はてなキーワード: 冗談とは
私は地方公務員の女だ。関東圏のとある都市の市役所で働いている。
私立の大学で文系科目を修め、リーマンショックの時期に冗談抜きで大手民間企業100社に祈られ、ほうほうの体で公務員になった。だから、私は民間企業を知らない。営業職が何をするのかも、経理に経費を精算をしてもらうまでのやりとりも、接待も海外出張もテレワークも何もかも知らない。
「公務員は9時5時でやる気がない」「公務員はノルマがないヌルい仕事」「公務員は民間では全く役に立たない」という世間の評判に翻弄されながらも、サビ残を厭わず、クレーマーにも笑顔で耐え、上司の無茶振りにも嫌な顔をせず、地獄のような霞ヶ関出向からも生還した。
公務員としてはよくやっている方だと自認しているし、一定の評価ももらっている。しかしながら、私の心の中はいつも「私は民間を知らない」というコンプレックスに苛まれていた。私の苦労は民間の社員の苦労に比べたら大したことはなく、私の仕事っぷりは民間では全く歯が立たないと、信じていた。
そんな私だが、最近、民間企業の同年代の女性社員たちが参加するマーケティング系のワークショップに、縁あって参加した。
私のグループは私を含めて4人の参加者がおり、彼女たちが働く企業は、みんな私が志望しては玉砕した大手企業だった。私はただ1人のノルマを知らない公務員というだけでなく、彼女たちが勤める企業に採用されなかった劣等生でもある。私は初めから彼女たちに対して卑屈な気分になっていた。
グループの女性たちは、みな堂々と社名を名乗り、民間の総合職の女性らしい華やかさだった。グラデーションカラーの髪や、テレワーク中で、と照れ笑いするスウェット姿は、私が普段暮らす役所の中ではついぞ見かけない。彼女たちはzoomの画面越しに自己紹介した私の顔を見て、
と聞いてきた。私は微笑み、
「公務員って聞くとそういうイメージあるよね。でも私は企画部門だよ。経営戦略を立てるところ」
とできるだけ丁寧に答えた。彼女たちはよくわかっていない様子だったが、そうなんだ、と明るく答えた。
ワークショップのテーマは地方創生だった。私の本分である。私はみんなの意見を聞き、地方創生の実態や課題について話すのがいいのかな、と自分の中で役割のあたりをつけ、議論に参加した。
1人の、某携帯キャリアのマーケティング職の女性が口火を切った。
「地方は元気がないから、地方に元気を与えるような、そう、例えば都心の子供と地方のお年寄りを繋ぐサービスはどうかな?」
「もしそうなったら素敵だね。そうしたら、そのサービスで、どんな地方の課題が解決できるのかな?どんな価値が生まれる?」
私が尋ねると、マーケティングの彼女は考え込み、代わりに引き受けたのはインフラ系企業の研究職の女性だった。
「地方のお年寄りはやることもなくてきっと寂しいよ。それに、自分の知っている地域の遊びとかを教えれば、子供も楽しんでくれるし嬉しいんじゃない?そうだ、忙しいワーキングママの代わりに子供の面倒を見てあげられればいいよ!ねえ、そういうの、いいんじゃない?」
「確かに高齢化が進む地域は子供が減ってるから、寂しいと感じる人もいるかもね。共働きのお母さんも仕事に家事にで忙しいもんね。じゃあ、そのサービスは、どうやって収益を出すの?」
私が再び尋ねると、今まで微笑んでいるだけだった自動車メーカーの広報担当の女性が、やや苛立った様子で言った。
「そんなの地方がお金を出すんじゃない?だって、『地域が元気になる』んだよ?」
残りの2人も、私を非難する目つきで見、メーカーの彼女に続いた。
「そうだよ、お年寄りが元気になれば、地方も助かるんじゃない?」
「やってみないとわかんないんだし、まずはこれで話を始めようよ。細かいこと言ってたら、始まらないよ」
みんなの表情には、ありありと「だから公務員は頭が固い」「民間のスピード感が分かっていない」と書いてあった。私は弱々しく笑い、
「地方の自治体も、慈善事業じゃないから、何のために地元のお年寄りと都心の子供を交流させるか分からないと、お金は出せないと思うよ」
と答えるのがやっとだった。
