はてなキーワード: ROMとは
ああいう態度で常に折れずにまっすぐツッコんでたらすぐにどこかにぶつかるだろうなと話していたらその翌日にいきなり突撃しててびっくりした。相手の文化や事情お構いなしな猪攻撃に見えるけどアスペルガーの告白があってなるほどと納得したものだけれど別に言ってることは間違ってるとは思ってない。指摘されたことについてちゃんと受け止められるあたり今までにはてなを騒がせてきたコミュ症アイドルやアスペルガーメンヘラを免罪符に好き勝手やってるクソブロガーと比べたら柔軟な姿勢や前向きな態度が感じられた。
せっかく面白い文章をかける人だけれど自分より他人のことが気になる性格が露骨に出ていたので人の話を聞かないサイバーメガネ界隈の炎上系ブロガーになるかそれともはてなで消耗してすぐ燃えつてしまうのどちらかになってしまうのではないかと危惧していたが今回乗り切ったことで今後は安心して見ていられそうだ。華々しいけれど一時で消える打ち上げ花火ではなくその場では多少曲げてでも他人の声に耳を傾けつつ持続可能なブロガーになっていただければ幸いである。
はてなはサツバツとしていると言われるが、炎上したところでちょっと痛いだけですむ。ヤフコメや2ちゃんでの炎上と違って実名や住所を暴き立ててリアルごと殺すようなことはない。すでに名前も学歴も住所も知られているブロガーに対してもそれを持ち出さない最低限の礼儀がある。まだ22歳らしいので一回完全燃焼して何度も復活しながら学ぶというやり方でも良いかもしれない。なんにせよ苦労したり失敗したりしてすごいブロガーになってくれればROMとしてはありがたい
http://anond.hatelabo.jp/20151114203911
http://anond.hatelabo.jp/20151115051501
何かを批判していないとプライドを保てない人々というのは、もう脳がそのように出来てしまっている。
だから、本人は改めた気になっていても、その性分はなかなか直らない。元増田も、私も含め。
自分の発言が、非建設的で悪意的見方にすぎる事を自覚できていたとしてもだ。
すばらしい物の見方をしていて魅力を何倍にもして伝えてくる人を目の当たりにすれば、彼らも一度はそれを賞賛する。
でも、次には文句を言い出すのだ。一度欠点だと認識したものは、どう繕っても欠点としか見れないのだろう。
私は2chのアニメスレに、何度か優れた考察をするブログのURLを貼った事がある。すると毎回そういう流れになる。
「でも○○のパクリだから台無しだ」「こんなガバガバ脚本なのが悔やまれる」と。
もはや、ネットはネガティブな思考回路を増幅・拡散するための装置になっている。
とはいえ彼らも最初からアンチなわけじゃなく、むしろファンで熱心に見続けている者が多いとは思う。
しかし、作品を受け入れて楽しんで見ようという姿勢になれないから、監督や脚本を責め立て、自分の理想を延々と垂れ流す。
ひとつは、神経質すぎる、理想主義すぎる者の声が目立つ仕組みだからだろう。
そういう人格になる理由は様々だが、ことアニメに関しては「キャラクター性至上主義」を煽る文化に一因があると思える。
魅力的なキャラが何より大事だから、特定キャラをsageるような役回りが許せない。シリアスな展開を容認できない。
また、「キャラが脚本に踊らされてる」みたいなトンチンカンな発想になってしまって、ストーリーを受け入れることができない。
もちろん、アニメ化以前からキャラクターが確立している作品もあって、一理ある場合もある。
だがアニメ化にあたって、物語性の薄い日常系にするならともかく、ドラマを描くなら多少のキャラ改変はポジティブに捉えるべきだ。
なぜなら、既存のキャラに囚われてキャラに自走させていたら、一本のドラマになるようイベントを発生させていくのは難しいからだ。
なので、「常識的にこんな事になるはずないだろ」とキャラの浅慮や落ち度を批判するのも的外れになる。
常識的に起きないようなイベントが重なった世界線がドラマになるのだ。
限られた時間枠のなか、絵で表現するアニメというのは、作るにも観るにも高度にクリエイティブな行為だ。
大事なことほど明確に描かれず、テーマ上不要なシーンは大胆にカットし、必要なシーンは大げさに描くケレン味が評価される芸術だ。
だから、観る側にも、脳内補完をしてやるための想像力と頭の回転が求められる。
だが最近は、漫画ですらうまく読めない若者が出てきたという話も聞く。
そういう状況では、このアニメ的な作法を飲み込めず、説明不足・置いてけぼり・駆け足すぎと感じ憤る人も出るだろう。
そういう人にとっては、アニメを違和感なく観れている人というのは好意的に見すぎの「信者」であり、愚か者にすら見える。
だが前述のように、アニメというのは構造的に、ある程度は好意的に汲み取ってやることが求められるものだ。
