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2017-12-14

永遠が成立する仕組み

永久に変化がない状態ってのは、変化が止滅した場合にの可能

アートマンプラクリティ干渉から離れて、独存に至った場合に変化をコントロールできる。時間は変化から生じている。変化が一切ない状態では時間の経過が発生しない。

日本人が真我独存を体得できないのは、その前にヴェーダ世界観を知らないから。とりあえずWikipedia勉強してみては?

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%82%AD%E3%83%A4%E5%AD%A6%E6%B4%BE

サーンキヤ学派は厳密な二元論を特徴とし、その徹底性は世界思想史上でも稀有のものである

 

世界はある一つのものから展開し、あるいはこれが変化して形成されるという考え方をパリナーマ・ヴェーダ(転変・開展説)といい、原因の中に結果が内在するという因中有果論であるが、ヴェーダウパニシャッド一元論や、プラクリティ根本原質)から世界展開を主張するサーンキヤ学派はこれにあたる。

精神原理であるプルシャは永遠に変化することのない実体である、とし、それに対し物質原理であるプラクリティ第一原因とも呼ぶ。

プラクリティには、サットヴァ(sattva、純質)、ラジャス(Rajas、激質)、タマスtamas、翳質・闇質)という相互に関わるトリ・グナ(tri-guṇa、3つの構成要素, 三特性三徳)があり、最初の段階では平衡しており、平衡状態にあるときプラクリティは変化しない、とする。

 

しかしプルシャの観察(観照、関心)を契機に平衡が破れると、プラクリティから様々な原理が展開(流出)してゆくことになる。

プラクリティから知の働きの根源状態であるブッディ(Buddhi, 覚)またはマハット(mahat, 大)が展開され、さらに展開が進みアハンカーラ(Ahaṅkāra, 我慢または我執, 自我意識。アハンは「私」、カーラは「行為」を意味する)が生じる。

アハンカーラの中のトリ・グナの均衡がラジャスの活動によって崩れると、これからマナス(意, 心根、Manas、思考器官)、五感覚器官(Jñānendriya、五知根、目・耳・鼻・舌・皮膚)、五行動器官(Karmendriya、五作根、発声器官・把握器官(手)・歩行器官(足)・排泄器官・生殖器官)、パンチャ・タンマートラ(五唯または五唯量、Pañca Tanmātra、五微細要素, 五つの端的なるもの)が展開して生じる。

パンチャ・タンマートラは感覚器官によって捉えられる領域を指し、声唯(聴覚でとらえる音声)・触唯(皮膚でとらえる感覚)・色唯(視覚でとらえる色や形)・味唯(味覚でとらえる味)・香唯(嗅覚でとらえる香り匂いである

この五唯から五大(パンチャ・ブータまたはパンチャ・マハーブータ(Pañca Mahābhūta)、五粗大元素)が生じる。

五大は、土大(Pṛthivī, プリティヴィーもしくはBhūmi, ブーミ)・水大(Āpa, アーパもしくはJala, ジャラ)・火大(Agni, アグニもしくはTejas, テージャス)・風大(Vāyu, ヴァーユ)の4元素に、元素存在運動の場を与える空大(Ākāśa, アーカーシャ, 虚空)を加えた5つである

 

プルシャはこのような展開を観察するのみで、それ自体は変化することがない。

この記述体験を通じて観察しない限り、理論だけでは理解できない仕組みになっている。

自分意志で変化をコントロールできない人間は、不変の状態永久)を得ることはできない。

 

※せっかちな人もいるだろうから警告。単純に死ぬだけでは真我独存の状態に至れないか勘違いしないように。自殺では変化をコントロールできるようになりません。

 
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