はてなキーワード: 絶滅とは
捕鯨ってインターネットではタブー視されているのかわからないけれど行きつけのクジラとフグを出す料理屋が反捕鯨運動のあおりを受けて潰れたので、捕鯨に関して考える材料になればと思い日記を書きます。
そもそも日本が何で捕鯨でこんなにたたかれているかというと第二次世界後国内の物資が足りず、油もとれる肉もとれるクジラをバカスカとっていたからで…そのあと戦勝国アメリカの言うことも聞いて漁獲引数や個体(親は捕ってはならない、とか)は守り続けていたということを念頭に置いておいてほしい。はてな文法とかわからんから読みにくくてごめん。
主なエビデンスは水産庁の出している調査捕鯨データです(http://www.jfa.maff.go.jp/j/whale/pdf/140513japanese.pdf)
調査捕鯨のデータ、全然とれとらんやんけ!!やはり調査捕鯨は無駄!!と憤る人、国もいますが、調査捕鯨によって得られたデータにより作成された論文を拒否する媒体もあるので興味を持った方は論文を探す前に水産庁をディグったほうが良いです
A.そもそも資源量に関して「クジラ」っって大きなくくりで話している時点でおっ、こいつは面倒くさい奴だ、と思うのですが…
だって「トキは絶滅に瀕している」とはいうけど「トリは絶滅に瀕している」って言わないじゃないですか。
それは置いておいてクジラの多くの種類は豊富であったり過去の乱獲から数を増やし続けています。
最近調査捕鯨で採集されているみんな大好きミンククジラなんかは常に高水準で資源は安定しているし、ザトウクジラなんか増えすぎて南極のミンククジラの生息域を脅かしていたりしています。
IWC(国際捕鯨委員会)の科学委員会は1992年に資源に安全な捕獲枠計算方式(RMP)を算出しているのだけれど、国際捕鯨委員会の会議では政治的理由がハバを聞かせていて、「絶対に捕鯨を阻止するべきである」という反対国の意見に押し切られて採択はされていないです。
A.なぜなら彼は特別な存在なら仕方がないですが、賢い云々で言うとクジラより脳が大きい動物もいます。
例えばイルカ、ネズミの一種(銀河ヒッチハイクガイドでは地球でが人間が3番目、イルカが2番目、ネズミが1番目に賢い生き物であるとされていたのですがあながち間違いではないのかも)。
また、マッコウクジラがハーレムを作るだとかの社会構成を作る点に関しても同様にクジラより複雑な社会構成の動物もいます。
その地域での「神」としての特別な生き物という観点で考えるならば(ゴールデンカムイを見ればわかる通り)、異なる文化が集えばすべての生き物が「神」になる可能性があります。
一番簡単なのが牛でしょうか。(どうでもいい余談ですけれど捕鯨船日新丸がハラル認証されたので日本に流通している鯨肉はイスラム圏の人間でも口にすることができます)
他に例を挙げるならば日本で神の使いとされている鹿は西欧ではスポーツハンティングとされ毎年ミリオン単位の鹿がスポーツとしての狩りで殺されています。
西欧の文化では鹿の狩猟は管理釣り場でニジマスを釣る感覚と何ら変わらないと考えられます。
(クジラは頭がよくて、歌を歌ってコミュニケーションして、親子で行動して、ハーレムを作って、絶滅に瀕していて…という複数のクジラの特徴をかけ合わせ、人々の頭の中で考えられている理想のクジラ象をスーパーホエールと呼びます。そんなクジラ、いません)
A.捕鯨は今の方法(簡単に言うと銛ミサイル)が即死率が高く効率が良いとみなされ採択をされています。
動物の命をいただく行為なのでもちろんもっとも苦しまずに屠殺する方法がとられていますし、改善もされています。
参考までにですが牛はノッキングガンで気絶させ、その間に血を抜いて絶命させます。人間が勝手に肉を食べているわけですから、エゴは介在しますよね。
A.商業捕鯨モラトリアムとは国際捕鯨取締条約によって商業捕鯨に猶予期間が設けられてたことを指します。
よく引き合いにされるのが1983年に発行されたこの附表第10項(e)で
