はてなキーワード: 雑魚寝とは
こんな夢をみた.友人と車でお祭りへ向かう途中,交通事故にあい幽体離脱.「あー死んじゃったかー」とか思ってグチャグチャになった車を俯瞰していると,僕の体は車から這いでて警察を呼び,友人と一緒に立ち去ってしまった.僕は取り残された.
こんな夢をみた。僕は中学校にいて、何人ものクラスメートと顔をあわせた。それも男女問わず、卒業から会わなくなった人達ばかり。最後に、初恋の人と食堂でてんぷら定食を食べた。そこで僕は、彼女は玉子が嫌いだったことを思い出した。あの中学校に食堂なんてなかったことも。目は覚めた。
こんな夢を見た.携帯が鳴り,研究室のソファから起き上がる.時刻は3時過ぎ.伸び上がって靴を履き,立ち上がる.と同時にソファで「目が覚める夢」から 目が覚めた.時刻は4時過ぎ.立ち上がる.と同時にまたソファで目覚める.時刻は5時過ぎ.6時,7時,8時.昼には諦めた.目は覚めていた.
こんな夢を見た。温泉から上がり部屋で一息つくと、脱衣所での忘れ物に気がついた。取りにかえるも、その温泉に戻れない。あるのはロビーと地下への階段。 迷わず下る。1/3ほど照明の点いたバーで、3人が飲んでいた。女性は言う。「私が代わりに探してあげる」。忘れ物はついに思い出せなかった。
こんな夢を見た。私は知らない農家の宴席で、その男の話を聞いていた。男は次第に興奮し、暴れ、自らの腹をナイフで抉った。私は取り押さえられた男の腹から一筋の血が流れる様子を眺めていた。「俺はあの牛なんだ」そう言い残した男は車で連れていかれた。
私は外へ出た。庭には一匹の黒毛牛がいて、気が違っていた。腰のベルトを外して叩きつけると、牛は逃げていった。それを横目で追いながら、川を越え、古いバス停に腰掛けたところで、読んでいた小説を閉じた。タイトルは「牛の首」だった。私は街へ下りることにした。
大きな駅の向こう側へ行きたくなって、地下連絡通路を目指した。下って歩いて上った先で、一人のセールスマンが待っていた。私は家を探していたことを思い出した。マンションの一室へ向かう。「紹介するのはここと同じ造りのお部屋です
お客さんは運が良い。ここのご主人は昨日自殺したので、誰もいません。見るなら今日です」フローリングは酷く黒ずんでいた。部屋を検分していると、喪服の女が階段の上に現れた。木製で高さのある螺旋階段は、このマンションには不釣り合いに思えた。
女は言う。「見よ、あの牛を。涎を垂らし、目を泳がせる、あの醜い黒毛の牛を」それは「牛の首」の一節だった。「ご主人はどちらですか。あの男ですか。あの牛ですか」「牛よ」そう答えた喪服の女は声を上げて笑った。私は部屋を出た。目は覚めた。
こんな夢を見た。高速道路のトンネルに入ると何十もの真赤なランプが光っていて、渋滞のようだった。車が完全に停止するまでブレーキを踏み込み、サイドを引くと同時に、警官に声をかけられた。「車を降りてください。指示に従ってください。」私は他の運転手と同様に非常口へ向かった。
先には窓のない畳部屋があって、黒い長机と弁当が並んでいた。奥から二番目の空席に腰を下ろす。右隣の男性の貧乏揺すりが続く。弁当はやけにコントラストが低い。向かいの女性は口を開けて呆けている。どこかでパキという音。戻ろう、戻ろう、私はつぶやきながら独り部屋を出た。
トンネルに警官の姿は無く、ナトリウム灯がまばゆいばかり。私は車を捨てて歩いた。出口に辿り着いたが、無機質な車列は途切ず、青空の下とても静かだった。脇にはトンネル名が刻まれた石碑があって、それをなぞる。五文字目で指先に鋭い痛みが走った。目は覚めた。
こんな夢を見た。夜祭の喧騒を抜けると、人のまばらな屋外ステージの中央で、男が何やら呟いていた。それらは全て、この地の死者が今際の際に発した言葉だという。石段に腰を下ろし聴き入る。殆どが呻き声でよく聞き取れないが、どれもこれも懐かしい。それらは確か、私の最期だった。
