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はてなキーワード: 文化功労者とは

2023-11-27

良いことしたらお金をもらえる法律を作ればいいのでは?

悪いことをしたら、罰金を払ったり刑務所に入れられたりするじゃん

その反対に、良いことをしたらお金とか土地とかもらえるようにしたらいいんじゃない

なんとか賞とかだけじゃなくてさ、お金や物を出すべきだと思うんだ

アメと鞭のアメをもっと増やしたら世の中もっと良くなると思う

たとえば、「犯人見つけたら100万円」はよくあるけどさ、

メジャーリーグ活躍たから100万円」

将棋で勝ちまくってるから100万円」

アラフォー弱者男性なのに頑張ってるから100万円」

とか、色々理由をつけてあげるべきなんだよ

一応、文化功労者だけ年金をもらえるけど、なんで年金なんだよ!

もっと若い時にお金欲しいよね??

憲法改正して、もっと賞金を配ろう!日本未来のために!!

2022-10-25

おいおまいら、文化功労者目指そうぜ

終身で年金年額350万円、しかも非課税だって!!!

https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=326CO0000000147

てか今回の文化功労者全員65歳以上じゃん

だみだこりゃ

2022-04-28

宮崎駿高畑勲富野由悠季はおそらく受勲を固辞したが庵野秀明は受け取った

これが差だよねぇ。

富野文化功労者だけど、あれは政府からのものから

高畑フランス勲章は受け取ってるが日本勲章とは質が違うからなぁ

2022-03-18

オタク自分富野庵野宮崎駿アニメ監督として三流と思う理由

自分古今東西アニメを見ている重度のアニメオタクだ。

少ない給料ほとんどをアニメにつぎ込み最新の作品だけでなく過去の名作をもチェックしている。

アニメのために生きている自分アニメのお陰で自殺せずに踏みとどまれたと言ってもいい。

最早人生のものアニメなのだ

そんな自分だが世間で持て囃され文化功労者勲章まで授与された富野監督アニメ監督としては三流だと思っている。

これは庵野監督宮崎駿監督にも言える。

理由はこの三人の顧客軽視・顧客蔑視にある。

詳しくは思い出したくもないので割愛するがこの三人は事あるごとに消費者暴言を吐いている。

名越というゲームクリエイター顧客容姿差別するような発言をして退社に追い込まれ事件があったがこの三人が何故アニメから追放されないのか不思議でならない。

業界に自浄作用が無いのだろう。

いくら面白い作品が作れても消費者を大切にしない、消費者リスペクトできない作家が優秀な訳がない。

消費者説教せず馬鹿にせずただ同じ目線消費者が望む物だけを作り続けるのが真の優秀なクリエーターだと自分は思う。

エヴァンゲリオンなど作品を通してファン罵倒侮辱説教するという見るに堪えない自己満足ムービーなのに世界中で受け入れられているのが本当に理解できない。

真面目な話この三人よりツイッター萌え絵師や小説家になろうアマチュア作家の方がまだ顧客の求める物を顧客目線で出している分クリエイターとして上と言えよう。

真のクリエイターとは顧客の求める物を出し社会的弱者に寄り添い消費者リスペクトする物だと思う。

話は飛ぶが自分小学生の頃ドラえもんが嫌いだった。

社会被害者であるのび太秘密道具で本来得られるべき報酬を得たり悪を退治したりすると必ず最後破滅してしまうのが理不尽でならなかった。

から高校生の時魔太郎が来るを読んだ時はこういうのが読みたかったと思った物だ。

まりクリエイタードラえもんではなく魔太郎が来るを作るべきなのである

自己満足説教ポルノでは無く顧客が求める世界想像するべきなのである

クリエーターと言うのは視聴者を楽しく気持ちよくさせるのが仕事であり

視聴者に都合がいい作品を作れない、視聴者批判するクリエーターはどんな良い作品を作ろうが全員クリエーターとしてド三流なのである

そもそもこの三人に共通しているのは想像力の欠如だ。

アニメを見るな、人と関われとこの三人は口を揃えて言うが他人と関わろうと努力しても他人から拒絶される事を想像できないのだろうか?