この10の規定にかかわらず、あらゆる資源についての商業目的のための鯨の捕獲頭数は、1986年の鯨体処理場による捕鯨の解禁期及び1985年から1986年までの母船による捕鯨の解禁期において並びにそれ以降の解禁期において零とする。この(e) の規定は、最良の科学的助言に基づいて検討されるものとし、委員会は、遅くとも1990年までに、同規定の鯨資源に与える影響につき包括的評価を行うとともに(e)の規定の修正及び他の捕獲頭数の設定につき検討する。
と記されています。
この項の前半を読むと「商業目的の捕鯨数はゼロにする」と読み取れますが後半をでは「遅くとも1990年までにはクジラに対して資源評価を行って、捕獲頭数を検討する」と書かれています。
日本はこの後半の資源評価を行うために現在調査捕鯨を行っているわけです。調査捕鯨に関しては同条約8条で定められています。
1.この条約の規定にかかわらず、締約政府は、同政府が適当と認める数の制限及び他の条件に従って自国民のいずれかが科学的研究のために鯨を捕獲し、殺し、及び処理することを認可する特別許可書をこれに与えることができる。また、この条の規定による鯨の捕獲、殺害及び処理は、この条約の適用から除外する。各締約政府は、その与えたすべての前記の認可を直ちに委員会に報告しなければならない。各締約政府は、その与えた前記の特別許可書をいつでも取り消すことができる。
2.前記の特別許可書に基いて捕獲した鯨は、実行可能な限り加工し、また、取得金は、許可を与えた政府の発給した指令書に従って処分しなければならない。
3.各締約政府は、この条の第l項及び第4条に従って行われた研究調査の結果を含めて鯨及び捕鯨について同政府が入手しうる科学的資料を、委員会が指定する団体に、実行可能な限り、且つ、l年をこえない期間ごとに送付しなければならない。
4.母船及び鯨体処理場の作業に関連する生物学的資料の継続的な収集及び分析が捕鯨業の健全で建設的な運営に不可欠であることを認め、締約政府は、この資料を得るために実行可能なすべての措置を執るものとする。
未だに調査捕鯨なのはこのモラトリアムが続いているからですね。1990年にはちゃんと漁獲量が決まるはずだったのに。おかしいな。
言いたいことは言えたのですっきりしました。またなんかあったら追記します。
シーシェパードが妨害活動を行っている船が総何トンなのか調べましたが出てこず…単純に長さは50~60mくらいなんで総トン数200~400トンの船でしょうかね?
対する日新丸は全長約130m、総トン数8030トン。第〇勇新丸などの目視調査船は総トン数700トンです。
人間をこのような狂気の行動に駆り立てるクジラという動物、とんだカリスマ動物ですね。
ニュースではなく、私の姉の話をしてみたい。
姉の上司(既婚者の男性らしい)に当たる方から、ある腐女子に需要があるアニメに「興味がある」と話を振られたそう。
それからというもの、二人きりでそのアニメに関係している場所に二人きりで旅行していたらしい。
姉は土壇場で勘のいい方で、宿泊先で同じ部屋で、という話になった時に「さすがにちょっと」と断り、事なきを得たらしい。
上司としてはその日に関係を持ちたかったらしく、姉にとっては致命的な過ちを犯さずに済んだようだ。(まあ、その上司がストーカーまがいになって転勤する羽目になったようだが)
私としては、そもそも異性が都合よく自分が好きな物を好きになる可能性あるか?とかまず疑問に出てきた。そこから色恋沙汰には疎いとみて、こういう時の男の心理を教え、厄介事がまた降り積もらなくする程度の協力はした。
我が姉は悲しいことに、乙女ゲームは自然な気持ちでやると、なぜか誰からも振り向かれない系のバッドエンドに行き着いてしまうらしい。(筆者でも好感度調整という発想ぐらいは出てくるぞ…)
思ったこととして、世の女性は、父、他の家族、あるいは元カレなどから、どういう男がマズいか、男がいかにケダモノか、正しい知識を身に着けているのか?
わかりやすく極端な例を挙げてみよう。
不動産投資の営業に対するあなたのイメージはどうだ?銀行の窓口で勧められる定期や投資信託はあなたの為を思っての銀行の厚意か?
あなたの僅かな銭を増やす為に、なぜ彼らはあなたに大真面目に勧めるのか?
