はてなキーワード: スキーとは
何がどうデタラメなのか書けばいいのに。これだからクソオタクは。
おすすめの作曲家は推薦する人にも推薦される人にもよるので、元のツイートから変えずに年代の修正だけしてみた。年代は増田の指摘が正しいものとして裏はとってない。下表の年代について、たとえば1800年代は3段で書いているが上段が前半、中段が中盤、下段が後半を示す。登場順と表記名は増田に合わせた(とはいえ国内で一般的でない現地読み的な表記は検索時に初心者を困らすだけだと思うが)。ワーグナーは前期後期があるとか、リストはハンガリー人だがドイツ・オーストリア音楽とか初心者には余計な情報は割愛。
年代 | ドイツ オーストリア イタリア | フランス スペイン | チェコ ハンガリー他東欧 | ロシア | イギリス | 米 |
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1600 | ||||||
1700 | バッハ、ヘンデル モーツァルト | |||||
1800 | シューベルト、ベートーヴェン ワーグナー、ヴェルディ、リスト、ヨハン・シュトラウス ブラームス | ビゼー サン=サーンス | ショパン スメタナ、ドヴォジャーク | ムソルグスキー、チーコフスキー | ||
1900 | マーラー | ドビュッシー、ラヴェル | ラフマニノフ ハチャトリアン ストラビンスキー | エルガー、ホルスト | ガーシュイン |
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1664833
↑このブコメで賞賛されている表がかなりデタラメなので修正してみた。
とりあえず同じように1600年代から始めます。「オケゲム、マショー、パレストリーナ、ジョスカン・デ・プレがないぞ」とかいう意見もあるようですが、それはもっと以前だから書いていないだけです。
作曲家の「生まれた年」ではなく「主に活躍した時代」で書きます。これに文句を言っている方もおられるようですが、何故かと言うと例えば生まれは1600年代終盤だけれど音楽家として活躍し世に認められたのは1700年代になってから、といったような例があるからです。
「あれは記憶だけで描いてるから素晴らしい」とおっしゃる方もいらっしゃいますが、これも資料などは参照せず、ほぼ脳内の情報だけで書いております。
モンテヴェルディ(みんな知ってる「私を死なせて」)、カッチーニ(「アヴェ・マリア」が有名だが実はソ連の音楽学者ヴァヴィロフの贋作。真作で有名なのは「アマリッリ」)
シュッツ(「ドイツ音楽の父」として有名)、シャイン、シャイト(以上3名は「ドイツ三大S」として有名)
コレッリ(「ラ・フォリア」が有名)
ヴィヴァルディ(「四季」の人)、アルビノーニ(「アルビノーニのアダージョ」が有名だが贋作。真作で一般に有名な曲は無い)、ペルゴレージ(「スターバト・マーテル」が有名)
クープラン(チェンバロ曲で有名)、ラモー(音楽理論とオペラ)
バッハ(名曲多数)、ヘンデル(日本では「音楽の母」などと呼ばれたが女性ではない。「メサイア」「オンブラ・マイ・フ」「水上の音楽」など)、テレマン(「食卓の音楽」で有名)
以上1600~1750年が「バロック音楽」の時代。欧州における「絶対王政」の時代とほぼ重なるという見解があります。
「古典派音楽」の時代。啓蒙思想によって理性が重視され、それが音楽に影響を及ぼした時代です。
チマローザ(オペラ「秘密の結婚」)、パイジェッロ(「うつろな心」)、ボッケリーニ(「女ハイドン」の異名を持つが男性)、サリエリ(オペラの巨匠)
音楽における「ロマン主義」は文学や絵画よりも遅れて1800年代になってから現れます。この時期は古典派音楽からロマン派音楽への過渡期です。
