はてなキーワード: 絵空事とは
ネタのようで、実はかなり本気で考えていたりします。もちろん、そんなことは絵空事なんですが。
ネットゲームをやったことがある人はわかるかもしれませんが、初期値を割り振るという操作があることがあります。
合計値で100持ってて、力やら知能やらに割り振っていく。力に多く割り当てると、それ以外のパラメータは必然的に
少なくなってしまうってやつです。
これと同じく、来世は常識とか知能とかは最低限の値でいいから、イケメン値に全振りをしたい。
異論はあるでしょう。
いや、私はそうしたいってだけです。
とにかく、顔がいい、スタイルのいい、ファッションやトレンドに敏感な男に生まれたい。
今得意なこととか全部できなくてもいい。
とにかく、イケメンリア充になりたい。(ブサンボマスター的な)
そのために、あと数十年の人生において、やっておくべきことを教えてください。
善行を積むとしたら、なにをすればいいの?
好き嫌いなく、食べればいいの?
もう二度と、想いを寄せた人に、キモい、嫌い、死ねって言われない人生を、来世で歩むために
このターンですべきことを教えていただけると幸甚です。
世の中に迷惑をかけない程度に、あと数十年は生きていけるように。
こちら19歳ゲイ、ノンケとして生活してるが思うことをつらつら書いてみる。
・ゲイについての考え
これは捉え方次第だと思うけど、自分の場合はマイノリティーであることをむしろラッキーだと思うことにしてる。
世間でいわゆる”普通”とされること、例えば結婚、子育てなんかは難しいし、挙げた2つは人生の中での一大イベントでもあるから、確かにそれを考えると辛いことかもしれない。まあでも、ゲイであることは変わらないから仕方ないよねって思ってあっさり割り切ってる。
今はネットでゲイフレンドなんてたくさん探せるし、ゲイっていう共通点があるだけで普通なら絶対会わないような人に会えることなんかは割と得な点なのかなあと思ってる。
・仕草がでる
ゲイっていっても色々カテゴライズされてる(多分)わけだが、自分の場合は”男として生きたい”タイプ。でも、いわゆるオネエっぽい仕草が出てるらしいんだよね。実際、自分は男っぽく振舞ってるつもりで自覚症状は無いんだけど他人からよく言われる。
自分みたいなタイプは実際多いらしいけど、本当にこればかりはなかなか直すことは難しい。意識してるものじゃないからね。思うに、日本の場合、ゲイ=オカマっていうイメージというか意識を根底に持ってるから自分もそうなってしまったのかな?って思ってる。
ゲイへの認識を広めたいだとか、理解を深めたいとかいう人は別だけど普通の人は別に必要ないんじゃないかなと個人的には思ってる。正直リスクが高いのが問題。どんなに仲のいい友達、親だとしても”ゲイ”に対してどういう思いを持っているか、はたまた身近にいることを知ったらどういう反応をするかなんて予測することが難しいし。多分大概は受け入れてくれると思うんだけど、自分の場合は逆にカミングアウトした後にその人が実際心の中でどう思ってるのかをずっと想像してしまうと思うんだよね。
あとは、ちょっと相手の態度が冷たかったりなんかしたときは、自分がゲイだからかなあなんて全部に”ゲイだから”っていう理由付けをしてしまって結局カミングアウトしたことを後悔なんてことになるんじゃないかなあと思う。
カミングアウトの必要性について語ったけど、自分もリスクが”全く”ないなら絶対にするだろうね。少しでもリスクがあるならしないけどね。
まあだからこそ、自分が性的マイノリティーだってことを堂々と公表してる人は本当に尊敬してるし、身近にそういう人がいるんなら前述したことを少し思い出してもらえたらと思う。
・ノンケへの期待
大体ノンケからするとゲイは脅威というか襲われるみたいな意見が多いと思う。自分の場合、ゲイの友達が多いわけではないので一概に言うことはできないが、少なくとも自分の場合、100%無理だと分かってるから手を出すことなんて絶対にあり得ない。
