はてなキーワード: 受粉とは
きゅうりって野菜しってます? もともとヒマラヤに生息していたウリ科の植物です
人類は遠い昔、このきゅうりの同意を得ることなく自分たちの生活圏に持ち出して食べるために増やしました。
さらにはトゲや渋みという個性を嫌って、トゲが少なかったり渋みの少ない個体を強制的に受粉させて何代にも渡って計画的に人類にとって都合の良い個体だけを増やし
しかも年中きゅうりを食べたいと思った人類は、本来なら実を結ぶような時期ではないのにビニールハウスや暖房設備などで強制的に実を結ぶようにそだてています。
このきゅうり、人類にとって必須な栄養があるなら人類にとって必要な犠牲と割り切ることもできたかもしれませんが
きゅうりって栄養的にはびっくりするほど低い、ビタミンは取れるけど他の野菜とくらべて優秀なわけでもない
僕はそんなの全然しらなくて、無邪気にきゅうりを丸かじりしてました。
でも知ってしまった今、きゅうりの中心に放射状にあるつぶつぶがすべて種、つまりきゅうりの卵であると知って食べられなくなってしまった
動物なら感情を表に出せるのでイヤな場合はイヤだと態度で示すことができますし抵抗の姿勢を見せることもできるでしょう
人間だって美味しく育ってくれてありがとうと感謝を伝えることもできますし、それらの過程で人間が心を痛めることもできるでしょう
野菜は人間に何も伝えることができませんしこちらの意思を汲み取ることもできません、本当は嫌がってるかどうかも確認できないのに
俺は逆に、コミットメントのないセックスなんてカスだ、セックスはコミットメントがあるからエロい、と思うんですよね
コミットメントなしのセックスって、要は、ガとかが交尾してんのとおんなじだろ 本質的に
ガの交尾よりは、ライオンの交尾のほうがいいじゃん 見て嬉しいじゃん
ライオンのこと基本的にほぼ知らないんだけど、なんかハーレムを形成してるイメージがあんだよ
つまり一種の家族じゃん セックスによって関係が生まれ…るのかは知らないけど、セックスをインボルブする関係が続いていくってことだ
俺の性的嗜好の話なんだけど、俺は結局、「一線を超える」シチュエーションが好きなんだ、ということが、最近わかってきたんですよ
NTRがすげー好きなんだけど、寝取られる方に興奮してるんでもないし、寝取る方に興奮してるんでもない
NTRはさあ、セックスによって生じる人間関係の変化がでけえんだよ そこに興奮してるんだ
わかりますか?
たとえば、すでに付き合ってるカップルがよ、日常のセックスをする これによって人間関係に変化が生じるか?っていうと、まあまったく生じないってことはないんだろうけど、誤差じゃん
そもそもね、人間どうしの1回目のセックスっていうのが俺は好きなんだよ 「セックスしたことない2人」から「セックスしたことある2人」への不可逆な変化!
まあ、セックスって大したことじゃねーし、そんなんを気にするのは非モテ・キモ仕草!と言われればその通りなんだけど、うるせえ!死ね!
とにかく、その、関係に多大な変化をもたらす1回目のセックスに、さらに、正式な恋人との関係の変化までついてきちゃうのが、寝取られセックスなわけじゃないですか
ひとつのコミットメントが破壊され、新たなコミットメントが生まれるわけですよ
整理しよう
これがいわゆるコミットメントなしのセックスで、俺的には全然興奮しねー
今後やっていくぞっていう、約束、関与、献身、そういうものを含んだ、意義あるセックスだ いいですね
だから興奮しないですか?
だから興奮するんだよな
そうなんだよ
俺はセックスそのものじゃなくてコミットメントに興奮してんだよ
Pornhubなんかを見てると、たとえば、親友とついにセックスとか、ステップシスターとついセックスしちゃったとか、そういうタイトルの動画がたくさんある
でも、そういうタイトルづけをするのは、つまり、コミットメントを外から文脈で補っているんだ
この2人はセックスしている→フーン、それで?