あえて答えは挙げない。
もし男性からのそういった行為に拒絶するなら、ラグビー部やテニス部の主催する飲み会に参加するべきでもないし、二人きりになりたがる男と一緒になってはならない。
なんか危なそうな空気になったら、なりそうなら逃げ道を確保しておくのも重要だ。
万が一そんな男の絶滅を望むのであれば、それはオタクの5000兆円欲しい!ぐらいの態度で日々に臨んでいた方があなたのためだ。
(必然的に、社会とはラグビー部や相撲協会のようなメンタリティーの男性を望むので、彼らの絶滅はゴキブリの絶滅並みに絶望的だ。)
レイプとかではなく、より身近な、結婚しろとかケツ触られるとか、こういうのが嫌な場合もあるだろうが、これは気にしない方がいい。
むしろなぜいちいち腹を立ててしまうのか、私には理解しがたい。
私も歳が歳なのもあって、しょっちゅう結婚や彼女について聞かれるようになった。
そういう時には、私は決まって「なかなかいい人がいないんですよー。誰か紹介してくれませんかー?」と答えることにしている。
大抵はそこまで深くは突っ込まれないし、もしお見合いにでもなれば儲けものだ。
(お前を見る限り、今結婚できなきゃ一生結婚できないぞ、と暗に注意されていることには申し訳ない気持ちでいっぱいになる。)
ケツを触られることについては、男である私が語るのは僭越なのだが、会社内ではワンタッチ100円、みたいな割り切りで済ました方がいいのでは?と思ってしまう。
耐え難いなら、私の家系はプロテスタントでうんたらかんたら、みたいなめんどくさいこと言っとけばいい。
いちいちお冠にならず、相手は天気を聞くつもりでやってる、程度の認識でいい。
総括すると、まずはコミュ力を身に着けた方がいい。
後は、もっと人の悪性を学んだ方がいい。
あなただって、DQN(一般にヤンキー)やキモオタやマナーのなっていない老人やリア充など、あなたにとって腹立たしい存在に向ける眼は、きっとあなたの悪を象徴しうるほど酷薄なものだ。
http://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1221958
「当初のネーミングは男尊女卑のコンテキストを反映していた」「社会情勢が変わった結果、イメージチェンジを試み成功した」「その結果、男尊女卑のコンテキストが払拭できた」成功例だってまとめ内で引用されてる。
のに対して、トップブコメは文章を読めないマジキチさんたちに埋め尽くされ、地獄の様相と化している。
・縁側のおじいちゃんが台所のおばあちゃんに用事を言いつけているんだろ。そういうイメージCMも流してたろ伊藤園。過去を胡麻かすな。
・1968年当時の常識が今の我々にとって不都合だからといって歴史修正主義者になってはいけないと思うんだがね。問題ないのなら伊藤園が当時のCMを公開しないのは何故だ?
・昔は「おい」といえばお茶が出てくる時代もあった。寺内貫太郎一家とか見ろ。(見たこと無いけど) / さては歴史修正主義者だなオメー
そのCMも知ってるけど、この人たちバカなの? 歴史修正主義? はぁ?頭おかしいの?
今のCMを見てないのだろうか?
現代から見たら当時差別的な意識だったということと、時代の変遷に合わせてイメージを変えてきたってのはこれっぽっちも矛盾しない。
歴史修正主義はじっさいにあったことをなかったことにすることだが、別に伊藤園それを否定してるわけじゃないじゃん。 ちょっとは考えてからしゃべれよおばさん。
最近の人たちが「おーいお茶」は男尊女卑だといわれてもピンとこない、というのはむしろ健全な話だし伊藤園が、男尊女卑的なイメージから脱却しようと努力した結果だと考えられないのかね。
おばさんたちみたいにいつまでもすぎたことをぐちぐち言ってる人たちより伊藤園の人たちのほうが100倍立派だ。
・これ、イメージチェンジしたんだよね。昔はお父さんが嫁に呼びかける言葉だったけど、今は女優さんとか使ってツイ主さんのようなイメージにしたんだよね。
・かつてそういうニュアンスはあっただろうけど、いまさらそれを言い立てる人は価値観の変化というものにネガティブと考えてしまうな
・元々は男が女に呼びかける男尊女卑的な名前だったが、方向転換してお茶畑や複数人に呼びかけるイメージになった って書いてるじゃん※ちゃんと内容読めよ
・こんなことまで取り上げないといけないくらい日本には男尊女卑が無いってことですかー!?
・過去はそうだったのだろうけど、むしろ今のCMはほぼ女性に言わせてて男尊女卑の香りを消してる。イメージチェンジに成功したいい例じゃないか。過去は過去。今は今だ。
「歴史修正主義者になってはいけないと思うんだがね。問題ないのなら伊藤園が当時のCMを公開しないのは何故だ? 」ってドヤ顔でコメントしてるおばさんの陰謀論に対してはきっちり回答も出ている。
CMを含む広告制作物は基本的に1年契約とかなので、期間が過ぎたものは広告主でもwebsiteなどで勝手に配信することはできません。
どや顔でいったのに自分の無知を晒すだけになっちゃったコメントの人、いまどんな気持ち?ねえいまどんな気持ち?