実際小学生、中学生くらいのときは「こいつ…、もしかして俺のこと…!?」なんて絵空事を考えていた事があったことは否定しない。大抵そういう幻想が打ち砕かれるのは、そいつがあの女優は可愛いだの、クラスのあの子が可愛いだの女の話をしてきたときだったのは割と覚えてる。
アニメや漫画なんかでは「お前も男が好きだったのか…!!」なんて話はあるけど、所詮は非現実のこと。10人に1人はゲイとは言われているものの、実際に身近にゲイなんて滅多に滅多に滅多にいない。そういうわけで、期待は全くしてないし手も絶対に出さないね。
ゲイ同士が出会うことは実際簡単でアプリを利用して出会う場合が多い。
ただそのアプリが悩みの種なんだが、顔又はプロフィールでその人を全て判断するしかないからコンタクトを取ることがなかなか難しい。
大体顔が良くなきゃチャットすらもしてもらえないからね。ゲイを隠してる自分にとっては例えゲイしか使わないアプリだとしても顔を晒すのなんてリスクの塊すぎてハードル高いんだよね。でも載せなきゃ出会いはほとんど無いわけだし…難しいわ。
あと、大体出会う=ヤるみたいな感じになってるところも悩みどころ。というか実際プロフィールにも「ヤリ目です」って堂々と書いてる人も多いんだけどね。自分は”恋愛”を楽しみたいと思う派だから、その点に関してはノーマルだったらなあと思うところではある。もちろん普通に恋愛してる人もいる。
もしかしたら、変化の早い業界であるから、今はもっと広い意味を包含する何かがあるのかもしれない。
それはそれとして。
我々は、ユーザインタフェースをデザインすることにより、間接的にユーザエクスペリエンスを実現している。
なお、ここでのユーザインタフェースとは広義のユーザインタフェースを指しており、画面上の視覚要素の配置には留まらない。
ユーザエクスペリエンスの計画とユーザインタフェースへの反映は、人間が親しみやすいデザインをするために、大いに役立つ。
役立つはずなのだが。
いつの間にか、ユーザエクスペリエンスという名の絵空事でユーザインタフェースが計画されるようになってはいないだろうか。
ユーザーエクスペリエンスの名の下に、ユーザーが望みもしない体験を押し付けられる事例が、多過ぎやしないだろうか?
ユーザインタフェースは、ユーザエクスペリエンスの実現手段である以前に、使用者との接点なのである。
あなたがぶち上げた高尚な経験は、もしかすると、それはそれは素晴らしいものかもしれない。
しかし、それはまず、ユーザインタフェースとして適切かどうかを判断してから、それから実現すべきなのである。
そのユーザインタフェースは、使用者にストレスを与えるものでないか?
そのユーザインタフェースは、過度に装飾的でないか?
そのユーザインタフェースは、過度にシンプルでないか?
そのユーザインタフェースは、そもそも使用者が正しく使用できるものか?
そのユーザインタフェースは、ユーザとの接点として機能するか?
はてなにしろ2chにしろ、00年前後ははわりとぽわぽわしてて礼儀正しく、害があっても広がりにくかったし、各ポータルサイトもゲスさは無かった。
2chは便所の落書きと言われてはいたが、馴れ合いによる相互承認や、情報を求める意識を持った参加者たちで良い空間を作ろうみたいな意識もあったし、クソくだらないジャーゴン(オマエモナーなど)を共有して生まれるゆるい一体感もあった。
今はそうではない。
陰湿で、攻撃的で、快楽主義であり、セクト意識(裏切り者を許さない)はあるけれど共同体意識(助け合いと相互承認)はほぼなくなった。
2chで「氏ね」ではなく普通に「死ね」と使われ始めて久しい。もうみんな心のブレーキがなくなっている。
ネットは「叩くことで上に立ったかのように振る舞う、安上がりな自己欺瞞や他者へのアピール」でありふれている。
中には「叩くこと」への快楽に目覚め、それを目的化し、それを正当化するための言い訳としての「誰かの失敗」と「正論」を求める人もいるように見受けられる。
なんでこんなになっちゃったんだろう?
