はてなキーワード: 遺体とは
18年間暮らした猫とのお別れで、やって良かったことを記録する。
お別れのとき、鼓動がゆっくりになったことを把握して家族が集まり、結果全員で看取れたため。
本当に辛いけれど、旅立つサインを見つけてあげることは大事だと感じた。
自治体の火葬場でペットの火葬を行っているか調べ、無ければ自宅まで出張可能な業者と料金を確認。
私の住む自治体はペット火葬可能だが副葬品(花を含む)不可のため、評判の良い出張業者を調べておき、依頼した。
(それでも化繊やプラスチック、燃えないものは不可の業者が多い。理由はお骨が変色してしまうなど。)
出張料金なし、立ち合いお骨上げのプランで約24,000円だった。(体重により異なる)
多くの業者はその場で現金払いのため、事前に用意しておくと慌てず済む。
息を引き取ったあと十分に声をかけてあげたら、ペットシーツの上に寝かせ、お尻にティッシュをあてる。
好きな姿勢をとらせてあげ(私は軽く丸まって寝ているような姿勢にした)、汚れがあれば軽く湿らせたティッシュで拭いてブラッシング。
箱に白いバスタオルを敷き、寝かせる。
お腹側に3箇所ほど保冷剤をあて、8-10時間ごとに取り替える。
落ち着いたら、早めに火葬業者に電話or自治体に申込する。(夏場は亡くなってから3日以内が目安)
完全に自己満足になるが、似合う色の生花をたくさん買って回り、棺を花いっぱいにして見送れたことは本当によかった。
なにより心臓が止まってから数分間は耳が聞こえているので、目いっぱい声をかけてあげてほしい。
この時間のおかげで、より悔いなくお別れができたと思う。
いろいろと因果応報のようなことがおきているな
アフリカのコンゴ民主共和国で、中国人2人が殺害され10人以上が拉致されたことについて、中国外務省は「人質の迅速な救出」を求めました。
コンゴ民主共和国の中国大使館によりますと、今月21日、武装グループが東部の金鉱山を襲撃し、中国人5人を拉致したということです。
また、ロイター通信によりますと、24日には別の採掘現場でも中国人2人が殺害され8人が拉致されたということです。
関連の中国企業が違法な操業を行っていたとの指摘も出ています。
中国外務省は29日の会見で「コンゴが迅速に人質を救出するよう求める」とし、関連地域の中国人と企業に「直ちに撤収」するよう呼び掛けました。
(CNN) 南太平洋のソロモン諸島の首都ホニアラで反政府デモを契機に起きた暴動で、地元警察は27日、市内にあり略奪や放火の標的ともなっていた中国人街の焼失した建物の中から焼死体3体が見つかったと発表した。
ソガバレ首相の辞任などを求め24日から3日間続いた抗議デモで死亡者が報告されたのは初めて。逮捕者は27日の時点で、100人以上に達した。
地元警察の報道担当者はCNNの取材に、死因と遺体の身元を調べていると述べた。首都内の状況は正常化しつつあるともした。
オーストラリアの駐ソロモン諸島大使は同日、豪州軍部隊が26日に到着したと確認した。地元警察を支援する任務に当たる。部隊の派遣はソロモン諸島政府の要請に基づく。
パプアニューギニアのマラペ首相も声明で、同国がソロモン諸島政府の求めに応じて警官らから成る治安維持チームを派遣し、26日に現地に到着したと発表した。
抗議デモが起きた背景には、ソガバレ首相の内政運営や同州の経済開発が進まないことへの不満、州の自治権尊重の要求、台湾との2019年の断交や中国との国交樹立への反発が絡む。
ロイター通信によると、デモには同国で人口が最多のマライタ州の住民が多数参加。同州内は反政府の感情が強く、台湾との断交にも反対しているという。
パキスタン北西部カイバル・パクトゥンクワ州の山道で14日午前8時ごろ、中国人ら30人以上が乗ったバスが爆発して谷に落ち、地元警察などによると、少なくとも13人が死亡、多数が負傷した。中国人らは、中国がパキスタンなどで進める巨大経済圏構想「一帯一路」関連のダム建設現場に向かう途中だったという。
