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はてなキーワード: 臼井とは

2019-03-23

『竿と玉持ったまま女に転生するチート使って無敵の最強弱者になって無双した件』

騎士さん「ば、バカな……こいつは男なのに……なぜ私たち女性しか使えない『聖剣カコウバーイ』を使えるのだ……」

MtF「俺は男でありながら女の魂を持ち女性特剣を手に入れた者、人呼んで≪海よりも深く天よりも高き境界を往来せし者(トランスジェンダー)≫……まあ、面倒だから竿と玉は残してて戸籍は男のままなんだけどね」

騎士さん「ふざけるな! 貴様男性器がある限り、いや、たとえ男性器を切除して国家貴様を女と認めたとしても(※1)、XY染色体を持って生まれた者は死ぬまで男なのだ! 貴様は『女装した男』、『女になりたい男』でしかないのに、この女性の聖域オチダインを汚さんとするただの野蛮な一匹のジャッポスだ、我が聖剣で処断してくれる!」

MtF「(息を吸う音)すぅ……『アタシがフォローしてる尊敬していたフェミ垢の@femaleknight19040308さんがトランスへの酷い暴言ツイートしてた!(※2) 同じマイノリティで仲間だって信じてたのに裏切られた! 傷ついた! 人口過半数を占めるシスヘテロ女性から圧倒的少数派であるトランス女性のアタシが差別された! 理屈がどうであれ少数派で弱者のアタシの方が被害者で正しい!』」

騎士さん「なにっ!? 私の女性特剣が全く通用しない!! ……これは、まさか『オキモチの聖盾』!?

MtF「何を驚いている? 聖盾が女性専用装備だとでも思っていたのか? それとも、この世に女性よりも弱い弱者がいるはずがないという想像力の欠如かな?」

騎士さん「なにが弱者だ! 貴様は男でマジョリティ強者! 男の分際で身の程知らずにも弱者を名乗った大魔法使いKKOと同じように徹底的に論破して自決に追い込んでやる!」

MtF「ふっ、KKOか……奴はいい年して女の一人も口説き落としたことの無い未熟者にすぎん。我ら弱者男性の中では最弱……いや、最強? ネットで女に煽られたぐらいで自裁した弱者男性の面汚しよ……まあいい、お前が男の俺とは『対話』できないというのであれば、『彼女』を呼ぶとしよう。出でよ、守護獣(♀)アライ!」

守護獣(♀)アライ「あんた、今までフェミニズムの何を勉強してきたんだい? 女性差別批判して女性権利擁護してきた口でトランス差別してトランス権利主張を馬鹿にするのかい? 生まれた時の性別で人のいるべき場所を決め付けるなんて、今のあんたたちツイフェミ日本会議保守オッサンどもそっくりだよ! 恥を知りな!」

騎士さん「グワーッ!! 同じ女性にまで批判されたー!! よりにもよって最も憎んでいる存在である日本オッサン同類扱いされたー!! ……ぅぐぐぐ、私は負けん! 男を擁護するこいつは名誉男性に違いない。おペニスよしよしプリンセススプリング=ウィンドちゃんと同じくたとえ未成年であっても最大の侮蔑を受けるべき人間のクズだ……断じて女性ではない。私は女性のために最後まで戦う。たとえ私が定義する『女性』が世界で私一人だけになったとしてもだ」

MtF「ほぅ、まだ立ち上がるか。ならば、更なる絶望を味わうといい。≪偽装太陽の車回す小鬼の群(ジャパニーズサラリーマンコスプレ)≫! ……さあ、今の俺の姿はお前の目にはどう見える?」

騎士さん「男だ……完全に男の社会人だ。女体持ちの私と違い、満員電車痴漢心配する必要など無い(そんなスーツの似合う体格の良い男が痴漢に遭って思わぬ快感に戸惑うシチュは相当に美味しい)、性被害を恐れてMtFによる女性更衣室やトイレ使用に反対している多くの女性気持ちなど理解できないし、理解する必要もない安穏とした人生を過ごせる男そのものだ……」

MtF「その通り、この格好をしている時、社会は俺を完全に男として扱う。この意味はわかるな?」

騎士「う、嘘だ……聖堂学院を優等で卒業し『聖騎士二級』の資格を持つ私がずっと大学非正規事務員警備員ダブルワークを強いられているというのに、こいつは男だというだけの理由大企業正規雇用され、同期の女子社員と比べて結婚出産退職するおそれの無い長く働いてくれる戦力として期待されて裁量責任やりがいのある仕事を与えられて、やがて結婚子供を持つ時もキャリアとの両立に悩むことなど無く、むしろ専業主婦の妻に支えられてますます仕事に打ち込む男盛りを迎え、無知新人女子社員立場の弱いテンプや取引先の女性を有り余る性欲のはけ口にしつつも家庭は壊さないようにせこく立ち回って……そうやって、私が憎みそして羨んできた父や兄や同期の男子や元恋人の男どもと同じように女性を踏みつけながら楽しく生きていけるだなんて、そいつ女装しただけで私たち女性と同じように弱者としても扱われるだなんて……」

