はてなキーワード: バブル世代とは
【弱者男性の生まれ方】
①少年マンガやアニメだけ見て「女性」を学ぶ
②ひたすら空から少女が降ってくるのを待ち続け、現実女性との関わり方を学ばず育つ
③女性と関わろうとするが当然拒絶され勝手にトラウマ
④心地よい少年マンガやアニメの女性にひたる
⑤以下繰り返し
①でどうにかしないとね。— 弁護士 岸本 学 (@9jtCdbGf3lih8Fe) 2019年11月22日
しかし弁護士なんてあのネットで一騒動なった例の事例以前は弁護士の威光だけでビビる人も多かったのにあの例の炎上事例以降、弁護士と言うものは知識や常識の偏った、金儲けにしか興味の無い人間と言う認識も世間でも生まれたと思う。
そしてこんな自身の意見に反論を言われるからこそ、彼等は必死でプロ責法改正とかしたいんだろうなと思っていたりするよ。
それとこの手の考え方をする人間の多くは多分バブル世代、或いはギリギリ氷河期世代前半だと思うよ。
特にテレビ世代も多く、ドラマを見ており、漫画アニメ自体存在を下に見ているし、マスメディアも80年代後半から10年代前半にかけて、あらゆる事件や法規制を煽って、漫画やアニメ、ゲーム等のバッシングを繰り広げていたからね。
しかし弁護士であり、実名まで晒しながら、良くもまぁ、こんな事を言って、自分からネットの玩具になりに行けるなと思ったりもする。
自己責任論は間違っている、ということに気づくことができるのはバブル世代と氷河期世代が全滅してからなんだろうな。
バブル世代は自分の能力とは無関係に成功したから自己責任論は都合が良い。
氷河期世代は自分の能力と無関係に失敗してるやつが多い中、成功することができた、発言力を持つことのできたやつは、自分に能力があると思いたいので自己責任論に走る。
たまたま他より恵まれた環境にいただけだ、ということを真正面から捉えると、有能な自分のセルフイメージが崩れ、認知的不協和を起こす。だから認めない。
その両方を見ている世代は、全ては運だ、と気づくことができる。小さいときから天災も多く経験してるしね。
高卒でも手取り20万どころか社宅与えられてボーナス100万出て今より物価も税金も高くなくて。
母がそんなバブル時代しか社会人経験がないから全部自分基準でもの言われるの辛い
時代は変わったんだよ税金増えてるんだよって言ってもありえない!言い訳だ!て聞く耳持たず…
転職して給料は増えたけどその分税金も増えるから手取りはほんの少し増えた程度なのに
4万上がったなら2万は家に入れる金増やせるよね?とか
ボーナスから20万家に入れられない?て言われてもマイナスだわ!!
出ていきたくても家に毎月手取りの半分取られながら独り暮らし費用を貯めるなんてとうてい無理だよ
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO48547530U9A810C1MM8000/
このニュースを見たらなんだか急に記憶の扉が開いたので長文を書くことにした。
自分は就職氷河期が直撃した年齢だ。大学のとき、就職課のスタッフが全学生を講堂に集めて「お前らなんか取ってくれる会社があったらそれだけでありがたいと思え!」なんていう講習会を開くくらいに氷河期だった。
確かに自分の周りでは「いかに多くの会社に履歴書を書くか」とか「まぁ俺みたいなゴミクズ取ってくれる会社があるだけ御の字だわ」とかそんなやつが多かった。
自分が大学に入る少し前はリストラだなんだと言って会社はかなりえげつない作戦で人をやめさせて人件費を浮かせ、結果残った人たちが激務にならざるを得ないなんていう社会に移行していた。しまいには今流行ってるからとかそんな理由でリストラに踏み切る会社まであったような気がするが、このへんは現実とフィクションがごちゃまぜかもしれない。
そんな就職氷河期の凄まじさは、しまいには戦略的に留年するとか、大学院に進む人を増やした。なぜなら新卒カードがなくなったら何もかも終わるなんて言うことは当時の学生でもよくわかっていたからだ。いま卒業したら人生終わるなんていう凄まじい時代だ。
