「劣等感」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 劣等感とは

2012-01-22

http://anond.hatelabo.jp/20120114072429

残念、年収700万のイケメンだよ。


学生の時は普通に彼女いたなぁw彼女にしようとした女の子とは必ず付き合えてたしww


その時からモテてたよw


そんな状況で劣等感とか持ちようないよねw


日頃増田非モテが世の中を嘆いてる中で格差を見せつけるのが楽しいだけだよwww


世の中無常だね。

ああ、後Webに載ってる事を簡単に型に当て嵌めて悦に入るのもいいけど

他人に向けてそれをやると即馬鹿だなって思われるからやめたほうがいいよ。

2012-01-19

就活ぶっこわせデ​モ」×岡田斗司夫 その他 まとめない

http://anond.hatelabo.jp/20120119002919 以外の部分。

目的は?問題の対象は?落とし所は?行動者は?君等が理不尽だって言ってることって大人に入ってもあるよ?

 今から大人になろうってのに、そこ避けて通りたいってどういうこと? 

 理不尽だと思うなら自分で何とかしていくもんじゃないの?」



◆「就活しないといけないの?」

 不満があるなら、何か自分ビジネスすればいいのではない?

 就活と比べてビジネスする方がハードル高いって言うなら就活すれば?

 いろんな不満とか自分に合わないってマイナス要素を考えて

 それでも就活を選ばないといけないのかな?

 就活デモを発展させてちゃんとビジネスにすればいいんじゃない

→「就活しないといけないの?」って問にちゃんと答えられないで

 就活するために大学まで来たほかの学生に対して何を訴えるの?

 ビジネスみたいな形で責任は取らずに、

 他の学生を偉そうに啓蒙しようとか美味しそうなところばかり

 やりたがってるんじゃないの?

自分はいいんだけど、とか

 「就活してもいいししなくてもいいしと思う」。

 「他の人は」「多くの人は」「マクロ的には」みたいな口を利くな。

 「経団連がー」「実態として」みたいなわかったような口も聞くな。

 みたいな中途半端な人が社会運動を言ってどうする?



 

◆全面に敵がいる状態で戦うのってつらいよ?って言ったとき

 「頑張ります」って返答をするな。アホなのか?

→誰が味方になってくれそうか?どうすれば就職生の一部でも参加したくなる活動を考えられる?



◆なぜ自分は選ばれないのだろう、と考えると劣等感を持ってしまう。

 そうじゃなくて彼らは人の選び方がわかってないと考えれば

 眼の前に道がすっとひらけるのではないか



◆「女に注文が多い男は恋愛経験が少ない。

 同様に、注文が多い人事は、学生を観る力がない。

 何のためにやっているのかわからない煩雑手続きを多くする企業なんて

 ただのバカじゃなくて、圧迫などなんでもないじゃん。

企業からしたら、高卒の方が大卒より使えそうなんだよね。

 人材を育てるなら企業大学を買えばいいじゃない?

 教養はそうやりたい人間が個別に大学に行けばいいじゃない?

 企業からすれば内田樹みたいな主張は

 綺麗事を通り越して大学側のエゴだわな。



◆君等だってそもそも特権階級労働者の敵なんだよね。

 大学に行ったってだけ、でたいして働きたくもないのに面子のために就職しようとして

 ほんとに真面目で働きたい人の職の口を圧迫してるよね。そういう目線を持ったことある? 






◆こっから内容と関係ないネタ

宮内くんが女をいらっとさせる理系男子9つ」の条件を満たしすぎていてワロタ

「具体的には?」とかほんとに言いやがったーしかも目上にwww

あと、岡田一生懸命普通の人でもできる方法」を考えてるのに

岡田さんは成功されてるからそう思われるかもしれないですけど」ってふざけんなwオレならこの時点で殴るわ。

さすがに岡田も(#^ω^)ピキピキしとるがな。 「こいつ、偉そうに仕切るなー」とか言われとる




子供かよ。自分の気持を聞いて欲しい。気持を伝えたい

自分にはこれができない。だから教えて欲しい。

から企業はもろもろの事情考慮してくれないと」ってなんだよ。

「辛いからやりたくない」ってのはいいよ。

でも、「辛いから変えてください」って言っても、

相手に何のメリットがないなら変えてくれないよね。

「優しくしてくれるならやりたい」って下心が見え見えだよね。

だってあなたたち自分たちの不満はくどくどと語るけれど

就活そのものをどう変えていこうってのが具体的になってないよね。





学生くんのプレゼンやなぁ。

宮内くん=「マクロ的にこうだから私もそうするしかない」

なんとなく「気持ち悪い」から自分の良い感じに変わって欲しい

仲間を作って対応しよう

→もうちょっと練ってから話ししろよ。


「みんながこう言ってる」って言うな。

一緒に考えて欲しいなら、対応できる話をしろ。

自分が何を求めているのか、私にどう行動して欲しいのか言え。

「こういうのがあればいいな」ってオレにできないことを頼むな。それは不満じゃない。愚痴だ。




就職草食系のススメ?

おい、いきなり放送が切れたぞ。リクルートこええwww

2011-12-30

こじらせ女子売春

「セックスすれば劣等感は治るのか?」 - シロクマの屑籠

「こじらせ女子」について書かれていて、いわゆる「非モテ」とも共通する要素があることを指摘されています

これをなんとかしていくためには「複数の人物からいっぱしに認められた人間関係が、それなりに長期間続く状況」が必要で、その為には「「恋人」よりも「仲間」」というのが主旨です。

これはよく分かるな、と思うのですが、同じような状況を実現する方法として、売春があります。割りと知られたことかもしれませんが。

売春自体の是非は別問題として、実際、ある種の女性にとって、売春はそういう効果がありますし、良く言えば売春でこじれが和らげられる、悪く言えば売春依存ということが起こります

学生時代、周りこういう女性がいて、親しい友人だったある人がそのまんまこういう効果を認めていました。彼女は確かにお金がなかったですが、お金を使うような性格でもなく、売春をしていたのはお金のためというより、こうした効果を求めるところが大だったでしょう。彼女は極普通容姿でしたが、性格や嗜好があまり普通の女」ではなく、いかにもこじらせている感じのキャラでした。

繰り返しますが、売春自体の是非は別問題ですし、「こじれ」の緩和と依存という、良い側面と悪い側面があります

人間、大なり小なり「病気」と一緒に生きていくもので、たとえ依存に陥ったとしても、ある病気を別の病気で取り替えただけの話です。逆に言えば、それで本人が納得しているなら、取り替えたって良いと思いますが。

個人的には売春という発想には暗澹たる思いになるのですが、そういう選択をする人たちというのがいて、彼女たちがそれで満たされているなら、それはそれで良いのかもしれません。

 

追記:

この問題と関係するのか分かりませんが、件の彼女は(わたしも)性的マイノリティでした。彼女のそれは、本来的嗜好というより生活史の中で形成されてきたもののように見受けられましたが、一方でそもそも嗜好は生活史の中で形成されるものであって、要するに「普通マイノリティ」ということかもしれませんが。

2011-12-09

ニートリーダーはどこですか?

こんにちは、はじめて書きます、高齢ニートです

できれば働きたくないけど、先のことを考えると就職したいタイプです

しかしもう取り返しがつかないと夜中に悩むタイプです

正社員にはなりたい、でもやっていける自信がない、怖い、年下にアゴで使われるのも嫌、多分精神壊れる。

正直言って、残業は嫌、サービス残業もっと嫌、休みが少ないのも嫌。

ウィンウィンで働けるなら良いのだけど。

甘いのはわかってる、でもこの社会構造おかしいこともみんなわかってるよね。

オランダワークシェアyoutubeで観たけど、あんな感じになればもっと幸せになれるんじゃないかと思うんだけど。

どうやってそういう風に変えていくか。中心になるのは俺みたいな奴等じゃないかと思う。

ニート100人会議かいうのがあったらしいけど、ニート100人いればなんとかならんのかしら。

100人いれば色んな才能いるはずだし、全員で一緒に起業できないかな、みんなニートから誰にも劣等感抱かないし。

マスコミ巻き込んで、スポンサーつけて。

IT関連とかパソコン先生が多いからいけそうなんだけど。

あ、でも誰も営業やりたがらないだろうな、営業は委託かな。

そんで慣れてきたやつは転職でも独立でもすればいいし。

夢物語かしら、誰かやらないかなあ。

まあ同じような空想してる奴100人ぐらいはいそうだけど、みんな「誰かやらないかなあ」の他人頼みだろう。

求む!ニートリーダー無職の星!