MtF「そう、これこそがMtFチートの神髄……『女性特剣』と『男性特剣』の『二刀流』だ」

騎士さん「か、勝てない……こんな相手に勝てるはずがない……私が女性のために戦い女性権利の拡大に成功すればするほど何もしていないMtF女性としてその恩恵享受し、しかも男としての経済的・肉体的強者としての特権も手放さず、性的少数者として批判もされない無敵の存在であり続けるならば、これでは私たちフェミMtF奉仕する存在ではないか、この構造女性が家父長に奉仕する伝統家族制度と何が違うというのだ……私たち女体持ちはどうあっても男体持ちへの奉仕種族立場から逃れられないか……唯一選べるのはどの男に奉仕するかだけなのか……ならば、私は……」

MtF「ところで、俺の性自認女性だが、性的指向、要するに性欲の対象女性だったりする。肉体的には男だが、心はレズビアンってところだな」

騎士さん「素敵! 抱いて!」

こうして二人は主観的にはレズビアンカップルとして、客観的には社会から求められるジェンダーロールに則った理想的夫婦として、いつまでも幸せ暮らしましたとさ。

めでたしめでたし

(※1)

性別変更「手術が必要なのはおかしい」…最高裁特別抗告臼井さん「アイデンティティは心で決まる」 - 弁護士ドットコム

https://www.bengo4.com/c_23/n_7910/

(※2)

トランスジェンダーフェミニズム ツイッター惨状に対して研究者ができること - wezzy|ウェジー

https://wezz-y.com/archives/62688

2018-07-14

局長エクストリーム言い訳タイム

文科省局長「『息子をよろしく』とは伝えたが不正合格させてくれとまでは依頼していない」

…こんなエクストリーム言い訳を繰り出すとは思わなかった。なかなかの人物であるな。

信用失墜行為懲戒免職程度かと思ったが、破廉恥罪と国家転覆罪による極刑にこそふさわしい人物かもしれない。

(…とは書いたが『ぶっ殺せ』とまでは書いていない。)

関係者によりますと、佐野局長は去年5月10日に東京医科大学臼井正彦前理事長(77)らと会食し、前理事長から支援事業申請書類を示されたうえで「昨年度は落選したがどうすればいいのか」などと助言を求められたということです。

そして佐野局長はその場で申請書類の書き方などを助言し、「東京医科大学医大受験する息子がいちばん行きたい大学なのでよろしくお願いします」などと伝えていたということです。

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20180713/k10011532211000.html

2017-10-13

http://www.avanty.co.jp/

平成29年10月11日

株式会社 アバンティリゾートクラブ

代表取締役   臼井 良司

拝啓、時下益々ご清栄のこととお喜び申し上げます

平素より格別のお引き立てを賜り厚く御礼申し上げます

弊社は海外国内旅行販売を行なっておりましたがこの度、資金繰り・業績の悪化に伴いこれ以上の 業務継続が困難な状況となり、営業停止をせざるを得ない事態となりました。

お客様ならびにお取引先の皆様には大変なご迷惑・ご心配をお掛けすることとなり誠に申し訳ございません。

深くお詫び申し上げます

弊社へのお問合せは下記消費者相談室にご連絡いただきますようお願い申し上げます

日本旅行業協会 消費者相談室 電話 03-3592-1266

旅行会社って儲からないんだね

2017-09-26

anond:20170926144713

富野じゃないガンダムとか臼井じゃないクレしんとか、藤子じゃないドラえもんとかキリ無いけどケモフレってそんなサーガみたいになってんだっけ

2017-03-15

http://anond.hatelabo.jp/20170315102200

アニメは知らないけど漫画はいま読んでも笑える。俺ギャグマンガで笑うってことがあまりいからすごいと思う。

作者の臼井義人がクリスチャンエホバの証人)だけあって、結構いい話も多いんだよな。サザエさんの作者もクリスチャン無教会主義プロテスタント)だし、この国の子どもは間接的にキリスト教の影響受けてると思うと面白いな。

2017-03-01

第123回 国有財産近畿地方審議会 日時 平成27年2月10日 14:00~15:00場所 大阪合同庁舎第4号館 2階第4共用会議室本日は、上村委員臼井委員、熊澤委員、 槇村委員が所用でご欠席2017

 

http://kinki.mof.go.jp/content/000115032.pdf

2014-04-11

AV(エロのほう)なウェブサービスを作ったとき発見したこと。

 

世の中にはマニアがあふれている。

これに尽きます

「僕は世の中を知っている大人だ。」なんて

漠然と思っていたりもしましたけれど

こんな身近に知らない世界はありました。

中でも僕を驚かせたのは

嘔吐好き」と「キワモノ好き」の2つです。(´・_・`)

嘔吐好きとか、

ゲロはいてる女性見て、なんで興奮するんですか!? Σ(゚∀゚ノ)ノ

そのゲロかぶって、なんで興奮するんですか!? Σ(゚∀゚ノ)ノ

キワモノ好きなんて、

裸の女性ミミズ昆虫にまみれて、それを食ってんですよ! Σ(゚∀゚ノ)ノ

さすがに気持ち悪くなりました。。。

キワモノAVはサービスデータから除外しました。。)

今、日本人口が約1億4千万人として

男は半分の7千万人でしょ?