こんな夢を見た。私は窓の無い病院に何年も入院していて、その日は定期検診だった。入院患者の列に混ざって待っていると、前の一人が脇の通路を指差した。「そこから外に出られるかもしれない」
患者達は一斉に走り出した。初めは様子を伺っていた私も、後に続くことにした。無機質な通路を抜け、いくつもの自動扉をくぐると、急に冷たい空気が鼻に触れた。外は夜だった。私は、電灯に照らされた公園と人工の川に患者達が散る様子を眺めていた。
胸許の携帯が鳴った。「早く戻りなさい。外は身体に悪い」それは心の底から私を案じる声だった。「しかし、みんな喜んでいます。こんなにも空気が美味しいのです。こんなにも自由なのです。」話し終えると同時に、別の電話が入った。「ボートを見つけた」
それは汚いスワンボートだったが、迷わず乗り込んだ。ボートは勢いを増す。川底の石を蹴り、橋を越え、カモメを追い抜いた。ついには岩に乗り上げてしまったが、川岸からボートを押していると、その人数は少しずつ増え、豪快な波しぶきとともにボートは川に戻った。歓声が上がった。
ボートに再び乗り込んだそのとき、朝の光が目に飛び込んできた。「もう戻らなければならない」そう思った瞬間、電話で使った『自由』という言葉に重さを感じた。その言葉の意味に初めて気が付いた。目は覚めた。
こんな夢を見た。私は講座「反境学」のガイダンスを受けるため、大教室の扉を開けた。百名以上が座っていたが、私だけ後ろ向きの席に案内された。私の背中で女性講師が言う。「反境学について質問はありますか。」前を向いた学生の一人が手を挙げた。
「環境学とは違うのですか」「環境学も反境学に含まれます」「社会科学ですか」「あらゆる概念が当然含まれます」境界を無くす学問なのか、そう考えた途端、周囲の学生は消え、私は前を向いていた。講師と目が合った。「違います。」目は覚めた。
こんな夢を見た。私は想い出の場所に向かうため、登山をしていた。久々の単独行。ペースは上がり、森林限界を抜け、雪渓に差し掛かった。酷く咳が出る。雪渓は雪と砂が細かく混ざっていて、古い雪崩跡だと思った。視界の端に何かが映る。黒ずんで、痩せた人間の手が転がっていた。
足を止めた。酷く咳が出る。後ろから声がかかる。「ありがとう。○○さんは手伝ってくれるんだね。」初老の女性だった。「なぜ、私の名前を知っているのですか」「あなたに会ったことがあるからです」やはり酷く咳が出る。足元の誰かを、背後の誰かと掘り起こすことにした。
女性は言う。「ごめんなさい。もう、そのシャツの臭いはとれないね」しかし腐臭は感じない。いよいよ咳は酷い。掘り起こした誰かは、結局腕しかなかった。それもぐずぐずに崩れてしまった。私は手を合わせ、先に進むことにした。咳は血を吐かんばかり。痰が喉でゴロゴロと騒がしい。
すれ違った何人かの怪訝な目に、染み付いた腐臭を初めて認識した。視界が狭まり、白黒する。歩く。歩く。そうして日が沈む直前に、山小屋に辿り着いた。咳をすることでしか呼吸ができない。硬い床に雑魚寝する。眠れない。だからきっと白昼夢だったのだろう。こんな夢を見た。
私はベッドに横たわっていた。寝返りをうつと、そのきしむ音と合わせて時計が目に入った。時刻は午前二時五十分。外に錆びた自転車が見える。跳ね起きて質素な窓枠に足をかけると、不意に声がかかった。「子供はどうする」ようやっと、家族3人で寝ていたことを想い出した。目は覚めた。
リアルというわけではないが、夢なのに全部「現実味」があって、起きた時暫く混乱していた。
・賃貸を探す夢
賃貸を現実で探していたら、安い物件として和室の賃貸を紹介される。
和風ホテルの部屋のように連なっており、薄暗い神社の中に位置していた。裏は道場になっていて、朝起きたらすぐに剣道とか武道を練習できそうな感じ。
少し寂しい雰囲気が流れていて、ここに住むと落ち着くけど、同時にちょっと寂しすぎると感じた。ここで一回目が覚める
