はてなキーワード: 堀越とは
アラン・デケイロス「サルは大西洋を渡った 奇跡的な航海が生んだ進化史」
下村智恵理「AN-BALANCE:日本非科学紀行」第S1話 スメルズ・ライク・イーヴル
下村智恵理「AN-BALANCE:日本非科学紀行」第S2話 ステアウェイ・トゥ・ワンダーランド
ルイジ・ピランデッロ 「ピランデッロ戯曲集I 役割ごっこ/作者を探す六人の登場人物」
アゴタ・クリストフ「第三の嘘」
下村智恵理「AN-BALANCE:日本非科学紀行」第S3話 シー・キャント・エクスプレイン
アゴタ・クリストフ「昨日」
マイケル・カニンガム「めぐりあう時間たち 三人のダロウェイ夫人」
日経アーキテクチュア編「危ないデザイン 建設設計や運用に仕える知見を事故に学ぶ」
池澤夏樹「ワカタケル」
M・R・オコナー「絶滅できない動物たち 自然と科学の間で繰り広げられる大いなるジレンマ」
特別展「毒」
「すずめの戸締り」
ボドゲ(クイックショット、マーダーミステリー・想いは満天の星に、ワードウルフ)
友人のブログで見かけた本や、別の友人から紹介された本や、旅先の十和田市の図書館で見かけた本を読んだ。アゴタ・クリストフは再読。昔は低く評価してしまったが、再読して正解。引越し先にも持っていきたい。
ビー・ウィルソン「キッチンの歴史 料理道具が変えた人類の食文化」
スティーヴン・J・ダブナー 、スティーヴン・D・レヴィット「ヤバい経済学 悪ガキ教授が世の裏側を探検する 増補改訂版」★
山下いくと「EVANGELION ANIMA 1」
山下いくと「EVANGELION ANIMA 2」
山下いくと「EVANGELION ANIMA 3」
山下いくと「EVANGELION ANIMA 4」
山下いくと「EVANGELION ANIMA 5」
繁田信一「平安朝の事件簿 王朝びとの殺人・強盗・汚職」★★★
「レオポルド美術館 エゴン・シーレ展 ウィーンが生んだ若き天才」
「活字 近代日本を支えた小さな巨人たち」於・横浜市歴史博物館
特に平安時代に思い入れがあるわけではないが、何となく読んでいる。
千葉雅也はゲイコミュニティの様子が描写されていて面白い。ただ、作者がどちらかと言えばインテリ寄りなので、わかりやすく書いてくれているだけってのもあるだろう。
「EVANGELION ANIMA」は新劇場版に流れた設定があるだろうかと思って読んだ。とはいえ、シン・エヴァンゲリオンでいろいろな感情が成仏したため、考察を深めるにはいたらず。
ジャスティン・O・シュミット『蜂と蟻に刺されてみた 「痛さ」からわかった毒針昆虫のヒミツ』
尾脇秀和「氏名の誕生 ――江戸時代の名前はなぜ消えたのか」★★
ロブ・ダン「家は生態系 あなたは20万種の生き物と暮らしている」
ジャン=アンリ・ファーブル著、奥本大三郎訳「完訳 ファーブル昆虫記 第1巻 上」
ジャン=アンリ・ファーブル著、奥本大三郎訳「完訳 ファーブル昆虫記 第1巻 下」
「シン・仮面ライダー」
かつて友人に「最近はあまり文学が読めなくて困る」と愚痴ると、「おっさんになると政治経済歴史、生物学の本を読むことが増える」という返答が戻ってきた。
あまり感情を揺さぶられたくないと感じてしまっているのか、歳月がある程度風化させたものに関心が向かうのだろうか。
現に「ファーブル昆虫記」を読み始めた。最近は何が読みたいのかがわからなくなってくると、やたらと巻数のある本を読むことが多い。昨年も「旧約聖書」を通読したし、その前は「聊斎志異」「三国志」「西遊記」、その前は「ラーマーヤナ」や「ガラン版千夜一夜物語」を読んでいる。
下村智恵理「AN-BALANCE:日本非科学紀行」第3話 魔の山を走れ
ジャン=アンリ・ファーブル、奥本大三郎訳「ファーブル昆虫記 第2巻 上」
梅津和夫「DNA鑑定 犯罪捜査から新種発見、日本人の起源まで」★
ジャン=アンリ・ファーブル、奥本大三郎訳「ファーブル昆虫記 第2巻 下」
ジャン=アンリ・ファーブル、奥本大三郎訳「ファーブル昆虫記 第3巻 上」
ジャン=アンリ・ファーブル、奥本大三郎訳「ファーブル昆虫記 第3巻 下」
フレデリック・クレインス「ウィリアム・アダムス 家康に愛された男・三浦按針」
高野秀行、清水克行「世界の辺境とハードボイルド室町時代」★★★
「ルーヴル美術館展 愛を描く」展
高野秀行は定期的に読みたくなる。
ジャン=アンリ・ファーブル「完訳 ファーブル昆虫記 第4巻上」
スージー・ホッグ「5歳の子どもにできそうでできないアート 現代美術(コンテンポラリーアート)100の読み解き」★★
スージー・ホッジ「世界をゆるがしたアート クールベからバンクシーまで、タブーを打ち破った挑戦者たち」★★★
ジャン=アンリ・ファーブル「完訳 ファーブル昆虫記 第4巻 下」
ジャン=アンリ・ファーブル「完訳 ファーブル昆虫記 第5巻 上」
ジャン=アンリ・ファーブル「完訳 ファーブル昆虫記 第5巻 下」
堀越啓『西洋美術は「彫刻」抜きには語れない 教養としての彫刻の見方』
グレイソン・ペリー「みんなの現代アート 大衆に媚を売る方法、あるいはアートがアートであるために」☆
また、先月の鶏に続いて、食肉にまつわる本を読んだ。屠畜の現場についての本も読みたくなったのだが、関心がほかのテーマに移ってしまった。「昆虫記」を読んでいると、当時のヨーロッパの屠畜について書かれているのも興味深い。
ジャン=アンリ・ファーブル「完訳 ファーブル昆虫記 第6巻 上」
ジャン=アンリ・ファーブル「完訳 ファーブル昆虫記 第6巻 下」
渡邊大門「清須会議 秀吉天下取りのスイッチはいつ入ったのか?」
ジャン=アンリ・ファーブル「完訳 ファーブル昆虫記 第7巻 上」
武澤秀一『伊勢神宮の謎を解く アマテラスと天皇の「発明」』★★
ジャン=アンリ・ファーブル「完訳 ファーブル昆虫記 第7巻 下」
「マティス展」
「ABSTRACTION 抽象絵画の覚醒と展開 セザンヌ、フォーヴィスム、キュビスムから現代へ」
読書を休んだ日が多い割にはまあまあのペース。昆虫記は8月の中頃に読み終わるだろうが、旅行にまでに間に合うかはわからない。間に合わなくても構わない。
当時はそう書いていたのだが、なんだかんだで間に合っている。
こうしてみると美術展には毎週行っていることになる。旅行先で絵画ばかり見るのにはもう飽きたと口にしているものの、そうでもないのかもしれない。それとも、歴史や神話の知識で「読解」できてしまう西洋の古典絵画に飽きているのか? だから博物館の歴史的遺物により惹かれるのか。
【続き】
かなり昔ほぼ日の記事が好きでよく読んでいたので、今でも面白いなと思い返す記事を紹介したい。土日の暇つぶしにでもしてくれ。
2009年11月 有吉弘行「有吉が、窓から風を入れましょう」
https://www.1101.com/ariyoshi/index.html
有吉が再ブレイクしかけのころの糸井重里との対談。仕事のない頃の話が胸に迫るし、今読むと感慨深い。
ちなみにむかしの記事を消さないので、11歳の神木隆之介とか(https://www.1101.com/backdrop_del_mio_papa/index.html)、ご存命のころの和田誠さんとかの記事もある。