エロ情熱がある若者から中年層だとその半分強で4千万人として

その4千万のうち

嘔吐好きな変態さん。

キワモノ好きな変態さん。

ってどのくらいいるんでしょうね。。。

作る人がいて見る人がいるんだから、まあソコソコな人数いるんだろうなあ。。


作ったサービスについて


【らぶらぶAVさーち】

http://love2av.com/

AVの検索サイトです。

ちなみに、ワンクリック検索できるピックアップ検索は私の趣味です。w

最近は、つぼみ紗倉まなほしのあすか臼井あいみがオススメです。www ぐう可愛い!(゜∀゜


内部的な仕組み


Nginx + php-fpm + MySQL で動いています

言語PHP + Smarty + Javascript(jQuery) で書いています

あと、スクレイピング用に .NETwindowsアプリ作りました

え、スクレイピングPHP で作ればいいのにって?

スクレイピングってサイトデザインが変わったら

すぐ誤動作してしまうのですよね。。。

PHPだと対応し直しが面倒なので .NET に逃げました。。。。ヽ(°▽、°)ノエヘヘヘヘ

データ更新


データは、アフィリをやっている

動画サイトのduga さんと、MGS動画さんから持ってきています

アフィリじゃないリンクを置いておきますね。

DUGA

http://duga.jp/

MGS動画

http://www.mgstage.com/

データを常に最新にしておくために


という作業をcronで6時間ごとに実行しています

おすすめの使い方


個人的には

待ち合わせで暇なとき

スマホちょっとエロ画像見よう」 ( ・ω・)

てな感じで使っています

 

2011-04-09

「超時空!嵐を呼ぶオラの花嫁」 ◆監督:しぎのあきら

映画】超時空!嵐を呼ぶオラの花嫁

http://www.dailymotion.com/playlist/x1imx8_chubu2010_yyyyyyy-yyyyyyyyy#videoId=xgnjon

 

・はっきり評価すると、映画としての造りが稚拙、雑。

 放映時間に対して間延びした印象。

 30分に圧縮した方が質は格段に上がったと思う。

 これは、監督の今後の課題になる。

 

・伝えたいことを盛り込むために、

 あの手この手大衆化するのは分かる。

 しかし、なんだろうな。大切なことを見のがしている。

 「人が言うことでなく、行動で判断しろ」

 のような、このストーリーなら必要不可欠なはずの核を見のがしている。

 あとは「家族」って何だろうなってこと。

 これについては臼井氏にしか作れなかったものと比べているわけで、

 この監督に求めるのは苦かもしれない。

 この点については、監督自身で思索を深めていただきたい

   

監督が言いたかったこと、これは同意。

 誰もが目を伏せていたことに、よく言及した

 封殺されていた俺たち若者の気持ちを

 代弁してくれてありがとうといいたい

 そう、岡本太郎も言っていたね。

 いい意味で「勝手に生きろ」と。 

 幸い、俺は一点の後ろめたさもない生き方をしているよ。

 このご時世、主流の価値観から見たら価値を感じない者もいるだろう。

 だが、これでよいのだということを今日確信した

 

 誰が何と言おうと、この生き方を続行していく。

 俺たちの代から、きっと変わっていく。

 新しい価値観を再構築するよ。

 

