はてなキーワード: 仮想敵とは
なんかこの増田に賛成している側も反対している側もこの明らかな事実を何故か認識していないようなので確認のため書いておく。
政治は支持者に見返りとして長期的な利益と短期的な利益の両方を与える必要がある。
長期的な利益は明らかで、それぞれの公約の達成だが当然、与党にならないと与えられないし与党だってそうそう実行までは至らない。
とくに野党にとってはベンチャー企業がストックオプションを発行して働いてもらうようなもんであり、空手形だから
それだけで政党への関心を集め、草の根レベルの政治活動を維持運営していくのはよほど政権交代が目前でもない限りまず不可能である。
しかし現代日本においてとくに草の根レベルの政治活動については政治資金など出そうものならまず腐敗とみなされるのだから
かわって短期的な利益として、政治活動に伴った精神的な満足感を与えることが必要になる。
典型的なのは「敵対者を貶め、自分たちの道徳的地位を高めるとともに集団で攻撃する正当性を与えること」であり
これは古典的にはマックス・ヴェーバーなどの社会学者も指摘しているところだ。
そして、立憲、共産においてはその仮想敵と攻撃の理由の本命の一つとして「自民党を支持する弱者男性と、それが悪である種々の理由」を供給しているのだから
もしその正当性の根拠が崩れてしまったら、仮に将来的により政党の拡大が見込めるとしてもそれより前に短期の「資金繰り」がショートしてしまう。
新規案件を獲得しようとするのに労力を費やしすぎて大口の受託案件を切られ、運転資金源が尽き給料が払えなくなったベンチャー企業のごとく「倒産」するのは目に見えている。
自民党においては「日本を破壊するサヨクと、それが悪である種々の理由」
維新においては「日本に寄生する利権集団特に公務員と、それが悪である種々の理由」
などなど各政党において「運転資金」となりうる短期的な「仮想敵」が維持可能なように設計され、それにより政治運営がなされているのだから
それが不可能な相手をしっかりと選定してすみ分ける程度には賢い人々だからこそ政権運営が可能だと言える。
「おじさん」という言葉はたいていネガティブな意味で使われる。私自身も、良くないと思いつつ「おじさん」という単語を使ってしまう。
ただ、一定の年齢を過ぎた男性すべてが「おじさん」と呼べるかと聞かれるとそうではない。「おじさん」とされる人たちは、多分「名前を呼ぶに値しない」と思われている気がする。「千と千尋の神隠し」で千尋が湯婆婆に名前を奪われているけれど、そういうノリに近い。仮想敵のような群衆感もある。「◯◯おじさん」と呼ぶ時、多くの人が「いるよね〜w」となるのは、それがもはや個人ではなく群衆的存在だからなのだろう。「おじさん」の対義語は「イケオジ」なのかもしれないけれど、おそらく「おじさん」と呼ばれない人は「個人名で呼ばれている」が正しい気がする。
では「おじさん」と「個人名で呼ばれる人」の違いは何なのだろうか。
多分、その差は「努力の値」なのだと思う。「おじさん」は、なんとなく努力が不足しているように見える。少なくとも自分の場合はそうだ。
例えば、会社で新しいツールを使い始めたときに、おじさんはすぐに「無理」と音を上げる。そして私がツールを使いこなしているのを横目で見て「さすが若いからすぐ慣れるよね」とか言う。「いや、違うから。自分でこのツールの使い方をググってYouTubeでチュートリアル動画を見て今に至ってるの。努力してるの」と思う。面倒くさいのでこの言葉を口に出さず「あはは〜」と受け流していると「今度レクチャーしてよ」とか言ってくる。まだこのように言ってくる人はマシな方で、プライドが高いおじさんは、結局新しいツールを使えずまじで窓際で何もせずに時間を潰すだけになる。
「若い子向けの施策を打ちましょう」という話をしているのに、出してくるアイデアは「野球」みたいなものばかりで「リサーチしてます?」と問いただしたくなる。「若い子の間で流行ってるものわからないんだよね〜」みたいなことをマジで平然と言う。「トレンドとかYouTubeの急上昇とか見てます? そんなの30秒あればできますよね? やる気ある?」。この手の苛立ちを感じた時、私は東京五輪の開会式を思い出す。