ロッシーニ(オペラ「ウィリアム・テル」「セビリアの理髪師」など)、ベッリーニ(オペラ「ノルマ」など)、ドニゼッティ(オペラ「愛の妙薬」など)
シューベルト(未完成交響曲 D 579、歌曲集「冬の旅」など)
メンデルスゾーン、シューマン、世代的にはワーグナーもここに入る(この時期はオペラ「リエンツィ」「タンホイザー」「ローエングリン」など)
リスト(本人はハンガリー人を自認したが実際はドイツ系オーストリア人で本来のハンガリーの民族要素は無いのでドイツ・オーストリア音楽として捉えるのが正しい)
グリンカ(オペラ「ルスランとリュドミラ」)、ダルゴムイシスキー(オペラ「石の客」)
1848年革命の失敗により、ヨーロッパ音楽の雰囲気も暗くなって参ります。
ヴェルディ後期(オペラ「椿姫」「アイーダ」「オテロ」「ファルスタッフ」など)
ブルックナー(交響曲では4番と7番、8番が有名だが初心者に聞きやすいのはむしろ1番と6番だと思う)
ブラームス、ブルッフ(ヴァイオリン協奏曲第1番が有名)、ワーグナー後期(楽劇「トリスタンとイゾルデ」「ニーベルングの指環」「ニュルンベルクのマイスタージンガー」)
オッフェンバック(オペレッタ「天国と地獄」など。実はドイツ人)、グノー(オペラ「ファウスト」)マスネ(オペラ「タイス」など。「タイスの瞑想曲」)、サン=サーンス(長生きしたので今年没後100年)、フランク(バッハの対位法、ベートーヴェンの劇的構成、ワーグナーの和声を融合した究極の交響曲を作曲したが実はベルギー人)、フォーレ(「レクイエム」「幻想の水平線」)
スメタナ(連作交響詩「我が祖国」その中の一曲が「モルダウ」)、ドヴォジャーク(「新世界交響曲」e-moll op.95 など)
ボロディン(オペラ「イーゴリ公」、交響詩「中央アジアの草原にて」、交響曲第2番など)、バラキレフ(東洋幻想曲「イスラメイ」)、ムソルグスキー(オペラ「ボリス・ゴドノフ」、ピアノ組曲「展覧会の絵」)、リムスキー=コルサコフ(交響組曲「シェヘラザード」など)、チーコフスキー(バレエ「白鳥の湖」、交響曲第6番「悲愴」など)
グリーグ(ピアノ協奏曲、劇判音楽「ペール・ギュント」、ピアノ曲「抒情小品集」、歌曲「最後の春」など)
プッチーニ(オペラ「トスカ(星は光りぬ)」「蝶々夫人(ある晴れた日に)」「トゥーランドット(誰も寝てはいかん)」など)、マスカーニ(オペラ「カヴァレリア・ルスティカーナ」映画「ゴッドファーザー PART III」のあれ)、レスピーギ(交響詩「ローマの松」などローマ三部作)
マーラー(11曲の交響曲と歌曲)、ヴォルフ(ドイツ語歌曲の頂点として非常に有名)
リヒャルト・シュトラウス(交響詩「ツァラトストラはかく語りき」〈映画「2001年宇宙の旅」のあれ〉オペラ「サロメ」〈裸踊りで有名〉「薔薇の騎士」〈少女漫画オペラ〉)、レーガー(変奏曲と室内楽の達人。歌曲も秀逸)
ダンディ(「フランスの山人の歌による交響曲」は初音ミクが歌った冨田勲の「イーハトーヴ交響曲」の元ネタ)、ショーソン(「詩曲」、フランクの影響を受けた1曲だけの交響曲など)、ドビュッシー(オペラ「ペレアスとメリザンド」、交響詩「海」など)、ラヴェル(バレエ音楽「ダフニスとクロエ」、ピアノ協奏曲ト長調など)
フェルステル、ヤナーチェク(オペラ「利口な女狐の物語」、村上春樹のせいで何故か有名になった「シンフォニエッタ」)、スーク(アスラエル交響曲などが有名)
シマノフスキ(「スターバト・マーテル」など)
グラズノフ(ロシア浪漫派交響曲を集大成した作曲家として有名)、ラフマニノフ(無伴奏合唱曲「晩祷」で非常に有名)、スクリャービン(神智学に陶酔した交響曲第4番「エクスタシー」と、「神秘和音」を駆使した妄想ピアノソナタで非常に有名)
エルガー(「威風堂々」が有名だが真の傑作は交響曲第2番)、ディーリアス(「春始めての郭公を聴いて」は英語圏では誰もが知る名曲)、ヴォーン・ウィリアムズ(「田園交響曲(3番)」と「南極交響曲(7番)」が有名だが5番も捨て難い)