彼女作れ、結婚しろと言うなら中学引きこもり通信制高校卒で零細工場低賃金で働いている自分彼女を作る方法を是非とも編み出して貰いたい物だ。

社会的弱者説教をして悦に浸る社会強者はただの卑怯者のいじめっ子である

あくま個人尺度だが富野庵野宮崎駿作品よりいい作品はいくらでもある。

その作品信者中傷される恐れなあるため明言はしないが。

2022-01-16

ガンダム』を20年近くやってきて、はっきりと行き詰まりを感じた


──「富野由悠季世界」展を拝見して、富野由悠季監督キャリアあらためて振り返っていただくと、ご自身でも言及されているように『機動戦士Vガンダム』以降のお仕事フェーズが変わったのではないかと感じられます。それまでほぼ毎年のようにオリジナルアニメの新作を手掛けていた富野監督が、新作から数年遠ざかり、久々に発表された作品が『ブレンパワード』でした。ガンダムシリーズから新たな路線に踏み出したのは、何がきっかけだったのでしょうか。

富野:『ガンダム』を20年近くやってきて、はっきりと行き詰まりを感じました。行き詰まりを感じた一番の理由が「ニュータイプ論みたいなものを立ち上げておきながら、それをハウツーとして示すことができなかったこと」です。『ガンダム』をやっているうちに冷戦は終わったのだけれども、じゃあ冷戦が終わったからと言って世界中がまとまっていくかというと、まとまってはいかなかった。具体的に言うと、それぞれ主要国家トップにいる人物たちが、必ずしもニュータイプ志向を持ってる人ではなかったという現実を突き付けられたからです。それで挫折するしかなかったということです。

 だからもう『ガンダム』をやっていられないと思った。あと、『ガンダム』は構造だけで見ると、旧来の戦記物に則っているわけだから戦記物ができる人や好きな人に任せれば良いと思いました。20年くらいやってきて、戦記物はやっぱり体力的に若くなければできないということもあって、年を取ってから戦記物フォローしていくには、古代史を扱うような歴史的な学識を持つ必要があるということが分かってきた。そこでどうしようかなと考えたときに『ブレンパワード』に行きついたということがあります

――今、富野監督は「ニュータイプ論のハウツー確立しなかった」ことに挫折を感じたとおっしゃいました。富野監督は人々の多くをニュータイプにしたかったということなのでしょうか。

富野:いや、多くの人だけではありません。人類のものニュータイプにならないと、これ以後一万年という単位人類は存続しない、人類を存続させるためには人の革新……というよりも、社会革新をしなければならないんだと考えています。ですから総体ニュータイプにならなければいけないということです。

――富野監督ガンダムシリーズニュータイプを新しい感覚を持つ人類として描いています。劇中では、ときには距離時間を超えてさまざまなことを感知したり、意思疎通をしたりする。具体的にはどんな人間の到来を期待していたのでしょうか。

富野:それについては、実はこの数年で具体的にニュータイプが現われたということが分かりました。

――なんと…! それはどんな人なのでしょうか。

富野将棋藤井聡太竜王とか大谷翔平選手です。将棋野球世界勝負事です。何億通りの手がある中で、藤井竜王は勝つ手を選ぶことができる。僕は将棋のことがまったくわからないけれど、「この人がニュータイプなんだ」ということがわかった。それに気づかせてくれたのは先代の竜王であり、永世七冠である羽生善治さんの言葉です。羽生さんは、藤井竜王のことを「自分があまりたことのない局面でも対応力というか、適応力みたいなものが高い」と評していまする。天才が、新たに現われた天才のことを評価しているんですよ。

 大谷選手大手術を受けた後でも基本的身体ケアをつづけ、社会人としての基本としての勉強をつづけていますしかも壁を相手に投球練習毎日つづけている!! 彼のスポーツマンとしての基礎の積み上げこそニュータイプ的と言えます時代の移り変わりとともに、レベルの違う才能と人物が出てくるんだと感じられる好例です。ほかにも、工学の部分でも蒙が啓かれるような事例を承知しています。それは電動航空機の開発です。まだ決して大型機ではないのだけれど、それがすでに開発されているということは、僕のような世代にとってはもう腰が抜けるような事例でした(2018年7月JAXA、航空系企業、電機系企業経産省航空機電動化コンソーシアムを設立)。工学電気関係では、そういうことが起きている。そういう開発者たちは30代や40代だろうと思うけれど、彼らのような人たちに続く若い世代は、さらに違うものを作ってくれるでしょう。

