に、高齢化が進んだ街の問題を解決する街を作る事が出来れば、将来的に東北だけでなく日本中到来する高齢化社会のモデルともなろう。
私は、ある程度(千人~)の規模を持った、中層(10F-20F)建ての共同住宅を中心とした、コンパクトシティを目指すべきだと思う。
主な理由としては、
である。
-問題は産業の復興。地域への投資インセンティブをつけ、企業の呼び込みを
今回、漁業・工業などは壊滅的な打撃を受けてしまった。それにより、漁業・工業に従事している方向けにサービスを提供していたサービス業すらもなくなってしまう危険がある。産業が無ければ、労働年齢の人口は生きていく事ができない。この地震により産業がなくなったことで、労働人口がさらに都市部へ流出してしまうだろう。
これをどのように食い止められるか。ある程度は復興事業により雇用できるだろうが、大事な事は復興事業以外の留めない事だ。一時的に復興事業により雇用も生まれるだろうが、復興事業は持続的なものではないのでいずれなくなってしまう。この地域を復興事業依存にしてしまうと、永遠に復興費用を支出しなければいけなくなってしまう。
大事な事は、企業の投資を呼び込んで、持続的な産業を作る事だ。投資企業に対する法人税の免除などのインセンティブを用意し、企業を呼び込むことを本気でやる必要がある。産業の壊滅具合を考えると、各県にこのためだけの部署があっていいくらいだ。
ここで、上記の街づくりと絡めて、「介護都市」を作り、その「介護企業」を作るのもいいかもしれない
企業は寄付も良いが、そのお金で地域再生ファンドなどを作って、会社を作ってはいかがだろうか。企業の一番の社会的責任は、産業を創出し、雇用を作り、納税する事である。
転載 http://d.hatena.ne.jp/yesucandoit2010/20110317/1300339904
1.現地入りはしない。
になると思います。
1.についてはご懸念の通り、ロジスティックが付いていない限り、医師と言えど一般人で、現地の負担と現地への貢献は差し引きマイナスの可能性が高いからです。
2.については、実際このようなケースでは、現地ヒアリング→物品手配→現地での医療活動、の手順を踏みますが、その最初の工程の効率化が図れる可能性があるからです。
基本的には、地域拠点病院に連絡がつき、そこに情報を出しているならそれで当面の最善は尽くしているということになると思います。叔父上のお気持ちは分かりますが、トリアージが行われたような現場では、通常の医療倫理あるいは感情的道徳的には理不尽な話が正解となる場合があります。「2人の人を助けるために自分の母親を殺せるか?」という問いと似たような話で、感情的には納得できないのが当然と言えますが・・・
ただし72hという最も緊急的な対応が必要な時期は過ぎていますので、ケースバイケースな点もあって「絶対に止めた方がいい」とはいいきれません。実際に医療的な貢献ができるかどうかは別として「顔見知りの医者が面倒を見に来てくれた」と言うこと自体に大きな効果がある可能性があるからです。患者さん方と現地医療機関の橋渡し役、というのは組織的救難活動では手が回りにくいところでもあります。あくまで「現地医療機関が止めないなら」という条件付きでは一般人のボランティアとは意味が違う部分があるのも確かと思われます。過去の災害対策では「大きな避難所が優先されてしまい、限界集落のようなところは手が届きかねた」というのは常に挙がっている問題点(たいていはやむを得ずあえてそういう決断をしているのですが)でもありますし。
まずは、この度の大地震・大津波で被災された方々の安寧と一刻も早い復旧を祈ります。
私の叔父の一人が、被災地域のひとつに非常勤で働きに行っていた医師なのです。
と言っても臨床経験は浅く、今までは裏方的な仕事をしていた人なので、
実際には長期安定した患者さんに定例の薬を処方するのが主な仕事のようです。
そこは普段からかなり交通の不便な場所で、いわゆる限界集落というものだろうと思います。
街の病院から往診車が山道を通って月に数回来る以外、何の医療設備もありません。
今回、その基幹となる病院が津波の被害を受け、機能停止状態に陥っているそうです。
叔父は往診車でその集落へ向かう日以外は都内に暮らしており、震災時も都内に居ました。
当初はその地域の情報がなかなか入らず、どうにか病院関係者と連絡が取れたものの
上記のような有様で、叔父は集落の人たち(ご老人ばかりらしい)の事を心配しています。
何とか自家用車で集落へ行けないかと、地図を見たりしていますが、
渋滞による物資の輸送遅延を防ぐために極力個人で被災地域へ向かうのは避けて欲しい、という
当該地域の公式HPの記述もあり、私としてはこの場合はインフラの復旧を待つしか無いと思っているのですが、
叔父は「自分は医師であるから、一般の個人とは事情が異なる」と言っています。
それにしても肝心の病院が動いていないのでは、薬の処方もできないし…
食料や水の補給といった目的で行くのなら、医師は関係無いのでやはり一般人扱いな気がします。
しかし、普段見ている人たちが取り残されて心配な気持ちも分かります。
追記:
お返事ありがとうございます。今は時間がないので、あとでゆっくり拝見します。
往診車の基幹となっている病院ですが、津波で浸水したのと電気が通じないのと(自家発電も長く持たなかった)で
元々人手不足気味の病院なので、この非常事態では医師の数も決して足りてはいないと思いますが。
逆に言えば、電気が通じるようになれば、ある程度機能するのかもしれません。
http://anond.hatelabo.jp/20101208170545
http://anond.hatelabo.jp/20101208171157
http://anond.hatelabo.jp/20101208171729
http://anond.hatelabo.jp/20101208172550
http://anond.hatelabo.jp/20101208172847
http://anond.hatelabo.jp/20101208172847
http://anond.hatelabo.jp/20101208173139
http://anond.hatelabo.jp/20101208172844
http://anond.hatelabo.jp/20101208175045
おいおい、遊んでばかりの学生は社会の時間の流れも知らないのか。
育った町は関東に位置している田舎だ。電車に乗れば東京まで一時間半か二時間程度の場所だが、それでも十分田舎だった。電車を目の前で逃すと一時間は待たなければならない。隣駅は無人駅で、最寄駅は7時にならないと自動券売機で切符が買えない。バスに至っては二時間来ないこともざらだ。終電や終バスの時間も早く、夕方が差し迫ってくれば、乗り継いで行った先の終電のことを考えなければならない。東京は近くて、でも遠い街だった。
電車に乗ってあの町が近づいてくると、見渡す限りの田んぼとその中をうねうねと伸びる農道が見える。街燈がぽつぽつとしかない道を闇におびえながら全力疾走で駆け抜ける夜も、夏になると井戸からくみ上げた水が滔々と流れる用水路も、稲穂の上を渡る金色に光る風も、その中を喜んで走る犬も、道端で干からびている車にひかれたイタチも、うっそうと道上に生い茂り時々大きな枝を落としている木々も、なにもかもが呪わしかった。どこへ行くにも車がなければ不便で、こじゃれた店は大規模なショッピングモールの中にしかない。それで、中高生はいつもそこに特に理由もなくたむろしていた。