地元警察によると、死亡したのは、中国人の技術者やパキスタン人の警護要員ら。爆発の原因について、パキスタン外務省は、同日付の声明で「機械の不具合で燃料が漏れ、爆発した」と説明。一方、中国外務省の趙立堅副報道局長は定例会見で爆発を「襲撃事件」と呼び、パキスタン側に早期の徹底的な調査と犯人への厳罰を求めたとしている。
パキスタンにとって中国は、対インドで利害が一致する長年の友好国だ。パキスタンでは近年、中国の投融資に頼るパキスタン政府に打撃を与えるため、中国権益を標的にする地元イスラム武装勢力の攻撃が続いている。パキスタン政府は中国権益を重点警備しているが、攻撃を防ぎ切れていない。
今年4月には、中国大使が滞在していたパキスタン南西部バルチスタン州の高級ホテルで爆発があり、警官ら数人が死亡。パキスタンの反政府武装勢力「パキスタン・タリバーン運動(TTP)」が事件後、犯行声明を出した。
また、19年5月には中国人宿泊客が多い同州グワダルの高級ホテル、18年11月には南部カラチの中国総領事館が襲撃された。両事件では、中国の進出に抗議する現地の独立派「バルチスタン解放軍(BLA)」が犯行声明を出した。(バンコク=乗京真知、北京=高田正幸)
https://news.yahoo.co.jp/articles/1ae090376f57d3896ede677492c9476d6641a859
https://news.yahoo.co.jp/articles/d9688582e2d246ba341d241b2dc7baecebf05150
ちなみに死んでるとわかった家族のそれでも遺体を墓に収めることにめちゃくちゃこだわるの日本人だけやぞ
そのこだわりのおかしさを指摘するような千の風になってとか流行ったのも外人からみるとあたりまえすぎて意味が分からんとおもう
あと人間とおなじアミノ酸でできた生物である場合は、肉を加熱してもなにしても感染力が消えないプリオン系の病気(狂牛病とかクロイツフェルト・ヤコブ病とか)に注意。(たぶん炭になるまで焼いたら感染力もなくなるが味もなくなる)
相手は狂牛病を克服してるかもしれないけどこっちは相手の体のどこに何がはいってるかわからんのだ
味なんて病気にくらべたら簡単に調べられるし再現可能なんだよなぁ
実家に置きっぱなしにしていた書類やファイルを1部持ち帰った。
住んでる家にあるものと一緒に断捨離して残すものを整理しようとしたためだ。
おまけでもらったリラックマのファイルの中に、弟の遺書のコピーが入ってあった。
コピーした日記の中には父への憎しみ、幼少期からのトラウマなどが綴られている。
母が日記をコピーして渡したのは弟のことを理解してほしいとのことだろうが、意図的な部分のみ改変して読ませることは、私にとっては精神的な虐待だったと今なら思う。
弟が死を選ぶ日まで綴られた日記は、いまだに全てを読ませてもらえていない。
自分の都合が悪いものは見て欲しくなく、あくまで父に原因があるのだと、母は私に同意してほしいのだろう。昔からそうだ。
父も母も毒親ではあるが、私もそれについては今更蒸し返したりしない。
ただ、日記を全て読める日は来るのだろうか。
切り取られて貼り付けられた弟の想いがなんだかとても虚しく感じてしまった。
1度だけ見た夢で
本当は生きていたんだ、と元気な姿で私に会いにきてくれた、という夢を見た。
1番に私に会ってくれた。
願望ではあるけれど、
夢でも1番に会いにきてくれたんだなと思っていたい。
東京ではある小学校の警備員(1973-1991年勤務)が犯行に及んだ。
警備員は勤め先の小学校で、死んだ父親の子である教師を殺害し、自宅の床下に遺体を隠した
犯人は公訴時効が成立したあとの26年後に自首し、2004年に白骨の遺体が見つかり、DNA鑑定で先生本人と判明