2011-12-06

精神病であるのならばどれだけ理不尽な主張であっても許されるのだろうか。扶養家族はそれを受け止めなくてはならないのだろうか。

姉の話です。姉は高校を中退してからというもの、もう十年以上も精神科に通っている精神病患者です。重度の欝と統合失調症とを抱えているのだそうです。詳しくは知りません。もうかれこれ何度か入院経験しています癇癪持ちでもあるようで、今なお家庭内暴力を振るいます

お陰で、愛犬からも怖がられている始末です。以前は暴走感情が昂ぶって、家族口論したり自殺未遂をしたりする状態)が始まると心配そうに間に入ってくれたそうですが、今やそそくさと部屋から逃げ出してしまうのです

私も含め、家族にはもう諦めしかありません。姉の過去にどのような問題があったのか、具体的に把握できない上に、過ぎ去ってしまったこと故に施しようがないかです。にも関わらず姉は過去のことを持ち出し、家族に、とりわけ母にあたります。どれほど謝ったところで意味など無いのに。姉自身が謝罪を受け入れようとしないのです

姉は、謝罪を拒絶し徹底的に信じないことによって、かえって母を脅迫し返してくるのです自分など居なければいいのだろう、死んでしまえばいいのだろう、そう思ってるんだとだけ繰り返し、否定は一切受け付けない。それどころか、ますますひどい猜疑心に陥っていくばかりなのです

また、暴走が始まるきっかけも理不尽まりありません。

例えば、母の体を抓ったり手に噛み付いたりしていてその行為を拒まれた場合や、恥ずかしい話ですが頭を撫でて貰えなかったりすると、暴走への種火が付いてしまうのです。そもそもにおいて姉は、自意識自己愛、プライドといったものが極端に高い人なのです。そういったものが高すぎるがゆえに、絶えず他者に対して劣等感を抱いているのです。姉自身が一番嫌っている他者との比較を、意識的にか無意識のうちにか、率先して行なっているのです

その苦しみなり憤りが内側で爆発しないのが姉なのです。自身の存在意義を徹底的に見限っているくせに、他者には、とりわけ最後の砦としての母だけには認めてもらいたいのですしかしながら、存在意義を全肯定してくれる母の言葉を信じることができない。結局、堂々巡りなのです

姉は自らの価値観を傷つけられることに敏感である割に、平気な顔して他者のことを貶してしまえる人間です。無論それは家族の前での面なのでしょうが、性根が悪いと言わざるを得ないこともまた事実であろうと思うのです家族として、こんな分析をし憶測までしてしまうことはひどい行為なのかもしれませんが、過去の問題もまた然るべきして生じた出来事であったのではないかと思ってしまうのです

正直なところ、私は姉が大嫌いです。この世の中で唯一具体的な嫌悪感を覚えることのできる相手であるです

とは言え、このまま放置することもできない。姉がどうこうと言うよりも、母の精神心配なのです

昼過ぎまで寝ていて、ネットゲームだけして、食ってまた寝る姉の歪んだ生活サイクルに、母は振り回っされぱなしなのです。昼過ぎまで寝ているので夜眠りにつきにくい姉は、睡眠導入剤を呑んではいものの、深夜になると暴走への兆しがぽつぽつ見られるようになります。気持ち悪いくらいに母に甘えたり、ろくに運動もしていないのにマッサージを強制するのです。拒めば暴走が始まって、死んでやるからと家を飛び出す始末です

母には母の生活があり、仕事があるのです。にも関わらず、毎日夜一時ぐらいに寝て、六時には起床しなくてはならないのです。姉のご機嫌を取りながらです。疲れなどとれるはずがありません。ここ数年で白髪がめっきり増えたように思います

母だけではなくて、私もまた姉という負担を負わなければならないのだとは思います。姉が母に要求をすることがないよう気を配ったり、意識を逸らしたりするべきなのかもしれません。暴走が始まった時も、上手く立ちまわることが出来ればいいのです。首に包丁を当てて自殺をほのめかす姉を、どうにか押さえ込むことができたらいいのかもしれません。

私は卑怯者なのです。臆病で面倒くさがり屋で、家族とさえもそれほど距離を縮めようとは思わない、またそう思うことで責任逃れをはかっている最低な人間なのです

ただ、私にはもうどうすることもできないし、どうすることもしたくないのです無視してしまいたい。姉なんて、いなくなってしまえばいいと思うのです

それでも、現実問題として姉は依然として母に寄生しているし、お陰で母が苦しんでいる。私はどうにかするべきなんです。でも、どうすればいいのかわからない。

行動を起こすことが怖いのです。大嫌いな姉だけど傷つけることが怖いのです。私は責任を負いたくない。誰かと真っ向からぶつかって、何かが決まってしまうことが嫌なのです

反面、もう傷つけられ続けることだけには我慢ならない。自分でも我侭なことを言っていると思います。どっちつかずのまま愚痴ばかり言うしか脳のない人間なんです

ただ精神病患者から過去の出来事の被害者から弱者からといって、泣き叫び喚き散らかし、依存できる環境に浸りきったまま我欲を他者に押し付けることは、被害者であったはずの人物が加害者の側に立ち変わっていると言っていいのではないでしょうか。姉の言動を病気なのだからと受け入れ、容認することは、加害者に優しくしているのも同然なのではないでしょうか。

母を筆頭に、私たち家族は姉のお陰で随分と傷つき苦しんでいるというのに、あんまりじゃありませんか。

私たち家族にできることなどたかが知れています。そんなことはわかっているのです。私たちは耐えなければならないのだし、待たなければならないのです。いつになるともわからない姉の快方を、息を潜めたままじっと待ち続けなければならないのです。そうするしかないじゃないですか。誰の言葉も届かないのですから

母が姉の甘えをやんわりと拒むことができたらいいのかもしれない。あるいはいっそ、家族のことなんて見捨てて考えないようにしてしまえばいいのかもしれない。もちろん、私自身がうまい仲裁役を買って出るのが一番なのかもしれません。及び腰の癖に問題意識は一著前、なんていかにも卑怯で格好悪いですから

色々とわかってはいるんです。わかっているつもりではいるんです

それでも、どうすればいいのか、わからないんです。どうしようもないんじゃないかと諦めてしまいたくなるんです

2011-12-04

http://anond.hatelabo.jp/20111204213457

>「ギークなら~」とか「真の情強なら~」とか吹いて優越感に浸りたい奴

大丈夫だ、問題ない。やつらは2chから流れてきてるだけだろうw

ギークなら~」とか「真の情強なら~」とか吹いてる奴は常に劣等感にさいなまれてるから、優越感なんてもともとないんだぞ!

それはネタで言ってるからなw

http://anond.hatelabo.jp/20111204125055

好意をもつと、同時に相手のことが素晴らしい人物に見えて、もっと行くと劣等感にさいなまれることがある。


劣等感にこっそりさいなまれていればいいけれど、その解決を相手の短所(と、あえて言ってしまうが)に求めてしまったんじゃないかな。

2011-11-26

武器がない、ということ。

前々から不思議に思っていたことがあって、それに対する自分なりの答えが出た気がするので書いてみる。



よく学校先生とか部活の先輩とかが、

「これだけは誰にも負けないぞ、というもの自分の中に作れ。それが自信になり、お前を支えてくれるだろう」

「なんでもいい、自分だけの武器を持て。それをとことん伸ばせば将来直面する困難にも打ち勝つことができるんだ」

かいう訓示をたれてくることがあった。

多分これを読んでる人たちも、ホームルームだの卒業式だので一回ぐらいはそんなこと言われたことがあるんじゃないかと思う(なかったらごめん)。

俺はというと、それはもう何度も何度も聞いてきた。

かい表現は違うけど、人生の後輩へのメッセージなんて場になると、なぜかみんな上に書いたようなこと言うんだよ。

で、一緒に聞いている同級生も同級生で、うんうん、て頷いてたりして分かったような顔をしてたりする。

あれがさ、俺物凄く不思議だったんだよ。



その「誰にも負けないぞ」っていう特技とか、「自分だけの武器」とかいもの、皆本当にあるの?誰にでも見つかるの?