ヒンデミット(オペラ「画家マティス」と、その音楽をまとめた交響曲が有名)
シェーンベルク(無調音楽、12音音楽の創始者。彼が最初に12音音楽による楽曲を完成したのが1921年なので今年はシェーンベルク式12音音楽の100周年。まず聴くばきは「ピアノ協奏曲」「ヴァイオリン協奏曲」「弦楽四重奏曲第3番、第4番」)、ベルク(無調音楽、12音音楽に調性音楽的要素を取り入れて聴きやすくした人。オペラ「ヴォツェック」「ルル」、器楽曲では「ヴァイオリン協奏曲」が有名)、ヴェーベルン(12音音楽の究極として有名)。以上の3人は「シン・ヴィーン楽派」として20世紀音楽を語る上で非常に重要です。
いわゆる「6人組」の時代。現在でも有名なのはプーランク、ミヨー、オネゲル(交響曲第2番と第3番はカラヤン盤もあるので聴いて下さい。このほかオラトリオ「火刑台上のジャンヌ・ダルク」も泣けます。実はスイス人)。現代音楽史的により重要なのはメシアン(「トゥーランガリラ交響曲」「世の終わりのための四重奏曲」「彼方の閃光」オペラ「アッシジの聖フランチェスコ」などが非常に有名)。
プロコフィエフ(大人は「ピーターと狼」みたいなガキ向けの曲は聴かず「交響曲第2番」の暴力的激しさにヒャッハーしましょう)、ハチャトリアン(「剣の舞」とかいう曲は子供の頃運動会で聴いたでしょうから、そんなものより「交響曲第2番」でファシストとの激しい戦いを体感しましょう)、ショスタコーヴィチ(世間一般では交響曲第5番が知られていますが、高く評価されているのは4番、8番、10番、14番など偶数番号の交響曲です。真髄はオペラと弦楽四重奏曲です)
20世紀後半以降は省略。
登場人物が日本人だとクソゲーオブザイヤーに選出されるレベルのしょうもないエロ話が、登場人物をロシア貴族にしただけで文学として評価される
とある貴族の娘エカテリーナに下っ端役人ニスタロフスキーが恋をし仕事を捨てて駆け落ちした。
しかしエカテリーナが許婚のレズノフ公爵子に住所を教えてしまったことから
「エカテリーナが俺とバーニャに入るなら、1ヶ月文の生活費は出してやろう」
と提案を持ちかける。
ニスタロフスキーはエカテリーナがそんな事を了承するはずがないと思っていたが
自分のためにエカテリーナが犠牲を払ってくれたのだとひとり合点をいかせる。
嬉々として答えるエカテリーナの姿には
数ヶ月が経ちレズノフの
「エカテリーナの真実を教えてやろう。ついては公爵家までふたりでこい」
公爵家に着くとレズノフは二人に対して行為に及ぶよう要求する。
行為が終わるとレズノフは「次は俺が行為に及ぼう」と言い出した。
「生活費がかかっていないのだからエカテリーナもするまい」との確信をもつ。
愛を囁かれた男には誰にでも心を開いてしまう」
「カチューシャが恋慕を失うことはない。
男達は床に崩れ
娘だけが訳が分からないといった様子できょとんと二人を見つめていた
https://www.nicovideo.jp/watch/sm37662612
を書き起こしてみたもの
・マラソンで一緒に走ろうと誘っておいて最後は一人で先にゴール
・抽選に当たったらみんなで分けようと約束したお菓子を当選したので独り占め
・多少勉強ができたので同級生に「こんなのも分からないの?そんなんじゃ志望校落ちるよ笑」とか言う
・長期休暇にアメリカでホームステイしたことや南半球にスキー旅行に行ったことを自慢する
・当然いじめ行為を行う。仲間はずれにする、無視する、50m走10秒台はヤバすぎでしょ、クスクスみたいなことを輪になって本人に聞こえるように言う
・教師いじめもする。みんなで、せんせー!何言ってるかわかりませーん!ギャハハ笑と言って新人の教師を泣かせる
そしてトカマク・ロブスキー