00年代頃はまだ限られていたインターネット利用者だが、格安ブロードバンドで普及を見せ、その後スマホを介して国民のほとんどがネットの参加者になった。
社会に出て一生懸命働いている人たちや真面目な学生は平日昼間にネットに入り浸ることは少ない。
平日昼間のネットを支配しているのは、無職、ニートである。その中で暗い要素を持った集団を抜き出すと「仕事にあぶれて苛立つ求職者」「世の中を諦めた世捨て人系無職」「登校拒否の延長の引きこもり」「うつ病神経症統合失調症といったメンヘル」「発達障害などで社会に適応できなくなった人たち」「終わらない家事と身近なストレスで心の許容量が狭くなった鬼女」「世の中舐めてる陽キャのニート」「レールからそれて戸惑っているニート」「世の中に喝を入れたいリタイア組」・・・。まあ、とにかくたくさんいるわけである。
もちろん、悪意のある抽出であり、心のきれいな方々もたくさんいるのだが、悪貨は良貨を駆逐するものだ。
そういった人々は暗い感情や怒りを、炎上の快楽で気晴らしするのである。いわばweb放火魔だ。
火を生み出す力の喜び、何かが燃えていく光景を見つめる陶酔、生贄を取り囲む祭りの高揚感・・・。
彼らは毎日ネットに入り浸るうちに中毒になり、炎上が目的化する。
ニコニコ黎明期のようにクリエイティブな方向で承認を求めていれば平和だったのだが、今のニコ生はDQNのほうが受けやすい。
はじめしゃちょーやヒカキンみたいな発想力とパフォーマンスを持っているわけでもない人たちは、過激な毒のショッキングさで目立つしかない。
これはネットの言論空間にも言えることで、有吉や張本みたいに「きっつい毒舌」「鋭いお叱り」を出来る人間が承認されやすい。
熱心な語りもいらない。消化しにくいからだ。
つまり、ワンフレーズで響き、嘲笑と「俺たち情強だよな」といった満足感を生むネガティブな言論をしたがり、見たがるようになっているのだ。
問題は、そういった平日昼間の言論が「ネットの声」「ネットの常識」とされて一般層へ輸出され、ネットの文化となり、新たな放火魔を教育してしまうことだ。
本来ただの過激派、愉快犯にすぎない言論が、いつの間にか「民主主義」になってしまう。
現実でも起きうる/起きているかもしれない事態が、ネットではものすごい勢いで波及している。
誰かが火を消さなければいけないのではないか、誰かが防火壁を作らなければいけないのではないか。
ホッブスによれば自由とは混沌であり、万人の万人に対する闘争だなのだ。ネットはそちらに向かいつつある。
東浩紀はネットにルソー的社会を求めたが、あんなものは絵空事である。
「私達には関係ないこと」と高みの見物を気取る人たちは、いつか自分たちが悪意の生贄にされるかもしれない未来を予期していない。
自分のところまで悪意が登ってくる可能性を考えていないのだろう。しかしすぐとなりをよく見てみると良い。
シェルターの中にいる隣人が、悪意の炎を瞳の奥に隠しているかもしれない。
大人たちが壊れてしまう空間なのに、子供にリテラシーとかいう頼りない防御策を教えて何とかなると?
ネットの治安を維持するための善意の言論を発信していくべきだろう。強硬的な手段ではなく、新しいモラルを共有できる仕組みを考える段階に来ている。
それと同時に平日昼間勢の心を癒やす必要がある。彼らの本当の問題はネットではなく現実にある。現実が変わらなければ彼らは変わらないだろう。
ネットと現実はリンクしており、ネットは日本の未来の実験室である。このまま手をこまねいて見ていれば、現実社会も今よりさらに厳しいものになっていくだろう。
死刑廃止賛否を問うの国民投票があったとして、個人的に「賛成」に投票してもいい条件を考えると次のものになるかなと
既にあるものを廃止するのだから、制度に兌換性がないと嫌なわけです。
また、重罪者を国が死刑にしてくれるからこそ、許せているもの許容できるリスクってものがありますね。
なので、死刑の存続を望む多くの国民が納得するに足る理由が必要でしょう。
全部は無理だってのは分かってるけれど、簡単な方から三つは達成されないと話にもならないですね。
これは当然だと思いますね。