 TV放映では未来を描いたエンディングは削除されていた。

 しかし、悲観することはない。

 俺たちが現実未来をつくっていくよ。

 明るい未来を。

2009-09-22

http://anond.hatelabo.jp/20090921045000

>普段は登山者が寄りつかず、事故の起きた事もない場所

臼井さんを崖下に発見したのは登山客なんだけどな

その登山客が(ry

まあいっぱい釣れてよかったね

2009-09-21

http://anond.hatelabo.jp/20090921131821

誤解してるだろ。

通常では、自殺事故も考えられない状況があるなら、あらゆる他殺の可能性が検討される。

それでも、他殺の確証がなければ事件性なしってことになる。

どうやら、事件性なしの方向に行きそうだけどな。

臼井儀人さん死去】デジカメにがけのぞき込む写真 転落死の「しんちゃん」作者、臼井さん

http://sankei.jp.msn.com/entertainments/game/090921/gam0909211225001-n1.htm

もちろん、“犯人”が事故に見せかけたってこともいえるけど、本人以外がいたという足跡なり、目撃情報でもなければ、それまで。

http://anond.hatelabo.jp/20090921035017

クレヨンしんちゃん漫画を読んだ上で、漫画版クレヨンしんちゃんが好きで。

>もう漫画が読めない、という純粋意味での。

>一人の「漫画家」の死という、独立した悲しみを抱いている人

自分がまさにその一人です

18才なのですが、10才頃から漫画しんちゃんにはまって、アニメはそのおまけぐらいに考えています

12才頃から、雑誌まんがタウンを買い始めて、今でも読んでいます

ぼくにとっては、漫画しんちゃんが面白いのであって、アニメ映画しんちゃんはおまけにしか過ぎません

見れるときに見る、という程度のものです

でも、漫画は違う

絶対毎月読みたくなります

自殺か他殺かわかりませんが、最近雑誌での連載が5話から1,2話位に減ってしまったのも影響しているのかななんて、いち漫画ファンは思ってしまいます

それはバラッドの宣伝のためにページを取られたことが影響しているのですが

あと、個人的には臼井先生映像化全般に関してあまりよく思っていなかったのではないかと思ってしまいます

映画化実写化なんてもってのほか、なんて

漫画11月発刊の12月号までしか読めないのはとても悲しいです

いつもなら回収に出していたまんがタウンも、今ある分は絶対に出さないようにしたいと思っています

クレヨンしんちゃんまんがタウンで必ず表紙に大きくしんちゃんの絵が書いてあるくらい雑誌の中ではメインの作品です

それが無くなるのはとてもつらいです

自分クレヨンしんちゃん以外漫画をあまり読まないので、これから何を読んでいけばいいのだろう、なんて思っていたりもします

最近クレヨンしんちゃん好きといっている人は、問い詰めてみればアニメが好きなんだとわかり、同士に巡り合ったことがないので、慰め合いもできなくて残念です




臼井先生ご冥福をお祈りします

私は臼井義人に死んでもらいたかった。

http://anond.hatelabo.jp/20090919235752

クレヨンしんちゃんだっけ? あんな愚作、糞DQN漫画を世に送り出した責任は、死んだくらいじゃ償えないと思うのは私だけ?

連続強姦殺人犯にでもなって漫画もろとも世の中から封印されるべきだったんじゃないか?

http://anond.hatelabo.jp/20090921055457

遭難?馬鹿野郎。臼井さんは山登りベテランだし、荒船山ごときで遭難はねえよ。いい加減なこと言うな。

荒船山 - Wikipedia

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8D%92%E8%88%B9%E5%B1%B1

山登りする臼井さんの写真

http://news.jx163.com/html/news/ylbk/200909/17-49121.html

クレしん作者臼井さんは誰が殺したのか?

警察は公表しておらず、ニュースでも表立って報道されていないが、臼井さんは殺された可能性が濃厚だという。

自殺でありえない理由として、臼井さんはエホバを熱心に信仰していたという、宗教上の理由がある。

事故ではありえない理由として、滑落地点には柵が無いものの、登山コースからは遠く離れた箇所で、

普段は登山者が寄りつかず、事故の起きた事もない場所だという理由がある。

-

では誰が殺ったのか?おそらく、臼井さんが登山に行くのを知っていた親しい人ではないか。

臼井さんのご冥福をお祈りします。そして、早く真相が究明されることを願います。

臼井儀人氏の死について思うこと。

はてなブックマークは、クレヨンしんちゃん原作者臼井儀人氏が転落事故死した

ニュースで埋め尽くされ、ブクマコメではみんな悲しんでいる。

確かにショッキングニュースではあるけれど、僕にはどこかの見知らぬ人が

亡くなったという日々のニュースとあまり差はなかった。

僕はアニメクレヨンしんちゃんを見て育った世代ではなく。

数回暇つぶしに見た程度。

漫画単行本で何冊か読んだけれど、まだ連載初期の漫画アクション時代のせいか、

さほど面白みも感じたことはなく。

絵が汚く、品はなく、面白くない。いかにもな青年向け漫画という認識しかない。

確かに単行本は49冊も出てるし総発行部数は5000万部。凄いとは思う。

だけど、漫画にしてもアニメにしても、妹のひまわりが増えたという変化はあるにせよ。

ドラえもんサザエさんのように、もう19年も時は動かないストーリー回しだ。

日常的な流れでの話作りなテレビアニメ版は、原作がなくなっても続けられる。

実際に作品としての評価が高いのは、クレヨンしんちゃん劇場版であるのだし。

「オトナ帝国の逆襲」や「戦国大合戦」のような感動巨編もまだまだ作れるだろう。

アニメ視聴メインの層にとって、臼井氏はすでに必要のない存在。

居ても居なくても、変わらないじゃないか。

みんなが嘆き悲しむくらい、クレヨンしんちゃん漫画は本当に面白いのだろうか。

僕にとってクレヨンしんちゃんは、散髪屋の片隅に不揃いに置いてあるような。

時間潰しで仕方なく読む漫画に過ぎない。

クレヨンしんちゃん漫画を読んだ上で、漫画版クレヨンしんちゃんが好きで。

もう漫画が読めない、という純粋意味での。

一人の「漫画家」の死という、独立した悲しみを抱いている人はどれだけ居るんだろう?

http://anond.hatelabo.jp/20090921015051

真っ先に「映画しんちゃんまじ感動した~」ってのはなんか違うよな。

臼井さんがっかりするんじゃないかな。

臼井義人氏死去で悲しんでる人多いけどさ

その中の何人が、漫画版クレヨンしんちゃんをちゃんとフォローしてたんだろう?

お前らの好きなのって、結局本郷みつるとか原恵一の描くしんちゃんなんじゃねえの?とか邪推してしまう。

まあ典型的なそういう人種である俺も、「ああ惜しい人を」と思う気持ちは止められないんだが。

なんだろうね、これ。

2009-09-20

http://anond.hatelabo.jp/20090920103827

「亡くなった方には申し訳ないけど臼井さんじゃありませんように」の一言でこんだけ勘ぐられるんだから、配慮のもう二つは追加してパンピーは街頭インタビューよろしく「まじで?超ショック!!」とコメントすべきだね。

http://anond.hatelabo.jp/20090920103827

小野谷とは違う視点だけど、「臼井さん」というところが気になるなあ。

どんなに感情移入してるか知らんが、おそらくは知り合いでも何でもないであろう有名人のことを「さん」づけで言うのって、やっぱり対象と自分との距離を喪失しちゃってるんだなと思う(例:タモさん)。

想像力たくましくて対象を生々しい人間として感じてらっしゃるんでしょう、けっこう。

だけどそれ自分を中心とした世の中の距離を完全に見誤ってませんか? 関係性の遠近法がガタガタになっていませんか?

http://anond.hatelabo.jp/20090920103827

「亡くなった方には申し訳ないけど臼井さんじゃありませんように」

なんでこの一言を見て「TVに出ているつもり」と結論付けられるのか、全くわからない。(配慮ある言葉使い=放送用の建前としか認識できないのか?)