https://www.1101.com/aramata_hiroshi/index.html
いちばん好きなコンテンツ。荒俣宏という生命体が面白すぎる。本という「ハードウェア」を愛する人々の話。
https://www.1101.com/suimin/kyogoku/index.html
ショートスリーパーの話でそこも興味深いけど、最初に出てくる水木しげるさんの話もとても良い。
https://www.1101.com/oomukou/index.html
歌舞伎で掛け声をかける人を大向うと言うそうな。あまりにも知らない世界で面白い。
2010年「鮫のおはなし。」
https://www.1101.com/nakaya/index.html
これも知らない世界の話。本題もものすごく面白いけど、先生が、鮫のことを北海道まで聞きに来たの???ってなってる導入がゆるくて好き。ネット記事の良さなんだろうけど、本題以外の部分もあるのが良い。
このように独特な題材が多くて面白かったのだけれど、ある頃、綺麗事を求められた感想文みたいな記事に連続してあたったのと、結局ほぼ日の商品に集約されるみたいなのがお腹いっぱいになって読むのをやめてしまった。(ほぼ日はストーリーを商品にしていくスタイルなので、それはそれで正しいとは思っている。)
細川護熙の対談やモテキの話、芋煮会なんかも好きだ。北京五輪のアナウンスの話も印象深いな。なんかちょうどよい新しさ、真剣さ、のんびりさがあったんだよな。
今もこういう良い記事があるんだろうか。
時間 | 記事数 | 文字数 | 文字数平均 | 文字数中央値 |
---|---|---|---|---|
00 | 95 | 10756 | 113.2 | 39 |
01 | 63 | 9967 | 158.2 | 56 |
02 | 68 | 8001 | 117.7 | 41.5 |
03 | 42 | 3558 | 84.7 | 42.5 |
04 | 38 | 8752 | 230.3 | 43.5 |
05 | 35 | 3207 | 91.6 | 43 |
06 | 53 | 4480 | 84.5 | 41 |
07 | 40 | 3580 | 89.5 | 35 |
08 | 105 | 6640 | 63.2 | 36 |
09 | 87 | 9280 | 106.7 | 35 |
10 | 156 | 12284 | 78.7 | 39.5 |
11 | 195 | 19364 | 99.3 | 36 |
12 | 202 | 15733 | 77.9 | 27.5 |
13 | 161 | 15600 | 96.9 | 38 |
14 | 161 | 12945 | 80.4 | 36 |
15 | 180 | 14805 | 82.3 | 38 |
16 | 131 | 10094 | 77.1 | 46 |
17 | 167 | 20323 | 121.7 | 35 |
18 | 177 | 21319 | 120.4 | 29 |
19 | 227 | 24270 | 106.9 | 35 |
20 | 196 | 20926 | 106.8 | 32 |
21 | 152 | 10533 | 69.3 | 32 |
22 | 225 | 21683 | 96.4 | 27 |
23 | 121 | 15190 | 125.5 | 45 |
1日 | 3077 | 303290 | 98.6 | 36 |
NIKE(22), threat(4), 常夏(3), ナイキ(26), パー子(3), 高畑充希(4), ビジネス用語(3), Wiz(3), 義勇(3), 材木(3), 堀越(3), 12月1日(3), ピンク(47), 食費(16), CM(42), カビ(10), 緑(11), 総意(8), 青(16), 温かい(7), 善(9), 人種差別(10), 数学(24), 鬼(32), 兄弟(16), 滅(20), 女児(12), ガンダム(13), 私達(9), 寒い(14), 妹(13), メッセージ(14), 育っ(17), 冬(14), プログラム(16)
■プログラミングというかITが理解できない。 /20201130214610(38), ■日本の家ってなんで寒いんだろうね /20201130124718(22), ■「結婚ってそんなに良い物なんだろうか?」と思ってしまう理由。 /20201130234157(21), ■東京生まれ東京育ちの若者が田舎に転勤になって死ぬほど辛い話 /20201201184650(21), ■コロナ対策がどれだけ無意味か妻が理解しようとしない /20201130162238(19), ■きょうだい児だけど結婚したい話 /20201201182709(15), ■女児=ピンクはいつから? /20201201061833(14), ■コロナでヒモ生活はどう変わったか /20201201115642(13), ■「女性が数学を苦手なのは偏見が原因だ」という嘘 /20201201121614(12), ■NIKEのCMと労働問題。NIKEの搾取の歴史。 /20201201123350(12), ■日本三大ガンダムシリーズから広まった単語 /20201201142719(12), ■コケティッシュ←ティッシュじゃない /20201130165252(11), ■最近ちょっと田舎叩かれすぎじゃない? /20201201091522(11), ■増田でトラウマ蘇った /20201201152842(10), ■コロナ禍25歳手取り17万男性の食事 /20201130133515(10), ■ケーキを三等分は出来ないように思えてならない /20201201135345(7), ■なぜ婚活市場で勘違い女が生まれるのか /20201130224557(7), ■手が4本になるように進化していきたい /20201130205043(7), ■日本には一生ギフテッド教育は採用されないんだろうな /20201201195506(7), ■もう許してくれ人間性センター /20201201122341(6), ■結婚式増田消えた /20201201084223(6), ■なんでMAX100レベなん? /20201201191000(6), ■javascriptを「ジャバスク」って略すやつ許せない /20201201202159(6), ■ナイキも学術会議も、いつも同じやり方。 /20201201152633(6), ■こういうのの名前、いい加減教えてくれ /20201201200948(6)
鬼退治アニメ人気で同じ歌の同じサビを一方的にしょっちゅう聞かされてうちで踊ろう現象のように飽きまくったんだけど
あの人にしても一時活動休止してて復活した名前がカタカナの人も「人気女性アニソンシンガー」と呼ばれる人が歌ってる映像を見るとだいたいキンキン高音なのは何故なのか
・オーディションの段階で決定権のある偉い人がキンキン高音好き
とか?