死刑が妥当と言えるようなシリアルキラーはいかに彼が改心したと言おうと
恩赦や仮釈放の対象としない、絶対的な終身刑は必要だと思いませんか?ですよね。
死刑がない上に、現在の様な軽い量刑では犯罪抑止力はないので、懲役200年とかってレベルの量刑になるようにすべきでしょう。
人二人殺して懲役20年=実質5年で出てきます、なんてお話にもならないですね
とは言え日本の事ですから、終身刑なんて簡単にはならないでしょう。だから、これは不十分です。
id:IkaMaru 終身刑が導入されているのに死刑相当の犯罪者が釈放される前提なの? 自分でも何を書いてるのか理解してないでしょ
やはりというべきか、はてなサヨクは日本語が読めないレベルの低能なんですね
なんという頭の悪さでしょうかw
馬鹿の為に補足してみましょうか
とは言え日本の事ですから、終身刑なんて簡単にはならないでしょう。だから、(終身刑が存在しても釈放されてしまう凶悪犯が多いので)これは不十分です。
重罪を犯して(仮)釈放された人間にはGPSによる追尾システムと個人IDによる検索で
どこに住んでるのか?何をしてるのか?を誰でも知れるようにすべきです。
何をしても死にはしないと高を括った性犯罪者や、強盗犯、放火犯が野放しとかあり得ないんじゃないでしょうか。
同様に犯罪者の居住可能な物件は、明示的に表示してほしいな。犯罪者不可の物件にしか住みたくないので。
だって、どうやっても死刑にならない犯罪者が野放しなんでしょ?怖いね。家に居るときくらいは安心したいよね。
オートロックの内側に、恩赦されたシリアルキラーがいるかも?、それはあり得ないって思いませんか?ですよね。
これも上述の物と同じ。
民間企業に、何をしても死にはしないと高を括った性犯罪者や、強盗犯、放火犯が就職する可能性があるのは怖いですね。
また教職や公務など多数の国民の利害にかかわる可能性の高い職業への就職も制限してほしいですね。
冤罪防止の観点で言われますけど、運悪く自分の同僚や隣人となった重罪者がどういった奴なのかを理解する為に公開してほしいですね。
情状酌量の余地のない重罪の起こる理由の大半が、金か性欲でしょう。
その内の金の方でギャンブルによる借金などが発生しない様にすべきだし、また高金利の借金を規制すべきでしょう。
同時に制度維持にかかる費用=終身犯の生活費や施設の建築費のために、酒税など犯罪と相関の高いものに間接税を設けるか増税してほしいですね
情状酌量の余地のない重罪の起こる理由の一つである性欲の発散をさせるために、(キャバも含めて)風俗は公営化すべきでしょう。
その利用者を国が管理して治安維持情報として利用すればいいんです。
要は強盗・殺人犯なんかは逮捕しないで現場で射殺する事を今よりも遥かに容易にしてほしいんですよね。
銃刀法を緩和すれば悪党は銃を買うだろうし、自衛のために多くの国民も銃を買うでしょ。
そうすりゃ警官の発砲も、臨機応変にせざるを得なくなって現場射殺も普通になる。
アメリカでも、柔軟化持ってない黒人が誤認によって射殺されて大問題になってるけれど、
死刑を廃止するのなら、その程度のリスクは許容していただきたい所だね。
犯罪現場で重罪犯を射殺できる環境が整ってないなら、死刑存置でお願いしたい。
国に刑罰を委任する事で、死刑に値する人間を裁いてくれると信じているからこそ、刑法を受け入れられている。
家族を失った悼みを晴らす手段がないなら、国に刑罰を委任する価値はない。
死刑をなくすのであれば、お上に届ければ、遺族による仇討ちが認められるように中世に戻してほしいね。
どこの国に行こうと、探し出して仇は討つ。
高校のころ伊藤整が愛について書いた評論を読まされたことがある。
十年以上も前のことだし記憶もあいまいなのだが、内容は「西欧(キリスト教)でいう無償の愛とかいうやつは日本では無理www反論ある奴はクソブス女でも愛せるのか言ってみろ!おらっ!」みたいなものだったと思う。
高校生だった自分は「ああたしかにそうだ」とえらく納得し、愛というものを絵空事のように感じて、男女間にあるのはただ性欲と情だけなのだという彼の論旨を素直に受け容れた。