そして、こういう中年男性は私よりも給料をもらっているのだ。勤続が長いとか、年齢を重ねているからとか、そういうどうしようもない理由で。
実力とか成果が反映されて無能おじさんが「無能」としてそれなりの処遇を受けているなら納得感もあるのだけど、日系企業だとなんだかんだ年功序列の慣習が残っている場合が多い。おじさんたちは自分たちの立場があやうくならないように、うっすら群れては、似たような価値観をもった人間たちで足場を固めてたりする。この群れは合議で有利に働くから組織にとって悪質な場合もある。外資系企業で働いている中年男性がなんとなくシュッとしているように見えるのは、無能だとレイオフされるからかもしれない。なんというか緊張感が違う。「おじさん」はすべてが弛緩している。
いくら働く女性が増えたと言っても、すぐに社会全体が変わることは不可能で、世の中には今も「努力と処遇が見合っていない中年男性」が多い。それは給料の面だけではなくて、社会的信用とか、無意識レベルの「格差」がやっぱりある。「いや、私の方がこいつより努力しているんだが?」となったときに、「こいつのことは名前で呼んでやらぬ」となるような気がするのだ。
外見だってそうだ。ハゲたならAGA治療すればいいし、太ったならばビールをやめてジムに行けばいい。かわいい女の子から対等に扱ってもらいたいなら、洋服に気を遣えばいいし、美容室に行けばいい。
あれでセクハラだ性差別的だと投書?した2さん人の価値観が異常なだけ。圧倒的少数派に取り合って、表現活動が萎縮するきっかけを作るようなことをする必要はない。
テレビのインタビューでもどう悪くとっても「気にする人はいるかも知れない(つまり自分は気にしない)」という意見までしかなかった。あんな程度の表現を気にする存在を仮想敵として想定しないかぎりあのprを問題視する理由はない。
むしろ市長は謝罪ではなく断固表現の自由に逆らう意見には応じないという宣言をすべきだった。
こういう謝罪と反対の開き直りととれる態度をとると利害関係者でないテレビでインタビューされるような街の人の意見も厳しくなると思ったのかも知れないが、そんなことはないしただひよってるだけだ。表現の自由戦士もこの問題を注視すべきである。蟻の一穴がまた表現規制を盛り上げることになりかねないのだから、
これは、アダルトチルドレンとか機能不全家庭育ちとか、自己肯定感希薄で、自立とか自活とかする気のない、いけてない女に当てはまるやつだから。
たぶんほとんどの、まぁまぁ大事に育てられた娘さんって感じの女は悪い男嫌いだから。
いけてない女ほど声がでかいから、悪い男の方になびいちゃうみたいなのネットにはびこってるけどね。
いけてない女が自分間違ってないよね?って確認作業してて、そこに声でかいだけのいけてない女が集まってるからあたかもマジョリティみたいになってるがノイジーマイノリティだからしかとしてくれ。
そこそこの家庭でまぁまぁ大事に育てられた娘さんはネットで女論男論かまさないし、ふつうに優しくて働きものの男が好きだよ。
そうじゃない女は地雷だしそう言う女にモテたってなんの得もないよ。
仮想敵みたいな女、男のことは無視して実際に触れる距離にいる異性を見て話して自分で判断しないと、ネットガーエックスガーみたいなこといいながら死ぬぞ。
太平洋の西側に属する国々に対する軍事力を代表する集団の一つが、アメリカ海軍第七艦隊である。
第七艦隊は空母ロナルド・レーガンや、十隻以上ものイージス艦(ミサイル巡洋艦)からなる戦闘集団であり、いわゆる空母打撃群である。
さて、このような戦闘集団は一体どのような仮想敵を持っているのだろうか? そう問えば、恐らく殆どの人々がロシアや中国を挙げるのではないだろうか。
しかし、最近思うのだが、第七艦隊の仮想敵は本当に中国だけなのだろうか?
実は、第七艦隊が想定する仮想敵の中には、現在アメリカの同盟国たる日本もまた、緩やかに含まれているのではないだろうか?