――新しい想像力を持った人たちが、新しい時代を切り開く。富野監督が待ち望んでいたのはそういう方々だったんですね。

富野藤井聡太竜王大谷選手を見ていると、ギトギトしていないでしょう(笑)。ギトギトした人間が何億人もいたら、地球が潰れていくんです。ニュータイプにならなければ、地球保全できないという考え方は、つまりそういうことです。おそらく、あらゆるジャンルの新進、若手の世代はこういう人たちがいるだろうと思います。僕がとくに想定しているのは現代コロナ禍を経た、現在5歳や6歳の子どもたちです。免疫学的にも、彼らの中からニュータイプが出てくるのではないか。そういうふうに期待をしています

ブレンパワード

ブレンパワード

ブレンパワード

ブレンパワード』 ©サンライズ

ブレンパワード』以降は、「当たり前に暮らすということの重要性を、アニメでもやるべきなんじゃないの?」という思いが大きくなった

――『ブレンパワード』についてもう少しお聞かせください。『ブレンパワード』の制作前は、ニュータイプにたどり着けなかった挫折感があったということですが、その中で富野監督が『ブレンパワード』にたどり着いたのは、どんなことがきっかけになったのでしょうか。

富野挫折から、僕は鬱病を患ってしまって、一年近くほとんど外に出られなかったんです。そこからリハビリをしていく中で、何を考えるかというと「なんで人間は鬱になるのか」ということでした。そこでたどり着いた答えは、健全、つまり普通生活をしないと鬱になってしまうんだということです。それだけのことだと思ったんです。この健全とは何かというと、自分ひとりだけの問題じゃなくて、親子関係子どもから両親がどう見えているか、周囲の人間関係も含めてのことです。普通であるということ。そういう当たり前の環境を維持するということ、それが人の暮らしにとって一番大事なんだということがわかった。

 そのとき企画していた作品タイトルが『ブレンパワード』だった。ブレーンという言葉を使うことで、知的な方向に行こうと思っていたんだけど、「いや、そうじゃないんだ」と。知的な回路を形成するためには、当たり前の健全生活をしていないとやっていけないんだとわかった。じゃあ、その最もシンプルな話、つまり親子の関係を正面切ってやってやる、と思ったわけです。それで主人公たちの家庭環境主人公の伊佐未勇とクインシィ・イッサーの姉弟は、研究者である父母から顧みられなかった)やジョナサン(・グレーン)みたいなキャラクター(優のライバルジョナサンは母のアノーアに屈折した愛情を抱いている)ができあがったんです。だから東京水浸しになっている、みたいな話がやりたかったというわけではないんです。

――地球の各地が自然災害で荒廃しているという『ブレンパワード』の世界観は、当時としてもインパクトがあったと思います

富野:なんでああいう設定がいるのかというと、要は「アニメとしてのだまし絵」なんですよね。その設定があったほうが、アニメっぽく見えるからあくま技法論にすぎなくて、別に水浸しになった事件を描くわけではない。そうではなくて、ものすごく簡単に言っちゃうと「ママは僕のことを優しく育ててはくれなかった」という親子関係のことをドンとやっちゃうことが、一番良いことなんですよ。そういうものアニメとして描く中で、もう少しだけ、リアルもの接触できる作品を作れないかと思っていたんです。

――人間関係の中でも一番シンプルな「親子関係」に焦点を当てることで、普通のこと・健全もの模索しようとしていたんですね。

富野:先ほどの質問に基づいて言うと、『ガンダム』は旧来のメカもの戦記物体裁に則っている部分があるんだけど、『ブレンパワード』以降は基本、心の問題……つまり「当たり前に暮らすということの重要性を、アニメでもやるべきなんじゃないの?」という思いが大きくなっています。僕が「『ガンダム』の富野」だったことで、ずっとそれができなかった。『ガンダム』の後期では自分プロダクションを立ち上げて、新たな作品出資しようと考えたこともあったけれど、僕にはそれをするだけの能力がなかった。実務者になれなかったという自分能力論もあったうえで、スポンサー理解してもらえるように、永野護くん(メインデザイン)に手伝ってもらったりして、なんとか『ブレンパワード』をかたちにした、ということです。だから中途半端なところはあると思いつつ、とにかく『ガンダムから脱出するための作品でもあったとは言えます

