はてなキーワード: 当事者とは
男だったら気にする、の決めつけが増田の想像(現実は違う)じゃない?としか思えない
そりゃ知ったらどん引くだろうけどさ、
「今」の彼女がいじめしそうにない性格に更生してて、反省を見せたら、「この人と結婚したい」もゆらがない男のほうが多いと思うよ
こっちも想像ですけど
増田の言い分は混線が起きてる
「昔いじめやってたような人間とは結婚したくない」←そりゃ人間のほぼ全員がそうだろう
「昔いじめやってたような男と結婚する女はいじめを気にしていない」←????
増田の理屈でいえば「男のほうがいじめを気にしていない」ってことになる。
なぜなら、
そいつらの結婚相手となった女たちは夫の過去を知らないかもしれない、
しかしいじめた当事者である男たちは確実に自分の過去を知っている、つまりいじめた当事者であるという自覚を持ちながら結婚に踏み切っている=いじめを気にしていない。
短い文章なのに、いろいろ間違いが多いなあ。
間違い1。認定云々以前に、GIDやトランスジェンダーという概念自体を受け入れないフェミニストは普通にいる(「トランスジェンダリズム」という言葉を使い、transgenderを客観的状態ではなく一種の主義主張として捉えるフェミニストに多い)。後述のTERFは、そもそも「Trans Exclusionary Radical Feminist:トランス排斥的なラディカルフェミニスト」を指す言葉だった。TERFと呼ばれるフェミニストの中には、トランスジェンダーの部分的容認派もトランスジェンダーの完全否定派もいる。
「自認」の場合は女装趣味やオートガイネフィリアが含まれるため、受け入れない派がTARF、受け入れる派がTRAと呼ばれる。
間違い2。まず、上にも書いたとおり、「TARF」ではなくTERF=Trans Exclusionary Radical Feminist:トランス排斥的なラディカルフェミニスト。TERFの中には「女装趣味やオートガイネフィリアが含まれるから受け入れない」という人もいるが、「そもそもトランスジェンダーなど存在しない」という立場の人も含まれる。
間違い3。GID(性同一性障害:性自認が身体的性と一致していない状態)は医学的に定義された疾病概念で、GIDという診断結果を得るには、心療内科医や精神科医によるその他の精神的身体的障害(統合失調症・人格障害・女装嗜好・経済的社会的利益を目的とした性転換希望など)からの除外診断が必要になる。TRA(Transgender Rights Activist:トランスジェンダーの権利を求めるアクティヴィスト)と言われるフェミニストの多くも、基本的にはこのような外在的基準に沿って当事者のクレイムの正当性を判断する。つまり「TRAのフェミニスト」は、性別の自称を何であれ全肯定するわけではなく、GID以外の動機や原因に基づいた「身体的性別と異なる性別の自称」は受け入れない。
FTM:絶対数がそもそも少なく、また身体は女性のため、性暴力の加害者になることも、女性スペースに入りたいという希望も極めて少ないため、ほとんど問題が生じない。
間違い4。日本のジェンダークリニックではMTFよりFTMのほうが受診者が多く、統計的には6割から7割がFTMで、残りがMTFである。
間違い5。レズビアン女性の界隈では、いわゆる「ビアンのタチ」とFTMの境界が、セクマイ男性におけるゲイとMTFに比べて非常に曖昧(たとえば、女子サッカー界における「メンズ」 https://www.nhk.or.jp/gendai/comment/0029/topic051.html は、この両方を包摂している意識のあり方だ)。ある時期までタチを自称していた人が数年後にFTMと自称していることも普通にある。そうした両義的な性意識を持つ人達が女性スペースに入ることは普通にあるし、そこで問題が全く起きていないわけでもない(一部の女性が「男性的なプレゼンテーションをしていて性別不明の人が女性トイレに入ってきた」という状況自体を脅威に感じることは、彼女たちが「女性的なプレゼンテーションをしていて性別不明の人が女性トイレに入ってきた」という状況を脅威に感じることと全く同型の構造で、「前者は架空の脅威で、後者は現実の脅威だ」という主張は論理的でない)。「身体が女性だから性暴力の加害者になることも極めて少ない」というのも根拠不明。
15年くらい前の中学生の頃、両親の仲が急激に悪化したことがあった。
母が裁判所に行ったり溜息が増えたり父が全然帰ってこなくなったりした。
兄によると、父がキャバ嬢に入れ込んで金をつぎ込んで借金をした上に金を返せなくなったらしい。
ある日母に郵便局に連れて行かれた。
郵便局のカウンターで書類を出されてここに名前を書くようにと言われたので書いた。
「この書類は、あなたのおうちの人がお母さんだけになったということに同意する書類です。これを知っておかないと後で大変なことになるから、覚えておいてね」
そんな感じのことを言われた(お父さんじゃなくてお母さんを選んだ? みたいなことも言ってた気がする)
それから15年ほど経って、あの書類ってなんだったんだ?と疑問に思っている。
両親は離婚せず、半年もすると母は裁判所に行くのをやめたし父もいつも通りに帰ってくるようになった。
父母の揃った家で生活を続け、何かの折に自分の住民票などを見ても私の名前は父の姓だった。
親権を選ぶ何らかの書類? をそもそも郵便局で書いたのも意味不明だよなあ…と思っているのだけど、何かご存知の方はいませんか?
