はてなキーワード: マジョリティとは
「じゃあ婚活の極意教えてやるかな」
https://anond.hatelabo.jp/20240213115338
https://anond.hatelabo.jp/20240214073304
>「総体としての傾向」「狙うべきマジョリティ」の話に「個別のレアケース」で反論する馬鹿
全体主義って言うんだよな。
大衆迎合主義とも言うか。
自分の考えはこう、じゃなくて、多数だから正しいって言いたいんだろ。
元記事およびその元々記事はあくまで婚活市場に最適化した場合このぐらいコンサバな「男は仕事女は家庭」パターンの戦略がうまくいくよという趣旨で、顧客も特に女性側はコンサバ志向が多くそのニーズに応えるのが市場の目標だけど国全体の婚姻率を上げることには寄与してないんじゃないかなあ。まあビジネス側も顧客もあくまで個人の婚姻が目的なんで国の目標なんか知ったこっちゃないんだから関係ないんだけど。
実際婚姻率はここ20年でじわじわ、直近2〜3年はがくって下がったんだよなあ。
ということはこのビジネス全体は婚姻率を上げるのは寄与してないと判断できるんよなあ。マッチングアプリ市場はある程度拡大してるみたいだけどなあ。
おばちゃんIT業界なんであんま婚活市場で有利な「男は仕事女は家庭」パターンが周りにいなくてピンときにくいというか(意外とこの業界の女性既婚率高いのよ)、実際結婚してる夫婦でここまでコンサバパターン多いかなあというのが正直なところ。結局男性の収入は増えず、今専業主婦世帯より夫婦フルタイム共働きの方が多い時代なのに現実問題として男性は家事せにゃあかんし、女性もある程度は働く気ないと収入保てないよなあ。
https://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/r04/zentai/html/zuhyo/zuhyo00-08.html
まあ元から難しいんだろうけど結婚相談所の成婚率20%ぐらいらしいので
平成 21 年度サービス産業生産性向上支援調査事業(サービス産業の統計整備・実態把握に関する調査)結婚相談・結婚情報サービス業界統計
そもそもその時代で結婚しにくい属性の人が駆け込むビジネスって結論でOk??そういう人がマジョリティの界隈の考え方ではたして結婚という目的が果たしやすくなるのかなあ?
世の中には色々な事情、悲しい過去、辛い現実を抱えて生きてる人がいる。全員の個別の事情を汲んで気を使って喋らなきゃいけないってなったら何も喋れないぜ。
マジョリティはマイノリティに気を配るべきみたいなことは主張する奴って結局強制力を持って自分の思い通りに他人をコントロールしたいだけの自己中なんだよ。自分の事しか考えてないし視野が狭い。
失業中の知り合いがこの間「暇だと幸せって何かとか余計なこと考えちゃうんだよなぁ」と言っていた
だから働いて考えないようにしてたほうが健康的で幸せだとのこと
俺の人生は生まれるのが辛い(難産)から始まり、尿の我慢が辛い、起床が辛い、集団生活が辛い、授業中じっとするのが辛い、聴覚偏重の世の中が辛い、フルタイム労働が辛い
といったように辛いことの連続だった、現在進行形だから連続だったingって感じだ
だから幸せに生きるにはどうすればいいか考えるというのはクセであり、生きがいであり、珍しく辛くないことであり、人生であった
そんな自分にとって「幸せについて考えるのが余計」というのはだいぶ驚きだったんだけど、思い返すとたしかにそれが一般的なのかなと思うようになってきた
残業なしでもフルタイム労働はキツイと思うのだけど一般的にはホワイトらしい、それは思考できないくらいに疲れてる状態こそが幸せなのがマジョリティだからだろう
会社のシステムが不便でも何も言わない社員、辛いことの打開策を考えるということが癖になってないからだろう(すぐ不満が思いつくのすごいねって皮肉られたことがある)
なんにせよ日本では幸せについて考えることが一般的じゃないみたいだ
どおりで幸せ関連の話をしたときに反応が微妙だったんだなぁ、幸せテーマは封印しないとなぁと
また辛いことが増えてしまった
漫画原作ドラマを撲滅したら、漫画家は自分の作品が改変されて悲しむことも無くなるし、脚本家はオリジナルが書けるし、今まで楽してたプロデューサーとそれで儲けてた出版社が損するだけの話で、原作者と脚本家は守られるんだから何一つ悪いことないような