俺さ、そういうの一切ないんだよ。全く思いつかないんだよ。

学校勉強はわりと真面目にやってきたほうだからぶっちゃけ平均より上だと思うが、それでも自分より頭のキレる奴なんて山ほどいるし、

運動も走りはまあまあ速いけどそこまでじゃないし、球技全般下手糞だし、筋力だって十人並みだと思う。

ルックだってこれと言った特徴のない薄い顔面、しゃべりだって特に人を笑わせるのが得意なわけでもないし、人見知りだから交友関係も広くない。

知識や経験の量もごく普通、手先は基本的に不器用お酒はどちらかというと弱い、チンコだって特にでかくない。

もう、さっぱり自分の中に飛び抜けた特徴とか特技とかが見当たらないんだよ。



そんな疑問を抱きながらもまあ大学院まで出て、なんだかんだで一応希望の職種に就くことができた。

ただ、そこでも仕事に役立つスキルとかも覚えるものの、そんなのは同業者が大体やってることだから自分だけの武器には当然ならない。

周りを見渡したら見渡したで、自分より遥かに技術や知識が豊富な人がわんさかいる。

コミュニケーション能力を生かしてあちこちから良い仕事を取ってくる同僚もいるし。かたや俺は相変わらずの人見知りで世界もあんまり広がらない。

要するに、社会人になったというのに未だに「誰にも負けないぞ」というものも見つからないし、「自分だけの武器」も持てていない。



もし先生や先輩の言うとおりだとしたら、俺はこのままじゃやってけないわけだよ。

自分の今持ってるのはこれだ、っていうのが特にいから、自分がいる立ち位置がそもそもあやふやなんだよね。

今にもがらがらと崩れ落ちそうで、そうでなくても他人に足元をすくわれそうな、そんな危ないところに立っている。そんなイメージ

とにかく自信がなくて、劣等感ばかりあって、毎日いろいろと不安で。

先生や先輩は武器があって成功できていいよな。俺はそんなのない平凡な人間なんだよ。そういう奴の気持ちなんかきっと分かんないんだろうな。

そんなふうに心のなかでくさったりもした。



でも最近、あるきっかけでふと思ったんだ。

立ち位置があやふや、自信の源になるような礎がない。

そんな状態に自分があると認識してるからこそ、俺は今の仕事必死になれてるのかなって。

何だかんだ言っても、俺はやりたかった職業に就けているわけだし、この仕事が好きで、辞めたくないと思っている。

そして今自分は決定的な武器を持っていないから、心の拠り所がない。頼れるものがない。

かと言ってぼんやりしていたらぽろっと脱落しそうだから、今の位置に留まるためにはがむしゃらになるしかない。

自分には何もないからこそ、これを続けるためには、他の奴に負けないためには、もう死に物狂いでやる必要があるんだ。



ある種、ハングリー精神に近いものがあるかもしれない。

今思うと、学生の頃からこれまでも、わりとそんな気持ちでやってきてた気がするんだ。意識してなかっただけで。

その気持ちのおかげで今こうしてちゃんと働けてるんだと、ようやく気がついた。

きっと、何か安心して頼れる独自の武器みたいなものを持っていたら、ここまで頑張れていたかどうか分からないな、とさえ思う。

ああ、俺はこういう戦い方なんだな、ってすとんと腑に落ちた。



まあ、そこに思い当たったからといって、急に今までできなかったことができるようになるわけでもないし、

仕事を続けられる自信を取り戻せたわけでもないんだが、劣等感に打ちのめされ続けた自分精神が、ちょっとは楽になれた。

自分不安定な足場にいることを嘆くより、その事実をまんま受け入れて機動力に変えていきゃいいんだ、って思えるようになった。

それからはもう、上のようにくさったりはしてない。

先生も先輩も知らなかったことを、今自分は知ってる。





俺が誰かの先生になったり、後輩にアドバイスするような機会があったりしたら、こう言おうと思っているんだ。

誰にも負けない特技や自分だけの武器を見つけたなら、それを伸ばせばいい。

でも、そういったものを持っていないからといって、落ち込んだり無理して作ろうとしたりすることはない。

そういう奴にはそういう奴なりの戦い方がちゃーんとあるんだ、って。

真剣にやる」を言葉とかイメージしか理解してない人を相手にするのはツラい

自分では何かを真剣にやったことがないのかどうか知らないけれど、

「お前、こういう時はもっと真剣にやるものだろ

 真剣ってのは休まず脇目もふらず集中力を切らさず云々カンヌン」みたいなことを言ってくる人がいる。

どうも彼の中に非現実的な「真剣」のイメージがあって、それと違うものは不真面目かなんかに見えるようだ。

いっちゃなんだけれど、私のほうが彼よりパフォーマンス高いわけで。成果も出してるわけで。

彼が私に誇れるのが真面目そうなふりをすることとか、態度だけなのかもしれないけれど、余計なお世話すぎる。



基本的に余計なことで争いたくはないから、譲れるところはどんどん譲って、

先輩の顔も立てて、いい気分になってもらって、優越感持ちながら私のことは放置して欲しいのだけれど、

妙に劣等感が強く、なんとか自分が優位に立つことにこだわるくせに、つまらんことしか言えないってのはどうなのか。

他のことはともかく、自分なりの仕事の進め方にケチをつけられるのだけは耐え難い。

2011-11-24

30超えて童貞という理由で交際を躊躇する私は最低か

「30すぎて童貞キモイ」とは言い切れないけど、本人がその事実をどう認識しているかにもよる気がする。

女性に愛されることか、愛すこととか、その為の努力とかに使うエネルギーを他の方面に使ってきて、自分童貞であることに何の劣等感も抱いていないならキモくはないなーと思う。

逆に、自分童貞であることを恥じて、開き直ってるふりをして内側では劣等感が渦巻いてるような状態だったら気持ち悪い。

インターネットにいっぱいいるよね、そういう人。

2011-11-22

[] 自分が悩んでいる問題について自分では言えない言葉を言える人がどこかに存在するということ

その言葉との出会いが私にとってのインターネットという希望だ。そう信じてネットの文を読む。ネットに限らず、だけれど。

これは私の文章の読み方の話だ。




http://anond.hatelabo.jp/20111119203554

を書いたあとで、

http://sinseihikikomori.blogspot.com/2011/11/google.html

を読んだ。


普通でない女性普通を騙る事でどれだけの普通女性が抑圧されたか

世間一般の愚かな男達があれを普通だと思う事で、どれだけの女性が癒えることのないダメージを被るか。

言葉暴力である破壊行為である普通である。これはパワーハラスメントなのだ。抑圧なのだ。力による支配なのだ

普通ではない人間普通を騙る事で、本来普通であったはずの人達劣等感と敗北を植え付けられて洞窟の中へと逃げ込んでゆく。

何故インターネットという希望の聖域の大切な動機という最も偉大なる感情衝動を、

就職活動という大人達が作り上げた陳腐社会の枠組みのブラックボックスアウトソーシングしてしまうのか、僕には全く理解が出来ない。

素晴らしい世界を、どうしてアラビア人などという現実世界のくだらなさを持って語ろうとするのだ。

無限永遠世界衝動を、就職活動などという確かで小さな現実世界の理由付けで説明しようとしてしまうのだ。

そうじゃなかったはずだ。そんなんじゃなかったはずだ。僕らが夢見て懸命に生きたインターネットはそんなものじゃなかったはずだ。

ここらへんについては、言葉技術(この人のほうが私より断然ウマイ)や対象は違うけれど、私が書いてることとかぶってると自分では思ってる。ここいらの部分については、私にとって、同意やら共感することはあっても心が動かされることはなかった。

これは持論なのだけれど、悩みというのは、あるものごとに絡みつかれ、あるいは取り込まれ、そこから抜け出せない状態を指すのだと思う。そして、文章でもなんでも、表に出すことができることは、どのような形であれ、自分がそこから距離を取ることができたものである

はてブの人のように、そもそのその問題に興味がないから軽く考えて思考停止した状態でなんの感情もこもっていないコメントを書ける人もいる。(「三行でまとめろ」みたいなことを言ってる人は、幸せな人だと思う。その幸せに気づかないところに少し嫉妬を感じる)