・賃貸に住む夢
その賃貸は既に借りられていた。中学時代の6人くらいの旧友が雑魚寝していて、知らない間に彼らは一緒になってその賃貸を借りていたのだ。
月2000円程で寝る事ができるらしい。隣の空き部屋を月ウン万で借りるか、雑魚寝して2000で抑えるか悩む。
外に出ると、荘厳な和風の神社のようだった。石畳を歩き、外の土地に出ると車が沢山通っている。
地震か災害で電車が止まったらしく、とりあえず新宿から歩いて家まで帰る事になった。
・冬山の夢
冬山に友達と来た自分たちは、「ゲーム」が既に始まっている事に気付く。ゲームで言うとr6s。
俺はカメラを設置し、バレなければいいだろうとゲームに参加してない人の車にもカメラを設置する。怒られるかどうか不安だが、ゲームがリセットされるときは自動的に消えるしいいだろうと思った。
雪山を進むと会館みたいなものがあり、俺はそれに入ると、俺以外の友達は出し物をして目立とうとしていた。
フラッシュモブ的に参加するらしく、俺が躊躇していると友達はみんな勝手に始めてしまった。取り残されて寂しい。
友達はゲームキャラのガジェットを使い壁を破壊し、中学の先生の後ろから、急に裸で出てくる。ゲームがリセットされれば壁は治るけれど……と、先生はあきれていた。
・賃貸の夢
また賃貸の部屋に戻り、食事を食べに行く。そこには小学校の先生もいた。
昼飯は海鮮丼で美味しそうだが、友達は俺の器をとるなり「ご飯多すぎるから減らしてやるよ」と言って、勝手に海鮮丼から素手でごはんと魚を半分取り除いてしまう。
しょんぼりする俺。ふつふつと怒りが湧いてきて、その友達がトイレに行ってる所に行き、そいつを殴ろうとするが当たらない。そこで一回目が覚めた。
・冬山と海
冬山に戻ると、そこは同時に夏の海があった。日焼けしたライフセーバー風のお姉さんが、俺の前に座って話している。人が居なくなった隙に、
俺はそのお姉さんに近寄り、「温かいね」といって抱き着く。お姉さんもまんざらではなさそうで、そのままこっち側に倒すと、キスをしてきた。
俺もそれに応えてディープキスをする。そのまま挿入しようとしたところで目が覚める。
●夢診断
現実で和室の賃貸を探していたので、それが影響したのかもしれない。以前も夢で似たような場所に来た気がする。
中学の友達が沢山出てきたのは、最近中学の友達とLINEしたからだろうか。ただその友達は一人もいなかった。
寝る直前にR6Sというゲームをしていたので、その影響かな。
小学校の時の友達に嫌がらせをされたのは、日中そいつが結婚したことを思い出していたからだろうか。「善意に見せかけた嫌がらせ」をして来る奴で、あんまり好きじゃなかった。
沖縄怪談を最近読んでて、小学生の頃、子どもだけで行くタイプの人生唯一の沖縄旅行で(まぁ私にも非がかなりあるけど)、
クソ田舎から来た同室の娘たちにいじめられた話を思い出したので書いてく。
noteに書こうと思ったのだけど、アカウント忘れてしまった。
一番年上(といっても1つか2つの差)の私が鍵係になる。
まずは最初の洗礼として、ホテルに着いて備え付けの水を一気飲みし、「ゴブゴブ水を飲んだからゴブちゃんね」と出会って3秒でdisられる。
その部屋は二人部屋を三人部屋にした部屋なので、一つだけ折り畳みの簡易ベッドだった。
「ベッドは早いもの勝ちってさっき決めたから、ゴブちゃんはそのベッドね」
この時点で相手が女の子じゃなかったら多分馬乗りになって殴ってたと思うけど、女子には優しいボーイッシュ女子(自称)なのでグッと堪えた。
しかし、二人でつるんだ幼い娘、しかも地方の村から二人でやってきた幼馴染は無敵である。
「ゴブちゃんが居ないと私たち部屋に入れないから留守番しててね」と、オートロックの部屋に置いてかれる。
明けて二日目。
ゴブちゃんは張り切っていた。
奴らが早いもの勝ちと言ったのだ。鍵もサッサと受け取ってダッシュ!!