この2人は兄妹だが、このセックスを機に関係が変わった→マジ?!?!?!?!
いいですか
私ごとですが昔「マーフィーの法則」にはまっていたことがあります。
「1000万円の年収が欲しい」と思っていたら、所属していた会社の親会社が倒産して
その業務の一部を個人で引き継ぐことになり、労せず同じ仕事をしながら
23才の時に毎月90万円位の収入が入るようになりビックリした経験があります。
調子に乗って、他のことにも応用してみました。
気になっていたHカップのかわいい女の子を自分の彼女にできたり、
有名人と一緒に仕事ができたり望んでいることが面白いようにかないました。
棚ぼた式の成功体験がその後も続きました。
(下世話ですみません。若いころのお馬鹿な願望成就体験です。)
しかし、30才を過ぎてからは、婚約者に失踪されたり、お金を騙し取られたりする経験も増えてきました。
十代のころから悩んでいた体調不良もなかなか良くならなかった。
良いことと悪いことがゴチャ混ぜに自分の人生に起こるのに満足できず、「良いことだけ」起こって欲しいと思っていました。
そんな時に友人の紹介でTAWのセミナーに行きました。そこでは「自分の思考は例外なく100%実現している」と教えられました。
しかし、この方法論で自分の思考を修正するにはいたらなかったのか、体調を悪化させ寝たきりに近い状況になりました。
その後、幸いにもある運動療法、食事療法に出会い体調は回復しました。
「マーフィーの法則」や「引き寄せの法則」が有効だとしていたのは自分の思い込みだったのかも、と考えるようになりました。
私の結論では、「引き寄せた」と思いたい人は本当の因果関係(達成プロセス)を無視して、認知の捏造を行っていると思います。
思い込みが良いパフォーマンスを出す一助となることも考えられるでしょう。(←結果オーライってヤツ。)
でも、「良い出来事」「悪い出来事」の区別自体が各自の恣意的な判断です。
受粉等に役立つ虫や害虫を食べる虫を『益虫』と呼ぶようなものです。
(虫が死ぬほど嫌いな人にとっては、地球上の虫、全部が『害虫』に認定(判定)されるでしょうね。)
「良いこと」「悪いこと」「良い人」「悪い人」などの認知作用(判定)も同じです。
幸運感(ラッキー)と不運感(アンラッキー)の感じ方は「認知の癖」で決まるとも言えます。
普段から小さなことに感謝する癖のある人には、この世は天国のようだと思えますが
https://twitter.com/ShinShinohara/status/1566210232833159168
「規格外」というが、実は全国で統一された規格というものはない。
おそらく、この人が言っているのは農協が定める規格だと思う。
農協は農家から野菜を買取りをしているのではない、農家が農協に販売を委託しているという契約形態である。
農協は各県の全農を通して販売先を決め、市場を通して販売する。農協はそこから3%程度の販売手数料を取るという仕組みである。
手数料商売である農協は少しでも販売額を上げたいので、それぞれが独自に規格を定めて、有利販売できるように努力している。
農家が想定する販売先はスーパーであるが、スーパーはそれぞれ個性があり、地域にも売れる商品の特徴があるので、
そんなスーパーを複数相手にするとなると、どうしても最大公約数的な規格にならざるを得ない。
規格とは具体的にはどのようなものかというと、
例えば当地ではズッキーニの生産で全国有数であるが、農協の規格は2kg詰で18種類もある。
最長で20cm最小で16cm、太さに規定はないが、満箱詰めで重量は箱込みで2100g以上、箱の両端のみ上下をひっくり返してよい。
そうすると入り数が8本〜16本にわかれるので、それぞれが良品と傷物に分けられる。
傷は少しでもあれば格落ちで、最大で果実の1/3まで、地面や草の陰でついた色むらは格落ちとなる。色が薄いのも格落ち。
曲がりは机に置いて隙間が1cmまでが良品、3cmまでは格落ち、それ以上は返品となる。
あと、ひょうたんのようなくびれ果や、未受粉による先細果、深い傷などは返品である。
返品とは農協での検査の段階で弾かれ、箱ごと生産者の元に帰ってくる。
1本でも返品レベルが入っていれば、箱ごと返品となる。