レオナルドゥーッス
本日は戦争と武力紛争による環境搾取防止のための国際デー、日本ではお見合い記念日です。
環境搾取と言われると微妙に分かりづらいですが、戦争をしてる人達が優位になるために現存の自然環境を破壊することですね。
井戸水に毒を入れるとかの奴です、アレをやっちゃうとダメなんですって。
でもあまりにも人数も多いしみんな正気じゃないから、他の団体が事前に動いて上手いこと頑張ってるらしいです。
まぁどちらにせよ戦争しちゃうと色々大変だよね〜って話ですね。
今じゃ勝っても戦い方が晒されてしまう世の中ですから、勝っても負けても当事者達には損が多そうですね。
ということで本日は【作業後の清掃よいか】でいきたいと思います。
表現の自由を訴えるオタク層にも、「そもそもゾーニングは表現規制なのでけしからん」と言う原則派と、「いや、過激なエロにはR18が必要っしょ……」という穏健派がいる
まあこういう話は難しいかもしれないけど、一般論として、「安易な〇〇」に反対することは「〇〇」に反対することとは違うんだよね。特に、「安易なゾーニング」に反対することは「ゾーニング」に反対することとは違うわけです。
件の作家さんも含めて、特にBL愛好家の人々は、「ゾーニング」それ自体にはむしろ賛成する人が多いんじゃないかな。ただ、これは男性も含めて、「ゾーニングには賛成だが、それを当事者である我々の声を無視して、雑に決めないで欲しい」という人が多いんだと思う。
特に今回の場合は、R-18 or 全年齢という、二元論による「ゾーニング」というものに限界があるだろう、という問題提起がなされているのではないかな。
私も堕胎を打診されたことがあるけれど、もうそれは酷く酷く落ち込みました。その時に思ったけれど、どんな経緯の妊娠であっても産むか産まないかなんて当事者以外が決めることではないし、口出しされることではないんだよ。子どもを殺した苦しみは生涯母親が背負うのに。親御さんに堕胎すすめられてショックだったよね…じいじばあばにこの子が祝福されてないなんて辛すぎるよ。心中をお察しします。
だけど、生まれてくる子のために現実として産んだその先は考えないといけないです。あなたは子どもを産みたい。だけど産むことと育てることは違います。自分の手で育てたいですか?
ここにある命を殺したくない、だけど育てるのに不安があるならお子さんを特別養子縁組に託すのも一つの手だと思います。
子どもがより良い環境で大切に愛されて育てるように責任を持って手放すのも親のできる愛情だと私は思います。特別養子縁組は児童相談所を介するものもあるけれど、民間の斡旋団体だと出産までのお母さんの生活や医療費は養親が負担することになっていたりするようです。近隣県にきっとあると思う、匿名で現状の相談だけでもしてみたらどうかな。
成人してすぐの頃、あなたと同じような友人がいました。モラ男と別れてくれなくて、結局堕胎させられたよ。私も辛かった。何年も経ってから堕ろした子のことを、私の中ではあの子はまだいるの、って言ってた。
15年くらい前の中学生の頃、両親の仲が急激に悪化したことがあった。
母が裁判所に行ったり溜息が増えたり父が全然帰ってこなくなったりした。
兄によると、父がキャバ嬢に入れ込んで金をつぎ込んで借金をした上に金を返せなくなったらしい。
ある日母に郵便局に連れて行かれた。
郵便局のカウンターで書類を出されてここに名前を書くようにと言われたので書いた。
「この書類は、あなたのおうちの人がお母さんだけになったということに同意する書類です。これを知っておかないと後で大変なことになるから、覚えておいてね」
そんな感じのことを言われた(お父さんじゃなくてお母さんを選んだ? みたいなことも言ってた気がする)
それから15年ほど経って、あの書類ってなんだったんだ?と疑問に思っている。
両親は離婚せず、半年もすると母は裁判所に行くのをやめたし父もいつも通りに帰ってくるようになった。
父母の揃った家で生活を続け、何かの折に自分の住民票などを見ても私の名前は父の姓だった。
親権を選ぶ何らかの書類? をそもそも郵便局で書いたのも意味不明だよなあ…と思っているのだけど、何かご存知の方はいませんか?