バッとツインのベッドに座り、心でブンブン尻尾を振りながら「どや!」と生意気娘を見る。
ところが娘たち、気まずそうに顔を見合わせて一言。
「あのね、ゴブちゃん。私たちで話し合って、ベッドは昨日と同じって決めたんだ」
なんと人間としての投票権さえ用意されてなかったし、ルームメイトとさえカウントされてなかった。
ショックの余り泣きながら、「なら私も話し合いに加えるべき」「絶対退けない」とワンワン泣いた。
そして転んでもただで起きないゴブちゃんは、余りにムカついたので鍵を持ったまま男子たちと遊び始める。
男子たちと飛び回って戻ってくると、同じ部屋に集められている年少の子たちをそばに寄せて二人がヒソヒソと話している。
そしてチラリと私を見てニヤリと笑い、「すぐ怒って危険だから近寄っちゃダメ」
はあー????
余談だけど、その日撮った写真にはオーブがめっちゃ写っていた。
その翌日、なんか素直にベッドを譲って貰い、わかれば宜しいとばかりにすんなり就寝したゴブ子。
翌日、二人娘は年少の子を呼び出して、鬼ごっこや手遊びを教える
「あ、ゴブちゃんはそこが好きなんでしょ? そこ動いたらベッド取られちゃうかもよ??」
は???
悔しさに涙ぐむ私を残して、ベッドの上で渡り鬼を始める田舎娘。
年少の子のうち一人が私のベッドを踏むとすかさず、「ダメだよーゴブちゃん怒るからー。怖いよー」
幼い子どもたちの同情の篭った瞳が益々に惨めさを誘う中、幼い子たちを連れて居なくなる二人。
惨めさに一頻り泣いた私……この後は、鍵を返して帰宅。てことは。
「自分の荷物を運び出して、この鍵を『うっかり』フロントに返してしまえば、チェックアウトギリギリに戻ってくるだろうあの二人は、荷物を取り出せない。大人に怒られる」
ゴクリ。
とりあえず荷物を纏め……後はドアを……。
けれど悪者になりきれなかった私は、ドアノッカーを引っ掛けて、完全にドアが閉まらないように出て、鍵を返す。
財布をすられたってしるものか、そこまで面倒見切れない。
その後はロビーで楽しく遊び、仲良くなったお姉さんたちに可愛がられ、男子とも遊び回り。
沖縄の少年少女とも仲良くなって、トータルでは最高の旅行だった。
そう、他の良かったことは余りに感動したせいでぼんやりとして、テレビの企画の格安旅行だったので随行していたMCとADにウザ絡みしてカメラの回ってないとこで舌打ちされたこととか、
わざわざ日本の端まで来て派閥を作るケツの穴の小ささが小型犬並の女子のことばかり鮮明に残って小骨のようにチクチクしていた。
だから、今回これを書いたことで、その小骨を供養してしまいたいと思う。
旅行の金をカンパしてくれ、焼酎が苦手なのに私の買った泡盛を美味しそうに舐めていた祖父もボケ、きっと意地悪娘も人の親になっただろう。
だから、あの頃の意地悪娘たちが、当時の自分たちくらいの年齢になった娘を意地悪娘にしてないことを、これを読んで、幼い頃になんの気なしに飲み込んで忘れてしまった骨の後味の悪さを思い出してくれる事を祈っている。
雑魚寝館を知らないのかな?