ブレンパワード

ブレンパワード

ブレンパワード

ブレンパワード』 ©サンライズ

思想理念があったから、技術者たちを動かすことができた。だからアニメのことだけを考えていたらダメなんです

――『ブレンパワード』ではメインデザインいのまたむつみさん、永野護さん、音楽菅野よう子さんといったベテランだけでなく、脚本浅川美也さん、カナン・ギモス役の朴璐美さん、のちの『∀ガンダム』ではデザイナーとしてゲーム業界から安田朗さんといった才能を、アニメ作品に起用しています。その背景には、富野監督にとってはどんな思いがあったのでしょうか。

富野:これは『ガンダムから教えられたことです。僕がやったことではなくて、当時の録音監督松浦典良)の采配で古谷徹さん(アムロ・レイ役)と池田秀一さん(シャア・アズナブル役)を呼んでくれた。他の声優さんも、声優専門ではない方が多かったんです。そういう人選を見せられていましたから、それこそ20年30年経てば今度は僕がやらなければいけないことだろうと、当たり前のように思えたわけです。それでやってみたというだけのことです。むしろ思ったよりも、それが成功していないという意味では、本当に人を見る目がない、育てる力がないという自覚をしています

――富野監督作品参加以後も、みなさん大きな活躍をされています

富野:結局、上手く行っている人たちっていうのは、もともとそういう才能を持っていたんですよ。全部、彼ら彼女たちの力なんです。僕が彼らに刺激を与えたとか、インプットしたという記憶あんまりありませんね。人を育てるということは、本当に難しいことです。これはわからないんですが、おそらく触っちゃいけないんです。触らないで、出会ったとき関係で、その人の持っているものを見つけだす。それ以上のことをしては絶対にいけないんです。これは実をいうと、愛の問題もつながってくるんです。

――愛ですか!!

富野:愛し合っちゃうと、一点しか見えなくなるんです。正しく接することができなくなる。その瞬間にとらわれてしまって、相手が今後どうなっていくのかを考えられなくなる。正しい距離感で、この先を考えて相手と正しく接していくものでしょう。ちゃんと愛を育むことが大事なんです。

――そういった愛のお話教育論にもつながりそうですが、そういった考えは、富野監督アニメ制作の中でお気づきになり、考えを深めていかれたのでしょうか。

富野:もちろんです。僕は基本的に絵を描けないし、原画動画を今もチェックしているのですが、腹が立ちますもん。「なんでアニメーターは画が上手なんだろう」「なんで線が綺麗に描けるんだろう」って。しかも、彼らは平気で何十枚も描いてくるんですよ。

――ははは。

富野:でも、そういう優れた技術を持っている人たちがいるから、僕は作品を発表できるのであって、技術を持っている人たちの総代に立つには、技術論ではなくて、理念を持たなければいけないわけです。そういう思想があったから、ここまでやって来られたんでしょう。

――思想があるから、約50年にわたるキャリア監督として活躍してこられたとおっしゃるわけですね。

富野思想理念があったから、技術者たちを動かすことができた。だからアニメのことだけを考えていたらダメなんですよ。「マンガ絵が好きだからって、マンガが描けると思うな」という考えにもつながります。この話って、何にでも通用するでしょ? 僕が文化功労者のお礼のコメントの中に「アニメストーリーテリングは万能である」と書いたけれど、そういうことなんです。あれは良い文章になったなと思っています。僕がアニメ制作を通じて描いてきた思想は、どんなものにも通じる。それがあるから作品公共的な意味が出るんだと思っています

第3回へ続く(第3回は、1月22日配信予定です)