みんな都会に行きたかったのだ。すぐにつぶれてしまう店も、郊外型の広い駐車場も、市街地から外れればとたんに何もなくなって農耕地だけになるニュータウンも、なにもかも厭わしかった。私たちはたまに触れるなにか新しいものを含んだ風にあこがれ、騒がしい日常を羨み、便利さに憧憬を抱いた。都会に行かなければいけない、という思いはまさに呪縛だった。こんな田舎にいてはいけない、田舎はつまらなく、古びていて、垢抜けない。だから都会に行かなくてはいけない。
高校を卒業するとともに私を含めほとんどの友人は都会へと向かった。何人かは都会に住みかを確保し、住みかを確保できなかった人たちはどこかに拠点を確保して、毎日何時間もかけて都会へと通った。
私は住みかを確保できた幸運な一人だ。山の手のかたすみにある、静かな住宅地に最初の下宿はあった。学生用の木造二階建ての、半分傾いたアパートだ。四畳半で風呂がなく、トイレと玄関は共同だ。同じ値段を出せば、田舎では1DKが借りられる。しかしそんな場所でも、私にとってそこは「トカイ」だった。
トカイでは駅までの道に田畑はなく、駅では10分も待たずに電車が来る。どの駅でもかなりの人々が乗り降りし、夜が更けても街燈が一定の間隔で並んで夜を追い払ってくれる。月明かりに気付く余裕をもって往来を歩けるほどの安心が都会にはあった。そのくせ、私が慣れ親しんできた大きな木々や古い河の跡や、四季はきちんとそこにいて、祭りがあり、正月があり、盆があり、そうやって人々は暮らしていた。盆正月は店が閉まってしまうということを知ったのも都会に出てからだった。
都内にありながら広大な面積を有する大学の中には山があり、谷があり、そして池があった。そこにいると、田舎のように蚊に襲われたし、アブラゼミかミンミンゼミくらいしかいないとはいえ、蝉の声を聴くことができた。近くに大きな道路が走っているはずなのに、喧騒はそこまでやってこず、昼休みが過ぎると静寂が支配していた。水辺で昼食をとるのが私は好きで、亀と一緒に日を浴びながらパンを食べた。
あるいは、田舎でそうしていたようにどこへ行くにも自転車で行き、アメ横からつながる電気街や、そこから古書街、東京駅、サラリーマンの街あるいはおしゃれな店が並ぶ一帯までどこへでも行った。都会は平坦につながっているように見えるが、どこかに必ず境目があるのだった。境界付近では二つの街の色が混ざり合い、ある臨界点を超えると途端に色彩の異なる街になってしまうのが面白かった。その合間にもところどころ自然は存在していて、いつからそこに植わっているのか知らない大きな木々が腕を広げて日陰を作り、その下にベンチが置いてある。くたびれた老人がその下に座り、コミュニティが形成される。それが私の見た「都会」だった。
山の手の内側で育ち、閑静な住宅街で育った人たちは、ここは「イナカ」だから、東京じゃないという。私はそれを聞くたびに笑いをこらえきれなくなる。あなたたちは田舎を知らない。電車が10分来ないとか、駅まで10分くらい歩かなければならないとか、店がないとか、繁華街が近くにないとか、そんな些細なことを田舎だと称するけれど、田舎はそうじゃない。
田舎は不便だが、時に便利だ。車で移動することが前提だから、どこか一箇所にいけばだいたいのことを取り繕うことはできる。都会のように一つの場所に店が集まっていないせいで、あちこち足を運ばなければいけない不便性が田舎にはない。確かに近くに店はない。駅も遠い。でもそんなことは本当に全然大したことじゃないのだ。
大きな木が育っていてもそれを管理せずに朽ちていくばかりにする田舎、邪魔になればすぐに切ってしまうから、町の中に大木は残らない、それが田舎だ。古いものは捨て、新しいもので一帯を覆い尽くすのが、田舎のやりかただ。昔からあるものを残しながら新しいものをつぎはぎしていく都会の風景とは全く違う。人工の整然とした景観があり、そことはっきりと境界線を分けて田畑が広がる区域が広がる。その光景をあなたたちは知らない。人工の景観の嘘くささと、そこから切り離された空間の美しさをあなたたちは知らない。新しく人が住む場所を作るために農地や野原を切り開いて、道路を通し、雨になれば水が溜まる土壌を改良し、夏になればバスを待つ人々の日陰となっていた木々を切り倒し、そうして人工物とそれ以外のものを切り離していくやり方でしか町を広げていくことのできない田舎を、あなたたちは知らない。人々は木漏れ日の下に憩いを求めたりしないし、暑さや寒さに関してただ通りすがった人と話をすることもない。車で目的地から目的地へ点と点をつなぐような移動しかしない。それが田舎なのだ。あなたたちはそれを知らない。
盆や正月に田舎に戻ると結局ショッピングモールに集まる。友人とだったり、家族だったり、行くところはそこしかないから、みなそこへ行く。しばらく帰らない間に、高校時代によく暇をつぶしたショッピングモールは規模を拡大し、店舗数も増えていた。私が「トカイ」で足を使って回らなければならなかったような店が、都会よりずっと広い売り場面積で所狭しと並ぶ。それがショッピングモールだ。上野も秋葉原も新宿も池袋も渋谷も原宿も東京も丸の内もすべて同じところに詰め込んで、みんなそこは東京と同じだと思って集まる。田舎は嫌だ、都会に行きたいと言いながらそこに集まる。
ABABというティーン向けの店でたむろする中高生を見ながら、私は思う。下町を中心としたチェーンのスーパーである赤札堂が展開しているティーン向けの安い服飾品を、田舎の人は都会より二割か三割高い値段で喜んで買う。これは都会のものだから、垢抜けている、そう信じて買うのだ。確かにその服はお金のない中高生が、自分のできる範囲内で流行りを取り入れて、流行りが過ぎればさっさと捨てるために、そういう目的に合致するように流通している服飾品だ。だから安い代わりに物持ちが良くないし、縫製もよくない。二、三割その値段が高くなれば、東京に住む若者はその服は買わない。同じ値段を出せばもう少し良いものが変えることを知っているからだ。田舎に暮らす私たちにとってのしまむらがそうであるように、都会に住む彼らにとって最低限の衣服を知恵と時間をかけてそれなりに見えるように選ぶのがABABだ。そのことを彼らは知らない。
ABABのメインの事業である赤札堂は、夕方のサービスタイムには人でごった返し、正月が近づけばクリスマスよりもずっと入念にかまぼこやら黒豆やらおせちの材料を何十種類も所せましとならべ、思いついたようにチキンを売る。あの店はどちらかというと揚げ物やしょうゆのにおいがする。店の前には行商のおばさんが店を広げ、都会の人たちはそれを喜んで買う。若いこどもはそれを見てここは「イナカ」だという、そういう光景を彼らは知らない。田舎ではショッピングモールの商品棚のなかにプラスチックでくるまれた商品があるだけだ。そうするほうが「トカイ」的で便利でコミュニケーションがいちいち必要ないから、田舎の人間はそれを喜ぶのだ。
そして私は「トカイ」という呪縛から逃れていることに気付くのだ。