そして世の中の問題はやっぱり、大勢の人が困ってるものから手を付けて
それがだいたいなんとかなったらその次に規模の大きな(当事者数の多い)問題…ってうつっていくもので
その上で、BL問題は問題なんじゃないわけじゃなく、単に後回しなだけだと思う。
実際現存するBL作品の殆どが「困難に直面する二人が幸せになるまで(少女漫画文脈)」を描くものばかりであり
(読み手としてもそう判断でき、書き手本人もそう公言できるもの)
受ける側が攻める側に人権無視されたり、男様には勝てません♡みたいな主張が要点だったりしないし
あっでもこれあくまで妄想なんで不快でもスルーよろ、みたいな逃げ方をするケースもなく
二次創作に至っては、権利保持者から怒られが発生したら即解散という共通意識がものすごく強いため
マジで不快だからやめてという苦情が実際男性向けほどあがってこないんだよね
それなのに、増田の言ってくれた通り、問題意識や危機感は同等といえるくらいにはきっちりあるという
だから女(地球上の40%が該当)を凌辱した作品を当たり前のように楽しみたいなら
それなりに面倒なことちゃんと頑張れば?と思う。
それかBLのように、映画化なりドラマ化なりしてもらえる程度には少女漫画文脈(いわゆる両思い和姦もの)が9割になるようにすればいいと思うよ
売上よりゾーニング優先が伝わる活動をちゃんとするとか、売上から現実のレイプ被害者への物理援助とかさ、イメージアップなんていくらでもできるでしょ
そうやって相手の行動に「自分の裏」みたいな感情を挟むのはあんまり良いことだとは思わんけどな
相手が自分にかけられた言葉や身の回りの状況で判断した結果行動するわけじゃん
それを見てその動作が予定通りだったり他にもそうなる事例を知っていてそれに合致したとかそうなる準備をしておいてそれが予定調和したとかで面白いと思ったりするわけでしょ
用意をしていてその通りになったので「釣り」って言ってみたりとかさ
自分がそれを仕組んだ予定どおりだったから不満や不快になることはないという安全圏を確保しておいたってね
それで問題意識から遠ざけて楽しめるレベルに自分がいるってしておくとかね
とりあえず状況とそぐわない感情があるってところに余裕を感じるだろうけどそれって判断を遅らせるだけだと思うんだわ
ビル火災で緊急警報で外に出ろっていわれて焦ってあわてて暴れろってことでもないけど余裕ぶちかまして笑えるって言うのも違うよね
当事者のそれってそれぞれそんな評価する側の他人の感情に関係なく事実は存在していてそれを知る人間それぞれにはその数だけの判断があるわけじゃん
騒ぐ人とかあきらめる人とかとんちんかんなこと言う人とか笑う人とかいろいろいるよね
その行動選択を占いやなんかと一緒で根拠がなくて自分の中の基準や運にまかせて予定調和で自分を救っていたら ほんとに救われたいときにその手段が運か気分になるんじゃない?
自分の安全マージンやリソースを楽しさで削ってるようなもんだといえばタバコとか酒とか危険運転と同じ系統だと感じるね
他の人間に知られなければ問題ないし事故が起きなければどれも問題にはならないってことは保険と同じでそうだと思うよ
でも確率というか前提条件は確実にたまっていってその結果の範囲もどんどん広くなっていっているのは確実だって思うんだわ
それをしていた人間としていなかった人間がおなじ場面に居合わせた時どっちが問題を押し付け合った時どっちがなにを持たされるかってね
もちろん対峙したならば前提の有無は関係なく同じ結果をもたされる前提のない人もいるだろうけどそれって巻き込まれじゃないかな
自分のありあまる業みたいな前提条件の積み重ねがたまたま同席したそれを回避できていたはずの人にまで持たせてしまうようなイメージ
まあわかるよ
遊びでしたとか本気じゃなかったとか釣りでしたとか 予定調和でしたありがとうございます とかさ
それで自分の本心とかそういうのに触れて自分が期待したところに行かなかったとき傷つくのつらいからそこにクッションはさむのわかるよ
そういうのさ 不安定なお皿の食べ物をつまむときとか手袋してものを運ぶときとかみたいに直接じゃなくて保護したり横着した中間マージンをかませるとさ
バランスくずれたとき持ち直せずひっくり返って大失敗になったりしない?