人気のコメントに★つけてるやつら見てみたら、まぁいつものメンツが並んでる。
honehone9 junglejunglewhite_rosekuroi122tomoneryusuke-kBizmyuBizmyuBizmyukkrsnsnWaspkissingaaa_too_zzznomitorihoneybeuunfoo120fEternaldoomjpthnnPolyhymniazoomsweepsaikorohausudeneb-yBaraksatoru3dhadakadenkyuaquatofonaSISAO-Fbr0929goturuqwertonnewminddoscoy_tyonodoforeharisenbon_fukurahagiharisenbon_fukurahagiharisenbon_fukurahagijinakirakiku-chansand_landnickpoet55yukimi1977shinonomenKassy8107kalmalogytambomaruXLat
このおばさんがたは、みんな40過ぎなのだろうが、いい年をして未だに感覚をアップデートできないらしい。
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1804745.html
http://suminotiger.hatenadiary.jp/entry/2014/08/07/112306
彼らの中では「差別」ではなくて「分業」でしかなかったのかなと眺めていて思います。悪いことをしている意識は全く感じないんですね。自分は自分の役割を果たしているからそっちはそちら側の仕事でしょ、という感じ。
でもそれは差別ですよ、不当な扱いですよ、間違っていたんですよ、というのが現代に至るまでにじわりじわりと浸透していった結果が、今なのかなと思っています。
一連の流れを見ていて見えてきたのは、
確実に男尊女卑ととらえる人は減っているのだということ、
時代がいい方向に変化してきているのにたいして、上のコメントにスターをつけている人は、いまだにお茶は女が入れるもの、が当たり前の世界にいるのだろう。かわいそうに。
あるいは、自分たちの時代はこんなに女が虐げられてたのに、いつの間にか意識もせずに男尊女卑がなくなってる現代の女性に対する嫉妬だろうか。だとしたらみっともない。
どっちでも哀れなことだ。
わたし女だけど、「男のほうが地位が低くてセクハラ被害者になる世界」が、女性がセクハラを受ける世界よりも圧倒的に小さいんだからどうでもいいみたいな態度は、
結果的に「セクハラなんて女が男をハメるための卑怯な武器だろ?」とか「お前が誘ったんじゃねーの?」とか「それなら職場から女を絶滅させよう」とか、そういう類の
ある種の人たち(男女問わず)の、セクハラへの無理解をさらに深めるだけだろうなぁ、というのは分かる。
あと、女性と男性の間の「感じ方の差」を相互理解しようという方向ではなく分断を深めることで、結果的に男性優位(というかオレが今持ってる既得権)を、
他の誰かを踏みつけにしてでも確保拡大し続けてやりたいと願っている少数の人たち(男女問わず)だけが得をするよなぁとかも、ちょっと思ったりする。考えすぎかもしれないけど、そういう悪い予感もある。
いろいろなセクハラ報道、性犯罪を見てて、世の中の優秀な社会人や偉い人たちはとても性欲が強く、いい女のマンコに自分のチンコをぶち込みたいという欲求がとても強いんだろうなあと思った。
考えてみれば、いい大学に行くのもいい会社に就職するのも、結局大金を手にするためであり、大金を手にしてどうするかといったら、それでいい女を得る権利を買うわけだ(愛人か結婚相手として)。
人類はいずれ絶滅する存在であり、地球もやがて消えるだろう。理性的な現代人はそんなことはとっくに理解している。そんな存在すること自体の虚しさがあるなかで、それでもなぜ働き、生きるのかといったら美人とセックスしたいからなわけだ。
たしかに彼ら優秀な社会人や偉い人たちのようにいい女のマンコに自分のチンコをぶち込みたいという欲求で動きつづけられる人間はいいだろう。30代になっても40代になっても50代になっても60代になっても70代になってもいい女のマンコに自分のチンコをぶち込みたいわけだ。彼らは死ぬまで走り続けるだろう。
しかし、三次元の女に魅力を感じないオタクはどうしたらいいのか。自分の場合、美人を見てオナニーをするのはいいが、美人とセックスするのは(セックスできると仮定して)とてもめんどくさいので勘弁してもらいたい(ていうか童貞だし)。遠くから見てる分にはいいのだが、近づいて体に触れてマンコに自分の勃起した(そもそも勃起するかわからない)チンコをぶち込みたいという欲求を感じない。こういうオタクは競争社会ではとても不利だ。要するにモチベーションが低い。世の中の成功者はとにかくいい女のマンコに自分のチンコをぶち込みたいという執念で頑張っている。彼らの欲望は果てしなく、とても強靭だ。彼らの努力はすさまじく、三次元を愛さないオタクにはとても勝てない競争になっている。