どちらもよいところはあり、悪いところはある。便利なところはあり、不便なところもある。都会の人も「トカイ」にあこがれ、ここは田舎だというけれど、「トカイ」というのは結局幻想でしかないということを、私は長い都会生活の中で理解したのだった。便利なものを人は「トカイ」という。何か自分とは違うと感じるものをひとは「トカイ」のものだという。それは憧れであり、決して得られないものだと気づくまで、その呪縛からは逃れられないのだろう。
「イナカ」はその影だ。「トカイ」が決して得られない憧れであるなら、「イナカ」は生活の中に存在する不便さや不快さや、許し難い理不尽やを表しただけで、「トカイ」と表裏一体をなしている。「イナカ」も「トカイ」も幻想でしかない。幻想でしかないのに、私たちはそれを忌み嫌ったり、あこがれ、求めてやまなかったりする。だから田舎はいやなんだというときのイナカも、都会に行けばきっとと願うときのトカイも私の心の中にしか存在しない、存在しえない虚構なのだ。
私はオフィス街の中で聞こえるアブラゼミの声が嫌いではない。でも時々その声が聞こえると、田畑を渡る優しく澄んだ夕暮れ時の風を思い出す。竹の葉をすかす光とともに降り注ぐ、あの鈴の音を振るようなヒグラシの音が耳に聞こえるような気がする。
記憶の片隅に、一面に広がる田んぼと、稲穂の上で停止するオニヤンマの姿が残っている。
父方の田舎は、人口の一番少ない県の市街地から車で一時間半かかるところにあった。周りは山と田畑しかなく、戦前から10軒もない家々で構成される集落だ。隣の家は伯父の家だったはずだが、確か車で15分くらいかかったと思う。幼いころにしかいなかったので記憶はもうほとんど残っていない。免許証の本籍地を指でなぞるときにふと頭の中によぎる程度だ。父はあの田舎が嫌いで、転職と転勤を繰り返して、関東に居を構えた。あの村で生まれて、育ち、その中から出ることもなく死んでゆく人がほとんど、という中で父の都会へ行きたいという欲求と幸運は桁はずれだったのだろう。時代が移り変わって、従兄弟たちはその集落から分校に通い、中学卒業とともに市街地へ職や進学先を求めて移り住んでしまった。今はもう老人しか残っていない。日本によくある限界集落の一つだ。
引越をした日のことは今も覚えている。きれいな街だと思った。計画的に開発され、整然と並んだ町並み。ニュータウンの中には区画ごとにショッピングセンターという名の商店街があり、医療地区があり、分校ではない学校があった。電柱は木ではなくコンクリートだったし、バスも来ていた。主要駅まではバスで40分。駅前にはマクドナルドも本屋もミスタードーナツもある。旧市街地は門前町として栄えていたところだったから、観光向けの店は多くあったし、交通も車があればどうとでもなった。商店に売られているジュースは何種類もあったし、本屋に行けば選ぶだけの本があった。子供の声がして、緑道があり公園があり、交通事故に気をつけろと学校では注意される。
バブルにしたがって外側へと広がり続けたドーナツの外側の淵にそのニュータウンは位置しているが、新しい家を見に来たとき、祖父母はすごい都会だねぇと感嘆混じりに言った。
父は喜んでいた。田舎には戻りたくない、と父はよく言った。都会に出られてよかったと何度も言った。ニュータウンにはそういう大人がたくさんいた。でも、都心で働く人々にとってニュータウンは決して便利の良い町ではなかった。大きな書店はあっても、ほしいものを手に入れようとすると取り寄せるか、自分で都心に探しに行くしかない。服屋はあるけれど、高いブランド物か流行遅れのものしかない。流行はいつも少し遅れて入ってきていた。都心に日々通う人たちはそのギャップを痛いほど実感していたに違いないと思う。教育をするにしても、予備校や塾は少なく、レベルの高い高校も私立中学もない。食料品だけは安くて質のいいものが手に入るが、都会からやってくる品は輸送費の分、価格が上乗せされるので少し高かった。都会からじりじりと後退してニュータウンに落ち着いた人々にとって、言葉にしがたい都会との微妙な時間的距離は苦痛だったのだろう。
子供にはなおさらその意識が色濃く反映された。簡単に目にすることができるからこそ、もう少しでつかめそうだからこそ、都会は余計に眩しいものに思えた。引力は影響を及ぼしあうものの距離が近いほど強くなるように、都会が近ければ近いほどそこへあこがれる気持ちも強くなるのだ。限界集落にいたころには市街地ですら都会だと思っていたのに、ずっと便利になって都会に近づいた生活の方がなぜか我慢ならない。
そして子供たちは大きくなると街を出て行き、後には老人だけが残った。さながらあの限界集落のように、ニュータウンもまた死にゆこうとしている。幸運なことに再び再開発が始まっているようだが、同じことを繰り返すだけだろう。
祖父母にとって東京は得体のしれないところだった。東京駅に降り立った彼らは人込みの歩き方がわからず、父が迎えに来るまでじっと立ちつくしていた。若いころだってそうしなかっただろうに、手をつないで寄り添い、息子が現れるまで待つことしかできなかった。そういう祖父母にとってはあのニュータウンですら、生きていくには騒がしすぎたのだ。あれから二度と都会へ出てくることはなく二人とも、風と、田畑と、山しかないあの小さな村で安らかに一生を終えた。
たまに東京に出てくる父と母は、あのとき祖父母が言っていたようにここは騒がしすぎて疲れる、という。どこへ行くにもたくさん歩かなければならないから不便だと言う。車で動きにくいから困ると言う。智恵子よろしく母は、東京にイオンがない、と真顔で言う。私が笑って、近くにイオン系列のショッピングモールができたし、豊洲まで出ればららぽーともある、といっても納得しない。田畑がない、緑が少ない、明るすぎるし、どこへ行っても人が多い。すべてがせせこましくてあわただしくて、坂が多くてしんどい。それに、とことさら真面目な顔になって言う。犬の散歩をする場所がない。犬が自由に走り回れる場所がない。穴を掘れる場所もない。彼らはそう言う。
あんなに都会に出たいと願ってやまなかった若いころの父と母は、あのニュータウンの生活に満足し、さらに都会へ出ていくことはできなくなったのだ。それが老いというものかもしれないし、身の丈というものなのかもしれない。生きてゆくべき場所を定めた人は幸せだ。幻想に右往左往せず、としっかりと土地に根を張って生きてゆくことができる。
私の住む東京と千葉の境目も、不満に思う若者は多いだろう。都内とはいっても下町だからここは都会ではない、と彼らは言うかもしれない。都下に住む人々が都会に住んでいない、と称するように自分たちの住む街を田舎だと表現し、もっともっとと願うのかもしれない。引力は近づけば近づくほど強さを増すから逃げられなくなるのだ。でも、もしかすると、都会の不便さを嫌って、彼らは田舎を志向するかもしれない。一つのところへ行きさえすれば事足りる、点と点をつなぐだけの便利な生活。地をはいずりまわって丹念に生きる必要がある都会と違って、郊外は行く場所が決まっているし、ネットがあればなんとかできる。彼らには、私たちが引力だと思ったものが反発力として働くかもしれない。未来は分からない。
それでもきっといつかは、みんな、どこかに愛着を抱くか、よんどろこのない事情で立ち止まるしかなくなるのだろう。祖父母がそうであったように、父と母がそうであるように、どこかに満足して、ここ以外はどこにも行きたくない、と主張する。それまではきっと都会と田舎という幻想の間を行き来し続けるのだ。
亀レスです。
>人口密度が低い地域のインフラってもともと凄く効率が悪いんじゃ?