その後、私と彼女たちは噛み合うことなく、それでも私たちのグループは地方のお年寄りと都心の子供をマッチングさせ、zoom上で昔ながらの遊びを教えるプラットフォームを製作する企画書をまとめた。ステークホルダーは、地方のお年寄り、子供、子供の面倒を見てほしい親、そして地域活性化を目指す自治体であり、「地域活性化」を目指す自治体が出資するシステムである。「民間のスピード」に、私は口出しをすることができなかった。
私は民間企業を知らない。就職活動をして、100社から断られたからだ。新卒で市役所に入った。出向していた時期もあるが、それも霞ヶ関でだったので、結局はお役人の仕事しか知らない。根っからの公務員だ。なので、民間企業の社員に激しいコンプレックスを持っている。私の知らない、私なんかには絶対に成し遂げられないことをしている人たちが、羨ましくて恐ろしかった。
だけど、地方の年寄りがzoomで見ず知らずの子供の子守りをするサービスの企画書に、いらすとやのイラストを貼り付けながら、私は一体何に怯え、何に憧れていたんだろう、と思った。公務員はぬるくて、民間企業は厳しい。公務員は劣等、民間企業は優秀。でも、そんなの会社によることだろうし、優秀か否かだって社員によって異なるだろうに。
ワークショップは淡々と進み、私たちの班の企画書は、講師から「このサービスに本当にお金を出せるのか、今度どこかの役所に聞いてごらん」という感想をいただいた。まあその通りなんだけど、と私は内心で下唇を突き出した。それでも、彼女たちは一様に満足げであった。私以外は東京の企業に勤めているので、週末リアルで会うそうである。私に対しても、礼儀正しく「東京まで会いに来ないか」と尋ねてきたが、私は真面目な公務員らしく、緊急事態宣言中を理由に断った。
契約先から最初に聞いた話では、俺はシステム設計だけすれば良く、実装は下に付いた2人がやってくれるということだった。
で、当日の顔合わせの日。やって来たのが中国人2人。ここで黄色信号が灯る。
2人をCさんとYさんとしよう。
問題はYさんの方だ。
そしてスキルが問題だった。簡単な作業を頼んでも、ちゃんとできた試しがない。
そして、その後始末を命じられるのが俺だ。客先曰く「それはあなたの仕事だ」と。
いや、それほどのカネ貰ってねえ。
それなら最初に俺にYさんのスキルチェックをさせて欲しかったが、もちろん雇われの俺にそんな権限あるわけない。
そうして、Yさんの仕事が俺の肩にのしかかる。もちろん、俺自身の仕事はそのままで、だ。
俺は営業に助けを求めたが、何の役にも立たないまま2ヶ月経った。
いよいよスケジュールに赤信号が点滅し始めた。そりゃそうだ。2人で3人分の仕事をしてるから。
ここに至って、契約先がやっと動いた。人を2人寄越してくれるという。
で、俺はというと、設計から実装に回されるという。もちろん、金額も下がる。冗談か。もともと相場より安かったのに、そんなに叩かれてたまるか。
こうして俺はその現場を離れることになった。今は引き継ぎ中だ。今月というか今週で終わりだ。
うちの妹は痩せ型なのに思春期でもお腹だけがぽっこりしてて幼児体型だねーとか言ってたらすごく巨大な5kgくらいの卵巣嚢腫が隠れてた。
知り合いも同じく腹が出てたが腎臓嚢胞が発覚して、胴体の輪切り画像見たら腹の断面のほとんどが肥大した腎臓になってたらしい。
あきらかに冗談だろって話を本当のものだと受け止めてヤベー行為に走るようなのが無数にいるせいで、おちおち冗談も言えなくなっている
真に受けられたところでアブナイことは起きないような平和な冗談でも、純粋に理解できない層がいて、そういう層に限って絡んできたりする
意味わからん、どういうこと?みたいな絡み方ならまだしも、わざととぼけてみるタイプの冗談に対して謎の上から目線で解説をするようなアホは見るに堪えない
読解力とか批判的思考とか、そういう能力を最低限もった人間しかSNSは使えないってことにすれば、絶対にステキなインターネットを取り戻せると思う
同じ単語だから同じ意味なのだったら冗談も存在しなくなるし縦読みとか文節でたまたま同じ音になった言葉も慎重に選ぶべきになるんじゃないの?
