はてなキーワード: 相場とは
先日祖母が亡くなった。
祖母は昭和一桁生まれ、地方の本家の長男の嫁で子供が7人ということで、一族のドンと言うかゴットマザーとでも言うような人だった。
本来なら盛大な葬儀になるはずだったのだが、コロナ禍と言うことで親族のみの簡素な葬儀に変更になった。
で、祖母の長男である父の意向で、規模が小さいのがいい機会だからと、嫡孫にあたる俺が冠婚葬祭の勉強を兼ねて取り仕切ってみろと言う事になり、色々と準備する事になったのだが、思う事が多々あったのでここに書き出してみる。
新型コロナの第三波が警戒されている昨今だが、老人連中は明らかにビビらなくなってきている。そもそも、「親族だけの簡素な式」と言う事で、俺は参列者は多くても15名程度、せいぜいが祖母の存命の兄弟と子供、近くに住んでいる孫連中くらいと考えていたのだが、なんやかんやのしがらみで親戚筋を一通り呼ぶ事になり、結局参列者が50人を超えてしまった。不特定多数の不要•不急の集まりを避けると言うコロナ対策の観点で見ると非常にまずい。
まぁなんと言うか、年配層にとってはコロナ対策で密を避けるよりも、「この人は葬儀に呼ばれたのにウチは葬儀に呼ばれなかった」と言う不満の声が出ないことの方が大事な価値観のようなのだ。若輩者の俺がとやかく口を挟めることではなかったのでやむなく従ったのだが、ぶっちゃけこんなに集まらない方が良かったと思っている。
また、「コロナ禍につき、親族以外の参列はご遠慮いただく」と事前に宣言していたにもかかわらず、アポなしで押しかける近隣住民が多数いたのも辛かった。この地方でのコロナ患者数は県全体で見てもそう多くはないといえ、葬儀にノコノコやって来た彼らはノーマスクで故人の話題をダシに談笑しており、日頃会社や自宅でコロナ対策に気を使っている身からするとなかなかにキツいものがあった。
極め付けはコロナ対策が非常に甘い寺院。入り口にアルコールが置いてあるだけで、検温等は一切無し。法要は寺の御堂を締め切って行われた。(11月になり気温が下がっていると言うのもあるだろうが。)お経をあげる4人のお坊さんはノーマスク。コロナで重症化しやすい高齢者も多数いたと言うのにだ。参列者にキャリアがいれば葬式クラスター待った無しである。ちなみに遠方から来ている親戚は、東京、横浜、名古屋、大阪、神戸と大都市在住の者も多かったので、いまだ内心冷や冷やしている。(もっとも、医療関連の仕事についている親戚はさすがに出席を辞退していたのが。)
俺が葬儀を取り仕切ると言う事で、お寺や葬儀屋との交渉にあたったのだが、まあ料金体系の不透明なこと。
まず、お寺は見積もりの明細書や領収書は一切出さない。ざっくりと戒名料が20万で、法要料が1周忌までセットで100万、あとは思し召しでいくらか寺院の修繕費として寄付をいただければと言うことだった。相場が分からないので、父親に祖父の葬儀の記録を見せてもらうと諸々含めて80万弱と言うことだった。父曰く、お前は若年だから住職になめられてふっかけられているのだろうとの事。後ほど父が改めて相談に出向いたところ、トータルで85万と言う事で収まり、祖父の時と近い金額になったのだが金額の根拠が不明で非常にモニョった。
お寺以上に不透明なのが葬儀屋だった。明らかに使いまわしであろう祭壇の設置費用が最低30万とか、花代が一房2万とか、どう考えても原価の何倍もふっかけている。さらに、祖父の葬儀の時にはなかった故人の思い出ムービーが10万かかったり(必須オプションで外せない、最近の流行りらしくみんなやってますよとのこと)、なんというか、1日2日の短期間でプランニングしないといけない弱みにつけ込んで取れるだけむしり取ってやろうという気が満々で非常に腹が立った。
あまりに理不尽なんで葬儀が終わった後に父に愚痴をこぼしたところ、祖母の代は同世代の親類に気を回す必要があるからやむを得ないが、俺が死ぬときにはAmazonお坊さん便で略式の葬儀で良いぞといわれた。準備中はいろいろうるさいと思っていた父も考えていたのだと分かって、父の柔軟さに不意に感動してしまった。
葬儀を取り仕切って一番モニョったのがここかもしれない。六曜を気にして、この日は友引だから避けろとか、縁起か何か知らないが藁を燃やす手筈を整えろとかよくわからない注文が多い。さらに高齢のため、葬儀場に車椅子スペースを設けてバリアフリー対応をしてくれだとか、法要の後の食事は歯が弱くても食べれるものにしろとか要求が多く、ただでさえ忙しい葬儀の仕事を増やしてくれる。そのくせ準備はほぼほぼ手伝ってくれない。お願いだから自力で葬儀会場に来れない老人はコロナ対策に家でじっとしていてくれ。
今回の葬儀を取り仕切るまではなんだかんだで冠婚葬祭は日本の伝統文化だし、非合理的な部分があっても年配の人の考えは尊重しないといけないなと思ってたのだけど、冠婚葬祭文化マジカスじゃね?くらいに180°考えが変わった。