てめえの配慮のなさと、野次馬根性は棚に上げて、TVを批判、mixiを批判ひでえもんだ。

http://anond.hatelabo.jp/20090919235752

トラバすると変な盛り上がりしそうで迷ったけど一言だけ。

既に世間は膨れあがっちまった悲しみではちきれんばかりになっている。今日に至り、「遺体発見!……か?」というニュースダメを押した。今更後戻りはできない。「なんかの間違いであってほしい」「俺は信じないぞ」。これらは通常、死者に用いられる言葉だ。

「これらは通常、死者に用いられる言葉だ。」が「臼井義人に死んでもらいたがってる。」の根拠なのか?

「通常」という言葉で「みんな」を否定してる、ってどーよ

2009-09-19

みんな臼井義人に死んでもらいたがってる。

http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1303084.html

「お悔やみ申し上げます」

 亡くなった著名人に対してそうウェブ上で弔意を表する人たちに、前々からなんとなしにひっかかりをおぼえていた。

「お悔やみ」は本来的には、故人の遺族などの関係者に対して「申し上げられる」ものだ。社交辞令的な側面を除けば、そこには人の死という最上級の悲しみを他者と共有し、辛さを分かち合うことで、明日への活力を得るための一助とする目的が存在する。なんとか彼の屍を乗り越えていこう。おじいちゃん最期になんていってたの? 生きろ、ってことさ。

 ではウェブ上でお悔やみを述べる人々は「ワールドワイドネットワークディープサドネスシェアすれば、よりサフィシエンシーに富んだアロケイションを実践できるライフハック」でもキめようとしてるのだろうか? おそらく違う。ある種の人々にとってはウェブという葬式には不自由な場で唯一打てるの弔電であるし、別のある種の人々にとってはライフロギングの一環にすぎないだろう。そして、また別のある種の人々にとっては「本気で悲しんでる人」になるための入り口を作り出す儀式でもある。

かなしくなるしくみ。

 訃報が大きなニュースとして扱われるのは各種著名人の中でも俳優歌手芸人などなどアーティストの場合が一番多い。ニュー速はてなの場合はオタ寄りの人間が多いためか、漫画家声優も比較的反響がデカい。こういった人々はアウトプットしたものが他に比べて我々の生活に入り込みやすい。あるいは、能動的に手に入れる場合の(精神的・物理的)コストが非常に安く上がる。だから、ファンならずとも「思い出してみれば、(作品を)見たこと、聞いたことがあるよね……」という気分に陥る。 仮想的な個人関係が構築される。そうなるともう「知人」だ。知ってる人が死ねば悲しい。当然の感情だ。だから、お悔やみを申し上げる。当然の論理だ。

 これは「悲しんでるフリ」なのか? 否だろう。少なくとも、結果的には「本気で悲しむ」ことになるのだ。そういう結果に行き着いてしまうシステムができあがっている。そう、悲しみを指数関数的に増幅させるプロセスが。

 著名人の死には思い出補正のほかにもうひとつ、故人の個人情報(しゃれじゃないよ!)、即ち通常の葬式における「彼/彼女とのおもひで パブリック版」がメディアによって無償提供される。追悼記事の体裁をとった故人の交友関係、裏事情、履歴学歴出身出自家柄家族構成年収バイオグラフィーその他諸々が暴露される。作品が繰り返し繰り返し某のりピーバキバキDJプレイ動画並にテレビリピート再生される。掲示板まことしやかに故人の美談が語られる。雑誌で特集が組まれ、いかに素晴らしい足跡、業績を残したかが取りざたされる。そして、ブログで「○○に関する個人的な思いデ」なる記事がアップされてエントリ執筆者に<わたし&gt;の代入がはかられる。かくして公人としての彼/彼女情報私人としての彼/彼女情報を手に入れることで、それぞれの中で実際と感情的にはさほど変わらない擬似友人関係が手に入る。リアルと違うのは<わたし&gt;と故人をそれぞれとりま人間たちがまるごと欠落してることだ。まぁなんて十年前に流行ったライトノベルみたいなんでしょう。君はそれで十分なんだろう。電波はどこからでも届く時代なのだし。

 だから、画面上の「お悔やみ申し上げます」はいびつに響くのだ。単に遺族を知らないのあれば、自分の周囲から作者を知る人物を探し出して共有すればいい。それこそネットでは腐るほど見つかる。が、それではダメなのだ。上記のプロセスを経て構築された太くて強固な一本のみから成る関係は非常に閉鎖的で、誰の干渉もゆるさない。その上、線でつながれた二人のうち一人はもの言わぬ屍なのだから、もうほとんど俺 is world.だ。

