はてなキーワード: クォーターとは
東洋経済だったかが、「大手企業各社のCSR」を四季報風にして一覧出版出しているらしい。
(東洋経済CRS企業総覧、http://db.g-search.or.jp/market/QCSR.html)
で、これは「東洋経済の取材に応じている会社」について掲載しているのだが、
全上場企業へ問合せしても、必ずしも全社が回答しているわけじゃない。
で、仮に1,500社のうち1,000社が回答しているとして、その1,000社のランキングが
掲載されているのだが、
「バカ正直に回答し、結果下位に甘んじちゃった」企業と
「CSRなんか気にしないので、アンケート回答を拒否した故に非掲載な」企業では、
前者の方が悪く見えてしまう。
実際には、この手のアンケートを無視する企業というのはCSRを無視している企業が大半なので、
「正直に回答した1,000社の中でランク下位の会社」より、CSRがボロボロな事例が多い。
が、どうしても1,000社ランキングがあると人々はそっちの方に目が行ってしまい、
回答しない500社は忘れ去られる傾向にある。
本当は、東証1部企業で、売上上位100社だか利益上位100社だか時価総額上位100社だか
「その中でCSR調査を回答拒否した企業」というのを列挙すべきだと思うのだが。
というのは、経常利益が1,000億円ある某社(日経225採用銘柄社)に勤めているのだが、
中にいるとCSRが「無きも同然」なのを感じる。
しかし、東洋経済調査は「回答拒否」しているので、CSR調査には
「上位にも載らないが、下位にも載らない」、
なので「某社はCSRに不熱心」との非難も受けない。
東洋経済CSR調査で「女性部長職比率」なんてのがあったのだが、
某社は「部長どころか、女性総合職自体がゼロで、今後も採用予定なし」という状態。
しかし、CSRアンケも提出しなければ、そのような実態は表に出ない。
「日経225採用企業は、CSRアンケ提出必須、非提出は企業名公開して恥晒し」
とでもすれば、事業規模・利益規模だけ大きいがCSR無視な某社も
「重い腰を上げざるを得ない」のだが。
http://www.wakatta-blog.com/post_468.html
を読んで私もとても同感です.
私も同様の体験をしたので書いてみます.
帰ってきてシナシナの炒めたもやしが出てきて,昼の中華料理屋よりまずいと晩酌をしている奥様に文句を言っている世の中のパパさん.
かなり恥ずかしいのですぐにやめてください.
クォーターパウンドバーガーなのに腹一杯にならねえぞ.くらい恥ずかしいです.
ちなみに,私は皆さんの生活に密着した製品(圧倒的国内シェア)を製造する24時間の工場で技術開発者として働きました.一つはちょうど70%くらい,もう一つはほぼ100%の会社でした.が,体力・知力的にも平均的サラリーマンより劣っていました.そんな所でも圧倒的シェアを取ってしまえば何とか勤まるものですね.周りの人でも私以下,というか全然仕事しない人とかいました.
会社のせいで不良品が出ても,会社は責任を取ってくれません.お客さんに謝りにいくのはあたしなんです.心労もあり.体調を崩して会社を辞めました.
もやしを自分で炒めてわかったことは,どんなにシャキシャキにしても,その境地に終わりがないということです.
もやしはどんなに疲れていても,シナシナになっていくのを待ってはくれません.
それに比べるとアフィリエイトっていいみたいですよね.
あれ?意見がずれてきましたね.
何でだろう.
テキサスバーガーって結局クォーターパウンダーにビッグマックの真ん中のパン挟んでちゃちゃっとタマネギとベーコンを乗せてソースかけたものでしょ?