まあ、祖母の兄弟もあと10年もしたら皆鬼籍に入るだろうから、その後に葬儀を取り仕切る機会が有れば、父の勧め通りに迷わずAmazonお坊さん便で、略式の葬儀にするだろうなとは思う。何だかんだ思うことはいろいろあったが、良い社会勉強の機会であった。
ま、俺がほしいと思ったから出品者の価値観に同意して落札しているわけでなんら問題のある事ではないのだがな。
ヤフオクなんか見ていると小刻みに釣り上げて落札しようとしている奴が居ると、一気に価格を釣り上げる方向で落札するようにしている。
送料と相場で適正であれば、それなりの価格で落としても問題はないしな。
メルカリも同様だ。いちいち価格交渉しているやつを見るとケチケチしてるなよって思ってさっさと購入する。
店が売ってるわけじゃないんだから店の相場よりも安くなってるなら、それで購入してやれよって思うのにケチが価格交渉で粘ってるのを見ると醜いやつだなと感じる。
俺からすれば価値を感じたらさっさと買う、これに限るだろって思うんだけどな。
だからそういうのを見かけて自分が欲しいものでもあるのなら、さっさと奪ってやるようにしている。
ざまーみろだぜ。
お金の量は評価の単位なので単位が多くなると細かくなるだけだよ
例えば水100mlに100gの塩を溶かすと 水という国が保障してる価値基準のを全部1mlあたり1gという価値にするわけ
日本の人口1億なら政府発行通貨が1億で価値基準を人間としたら一人1円の評価だね
国有林とか文化財とか都市機能とか治安とかみんな含めて評価したぶん硬貨になるんだね
それで人ひとりが絵画を展示したり食事を出したりものを売ったりするために銀行の信用を得てお金を借りるのね
銀行から一人1円単位の人が30人分の資材や能力を調達するために30円の銀行発行紙幣の通貨貸付をうけるのね 1年で50円にして返すって約束で
すると人ひとりのところに一時的に30倍の価値があることになるんだね それを使って客寄せしてさらにもっといっぱいを数字的に獲得する方法を準備するために
たとえば30円つかって一回に50の売り上げを伸ばす方法を考え付いたらその場で20円の差額を含めた銀行返却分を返すことができるよね
そこまでいかないにしても一回目は25を売り上げて二回目は30の予算を使い切らずに10の運転資金で25稼げるとしたら15は売上がプラスになるよね
2回の生産で原価は元が取れて3回目以降の利益から4回にわけて5の利益を利息の支払いにあてたら6回目以降の営業でどれだけ売り上げを伸ばせば収益が伸びるかってことになるよね
基本的にはこの国が発行してる現価値と銀行が発行してる信用価値でできていて人やモノの移動や使用という時間での変化の対外的なやり取りを仲介してるんだ
いますぐ宿題するから明日テレビみていい?というのは立派な取引交渉で いますぐ2宿題するからあした3テレビみていい?などの数値をそれぞれに公平に価値を評価したものが通過の単位ということだね
それをたくさん分割したからどうなるのかというと
お金をいっぱいすって
20宿題をいまするからあしたの30テレビをみていい?ということになるだけ
すると18宿題で33テレビと交換しますかとか24テレビと交換になりますとかって選択肢がふえてくる
するといままで2宿題ではとられなかった0.1単位が流動性を帯びてくるよね
でもお金の単位が10倍にふえたら国土が10倍とか商品価値とか10倍になるかな
いってみれば親切に牛乳を10倍にうすめて販売してくれるのと同じ もとの濃さには単位的に10倍必要になってくるだけ
10倍の選択肢ができるので たとえば有名牛丼チェーンでたべる300円が3000円のメニューとなると 2950円で食べるちょっとしょぼい(原価はすごい低いが競合に合わせた)メニュー 材料にこだわった品質重視だが相場に無理やり合わせたお値打ち高級3120円とかでてくる
10倍とはいわないけどそれくらいの幅の同業他社が全部にできるみたいなもの 消費選択の幅が10倍にふえると一社あたりの同じ業界内の売り上げは単純に10分の1におちるよね
また10倍種類の選択肢で自由度が増すとおもわれるけど 10倍の詐欺商品が入ってくる隙もできるってことだよね 原価と単価のアンバランスが発生できる余地が10倍になる
この流通を無法で放置すると大変だけどその価値に引き上げても半分以上はよい取引といわれるようになるためにあげるバリューが国の安全性とか保障だよね
公共事業とかで商業とかの基礎値をあげたり価値そのものをつくったり
日本はこれがとてもいいからリスクヘッジ通貨として人気がたかい いきなり円という単位のどっちかが機能停止したり無価値なものにいきなり何億円とかしたりしない安定性が国によって守られてるから
国債っていうその国が個人みたいにその利益を自分で将来国民のみんなにかなえるべき未来というのを担保に出動させるお金を現金として用意するのがいっぱいやりすぎて中身がないけど安全性だけは投資がしっかりいってるから
高級ブランドが10~100分の一の価格で買えるコピーがつくられるラインに他のものがのぼってブランドはさらに上にいくだけ