維新嫌い、共産嫌い、さりとて自民も大嫌いだし、前原は胡散臭い、みたいのがマジョリティだし、出口調査見てても、単純に支持政党に入れるというより、パワーバランス見て入れてるっぽいとこがある。
埼玉県の各地の河原でクルド人が動物の解体をしているという話は疑わしい - 電脳塵芥
https://l.pg1x.com/nQ2JnxsPDjTiqEMb6
「一事が万事」ってのが行き届いているジャップランドだからこそ「積載量オーバートラックの解体業者がクルド人共だ」っていう起点から始まってるわけで。
実際あったとしても些細じゃん、物事の側面(如き)じゃんってのがこの電脳なんちゃらの人の立ち位置だけどね(マジョリティは常にマイノリティに席を譲れ!)。
実際のところ解体屋や廃品屋の利権争いが発火点の可能性はあるだろうけど、裏の話だからね。俺も手を突っ込む気にはならんし、知り合いにも聞けない。聞くにはそれなりに礼節か、利得がいる。本件では持ってない。
マジョリティはマイノリティに席を譲るのはいいけど、法律違反、人命への致命的な行為が「1つでも」あってはいけないでしょ。
ジミン共がやってるんじゃねぇか!っていうのは無しな。クルド人たちの話しかしてねぇから。
あとジミンもジミン支持者もクルド人じゃねぇし、選挙権振りかざして対応しているから。票無しで政治家が動くのは「それで他から票が取れるから」だけだよ。
あと後ろ暗い点があるならそこはぶっ刺される(正統政府であるトルコのお墨付き)のは政治策動としては当たり前の領分だし、誰でもやってること。
むしろそれに目を瞑るほど誰も優しくなかった、ってこと(ここでみんな積載量オーバーのトラックの危険運転を思い出すんだよ。「被害に遭うのは日本人が大半だ!」ってね)。
実際動物解体しててもそれは狩猟の人や、ジビエ愛好家の可能性。
だが、これを「地方の政治を起点に、ネトウヨ、その彼らが支持するジミン的価値観の批判」に使うのは全くの悪手でしかねぇよね。
大体ネットのリベサヨは自分の勢力に都合が悪いことが起こると、必ずネトウヨ批判を展開するから。
こんなので京都敗北、共産党支持者拡大、あるいは隊伍を整えるためのシュプレヒコールになると思ってたら、さすがにおめでたい。
ネットで言論的な事、ソーシャルメディアでの短文コメントなどでTV局、アパレル、マーケティング、広告、電通などに関する議題で変なマウントじみた上から目線を感じることがないだろうか?例えば広告出稿の実務や電通の業務範囲などの解説に「電通を判ってない」と漠然としたコメントが付いたりする事だ。
亦は例えば脚本家と原作者のトラブルに端を発した自殺に関して「己の近いところに着弾」などと書いて自殺クリエータのナイーブを嗤うような文章だ。
実はこれらには「ギョーカイ」という30年前の知的スノビズムが関係しており、現在のその全ての発言者はただのワナビーだ。故に無視するか嘲笑するのがいい。
だがギョーカイがどういうのか判らない人には判別が出来ないであろうから、ギョーカイに就いてざっと解説したい。
1980年代の大学生というのはまるで勉強しなかった。これは60年代に反権威主義の全共闘世代が大学の知の権威を攻撃して教授や講義の尊敬を解体してしまった事に由来する。その後反体制という態度も流行らなくなり、更には嘲笑、嫌悪さえされるようになっていった。
だが大学の権威は復活しなかった。この為に80年代になると大学はレジャーランドとなり、特に文系学生は教科書さえ買っていないという風になっていた。
更にここにプラザ合意という政治状況が追い打ちをかける。日本は復興を遂げて70年代には経済規模が異常なほど膨れ上がっていた。アメリカがベトナム戦争で、欧州の旧連合国諸国が植民地独立による経済構造変化で苦しんでいた(除西独)のと対照的だ。
だが国民の生活は然程裕福にはなっていなかった。また戦後の窮乏状態から贅沢を忌避する経済道徳があった。
プラザ合意でこれが一変する。これは円高を誘導し日本の対米貿易黒字を削減する政策なので経済構造がそれまでの輸出産業優先のままだと立ち行かなくなってしまう。
そこでそれまで禁止されていた贅沢がお上のお墨付きで推奨されるようになったのだ。国民の経済道徳なんて政策で左右されるのである。文化は決定因子ではない。
また円高によってそれまで贅沢品だった輸入品の価格が下がる。当然購買意欲は刺激される。
この浮ついた好景気が加熱してストックバブルとなり、やがて弾けて失われた30年になったのは皆の知る通り。