ふと興味を持って、そこにわずかな感情移入をこめたり、調べてみて情報を追加する人もいる。

一方で、その問題に巻き込まれ、散々傷ついたり悩んだりした上で、なんらかの出口を見つけた人もいる。

とりあえず、私は上のような問題については、たどたどしいながらも言葉にすることができる。ある程度客観視出来る。読者から見て、客観視できてないと思われる所があると感じたなら、まぁそこはまだなんか執着があるんだろうが、それでも大枠としては抜け出せていると思う。

私にとって、文章に書ける問題っていうのは、私の中でもうあきらめが付くか克服されていることである

もうここいらの問題から私は逃げることはできる。無理に否定しなくても、自分を抑圧しなくても、生きていくことが出来る。

から、私にとっては、この部分は、まぁいい。

自分が距離をとれる問題について言葉のやり取りだけを繰り返すなら、インターネットはいらない。





私が他人の文章を読む時、私が探しているのは、自分の心のなかにあって、でも気付くことさえできない言葉だ。

生きてはいけるけれど、どうにもこうにも心苦しい。その理由や、自分の位置を、他人の言葉で確認したいと思ってる。

美しいものを美しいと言う。それが出来ないのが人の悲しみである

素敵なものを素敵と言う。それを口に出せないのが人の苦しみである

好きな人を好きと言えない。それこそが全ての絶望の元なのだ

「美しいね」と言いたいのだ。「素敵だね」と告げたいのだ。

僕らがインターネットをするのはザッカーバーグの為ではなく、インターネットの為でもなく、ましてや自分自身の為でもない。愛の為だ。

真実の為だ。確かに存在したはずの、小さな真実の為なんだ。

少し泣いた。この部分に何を思ったかは書かないしまだ書けないけれど、こういうものとの出会いインターネットに感じる私の希望だ。




他の人には、この文章が、ただのルサンチマン、で処理できるものなのかもしれない。ただの勘違いと読んで笑うかもしれない。

それでも構わない。というか、本来、そういうものなのだ。みんなが同じように理解して納得できるものけが価値じゃない。

昔は自分の望んでいることや、自分が正しいと思うことを主張するのが、他人にとってはただの我侭でありルサンチとして一笑に付されるものであることに絶望したりしたこともあった。そうやって、自分が何かを望むこと自体が間違いであったり、自分自身が間違った存在であると思った。そう思って何も望まず、無気力になったこともあったけど、今は自分と外の世界は別のものだと思っているから気にしない。

自分けが大切と感じるものがあってもいいし、そういうものを見つけることこそ幸せなのだと思ってる。人は自分だけの、自分のための勘違いをするために生きている。

その上で、朋有り、それはインターネットから来たる。自分にとって大切な事を、他にも感じている人がいるかもしれないと思うのは嬉しいことだ。自分のなかの小さな真実でも、勘違いでも、それでも人とつながりうると感じる。それが私の希望だ。

グローバル化された普通基準」の持つ暴力

http://sinseihikikomori.blogspot.com/2011/11/google.html

普通でない女性普通を騙る事でどれだけの普通女性が抑圧されたか世間一般の愚かな男達があれを普通だと思う事で、どれだけの女性が癒えることのないダメージを被るか。言葉暴力である破壊行為である普通である。これはパワーハラスメントなのだ。抑圧なのだ。力による支配なのだ。普通ではない人間普通を騙る事で、本来普通であったはずの人達劣等感と敗北を植え付けられて洞窟の中へと逃げ込んでゆく。

ああ、よくぞ言ってくれた。本当に、本当に、よくぞ言ってくれた。

 

普通」を定義することは暴力的だ。

世の中で「優れている」とされているものに負けても、人はさほど傷つかない。

しかし「普通」とされている基準に満たないことには人は傷つく。

身長185cmに満たないかパリコレ男性モデルになるのは厳しいね」と言われても傷つかないが、

日本人の平均身長は172cmなんだけど、あなたはそれに満たないかチビだね」と言われるのは不愉快ものだ。

ただしイケメンに限る」場で排斥されるのは傷つかないが、

「ただしフツメン以上に限る」場で排斥されるのは傷つく。

"お前は普通未満だ"というメッセージをぶつけられたときに人は傷つくのだ。

普通定義するということは、その基準に満たない人々に"普通未満"というメッセージをぶつけているのと同じだ。

 

では、ここで言う「普通女子大生」は、自分普通というカテゴリに置くことによって、

普通界の女神のような存在になることが目的なのだろうか?

自らを普通定義することで、勝利を実感することが目的なのだろうか?

私は違うのではないかと感じている。

 

普通大学か。早稲田普通か。

違う。普通ではない。普通大学ではない。

世間早稲田は有名大学のうちに入る。「普通」ではない。優れていると言えるだろう。

しか彼女は普段、早稲田学生に囲まれて暮らしているのだ。

見渡す限り早稲田学生、という状況で日々講義を受けているのだ。

早稲田よりも偏差値の高い大学に進学した高校時代友達なども居るだろう。

彼女たちにとっては、早稲田は「普通大学」なのだ。

彼女たちにとっては、東大京大一橋大…などが「良い大学」であり、マーチ未満は「不可視」なのだ。

 

普通女子大生か。その顔が普通か。

違う。普通ではない。普通女子大生ではない。

友達同士というのは、レベルが近い同士でつるむ傾向にある。

男子大学生5人のグループがあったとして、4人はフツメン以上の彼女持ちコミュ充、

1人だけがいない歴=年齢のコミュ障キモメンだとしたら、そのグループは上手く行くだろうか?

"持つ者"側の4人が"持たざる者"側の1人に気を使って摩耗するか、"持たざる者"が"持つ者"をひがんで卑屈になるか、"持つ者"が"持たざる者"をバカにして苛めるか。

友情を維持する上で障害になるトラブル無駄に起きやすくなるだろう。

から似たようなスペック境遇人間ばかりが友達グループとしてつるむ傾向が生まれるのだ。

似たような体格、似たような髪型、似たような木こりファッションに身を包んだ男子学生が、

似たようなノリで居酒屋で騒いでいるのはあまりにも見慣れた光景だし、

女子学生集団やOL集団の服装・メイク・基本的なルックスレベルの均質化され具合はおそろしいほどだ。

育ちも同じである年収2000万の父親と教育熱心な母親に育てられ、家族海外旅行に行くのが当たり前と思ってきた人々と、

水商売母親と酒を飲んで暴れる父親に育てられた人々とでは、話が合わないのだ。無駄な軋轢を生むのだ。

坂口さんの顔は、日本全体で考えれば、普通よりも上だろう。

しかし、坂口さんの関わっている女子グループが、坂口さんと同等かそれ以上のルックスを持つ女性ばかりだとしたら?

彼女自己認識は「普通」で落ち着くだろう。

 

インターネットグローバルなツールである

底辺の人間が感じる「普通」と、素養や運に恵まれた人間が感じる「普通」との間に、

大きなギャップがあることを可視化してしま暴力的なツールである

 

インターネットマスメディアのない頃、

底辺の頭と底辺の容姿を持って生まれた人間が、似たような底辺とつるみ、

似たような底辺と結婚して底辺の再生産を続ける、そんな彼らの自己認識は「普通」であった。

視界に入るのが底辺ばかりなのだから、そうなるのも当たり前である

そして恵まれた頭や容姿を持ち、親や親戚や友達も恵まれた者ばかりの環境で育った人間は、

自らの優れた点を奢り高ぶることなく、自分は「普通」だと認識して生きていったのだ。

 

インターネット自分環境に疑いの目を持たせる。

自分とは違った常識を持つコミュニティ存在発見しやすくなる。

ダルビッシュが贅沢な暮らしをしていることが窺えるツイートをしたことに対して、

オッサンが執拗に絡んでケチをつけたことがあったが、これはインターネットが生んだ軋轢である

インターネットが無く、優れた人間私生活がわからない時代であったなら、

このよくわからないオッサンは"持つ者"の恵まれた暮らし発見することがそもそもなかったであろうし、

ダルビッシュ因縁をつけられずに済んだのであろう。

 