安ければコピーとか競合の脅威は少ないだろうとおもわれるかもしれないけど コーラとか小さなおもちゃとかキーホルダー商品とかでさえいろんなコストをカットしたメインのバリューに乗っかったものは商売でつかわれてる
業務用で利用にたえうるというのは必要な期間において供給が安定している品質に一定の高さがあるなど複合的な要素が必要なのだけど より短期間に少額でそれゆえに品質を削った商品も出しやすくなるね
だっていままで100円では商売を始められなかった人が1000円になると採算を10倍の単位で考えられるわけだから始めやすくなる
国民のお金の単位を0.1円通貨を発行しますというか量として10倍印刷しまくるかをするとこうなるよね
生活がどうかわってくるかというと 100円のパンを買うとき101円の店とか98円の日とか広告で隣町の店が94円とかそういう選択肢が101.5円とか98.2円とか94.7円になるとかいったイメージ
1000円のパンが962円だから38円もやすこれはお得2個かうと76円だし10個かいだめしに隣町まで車でいこう となると実際380円もお得になる選択がでてくる
38円程度でそこまでするかといわれてもやりかねない人もいるわけで実際激安スーパーで買いだめしてる人の感覚はおなじようなもの 安くないものまで買ってたりするし
移動に対するガソリン代自分の時間交通事故のリスクや配送がプロではないものによるリスク保管の期間と品質劣化と保存にかかるコストを考えたらそれは380円で十分おさまるものなのか
そんなことを考えずに380円という現金がもどってくるからその特典を受け取らなくては得をしなければ損だといって損をする可能性がいまの単位でも充分にあるのにそれが倍増することにはなる
ただ1円の単位からでさえ品質がととのっている通貨で10倍にあがっているなら問題はないしすばらしい
でも実際には日本にある資材のバリュー(政府発行通貨)とその可能性の価値(銀行発行通貨)について今と同じものを10倍にすると上に書いた薄めるだけのことになっちゃう
いまの品質で最低限度がいまの10円の単位にすらとどくというクオリティや発明発見ができたときこれは0.1円単位で切り捨てられるジャパンのバリューがもったいなすぎるとなったとき10倍に刷ったり価値をあげたりしたらいいとおもう
料亭がいつもすててる魚のはしっこ部分が実はめっちゃおいしいし栄養もいっぱいなのでもったいないから商品として出す となるとそれは十分お金がとれるバリューになるのでメニューにふやすべきみたいな
お金する結果にいたるっていうのはいいしそのプロセスに突入はしてほしいけど その新しく刷る枚数分のバリューって何なのかな
あたらしいものがなんにもないのに発行量を倍にするといままでの価値が半分になって価値の基準が倍になるから松竹梅が松竹梅上中下の6段階になるからいままでの松コースを手に入れるのにはコストが倍かかるとか同じ価格でもハズレ品質にあたる可能性が倍になるとかなだけだよね
お金を刷らざるを得ないような単位で割り当てられる日本の価値ってなんだろ 工業製品の品質とかデザインとか人間関係などのサブストーリーがメイドインジャパンってなってたとおもうけどそれがどうでもいいものに落ちたうえに量も種類も消費も減ってお金の濃さをうすめる意味はいまのところはないとおもうのだけれども
フードロスとか外貨について追記するけど、フードロスについてみたときお弁当生産者とかは会計的には生産ラインで生ごみ作ってることになるんだよね
一個500円の弁当100個出荷で20個廃棄になったら2割の空生産で原価つり上げして廃棄の料金分利益を削ってるのと意味的には同じ
2割の売り上げ増でフードロスが消滅するか8割に生産抑制をかけて利益率を上げた場合実質の通貨価値は2割ほど上がっていることになるよね
外国との交換条件でいい数字がだせるようにする約束や品質とか治安の交渉材料でできた為替で外国の商品を買える(外国のお金なので外国で使えるというだけの事)
ので生産が外にあるということ お金の価値を外国がつくってるわけなので自国の生産がゼロでも買い物ができるということでレートのいいときに買いだめしておけばお得だね
自分のところでつかえる商品券を安く買われてしまったらできるだけ高いところで交換してほしいし安く引き取りたいから所持量について交換しあってる国同士では
期待値や予定価値で上げたり下げたりしてその都度交換を激しくしてるよね 外国為替証拠金取引だね
これ交換するだけでお金がもうかる便利しすてむだけどなぜこれを銀行業務がやらないのか得するだけなのにお金もうかるのにって思うけど
外国全体や自国全体のなにかしらの事件事故やニュースで大きくその価値が無期限に変動するリスクを運用としては使えないので一般人にその金銭量について
参加してもらうことでねん出できるお金の供給量を確保しているんだね
来年でる新型機種で売り上げいくらだから利子をこれだけつけた予算を融資してほしいというのは成り立つ賭けだけど