気づいてほしいのだが、実は傷物も、ある意味では規格品であるということ。
傷の度合いや形はしっかり決まっているので、これを規格と言わずなんと言うのか。
当地のようにここまで規格を細かく分けることに意味があるかは分からない、それは農協が決めることだからだ。
我々農家は委託をしているわけで、販売方法について文句を言う立場にない。
規格については生産者部会と農協で合意しているわけで、変更したいのであれば部会を通して交渉していくことになる。
市場には個人で持ち込むことも可能である。この場合、規格は自分で定めることができる。
もちろん、その規格がどう評価されるかは別問題であり、悪いものは相応の値段しかつかない。当然のことだ。
販売先によっても違う、農協の場合ミニトマトのヘタなしは規格外であり返品となるが、
消費者や加工業者の手に届く段階で腐ってしまう、食用に耐えられないものだと思う。
例えば、トマトは傷があっても規格品であるが、割れているものは1日でカビてしまうので生鮮流通はできない。
しかし凍らせてしまえば、加工用として保存可能である。ジュースにするのであれば問題ない。
規格外というのは、売り先や売り方によって変わってしまうのである。
腐ったものが欲しいということはまずないので、格落ちを安く欲しいということだろう。
しかしこういう人は、ほとんどの販売農家に嫌われ、相手にされない。
そもそも我々は格落ちや規格外を作りたいわけではない。いきなり格落ちが欲しいというのはものすごく失礼なことなのである。
条件が揃えば規格外なんて全然出ないこともある。その時、良品を良品の値段で必要量買ってくれますか?と問えば、
大抵の人はもう二度とこない。
当然だが収穫段階で見分けて廃棄すべきである。
段ボールだって一枚100円くらいする。そんなものに詰めて運賃かけて送って、消費者の冷蔵庫に到達する前に腐るのでは、
資源の浪費、エネルギーの浪費、人手の浪費。クレームに赤伝と事務的な無駄。そして誰も幸せになれない。
畑で廃棄すること、選別でいらないものを廃棄することに罪悪感は一切感じない。
フードロスとは、食料を無駄にすることではなく、きちんと出荷された規格品を廃棄することである。
品目によってはどう頑張っても格落ちの傷ものは出る時がある。
どうやってもダメな時はダメ。それを覚悟の上で農業をやっている。
それでもやっぱり、格落ち品を出荷するのは気持ち的に落ちるし、悔しいしみじめだ。
もちろん、パートさんの給料とか運賃とか出してなんとか黒字のラインを保てるならだけど。
格落ち品しか出ない時なんて、終わってみれば一時的なことだったと思うし、
そんなもの売るななんて思わない。良品の箱に格落ち混ぜてくるようなやつは許せないけど。
誰でも良い時もあれば悪い時もある、お互い様ですよ。
なお、キャベツやレタスが畑で潰されているのがフードロスと勘違いされて敵視されているが、
僕は葉物(レタスキャベツ白菜など)を作っていないので詳細は知らないが、
地方農協のレベルではなくもっと上位で判断されているものだと思う。
露地野菜は特に気候が与える影響が大きく、生産量も価格も大きく変動するがなければ生活に大きな影響が出るものなので、
安定供給のために産地に補助金を出すことで生産量を確保している、というのが制度趣旨であると理解している。
来年の参考に。
あと、トマトやナスなんかに比べると、栽培技術の上手い下手で味にバラつきが少ない。
極端な話、収穫が遅れてオバケ状態になった実や、受粉が上手くいかなくて瓢箪みたいな形になった変形果でも、そこそこ美味しく食べられる。
一時期に比べると市価はガタ落ちなので、お得感が減っているのは残念かも。
でもまだまだ職場とかで配ると喜ばれる野菜ランキングではトップクラスかなーというイメージ。
手作業で受粉orホルモン処理をするのが望ましいので、そこだけは手間。
一株あたりの収量はそれほど多くないので、そこもまあ残念っちゃ残念だが、それでも一株から何個も収穫できるので、数株植えれば自家消費分には十分すぎる。
まあ、とにかくなにより、病気、害虫でほとんど苦労したことがないのが大きいね。(単にうちの環境に合っていただけかも知れないけどね)