「昔のインターネットオタク非モテコミュ障にとって救いだった」という意見があるだろう。

それは昔のインターネットが本当の意味グローバルではなかったということだ。

昔のインターネットコミュニティには、ほとんどオタクしかいなかった。

「開通作業が面倒」「接続料金が高い」「遅い」「見たいコンテンツが無い」などの要因がボトルネックとなって、

一般人の参入が妨げられ、オタク以外がふるいにかけられた世界になっていたのだ。

そこはオタクが圧倒的な多数派であり、オタク常識をつくっている世界だった。

インターネットでの普通」は、「オタクにとっての普通」と同義語であり、

一生独身アニメマンガゲーム好き、インドア非モテ童貞、服はダサい髪型床屋

この生き方が「普通」として容認・歓迎されていたのである

 

しかインターネットというものは、一般人をも飲み込んでいく。

mixiリア充を取り込み、モバゲー情弱ニコニコで"オタDQN"層、Facebooktwitterで"意識の高い"層を取り込んだ結果、

インターネットは既にオタクものではない。

これからネットを使いこなす老人が増えれば、「若者もの」でもなくなる。

インターネット上の人口構成がリアル人口構成とさらに近づいてゆき、

あらゆる世界、あらゆるグループ組織所属する人間インターネットに参加するようになる。

そして全日本人の認める「普通」のスペック、「普通」の生き方というものが、インターネットによって広く知らしめられる。

弱者ばかりが集うコミュニティで独自の「普通」基準を制定し、「普通」を充たしている気になっていた人間たちに、それは暴力的に襲い掛かる。

 

初期のインターネット現在インターネットは全くの別物である

前者は弱者に優しい逃げ場所であり、後者は「グローバル化された普通」という圧力によって、弱者を容赦無く叩きのめす残酷な場である

坂口さんを「普通女子大生」として広く紹介する残酷さ、それが「今のインターネットというもの」なのだ。

2011-11-19

80年代からのともだち地獄は、ようやく折り返しの時期にきてるのかな

http://jkondo.hatenablog.com/entry/2011/11/19/114109

ともだちだけが社会じゃない

おしゃべりする相手はともだちだけじゃありません。それだけではあまりに退屈です。

ともだちだけが社会ではありません。人は、自分の興味があること、自分が専門としていることを通じて、もっと社会とつながりたいと思っています。ともだち以外の人とつながりの生まれる場所に行きたいと感じています

ともだちではない人との出会いやつながりこそが、人生の転機になります

ともだちとのおしゃべりからは、連続的な日常しか生まれません。昨日までの延長です。

個人的には全くもって同意

で、これ、80年代は、これを全くひっくり返したことが言われてた。「もっとともだちを大事にしたり、友達を作らないとダメよ」「友達がすべてだよ」みたいなね。

生まれてこの方、この「ともだち第一」メッセージには心底うんざりさせられ続けてきたので、こういうメッセージはとても嬉しい。




「ともだち幻想友達がいないやつは人間として問題がある」や「ともだちについての強迫観念」が生まれてきたのは70年代の末ころだったらしいです。

なんでもそうだけれど、誕生した当初はそれなりに合理的な理由があるもんです。 だいたいそれをおかしな方向にねじ曲げちゃうのがコマースメッセージなわけですが。


最初はあまりにもこの時代日本社会仕事一辺倒で、仕事以外で人間価値をみとめられないこと、男社会への傾倒が急激すぎて、それへの反発が強くなったという話からスタートしてます

日本男優社会伝統でも何でもなく、敗戦後に作られたものであるって話も大事ね)

人間関係も全部仕事がらみ、家族ぐるみの付き合いといっても結局仕事に縛られる。女の人や子供はさぞストレスだったろうと思う。

この当時は、必要があったとはいえ、仕事頑張りすぎて脳がおかしくなった男性調子乗りすぎて、ソレ以外の人間犠牲にしてヒャッハーしてた時代だったということやね。

団塊世代の人とかが、「俺たちは毎晩徹夜する勢いでがんばってたのにいまどきの若いものは」とか言ってるのを聞くと、

 ああ、日本人ははやく複式簿記を必修科目にスべきだ、と思う。こういうバランス無視の考えだからバブルが起きたんだよ、責任取れとはいわんがちょっと反省しろボケが。

 ああ、彼ら的には悪いのは全部日銀政府アメリカ陰謀なんですよね。 本当に信じられないくらいにナイーブな方々だと思う。反省したくてもできない脳のつくりなのね)

そんで、仕事における負け組や、仕事オンリー人間関係に虚しさを感じる人達が、仕事以外のものをもとめたときにそれがともだちの存在だった、という流れ。

そういえば、この年代も、若者連続殺人犯とかが立て続けに発生して問題になってたな。

当時から社会的な問題があると、若者カナリアよろしくまず発狂し、ソレを見て年寄りは「最近の若者は」って言うのは変わらんかった、と。





で、そこはなんでも極端な日本人、なんでも二元論で考える日本人

日本人は、なにか新しいことを始めるときに、前のものを否定しなければ気が済まない上書き志向の持ち主です。

仕事だいいち」に見切りをつけると、どっと「ともだち至上主義」に流れ出した。女の子は「恋愛なんちゃら」かな。

で、こんどは「仕事がデキない奴はクズ」「学歴低い奴は賢い奴の奴隷」みたいなカースト復讐するかのように

友達がいない奴は人間のクズ」「いくら偉くなってもあい友達いないんだろうな」って言えばなんとなくスカッとする傾向が生まれましたとさ。




はいっても、おじさんたちは頭が硬いからそう簡単に変わったりはしません。つまり勉強仕事第一」主義も残ります

夫に全面的に依存して思考停止している母親も基本的には夫の方針に従って子供調教します。なので、勉強第一主義は根強く残ります

勉強仕事だいいち派」と「ともだち100にんできるかな」が勢力闘いをするようになります

まぁホント日本人くらいですよ、仕事プライベートを対立関係に置いて、どっちか片方しか取っちゃいけないと考えてるのは。

仕事と私とどっちが大事なの?って慣用句自体、日本人性格をこの上なく正確に表現してるよね。

不完全なものでも絶対の軸において、ソレにすがってないとアイデンティティ確立できないのは、やっぱり無神教国家からなのかねぇ。とか知ったかぶってみる。

そうやって、自分けが幸福になりたいばっかりに、それに適応しない人たちを踏みにじることを何とも思わないことがとっても生き物っぽくていいですよね。




こうやって仕事vsプライベートで対立しあって、お互いがお互いの素晴らしさを主張しようとハードルを上げ続けた結果、

もはや両立不能なレベルまでどちらも要求レベルが高くなって、両立できないからどっちか選ぶ羽目になってまたケンカする。アホかと。

両立するためには、超人的な体力を持つか、仕事時間自分コントロールすることが許されるくらい偉くなるか、

あるいはちきりん女史のように、全力で仕事頑張ったあと、途中で退職する以外に方法はないんだろうなぁ。いずれにしろ無理ゲー

自分無理ゲー作って、クリアできないとか言って文句言うのって楽しいのかなぁ。




ここで終わればまだ笑い話で済むんだけれど、さらに続き。

当然として「勉強仕事が出来ない」「友達もいない」人はベン図の外側に追いやられて、「かのものは人にあらず」と迫害の対称になります

まぁ簡単に言うといじめですね。いじめって人間を測る評価基準があれば必ず発生しますが、まぁ日本いじめ馬鹿馬鹿しいのが多いですね、クソッタレです。

でまぁ、いじめられたやつがどうなるかについて全く考えてない、フォローしないのも問題ですね。で、そのつけは当然数倍になって返ってくるんですけどね。

社会から切り離されたまま長時間放置されて、社会性を失った人が大勢います

人間以下の扱いを受け続けると、本当に人間であることを辞める人がたくさんいます

匿名で振る舞い続けていると、人間であることの節度を失う私のような人間もたくさんいます




で、そういう奴らはどうするでしょう。

隣人部作ってはぐれ者どうしで連帯する?そんなのフィクションです。サバイブSNSってのがありましたけど多分うまく言ってないんじゃないかと思います

はがないアニメしか見てないけど、あれはともだち教へのアンチテーゼだよね。「きみらがいってるともだちとかはどうでもいいし少ないですがそれが何か?」ってことやろ?)