後見人は犯人の資産を仮差し押さえし、遺体隠蔽につき犯人に慰謝料を請求
請求額は約1億8千万、そのうち母親の分が約1億3千万。後見人も原告の一人
第一審を経て、控訴審では原告3人に約4255万円の慰謝料が認められ、2009年に犯人の上告は棄却
当時は殺人罪の時効は3~25年だったが、時効25年にあたるほどの罪だと考えたのだろうか?15年ぐらいではないか。
2人が消滅したのちの、家族と後見人は財産を得たと見えるが、このうえなく不自然に見える
それで2010年、殺人罪に時効がなくなり、過去の殺人事件にも時効がなくなった
あらたな自首は出てこないだろうが、被害者家族にショックを与えるための犯罪は減ったと言えようか
追記:
警察は娘を発見できず、一時は北朝鮮に拉致されたという予測がたてられていた
「Iの家族は北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会に参加
2003年には政府は、『特定失踪者リスト』に北朝鮮による日本人拉致問題の被害者としてIの名前を掲載」
ひょっとすると、被害者は、天皇以前の旧家の家系に生まれたのだろうか?と思った。俗にいう家系潰し。
この殺人を防ぐことはできなかったろうか。警察は家事に介入しないという。
妄想を入れるなら、英国ジャーディン・マセソンの安田弘が関わっているセ〇ムに、警察官僚を天下りさせるためか。
イギリス皇室が、ガーター勲章の下賜先としての天皇を保存したい、またイギリスが明治維新で作った天皇以外の古い氏族は潰したい、とか。
https://www.asahi.com/articles/ASKB26Q4LKB2ULFA04P.html
早朝5時に車で出勤して車内で仮眠し、
深夜0時過ぎに帰るといった日々を送っていた。
話しかけても視点が定まらなかったり、周囲に「こんなこと早く辞めたい」と漏らしたりすることもあった。
「人手が足りないから、作業もうまく回らずに工程が遅れ、余計に長時間労働を強いられていく。みんな疲労でいらいらして、
男性は、3月2日に失踪し、4月15日に長野県内で自殺した状態で見つかった。遺体のそばには自筆のメモがあった。
「身も心も限界
自分の知り合いの女性に、建設系の学部で現場監督を目指している人がいた。
詳しくはないが、現場監督に女性が少ないことはなんとなく知っていた。だから、苦労するだろうことは予測できていたし、本人も予想していたはずだった。
ところが後日就職活動の調子について話を聞くと、10社ほど受けたところで現場監督は諦めたという話だった。
数年前、午前2時過ぎにバイト先の居酒屋から徒歩で帰宅する最中だった。当時10代だったわたしの足で、すすきのから札幌駅方面の自宅まで30分ほど。
平日深夜だと言うのに、市電通りの横断歩道を渡っても駅前通りは結構人が多かった。
カラ館前を通り過ぎようとしたら、路上でスーツを着た40〜50代くらいのおじさん3人が大騒ぎしていた。タクシーとタクシーの間、路上というよりは車道だった。
「酔っ払いは嫌だなあ」とチラリと視線を向けると、明らかに様子がおかしいおじさんが1人いた。見るからに意識がない。
周りのおじさん2人は、路上に座り込んで意識のないおじさんを呂律の回らない口で笑っていた。近くにいた客引きの女の子は仕事中だがおじさんの介抱するべきかチラチラと視線を送っていた。
おじさんは、転んだ時に頭をぶつけたようで、路上は血の跡で若干濡れていた。顔色は、夜でもはっきりわかるほどにみるみると真っ白になっていった。
そして、失禁した。それを見て周りのおじさんは更に爆笑した。
これはいけないと駆け寄った。首の横に手を当てても脈が触れず、肩を叩いて、名前も知らないのに呼びかけた。うろ覚えの知識でネクタイとベルトを緩めた。
それと同時に救急車を呼んだ。