圃場管理のお手軽さ★★★★☆
単位面積当たりの収量★★☆☆☆
お得感(コストパフォーマンス)★★★☆☆
岩手で就職した俺は、何度か転勤をして長野に腰を据えることとなった。
軽井沢という洒落た別荘地の近くに勤務する俺は、独身ながら小さな庭付きの家も購入し、ずいぶんと浮かれていたのだろう。
小さな庭はまだ何も植えられていなく、少し寂しい。何か、食べられるものを植えたい。そう思って先輩に相談すると、先輩は静かに言った。
ラズベリーだけはやめておけ、と。
いつも笑っていた先輩が突然無表情になり放った言葉に、俺は困惑した。どうしてと問うと、先輩は答えてくれた。
奴らは繁殖力が恐ろしい。一度根を張ると、他の植物を食らいつくす勢いで増えていく。何も手をかけていないのに、だ。
世話をしなくていいなんて、まさに俺向きじゃないですか。そう茶化したのだが、先輩は無表情に首を振った。
何だか怖くなり、とりあえず俺は先輩の言うとおり頷いた。
その日の帰宅途中、煌々と明かりをつけている園芸店が目に入った。
軽井沢の店は閉まるのが早い。まだ営業中の店があるのかと中を覗くと、気のよさそうな男が出迎えてくれた。
聞き上手な男に促されるまま、最近転勤してきたこと、ここに住むことを決めたこと。そのために庭付きの家を買った事、園芸を始めようと思っていることなどを話した。
植物を育てる才能に乏しいと笑うと、男は一つの苗を取り出した。それは、ラズベリーの苗だった。
「長野はね、ブルーベリーの産地の一つなんですよ。でもね、ブルーベリーの苗は一種類だと受粉しない子が多くて。けれどね、ラズベリーなら一本でも十分受粉するんです。暑さにも寒さにも、虫や病気にも強くて手間がかからないんですよ」
鮮やかな緑色の葉を持つ細い茎の苗は、どこか頼りなさそうだ。こんな苗が、先輩の言うほどの繁殖力を持つのだろうか。
「ラズベリーの実には便秘解消や老化防止なんかの効果があって、彼女さんにも嬉しい物じゃないかな」
男の言葉に、俺はその苗をかごに入れた。たった一本の苗が、小さいとはいえ庭を覆うことはないだろう。
俺はその苗といくつかの野菜やハーブの苗、それから肥料などを購入して店を出た。
数日後、先輩に家庭菜園を始めたことを報告した。いくつかのハーブをプランターで、季節野菜を庭で育てていると伝えた。ラズベリーを買ったことは、言っていない。
余った苗と共に裏庭にそっと植えられたラズベリーは、他の苗と共にゆっくりと成長している。今年の収穫は無理そうだと思っていたのだが、五粒ほど赤く甘酸っぱい実が生った。二粒ほど腐らせてしまったが、栄養になるだろうと木の根元に捨てた。
それから三年の月日が流れ、徐々にラズベリーの苗は大きくなり、太くしなやかな茎を広げながら実をつける。
記録的な豪雨にも連日の猛暑にも、ラズベリーは負けなかった。ある時は他の植物たちが雨で腐ってしまったが、ラズベリーだけは生き残ってくれた。
よかった、お前は無事だったんだな。そう言って笑ったあの日、なぜ気が付かなかったのか。あれほどの豪雨にも猛暑にも耐えれる植物が、可愛いだけではないことに。
九州の支店、倉庫、取引先に大きな打撃を与えた地震。役職についていた俺は対応に追われ、時には出張で一ヵ月以上家を空けることもあった。
地震が落ち着いたころ、今度は豪雨での被災。度重なる災害の対応に、気づけば五年もの月日がたっていた。
ようやく一息つける状況になった俺は、枯れてしまった庭を見てため息を吐いた。
そういえば、裏庭はどうなっているだろうか。表にある庭は忙しくても多少手入れをしていたのだが枯れてしまった。何も手を入れていない裏庭は、もうとっくに枯れているだろう。そう思って裏庭を見て、俺は驚愕した。そこには、小さな森ができていた。
青々とした葉を茂らせる、木と呼ぶには細い緑の幹。蔦よりも硬くしなやかなそれは、間違いない、ラズベリーの枝だ。ラズベリーが、裏庭を覆いつくすかの如く増殖していた。
一緒に植えていた大葉や桔梗、百合の球根が埋まっていたはずの場所ですら、ラズベリーで覆われている。
震える足で裏庭に降り、俺の肩ほども高さのある茎をかき分ける。
俺が選んで植えた植物たちが、すべてラズベリーに覆われてしまっている。あれも、これも、そっちも、全部全部全部!