直接しっかり持っていたら落とさなかったのに横着したり直接ふれないようにしてたのが災いしてひっくりかえって大失敗とかなったりしたことない?
自分の気持ちとか判断基準とか価値観にいちまいクッション重ねてたらさ
べつに失敗ばかりの人生で恥のすくない自覚で生きていきたいって主義ならそれもありだと思うよ
俺はそういう失敗は自己嫌悪の素なのでせめて失敗を人のせいにして自分が軽くなるように自分の本気で当たったが相手には届かなかったとしてる
巻き込んじゃった時にまきこまれた人になにもいえなくなってしまうのとか何も感じないとかそういう結果になるところに自分がいっちゃうデザインを今自分はしたくないって思うわ
草津町長の件だけではなく、ジョニー・デップが虚偽DV裁判で出演するはずだった作品がなくなったことがどれだけ映画界にとって損失だったか。
杉田水脈はどうかっていうと、女性vs女性になったときは自民・保守から遠い方が絶対的に正義となる。
仁藤夢乃は、過去にやらかした男性政治家を気持ちよくブン殴っていたら、うっかりその妻の尻尾を踏んでしまい、その妻がよりにもよって強キャラだったという構図。
自分が悪いんだけど。
今日は自宅から少し離れた場所にある児童館Aに初めて息子2人(ともに未就学児)を連れて行ってみた。
児童館Aには縄が編まれたアスレチックがあり、それで2階に上がれるようになっている(それでしか2階に上がれない)。
上の子はスイスイ登れるのだが、下の子は父親の自分も一緒に登って、体を支えて上げないと2階に上がれない。
だけども、自分は縄に体重を乗せると体重の重みで足がかなり痛く、とてもではないが登れない。
そこで、児童館Aの職員の方(職員A・70代くらい)に「スリッパ借してもらえないですか?それを履いて登りたいんですが…」とお願いをした。
というのも、いつも行く、自宅から最寄りの児童館Bでは、足が痛くて登れない自分に、職員の方がスリッパを持ってきて「これ使っていいですよ〜」という感じで使わせてもらえたからだ。
以来、いつも児童館Bではスリッパを借りて縄を登って息子を支えて登っていた。
というわけで児童館Aでも普通に借りれるものと思っていたら、「スリッパはお貸しできないんです」とのこと。
きっと児童館によってルールが違うんだろう、それならしょうがないと納得し、今日は1階で遊ぼうね〜と下の子を促そうとしたところ、「なんで!登りたい!パパ支えて!!」と泣きじゃくる状態に。
さすがに困ってしまって、「なんとかスリッパ借りられないものですかね?」と再度訪ねたら、職員Aは奥でPCに向かっているもう一人の職員の方(職員B・40代くらい)を不安気にちらっとみやって、「一度だけでしたら…」という感じでスリッパを持ってきてくれた。
で、やはりもう一度登りたいというので(また泣きじゃくる寸前)、「すみません、もう一回スリッパを借りることってできますか?」と職員Aに聞いたところ、かなり困った様子で「私では判断できかねますので……」と言って、奥の職員Bに聞きに行った。
奥の方で、職員Aをかなり叱責する声が聞こえた。あまりの剣幕に戦慄したほどだった。
ほどなくして、職員Aが戻ってきて、「やはりスリッパをお貸しすることはできなくて……」と涙目で自分に伝えて来た。
ここで初めて自分は察した。
スリッパで縄を登るのは、万が一事故が起こるのを防ぐため、貸すことはできない(そう伝えられてはいないが、そんな雰囲気だった)。
児童館Aでは、ルールはかなり厳格であるらしい(注意を促す張り紙が児童館Bに比べてかなり多いようにも見えた)。
自分の見た目や語気が怖い人のように映り、有無を言わさぬ雰囲気を出していたかもしれない(たまに言われる)。
職員Aは、職員Bに日常的に叱責されていそうである(不安そうに見やった目線が怯えそのものだった)。
もう謝ることしかできなかった。
自分の中では、ルールを逸脱することを強制させるつもりはなかった(結果的にそうなってしまったが)。
児童館Bでは日常的に借りれていたので、スリッパで縄を登ることが危険であるという認識すらしていなかった。
そのため、子供が泣いてどうしようもない状態なら融通をきかせてもらっても良いだろうという気持ちはあった。
本当に申し訳ない、という旨を伝えて、おとなしく1階のおもちゃで遊ぶことにした。
ところが、その後奥に戻った職員Aを叱責する声が再び聞こえ始めた。「伝え方が悪い、なぜだめなのか理由をきちんと伝えなさい、一度でも貸したら絶対にだめだ」といった内容だった。5分ぐらいだろうか。