それがどこの店でも朝イチから売り切れ続出(でもクォーターパウンダーもビッグマックもどこでもいつでも売ってる)って、
・マクドナルド社内で尋常じゃないほどのベーコンとタマネギ不足が起きているか、
・ロコツ過ぎるほどの「今後のシリーズもすぐに売り切れちゃうかも!そうないように急いで食べに来てね!」っていう話題性作りか、のどっちかしか考えられないんだけど。ホントにどうでもいいんだけど。
なんかクォーター某も出てきた時にバイトの人使って同じような話題作りして怒られてた気がするんだけど、これが喉元過ぎればなんとやらってヤツなんだろうか。
それとも「何と言われようと売ったモンが勝ち」って事なんだろうか。
クリスマス。学生の頃は、友人らと自虐の限りを尽くそうぜとただ盛り上がれた。ここ数年、その時期には常に好きな人がいたのも相まって、真剣に悩んでしまようになった。今年も、いい感じと思ってた人に断られ、クリスマスぼっちも彼女いない暦もクォーター オブ 世紀。
クリスマスはただのきっかけなのだけど、昨晩から本気で胸が痛いのは、何故ここまで誰からも愛されないのかと思ってしまっているからだ。自分でいうのもなんだが、ずっと自分で頑張ろうと思ってそれを達成して、を繰り返して満足行く生き方をしてきている。社会的にも、そこそこには認められる生き方と思う。女性との出会いがないかというと最近はそういうわけでもなく、年に2、3人はこの人いいな、っていう人と出会うし、ある程度お近づきになっていくのだけど、恋人になるならないの場面には必ず逃してしまう。
それにお近づきになる場合も、最初向こうからちょっと興味示してくれたからとこちらがねちねちと(がつがつとはいえない)近づいていって、という形なので向こうから能動的に好きになってもらえたことはない。
なんでだろう。そんなに魅力ない人間に育ってしまってるかな、俺。女性のほうから、素敵な人に出会えたって思われることも過去の人生上一度くらいあったっていいじゃないかって思うけど、そんなことはないまま。
彼女なんていなくていいじゃん、って簡単にいえる人は一度くらい好きっていってもらったことがあるから「いつかはまた」って思えるんだろう。一度もない、親以外から愛情受けたことがないってこれだけ思えると、かなり切実になってくる。このままずっと、自分は今の満足を追い求めて生きていくんだよ。それはそれで、恋愛や性欲以外の幸せは存分に手に入れられて、幸せなんだ。でもそれだけでは、今までどおり誰からも愛されないと思うんだ。どうすればいいんだかなぁ。
http://anond.hatelabo.jp/20090103230639
両親とも九州の出で鎖国中も外国と交流のあった長崎に近いから、私の髪の毛の色が「染めてるの?」とツッコまれるほど薄く、ときどき金髪が生えてくるのは、祖先のどなたかが白人だったからじゃないかなあと子どもの頃から思っている。中国大陸のほうからはたくさん人が来ているから、先祖をすべて調べてみれば外国人の1人や2人誰でも居るもんだと思ってる。
友だちの顔だちは白人風で「どこかの血が混じってるの?」と訊かれるそうなんだけど「ええ、クォーターなんですよ。母が子どものころロシアに住んでたんです」と言うと100パーセント信じるそうだ。クォーターはウソだが、母親がロシア育ちなのはホント。でも、わからないだけで先祖のどこかに白人が居るんじゃないかなーと思う。そのくらい洋風。
ハーフだと自分の血がどこから来ているのかはっきりしてていいなあと思ってた。同じ国に生まれた男女よりドラマチックな出会い方しそうな感じがするし。はっきり言って日本人同士だと惰性で結婚することもありそうだけど、外国人同士だと「一緒にいたい」という強い意志がないと結婚できない気がするんだよね。そこらへんはどう? 「へえ〓、ご両親、熱烈恋愛したんだ?」とか訊かれるのは嫌?
「めくら」「つんぼ」「かたわ」どれも口にしちゃいけない言葉らしい。
最近じゃ「障害者」もダメで「チャレンジド」と言ってほしいみたいだ。
侮蔑語や蔑称(と誰かが認定するもの)はどんどん言い換えられていく。
まぁ、上にあげられたものはまだわかるが、
「子供」を「子ども」にしたり、「ハーフ」を「クォーター」、「雑種」を「ミックスブリード」ら辺になってくると、何だかよくわからない。
動物の名前にまで口出ししてくるのだから、とにかく狩りたいらしい。
アメリカ人が趣味で鳥を撃つようなものである。日本人はいつから狩猟民族になったのだろうか。
まったく、幼稚としか言いようがない。
さて、この「幼稚」という言葉は相手を蔑視し、見下す単語だが、これには何にも言わないのだろうか。