ぽとりと、何かが落ちた。それは真っ赤な実だ。ラズベリーの、熟れて腐った実。足元にはいくつものラズベリーの実と、おそらくそれらから発芽したのだろう苗。
一本でも十分受粉する。それなら、これだけの量があればどれほど受粉し、実をつけるのか。足元には落ちた実と、瑞々しいほどの苗。
気がつけば俺は、あの園芸店に向かっていた。俺が店に駆け込むと、男はあの日と変わらず穏やかな顔で迎え入れた。
ラズベリーが育ちすぎていること、実が山のように余ってしまっていること、新芽が次々と出て裏庭が覆われてしまいそうなこと。まくし立てる俺に、男は笑った。
「それの何がいけないのですか。実が余っているのならジャムにすればいい。嵩は減りますよ。冷凍して保存もできます。もし種の触感が気になるのなら裏ごしして、牛乳やヨーグルトドリンクに混ぜて飲んでもいい」
呆然とする俺に、男はそうだ、と手を打った。
「ラズベリーは手をかけてあげないとすぐに拗ねて他の植物にちょっかいをかけるんです。きちんと手をかけてあげてくださいね」
男に送り出され、俺は裏庭に戻った。
放置されたラズベリーは裏庭を覆いつくす勢いで成長している。俺の手には、真新しい剪定ハサミが握られていた。
あの日から六年。恋人もでき結婚した俺は、部下を持つようになった。
賑やかな食堂で、後輩は妻が作って持たせてくれたマフィンを頬張っている。
「それにしても、先輩の奥さんは料理上手ですね。このマフィンも、甘酸っぱいジャムが最高です」
「はは、ジャムはうちの庭で採れた新鮮な果物で作ってるから格別だろう」
「はい!そうだ、俺も家庭菜園を始めようと思うんですけど、なにかおすすめの植物ってありますか?できればあんまり手がかからない奴がいいんですけど……」
「そうだな、色々あるが…………ラズベリーだけは、やめておけ」
異性交際で付き合うとしても友達として交流するにしても、常に人は裏切る可能性を秘めてる。現に何度も裏切られた。裏切られるくらいなら誰とも交流したくない。
唯一動物は信用できる。知人が飼えなくなった小動物を引き取って世話をしているが、唯一の生き甲斐と言っても過言ではない。
でも、正直もしこの子が無くなったら私には生きる意味がなくなる。新しいペットを飼おうと思うほどのエゴもない。
何もかもがめんどくさい。消えてなくなりたい。生きるだけでお金かかるからある程度はお金を稼がなきゃいけないし、でもそれで消耗して疲れてより生きる意味が分からなくなるし、私は疲れたよ。
草になりたい。光合成して必要に応じて自家受粉して、水不足が起きたら静かに枯れる、せめて生きるならそんな風に静かに淡々と生きたい。
でも人間だとそうできないから、例えば私みたいな人を安楽死させてその臓器を生きたいと願っている人に提供ができたらいいのに。もう人間として生きたくなんてないよ。