社会性の訓練とか人間扱いとか、匿名から引き剥がして一個の人格として扱うとか、

そういうレベルから世話焼いてくれるとこがない限り、いちど脱落したものはよっぽどのことがない限り復帰できません。

結局人はひとりひとり自分でなんとかして助かるしかないでしょうね。

ほとんどの人間は、それぞれが「人間以下のなにか」として、ずっと劣等感抱えながら生きていくだけです。

あるいは「人間以下の何科ですがなにか?」と開き直って、twitterやら増田なんかで有名人からんだりなんなりと社会迷惑をかけながら生きていくしかない。

人間であるための条件として「友だちがいること」「勉強ができること」ってのがかっちりと決まっているかぎりはもう人間に戻ることはない。





というような感じなんですが、そういうともだち地獄に対して、

「ともだちともだちともだちってそればっかかかお前らは、そんな人生つまんねーだろ」ってのが当たり前に言われだすとまた話が変わってくる。

「ともだち地獄」のいく末は「22世紀少年」であり「原理主義者たちの祭典」ってのがようやくわかってきたみたいで、さすがにみんなうんざりしてきてるみたいです。

勉強もともだちも大事ですが、それを必要条件のように考えると、ほんとにしんどいだけなので、そろそろやめようぜ、って話になってくると嬉しいです。




生きるのは、ただでさえしんどいことだと思うので、そこにわざわざ重荷を載せないでもいいやんか。

別に俺はドMからハードモードでやりたいんだって人はそうしたらいいけれど、ちょっと荷物下ろして道端で休んでる人を鞭打つ必要もないでしょう。

死のロングウォーク」(スティーブン・キングの超絶傑作)はフィクションとしては死ぬほど面白いけど、現実では一番やっちゃだめなフィクションだってのに、なんで好んであのゲームをやりたがるのか、私にはよくわからんです。

阿呆な頭で平等主義を誤解したままお題目みたいに唱えるから能力ある人に引っ張られて自分たちもがんばらなきゃいけないハメになるんですよ。

阿呆なら阿呆でいいやん。 南無阿弥陀仏言ってたら幸せになれる頭の持ち主が、TPPのこととか考えなくていいよ。

あんまり他人のことを気にし過ぎないで、ともだちがどうとか言わないで、自分が好きな事やってりゃいいと思います





生きるほうを、選ぼう。

2011-11-11

http://anond.hatelabo.jp/20111111132854

そんなにできる従姉弟なら、その弟に対する劣等感増田の琴線に触れて姉に過剰に共感しているのかもしれない。

あそこの弟さんはあんなにできるのに、うちの息子は的な。

2011-11-09

http://anond.hatelabo.jp/20111108225323

定型(と呼ぶのでしたっけ?)と違って、何らかの感覚的なものが欠如しているのがアスペルガー、という私の認識。ちょうど、生まれつき視覚障害者風景を見ることができないように、定型が感じられる「何か」をアスペルガー認識することができない。

それはそうと、どうしようもないことでありますし、不便かもしれないですが不幸とは言えないでしょう。論理的な思考能力が十二分にあるのでしょうから、不平不満、鬱憤といった感情が何に起因して生じるのか、中立的に、分析なさっては如何でしょうか。

私はあなたと同様の考えを抱いたことがありますが、その時は、自分自身の中に劣等感見出しました。

自己内面の流れを変えたい

物事には流れがあると思う。調子がいいという流れ。

何をやっても失敗ばかりの流れ。例えば、原因はやり方にあったり

他人の影響等いろいろあるけど、自分場合自分自身ということがだんだんと分かってきた。

やり方は間違っていないし、それに対しての努力も人並みにしてる。だけど結果が出ない。

ずっと失敗ばかりの人生でいつしかそれが劣等感につながって、そういうのが染み付いてしまったんじゃないかと思う。

そしてそれが成功できない要因でもある。そういう流れを断ち切るにはどうすればいいんだろう。

ひとえに自分の考えを逆にすればいいとか、気にするべきじゃないとかいうのが一般的に返ってくるであろう回答だと思うけど

もっと一段上の解決法というか、手段が分からない。何かうまくいけばそこから上に上がっていける自信はある。

もう洗脳でもなんでもいいからそのための手段を発見したい。

2011-11-04

彼女いない歴=年齢の劣等感

30歳になった。

彼女いない歴=年齢の劣等感がつらい。

それ以外は人生に不満はない。

労働条件は悪くない。

ちゃんと余暇をもてるし、やりがいもある。

出世もできそうだ。

財政状態も良好だ。

収入もいいし貯金もある。

健康状態も悪くない。

悪いところなど少し近視になったくらいで、ジム通いのお陰で10代の頃より筋力はあるしハーフくらいならいつでも走れる。

つい最近まで、パソコンと布団とダンベルランニングシューズと風呂さえあれば幸せだと思っていたのに!

クソッ!

2011-11-03

ネットイナゴの大群は夕日の美しさを奪えない

 ネットイナゴの攻撃から身を守るための対策を考えてみた。ここでのネットイナゴというのは、揚げ足の取りプロ矮小化天才炎上の愛好者で、でもあんまり賢くないので劣等感を抱えている人間を想定してみる。いるのかそんなやつ。



 まずは、真っ白で格式が高い権威。格式が高いのが必要で真っ白が条件。脱税とかセクハラした経歴があるともうダメ。 噂でもアウト。そういうはひたすら突っ込まれる。主張がいくら論理性・妥当性の点で堅牢だとしても、人間的欠陥がある時点で却下される。そういうのあまりにもバカっぽいけど考えないためには便利な方法。というか、最強の詭弁の一つだと思う。権威に関しては、東大アレルギー人間がちょこちょこいるので、海外大学東大以外の高学歴だとなおさら良い。「海外大学」とかいってる時点で俺の知性が疑われてしまう。マカチューセッチュ……そういうのしらねーもん。自分で頭髪を整えているという茂木さんは典型的被害者美容室にいこうよ。まあ煙が立っているだけでも推定有罪で突っ込まれるから、むしろ有名人ネットイナゴを飼い馴らす遊びを覚えた方が楽しそう。その気持ちは百鬼久作。ケサランパサランなんていなかったんや!




 次に 、主張が分かりやすくないこと、隙のある大ざっぱなフレーズを使用しないこと。普通本質さえ押さえていれば分かりやすいことに越したことはないし、例えちょっと粗雑でも核心を突いたフレーズは良いことだと思うんだけど、ネットイナゴはそういった脆い部分を狙ってくる。「○○○だってよww」と説明がないと誤読されるような主張、三行以内でまとめられるな主張はダメ。ひたすら論拠と長文と数値とソースを読めで埋める。岩石の巨兵のように攻撃力を捨ててまで防御に徹するのだ。ゴブリン突撃兵の出番はない。例えが懐かしいですね。




 おまけに、はてなダイアリーか個人ホームページなどに引っ込む。匿名でのコメント欄は廃止する。でも、Facebookの社交的なコメントは目立つように表示する。twitterはちょっとダメ。うかつに発言するとtogetterが容赦なく編集してくる。晒される。石を投げられる。しかも、あそこはみんなと一緒ならデマでも踊れる愉快な人間が多い。赤信号は渡れないくせに! しかも、中にはフォロワー数を戦闘力として判断する過激な戦闘民がいたりするし良いことない。はてブは俺にとってはトラウマなので論外。由来、ネットでの論争は観客の「なんとなく」の印象で決まってしまから、その印象を(俺にとっては)頭が良い人ばかりのはてな民に任せるのが良いだろう。大型掲示板原住民や話題に飢えているついったらーよりかは幾分かは公平な審判を下してもらえると思う。ピエルルイジ・コッリーナさんほどのジャッジは期待できないとしても。

 

 それと、あんま露出しない。露出するなら身だしなみに気を付ける。人間像は浮びあがらせてはいけない。ハゲてもいけない。仮想敵にすらなり得ないようにする。facebookは活用してもfacebookに登録するな。あんなのリア充巣窟だ。全く批判されないような美男美女とかガッキーとか佐々木望とか向井理以外にはありえない。俺はというと、伊東遥が好きなのですがね。お世話になっています

 しかし、この防御策は大手まとめブログに扇情的にまとめられたら意味ない。そもそも扇情的にまとめられないことはあんまりない。だから敬愛する岩崎夏海さんはもう僕たちだけのハックル先生ではなくなった。まとめブログサーチライトに照らされてしまうと、ネットイナゴが呼吸ができないほどに周囲を覆い尽して、可愛い顔したハムスターが美しくない溝鼠を総動員させてくるから、そのときパソコンをそっと閉じてコーヒーでも淹れて飲むことにしよう。窓を擦る夕日はいつでも綺麗でその美しさを奪うような虫はそこにはいない。

2011-10-28

文章の脱臭を試みる

ウェブ上で、読んだ後非常にモヤモヤする文章を見つけることがあります。この言葉にならない感覚は一体何なのか…書くことで言葉に変換して正体を突き止めたい!