先生のばあい

 臼井義人のような行方不明の場合は、この故人情報の提供が前倒しで行われている。(世間一般的には)一部の人にしか知られてなかった「まつざか先生恋人爆死エピソード」やら、新宗教に関連した家庭内不和の噂やらがばらまかられ、『クレヨンしんちゃん』がベースとなった映画ピックアップされる。作品について語ったインタビューやら本やらが紹介される。そもそもがアニメのお陰で幼児~30代に絶大な知名度を誇る漫画の作者だけに、人々は自分の中の『クレしん』体験を持っている。我々はその記憶をつぶさに思い出の中から発掘し、あたためるだけの時間時間を与えられる。今までまったく知りもしなかった作者をよき隣人よき友人として捉える様になり、ついにはこうのたまいだす。

「私の人生において『クレしん』はドラえもんとならんで人格形成に強烈に作用したいわばバイブルです。ええ、今でも大ファンですとも。ワシは臼井義人が育てた! しかし今の子供はかわいそうですね。ドラえもんしんちゃんを同じ曜日に楽しめないとは!」(楽しめる)

 

 

既に世間は膨れあがっちまった悲しみではちきれんばかりになっている。今日に至り、「遺体発見!……か?」というニュースダメを押した。今更後戻りはできない。「なんかの間違いであってほしい」「俺は信じないぞ」。これらは通常、死者に用いられる言葉だ。

 人は自分本位ないきものだ。いわんや、(推定)死体と<わたし&gt;としかいない閉じた、花火すらない部屋の中にあっては。死体の前についた(推定)が外れた時、ようやく理想的な関係が得られる。なぜ理想的なのか。安心できるからだ。なぜ安心できるのか。安定しているのだ。構成要素が自分しかいないから。ということは必然的に訃報からはじまる一連のシークエンス主人公はその人自身、ということなる。主人公は人の死を嘆き悲しむのだから人生という本のワンシーンとして、美しくならないはずがない。

 画面越しに行われる弔いはその人の体内で循環し続けて決して放散されないのであって、つまるところ内面の問題なのだ。そこに臼井義人の親族関係者が介在する余地などまったくない。だからこそ、人はどこまでも残酷になれる。決して、自覚することなく。

 あなたは悲しむ準備はできましたか? 悼む用意は充分ですか?

 私は……臼井さんが五体満足これ無事にお戻りになることを祈ってます。

 

2008-11-03

日本は侵略国家であったのか」を読む 補足

http://anond.hatelabo.jp/20081101232814

 こんにちは元増田です。

 どれだけ厳しい批判が寄せられているだろうかと恐る恐るみてみたら、好意的な反響が多く、胸をなでおろしています。

 増田に書く理由としては、ひとつめ、専門外のことに長く関わるつもりがないこと、ふたつめ、連休の出先で手元に一冊の参考書籍もなく、HDDネット上のソースだけを参考に書いたエントリなど、歴史を専攻したものとして、しかも専門外のものとして、とても胸を張って提示できるものではないこと、みっつめ、それゆえ、ホームに書いたら全て書き換えるほどの修正をせずにはいられないだろうが、その気力も時間もないこと、よっつめ、しかし、あれを「論文」とすることには憤りを覚えたので、せめて学問を知る人にはトンデモトンデモであると伝えてみたかったこと、いつつめ、増田であれば上記の点をそれほど気にやまずに済むこと、このくらいでしょうか。したがって、私のエントリはいわゆる「ちらしのうら」です(文献表記がみにくいのもわざとです。すみません)。私はさくっと書き逃げする卑怯者です。内容がいかがわしいのも推敲が甘いのも全て私の責任です。でも、もろもろの言い訳によって逃げられるものではないですよね。ああ。

 さて、前回のエントリでは、後半にさしかかったときにから睡魔に襲われ、最後は「藁人形叩き」ばかりになってしまいました。ようやく投稿できたと思ったら、字数超過で記事を分割せねばならず、つづきでは田母神氏の論文タイトルを間違えてしまいました。謹んで失礼をお詫びします。いろいろとミスがあろうと手をいれるつもりはなかったのですが、批判する論文タイトルの間違いはいくらなんでもひどいので、訂正します(ついでに「シンガポール華僑粛清事件裁判記録」後編のミスも直します)。これも後出しですが、原文が縦書きの漢数字は、横書きなので適宜英数字にしています。

 では、気をとりなおして「藁人形叩き」ばかりをしていたところに補足してみたいと思います。最後に与太話の蛇足ですが雑感を述べてしめます。

 しかし人類歴史の中で支配、被支配の関係戦争によってのみ解決されてきた。強者が自ら譲歩することなどあり得ない。戦わない者は支配されることに甘んじなければならない。

(前回と同じく、はてな記法による引用の出所は、田母神俊雄日本は侵略国家であったのか」2008年http://www.apa.co.jp/book_report/images/2008jyusyou_saiyuusyu.pdf

 第2次世界大戦開戦の時点であっても、カナダオーストラリア南アフリカなどが自治領化・独立した例がありますね。フィリピンでも独立を前提とした自治領政府が成立していましたね。