昔からルーズでヘラヘラしてたけど、愛されキャラって言うの?叱られつつも気に入られる魅力的な奴だった。
大学で会って、研究室も隣で、毎晩のように学食で蕎麦すすっては肩組んで俺の部屋に帰り雑魚寝する大の仲良しだった。
就職してからはお互い会うことも随分減ったけど、年に5回程度、安居酒屋で呑んでは〆の蕎麦屋に繰り出し、やっぱり肩組んで俺の家に縺れ込んでは呆れた妻に2人一緒に締め出される仲だった。
4、5年前に、デートをすっぽかし過ぎて彼女に振られた〜つって泣くから、俺の妹の友人って子を紹介した。どうせ彼女の二の舞さだとか笑ってたのに、ハイスペ美人で超真面目なその子と、ゆるゆるルーズで適当なそいつは妙にウマがあったらしく、紹介した一年後には結婚までしやがった。ご祝賀に幾ら払ったと思ってんだこの野郎。
お互い結婚してから、俺も子宝に恵まれて、こりゃあ前みたいに呑みには行けねえななんて笑ってはいたけど、やっぱり半年に一回程度はおんなじように飲んで、おんなじように蕎麦啜って、俺ん家に帰宅しては、娘に足でつつかれてた。
ちょうどそのぐらいの頃だったか、変な咳するようになってて、心配だからテメェ病院行けよとかいうんだけども「うんうん」頷くものの次会った時に聞くと行ってないってのの繰り返しで
奥さんも痺れを切らして無理矢理病院に連行したときには、結構進行してた。
とは言っても、ガンなんて最早死ぬ病気ではないから、通院して抗がん剤治療、仕事も暫く休職して、目処が立ったら復帰ってことに決まって、まあまあ良かっためでたしめでたしって予定だったのに
あいつ、病院にちゃんと行ってなかったんだと。医者も困り果ててて、治るものも治りませんからね!とかちょっとばかしキレてたらしい。俺はそいつの奥さんに呼ばれて説教しに会いに行ったのに、病室で痩せ細って、ガン独特の匂いのするあいつに会って落ち込んじゃった。
ADHDってのも考慮して、もう入院。手術します。治るまで退院させません。とか取り決めて、じゃあ頑張れよ、とあいつには言って、偶々あったそいつの主治医に謝って、奥さんにも「とんでもねえやつ紹介しちゃんてすみませんね」と誤って「ほんとに💢」と横腹に軽いパンチ食らって帰ってきて、心配で堪らなくて寝れなかった。
うちの妻に「死んじゃったらどーしよう」とか柄にもなく泣きついて、妻はやっぱり呆れて「○ちゃんの方が可愛そうだべさ」と憤慨していた。
それからね、早いもんだな。
すぐ逝っちゃった。ちゃんと抗がん剤治療受ければ治るって言われてたのにな。
なーんで、ちゃんと出来ないんだか。いっつもあいつを叱ってたんだよ。レポートの締め切り明日だけどやったか?今日の宿題持ってきた?卒論書いてる?就活してる?つって。せっついてせっついて漸く人並みに持ち上げてやってたの。
頭いいやつだったよ。結局勉強しなかったわ〜とかヘラヘラしてやってきて、余裕の最高得点。就職するって言い出した時も、先生達が慌てて「君は博士課程に行くべきだ」と説得しに来たぐらい。
誰にでも好かれてて、気前が良くて、裏表もなく正直で、自分にも甘い分他人にも甘い。だから一緒にいて疲れなかった。あのぐらいの年頃だと、みんなギラついちゃってて、何人とヤッたとか、いくら稼いだとか、社名を出せば余裕wなんつってエリートの俺様やってた中で、ほんわかヘラヘラしてるあいつは癒しだった。