ということで以下に絶好のサンプルを引用し、モヤモヤしないと思う文に脱臭してみたいと思います


20才の頃、お金も無く、良くてユニクロ、下手するとジャスコで服を買ってた。いや、ジャスコでは正確には買っていない。帰省した時に、親が僕の服装のみすぼらしさを不憫がって、近くのジャスコに夕ご飯の買い物に行ったついでに、安売りの服を買って恵んでくれてただけだ。当時、今で言う「リア充」は、わざわざバイトして、そのお金で好きな服を丸井伊勢丹で買って、お洒落少年をやっていた。リア充爆発しろ、とはこのことだ。当時の僕は、バイトしてまで服を買う程ファッションに興味が無かったし、そんなお金が有ったら、少しでも出たてほやほやの初代Pentiumマシンメモリを増やしたかった。

脱臭後】20才の頃はお金がなかったのでユニクロで服を買っていた。親が僕の服装を見かねて夕飯の買い物ついでにジャスコで安売りの服を買ってくれることさえあった。当時のおしゃれな友達アルバイトしたお金デパートの服を買っていて、妬ましかった。一方僕はそこまでおしゃれに興味がなく、服よりもPC部品を買いたいと思っていた。


20才の頃はユニクロジャスコの服を着ていた。だけでも良いと思いますが、お金のなさの強調にジャスコは外せない一方で、親の話を入れてさすがにジャスコで買うほどはダサくなかったと言いたいのだと考え、残しました。親に対する「恵んでくれた」という表現は、卑屈なうえ親を小馬鹿にするようで、反感を覚えました。後半、あえてネットスラングを使ったり、Pentiumマシンという単語をわざわざ出すことにあざとさを感じました。できれば、PC部品の方が欲しいのにも関わらず服を買う友人を妬ましく思う心理にもう少し詳しい説明がほしいです。両方同程度に欲しいが自分アルバイトでそこまで稼ぎきれなかったというもどかしさで、苛立っていたのでしょうか。

25才の頃は社会人3年目。デパートにはバーゲンなるものが有り、その時期だと安くお洒落な服を買える事をやっと発見した僕は、なけなしのボーナスを手に、デパートで服を買う様になった。しかし、その頃同世代のリア充は更に先に行っていて、バーニーズVIA BUS STOPとかの、やや高級なセレクトショップで服を買っていた。デパートで買うDCブランドの服は、自己主張が強く、どことなくDQN感が漂う時も有ったが、リア充達がセレクトショップで買う服は、大人の余裕に溢れていて、僕はそこにファッションスキルの差を感じざるを得なかった。

脱臭後】25才、社会人3年目になる頃にはボーナスも入り、デパートバーゲンがお得なことに気づいて、デパートで服を買えるようになった。しかしその頃、おしゃれな友達はもっと先を行っており、高めのセレクトショップやで服を買っていた。デパートブランドはこれ見よがしでかっこ悪い気もして、おしゃれな友達に対し相変わらず劣等感を覚えた。


※「なるものが有り」「やっと発見」「なけなしの」等がうるさい印象を受けました。後半は単に劣情を述べていると思うのですが、固有名詞言い回しでおしゃれに精通していると強くアピールしているように感じられ、鬱陶しく思いました。

30才になると、そこそこお金も出来て、時代もバブってくる事になる。この年代になってやっと、ストラスブルゴやアリストラティコみたいな通っぽいセレクトショップで買うようになり、欧州の古いメゾンオーナーデザイナーが来日しての採寸オーダー会みたいなのをチェックして買ったり、ディオールドルチェ&ガッバーナなど、自分のスキニ―な体型でこそ生きる服を多く揃える店によく行って、しまいには自分担当が出来たり、いつしか服の買い方に関する変な劣等感は無くなった。

脱臭後】30才になると収入がずっと増え、通好みのセレクトショップの服やヨーロッパデザイナーオーダーメイドを買ったり、超高級ブランドに通い詰めてお得意様扱いしてもらえるようになり、劣等感を克服した。


※この部分は特に鼻についたため、思い切って大幅に割愛しました。特にこれ見よがしなファッション用語が嫌らしいと思いました。

その頃、手練れのプロ独身みたいな洗練された女性と知り合った。外資系企業に勤め、日本SATCみたいな感じの子だった。ある時彼女は、服を買いたいときニューオータニに行くと言っていた。余り意味が分からなかった。少なくとも、これまで僕が経験してきたプライスタグともろもろの質が正比例するマッチョ世界とは違う軸の話なのだろうとは感じた。正直、服を買いにホテルに行くのは、想像力の範囲外の事柄だったので、その言葉に対し、僕は極めて曖昧な返事をした覚えがある。

脱臭後】その頃、外資系企業に勤める独身の、非常に洗練されたおしゃれな女性と知り合った。彼女は服を買いたいときニューオータニに行くと言っていた。当時はホテルで服を買うなど考えてみたこともなく、彼女の真意もわからず、曖昧に返事をするしかなかった。きっと、高い服ほどおしゃれに違いないという僕の考え方とは次元が違う話なのだろうと思った。


※「プロ独身」とはどういう意味なのか、ぜひ説明してほしいです。「プライスタグともろもろの質が正比例するマッチョ世界」という表現も、何度も読み返さないと意味がわかりませんでした。高尚な雰囲気を醸し出そうとしすぎだと思いました。

そして、35を少し過ぎた今、やっと彼女が言っていた事が何となくは分かる。確かに、オータニやオークラは服を買いに行くには快適な場所だ。静かで、邪魔されず、店員は控え目な一方、二回目の訪問なのに僕が前に買ったものと、何とどういう軸で迷ったかを覚えてくれている。古いホテルに入っている、いつも客が入っていないアパレル系のお店は、なぜ成立しうるか長年の疑問だったが、プロ独女性みたいな「お金のある、うるさ方」が太い顧客なのだろう。こういう人は服はもう十分に持っている。だから、服そのものけが買い物の目的では無く、服を買うプロセスにもこういう人はスペシャルを求め、そのプロセスを消費している。そうすると、単に服の品揃えが良い店より、自分の好みを知っている店、静かに買える店、客筋がいい店、みたいな所の評価が上がり、結果的に高級ホテルに入るに相応しい接客レベルのお店が、その種の人々に刺さることになる。

脱臭後】そして今、35才を少し過ぎて、彼女の言った事がわかるようになった。ホテルに入っているアパレルショップは静かで、店員も控えめで、落ち着いて服を選べる。そのうえ一度の買い物でも、次に行ったとき前回どの服を迷ったかまで覚えていてくれる。なぜホテルアパレルショップはいつも空いているのに商売が成り立つのか、長年疑問に思っていたが、お金持ちで服にこだわりがある少数の独身女性が単価の高い買い物をするために赤字にならないのだろう。そのような客層は服はもう十分に持っており、服そのものよりも服を買う過程を楽しみ、消費している。このため品揃えの良さよりも、接客レベルの高さを求めて店を選ぶことになる。


※「太い顧客」という表現が一般的ではなかったため、少々無理に直してしまいました。「お店が刺さる」という言い方は、変ではないのでしょうか?