 また、どちらかといえば植民地統治体制の比較の話ですが、自治・独立とまではいかないまでも、現地の住民を支配機構採用していく次のような例もありました。

1920年代より英国ビルマに赴任するICS〔引用者注インド高等文官の略称〕に英国人のみならずビルマ人も採用すべく方針を変え、その結果1939年末の段階で、ビルマにおける全高等文官のうちビルマ人は32.8%を占めるに至った」(根本敬「英領期のビルマ人高等文官(ICS/BSC)とタキン党」『東南アジア学会会報』63、1995年、17ページ。http://ci.nii.ac.jp/cinii/servlet/CiNiiLog_Navi?name=nels&type=pdf&lang=jp&id=ART0004924657

それは日露戦争、そして大東亜戦争を戦った日本の力によるものである。もし日本があの時大東亜戦争を戦わなければ、現在のような人種平等の世界が来るのがあと百年、2百年遅れていたかもしれない。

 1940年代において、宗主国が疲弊し、植民地独立運動が高揚したのは確かなことでしょう。ただし、歴史学の領分は、「もしも」を考えるというより、その過程をつまびらかにして、それぞれの要因や重要性を検討することにあります。

 まず、開戦の詔書には「東亜ノ安定」「世界平和」「万邦共栄」「東亜安定」「東亜永遠平和確立」という表現はありますが、肝心の戦争目的を述べている部分は、あくまで「今ヤ自存自衛ノ為蹶然起ツテ一切の障礙ヲ砕碎スルノ外ナキナリ」(「御署名原本・昭和十六年・詔書一二月八日・米国英国ニ対スル宣戦ノ件」1941年12月8日アジア歴史資料センターレファレンスコードA03022539800。引用部分の漢字は適宜新字体を用いました。センターホームページの検索バーに左記のレファレンスコードを打ち込めば該当資料のページへ飛べますhttp://www.jacar.go.jp/)ということであり、「アジア民族解放」、「植民地解放」、や「独立」といった文言は一切ないことを指摘しておきます。文面上はまさに自存自衛の戦いをうたっており、解放約束は明文上ではなされていません(ちなみに、みればわかりますが「八紘一宇」もないです)。では、実際、アジア諸国にどう接し、現地住民はどう対応したのか、前回は文献名をあげただけのものから少し引用しておきます。

ビルマ1943年8月1日主権を有する独立国家となったが,真の独立を求めるビルマ人にとってそれは,’’偽の独立’’,’’メッキの独立’’にすぎなかった。ビルマ人は,独立が’’空虚’’であることを知っていた。この当時の日本人に対するビルマ人の態度は,「愛していなくても我慢して接吻する」ようなものであった」(大野徹「ビルマ国軍史(その2)」『東南アジア研究』8(3)、1970、360ページ。http://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/55632/1/KJ00000134014.pdf原文の注の番号は引用者が削除しました。以下の引用文でも同じ)。

日本の『朝日新聞』は、この作戦について、「皇軍航空部隊の空襲は一見、印度民衆の苦難を一層増大せしめるかに見えるが、爆弾の雨の中に、皇軍印度独立運動に対する無限の慈愛と支援が含蓄されている」と書いていた。まことに「含蓄」の深い論評だったと言うべきであろう」(中里成章「日本軍の南方作戦とインド」『東洋文化研究所紀要東京大学)』151、2007年、190ページ。http://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/dspace/bitstream/2261/5716/1/ioc151004.pdf)。

「本稿では不十分ながら、日本大東亜共栄圏アジア主義プロパガンダが、そして、その大枠の中で動いたチャンドラ・ボース等の活動が、インド社会との接点を持てずに、空回りしていたことを明らかにしえたのではないかと思う」(前掲中里論文、195ページ。ボースたちについては、197ページの注6、200ページの注22、202ページの注26、208ページの注80も参照)。

 インドネシアフィリピンベトナム抗日闘争について、詳しくは論文本文を読んでいただきたいのですが、結論としては、

「要するに、東南アジア諸国の反植民地民族独立運動は、太平洋戦争日本の侵略によって生じた情勢やその他条件を、主体的、積極的に活用して日本に対応し、戦前に比して飛躍的な成長を遂げた。そして、このことは、戦後における東南アジア諸国の民族独立運動の高揚や民族独立の達成の決定的要因となった。この意味において、太平洋戦争日本の侵略は、東南アジア諸国の民族独立運動史における一大転換点であったということができよう」(谷川榮彦「太平洋戦争東南アジア民族独立運動」『法政研究九州大学)』53(3)、1987年、395ページ。http://ci.nii.ac.jp/cinii/servlet/CiNiiLog_Navi?name=nels&type=pdf&lang=jp&id=ART0008279870原文にあった傍点は除いた)。

 以上でつっこみの補足は終わりです。現下の情勢については特に言及しません。

 さて、今回のエントリ執筆目的としては、可能な限り速やかに「論文」が論文になっていないことを示すことでした。大事なのは「内容」とおっしゃるのは結構ですが、学問的に批判可能な形式(もちろん既存の研究にとらわれない革新的な独自形式でも、読者に史料を提示できればかまいません)をとらないものは、「無敵な人」の独自な「歴史観」の告白にすぎないでしょう。それに価値を認めるのは個人の自由ですが、学問教育の場に持ちこむのはお門違いです。そのような姿勢では、いつまでたっても歴史学における扱いはトンデモのままですよ。もちろん、大学研究所にいる専門家でなければ歴史の話をしてはいけないということではないです。「昭和史論争」を引き起こしたのは歴史研究者ではありませんでした。しかし、自己見解教科書にのるような通説となさりたいのであれば、専門家と同じ舞台に立ち、その批判に応答しなければならないでしょう。「つくる会」はその舞台に立つ気はないと宣言した結果どうなっているでしょうか。今なら学術雑誌に投稿しなくても、インターネット上でいくらでも長文の論文発表できますよね。

