左近桜蔵（さこんさくら）……主人公。ある種の男達御用達の旅館の長男坊。性別も戸籍上も性自認も「男」であるのに、ある種の男達からは「女」呼ばわりされる。不思議と亡霊を引き寄せてしまい、しばしば悪夢の中で亡霊から犯される。父親の柾のホラ話によく騙されるものの、父を慕っている。早朝のジョギングを欠かさない。礼儀正しいが、食事の食べ方に変な癖がある。
柾（まさき）……桜蔵の父だが、桜蔵の母親の夫ではないし、桜蔵を認知しているものの血は繋がっていない。桜蔵の弟の千菊の実の父親である。明治の素封家の血筋・白鳥家の現当主だが、現在は白鳥姓を名乗っていない。職業は内科医。博学だが、嘘か本当かよくわからない話で桜蔵を煙に巻くので、嘘つきだと思われている。行く先々に男の恋人がいる模様。息子達への父親としての務めは一応果たしている。
遠子……柾の正妻。まだ若いのに、あえて年嵩に見える派手な服装を好む。明朗快活な性格で、色んな仕事をしているので何が本業なのかわからない。桜蔵のことを弟分と子分の中間くらいに扱う。夫の柾に沢山の男の恋人がおり、女の愛人までいて子まで生ませた事を、特に気にしている風でもない。桜蔵の母・葉子とは互いに当たらず障らずの関係を貫いている。
左近葉子……桜蔵と千菊の母親で、柾の愛人。桜蔵の産みの母親ではないが、千菊とは実の母子関係である。旅館「左近」の女将。（※確か記憶では葉子と書いて「ハコ」と読む名前だったと思うのだが、『その花の名を知らず』では「ようこ」とルビがふってあった。誤植か私の勘違いか不明）
左近千菊（さこんちあき）……桜蔵の弟で、柾と葉子の間に生れた。容貌も柾に似ている。桜蔵とは違って怪しいものとは縁のない、明るく素直な気質の子供。正真正銘「男」だそう。茹で玉子が好き。

『その花の名を知らず』のあらすじ。

　祖父の墓参りをするために、霊園行きのバスをロータリーで待っていた桜蔵は、鍵を拾ってしまった。交番に鍵を届けようとしたものの、交番では奇妙な女性が巡査相手におかしな事を言っていた。ただでさえ引き寄せ体質で拾いもの体質の桜蔵は、また何か厄介なものを拾ってしまったのではないかと怪しむ。

　バスに乗ってみれば、今度は「森」のいわれを語る妙な男がおり、いよいよおかしな事になってきたと思う桜蔵。その時、バスが交通事故に遭ってしまう。そして案の定、桜蔵は異界に迷い込んでしまうのだった。

　本作は『咲くや、この花』までとはちょっと趣きが違い、まるで番外編のような話。ほとんど過去の話だし。桜蔵の祖父の遺品の一つ〈ざくろ〉という銘の碗、それと対になる〈しろうづ〉、そしていわく付きのお碗〈朱薇（あけび）〉を巡る謎。それに絡んで、柾の生家・白鳥家と、桜蔵の生家・左近家、そして白鳥家の縁戚にあたる白（つくも）家の系譜が明かされるのだが、超ややこしくて訳がわからん。新しく人物の名前が出てくる度にメモしておけばよかったなぁ。まるで『百年の孤独』を読んでるみたいだった。

　物語の鍵となるのは「蛇」。互いに絡みあって一本の木のように育ったザクロや、テイカカヅラやアケビなど蔓性の植物、鏡、月、橋（水府の出入口とされる）など、蛇につながるモチーフがやたら出てくる。

　何で蛇なのか、それが桜蔵にどう関係するのかというのは、何となくわかった。それからテイカカヅラ（定家葛）の別名から、柾と桜蔵の関係性がなんなのか……要は名実共に柾は桜蔵の保護者である、というのはわかったけど……、なんか核心の部分ははぐらかされたままだなぁ。

　白鳥家と左近家の付き合いが今に始まったものではないのはいいとして、しかしそれが分かっても桜蔵の実父の正体とその人と柾の関係性の謎は放置されたままだし。

　うーん、よくわからない。

　そして今回も、相変わらず他人の悪夢を追体験させられるような読み口であり、更に超絶ややこしい系譜にも惑わされるので、ストーリーにちりばめられた謎を考察するどころじゃない感じ。森博嗣の『スカイ・クロラ』シリーズと同質の幻想文学調ミステリー。これって謎の深堀はしない方がいい感じのやつ？　でも気になってつい何度も読み返しちゃうんだよなぁー。