>また、「既存」と言ったって作りっぱなしのものじゃなく維持費がとっても高いよね?
>地方のインフラって「人が住んでる以上公平に最低限の生活を保障…」という理由で
>効率や採算を度外視した持ち出しで成り立ってるのが基本だと了解しているけど
>そうするとその効率悪く巻き散ってる「わずかだけど人が住んでるゆえに要インフラ」地域が減り
>都市部に集まってみんなで効率の良いインフラを使う、っていうのは
>少なくとも論点であるインフラの投資効率的には悪くない自体なんじゃ?
>以上どうなんでしょう
まず、地方でも「限界集落」と「地方中核都市、県庁所在都市」とでは分けて考えてください。
自分の考えでは、限界集落、特に豪雪エリアでは、「撤退戦略」「限界集落を畳む」戦略が
それなりに必要だと思います。
しかし、人口が50~100万人程度存在する地方中核都市のインフラは、
「放棄するには勿体無い程度に、それなりに効率的に使われているし」、
逆に「もっと地方中核都市のインフラは使用頻度を上げることができる」と考えています。
先日松山市に行きましたが、市内電車などのインフラが適度に存在して便利だった。
人口50万人の街のこのインフラに、首都圏からのシニア層が10万人移住しても
キャパ的には充分収容力があるし、その方が伊予鉄道の経営も安定するのでベターです。
一方、首都圏では「外環道が足らない」「保育所も足らない」ということで、
首都圏人は、「全国的に保育所が足らない」と誤解していますが、保育所不足は
首都圏(と一部の大都市)の局所的な問題であり、福井とか佐賀では
「保育所が余りまくって問題」になっています。
その東京は地方のバックアップを受けるゆえに存在できるんだが。
何のインフラも市街整備もなしに、いきなりあちこちに港だの農地だの発電所だのができて、東京へと物資やら食糧やらエネルギーやらが勝手に運ばれてくるんだとでも思ってるの?
東京をはじめとした都会を優先し、日本はこれから積極的に地方を切り捨てるべきだ。
田舎に住んでいる人間は、存在自体が負債であることを自覚すべき。
地方都市程度ならまだギリギリ許してもいいが、山の中にある村、それどころか一軒や二軒しか残っていないような限界集落は、強制的でいいから移住させるべき。
そもそもこの50年で離島や、山の中の炭焼の村はどんどん無人化していったのだから、その流れが続くだけだ。
最近光回線の普及率を100%にするという愚かな目標が挙げられたが、現状でカバー出来ていないということは日本全体にとって不要な土地ということだ。そんなところに住む方が悪い。
要は、移転費用を全額(概ね1,000~2,000万円)拠出するので、
【条件】
★集落居住者全員(住民票ベース)、及び登記簿上の土地建物所有者が
移転に同意していることが必要
なお、建物については、30㎡以上の面積を有すること
★人口集中地区、若しくは市町村役場から半径500m以内の地点に
引っ越すこと
【方法】
(なので、土地と建物の所有権が異なる場合は、支払先が変わる)
夫が持分2分の1、妻が持分2分の1、という場合は、夫に半額妻に半額払われる。
★「国に土地・建物を売り渡し、その売買代金として費用が支払われる」
★支払い時期は、契約時半額、引渡し時(=引越時)半額
国は最後の半額は、「引越が完了している(住民票が移転している)」ことを
確認してから支払う。
★資金の流れとしては、契約時に支払われる半額で以って、
人口集中地区の戸建ての頭金とし、残額は「つなぎローン」を借り、
引越完了時に、国から貰った残金でつなぎローンを消す。
【実施主体】
国の税金から支払われるが、選考や支払い手続きなどの事務作業は、
現場に近い県が行う。
入札方式を採用
A集落=4戸が「1,200万円」で同意
B集落=3戸が「1,210万円」で同意
C集落=5戸が「1,230万円」で同意
D集落=4戸が「1,240万円」で同意
E集落=3戸が「1,250万円」で同意
①A集落~D集落までを対象にした場合の支払額=(4+3+5+4)×1,240万円
=19,840万円
②A集落~E集落までを対象にした場合の支払額=(4+3+5+4+5)×1,250万円
=23,750万円
となり、①<2億円<②なので、
「A~D集落を対象とし」(E集落落選)、「1,240万円を、A~D集落に配布する」
ということになる。
しかし、東京都の耐震補助なんかもそうだが、こういう「半額補助」は、
「半額は自己負担になる」点が嫌われ、なかなか導入されない。
(結構、予算を余らせるらしい)
予算を用意しているのに使われずに政策目的を実現できないのであれば、
少しでも政策目的が実現できるようなスキームに変えた方がいいのでは?