服を買うという行為目的は服だけでは無い。オフィスワーカーは弁当が好きでコンビニ弁当買っている訳じゃ無いってことと同じだ。コンビニは、「少しでも長い昼休みの自由時間」「同僚との面倒な連れランチを断る口実」を弁当という形で500円のプライスタグ付けてオフィスワーカーに売っているのだ。モノじゃなくて、イミを売る時代とは、人口に膾炙した言葉だが、きちんとその意味合いを理解すれば、正しくビジネスチャンスを捉えられる。コンビニは、より安くより美味しいお弁当を作るのではなく、より長い昼休み提供し、より判りやすいランチを断る口実を提供する為に、オフィスワーカー向けの定時デリバリーサービスでも始めた方が、ビジネスチャンスは拡がる事だろう。外食に行って戻る45分を、コンビニで買って戻る15分にしたい人は、それが気軽にデリバリーされて0分に出来るなら、もう500円余計に払ってくれるに違いない。身の回りで、愛妻弁当とか手作り弁当とか持ってきている人種は、本当に妻や料理を愛しているのだろうか、顔を思い出して考えてみよう。節約という人は居るだろう。でも、単に一人でランチを食べたいだけという人も結構居ないだろうか?そうだとしたら、そこに市場がある。

脱臭後】服を買う行為目的は服だけではない。会社員弁当が好きでコンビニ弁当を買うわけではなく、昼休みに少しでも長く自由時間を得るためや、面倒な同僚とのランチを断る口実のために、500円払って弁当を買いに行くのである。よく、物ではなく意味を売る時代と言われるが、きちんとその意味合いを理解すればビジネスチャンスにもなりうる。コンビニは、より安くより美味しい弁当を作るだけでなく、上記のような理由で弁当を買いに来る会社員のために、定時の弁当配達を始めるべきである外食に行って戻る時間コンビニ節約したい人は、配達弁当でさらに時間節約できるなら、500円の弁当でも1000円で買ってくれるに違いない。愛妻弁当手作り弁当を持ってきている人も、多くは妻や料理を愛しているのでも、ただの節約でもなく、単に一人でランチを食べたいだけなのではないだろうか。そうだとしたら、そこに市場がある。


平易な文に直してみると、「配達で500円弁当を1000円で売る」「弁当持参派の多くは一人で食事をしたいだけ」とは随分無茶な気がしてきました。また、「物ではなく意味を売る時代」という言葉と、この最後段落は、実は無関係なようにも思えます。配達弁当を買う人は、弁当と同時に時間を買っているのではないでしょうか。


誰でも自分臭いはわからないといいますニンニクも食べてしまえば臭くない。私の文章も、どなたかによって脱臭可能に違いありません。

2011-10-25

http://anond.hatelabo.jp/20111025165924

本当の自分=かなりダメなやつで、コミュ障だし、親しい友達もいなくて、

劣等感の塊だし、というか今無職だし、

回りに言ったら絶対に褒められない部類の欲望も抱いてて、みじめな救いようのないやつなんだ。

増田の生活で「コミュ障」で「親しい友達もいない」ことがことが誰かに迷惑かけてるか?

ステレオタイプ幸福感≒増田の求める幸福感 か?

「みじめでな救いようのないやつ」と書くことでヌルい自己憐憫に浸ってないか?

回りからかわいいとか、まじめだとか、気の利くやつって言ってもらえることがあるけれど、

そういう評価に合わせた自分になろうとしてギャップに疲れる。

いい人間になろうとして疲れる。苦しい。さみしい。

普通に生活していれば裏と表、本音と建て前なんて自然と出来てくる。

それを恥じたり、醜いと思ったりする必要もない。

あと、接するすべての人間自分のすべてを打ち明ける必要なんてないんだよ。

http://anond.hatelabo.jp/20111025161602

本当の自分=かなりダメなやつで、コミュ障だし、親しい友達もいなくて、

劣等感の塊だし、というか今無職だし、

回りに言ったら絶対に褒められない部類の欲望も抱いてて、みじめな救いようのないやつなんだ。

回りからかわいいとか、まじめだとか、気の利くやつって言ってもらえることがあるけれど、

そういう評価に合わせた自分になろうとしてギャップに疲れる。

いい人間になろうとして疲れる。苦しい。さみしい。

けどそれも含めて自分なのかな。その自分改善していったらラクになってくるのかな。

丸投げして肯定してもらうのはたしかにみっともないな。気をつける。

丸投げでなく工夫して投げれるようになればいいんだろか?

2011-10-23

http://anond.hatelabo.jp/20111022211746

20代前半の頃はそういう多人数でキャッキャウフフしてる知人のオフ会報告を見ては羨ましさと、そういう集まりに参加しても楽しめない自分劣等感を抱いていたが

だんだん「楽しそうだなーでも自分が混ざっても楽しめなさそうだから別にいいや」という感じで羨ましくもなくなり、劣等感も薄まってきた。

そして30代半ばの今ではオフ会報告を微笑ましく、むしろ楽しく見ていられるようになった。



歳を取ると自分性格や思考や行動パターンを熟知してきて、うまく思考を自分が傷つかない方向に持ってけるようになるもんなんだなあとつくづく思う。

2011-10-17

いい歳して陶冶をやり直そうとするのはメンヘル一直線

幼稚園の頃から友達

いつも周りから軽く見られて、周りからいじられる事が多い子だった。

でも、失礼な事を言われても決してやり返したりせず、周りに思いやりのある対応をする子だった。

そういう所が凄いなぁ、と思ってて私は彼女の事が好きだったのだけど、彼女社会人になってから変わった。

何にでも貪欲でガツガツするようになった。

「私は負けず嫌いだから。」と公言し、他人とスペックを競い合うように。

そういう人間に会ったことがある。

人格変わった(変えた)以降のバージョンに。




うっぜーーーんだよね、そのタイプさあ。




生まれたときからの負けず嫌い人間であれば、

負けず嫌いを20年30年とやってきてるわけだから

その性格で衝突したり痛い目に遭ったりも色々ふみわけて、

負けず嫌いなりに角が取れてるって言うか、余裕も出来てるわけよ。

(まあそうじゃないサイコパスみたいなのも一部に居るけどね)




あと、生まれたときから負けず嫌いな人って言うのは

小さいときから針路がそういう方向なわけだから

大人になった頃には自分の負けず嫌い度に応じた場所に行ってるわけよ。

まり周囲も同類の負けず嫌いだらけのコミュニティ企業にね。




でも成人後にデビューしたナンチャッテ負けず嫌いっていう奴は

いい歳して自意識が剥けたての「新しいワタシ」なわけだから

ヤンキーデビュー中学生みたいにトンガってて角だらけ。

これが迷惑極まりない。




で、いい歳して自分のそれまでの人生に否定的な見方が強いか

とりあえず周囲の人間に当り散らすんだよね。

自分の現状のポジションや交友に対して破壊的なアクションが増える。

ほんとにやるなら自分破壊しなきゃいけないのに、そこは自分可愛いから物や人に当たる。




勝手に「敵」を作って馬鹿みたいに張り合うのもそうだし、

悪口や陰口やランク付けみたいな発言がすげー増える。

常に「馬鹿にされてるんじゃないか」って発想が支配的になって、臆病になる。

そのぶんまで攻撃的になる。




はっきり言って自意識上の障害、

メンヘラに分類されるべき奴らなんだよねあれ。




しか彼女達は一生幸せになれない。

俺は成れの果てって言うか、結論みたいなおばさんを数名見たんだよ。

20代後半からガツガツ社会デビューしたような人。




物凄く周囲に迷惑で、

物凄く本人も辛そうだった。

からつけた仮面は20年経っても全然顔になじんでない感じだった。

一時も心休まってるときがないように見えた。

プライドが高い」というには劣等感が丸見えだった。

酒飲んだときの酒乱ぶりも半端なかった。(普段必死に見え見えのゴマすりしてた相手にも無礼をしてしまう)




これが中学生時代なら、

人格自意識試行錯誤はお互い様の笑い話だが、

大人になってから自分のそれまでを全部否定してやり直そうとする人。

迷惑だからやめときな。

おそらくメンヘラの一種だから、口で止めても止まらないだろうけど。




迷惑なだけじゃなく、それは上手くいかないんだよ。

成人に突如、問題を抱えた中学生みたいな危うい人格に戻られても

周囲の同僚はそんなの受け止め切れないんだよ。付き合うにはハードルが高すぎる。

からあっという間に周囲と内面が隔絶して、不満と不安メンヘラになり始める。

不幸になる。下手すればその先何十年も。




だいたい自分だって、1から思春期みたいに恥を掻きなおすガッツはないだろう。

http://anond.hatelabo.jp/20111017162327

http://anond.hatelabo.jp/20111017114106

普段から道具だと意識しているわけではありません。

そら普段から道具だと思って人と接してるわけがねえさwww

そこまでして自己承認が欲しいってのは必死すぎるwwwみじめwww

から無意識レベル認識が抑えられてると思うよ。



イケてる男子ターゲットにすると劣等感が刺激されるしね。

釣り合うとかお似合いとかどうこう考え出すと疲れる。

承認されたい同士だと与えあう承認ごっこしやすいからね。

- 転職ならen
- 派遣ならen
26ページ中1ページ目を表示(合計:633件)