そんなわけで企業が学生に対してどこまでも強くなり、大した理由もないのに内定取り消しを会社がやるなんて言うことも結構やっていた気がする(違法だった気もするが平気でやっていた気がする)。
自分たちのちょっと前になるとバブル景気だ。この頃は会社が学生をごそっとハワイとかに連れて行ってアレヤコレヤと接待しまくった挙句にそのまま何もしないで採用していたらしい。バブル世代の社員から聞いたことがある。ハワイはないにしても飲み会に連れて行ったり旅行に連れて行ったりしていい気分にして採用の同意を取っていたそうだ。
本当かよって思うが実際にそうやって仕事を得たと言っていたのでそうなんだろう。
自分たちが何十枚も履歴書を書いて会社を選ぶ権利なんかないんだからとヒイヒイ言いながら会社を回ってどうにか面接にこぎつけて・・・とやっていたのにその目の前に座っている奴らはなんの苦労もなくハワイで採用されていたわけだ。
自分たちのちょっと後になるとむしろ学生が不足していて会社が一生懸命人を雇うようになっていた。彼らは戦略的に自分にあった会社を選んで着実にキャリアを積んでいる。
自分たちなんで「雇ってくれるだけでありがてえでございます!」なんていうメンタリティで仕事を探していた。目の前に座っている学生たちは「僕はやりたい仕事を入社したい会社でしますから」という体で話をしてくる。
なんで自分たちだけが必死に地面に頭をこすりつけて就職活動してきたのか、という疑問は今も拭えないし、なんで会社はそれでも新卒しか取らないのか、新卒で就職を逃したら人生詰むのか、という疑問はある。第二新卒なんていう言葉もできたが、それだって結局新卒以外いらんという会社のメッセージでしかない。
そんな氷河期世代の記憶はあるが、それでも楽しげにやっているやつはいた。だが、自分は幼少の頃から親に植え付けられたトラウマのせいで更に世界に対してネガティブな感情を抱いている。
トラウマというのが何かはわからない人がいるかもしれないが、両親による虐待を受け続けてしまい、感情や行動が歪み、社会で生きづらい人、という感じで考えればいいと思う。みんなそれぞれ生きづらさを抱えているという反応ができる人は幸せだ。そうじゃないんだ。ちなみにトラウマを持たないか軽い人からしたら「どのくらい凄まじいか」は認識できないと思うから余計に苦しい。
両親からやられたことは、かんたんに言うと徹底的に人格を攻撃される、何か意見を言っても徹底的に叩き潰される、親に騙される、親に対する安心感がまったくない、ということを100%の善意でやられる上にやり方がうまくて周りの大人には「いいご両親ね!」と言われてしまうことだ。
このトラウマのせいで自分が世界に持っているネガティブな感情は凄まじい。
褒められたら「なんで誰にでもできることをわざわざ褒めてるんだ?」
同僚に誘われたら「あー割り勘要員ほしいんだよね」
がまず頭をよぎる。ある程度の歳になれば「理屈で」この反応をねじ伏せることもできるようになったが、返事をする頃には完全に疲弊している。「おいxx」「はい、何でしょう」の会話をするために一体どれだけの葛藤や闘争があるかはなかなかわかってもらえない。
「自分から徹底的に絞りたいやつがまた一人増えた」という理解でまず人を見るし、自分がなにか言っても結局みんな潰しにかかるし、否定する、だけど親が言った「信じることが大事」というキーワードで信じてしまう。
あれだけ自分の人格を崩壊させた親の言った人を信じろという言葉をなんで後生大事に抱えてるんだ?と思うかもしれないが、トラウマ、両親によって徹底的に破壊された人格は矛盾を矛盾と感じない。
テストを受けて結果を見せる、普段60点だけど少し頑張って80点とっても取れなかった20点だけに注視して「勉強時間を毎日2時間増やしなさい」というが、テレビなんかで同じ境遇の子供を見ると「私だったら子供が取った80点を褒めてあげたい、勉強は何時間やったかじゃない」と平気で言う。
成績表を見せれば泣き叫び具合が悪くなって寝込んでしまう。自分はわけもわからず謝るしかない。誤ったら誤っただけ善意で滅多刺しにされる。あなたにはもっと頑張ってもらいたい、あなたはやればできるのに、なんで頑張ってくれないの、なんで私の気持ちわかってくれないの、何時間もだ。要は「自分の子供は100点しか取らない、成績表には5しかつかない」というわけのわからない前提で見ているから「100点を取れないことがムカつく、5以外の数字があることがムカつく」ということなんだろう。