また、「入札制度」を導入することによって、
政策実現効率が良い。
更に工夫した点は、「家の大きさに係らず、土地の大きさに係らず、世帯人数に係らず、
売買価格を一律にした点」である。
従来の行政の思考パターンであれば、それぞれの不動産について、
「土地を測量し、建物を測量し、不動産鑑定士を交えた適正価格で買収する」
という手筈を取るだろうが、限界集落のような「二束三文」の土地建物の場合、
「土地家屋調査士や不動産鑑定士の人件費だけで、下手すれば不動産価格以上のコストが必要」になる。
なので、「当事者が申し出た価格が、適正価格」という「一種の割り切り」を行うことによって、
「鑑定調査コストの極小化」を図れるのである。
更に、「移転先住宅については、各自が探し出す」という仕切りにしている。
従来の行政であれば「移転先の公営住宅を確保してから」となるだろうが、
中には公営住宅じゃなく、
「これを機に嫁夫婦が暮らす県庁所在地へ引っ越す(手金は二世帯住宅建替え費用に充当)」
という人もいるだろう。
そういう場合に、「公営住宅を用意したが、結局入居予定者が素通りして、公営住宅が無駄になった」
というロスを避けることができるし、又、公営住宅じゃなく民間住宅を活用することによって、
素早い転居が可能になる。
こういう「個人向け公的政策には、半額補助じゃなく、入札制度を活用せよ」
というのは
http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Keyaki/7891/p/157.html
も参考にされたし。
何人かtwitter初心者の知り合いから要望があったのでまとめてみた。
とはいうものの、自身が普段ネットに接続していない人間(メールは1日数回チェックのみ。必要時のみネット見るかんじ)なので、通常の使い方とは大分異なると思うが。
これはネットで探せばいくつもあると思う。twitter初心者向け記事。
http://blog.ecstudio.jp/ec_studio_blog/100315how-to-tweet.html
twitterをコミュニケーションツールとするならば、プロフィールは超重要。顔の見えるコミュニケーションができる
ちなみに、プロフィールよりもっと大きかったりするのが画像だったりするのだが 笑
特にコミュニケーションする場合、相手の発言を引用してコメントする(非公式RT)が公式サイト経由だと面倒くさい。
代表的なクライアントは下あたりか。
とりあえず、自分の仕事やプライベートで興味のある単語を検索してみる。「提案営業」でも「フェアトレード」でも「桜花賞」でも「○○市○○町(家や職場等の地名)」でも何でも。
で、気になる発言があったらとりあえず引用してコメントしてみる。「へぇ」とか「同感」とかそんなレベルでいい。それだけでも会話の輪に入れる。
仕事がらみや政治や社会問題系のトピックは結構アツい議論しているので、興味あれば勉強にもなる。
そんな会話を重ねていくと、自然に気の合う人と会えて、フォローする/されることも起きる、と思われる。
これはまだ個人的にもやり方が確立されていない。twitterノイズが多い気がするので。
個人的に使えるかと思うのは、ものすごいピンポイントな情報源(農村のコミュニティ活性やってるケニア人とか、イラン在住の日本人とか、日本の限界集落でアートな地域活性やってる人とか…)
あとは、ある業界やコミュニティでの先端走っている人や、ハブな人、メディア関係の人ですかね。
個人的にやっている使い方。自分が思いついたことをすぐ忘れるクチなので、とりあえず考えたこと・思ったことを備忘録として書きためている。で、週末あたりにそれらを見直し、思考の整理みたいなことを行っている。
このあたりはまさに、下の記事がくわしいかと。
http://medt00lz.s59.xrea.com/blog/archives/2007/12/twitter.html
阿久根市関係のニュースが昨日の新聞に載ってたので、ちょっと書いてみる。
市長の障害者切り捨て容認発言は、はてなでも取り上げられて大炎上を起こした。もちろん常識的に頭で考えればとうてい容認できるような内容ではなく、私も何言ってんだこいつは、と思ったんだけれど、そんな市長が強く支持されているのには感情的な理由があると思う。
それは、阿久根市が鹿児島県内でも切り捨てられていると住民が感じても仕方がないような状況だから。
それを象徴するような出来事のひとつに、九州新幹線の開業がある。地図を見てもらえればわかるように、旧鹿児島本線は南から
の順番で並んでいる。過疎化が進んでいるとはいえ、それでも限界集落だらけの県内では都市部であり、かつては博多からの特急つばめも停車している駅だった。
しかし、九州新幹線の開業によって状況は一変した。阿久根市には新幹線が通らず、川内から出水に直行するコースをとった上に、採算のとれない川内以北は肥薩おれんじ鉄道として分離されてしまった。新幹線の通った鹿児島市には篤姫効果も重なって観光客が大きく増え、川内や出水にも鹿児島市に対する一種のベッドタウンという役割が生まれた。一方、収益のとれる路線はJR九州に残され鹿児島市が出資していないこともあり、阿久根市民に与えられたのは膨大な財政負担と割高な料金、快速しか止まらない不便な駅だけ。
開業前からこのようなデメリットを指摘する声も無くはなかったものの、建設を推進する鹿児島県・市の大きな声にかき消されて県内マスコミなどでも大きく取り上げられることはなかった。ほとんど黙殺されていたといっても過言ではない。
過疎化で、経済的には負担だからということで切り捨てられている、と感じている人たちが、自分で働いて稼ぐことのできない障害者は切り捨てられても仕方がないという意見に同調してしまうのは何も不思議な話ではないと思う。
http://anond.hatelabo.jp/20091129092302
続き:
彼らは平気で人を裏切る。自分たちの手に負えなくて放り出したはずなのに、いつの間にやら自分で作った事にして、それで商売始めてたり。
とはいえども手に負えないのは相変わらずなので細かい調整もできず、そのまま売るのが精いっぱい。どっかの大陸の国みたいだ。
田舎の人間の純朴さなんてまやかしだ。いや、純朴は純朴かもしれないが、素朴というよりも精神的に幼稚なのだ。
表面上はやれ寄り合いだなんだで、都会には無い隣近所の連帯感がどうのなんてやってはいるが、結局のところ裏じゃ足の引っ張り合いと悪口雑言の嵐。あげくには潰しあいに発展することもしょっちゅう。地域の連帯なんて聞いてあきれる。
日本社会から早く消え去ってほしいものだが、このまま衰退が続いてもしぶとく生き残るのだろうか。で結局箸にも棒にもひっかからない人間ばかりになってしまい、限界集落とか何とか騒ぎ出してよその人間を引きずりこもうとする。引きずり込んだって自分らよりハイスペックな人しか来ないのだから、しばらくすると放り出すのがオチ。自滅するしかないのにあほかと。
ttp://tsushima.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1255514059/
6 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 16:34:33 ID:E/swdIG70
嫁がいるなら行く
養子に行ってもいい
19 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 16:36:20 ID:O5LPCCsA0
>>6
つ 65歳の嫁
9 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 16:34:48 ID:ZnvdUy3yP
生活保護家庭を強制移住させればいいんじゃあないのか ?
35 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 16:38:32 ID:4x5L4JJH0
住居只、16万は毎月提供、村活性化したときの歳入や農業での副収入を考えると
全く悪くないと思う俺元農民だが
ネットがないとな・・・
667 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 17:32:35 ID:DSZUPqSi0
>>35
正直なところ、何をやっても活性化はしないと思うわけだが
56 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 16:41:24 ID:zn14FHwF0
78 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 16:44:05 ID:N0Edu+CP0
79 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 16:44:07 ID:Q4rbTUvT0
村の陰湿さと 奴隷の悲惨さと 派遣の未来の無さを兼ね備えた企画だ。
104 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 16:46:44 ID:4ZYcrjmV0
好き勝手なことやっていいとは書いてないからな。
年寄りの病院への送り向えとか、耕作放棄農地の手入れだとか、買出しだとか
いろいろな雑務が待っていると予想できる。
24時間体制で年寄りの状態をみて回れってこともあると想像できる。
118 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 16:48:17 ID:Ob4IRZmC0
募集がたった2名て…。一体何をさせる気だ。
119 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 16:48:40 ID:A9ZWaRQY0
……そりゃ限界集落にもなるわな。
派遣よりも酷い条件な上に、募集している側がそれに気付いていない。
頭の悪い手伝いを何人も雇う位なら、官僚クラスの頭の良い奴を一人雇った方が良い。
121 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 16:48:57 ID:vk62jb+t0
住居タダなら月額20万相当にはなるな
123 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 16:49:28 ID:ITVAkdBf0
はい、無休決定
142 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 16:51:11 ID:xd02my3s0
そっからメシ代や田舎での生活道具とかで貯金なんか1万できるかどうか
こりゃひどすぎだろ・・
150 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 16:51:43 ID:ph5EtRkD0
平均年齢が60を超えてるようなとこで 過疎化を食い止めたいとか
手遅れすぎるだろ
174 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 16:54:07 ID:7Vm5Y3AQO
刑務所に行ったと思って
昼は働き自炊
夜はなるべく金を使わず勉強でもしてりゃ
人生行き詰まった奴等にはいい再生のきっかけになるんじゃない。
175 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 16:54:25 ID:VTt7FMDS0
冷たくすればまた面倒くさいし
187 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 16:55:41 ID:zn14FHwF0
この作業で、2名ってのはあり得ない話。
深夜や早朝の交代要員も含めて、最低6人くらい配置しないと無理だぞ
194 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 16:56:01 ID:4ZYcrjmV0
雪かきもあるよな。雪の降らないところにすんでいると盲点になるな。
2人で雪かき要員か。4人くらい募集しないと倒れて死ぬ奴でそうだな。
209 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 16:57:21 ID:wxkl/Zy40
まじめな話、地区内の「最後の農家」がやめちゃって誰も農業をやってないんじゃね?