このような問いかけは一種の趣味の悪いジョークに聞こえるかもしれないが、しかし実際のところ事実である。
というのは、例えば、米国の軍事基地が日本に複数点在していることが、その証左と言える。
無論、そのような基地群は中国やロシアといった分かりやすい軍事的脅威に対抗するための存在である。少なくとも、それは複数の在日米軍基地が点在することの大きな意義の一つである。
しかしながら、それだけが在日米軍基地の意義であるかと言えばそうではない。その意義には、日本国によるクーデターや米軍に対する攻撃行為を抑止することも含まれている。
終戦直後に、GHQが赤穂浪士などといった「復讐」をテーマにする作品の愛好を禁じようとしたことは記憶に新しい。つまり、米国は日本国民に米国に対する復讐心が育つことを恐れたのである。日本の軍事力がそのような復讐心の精華とならないよう抑止することも、在日米軍基地の存在の意義なのである。
要するに、西太平洋に展開するありとあらゆる米軍事力は、あくまで複数のシナリオの一つではあるにせよ、日本が軍事力を以て米国に牙を剥くことを想定していないわけがないのである。
「日本は絶対に米国を裏切ることはない」などというお花畑的世界観を妄信しているわけがないのである。彼らの軍事教義(ドクトリン)や、その防衛思想の中には、日本がアメリカに対して反乱を起こしたりクーデターを行うことが含まれているのである。含まれていないはずが、無いのである。
となれば、第七艦隊の仮想敵の中には、日本のみならず、韓国や台湾も緩やかに含まれることになる。彼らが米国に反旗を絶対に振りかざさない、という証拠は無いからである。中国の軍事力やあるいは経済力に絆され、東側の軍事力の傘に入らないとも限らないからである。
無論、米国はそれを想定して様々な有形無形の施策を行っている。例えば、目に見える形で外国に巨大な軍事基地を築くこともその一つだし、経済的な依存関係を作ることもその一つだし、あるいは、国民が米国に対して友好的な感情を抱くようなイメージ戦略を行うことも、その一つである。
いずれにせよ、ちょっと前にある米国の軍人だか政治家だかが、沖縄県民のことを「食わせもの」であると述べたのも、理由があってのことなのである。アメリカの軍人が日本人を根っから信用しているわけではないことは、このような政府レベルでの発言からも読み取ることができるのである。
今更こんなこと誰でも知ってるとは思いますけどね。
長文を書きたい欲が久しぶりに芽生えたけど、
ここがどんなところかよく分かってもいないけど。
ネット文化に長い間触れてきたつもりで、知らないサイトやスラングはまだまだ多いんだなと気付かされます。
男女の話が多いんですね。
X(まだ慣れない呼称)でもそういった記事は頻繁に見かけるので、
それがここ何年かのトレンドなんですよね。
ネットに侵されていると、リアルのトレンドが分からなくなることがあります。
結局は自分の半径1km以内の人間や環境のトレンドにしか過ぎないってことです。
コミュ障こじらせてる自分は社会的なコミュニティからは締め出し喰らってるみたいで。
じゃあ、、やっぱりネットの空気に戻ってみると、それも何だか居心地が悪くなって。
いや、そんなことはない。
多分きっと、広いネットの海で自分に合う界隈は存在するはずだと。
しかし、それを探すのも疲れてきて。
多分、今でもあるんでしょうが、前述の通りそれを探すのも疲れてきて。
微妙な年齢です。
年齢というか、きっと、加齢による体力的な精神力的な衰えがきてます。
それも加齢です。
或いは70歳くらいまで今の仕事を淡々とこなす人生が出来るのか。
それも怖い。
こう書いてみると、ちょっと若々しい悩みだなって思ったりもしますが。。
まあ、でも、夢を持ってそこに向かって何か実践するって、すごく疲れることです。
何度も失敗し続けてます。
10001回目まで自分は頑張れる自信はありません。
それでも生きていかないといけない。
いやあ、生きるってなんだろう。
じゃあ、そのモヤモヤした、はけ口たるものを社会や政治や、或いは仮想敵に向けるということも、
なんかしたくないと言うか、出来ないと言うか。
そういうものも出来ない。
まあ、やったところで何か満たされるかって言うと、うーん。
遺伝、発達障害、親ガチャ、みたいな言葉に非常に心が揺さぶられてしまったり。
精神的疾患は遺伝しやすいって情報に心が揺さぶられてしまったり。
いろいろごちゃごちゃ書いてきたけど、
結局、何もしたくないなぁ!ってことです。
寝てるだけの毎日がいい。
否、自分で選んだ道によって働いている。
働くのをやめることはできない。
それは事業用借金が1000万円あるような状況をイメージしてくれれば限りなく近い状態です。
まあ、でも家族が出来て、ローン組んで新築買うようなサラリーマンも同じ状況かもしれない。
ただ働き方が特殊なだけで。
まあ、何より自分が弱い。
それでもやっぱり馴染めず。
結局、なんか生き辛い人間が一人出来上がっちゃったような感じです。
でも、なんだろうな。
頭の悪い書き方かもしれないけど、
一応、先進国の福祉もそれなりに充実した国家で生きているから、
死ななくてもなんとか生きていける。
しかし、人間と言うか動物の本来持っているような弱肉強食の習性の社会との、
板挟みの中で、
人を出し抜きたくもなく、社会に甘えたくもなく。
そんな年頃なんです。