昔で言うと必殺技を出すのにめちゃくちゃ長い詠唱があったハイレグ女戦士主人公ラノベ原作アニメの主題歌を歌ってた人気女性声優と当時の人気女性アニソンシンガーもキンキン高音だったけど
今は本当に区別がつかない上に耳がキンキン高音に耐えられなくなってきた
歳を取ったものだ
ヒロアカの件で中国人韓国人に対してどう思っていいのか分からなくなった。
月曜日以降、ヒロアカの二次創作描いてた中国、韓国の絵師がめちゃくちゃキレて堀越先生に誹謗中傷と謝罪要求してた。
そこまではまだ理解できるんだけど、集英社と先生が謝罪した後、何事もなかったかのように「これからも応援します」って二次創作続ける発言してたのがマジで意味が分からなかった。
ファンってそういうものなの?5年以上連載が続いている作品読んでても、作者のツイッター見てても、そんな意図をもって描くはずないって信じられないの?ひどいネットリンチにあった先生の気持ちを慮れないの?謝ったから許してやるしこれからも読んであげるみたいな態度が果たしてファンって言えるの?ってなってずっとモヤモヤしてる。
人間不信になりそう。
まず注意いただきたい。
以上気をつけて欲しい。
そもそも推考をしていないただのゲロなので気分が悪くなったらそっとタブを閉じて欲しい。そこら辺は自衛してくれ。
みんな思ったでしょ。
いや別にだから悪いってことではないんだけど、安易に気持ちの問題で強くなるっていうのを連発しすぎじゃないか?(少年週刊誌のバトルものにありがちだが)
ちがうんだ、それは別にいいんだ、私も歳だしそういったことには慣れている。だが今回私が言及したいのはどうして心理描写が曖昧なまま強くなるんだ? 共感できない部分が多々あったということだ。
少し応援されたからと元気になったりしすぎだろうと、いい加減そんなゲームじゃないんだからと、せっかくのボンズ屈指のバトルシーンで映画に入り込んでいた自分が急に覚めてしまったりして非常に残念。
まあ、それもいいだろう。どうせファンタジーだ。
しかし、ヒロアカ原作に関してはファンタジーでも確かにそこにキャラクターたちが生きていて、それがリアルに、まるで自分がその世界で生きているような引力のような没入感が素敵であり、だからずぼらな私も1ファンとして単行本、アニメ、映画を欠かさず見ているのだろう。
キャラを大事にし、そのキャラの迷いやこういうこと考えていてこういうことに重きを置いていて、ストーリ進行時には蚊帳の外にいるときはちゃんと外でモブやってたりする、といったリアルな感じがいいのだ。
たぶんこれは、心理描写のために一時戦闘を中断させたりする、漫画ならではの表現なのかもしれない。映像はテンポだ。リズムが全てだ。わかる。わかるんだ。でもそこを上手に見せれなくてはヒロアカには、いったい何が残るんだ?
とまぁ、いろいろと「おや?」と思う点はあるものの、実際の脚本に文句はない。
個性譲渡、別に良い。そもそもデクもそんなこと言ってた(うろおぼえだが)
めっちゃドラゴンボール。すっごいドラゴンボール。髪の毛そんなとげとげにならんでもいいやん。いやいやそんな規模の攻撃受けてふつうそうじゃん、まじ鉄人じゃん。っていうのがほんと何度も出てくる。4日目のカレーの気分だ。「え、また?!」なのだ。
特になにが嫌って言うとだ、個性遺伝した後のバトルだ。爆轟がすぐフルカウルを使えることや100%っぽい力が使えたこともそれ全て含めてワンフォーオールの奇跡って言いたいのかい・・?それは、あまりに投げやりすぎないかい? ヒロアカって、”なんでも個性のせいにしてしまおう”っていうのがなくて、“個性を持ってるからこそこういう悩みがあってそれをどう解決して行こうか向き合う”みたいな葛藤と成長を描く作品なんじゃなかったのかな?
余談だが、私は海外のグロやバトルものの映画でよくある、音楽だけで効果音なしのバトルシーンが大嫌いだ。
馬鹿の一つ覚えと言うと言葉の悪さが際立ってしまうが、まあその表現方法はあまりに使い古されてしまった。
なのでラストバトルの音楽だけですごいバトルを見せられた時、冷めてしまった。映画館でやるんだ。もっと音響を意識して、音速を超えた一撃みたいな表現でも面白かったんじゃないかとか思う。 パッと思い返すのが映画 幼女戦記だが、常にバトルしてて、音があちこちから聴こえてきて自分もその場にいるという臨場感がほんとうに素晴らしい映画だった。
それを、こういってはなんだが1曲に全ての感情を背負わせるのは重荷すぎたのではないだろうか。
私は、そこで完全に映画からリアルの世界に戻ってきてしまった。
(ただこの映画に限っては、ボンズの全力のバトル映像のおかげでまだ見入ることができた。本当に動画がいい。ほんとコマ送りで見たい。ガンダムやAKIRAや攻殻機動隊なんかをよくコマ送りで見た口だ)
少し話が脱線したが、豚カツカレーマーボー天津飯みたいになってしまった可能性はあるか?
起承転結で、転結はかなりテンポよく進めるのがスタンダードだが、それにしても端折りすぎたように感じた。
見せ場のバトルはほんと多彩に入っていてこれはもう大満足で言うことなしなんだがちょくちょく強敵との対峙で勝てない描写をとことんやりたいが為にどうしてもワンパターンなキャラパワーアップに違和感を覚えてしまって、没入感の減少を感じた。
映画だけでなく、どんなアニメも、漫画も、ゲームも、小説も。 その世界に、私が存在できるかどうかでその作品を好きになるかどうかが決まる。
本作に関してはラストに行くにつれ、私はこの映画の世界と融合できなかった。非常に残念だ。
私は、今作でヒロアカ製作陣に何かお偉いさんからのお達しがあったのではないかとか深く勘繰ったりしたほど様変わりを感じた。
とにかく派手に、とにかく意外性を、とにかく話題性のあるものを! みたいな思いを感じてしまった。
もちろん商業作品なのでそういったことを意識して作るのは当たり前だし、別に反対もしない。だが作品を生かしてくれ。頼む。
ここら辺の違和感の解のようなものは、パンフレットを読んでいて考えたのだが、先生監督脚本の皆が口を揃えて「1作目を超えたかった」と言っていた。(1作目はほんとうに良かった。作品を通して”ヒロアカ”していたし、オールマイトの過去の描写や共闘も原作の延長として受け止めることができた)
大変受けた1作目の後の2作目、3作目と作っていく際にやはり重荷になったんだろうか
パンフレットの対談インタビューを読んで、堀越先生が原作ラストで使うネタ候補の一つ「ワンフォーオールの譲渡」を提供し、制作側もそれに飛びついたような発言がうかがえた(個人の感想だよ)
やっぱり人間が作っているんだなぁと実感したし、これからも応援を続けたい。
(なんだ急に媚びうるのか?)と思った皆様、違うんだ、聞いてくれ。
その作品の感想って好きなところ・嫌なところが入り乱れた上で成されるものじゃないか。