地区の人たちはどうやって食ってるんだ?
227 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 16:59:39 ID:QU0NEYut0
>>209
>隊員が入る八木沢地区は7世帯16人で、うち12人が65歳以上だ。
16人のうち12人が年金受給者。
残り4人も近々受給者になるんじゃね?w
212 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 16:57:47 ID:oyD0j9Qj0
214 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 16:57:57 ID:u3s4/8Tq0
・スタミナがそれなりにある。
・じっちゃんばっちゃんの長話に付き合える。愛想がいいと尚よし。
(中には耳が遠いのや、話を繰り返すのがいて、しかもそういうのに限って長話)
・基本、労働は非定時。早く終わる時もあるし、目処が立つまでは延々と終わらない事もある。
・金が無い。する事も無い。
以上の条件に当てはまる人は即Goだ
219 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 16:58:46 ID:/Kyhd7RjO
過労死するか、逃げるかするまでこき使われそうだな
251 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 17:01:59 ID:h58guTDV0
外国人労働者でも雇え
252 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 17:02:05 ID:AwkU09TS0
ネットがあれば2ちゃんにスレ立てて毎日の活動を書き込をみして盛り上げていけば面白そう
261 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 17:02:58 ID:wBOPrq580
いやいやいやこれ労基守る気ないだろ
休日とか関係ない業務ばっかりじゃねーか。
285 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 17:05:38 ID:q2zmgPaI0
ド田舎の何も無いところでジジババの相手とか無理だろ
287 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 17:05:59 ID:kV1xzq6Z0
ttp://www.vill.kamikoani.akita.jp/div/kikaku/pdf/chiiki-okoshi/yagisawa-buraku.pdf
310 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 17:08:13 ID:Ufl9XIKU0
>>287
294 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 17:06:34 ID:zQew8vHC0
ttp://www.vill.kamikoani.akita.jp/forms/info/info.aspx?info_id=13606
2.活動内容
(1)農林水産業への従事活動
(2)水源地の整備、清掃活動
(5)その他村長が必要と認めた活動
_ノ乙(、ン、)_ これで週5日勤務1日7時間ってw
そして、最後の村長が必要と認めた活動ってwww
304 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 17:07:45 ID:2Npzz5uw0
農作業に雪かきに老人のつきそいで16万か・・・・・・・・安すぎ
309 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 17:08:11 ID:aU3Vf98c0
たぶん村の財政きついから、どんなアイディアも却下にならないか?
住民の雑用・世話しながら農業する暇があるかわからないし、
315 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 17:08:30 ID:9MY75yoc0
月給16万で、老人の世話をして肉体労働をして
あほか。
331 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 17:09:53 ID:uxJfff3pO
若者が2人くらい住んだところで何ともならんだろ
雪かき要員1000人くらい募集しろよ
332 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 17:09:54 ID:OGh7axhX0
田舎ってさ 人手=タダ って考えなんだよな
介護事業がそれでえらいめにあった
金払うならこき使わなきゃって契約にないことを次々と言いつけるんだってさ
田舎モンをなめちゃいかん
334 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 17:10:02 ID:SebHlxQT0
何をしても活性化なんて無理だと思った
そして給料保証+住宅付きでもあんな所に住むのはかなりの覚悟が必要
342 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 17:11:07 ID:Id4AFBKl0
コミュ力ないおまえらには無理だけど気に入られればいろいろもらえるかもしれんぞ
346 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 17:11:21 ID:9b5iZd+g0
生活保護は、こういう地域へ移動してもらって集団で生活してもらうのがいいかもな。
379 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 17:13:30 ID:lMfMz+z30
行きたいな俺。介護やってるより給料いいよ。寒冷地手当は付きますか?
388 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 17:14:13 ID:orDDe9lz0
というかこの集落を発展させたら俺がこの集落の帝王になれるのかもな
やはり男なら1国1城の殿様目指さんとな!
391 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 17:14:31 ID:36MSqRA10
飲み食いタダでも割りにあわねえw
404 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 17:15:24 ID:6TqTADqr0
夢心地で想像してる奴
415 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 17:15:43 ID:rj6uB+Zz0
もちろん行ったら、可愛い女の子がいて俺を無条件に好きになってくれるんだよね?
419 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 17:16:07 ID:ozY96r4C0
じいさんばあさんが
「お前さんが気に入ったから俺の土地を全部お前にやる」とか
言っててくれないかな。
432 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 17:16:54 ID:UVyh2TPu0
猛烈に興味を抱いたが!!!!!
…俺には無理だった…
おまいら、この「秋田県上小阿仁村柳沢地区」の場所、地図で見てみろよ。
ttp://map.yahoo.co.jp/pl?lat=39.94097806&lon=140.32117389&ac=05327&az=&v=2&sc=7
449 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 17:17:54 ID:wxkl/Zy40
うっかりしていたが、通訳はつかないのかね
454 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 17:18:24 ID:yTGpx/v40
月16万もらっても使い道ないだろ
521 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 17:22:28 ID:Cw0FAPkT0
>>454
マジレスするとですね、
山の中だから生活物資はまとめて買出ししなきゃいけないし、
金はたまんないと思うよ
475 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 17:19:29 ID:iP8AAYU00
なんで16万なんて金額なんだろう? 20万は出せよ。普通にさ。
16万じゃ来ないよ。ワーキングプアかよ!