2021-07-24

ゲーム業界人間としての率直な感想

五輪開会式ゲームBGMが大々的に使用されていて好評を博していた。

世界中選手が入場し、天皇陛下総理なども列席するイベント音楽ゲームBGM採用され、アナウンサーは「日本世界に誇るゲーム音楽」という感じで紹介していたようだ。


これ自体文句なく素晴らしいことだし、開会式も思っていたより遙かにまともだった(事前のゴタゴタで期待値が低すぎたせいもあるが)。

しかしながら、末席ながらゲーム業界で働いている者の実感としては、なんというか違う世界を見ているような気分になったのも事実だった。


というのも、私の実感ではいゲーム国家の一大イベント音楽採用され、「日本の誇り」と当たり前のように語られるようになったのか解らないかである

思えばリオ五輪閉会式でも当時の安倍総理マリオコスプレをしていた。これもまた画期的なことで、政府世界通用する、知名度の高いコンテンツとして実利的な観点からゲーム選択したと言うことだ。

しかし、日本政府はそこまでゲーム産業知名度競争力理解しておきながら、ほとんど国家としては何の支援もしてこなかった(そして現在特にしていない)。

クールジャパンという題目が掲げられて20年ほど経つが、その間についぞ政府支援を受けてゲームが作られたという話を私は知らない(これは本当に無知なだけかも知れないが)。アニメ業界にも共通する、末端のクリエーター低賃金長時間労働は一向に解決されていない。

マリオの生みの親、宮本茂2019年に文化功労者に叙されるまで何の政府から表彰もなかった。人間国宝でもおかしくないだろうに。


世間の目も一貫して冷たかったはずだ。ゲーム脳等というオカルト蔓延ったのはさすがに一昔前だが、今でもゲームというのは教育に悪いもので、映画文学などの「芸術」とは違う、低級なモノという偏見は拭われていない。香川県では県ぐるみゲーム規制が進行している。

そもそもゲームお茶の間話題になるのはせいぜい新型ゲーム機が発表されて電気屋行列が出来たときか、任天堂からポケモンの新作が出たときくらいである。

例えば日本ゲームがGoTY(その年に発売された全世界ゲームの中で最も優れたゲームに贈られる賞)を受賞しても、それを大きく報じるのはあくまゲームメディアだけで、一般メディアには触れられさえしなかった。

国産ゲームがGoTYを受賞するというのは、その競争率産業の大きさを考えれば「邦画アカデミー作品賞を受賞する」「日本ワールドカップで優勝する」といったインパクト匹敵する偉業といっても大げさではないと私は思う。

しかし全くニュースにもならない。ゲームというコンテンツを楽しむ人の数は映画サッカーに全く負けていないはずなのに。

ちなみに日本2000年代以降でもGoTYを3度受賞している。


このようにして、日本ゲーム産業というのは国から無視され、社会から蔑視されつつ、勝手作品を作ってきた。予算の桁が一つ違う海外産のゲームアイデア日本独自テーマなどを駆使してどうにか張り合ってきた。

そうしているうちに海外では評価されるようになり、今や一部の例外的ジャンルを除けば、国産ゲームの売り上げの大半を海外での売り上げが占めるようになった。

自分認識している日本におけるゲーム立ち位置というのはおおよそ上記のようなものだ。

からオリンピックの式典のようなハレの舞台唐突日本ゲームが登場し、「日本世界に誇る~」みたいな紹介をされているのを見るとパラレルワールドに来たような気持ちになった。