もう間違いないやつだ。ボンズファンにとっては言うことなしすぎて、逆にボンズ色強めな印象で、純粋なヒロアカファンは大丈夫か?とか思ったが、そもそもアニメも体育祭やらUSJやらワンフォーオール戦でアニメ視聴者は調教済みだった。
何度でも見れる。ほんとうによく動くし、戦闘の表現のパターンがすごい。これは良い。ほんとうに良い。
ちなみに私が一番好きなヒロアカアニメシーンは体育祭の轟vsデクの回だ。あの回を見た後そっと忘年のザムドを見に行った(私のボンズを意識して見た初めての作品だ。デビューはハガレンだ)
本作を見た後、一番印象に残ったのが雲やなんかの描写なんだが、すまない語彙力がなくて伝えられない。だがみんなの心にも残ってるでしょ?私は今すごくひそねとまそたんが見たい。映画に何度も行く余裕がないので、今作の空の映像を思い出すべくnetflixでひそねとまそたんを見たい
最高だ。原作やアニメでは活躍の少なくなりがちな1-Aのみんなが余すことなく活躍する。各々の連携や委員長の指示なんかも見れてほんとうに良い。
キャラへの愛がほんとうに感じられたし、この人たちはこういう動きをするのか、と私の記憶の中の1-Aの皆に命が宿ったようだった。
尾白くんはやっぱり弱い印象を持って残念だったが、いつもの8割マシで戦っていた。たぶん。 (私は尾白くんを推している)
青山くん、瀬呂くんなんかもしっっっかりと活躍をしていて、ファン大歓喜だ。次回は砂藤くんにも頑張ってもらいたい。
(この活躍というのがちゃんと戦っていて大変興奮もので、本作で印象深いバトルの一つだ。といっても本作は常に戦っているのでどこからどこまでを一戦と見るかは謎だが)
(無理やりな理由で少し違和感を覚えたが)大人を排除した上での各々のヒーロ像というものがしっかりと見て取れて本作はほんとうに原作の延長線にあるもののように感じた。
「君はヒーローになれる」
増田に書ききれないのでひとまず一都三県だけ
株式会社三幸製作所
株式会社ヒタチ
株式会社匠栄房
株式会社井上鉄工所
ケー・エム・エス株式会社
社会福祉法人熊谷福祉会
末広工業株式会社
啓装工業株式会社
株式会社不二運輸
株式会社天極
有限会社岩上運輸
株式会社デイライン
株式会社山口技研
株式会社CK・ファニチャー
寄居印刷紙器株式会社
日本技研工業株式会社
有限会社いしい
丸善超硬株式会社
株式会社野上工業
株式会社トハン
株式会社小島レッカー
有限会社三階菱
島崎株式会社
大敏製作所株式会社
株式会社リープ
株式会社大宮電化
株式会社スポフレ21
株式会社深谷組
サーマル化工株式会社
株式会社キハラ
株式会社ショーモン
株式会社躍進
株式会社セキネ
株式会社東部重機
株式会社ティーエムエス
株式会社櫻谷
株式会社dohome
株式会社ヒロタ
株式会社ケイビー・コム
ISM株式会社
ヤマダ産業株式会社
株式会社セーフティ
株式会社富士環境
川名建材株式会社
株式会社関東消防機材
株式会社サン測量設計
株式会社糸川製作所
株式会社稲葉電機
有限会社すずとみ
カタオカプラセス株式会社
セイワ輸送株式会社
株式会社アイナ
株式会社初石鈑金
秀工業株式会社
三友工業株式会社
学校法人日栄学園
土佐工業株式会社
大信電業株式会社
株式会社花田食肉
株式会社ベルローネ
有限会社イセ化工
株式会社三早電設
新葉瓦斯機器株式会社
豊福ロジテム株式会社
株式会社髙橋製作所
株式会社ティ・エス・シー
有限会社井上建工
株式会社和商工
三和建装株式会社
株式会社コバヤシ
東洋米菓株式会社
丸勤食販企業組合
ウィッツェル株式会社
中里会計事務所
株式会社測量舎
ヱビナ電化工業株式会社
有限会社吉原工業所
株式会社富士ストア
株式会社生田化研社
加藤会計事務所
筑前建物管理株式会社
株式会社日本運輸機構
株式会社オータ
株式会社最上建工
株式会社トーエイ
株式会社オオノ商事
旭産業株式会社
有限会社ヤマミツ電機製作所
株式会社中嶋精工
株式会社マルゴ
株式会社開発機工
中央電設株式会社
山豊護謨株式会社
株式会社ニッペコ
太陽物産株式会社
三信製織株式会社
エスジー工業株式会社
ハルデンタルクリニック
株式会社アレシア
株式会社トネ製作所
関東白蟻防除株式会社
株式会社上田製作所
株式会社君塚
株式会社曽我工業
株式会社伊勢惣
株式会社LAIZ
エスエーエム株式会社
株式会社ヤマグチ
株式会社キタセツ
株式会社日鋲
株式会社弘久社
株式会社ブルシー
株式会社森田質店
株式会社コムフィー
株式会社ヒッツ
社会福祉法人修敬会
宮城建設株式会社
株式会社三功工業所
央2株式会社
株式会社銘林
東京シマダヤ株式会社
株式会社AREAD
有限会社綜合建装
株式会社東京天竜
社会福祉法人藤花学園
平岩塗装株式会社
ウシヤマ電機株式会社
墨田加工株式会社
株式会社増渕商店
全粉商事株式会社
有限会社テイクオー
三陽電器株式会社
陣内金型工業株式会社
日本綜合警備株式会社
大一企業株式会社
正和興業株式会社
株式会社トリネックス
株式会社須賀製作所
株式会社モリヤマ
朝日電気株式会社
株式会社常盤製作所
すぎい設備株式会社
株式会社水島商事
株式会社クマザキエイム
神鋼産業株式会社
株式会社美都住販
株式会社室星
株式会社根建
飯田測量設計株式会社
株式会社東鈴紙器
大同産業株式会社
旭工業有限会社
株式会社サン
プロス株式会社
株式会社林技研
株式会社北全
株式会社栄光セフロ
富士興業株式会社
岡谷セイケン株式会社
株式会社ビプロス
株式会社エスジーエム
株式会社K2
株式会社アス
株式会社F-Design
荻野化成株式会社
一富士電工株式会社
関矢産業株式会社
有限会社簪
京浜楽器株式会社
株式会社鈴和
株式会社昌和精機
株式会社玄
アップコン株式会社
有限会社高橋冷暖房
株式会社三和
中央運輸株式会社
株式会社ジェス
株式会社井上
株式会社伊那精工
株式会社三英空調工業
有限会社定工
株式会社アイ建設
株式会社北浦工業
株式会社富士消毒
株式会社新栄託建
関東航空計器株式会社
相生電子工業株式会社
有富設計株式会社
住んでても俺の検索以下の知識しかない癖に、ジャズやレゲェが横浜の文化?www
文化がないんなら高崎城址も金山箕輪も単なる廃墟かなんかか? 二子に堀越、観音山古墳、竹久夢二歌碑なんてのも出てきたぞ?
高崎駅近くに群馬ダルマの工房、製造店は何か所ある? 重要指定文化財は幾つあるか知ってるんだろうな?
楽しくないんじゃない、オマエが楽しめなかっただけだ。その内に電化製品についていけなくなって音楽もゆっくりしたものを好み、油っぽいものも食えなくなれば分かる。
何もないんじゃなくて何も見えていないんだ。先進的ではないかもしれないが、文化はオマエを楽しませるものじゃなくオマエが参加して一緒に作るんだよ。
――って、熱くなって書いたけどたぶん俺も若かったら同じこと思うわ。
LEDで光るダルマとかVR、ARで史跡と組み合わせたり、なんかやってくれよ。んでネット配信。食い物うまいんだろ?