この景気加熱はレジャーランド化していた大学生にも影響を与えた。それまで国内アパレルメーカーが若者向けブランドを展開してそれらが人気を博していたが、海外ブランド志向が進み、遊びの高級化が進んだのだ。有名なのがディスコのマハラジャやジュリアナ東京であろう。マハラジャの運営会社はそれまで「並」のディスコを経営していたが、マハラジャで極端な高級志向とドレスコードチェック(アメカジとかは入場禁止で上から下までブランド服必須)にしたところ大盛況となった。
だが大学生が高級志向になったのは自然な出来事ではなく、当時のファッションカルチャー誌が誘導したのであった。
こういう大学生に影響の大きかった雑誌にマガジンハウス社のPOPEYE(以下ポパイ)と講談社のホットドックプレスが挙げられるが、この二つは性格が違った。ポパイが先行、ホットドックプレスが追走、イノベーター理論で言えばポパイがアーリーアダプター志向、ホットドックプレスがマジョリティ志向という感じだ。
マガジンハウスはファッションカルチャー専業だけあってイノベーター人脈があるから未来への提案という形で誌面が作れる。
一方、ホットドックプレスは大出版社なのでもっと安牌志向だ。あまり冒険すると滑る危険がある。
そして流行に於いてマジョリティを相手にするという事は、アーリーマジョリティになれとけしかける事であり、故に強迫観念的になるのである。大学デビューした若者にファッションや遊びを勉強しろと迫る性格を帯びる。
山田五郎氏はyoutubeの「オトナの教養講座」を運営して大変引き出しが多くて教養がある人物だ。同氏は同誌の80年代の編集長であった。
教養人だが編集長時代はマガジンハウスの後追いで背伸びしたい若者に楽しいライフスタイルの提供というよりも「これぐらいマスターしないとモテないぞ」とオブセッションを刺激して走らせる誌面を作っていた訳で、正直そこについては評価できない。
これはホットドックプレスが悪いというのではなくて、トレンドの後追いする方は強迫観念に訴えるようになるという例だ。
そんな雑誌群でやたらと持ち上げられていたのがTV局、アパレル業、広告代理店という業種だ。
ホイチョイプロはこれらのブームが起きる前から広告代理店漫画を書いていたが、このブームに乗って多角展開するに至った。広告業の業務中で電通だけが特別視されたり、変なマウント取る奴が現れたりするのはこのホイチョイプロの影響である。
またとんねるずはパワハラ芸とTV局の内輪ネタで若者の歓心を得て売れるようになった。
特に初期のパワハラ芸が有名だがこのパワハラは芸人同士のそれではなくてTV局での上下関係に限られるのがポイントだ。TV局内とスポンサーなどの上下関係はギョーカイなので売り物になったのである。
故にギョーカイというのは単にがTV局、アパレル業、広告代理店という業種を指すのではなくて、当時の風俗上の序列に裏打ちされたそれら業界という事が出来る。広告代理店業務を特別視してマウントするという態度の背景には、輸入ブランド志向、高級ディスコ、VIPルーム、見せる為の彼/彼女、ポストモダン思想という今では時代遅れの事物の文脈がある。
一方、家庭を築いて建売とかと言った一般的な価値観は外部化されていて入っていない。
先に述べたように流行の浸透期には強迫観念に訴える形の言説が商売になる。面白いものがあるよ、じゃなくて時代に遅れるな、だ。
これらはもう時代遅れだが、この強迫観念に訴える扇動の効果は残っていて、広告やTV局に関する事が話題になると、今でも「電通の本質は違う」などという謎マウントが湧き出すという原因になっている。
特に地方在住者に顕著だ。広告への関係の仕方は様々あり、出稿する立場、印刷を受注する立場、看板屋など様々な立場の人間がネットに書き込む。また電通の業務のうち広告ではない部門、人材派遣やイベントプランニングなどに関する議題で書き込む人も居る。
それらに対して謎マウンティングしでいないではいられない人が現れるというのもネットの常だ。
これらの人は自分が参画しえない場所の話だったホイチョイプロなどのギョーカイ話を実業務での経験(他者の含む)で上書き具体化するのに失敗し続け、レイトマジョリティ転落の強迫観念で駆動され続けているのである。
彼等の言い方は、「電通とは」など目前の具体的解説よりなどまるでその評価軸が高級だったり知的であるかのようで、事情を知らない人は騙されてしまうが、その実は時代遅れの流行追っかけの知ったかぶりでしかないので、騙されないようにして貰いたい。