「今まで無視してきたのに都合良く利用するな」という憤りより、戸惑いの方が大きい。

2020-12-13

中学校講師をしている俺の考える少子化対策

女性手帳の配布

中学校入学と同時に女性手帳を配布する。

妊娠出産の適齢期、高齢出産の影響、年齢と不妊関係性感染症について教える。

30歳になって出産を考えるようでは遅い。

四年制大学学者を減らす

晩婚化、第一出産年齢の高齢化に繋がる。

まずは女子大廃止国立大の推薦・AO入試枠を減らすことで女子学生も減る。

公務員採用人数と女性割合を増やす

民間企業では何年も続けて育児休暇が取りにくい。公務員女性を増やし、育児仕事の両立がしたい女性公務員に。

●4人出産した女性表彰&終身年金として年額350万円を死ぬまで支給

文化功労者には終身年金として年額350万円が支給されている。文化功労者レベル待遇を。育児放棄や虐待があれば停止。

2020-10-28

すぎやまこういち文化功労者って、やっぱり極右政権なんだな

アニメゲーム音楽というのは文化ではなく娯楽であり、クラシックなどの本来文化としての音楽から逃げて娯楽に走るのは五流の音楽であるというのは常識

そのような人が文化功労者って、本人が極右思想の持ち主だから授与したとしか考えられない。

2020-10-04

文化功労者って終身年金貰ってたの!?

マジかよ

んなもんとっとと潰せ

完全に税金無駄

ちょっと勲章もらっていい思いするくらいなら「良かったねー」だけど

金持ってるくせに追加で年金まで貰うとかふざけんなよ…

2020-04-15

anond:20200415124018

どう考えても人余りになるから

アメリカ不況対応みたいにバラックに押し込めて炊き出しでも食わせるくらいするしかないんじゃないの?

少なくともこれから来る未来音楽家様は文化功労者から収入補償してあげよう、なんて呑気な状況じゃないでしょ

2017-05-19

竹添 進一郎(たけぞえ しんいちろう、1842年4月25日天保13年3月15日) - 1917年大正6年)3月31日)[1]は、日本外交官漢学者。名は漸、字は光鴻(こうこう、みつあき)、号は井井(せいせい)と称した[2]。 甲申政変時の朝鮮弁理公使であり、後に漢学者として活躍した。日本学士院賞受賞。熊本県近代文化功労者[3]。

目次 [非表示]

1 来歴

2 主な著作

3 栄典

4 脚注

5 参考文献

来歴[編集]

肥後国天草(現・熊本県上天草市大矢野町)生まれ。父である小田左衛門(竹添筍園)は、肥前国島原出身医者で、天草大矢野島に移り住み、上八幡宮宮司二上出雲の娘である美加と結婚した[3]。順左衛門儒学者広瀬淡窓門下十八傑の一人でもあり、進一郎が幼い頃より儒学を教えた[1]。

1855年(安政2年)15才の時、天草より熊本に出て儒学者木下韡村の門下生となった。学業は極めて優秀で、木下門下では、井上毅木村弦雄と三才子と称され、さらに古荘嘉門を加えて四天王といわれる[3]。藩校時習館の居寮生となり、木下のはからいで士分に取り立てられ、藩命により京都江戸奥州を訪れる。江戸では勝海舟の知遇を得る[1]。

1871年(明治4年)、廃藩置県で失職し熊本市玉名市私塾を営んだ後、1875年明治8年)に上京する[3]。勝海舟の紹介で森有礼全権公使随行し、清国へ渡った。同郷の津田静一と共に清国を旅し「桟雲峡雨日記」を記した[1]。天津領事北京公使館書記官などを経て、1882年明治15年)、花房義質の後任として朝鮮弁理公使となるが、甲申政変に深く関わり辞任した[4]。

1893年明治26年)、東京帝国大学教授就任漢文学を講じた[1]。退官後、小田原暮らし、76才で没した。1914年大正3年)、日本学士院賞受賞(第4回)。文学博士従三位勲三等。熊本県近代文化功労者。次女の須磨子は、講道館柔道創始者である嘉納治五郎結婚した。媒酌人は、木下韡村の次男で後に京都帝国大学総長となった木下広次が務めている[1]。

2010-10-26

http://anond.hatelabo.jp/20101026193704

ああなるほど

2000年代くらいから書き始めてる、っていうか、水木プッシュプロジェクト組んでるんだね

この人が文化功労者なら永井豪の方が一般に支持され続けてるような気がするんだけどなあ

プロジェクトの内容とかも見たけど、なんか人工的、仕掛け的だよね

水木しげる

文化功労者だとか

うーん

ひょってして朝の連ドラってこのための下敷き?とか邪推してしまう

だってゲゲゲの女房まで水木しげるなんてほとんどみんな忘れ去っていたもの

子供のころ読んだけど懐かしいとも思わなかったよ

いったい誰が支持してるの?

 
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