自分で何かを作るってのは難しいよな。がんばってくれ。
おたくも長く続けていくと色んなジャンルに友達が散らばり、色んなジャンルに対する浅い知識が増えていく。
なんとなく今どこのジャンルに活気があるのか、雰囲気でわかるようになる。それはツイッターがあるからだろうし、昔では考えられない量の情報を簡単に手にすることができるからだと思う
そんなわたしがひとつの仮説としてわりと真面目に考え、色んな友人に話していることがある
自分の年齢をはっきりと明記するのがそろそろ嫌な年なので、ぼかした表現にするが、わたしはゆとり世代であり、就職すればゲッという顔をされた平成生まれであり、ジャニーズで言えば八乙女世代、堀越で言っても八乙女三浦春馬世代、アミューズでいうところの三浦春馬戸谷公人水田航生あたりの世代のそろそろしっかりクソババア世代である
だから、エンターテイメントが死にかけているように感じるのは、わたしのアンテナが腐って倒れそうになっているからなのかもしれないし、わたしの知らない世界で新しいエンターテイメントが誕生しているのかもしれない
けれど、わたしの目の届くところにあるエンターテイメントはみんな死にかけている
具体的にどういったことが言いたいかということをわたしが若手俳優のキチガイヲタになった2010年あたりを軸に色んなジャンルのことを考えていきたい
テニミュファーストの最後のドリライがあった年だ。身内がDDでドリライに行っていたから知っている
その年のゴールデンウィークは、戸谷公人の誕生日イベントがあり、新宿御苑のサンモールではたしかDステが行われていたように思う
当時の身内に誘われて遊びに行くとサンモールにものすごい数のおたくがいた。
わたしはというとバースデーイベントのチケットを両部合わせて5枚余らせていたので、その場にいた子達を誘ってみたが、Dステの千秋楽だから無理だと断られた
2010年はそんな年だ。
アミューズでいえば宝石シリーズ及び黒白シリーズが始まった年でもある。
赤坂ボーイズキャバレーに夏を費やしたおたくが何人いたことか。
特撮で言えば、丁度2009年が平成ライダー10周年記念のデイケイドの放送年で、一区切りついたところで、今をときめく菅田将暉が初々しく日曜8時で戦っていた年だ。
とにかくお祭り騒ぎだった。どこの現場も非常に盛り上がり、頭のおかしいおたくがたくさんいた
他のジャンルにも目を向けて行こうと思う
例えばお笑いでは10年連続で開催していたM−1が一度幕を下ろしたのも2010年のことであった。ずっと優勝できずにいた笑い飯がようやくM−1王者に輝いた年である
アイドルではAKB48の第二回総選挙が行われた年である。このあたりがわたしは国民的アイドルという視点でAKBを評価したときの最高潮に盛り上がりを迎えていた瞬間だと思っている
2010年は、エンターテイメントを時の流れで区分したときに大きな区切りとなる年であると考えている
では今度は2010年以前の10年くらいのことを考えてみたいと思う。
わたしが小学校低学年の頃に一斉を風靡したSPEEDが電撃解散をして、その数年後に現れたのがモーニング娘。だった
しかし、ザ☆ピース以来、モーニング娘。は国民的アイドルというポジションを離れ、ハロープロジェクトというジャンルの中に入っていってしまった。
そしてそれ以来、AKBが大学の頃に国民的アイドルと呼ばれるようになるまで、特にアイドルらしいアイドルはわたしの視界には入らなかった
むしろモーニング娘。のあとは、いわゆる巨乳グラドルが台頭してきた時代のように感じるが、残念ながらあんまりわたしはグラドルに興味を持つ性別でも年頃でもなかったので、あまり記憶がない
(小池栄子は気付いたら女優としてもタレントとしても非常に大成していたのでまじですごい巨乳お姉さんだと思っている)
中学校の頃(2000年代前半)は芸人の黄金時代だったように感じる(わたしは芸人のおたくをしていたことがないので実際にいつが黄金時代と定義されるのかはわからないのだけれど)
イメージとして、このあたりから盛り上がって2010年がお笑いの盛り上がりのピークと捉えている
思えばわたしはエンターテイメントに恵まれた世代だったと思う。
小学校のときには体育大会でモーニング娘。のザ☆ピースが流れ、組立体操をした。
高学年のときには笑う犬の冒険を熱心に見て、それがいつのまにか水10になり、中学校の文化祭では先輩たちに目をつけられながらも、有志でゴリエのミッキーを踊った
やんちゃな子たちはごくせんに憧れ、みんなで文化祭のクラスの出し物でごくせんをやり、最後にはスマスマでキムタクたちが踊り流行っていた恋のマイアヒをエンディングで踊った。
週末をこえて学校に登校すれば、みんなエンタの神様の話をしていた。誰がおもしろい、誰のネタがどうだ、誰がかっこいい
ジャニーズも、いわゆる若手三組と呼ばれるNEWS、関ジャニ∞、KAT-TUNが立て続けにデビューした頃で、みんな通学鞄に好きなジャニーズのメンバーの名前をポスカで書いていた
力尽きたので、つづく。
このアルバムはすごい名盤だってものすごく語りたいです。音楽にうるさい方々にも積極的に聴いていただきたいなと思う次第です。
でも、こういうのをあまりべた褒めするのって結構怖いですね。音楽の好みは人それぞれですし。
自分が最高!って思ってても世間的には全くそんなことないなんてことは本当によくあります。妙に褒めると反発をくらいかねないです。
実際、音楽雑誌とかの「2015年ベストアルバム特集」をぱらぱら読んでみても全然話題に出てなかったので。まあそんなもんです。自分の視野が狭いだけです。
とはいえ、それなりに注目されて評価されてるのかなってのはなんとなく勝手に思っていたので、年間ベストに入ってなくてちょっとがっかりしました。
だから自分で語ろうかな、と思い至るわけですが、やっぱり、ハマってしまったあまりに冷静さを失った文章になる気がするので、書いて叩かれるのが少し怖いところはあります。
花澤香菜とは、声優です。人気若手女性声優です。名前くらいは聞いたことがある人が多いと思いますし、検索したほうが理解は早いです。
声優の中ではアニメの出演数がトップクラスに多いです。1年間に何十本も出ていたりします。最近は少し落ち着いてきましたけどね。
特徴は、ウィスパーボイスというか、天使のようにかわいらしい声ですね。ヒロインボイスです。個人的には少し荒げた演技も好きですが。
声に含まれる倍音成分がものすごく豊富らしいです。科学的に実証されてるらしいです。
声優なので、当然ソロで歌手デビューする前からキャラソンとか歌っていました。化物語の「恋愛サーキュレーション」という曲がレジェンド級に有名です。
あと、セキレイという作品のライブで歌った時の歌い方がネタにされてて、わりと音痴っぽい扱いを受けてました。
そして、2012年に満を持してソロ歌手デビューをするわけですが、みんな歌の方は割と心配してました。
私も深夜アニメはよく見ていて花澤香菜さんのことは当然知っていましたが、当時は特別好きというわけでもありませんでした。
しかし、プロデュースするのがROUND TABLEの北川勝利だというニュースを聞いてにわかに興味が湧いたのを覚えています。
ROUND TABLE、及びfeaturing Ninoは好きで聴いていましたし、声質との相性も良さそうだということで、けっこう期待していました。
その後2013年に1stアルバム「claire」がリリースされたのですが、確かに名盤でした。
北川さんをはじめ、中塚武、神前暁、カジヒデキ、宮川弾、矢野博康、沖井礼二などなど、渋谷系の流れを汲むポップス好きにとってはたまらない作家陣で、花澤さんにぴったりの歌を作ってくれました。
花澤さんも声優らしく表現力豊かに歌いこなしていて素晴らしかった。「マダダーレモー」とはなんだったのか。たぶん自分の歌い方ってのを少しずつわかっていったんでしょうね。
1年後の2014年には25歳の誕生日を迎えることにちなんで25曲入りのアルバム「25」をリリースしました。ものすごいハイペースです。
この2ndアルバムでは岩里祐穂さんを作詞に迎え、花澤さんと意見を交わしつつパーソナルな部分を反映させた曲作りをしています。
そのうえで、25曲という多さを生かして幅広いジャンルの曲に挑戦していきました。
そんなこんなで、アニメやらレコーディングやらライブやらで多忙を極めた後に迎えたソロ活動3rdシーズンの集大成が「Blue avenue」になるわけです。
Blue Avenueがリリースされるまでに、3つの先行シングルが発売されました。
しかし、この3曲を聴いて「このアルバムってこんな感じか」と思ってはいけません。
むしろ、この3曲がアルバムの中で最もコンセプトから外れている曲といっても過言ではないでしょう。
では、このアルバムはどんなコンセプトで制作されたのでしょうか?