511 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 17:21:56 ID:Rr5fS5SBO
>>475
田舎舐めんな!金使う場所なんかないぞw
476 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 17:19:48 ID:4e/nLCsj0
月16万は、村としてはよく出したほうなんだろうけどなあ……。
496 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 17:21:08 ID:2Npzz5uw0
>>476
ここに行った人の将来がまったく見えない。
483 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 17:20:26 ID:+Y5HLa0k0
ってちゃんと書いとけ
484 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 17:20:26 ID:q2zmgPaI0
本気で再生させるなら協力隊員二人といわずに開拓団2000人ぐらいよこさないと
無理な場所だなw
516 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 17:22:11 ID:F9/rg24aO
一日7時間週5日の勤務って嘘くさいな〜
たった二人で農作業や病院への付き添いや雪かきや不法投棄の監視までして
この時間でどうやって収めるのか
532 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 17:23:03 ID:0UKkK5P90
あと冬場は4mくらい雪積もるから注意な
549 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 17:24:23 ID:NPy1QWqt0
ttp://www.vill.kamikoani.akita.jp/div/kikaku/pdf/chiiki-okoshi/yagisawa-buraku.pdf
584 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 17:26:16 ID:EG8HbP430
>>549
想像通りだw
553 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 17:24:51 ID:Gsih8VlO0
孤独に耐えられ黙々と体を動かせる、そんな人じゃないと無理。
しかし認められれば見合いの世話ぐらいはしてくれると思う。
603 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 17:27:37 ID:vDkL8T/n0
もうこの村要らないからさ、この人たち代で終わりにしたほうがいいよ。
継がせるならともかく、小間使いが欲しいだけとか意味わからん。
617 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 17:28:52 ID:32Gid20NO
若者も増えるしいいだろ
639 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 17:30:14 ID:DOwtjOIm0
派遣村をここに移設すればよろしい
645 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 17:30:43 ID:oYLCPeQl0
659 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 17:32:21 ID:2Npzz5uw0
仮に土地貰っても、20年後には自分ひとりがそこに住んでるんだぞ。
662 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 17:32:24 ID:RrmQ404+0
本音は奴隷が欲しいのか?
673 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 17:33:00 ID:75xHT0Wp0
身分もよく分からないし保険とかも書いてないし
ブラックよか悲惨な気がするが
698 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 17:35:04 ID:9Khas1w70
>>673
ブラックの方がましだから、過疎なんだろうな
689 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 17:34:07 ID:xRf8Hqt/0
正直に言って、これは限界集落の老人たちの手足になれ、って言っているようにしか
見えない。
村おこしじゃなくて、都合のいい便利屋を村が雇ったって感じに見えちゃうんだよなあ。
何とかして寒村を再生したいのはわかるが、これはちょっと……。
706 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 17:35:55 ID:iqp9i/0PP
711 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 17:36:20 ID:MRe8qpl00
朝から晩まで便利屋としてこき使われるのは決定だな
農業に定時だの公休だのは存在しない
732 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 17:37:57 ID:OKUeE97QO
737 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 17:38:26 ID:gSuW08Yy0
>7世帯16人で、うち12人が65歳以上
残り4人も高齢だろうし、あと10-20年もすれば自然消滅しそうな気がするが、
果たして残す意味があるんだろうか
756 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 17:39:51 ID:DdedOktX0
息子や娘ですら逃げ出すような田舎にどうして赤の他人がきてくれると思ったのか?
776 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 17:42:12 ID:qimPyaGe0
>1日7時間、週5日勤務
甘いな・・・
こんな契約あってないようなもの
文句言っても「村が金出して雇ってるのに」と返される
782 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 17:42:36 ID:tys9IrM00
自分達から呼んでおいて、協力隊員が皆から農地を借りて生産拡張したいって言えば
ようするに、自分達の先祖伝来の農地に草を生やすのを見るのが嫌なだけだから
他所から来た若い奴の将来とか関係ねえし
790 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 17:43:14 ID:84r0EDcl0
田舎に拘束されて16万円かあ
住む場所すら危ういゼ!って人には良い仕事…かも?
830 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 17:47:23 ID:oyD0j9Qj0
半分呆けたような老人の話し相手は大変だぞ
同じ話を繰り返して終わりが無い
836 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 17:47:56 ID:EQY9DuBUO
凍死も有り得るね…。
846 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 17:48:44 ID:tfAVw/5A0
つーか、ここでグチグチ言ってるような奴は、向こうからしてもお断りだろうよww
870 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 17:51:01 ID:wBOPrq580
>>846
当然、藁にでも縋りたい奴を奴隷として扱いたいんだからな
855 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 17:49:36 ID:MvXv1WDjO
なんだかんだで1日14時間くらい働くハメになる
間違いない
875 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 17:51:37 ID:UcV0ZbAz0
16万ならタイとかあっちの人が喜んで来てくれるんじゃね?
886 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 17:52:48 ID:lYXzmTeOO
若者を呼んで何があれば今後も住み続けたいと思うか聞けば良い
903 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 17:55:50 ID:z8KoPmrJ0
おまけにこういう過疎地はとんでもなく閉鎖的だし。
913 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 17:56:44 ID:sgWIQLtO0
926 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 17:58:17 ID:EGf0NzxgO
まず言葉が通じない気がする…
爺婆がなんて言ってんのか解らんぞ。
977 :名無しさん@十周年:2009/10/14(水) 18:04:03 ID:tQ5kwUjw0