件名のような気持ち (注:正確には 「コンピュータ支援などを使ってもいいから、自分の心の中のイメージを思い通りに絵で表現するような体験をしてみたい」 というような気持ち) を知人に話したところ、それは生業として絵に関わっている人(知人はそうであった)にとって侮辱であり、唾棄すべき考えである、というような答えをもらった。
たしかに知人相手に、絵を例に挙げてしまったのは、いささか無神経であったかもしれない。
しかしながら、いくら議論をしても、私はこの気持ちがなぜ否定されるべきものなのかわからず、知人もなぜそのようなことをして嬉しいのか理解できない、という平行線だった。
私の主張をまとめておきたい。
以下、それに対する知人の考えを、断片的にではあるがまとめておく。
ただし、私の乏しい理解度により、知人にとっては不本意な内容になっているかもしれないことは承知願いたい。
これに対する私の考えはこうである。
後者に関しては私もそう思う。体験提供においても、単なる一方的な映像提示でなく、自分が起こしたアクションが世界に影響を与えて返ってくる、というインタラクションが大事だと思う。
とりあえずこれで終わりにしたいと思う。多分この会話は、上記に書いていない導入の部分から、すでに互いにすれ違いがあったような気もする。
私は最後に、知人に対して、絵を例にあげてしまったことを詫びた。
私自身も、絵や美術的なことに関して憧れがあったが、他のことへの鍛錬を積む代わりに、絵には何もしなかった経緯がある。
それによって成したものもあり、現状に納得はしている。
それでも素晴らしいイラストなどをみると、もし私もこのように、心の中にあるイメージを思い通りに絵にすることができたら、どんな気持ちになるのだろうか、と淡い不真面目な憧れを捨てずに持っていた次第である。
最後に、これは特に知人には言わなかったが、アートやスポーツなども、「そんなふぬけた考えは侮辱だ」などと言わずに、「あなたは私のそこが楽しいと思ってくれるのね、ありがとう」という風に、博愛的に受け入れてくれる心があってほしいな、と思った。
多分消す
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日光白根山や菅平スキー場を見て、うわー人いっぱいいる密だ、とか、昨日まで地面見えてたの一夜明けたら真っ白じゃん!すげー、とか朝日めっちゃ綺麗だなーとか思ってた。
そうやって日本のスキー場を見てたらさっきフィンランドのスキー場のライブカメラが関連動画に出てきたんで見てみた。
フィンランドは夜らしく、ナイター照明に照らされてキラキラ光るゲレンデや、イルミネーションされたおしゃれなスキーロッジ群、バカでかくカッコいい最新リフトをみてやっぱ本場の雪国は一味違うなーすげーなーって思ってた。
一通り見て満足したところで、ふと昼のゲレンデはどんな感じなんだろう?と疑問に思い、シークバーを動かしてみた。
Youtubeのライブ配信はシークバーを動かすことで何時間か前の映像を見れるようになっている。
でも動かしてもゲレンデは暗いままだ。
適当に動かしたからかな?と思い、他の時間帯に動かしてみたがいつの時間であっても明るくならない。
なんだこれ?と思った数秒後、あっこれ白夜だ、と気づいた。
職場(東京)やお客さんとの雑談でも、GoTo中止もなんのその普通に帰省したりスキー旅行に行ったりする予定の人が思いの外多い。彼らが感染症対策に不真面目なのかというとそういうことでは全くなくて、とても真面目にマスクや消毒などを行い、緊急事態宣言があれば外出の自粛をするような普通の人々だ。
28日まで仕事の人も多いので、今からでも緊急事態宣言すれば、ホテルを予約した旅行なんかは無理でも帰省などを思いとどまれる人もそれなりにいそうなのだが無理なんですかね〜。
感染抑止だけでなく不慮の大怪我などの抑止にもなって医療現場への負担も少しは減るのではと思ったり。
皆さんの周りはどんな感じでしょう?
スキーするとこじゃなかったのか