「Blue Avenue」のコンセプトは一言でいえば「ニューヨーク」です。
テーマがニューヨークになった経緯はインタビューで話されています。
──今作のテーマは「ニューヨーク」とのことですが、なぜこのテーマを?
ニューヨークはわりと後付けなんです。アコースティックライブの「かなまつり」みたいな少人数でのライブを何度か経験して、少ない音と声で作り上げる空気感っていいなと思っていて。
3rdアルバムの方向性を考えているときに、「あの自由に音楽を楽しむ感じを生かすなら、ジャズをやってみるのもいいんじゃない?」って意見が上がったんです。
その中でニューヨークというキーワードが浮かび上がって。ジャズの街でもあるし、ほかの新しい音楽に挑戦するのにも「ニューヨーク」をテーマにすれば統一感のある作品になるんじゃない?って。
ジャズ、AOR、フュージョン、レゲエなど、これまでのアルバムと比べると「大人」な雰囲気を持った曲が多めのアルバムになっています。
そして、ニューヨークといっても70~80年代くらいのニューヨークのイメージという感じがします。
それはSwing Out Sisterが参加してるのもあるかもしれませんね。
詳しい方ならば、楽曲のクレジットを見ればこのアルバムがどういったアルバムなのかがわかるかもしれませんね。
ということで曲目・スタッフリストを載せたいのですが、長いので記事の末尾に載せました。
こういうのをあまり主張するのもどうかと思うんですが、参加しているミュージシャンが豪華です。
クレジットを見ていただければわかるように、今までのアルバムでおなじみの作家陣に加え、シングル曲ではSTUDIO APARTMENTややくしまるえつこがサウンドプロデュースをしたり、2つのニューヨークレコーディング曲においてウィル・リーやスティーヴ・ジョーダンなどの海外のスタジオミュージシャンの参加、80年代から活躍するイギリスのユニット・スウィングアウトシスター提供曲など、一流の人たちがたくさん参加しています。
まあ、極端な話、名前は知らなくてもいいと思うんですけどね。聴けばわかりますから。「I ♥ NEY DAY!」「Nobody Knows」での軽快なドラムが気持ち良いなあとか、「Dream A Dream」の洋楽っぽい感じがすごい良いとか。ここでいう洋楽っぽいってのは英語圏の歌っぽいなあっていう意味ですね。洋楽の日本語カバーみたいな雰囲気がありますね。それもまた味。そして、セリフのパートがあって、もしかして本業が声優であることを意識して作ってくれたのかなとか想像してみたり。
おなじみの作家陣もすごい良い仕事をしてくれています。というかキレキレです。特に矢野博康作曲「We Are So in Love」が光ってますね。4つ打ちのフュージョンで、イントロからもうたまらないです。シンバルズの頃から思っていたんですが、矢野さんは王道のポップソングもいいんですけど少し趣味に走った感じの曲を書くと時々とんでもない名曲を生み出しますね。
一つだけ主張しておきたいのは、みんな決して無駄遣いではないということですね。すべてが良い方向に結びついています。
「ニューヨーク」というコンセプトがあって非常に統一感があるのが素晴らしいです。
最初に「シングル曲がコンセプトから外れている=ニューヨークっぽくない」と言っておいてなんなんだ、と思われるかもしれませんが、このアルバムの面白いところは3つのシングル曲が違和感なく自然に収まっているところなんですね。
バラードの「君がいなくちゃだめなんだ」が終盤に入ることでアルバムがよりドラマチックになっています。そこから最後の曲「Blue Avenueを探して」に続くのがもう最高ですね。西寺郷太さんの歌詞がいいんですよ。
クラブミュージックの「ほほ笑みモード」ややくしまるえつこさんの個性が色濃く出ている「こきゅうとす」も、意外なくらい自然に入ってるんですよね。それは曲順が考えられているのもあるんですが、「ほほ笑みモード」がアルバム用ミックスになっていたりなど、音づくりにこだわっているからというのもあるのでしょう。後述しますが、このアルバムは音が良いです。
アルバムとして非常によくまとまっていて、通して聴いた後の余韻が良い感じです。
NYで録音した2曲は際立って音が良いんですけど、それに劣らず全体的に非常に高いクオリティの音づくりがされています。花澤さんのアルバムは1stの頃から一貫してソニーの茅根裕司氏がマスタリングエンジニアを務めていて、常にクオリティが高かったんですが、今回は最高の出来栄えなのではないでしょうか。オーディオに詳しいわけではないので断言はできないですけど。
シングル曲が違和感なく収まっているのもマスタリングによるところが大きいのでしょうか。詳しくはわかりませんが、ぜひ良いヘッドホンでじっくり聴いてほしいと思えるくらい良い音です。
ニューヨークっぽいということでAORとかフュージョンを取り入れた、と聞いても正直ピンとこない人が多いんじゃないかと思います。AORってどんな音楽かを説明できる人って実はそんなに多くないのではないかと。結構マニアックなところを突いてきてると思います(そんなことないよ、常識だよとお思いの方もいるでしょうが)。
でも、そういうジャンルとか全く分からなくても「良いな」と思えるようなアルバムになっているのではないかと思うのです。それは曲自体がそう作られているというのもあるかもしれないんですけど、やはり花澤香菜が歌うということでポップスとして完成されるというか、そこに花澤さんの歌のすごさがあるのではないかと思っています。
3rdアルバムを出すまでの3年間で60曲以上のオリジナル楽曲を歌い、ライブも精力的にこなしてきたからこそその次元に達しているというか、こういう曲を楽しみながらポップスとして歌える筋力がついたのではないかなと思うのです。それこそ「25」あたりの頃の怒涛のスケジュールが千本ノックのように効いてるのかもしれないですね。
1stの頃は作家の作る曲を最大限に活かすために歌うという感じ、それこそ声優としてディレクションに応えるような感じで歌っていたように思うのですが、「Blue Avenue」ではコンセプトの発端が花澤さんの意見であることからも、ちゃんと歌手になってきてるのだなと感じます。
当然ですが、豪華なメンツに霞むこともなく、曲に負けているだとか歌わされてるだとかいう印象を全く受けません。むしろ北川さんも他の作家さんも花澤さんをプロデュースすることで新しい扉を開けているような感じさえします。インスピレーションを与える「ミューズ」なのかもしれませんね。
私が花澤さんのアルバムの中で際立ってこれを好きなのは、花澤さんと作家陣が一緒になって制作している感じを受けるからなのかもしれません。化学反応が起きているのをひしひしと感じます。
また、花澤さんは1stの頃から自作詞曲を歌っているのですが、今回も2曲作詞していて、ちょっと詞もこなれてきたというか、アーティストとしての一面が出てきたような感じがします。
「タップダンスの音が聴こえてきたら」では音楽に身を委ねることの喜びをシンプルに書いていて、歌を楽しめている感じが伝わってきます。
タップダンスの音が 聴こえてきたら
軽やかなそのリズムに 身をまかせて踊るの
今はいらない ふみならそう 夢中になるだけさ
一方、「プール」では暗い部分を歌っている感じで、こういうのがあるとなんというか、深みが増しますよね。
花澤さんは詞を書くと少し重たい感じになってしまうみたいで、それもまた個性というか、人気声優としてバリバリ活躍している彼女の影の部分が垣間見れるようで、イイですよね。