いっぱつきたらドカンとくるのでここはひとつガバッといっといてくださいという事業計画にお金を出すのは危険すぎといことだね
危険すぎなのに自己責任で参加させるFXこわいけどその魅力に群がる日本人の圧倒的数量
その生産を前設定の10割で行えたら8割販売2割廃棄の時点から生産量そのままで実質2割成長となれるね
生産の無駄を減らして流通上商品価値を充分に使い切ってかつ量的に増えていけば成長といえるから消費者の量としての人口も大事
100生産8:2だった頃と比較して100生産100売り上げになると実質120生産と同じ意味だけど貨幣量は100の時のままで大丈夫
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通貨の安定性や治安とか商品の品質などについて価値価格の設定が低いところと取引につよくなる(円高:\100→\95)
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いまの日本 人数が100→80に減ったし消費はそれぞれ1:1だったのは変わらないので実質規模的に80→単位自体の範囲が狭まっているので1:1換算すると2割の増(逆バブル
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経済は衰退していないしむしろ成長しているように見える(縮退して質量が増してる惑星みたいに)からといって円高いいね国民の生活は国民まかせに自由競争
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してると高くて買えない商品のバリューはじつは買う人が物理的に人数がいなかっただけ食品の自給率は供給過多に支えられていただけになり
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必要のない商品が山積みで消耗品を買い渋る少ない国民が国自体を切り売りしながら老後を過ごすことに
(土地とか日本のモノとか時間とか権利とかを売って外貨と交換して通貨がすっかり外国のものと入れ替わるまで消耗品を買いつなぐ
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とりたい政策
①お金を刷る:いまの80が800になったところで消費する手段が倍増するだけ
②生産を80→100に上げる(どうやって?:つくった増2割の消費はどこへ)軍備はかならず消費されたり消耗したりする(闇)があるからいいね
③80になった20の減である人をふやす(少子化対策:外国人受け入れ)まず消費を増やさないと生産も供給もふえないし増やしても意味ないのでまず日本人が増えることがなにより大事かと
もうなりふり構わず③のカップル推奨恋愛賛成で口数ふやそう消費が確実に増加するために雇用を優遇しようというのを治安と品質を維持したまま増加させないと
①も②もいままでどおりの日本って感じではいられなくなりそうな気がする
ちなみに国を耕したり高速道路をつくったりとかして国の資本を増加させるための発注を増やして雇用の面積だけ増やしてゼネコンに核家族をぶちこむ政策をとると
120生産して8:2の96:24だとすると売り上げは80→96の2割増にみえるけどロスも20→24に2割ふえてる 生産と廃棄に配分する数値の量がふえるのでお金を刷らないといけない
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お金の量は増えるが生産量も品質も変わらず生産と廃棄の規模が増加しただけ(バブル
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通貨の安定性や治安とか商品の品質などについて価値価格の設定が低いところと同じようになる(円安:\100→\105)
(高速道路を作ってる<高速道路のある社会:働く人員だけの局所的な消耗地域がある<デスクワーク社会の治安など)
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丁度自分もそんなことを思っていた。
訳あって今まで住んだことのない見知らぬ土地で隔離生活を送っている。
コンビニとかで食事を買うことは許されているが隔離解放後の食生活を夢見て
外に置いてあるメニューなどを眺めている。当然わざわざめくって見る事など
しないので、1000円以下の定食があるよ、というのはわかるが目についた所だと
大体1000円~1200円位が相場。松屋や日高屋だと700円~800円で収まるか。
近所にやよい軒が無いので調べてみたらステーキ頼まなければ1000円以下。600円台もある。
多分元増田はここら辺の話をしているのだろう。
まだ(安いチェーン店を使えば)1000円以上が普通とは言えないが徐々に値段が
上がってきているのは事実。給料も同じくらい上がってくれていれば…。
以上