結局都会の人間取り込みたいなら都会の生活に近い物を提供しないとな
だって西洋でワークシェアという概念が編み出されたのとは全く独立に、かつ、全く異なる動機・背景で発案されたものだから。
リーマンショックからこのかた、雇用情勢の悪化で「今度こそワークシェアしかねえ……!」という機運が国内でも出てきている昨今、大分県姫島村、つうか姫島村役場の事例が「国内におけるワークシェアの元祖」であるような文脈で各マスコミで持ち上げられている。うんまあ、『賃金を抑えてその分たくさん人を雇いましょう』という手法そのものはワークシェア的ではあるし、かかる手法において国内最古と言われればその通りだ、っていうか下手したら先進資本主義世界全体において最古かもしれないw(*1)
ただ、姫島村の場合は当時から現在に至るまで一貫して『公共セクターに於いて賃金を抑え雇用を増やす』形態になっており、この点で既に一般的なワークシェアの概念――民間ないし官民全体で、『同一労働同一賃金の原則』の徹底を背景に、主として一人当たりの労働時間を短縮することにより、一人当たりの賃金を抑制しつつ雇用を増やすこと――とは形態を異にする。
この形態の相違は、姫島村方式の創案そのものが、一般的な意味でのワークシェアとは起源を異にすることに由来する。
http://www.zck.or.jp/forum/forum/2590/2590.htm
や
http://www.zck.or.jp/essay/2681.html
において姫島村の藤本昭夫村長(40年前にこの制度を創案した村長の息子であったりする:後述)自らが詳しく述べられていることだが、この施策のそもそもの動機は雇用不安の解消などではなく、『昭和四十年代前半に、過疎化、人口減対策として若者を村に残すための取組みとして始められ』たものなのである。昭和四十年代前半といえば、オイルショックすらまだ到来していない、高度成長でイケイケドンドン右肩上がりな時代である。しかしながら姫島村ということろは、田舎である大分県の中でも、更に隔絶した離島だ。高度成長の恩恵はさほど大きくはなく、村内の仕事は限られる。とはいえ、今のような雇用不安とは様相が全く異なる。島の外に出て行けば、仕事はいくらでもあるのだから。
村内に仕事はないが、村外には仕事はいくらでもある。この状況下で、村内の仕事を増やすべく始められたのが、姫島村方式である。
では過疎対策としての効果の程如何かというと、これが結構効いている。今なお過疎の村には違いがないものの限界集落は発生しておらず(*2)、また現在でも村職員の人数は村内全人口の約7.7%を占める『大口の就職先』だ(*3)。この村職員の人数を背景に、保健や福祉など現場の業務――行政の合理化に於いて真っ先に民営に移されがちな『現業』の分野だ――にその過半を裂き(*3)、結果として村民の居住環境に対する満足度は過疎の村にもかかわらず悪くはない(*4)。一方で、村職員の給与は高度成長・バブルを経た現在でも低廉なまま据え置かれ、その水準は夕張市につぐ低さである(*4)。
とはいえ、一方で人口減は続いており、人口増に繋がる地域振興の決め手とまでには至っていないことは、上掲手記において藤本村長も認めるところである。
さて、かように長期にわたり姫島村方式が受容され続け、いまなお続いている背景には、その効果が評価されていること以外にも、姫島村社会および姫島村役場の特異性があることを指摘せざるを得ない。
姫島村では、藤本村長の父である故・藤本熊雄氏の代から半世紀以上にわたって村長選が行われていない(*5)。最後の村長選で村全体が『懲りた』のだ、と言う。一方で、熊雄氏は、姫島村出身である自民党の有力者・西村英一にきわめて近しい立場で、二人三脚のようにして姫島のインフラを整備していった。『おらが村の西村先生』を錦の旗(*6)に、姫島村の政治意識は保守・自民党への支持を基盤としてまとまっていった。
そこに到来した高度経済成長の波。人口流出の危機。熊雄氏は言った。『役場での共働きは原則、禁止。女性は出産育児を機会に退職する。ただ、家庭の事情に応じて優先的に雇用する』と(*7)。これが革新の強い地域であれば、かかる意見は昭和40年代の当時ですら『女性は出産を機に退職せよ、と強要するとは何事ぞ』と一悶着起きたであろう。都市部であれば首長リコールもありえたかもしれない(*8)。しかるに、ここは姫島村である。保守は絶対優位であり、(大分県内他自治体では今なお猖獗を極める)自治労系の職員組合すらここには存在しない(*9)。反対する者は居なかった。
今なお姫島村の同調圧力は強い。少し前からインターネットに居たはてサ諸君におかれては、「姫島村の成人式」を記憶する人もあるかもしれない。「成人式には晴れ着などもってのほか、それが『常識』である」との主張。それがまかり通る社会であればこそ、通用している制度である、という認識が必要だ。
無論、『空き缶デポジット制度の徹底』など、ほかにも同調圧力の強い村社会だからこそ成功した政策を幾つも擁する村なのであり、『みんなで保守化すればいいじゃん!』という解釈もできるかもしれないが、ねえ。
畢竟、姫島村方式は『過疎化の抑止』『過疎地における公共サービスの維持』に対しては一定の有効性を持ち、そういう意味では地方自治体、とりわけ過疎地を抱える自治体が真似するには良い物である。だが、だからといって『雇用不安を解決するためのワークシェア手法の先駆』としては一般化しがたいものだと考える。雇用不安対策としては民間を幅広く巻き込む必要があり、そのためには保守と革新・使用者と労働者の枠を越えた妥協が必要であるところ、姫島村で起きたことは良くも悪くも『保守・使用者的立場による善政』の枠を越える物ではないのだから。
……ってわけでな、あれを『ワークシェアだ! ラピュタは本当にあったんだ!!』って言われると、もにょるのだよ。
(*1)オランダのワークシェア事例が1970年台創始、姫島村方式も「40年ほど前に創始」「昭和四十年代前半」なのであるからほぼ同時期、ないし下手をしたら姫島村の方が古いかもしれんのよ。
(*2)http://kotobank.jp/word/%E5%A7%AB%E5%B3%B6%E6%9D%91%E3%81%AE%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%82%A2%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B0 ただしソースは朝日。
(*3)http://www.oita-press.co.jp/featureNews/12294210095/2009_123180887708.htmlおよび上掲の藤本村長手記から。パーセントで言ってもぴんと来づらいかもしれないが『村民の13人に一人が村職員』と言い換えると尋常じゃない。
(*4)http://arch.oita-u.ac.jp/urban/ppt/2008/B/yamamura.pdf
(*5)http://www.oita-press.co.jp/localNews/2008_122533025626.html
(*6)上掲手記中http://www.zck.or.jp/forum/forum/2590/2590.htm#section8に『西村先生は、「村の誇り」であり、西村先生を皆で応援しよう、皆で頑張ろうという意識』の言及あり。
(*7)http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/living/children/227551/
(*8)同じ大分県内の日田市で、近年『共働き職員の給与削減』を言った市長が居た。http://www.nikkansports.com/ns/general/f-so-tp0-060207-0011.htmlそして、その市長は次の選挙で落選した。
(*9)上掲手記中http://www.zck.or.jp/essay/2681.htmlに「職員団体はない」旨言及あり。
半島某所の会話
正雲「うむ、ところで例のシミュレーションの結果を聞かせてくれ」
手下A「日本民族撲滅のためには、核兵器を何発用意すればいいか、というシミュレーションですね。」
正雲「アメリカの核保有数、2,000発を打ち込めば撲滅できそうか?」
手下A「とてもとても、2,000発じゃあ足りません。」
正雲「でも日本の自治体数は2,000未満、と言うではないか」
手下A「原爆で1つの街を根絶やしにすることはできません。
第二の中心である新宿はほぼ無傷です。
東京だけでも、区の数、23発は落とさないといけないでしょう。
それに平成大合併とやらで、県より大きい高山市のような自治体もありますし・・・」
正雲「さすがに1万発あればいいのか?」
手下A「どうでしょう・・・
山間の限界集落だと、山間なので、原爆の効果は山の外には広がりませんから、
今度日食があるトカラ列島とか、絶海の孤島ですが、7島が有人島ですから、
トカラ村相手に7発は打たないといけません。」
正雲「もう1万発でも2万発でもいい、俺が死ぬまでに核兵器を量産するのだ!!」
手下A「2万発でも10万発でもいいですが、原爆だけで日本人は絶滅しませんよ」
正雲「何故?」
手下A「例えばたまたま青函トンネル内の列車に居合わせた日本人は、
原爆投下後の蟹田町とか福島町に放り出されるのですが、即死はしません。
まあ放射線の被害は受けるのでしょうが、何%かはしぶとく生き残るでしょう。
なので、トンネルとか地下鉄に居合わせる日本人は、原爆では死にません。
あと、原爆投下時に航空機に乗っている日本人、これも生き残る可能性があります。
まあ、航空機が原爆で破壊された滑走路にうまく着陸できればの話ですが。
それに・・・」
正雲「それに?」
手下A「海外旅行中の日本人とか、海外在留の日本人、彼らは当然生き残ります。
正雲「当たり前だ、日本民族のDNAを引き継ぐ者は全員根絶やしだ」
手下A「困りましたね・・・ハワイとかロスとかブラジルとか、国籍は現地でも
遺伝学的には大和民族、という日系人をどうやって絶滅するんだか・・・
あと一つ聞いていいですか?」
正雲「何だ?」
オチがよろしいようで。