どうやって喋ってたかな
ねえ どうやって眠ってたかな
どうやって歩いてたかな
ねえ どうやって 笑ってたのかな
わからない 思い出せないの
もしかしたらここまで惚れ込んでいる理由はライブを見たからなのかもしれません。花澤香菜の歌の魅力の真骨頂はライブにあるのかもしれません。
武道館公演の映像を収録した「Live Avenue Kana Hanazawa in Budokan」というBDが発売されているのですが、アコースティックライブの映像も収録されていまして、他にも素晴らしい映像特典もありまして、とても素晴らしい商品です。
花澤さんの歌って生演奏にすごく合うんですよね。地上波で「こきゅうとす」を披露したこともあるんですけど、それとは全然違いますね。ライブの「こきゅうとす」すごく良いです。
武道館ライブではバックバンドの通称「ディスティネーションズ」にホーンも加わって、とても豪華なものになっています。
一番の見どころはジェームス・ブラウンの「Get Up (Sex Machine)」(ゲロッパ)に合わせて花澤さんが好きなパンの名前を叫ぶというパフォーマンス(メロンパン!メロメロ!)。冷静に考えるとすごくくだらないシャレなんですが、演奏がガチであることと、みんなすごく楽しげな様子が印象的で、とても幸せな空間が出来上がってるなあと感じました。
あと、花澤さんのパフォーマンスがいちいちかわいらしいんですよね。「Merry Go Round」の振り付けとか。
そして、アコースティックライブが素晴らしいんです。花澤さんの生歌ってこんなに良いものなのか、とため息が出ますよ。本当に、歌がヘタであるような扱いをされていたのが嘘みたいです。声量は確かにそんなにないのですが、歌の細かい表情付けがたまらなく上手いです。ピアノとギターだけの少ない音だと余計に際立ちますね。
誰にと言われれば万人に、と言いたくもなるんですけども。
最近、星野源やらceroやらで、ブラックミュージックとかシティポップとかそういう言葉がよく聞かれるようになったんですけど、このアルバムもそれと同じ文脈で語ることができるのではと思います。
「シティポップ」ってもはや言葉が独り歩きしだしてよく分からない感じなんですけど、街のことを歌うのがシティポップだとするなら「Blue Avenue」も十分当てはまりますよね。
また、北川勝利さんをはじめとした作家陣は、最近再評価の流れがある気がする「渋谷系」や、最近流行り気味の新しい「シティポップ」の世代の狭間にいる人たちなんですよね。どちらも独り歩きしてあやふやな状態にある言葉ですけど。
良質な音楽を作ってきながらも長らく日の目を見なかった人たちがこうやって素晴らしいものを作り上げてくれている、というのも感慨深いものはありますね。
そして、70~80年代のニューヨークイメージってことで、けっこうオッサン向けなのかもしれません。……年間ベストに入らなかったのは革新性がないと思われたからなのかも。私は花澤香菜さんが歌うだけで十分新しいと思うんですけど。
というわけで、以上、Blue Avenueについてでした。
花澤香菜「Blue Avenue」インタビュー - 音楽ナタリー Power Push
http://natalie.mu/music/news/111594
花澤香菜×北川勝利が明かす、“極上のポップソング”の作り方「人生と音楽がより密接になってきた」|Real Sound|リアルサウンド
http://realsound.jp/2015/04/post-3000.html
作詞 : 岩里祐穂 作曲・編曲 : 北川勝利 ホーンアレンジ : 村田陽一
Bass : Will Lee
Drums : Steve Jordan
Electric Guitar : David Spinozza
Piano, Organ : Rob Mounsey
Trumpet : Jeff Kievit
Trombone : Mike Davis
Saxophone : Andy Snitzer
Conga, Tambourine : 三沢またろう
Electric Guitar : 山之内俊夫(流線形)
Wind Chime, Chorus : 北川勝利(ROUND TABLE)
Chorus : acane_madder
作詞 : 岩里祐穂 作曲・編曲 : STUDIO APARTMENT
Guitar : 堀越雄輔
Vocal Direction : 北川勝利(ROUND TABLE)
Sound produced by STUDIO APARTMENT
作詞 : 岩里祐穂 作曲 : 北川勝利 編曲 : 北園みなみ、北川勝利
Bass : Will Lee
Drums : Steve Jordan
Electric Guitar : David Spinozza
Piano, Organ : Rob Mounsey
Trumpet : Jeff Kievit
Trombone : Mike Davis
Saxophone : Andy Snitzer
Conga, Tambourine : 三沢またろう
Wuritzer, Claviniet, Analog Synthesizer : 北園みなみ
appears courtesy of Polystar Co.,Ltd.)
Wind Chime, Shaker : 北川勝利(ROUND TABLE)
Chorus : acane_madder
作詞・作曲・編曲 : 宮川弾
Programming, Clarinet, Saxophone, Chorus : 宮川弾
Guitar : 後藤秀人
Chorus : acane_madder
作詞 : 岩里祐穂 作曲・編曲 : mito
Drums : 千住宗臣
Guitar : Saigenji Permalink | 記事への反応(0) | 15:20
航空機のこと以外に何も考えてない堀越二郎が科学技術を尽くした傑作を作った、そのことをあなたは否定できますか、と感じたという話。
あくまで宮崎駿の映画だけを見ての感想です。ネタバレ全く配慮しません。当たり前だけど映画の話であって、堀越二郎本人について特に思う所があるわけでは有りません。
二郎は実際何も考えていない。まず、単に可愛らしい女の子とちょっと近い距離感になったから菜穂子のことを好きになった。菜穂子でないといけない理由なんて何ら描写されていない。彼の自主的な決断はせいぜい婚約を申し込んだことだろうが、それも結局菜穂子にも推されたおかげか何の反対もなく済んでしまっている。結婚だって同棲がけしからんと言われて決めたことだ。そしてさらに、本庄を零式艦上戦闘機の開発メンバーに入れないこと、これだって自主的な決断ではなく人から言われてのことだ。
極めつけは、寝込んでいる菜穂子の横で煙草を吸うシーン。煙草を吸わないと頭が回らなくて仕事にならない人間が、いいよと言われたからというだけの理由で、肺が悪い最愛の人の隣で煙草を吸って零式艦上戦闘機を設計する。菜穂子と飛行機をどっちを取るか、そういう決断のスキーム自体に無理があることは認めるが、そういった決断が迫られうることに心を巡らせてみるまでも無かった。菜穂子があまりに忍耐強い、かくも素晴らしい日本人女性だったから。
更に、二郎は自らの航空機設計の才能を一度たりとも否定されていない。また、本庄が堀越に抱く劣等感が描かれるといったこともない。なので、二郎がただ一途に航空機が好きで他人からの評価はどうでも良いのか、あるいは知らず知らずのうちに尊大になっていて挫折に弱く周りのエンジニアに対して自らの能力によって優位な立場に立てていないと気が済まないのか、という問題は棚上げにされている。二郎は自分の才覚や自尊心といったことに無自覚でいられている。