でも勉強ができない子供をテレビなんかで見たら「子供の個性が大事、個性を伸ばすようにしないと」と平気で言う。
父親は完全にランダムで激怒する。もう何を言ったら怒鳴られるかわかったものではない。彼は平気で嘘をつく、論点をずらす、自分の記憶を改ざんする、そうして俺をとにかく黙らせて「ハイ論破wwwww」となる。当時の話だからまんま言わないが要はそういうことだ。それについて蒸し返すことはできない。もう徹底的に無視される。自分が言いたいことだけを無理やり相手に納得させる。そもそも「どう反応すればこいつを叩き潰せるか」でしか返事をしないから平気で矛盾したことを言う。30秒前に肯定したことを今否定するなんてことはザラだ。とにかく大事なのは俺を潰すことでしかない。下手に矛盾を指摘すれば更に激怒の時間が増えるだけだ。
一度火が付けば満員電車の中だろうが飲食店の中だろうが徹底的に怒鳴りつける。周囲の目線が痛い。やめてほしい、死にたい、消えたい、という気持ちだけで下を向くしかない。それとは対象的に恍惚とした父の顔、恐怖でしかない。
そうやって育った俺は結局「人を完全に疑ってかかるけど、言われたことを馬鹿正直に信じて実行して痛い目を見るやつ」になった。
どうしてこうなった?と思うかもしれない、だがそうなった。なんの一貫性もない人格。ただただ苦しみでしかない人生。世界で一番信じられないのは自分、世界一醜いのは自分、世界一ダメなやつは自分、自分の笑顔を写真で見ると鳥肌が立つ。なんでこんなに気持ち悪い生き物が写ってるんだ?周りはそんな自分をたまに褒めるが、パニックでしかない。「こんな誰がやってもできそうなことなのになんで褒めるんだ?意味がわからない。むしろやめてほしい、おだてて俺からまた何か絞る気か?むしろとっとと切り捨ててくれたほうが自分の感情と矛盾しないだけスッキリする」
ということを言っている方が安心できる自分がいる。そんな自分が氷河期世代の救済を政府が始めたときいたところで自分の中に構築された論理は「あーあいつらまた美味しい宝の山でも見つけたんだろうな」としか思えない。もし自分が生まれる前に行けるなら、徹底的に自分が生まれないようにしたい。
軽減税率ってなんでクソなんだろう?って考えた結果タイトルの結論に達した
当然のことながら高齢化社会とは国民の大半を「高齢者」が占める事である、では少子高齢化の問題とはなにか?
1、年金給付金が膨大な金額になり今年も税金から30兆円ほど出している、これは今後も増大する
2、年金給付金が膨大な金額となり年金保険料が延々引き上げられている
3、医療費が膨大な金額となり健康保険料が延々引き上げられている(特定保険料率)
結局お金である、現役から徴収している金額と高齢者に給付している金額のバランスが著しく悪くなり、現役世代に負担をかけていることが問題なわけだ
次に、少子高齢化社会自体は先進諸国のどこでもあるが、その中でも日本特有の問題として、日本にある個人資産1600兆のうち7割は高齢者が有している、という日本独特にして反吐のでる問題がある
これを就職氷河期で分けるとさらに差は広がって就職氷河期以下の世代は、2割を切る
逃げ切り世代は納めた年金保険料より貰う年金給付の方が多い最後の世代なので逃げ切りと呼ばれている
これに追加して就職氷河期より前のバブル世代はもうあと少しで高齢者になる
つまり高齢者予備軍なわけだ、以下の文章では高齢者予備軍と高齢者をあわせて逃げ切り世代と呼称する
さて本題、
そのお金を個人資産1600兆のうち80%超を有する逃げ切り世代につかうのが正しいのだろうか?
日本は世界に先立って高齢化が進んでいる最前線の国だ、現時点でも国民のうち30%弱が高齢者という驚異的な数字で2065年には2.6人に1人が65歳以上となる世界に誇る高齢化大国だ
では所得を生まないので源泉徴収がしにくいのに、資産が多い逃げ切り世代からお金を徴収する方法とはなんだろう?