 一般に、歴史研究者は、四年生大学で専門的なトレーニングを受け、さらに修士課程二年間、博士課程三年間以上を費やして史料を読み込み論文を紡ぎだしています。それでも、個々の論文の結論で言えることはささやかなことです。また、研究会学会書評などの形でお互いに切磋琢磨しています。それぞれが広範な史料に目を通しているからこそ、個々の研究がその時代の歴史像のどこに位置づけられ、どの部分がその時代の特徴をよくとらえられているかを議論できるのです。自分の個別研究歴史研究の大きな流れのどこに位置づけられるのかをとらえるため、歴史を学ぶ標準的な手順としては、まずは先達がエッセンスを詰め込んだ教科書、概説書を読み、そこから主要な研究文献やレビュー論文目録等を漁って研究史をたどり、そこで用いられている史料を読み、先人の研究の妥当性を検討したり自己の問題関心を追求していくのです。木簡のように新しい史料が見つかったり、機密文書が公開されたりして史料が増えれば、それがどのように従来の見解に修正を迫り、新たな知見を付け加えるのか議論します。そのような積み重ねのなか、通史は更新され、教科書記述も変わっていきますが、このことをもって歴史は定まりないものだから最新の研究成果も独自研究も変わりないということは的外れでしょう。それはかえって科学としての歴史学が機能している証拠にほかなりません。

 さて、歴史学者全体がイデオロギー的に偏向している、現行の教科書自虐史観マルクス主義史観に基づいているという「つくる会」の主張もありますね(それでいて『国民歴史』のように、専門家研究から剽窃したりするの会員もいるのは厚顔無恥ですね。参照、尾藤正英『日本文化歴史岩波新書2000年あとがき)しかし、戦後長く標準的な高校教科書として採用されてきた山川出版社の『詳説世界史』の執筆者には林健太郎(故人への敬称は略します)が含まれていました。日本史にしても伊藤隆氏が編者であった『近代II』を含む、『日本歴史大系』山川出版社、1984-90年、が、受験前に初めて読む通史だった私などには、学会の主流がマルクス主義史観など妄言にしか聞こえません。岩波だから駄目などという意見も見ることがありますが、最新の『岩波講座世界歴史岩波書店、1997-2000年、では、古代中世近世近代という時代区分はもはや採用されていません。そもそも研究の場では、評価は自分の目で確かめてから下すもので、事前に確定できるものではないのです。

 私が前回あげた書評にこういう記述があります。

「いずれも〔引用者注:本文でふれられている臼井勝美氏、酒井哲哉氏の研究のこと〕,侵略の時間連続性〔引用者注満洲事変から日中戦争へ〕を,陸軍の遠心性,すなわち現地機関の好戦性や暴走に帰さない画期的研究であった」(加藤陽子書評 安井三吉著『柳条湖事件から盧溝橋事件へ―1930年華北をめぐる日中の対抗―』」『アジア経済』45(9)、2004年、67ページ。http://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/dspace/bitstream/2261/7473/1/kato45_09.pdf)。

日本の軍は強くなると必ず暴走し他国を侵略する」なんて本質論は、学界ではなされていませんよ。人事面でも、システム設計運用面でも、上部の問題は大きかったですよね。私みたいなものにも自衛隊に信頼できる友人はいますので、余計に上が軍の失敗を反省するそぶりもみせないのは問題と感じるわけです。

 最後に、余計なお節介でしょうが、歴史学入門、史学史についていくつか参考文献をあげておきます。ご興味のある向きは手にとられてみてはいかがでしょうか。

小田中直樹歴史学ってなんだ?』PHP新書2004年。(CiNiiの定額許諾を契約している大学関係者は、下敷きとなった論文DLできるかもしれません。私は今DLできる状況にないので保障はしません)

小田中直樹言語論的転回歴史学」『史学雑誌109(9)、2000年

http://ci.nii.ac.jp/cinii/servlet/CiNiiLog_Navi?name=nels&type=pdf&lang=jp&id=ART0002622266

歴史科学協議会編『卒業論文を書く―テーマ設定と史料の扱い方』山川出版社1997年

永原慶二『20世紀日本の歴史学』吉川弘文館2003年

 今まで述べてきたような研究の積み重ねに対し、自説の根拠もまともに示さずに自分の意見を広めたいと主張する行為がどういうものか、一度お考えになっていただけたら幸いです。

 また見苦しい長文になってしまいました。最後まで読んでくださった方に感謝します。

(追記)さすがに人名の誤記は看過できないのでミスを修正しました。

(再追記)引用文の出典が抜けていたのも直しました。すみません。

(再々追記)直ちに答えられるトラバをいただいたので応答します。ホロコースト研究の進展について次の文献を参照してください。

健介ホロコーストニュルンベルク裁判」『史論(東京女子大学)』55、2002年http://ci.nii.ac.jp/cinii/servlet/CiNiiLog_Navi?name=nels&type=pdf&lang=jp&id=ART0008575897

 
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