「インターネット下さい」やソーカルにコテンパンにされたポストモダンの亜種である。
この辺の事情を知っていれば、「己の近い場所に着弾」とか原作者の自殺をそのナイーブさ故と揶揄するAI画像を投稿してTV局の事情通風を吹かす者が現れたとしても、その破廉恥さに憤るよりも前に、その者がオピニオンバラエティに数回出ただけでドラマには関係してない事、職域が権利者との折衝と重ならないであろう事、出演回数的に業界風吹かしたい欲が最大化される地点である事、年齢的にギョーカイ特別視のレイトアダプター層である事、とんねるず世代などに着目し、地方のバーで「業界出身の人」ってこういう感じだよなぁなど感慨に耽り、祇園精舎の鐘の音が胸中に去来するはずである。
またマナの力に長ける者であれば、AIに向かって「政権のブレーンとして官邸に出入していた事がある事は履歴的に自慢したくなりますよね?という建前を押し出した笑顔の発言者の前で、現在相手にしている読者層がその政権へのドグマ的批判を共有するので炎上と評価低下を恐れて答えに窮し発言者が善意の天然なのか悪意があるのかはかり兼ねて引きつった笑いを浮かべる男性」という詠唱により画像を得る事が出来る筈である。
「TVに出るようになった切っ掛けってそのブレーン抜擢ですよね」と発言を重ね掛けする画像でもう一枚行けそうである。
いずれにしてもTVや広告業などの話で具体性も無いのにウエメセマウンティングが発生したら、その実は以上のような事情で背伸びしたい「追いかける人」であるので、良く知らんけど高級な知識っぽさに騙されないようにして欲しいものである。
またこれか。同じやつが書いてんのか?
間違った前提でわざわざ長文を書くなよ
優生思想は「生まれる子供が幸福か不幸か」「生まれてくる価値」「人生の素晴らしさ」なんかとはなんの関係もないの。もともと優生思想とは個人の幸福とは関係ない話なの
優生思想っつーのは社会全体を特定の方向(大抵は権力者またはマジョリティが望む方向)に導くために国家または社会がその権力をもって誰が生殖するのか(しないのか)を強制してもいいよ、ということなの
個人の生殖する権利を集団が(権力者が)制限する(してもいい)という思想なの。だからアウトなの
キチガイも病人も貧乏人も生殖する権利は一様に持っていて、その権利を行使した結果たとえ子供が本人が他人が不幸になるとしても、本人以外にその権利は停止できないわけ
「じゃあ生まれてくる個人は幸せなの?」とかは生殖する個々人が自分で考えてどうするか決めるべき問題で、法律はおろか社会のコンセンサスをとるべき問題でさえないわけ。その考察の結果が生む生まないどっちに転ぼうと本人以外にはなんの関係もないし、その決定が他者から強制されたんでなければ「優生思想」なんて言葉を出すことさえナンセンスなわけ
分かった? もういい加減にしてくんない?
[B! 差別] 汐街コナさんのツイートの何がやばいかをCDBさんが解説「このような怪物を生み出したのはネットフェミニズムだ」
https://l.pg1x.com/NyR7j8zAR26uz4Mq8
worris で、汐街コナ個人ではなくフェミニストを悪魔化するんですね。/差別主義者の意味で「レイシスト」と言っている人までいますね。いつから知的障害は人種になったのか。ちょぼらうにょぽみのギャグにあったなー。
whkr 彼女の用いる論法や思想が批判されているのに、彼女個人の問題に矮小化しようとするのは卑怯だよね。
実際今のフェミ共の論法も、行動も(草津はまだレイプの街のつもりだよなクソどもが)、「悪魔」的だろうが。
つーか、そんな反論が成立するとでも思ってんのか。マジョリティだからって差別表現や、傷付けるような言動が許されるとでも思ってんの?
ポリッシュ(笑) バーカ(笑) 人としての付き合いとして、ポリッシュは「必要不可欠」なもので「怒り」を「個人」にぶつけてはいけないっていう社会常識まで説かねぇといけねぇのかいジャップフェミニストってのは。
オマエの怒りはオマエの怒りでしかねぇよ。社会ってのは積層化されたものであってガラスの天井とか「一般的な運用や一般化された価値観」を「悪魔化」してるのがクソなんだよ。
フェミの運動の理屈ってのは大概が「一般化されたものが差別価値観」っていう「詭弁」から入ってるからな。
詐欺師みたいなクズだったけど、ゴールドマンサックスの執行役員やってたのはバアさんだったよ。有能だったらガラスの天井なんてねぇよ。