さすがにこれは当事者の自分に責任があると思い、職員のいる奥に向かい自分がスリッパを借りたこと、最初に断られたのに再度自分が強要したことを詫びた。
叱責を繰り返していた職員Bは、叱責時とは打って変わって猫なで声(言い方は悪いがこのような印象を受けた)で、「こちらこそ申し訳ありません、聞こえてしまいましたか?当館ではこれこれこういう理由で〜〜」と、叱責の声が届いた謝罪とともに長々とどのように安全面に配慮しているかを述べ始めた。
職員Aは、「本当にごめんなさい、悪いのは全部自分なんです…」と繰り返していた。
その後は全員が謝罪を繰り返して終わったが、気まずさは半端ないものがあった。
しかし、子どもたちは特に気にしていないようだった(もっと遊びたいと言っていた)ので帰らずに遊ぶことにした。
その後も職員Aが児童館のおもちゃの遊び方を都度都度教えてくれたのだが、ずっと涙目で、手も震えていた。俺はいたたまれなくてずっと帰りたかった(1時間くらいで子どもたちが飽きてくれて帰れた)。
スリッパを借りれることをさも当然のように強要した自分が悪いんだけど、、
こんなにいろんな人を不幸な気持ちにさせるほどの出来事だったのだろうかと、自分を棚に上げてしまうがそう感じてしまう。
こう言っては悪いが、児童館Aには、ゼロリスク症候群に冒された、1mmの緩みも許さない狂気のマネージャーが支配する恐怖政治の世界を感じた。
スリッパを貸してくれる児童館Bは、職員は皆わきあいあいとしていておおらかだ。だけども、その姿勢がいつか事故を起こすのかもしれない。
どちらが正しいのかわからないが、どちらを選ぶとしたら、自分は児童館Bの世界に住みたいと思う。
正しいのは児童館Aなのだろうか?厳格に安全を守り抜く姿勢が事故を防ぎ、結果的に全員が幸せになるのだろうか?
職員Aの涙目や手の震えを思い返すたびに、そうは思えない自分がいる。
本当に悲しい気持ちが、今でも渦巻いている。
自分の行動が一番悪いということは重々承知している。でも、こうやってもやもやしている時点で、自分が悪いと思っていないのかもしれない。
本人訴訟をすると裁判官は不慣れな当事者には親切だと聞いていたが、実際は何も教えてくれるわけではないな
傍聴では親切そうな裁判官も見かけるのだが、当たり外れがあるんだか、まるで圧迫面接を受けているようだ
ご本人のツイートをご覧くださいまし↓
https://twitter.com/i/events/874829028212916224?s=20
子どもへの性加害経験のある患者の95%以上が、子どものわいせつな写真や動画のみならず、マンガやアニメなども含め、なんらかの児童ポルノを自慰行為に使用したことがあるそうです。
一方で、児童ポルノにあたるようなものを買い集め、実際の加害も繰り返してきた。自身を小児性愛障害だと自覚したきっかけは何だったのか。
「きっかけは大学時代に読んだ児童ポルノコミックです。ただ、当時は、小児性愛者としての自覚はなく、少年愛というかたちで自分の性の枠組みを正当化していました」(加藤孝さん)
相手も気持ちいいだろうとか、大したことないだろうとか、軽く捉えていました。
https://withnews.jp/article/f0210824001qq000000000000000W0fp10101qq000023477A
私が物事を判断する基準は、自分が誰かを傷つけるかどうか、または相手に傷つけられるかどうかということです。
しかし、セックスに関して言えば、傷つけられるどころか気持ちがよくなり、快感を得られるなど、私の判断基準からすると、悪いことにはならないのです。
ですから、なぜ家族や先生とセックスをしてはいけないのか、なぜ会ったばかりのよく知らない人とセックスをすることが悪いとされているのか、理解できずにいました。
▼彼や夫以外とセックスをしてはいけない理由は? アスピーガール、そして「ノー」と言えない女性のための「アスピーガールの心と体を守る性のルール」
知的障害・発達障害ほか現実とフィクションの境が生まれつき曖昧な人、社会通念ガン無視でセックスしちゃう人の存在を無視し過ぎ
現実とフィクションの区別がつく人、常識が正常に構築出来る人しかいないなら、この世界にレーティングなんて必要がないし
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