そんな二郎の身に起こったのは、腹を空かせた子供にシベリアをあげようとして逃げられる体験だ。自分が隣人を思いやる優しい人間だと思い込んでいるが、実際には他者の気持ちなんてものを考えてみてすらいないというこの構図は、二郎は人々を笑顔にする航空機を作ろうと夢見ていたものの、実際には人殺しの道具となり最後にはパイロットを殺してしまったという悲劇に相通じるものがある。夢で見た村人を笑顔にするための航空機、それは確かに精巧で美しい航空機であろうが、しかしそこに乗る村人とは一体誰であるのか、村人達は何を思っているのか、そんなことに思いを寄せておらず、村人達とは二郎にとって都合の良い抽象的な妄想上の概念だ。カプローニが去ったのは、確かに海外の技術の猿真似を辞めるという成長であるが、それは航空機設計という狭い世界の中でのことだ。
本当に人殺しの道具を作りたくなかったならば、軍用機しか作ってないと初めから分かっていて三菱なんぞに入社しないだろう。仮に入社したとしても、せめて輸送機や偵察機のチームを志望するくらいのことは有っても良いだろう。そうしなかった二郎は、結局のところ彼にとって美しい航空機を作りたかっただけなのだろう。
そこで提起される問題は、この二郎の態度が否定されるべきなのかどうかということだ。例えば原子力発電を取ってみると、原子力発電がもたらすエネルギーで人々を笑顔にすると思い込んで、自分が好きな原子炉の設計を必死に行ったエンジニアがいたとしても何ら不思議に感じない。あるいはヒトラーとナチス党員のトットが国民が自動車でピクニックで出かけることを夢見て公共建築の傑作たるアウトバーンを建造した話も思い起こされる。では、この種の独善は否定されるべきなのかというと、必ずしもそうとは言えないように思われる。隣人を深く理解し幸福にすることを求めるよりも、妄想に取り憑かれる方が、科学技術自体は美しいものであり得るのではないか。そういった問題を、風立ちぬは鋭く提起しているように思われた。
じゃあそこで、風という主題系、生きなければならないという言葉がどう活きてくるのだろうと考えると、やはり命の儚さを謳っているように思えて、やっぱり儚さとか残酷さとかそういう映画なのかなとなって何だこの感想はとなるんだけど、あまり気にしない…。
これは映像で語られる新しい文学の形だと思った。今後映像作品の制作に携わる人すべてが観なくてはならない。それだけの業を見せてくれる映画だ。
この作品を読み解く上でもっとも重要なキーワードは『風立ちぬ』である。私は前情報として、この作品はゼロ戦設計者・堀越次郎の半生と堀辰雄の小説『風立ちぬ』を組み合わせたものであること、および本筋は堀越の側から採られていることまでは把握していた。そこで抱くのは「ならばなぜタイトルが『風立ちぬ』なのか」という問いであった。
商業的立場に基づいたパッケージングと広報が随所で誤解を誘発させている映画であるが、それでもタイトルとオープニングは主題に正直だった。はじめにフランス語交じりのエピグラフを見せられれば戸惑いつつもやはり「この映画で私は文学をやりますよ」という表明と受け止めるほかない。ヒロインとの出会いのシーンではなんと——技師の卵・堀越次郎としては不自然極まりない——仏文学生のようなやり取りをみせられる。……オーケーだ。心を決めよう。わざわざ飛行機と大地震という刺激的なシーンの合間に配置したのはかえって本気が感じられる。こちらもそのつもりで観ることにした。
とはいえ、映像作品と文芸作品——殊に私小説とでは観る/読む姿勢に質的な隔たりがある。作者はこれをどう翻案してくるのか? ここでもキーワードは『文学』と『風立ちぬ』である。
多くの人が指摘しているように、劇中には『風立ちぬ』以外にも旧約聖書や『魔の山』といった西洋文学の中心作品からの引用がちりばめられている。しかしおそらくその意味や出典を理解することは求められていない。これは作者からのシグナルとして受け取るべきだろう。——あっ、今なんか文学っぽいこと言った。そして風が吹いた。そう感じた瞬間、我々は観客から読者へと推移する。実際、そのために尽くされた工夫こそが本作をこれまでにない映画として成り立たせている。
日本文学の伝統たる私小説とは一般には作者の個人的な体験を語ったものと定義されるが、その実は読み手が(多くは情緒面に欠陥を抱えた)〝私〟の情動を追いかけながらその文脈に自己を編み込んでゆくことで成り立つ極めて対話的な芸術形態である。ゆえにこれを映画で実行するためには観客からどうにかして主体性を引き出さねばならない。一体どうするつもりなのか。
一番にあるのは人物の造形と描写である。だいたい主人公からしておかしい。はっきりいってこんな身勝手な男には作者自身を除いて誰も共感などできまい。そのくせ彼の心情を伺えるのは原点である飛行機作りへの衝動のみであり、主題の一つに思える恋愛さえ観客からすればずいぶんな距離感をもって描かれている。この映画をいわゆる娯楽作品として楽しむのは大変な難行であろう。しかしそうした人物の〝得体の知れなさ〟と突き放した映像表現こそが観客を読者に変える上で重要な機能を果たしている。——いざ事件が起きた。けれども主人公がどんなリアクションをするのか、我々には予想もつかない。そこでその人物の行動と周囲の出来事だけが語られ、心理も感情も置き去りにされればどうなるか。我々は残る最後の手——自力でそれを補うことを選ぶほかない。振り返れば人物もまた文学を行う道具にさえ見えてくる。
しかしたくらみどおりに人を動かす要はやはり映像にある。シグナルである〝文学っぽい〟セリフに続くのは決まって突風と変事だ。さあっと吹く風に引きずられてカメラが空へ向かい、これまで観客が寄り添っていた主人公が突如フレームアウトする。視点人物の喪失が自然と不安をもたらし、そこでさらに思いもよらぬ出来事や主人公の行動を目にした観客は解決を求めて必死で事態を追うよう仕向けられる。こうして観客は気づかぬうちに主人公の心理を己の内に抱え込む。かくして映像言語による小説的描写が果たされる。みごとである。
そうして状況が収まり、不安が解消された次に訪れるのは〝平常〟である。正常にせよ異常にせよしばらくは事態の変化はなく、そうである限りは主人公の行動も我々の予想の範囲に収まる。主人公はどんな状況に置かれても自分の夢につながる道を一途に辿り、時には常識によって非難される。「だいじょうぶです。あなたの頭の中にある人物像はそれほど間違っていません。そのまま続けてください」そういう作者からの配慮を感じるひとときでもある。
このように、物語の進行は事件とそれに続く平常との繰り返しによって綴られている(それがふさわしい時代でもある)。
そして繰り返しの合間は主人公の夢を再確認する時間だ。飛行機への憧れを描くこのシーンは物語を区分けすると同時に、現実との対比を描く場でもある。印象的なのは、夢の中では誰もが等しく飛行機に乗り、笑顔でいるということ。理想が、道徳が語るものを主人公は明確に認めている。にも関わらず現実の彼はためらいを見せることがない。風は——? 空を飛んでいるかぎり、止むことはない。
先の見えない時代。戦前の文学の匂い。そして変事の前触れたる風。それこそが物語を支えるビートである。そのためにこの作品は『風立ちぬ』を必要とし、ゆえにこの映画のタイトルに『風立ちぬ』以外の選択肢はありえなかった。
(続く)