アラを探すような鑑定姿勢で見ていると、好意的に見ていればケレン味として消化できる些細なハッタリにも躓いてしまう。
すると「破綻している」という印象に囚われ、世界観にも没入できず、もう「楽しむために観る」という本来の姿勢には戻れなくなる。
その状態に陥ると、感動的な場面も素直に感動できなくなるばかりか、ちりばめられた演出も見落としがちになるだろう。
作品を楽しめている人とそうでない人の差は、感動できるような美点を「見出している数」の差だ。
アニメというのも芸術の一つであり、芸術というのは、言語化できないような抽象的なところから意味を見出すからすばらしいのだ。
また、ネットでは、批判できる人間が「通」であり賢いかのように見えてしまう。
その上、「好きだからこそ許せない」と批判されると共感を呼びやすい。
それが実際はトンデモな批判でも、通っぽさが伝わるとROMのにわか層には説得力をもって伝わるのだ。
ネット世代はとくに、こうしたネガティブ思考に誘う罠にハマりやすい環境に生きている。
この手の重箱の隅批判が公益を生むこともある政治や行政への批判あたりならまだマシだ。
が、アニメ漫画なんていうのは、趣味で自分が楽しむためのもの。
こりゃダメだと思ったら「自分には合わなかった」と去ればいいだけの分野のはずだ。
それなのにネガティブ発言をする人が繋がりあい、存在感を発揮する状況は、いかにも不健全だ。
こういうネガ・dis思考はtwitterやLINEやまとめサイトのような所からどんどん伝播していく。
軽いキャラdis風だったり、「また○○(脚本家の蔑称)か」みたいな受け入れやすい形で。
もっと作品やクリエーターへの敬意があって然るはずだが、そういう感覚を持てるのは「古き良きオタク」気質の人。
大量のアニメを消化していくイナゴのようなアニメファンは、下手に知識を得ても、斜に構えたような感じになりがちだ。
結局なにが言いたいかというと、そういう通ぶって批判する人をなじりたい訳ではない。
むしろ、そういう人が目立つのは時代の必然と考えたいという話。
目の前に広がる不快な現状をみて、
その中心にいる「人」を責めて鬱憤を晴らすダサいおっさんが元増田なら、
「ネット社会」という環境を憂えて俯瞰した気になっているダサいおっさんが私だ。
どんな形であれアニメ批判に関わると、こういう泥沼にハマって闇に堕ちていく。
そこだけ見ても、「良さだけを語れる」オトナの神々しさが感じられると思う。
ネットでは、増田でくらいは、そういうドロドロした感情を出してもいいと思って今書いているが、
でもリアルやSNSみたいなところでは、なるたけ「良さだけを語れる」「馬鹿に構わない」人間でありたい。
つい、「ここは良いけどここはダメだよな」みたいな両論併記的・中立的・評論的な物言いをしたくなる時も、
それは大体抑えたほうがいいと肝に銘じよう。趣味についての話なら。
しかし、完全にそういう人間になるには、そもそもネット上の素行についても
「わざわざ下卑た場所を覗きに行かない」「そしてそこでマウントしない」を身に着けている必要があるのだろう。
一度泥沼の味を覚えた身としては、それは難しいように思える。
なにしろ、そんな場所を見に行くことを忘れるような社交的なリアルの付き合いがないのだから。
ああオトナになるのは本当に難しい。
http://p-shirokuma.hatenadiary.com/entry/20151023/1445526000
がっかりした。
よく陵辱モノのエロ漫画でこの時のために一ヶ月オナ禁してためてたんだ、濃いのぶちまけてやるからなハアハアといった定型句がある。実際には1週間以上ためたところで意味が無いのは知っている。それでもあえて言おう。3年もためてそれかと。いうなれば、女の子が堕ちることなくむしろ男のフニャチンにがっかりしながらそのまま家に帰るような肩透かしで終わった。3年もためたのに吐き出したものが薄すぎる。あざなえるなわのごとしの暇つぶしとどっこいどっこいのレベルだ。
あまりの薄さにNAVERまとめとやゆされたブロガーもこれには思わず苦笑。かくいう人も呆れ顔で軽くいなしてフィニッシュ。NAVERまとめに期待はずれと言われ、説教相手には鼻で笑われるはてなダイアリー時代の猛者って。満を持していたはずなのにこの体たらく。このままではシロクマの威信値が崩壊してしまう。
長く引っ張ったわりには期待外れな感じです。(ただの説教だし。) せめてこの10倍くらいは濃い内容のものをお願いします先生。 / “道化師ブロガー・tm2501さんにご忠告申し上げる - シロクマの屑籠” https://t.co/oWVdHbFZnY— しっきー (@sskkyy17) 2015, 10月 22