思いつくのは消費税くらいなのである、つまり消費税は高齢者にかけることが「可能な」税金なのだ。
つーかここが今回の本質なのかもしれない、個人資産1600兆のうち80%超を有する逃げ切り世代にかけることが可能な税金ってなんだ?
そして、老人世代がもっていて、現役世代にもっていないものがある
家や車などの耐久消費財、それから家庭もだ、高齢者はすでにこれを持っているが現役世代はもっていない
もっていないのに、これを今から買うと消費税がそのままかかる、いやおかしくね?これこそが、軽減されるべきではないか?
法人税や高額所得者への所得税を引き上げると言うのであれば、それは消費税の減税「ではなく」
耐久消費財の軽減減税に使われるべきじゃね?結婚や子育て環境整備につかわれるべきじゃね?
新聞とか食い物とかどうでもいいから、結婚式会場や結婚相談所への料金こそ軽減税率されるべきじゃねえか?あとは逃げ切り世代があまり使わないもの例えばiPhoneとかスマホとかさぁ、そうあるべきじゃね??
いっそキャリアと契約するとき年齢確認はあるし、車かうときも免許あるし、家買うときも建築確認あるから、年齢で軽減税率するかどうかを切ってもいいくらいだと思わん?
バブル世代は、バブル景気(内閣府景気基準日付第11循環拡張期、1986年(昭和61年)11月から1991年(平成3年)2月)による売り手市場時(概ね1988年(昭和63年)度から1992年(平成4年)度頃)に新入社した世代で、とりわけその時期が大学(4年制)卒業時と重なる1965年4月2日から1970年4月1日生まれを指す[1]。短大(2〜3年制)・高専(5年制)・専門学校(1〜3年制)卒であれば1966年4月2日から1973年4月1日生まれ、高校(3〜4年制)卒であれば1968年4月2日から1974年4月1日生まれまでが該当する。
あってるけど間違ってる
少子高齢化の問題点は、急激な高齢者の増加であって、人口を維持できないことじゃ無い。
仮に、50才〜79才までを90%くらい安楽死させて良ければ今のままで特に問題はないよ
が、そういうわけにもいかないので発想を変えることにしたわけだ
「高齢者」の問題は何もお金を生み出さない障害者枠になってしまうことだから
「現役」で活動できる時間を伸ばして、なるべく長く仕事してもらい、なるべく早く死んでもらうとこにしようってのが現状だね。
なので、バブル世代から上がとっとと死ねば、年金受給開始年齢を元の60才からに戻しても賦課方式でなんとかなるよ。
まあ0か0でないかなら0ではないと思うが
(最初から「ネットのトラブルの殺人」と報道されてたので予断を持ちようがないというのもある)
誰かが責められてるのを見てはリンチだと怒って殺害予告するぐらいだったから
「〇○関係の議論に絡まなかったので~」というプロファイルしていいならほぼ何でも言える。
迂闊なはてなですら「困窮者」というざっくりしたくくりで、特定世代と決めつける論調は初期から目立っていなかった。
「容疑者は40-50代の男性」としかわかってない段階で、「無敵の人」がtwitterのトレンドに上がり、容疑者が社会から虐げられてきたかわいそうな人の前提で大勢の人がコメントしてるのなんなんですかね。
(実際、何不自由なく健康で裕福で家族に恵まれたリア充が突然凶行に及ぶ理由はないのだから、多かれ少なかれ社会に疎外感があり恵まれない要素がある人である可能性は高いのだろうけど)
中には容疑者に対する強い共感からか、(俺たちキモカネを馬鹿にしてきた)一人で死ねというお前らが望んだんだ!おめでとう!くらいの勢いで、快哉を叫んでいるとしか思えない人まである。
思うんだけど、これが「60-70代の男性」だったらどうか。
「また老人が子供を殺した」「老害が若者を殺す国」との声にあふれ、容疑者に対する共感などわずかだっただろう。
「20代くらいの男性」だったら、「キチDQNやべえ」「メンヘラか」くらいの切り捨てだったし、
「女性」だったら、「女は○○、女は〜〜だから、女様やべえ」「フェミさんは何も言わないの?(笑)」