大の大人が失禁するシーンなんて見たことがないからわたしはパニックを起こしていた。救急の人に状況説明していたが、支離滅裂だったんじゃないかと今になって不安を覚える。
必死で呼びかけたおかげか、顔色が戻ってきた。脈も触れる。よかった、と思っていたタイミングで救急車がやってきた。
そのまま救急隊員におじさんを引き渡した。だが、問題はここで起きた。
おじさんが救急車に乗らない。さっきまで顔色悪く失禁してたことなど本人は知らないからなのか、おぼつかない足取りでそのまま帰ると主張していた。
救急隊員も「頭怪我してるから、そのまま帰ると奥さんが心配するよ」「とりあえず頭の手当てだけするから救急車に乗って」などとさすがプロと思える誘導を行っていた。おじさんは言われるまで頭の怪我に気付いていなかった。
野次馬ごと「帰れ」と促されたからその後は知らないが、深夜に救急隊のみなさんに迷惑をかけてしまったのではないかとずっと気に病んでいる。
実はおじさんの怪我は大したことなくて、酔っ払いが失禁するのもよくあることで、あの夜に救急車を呼びたかったのに私が呼んだせいで助からなかった人がいたのではないかと、ふとした時に考えてしまう。
所詮通行人だったし、放っておいてもよかったんじゃないか、わたしがやらなくてもよかったんじゃないか。
おじさんと救急隊が結構な押し問答してたし、わたしがパニック起こして余計なお世話してしまったんじゃないか、状況説明したときの面倒臭そうな救急隊員の態度から通報してよかったのか、未だに不安になる。救急車に乗せられるところまで見届けられなかったからかもしれない。#7119にかければ良かったのかもしれないが、当時あったのか存在を知らなかったのか今となってはわからない。
たくさんのご意見ありがとうございます。当時の自分を労って下さるコメントに気持ちが救われています。
やらなかった時、きっと後悔してただろうってお言葉がいくつかありました。たしかに素通りしてずっと悶々とするよりは、助かってモヤモヤしてた方がマシだなって思いました。ありがとうございます。
以下気になったコメントについて。
→仰る通りです。ただ真冬のすすきのは警察官がその辺ウロウロして酔っ払いを拾って帰るので、恐らくわたしが出くわすことはなかったんじゃないかと思います。当時はそこまで寒い季節ではなかったので9〜10月上旬くらいだったかと記憶してます。
→多分立ち合ったら誰でもわかります。かなり真っ白で人間の色してませんでした。失禁直後に首触った時の感触と体温がゴムみたいで、数年前亡くなったおじいちゃんの遺体が過ぎり、余計に焦りました。生きててよかった。
→酔っ払ってました。フラフラで立てない感じです。わたしのスマホの充電が切れそうだったので「おじさんスマホある?」って聞いたら「どこだろ〜?落とした〜?」って言ってました。多分2人とも死にかけおじと同じくらい飲んでたんでしょうね。
わたしが焦る様子見てようやくただごとではないとわかってくれたのか、座ったまま介抱手伝ってくれました。
→怖すぎる世界線で震えました。普段から人気のない場所には行きませんが、気をつけます。
ちなみにすすきのは街頭の監視カメラかなり多いです。余談ですがひったくりされた時にすぐに犯人捕まりました。周りに通行人が多く、客引きやタクシーが見てる状況で、いざとなれば誰かに声をかけられるという環境だったからこそ動けたのかも知れません。
→ごめんなさい、気持ちの余裕がなかったです。場所を先に伝えたほうがいいってボーイスカウトで救急救命講習やったときに教わっていたので「〇〇に救急車一台下さい!」って咄嗟に言ってました。タクシーじゃないんだからもっと言い方考えるべきでした。
あの時は必死でおじさん死ぬな!って思ってたんですが、そのあと意識取り戻して救急隊と揉めるおじさんを見て「あれ…?元気じゃね…?私救急車呼んでよかったのコレ?」ってモヤモヤしてしまい、今回増田の存在を知って書きました。読んでいただきありがとうございます。