今回シロクマはあまりにも青二才を舐めすぎた。前々からそうだったが、シロクマは青二才を甘く見過ぎである。3年前に紳士犬やラフ00にツッコまれたのはそういうところだったのにまるで改善していないのではないか。
今回の記事もやる気が無いのであればやる気が出るまで黙っていたほうが良かった。これ読むだけだと、読んだ人は青二才だめじゃん、とはならない。シロクマが、宣言通り黙ってはいたけど3年間ずっと青二才のことを見ていたという気持ち悪さだけが伝わってしまう。シロクマが、マウンティングしたいだけの口やかましいおっさんに見えるだけになってしまう。はてな村ってやっぱり気持ち悪いってだけになる。むしろ対抗せず無視を決め込んだ青二才のほうがよっぽどまともに見える。fujiponの時はあれだけ慎重に記事を書いたのに、いくらなんでも青二才を甘く見過ぎ。今回のやり取りに関しては青二才は成長したがシロクマはまるで成長していないと見られたことだろう。 医師は、もし再戦を考えているのであればこの体たらくを猛省していただき、気持ち悪く思われたとしても全力出た叩き潰すくらいの気合で取り組むか、あと3年ROMるしかない。
まずはこれを読んでほしい
http://doujinch.com/archives/44983788.html
リンク先を簡単にまとめると、すごく好きな同人絵描きをROMで見守っていたら
「(読むだけで)あたしを賛辞してこないバカROMが好きな作品だけを欲しがる権利などない」
「自分の見たいたいものだけを見(て作者に直接賛辞を送らない)乞食根性」」
「見に来るだけ(で作者に直接賛辞を送らない)やつに何かしてやる義理はない」
とブチ切れていて怖かった。みんなどう思う?という書き込みである
このブチ切れ同人作家にとって読者とは必ず直接的に賛辞を送るべき存在らしい。そんなバカな話があるか。
これに対する反応は当然、うわあマジやばいな、クワバラクワバラ、みたいなものだと思ってた
だって創作活動するたびに逐一賛辞アクションを要するとかちょっとおかしいじゃないですか
本当に気に入ったやつだけでも、あるいはタイミングのいい時だけでも、声援が来るだけいい方でしょ
さして興味ないならそもどのタイミングでも声援なぞ送らないよ
そこはツイッターならRTfavフォロワー数で察するとかPixivのお気に入り数で察するとかすればいいてか普通そうするだろ……
でも「わかるー。普段感想もよこさないのに同人誌だけ買いたいとかね。
次の作品楽しみにしてるって何?私はお前の萌え製造機じゃねーよ!」(意味不明)
「このビビったって書き込んだ人、感想を送らないことを言い訳してるばっかで笑える」(意味不明)
って意見が少なくなかったんだわ
なんなのこの人たちは、メンヘラなんですかね?
なんかマジで怖いんですけど
ネット社会でも発言力が大きい人間が目立つから強そうに見えるが、
檻の中で珍奇な行動をしているからもてはやされているだけ。
嘲笑されているだけだと言い換えてもいいだろう。
自らの姿を見せることなく、透明で超越的な神の視点に立ったROM こそ最強。
「俺の同類、居なくね?」
同類という言葉の意味は「同じ境遇を過ごしたことがある人」ぐらいに思って欲しい。
無理やり親に中学受験させられて失敗して、中学で引きこもりと非行少年の狭間にドロップアウトして、
底辺高校をなんとか卒業して、中の下の大学には受かったけど速攻ヒキニートになって、
趣味といえる趣味も持たず、部屋にいる間はオンゲをソロでプレイするかネットで動画見るぐらいしかすることなくて、
インターネットでは専らROM専で、ネット上でもリアルでもコミュ障(新しい人間関係を築けないタイプ)で。
とにかくどこまでも中途半端で、確実に普通の人生は踏み外しているけど底辺を名乗るにはあまりにも恵まれすぎている。
そんな境遇の人間をインターネットで見たことがない。まあ当たり前といえば当たり前なんだけど。
インターネットでは専らROMしかできない訳だから。自己表現の手段を何ら持たない、眺めることしかできないインターネットに生きる上では弱者の中の弱者。
俺がガキだからかもしれないけど自分と同じ苦しみを共有できる人が居ないってすごい孤独なんすよ。俺だけかもしれないけど。
というかまさにこの「俺だけかもしれないけど」っていうのが不安の源泉というか。
Chromebookのレビュー記事を読んで、同じ機種を買ってほぼ同じ感想を持っている人がいるのだと思った。
http://dragoner-jp.blogspot.jp/2015/09/chromebook.html
自分はAsus Outletで、C200MAが14800円で売られている時に買った。箱が破損しているという注記があったが、届いたものは箱に傷ひとつなかった。たんに定価では売れなかったので、あたかも瑕疵があるかのように書いているのだろうか。
上記レビューに同じ。気軽でよい。テキスト入力機としてはこれで十分。