ちゃんと面倒見てれば良かった。毎日LINEで病院行ったか聞いて、既読がつかなきゃ電話して、電話にできなきゃ家まで凸して首根っこ掴んで連れて行きゃよかった。自分の面倒は自分で、とかいうけどさ、それが出来ねえ奴もいるんだよな。自分の面倒も見切れない奴は死ねだとか、そんなこと俺には言えねえよ。自業自得なのは俺だ。奴が死んで悲しいのは俺だった。
愛されて、せっつかれて、叱られて心配されながら先に逝けて羨ましいよ。最後までずるい奴だった。
俺が後悔してる以上に、奥さんが後悔してんだよ。テメェはまた無責任にお腹に子供残して死ぬんだから。世話ねえよホント。
葬式で声もかけられなかった。ずっと泣いてたし、ごめんねごめんねって謝っててさ。謝るのはあいつの方だよな。自己管理もできない甘ちゃんが悪いのにな。どうしようもない奴紹介しやがってって妹にはどつかれた。
死んでもう二年経つけど、未だに蕎麦食えねんだよ。死んだのは冬だったけどさ、夏になると蕎麦食えねえせいで思い出すの。マジでくだらねえよ。ほんと、どうしようもない奴だった。
でも、惜しい奴を亡くした。
悔しい。
テメェのせいで今年も最悪の夏だ。
今日の朝起きたらニュースで熊本県の球磨川が大雨で氾濫して周辺が大変なことになってるのを知った。
一戸建ての家が多く二階の半分ぐらいまで水に浸かっている家が多いように思われた。水が引いて掃除が住むまで家にすぐには帰れない人が出る。
そういった人たちは家の復旧までどこで寝起きするのか?ホテル、知人の家、避難所だ。
災害で避難したことがある人もない人もテレビの映像等で避難所がどんな様子か知っているだろう。
しかし、避難所ではしっかりした作りの区切りがあることすら稀で、大半は雑魚寝だ。
このような他者と空間を共有しなければならない条件では、他人の体を触るといった性的暴行や、人気のない簡易トイレで強姦するといったことが、平常時より容易に行える環境に思われる。
性犯罪は平常時でさえ被害者が責められがちであったり「まさかあの人がそんなことしないよ」と信じられにくかったりするが、ましてや多くの人が財産を失った避難所では性犯罪被害が無視されがちだと思われる。実際に、避難所での性犯罪は報道されている。
被害にあうのは誰か?平均的に男より体格が小さく力の弱い女だ。小学校低学年の男児かもしれない。
性的欲求を満たそうと性犯罪を犯す奴ももちろんいるが、うっぷん晴らしに弱者を痛めつける奴もいる。
「うちの家族に若い女はいないから大丈夫」「私はもう年だから狙われない」ではないということを知っていてほしい。
実際、50歳の母親が性暴力に遭ったとして言い出せるだろうか?言い出せたとして周囲や警察は若い女の被害者同様に心配するだろうか?
7歳の男児が女性あるいは男性に性器を触られたとして、家族は周囲や警察に訴え出れるだろうか?
災害後すぐに立派で安全な避難所を建設するのは無理だ。しかし、避難所の内部を男と女で区切るだけならすぐにできる。
東日本大震災の時は男女別で仕切るよう訴えた女性を避難所のリーダーが退けた話があるが、女性なら自分を守るために、男性なら自分の家族・知人を守るために避難所を男女別で区切るよう主張してくれ。
あなたが避難していたとして、避難所を男女別で区切るよう訴えている人がいたら賛同してくれ。
豪雨の季節だ。大震災時とまではいかなくとも、数週間の避難所生活を送る事態は誰にでも起こりうる。
避難することになったお前らが男女別で区切った避難所を実現すれば、日本の男女別で区切る避難所が当たり前になり災害時の安全が今までよりも保障されるようになる。