そこで、ディスカッションの授業を取った。
自分の意見を言い、反応が返ってくる。相手の意見を聞き、新たな考えを知る。学生に戻って良かったな〜と思える瞬間である。
周りは4-5歳若い男の子が多いが、物腰柔らかく、丁寧で、人の話もきちんと聞く。ちゃんとしてるなあ、と思う。
その場にいる男の子たちが目の前の女性に向かって、心が痛むような発言をする人間には見えないし、そんな風になるとも思えない。時代は変わっているんだろうなあ、と思う。
一方、仕事で接する自分の親父くらいの年代のオジサンはセクハラ発言を普通にする。仕事相手に対しても平気で。それをコミュニケーションと捉えているんだと感じられた。時代が違うんだなあと思う。
今の一連のセクハラに対する流れは、時代に置いていかれたオジサンたちが淘汰されつつある。まるで恐竜の絶滅を見ているような気持ちになる。
そんな中、思うのは、人は誰でも他人をどこかしら傷つけている、という事実である。オジサンの価値観の中ではセクハラはコミュニケーションだったが、それは相手を傷つけていた。自分はどうか?と思うのである。
私が当たり前と感じる価値観、当たり前に発する言葉が、だれかを傷つけてはいないのか。いつか淘汰される側に回る可能性はないのか。オジサン達を淘汰する側も、心に問いかけておく必要があるはずだ。
例えば、「オネエみたい・ゲイみたい」という発言や、「太った?・痩せた?」「彼氏できた?・結婚しないの?・子供は?」など。一度でも、これらの言葉を自分が発したことが無いなんて思えない。でも、きっとこれらの言葉は、誰かの心を傷つけたことがあったはずだ。
セクハラは無くなるべきだ。セクハラオジサン達も淘汰される必要がある。
じゃあ、私はどうなんだろう。
件のミシシッピアカミミガメを特定外来種にする話で良く思う事なのだけど、この理屈で行くと何故野良猫は放置されているのはいつも不思議に思う。
野生で元々生息していたなら兎も角、ペットだった猫すら放置している現状。
猫なんて過去スチーフンイワサザイを絶滅させた疑惑もあるのと肉食動物なので、他の生物を捕食する可能性もあるのにそれでも騒がれる事はない。
本当不思議だよね。
多分人間なんて感情論でしか動かない動物だから猫は見た目が可愛いからOKって所なんだろうな。
本当犬は狂犬病で連れて行かれるのに猫は放置されているのも不思議。
それは兎も角としてミシシッピアカミミガメを飼育禁止とか最悪の状況にした場合、一気に捨てガメが増えるだろうね。
今の特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律なんかたった60日しか余裕がなかったりしたはず。
これじゃ申請忘れていた場合はもう飼育する事もできなくて、泣く泣く捨てるしかないと考える飼い主が激増するのは容易に想像ができる。
誰しもがペットよりも自分の身の方が可愛いから、普通なら絶対にそのような行動をとる事がない愛着がある人ですら、
そういう行動をとらざる得ないと考える人が出てくることだろう。
何かその辺の懸念も考慮するような事も言ってるようだけども今までの対応を見る限り、余り期待はしない方が良いかもしれない。
それにしても日本国内でカミツキガメやアライグマとか何故か繁殖できる程の個体数がその地域で一定の時期から出現し始めることも不思議だよね。
良くペットは飼い主が捨てるからと言うけども多頭飼いできる程余裕のある人は世の中そうはいないだろうし、
そもそも飼い主はペット自体に愛着を持つから余程軽薄な人間でない限り、そのような行動は中々とれない。
その動物の値段が高かったりしたら猶更だ。
また爬虫類ですら単為生殖(コモドドラゴンとかは単為生殖をする例もある)は珍しい事だし、
哺乳類に至っては単為生殖の例は研究室のマウスくらいしかないはずだ。
こんなもん普通に考えれば売れなくなったから業者やブリーダーが捨てたと言う線が一番あると思うのにこの辺を指摘する人も殆ど見た事がないのも不思議だよね。
何にせよ法律が余りにも融通が利かな過ぎて余計に状況を悪化させているのも笑い話にもならないと思ったりする。
正直ブラックバスやブルーギルを規制してもその後対応している所なんて見た事がなかったりするしな。
少なくとも家の近くの普通に生息している池や河川とかでは見たことがないぞ。
儲かる規制には必死に対応するが、儲からない所かマイナスでしかならない規制は法律で規制をするだけ規制してその後何の対策もしないのがこの国。
恐らくミシシッピアカミミガメについても同じような状況になるだろう。