ちなみにタッチパッドの出来はかなりよい。Macbook Airより少し劣るが、慣れると、それほど変わらない。というか、かなり意識してMBAの使い心地に似せてある。
キーボードは打鍵感が浅く、カチャカチャとプラスチック音がするが、打ちづらいというほどでもない。
テキスト入力を含む事務作業程度ならとくに問題ない。2週間以上、Macbook Airを使わないでChromebookだけで生活しているが、それほど困ることはない。
バッテリの持ちは、よい。
よくわからない。Sublime Textに似たZedというエディタをChromeアプリとして入れているが、簡単なHTMLの編集程度であれば、これで事足りている。
オフライン環境で、なにかの拍子で再起動すると、まったく使えない。ログインすらできない。
Google Appsを使っていて、途中でネット接続が切れると、ローカルデータを保存する形で作業は継続できる。
しかし、何かの拍子で再起動がかかると、ログインができないので、いっさい使えない。ゲストとしてログインした場合、素のChromeが立ち上がるだけなので、Google Drive上の作業データはおろかアプリもいっさいない。
これを打開するためにUbuntuを入れてみたが、後述の理由で、それほど状況は変わらない。
SDカードをさして逐一作業データを保存するのでなければ、原則として、作業データはすべてGoogle Driveに置かれる。
便利だが、アカウントがブロックされたり乗っ取られたりした時のリスクは格段に跳ね上がる。
以下の記事を参考にして、Chromebookのデベロッパーモードを起動し、Croutonというものを入れると、Ubuntuは普通に使える。
https://www.linux.com/learn/tutorials/795730-how-to-easily-install-ubuntu-on-chromebook-with-crouton
Asus C200MAのRAMは2GBしかないので、ちょっとでも動作が軽くなるかと思ってUnityの代わりにLXDEを入れているが、ちょっとましだという程度。
Crouton経由でUbuntuを使うやり方だと、起動時に、ChromeOSにかえてUbuntuを選ぶことができない。したがって、オフライン環境下でUbuntuを急きょ使う、という使い方はできない。
デベロッパーモードだとChromebookはUSBブートをONにできるはずだが、C200MAではできなかった。なので、インストールせずにUSBブートでLinuxを使うことは、通常のやり方だとできないようになっているらしい。
これは出荷時のBIOS設定で、上記のような使い方をすべて禁止しているらしい。この問題を解決するため、ChromebookのBIOSが焼いてあるROMそのものを書き換えるスクリプトを公開している人がいる。
https://johnlewis.ie/custom-chromebook-firmware/rom-download/
が、なにかあったときに元に戻す方法を調べるのが面倒なので、自分はまだためしていない。だれかC200MAで試した人がいたら教えてほしい。
私は刀剣乱舞が嫌いだ。
家族が芝ゲーに嵌ってガンオケ語りしたり、スレに入り浸ったり、大絢爛舞踏祭ROMしてた頃から芝村嫌いだったけど、どっちかというと芝臭は薄いし、ある種のプレーヤーのハートを掴む術は心得てるよねと思う。どいつもこいつも量産型八葉みたいなデザインだなとは思うけど、それもまあ別にどうでもいい。
明らかに安い釣りに来てる公式台詞が気持ち悪い。審神者って言葉の使い方も、いかにも芝村らしくて気持ち悪い。サービス開始二日目位から、アンチ発言したどこかの人を寄って集って炎上させて吊るし上げて叩いてたファンが気持ち悪い。自称創作厨が一気にあのジャンルに流れて行ったはいいけど、それ本当に元ネタあるのかみたいな突然のあるあるネタが気持ち悪い。TLにしょっちゅう流れてくる絡み漫画も、申し訳ないけど高確率で気持ち悪い。
ブラウザゲー興味ないしモバマス艦これ他に食指が動く事も反感を覚える事もなかったから、自分でもなんでこんなに嫌いなのか理解出来ない。少なくとも自分にとっては創作的な人を悪い意味で刺激する芝村世界観が悪い方向に作用してるのかもしれない。
システムパクだの絵師トレパクだのネットから素材流用だの本体がキナ臭いことになっててある種ああ…って思った。それでも、あの界隈の雰囲気が元に戻ることはないだろうなと思う。それ自体が単純に好きな人に悪意はないの分かってるけど、全く興味ない、自重しない腐ネタがガンガン飛んで来る状況にはそろそろ耐えられない。自分の立ち位置だと思ってた場所が、実は全くそうじゃなかったってだけのことで、特にこれ以上悪く言いたいわけではないけど、合わないものは合わない。