大学に天使のような女の子が居たのだ。彼女は今でいうスクールカーストの上位層だったのだが、誰とでもわけ隔て無く接し、卑劣な裏切り行為をした相手に対しても幸福を祈るというような少女だった。
いま思えば彼女はクリスチャンだったんじゃないかと思う(そういえば名前も聖書に出て来る女性風の名前だった)のだが、当時の自分には彼女が全く理解できず、上述した伊藤整の評論の内容を軽く非難めいた口調で説いたりしていた。
いま思えば赤面ものの行為なのだが、彼女はそれをニコニコしながら聞いていた。
そして最近、キング牧師が愛について説いた説教を読む機会があった。
これも一読しただけでうろ覚えなのだが、要約すると「『愛』と『好きになること』は別物である。神が私たちに『敵を好きになれ』と言わず『敵を愛せ』と言ったことに感謝すべきだ。私たちは、憎む敵を好きになることができなくても、彼のために祈ることはできる」という趣旨だったと思う。
これを読んで今まで持っていた伊藤整流の「愛」観が崩壊した。伊藤整は通俗的な「愛」のイメージで問題を論じていたのではないか。
なんとなくネットサーフィンしてたら、表題の問題が書いてあって「そんなの無理だろ」思ったんだけど風呂入ってたら案が出てきたので書く。
(※売上2倍のみなのでとりあえず利益はおいておく)
静岡空港の売上を2倍にするってことは、静岡空港の横に第2静岡空港をつくる規模感の話だなと認識した。
ぐるぐる考えた結果、多分ハブ空港化し、かつ静岡空港の周りをトランジット遊びエリアにして航空会社WIN, 乗客WIN, 遊び場増えて静岡WINをつくるのがベストな気がしてきた。
以下頭のなかを説明する。
空港の売上ってのは、①テナント料②飛行機の離発着料(空港使用料)の2種類。どちらも結局は空港に来た人が払うものだから、やっぱり飛行機の便を増やして、人を増やすしか方法がない。
ちなみに①と②を比べると、②が遥かにインパクトデカイって書いてたから、勝手に①が2割、②が8割にする。
さて、じゃあ静岡空港が他の空港(羽田とか)と違う所が何かって言うと、静岡自体にはあんまり用事ない。それに対して多分離発着料が安い気がする。地価やすそうだし。
そんなところに飛行機増やそうとすると、「静岡に来る」目的の人の利用する飛行機は増やせなくて、「静岡を経由してどっかいく」目的の人を増やせばいいんじゃないかと。
航空会社のメリットとしては、海外便の場合は静岡(日本)で一回トランジットすると給油できるから燃費良くなる便が出てくるはず。また、成田で離発着するより費用が安くなる。
乗客にとってはトランジット目的なら成田でも静岡でも一緒。静岡空港の作戦としては、トランジット中に一旦入国してもらって日本で遊ぶ環境を整えたほうが面白いと思う。
静岡は東京・名古屋にも割と出やすくて、近くには富士山もある。JAPANESE TEAもある。日本人からすれば辺鄙だけど、日本に来たら東京から広島まで2週間で観光しちゃうような海外の人にとっては、1時間半くらいで東京に出れる静岡はトランジットとしては十分ななんじゃない?
また、静岡空港の周囲に遊ぶエリアを作ってあげれば、6時間トランジットあれば入国して遊べます!みたいなプランが作れるよね。
飛行機の路線って、色々入り組んでるけど「このパターンの旅行がしたい人はこれがベスト経路!」みたいなターゲット絞った路線を作ってしまって、かつ若干の時間調整にハブ空港を観光場所化しちゃうのって割とニーズ有ると思うんだ。
今の売上を2倍にしようと思ったら、今のテナント料を値上げして0.2×1.5=0.3, 飛行機数1.5倍で0.8×1.5=1.2, 足らずまいの0.5を周囲の観光資源からテナント料貰っちゃうなんてどうでしょうか。
今なん路線あるのかわからないけど、もう4路線くらい増やして、めざせ空港規模1.5倍、売上2倍計画。
とまぁ絵空事を書いたとして、ガチで2倍にするならやっぱり空港を広げなきゃだめだろうなぁ。そうなると投資判断の腰が重そうだなぁ。
と、ここまで考えておいて順番が逆ですが静岡空港について調べてみよう。
外コンとかで働く人はこんなのすぐ思いつくんだろうな。