一般論としては意味のある指摘だけど、少なくとも「靴紐を結べないのがかわいい」と「方向音痴なところがかわいい」は同じ意味の「かわいい」だと思う。
自分にだけ甘いけど他人に同じことされたらキレるとかクズもいいとこだけど自分がそれでもつきあいたいならそういうものだとする以外になにも手段ってないきがする
これは同意。だけどまあ「そういうものだとする」って元増田は既に納得してるんでしょ。
これだけ丁寧に言語化できる元増田はすごく賢い人だろうけど、「それがどうしてそんな相手と……」とは外野から勝手に思わなくもないが、まあ我々が「ネットの体験談」を読むのと目の前に本人がいるのじゃ全然違うんだろうな。1つ2つの切り抜きで「クズ」と断定するのは簡単で、人類なんてクズしかいないから仕方ない。書いてる私もきっとクズ。
まあでも、次機会があったらちゃんと話した方がいいと思うけどね。「それってこれと同じだよね」と。その上で「でもお互いそういうところも好きなんだからいいじゃん」と伝えればいいと思う。「バカにしててもしてなくてもどっちでもいいじゃん。恋人だからこそ弱みを見せ合いたいよね」って。
彼氏が不織布のマスクを上下逆につけてて(なぜか鼻のところのワイヤーがアゴにある)、逆になってるよって教えてあげてた。
この前ようやく正しい付け方してたから「ようやくわかったかw」って言ったら後日「あの発言は信じられない」ってフラれた。
冗談でも女に上に立たれることが許せない男っていると思う。
バイデン井戸毒を発端に「Qアノン連中はクソバカだからネタだとしても嘘を書くべきではない」jみたいなこと言ってるけどさ、バカに配慮する必要ある?
Qのゴミどもは「にじさんじ=2G+3G=5Gだからにじさんじはディープステイトの手先」みたいな論理だって展開してくるし、
「今日の夕飯はカレー」レベルのツイートだってこじつけて陰謀に結び付ける可能性はあるじゃん?クソバカに配慮するなら冗談どころか日常のふとした出来事ですらツイートしちゃいけないだろ。
そもそもあいつらだって独立した成人なんだし仮に冗談を真に受けて差別が起きてもそれは冗談の発話者に責任は一切なく真に受けたバカが完全に悪いでしょ。
独立した個人であるなら自分の読解や行いに責任を持つべきだし、Q信者が判断能力のない配慮すべき連中というならスマホとPC取り上げて障害者年金でも渡して国や自治体で養ってやれよ。
不謹慎なジョークは倫理的によくないとか不愉快に思う人がいるとかならわかるが「バカに配慮しろ」は滅茶苦茶だってことをわかってくれ。
「バイデンが井戸に毒を入れた」という冗談が、一部の人には「朝鮮人に対する」差別煽動投稿に見えるらしい。驚いた。
これが「朝鮮人に対する」差別だと主張する模範的文書を、藤崎剛人がコラムとして公開している。(差別煽動投稿だと最初に断じた津田大介が、これが「朝鮮人に対する」差別煽動と述べているかどうかは確認していない。)
https://www.newsweekjapan.jp/fujisaki/2021/02/post-3_1.php]
「井戸に毒」というのは藤崎も指摘するとおり「1923年関東大震災での流言飛語を連想させる」フレーズとして選択されている。つまり、ここで連想されるのは、井戸に毒を入れる行為ではなく、「流言飛語」つまりデマという評価である。
「井戸に毒」から朝鮮人を連想できる人は、必ず、それがデマであることをセットで連想する。藤崎がそうであるように。
もし関東大震災時のデマを知らずに「井戸に毒を入れた」を真に受ける人間がいたならば、彼は毒を入れたのはバイデンだと考える他なく、「井戸に毒」が朝鮮人と結びつくことはない。(そして、バイデンは日本に居らずテロリストでも無いのだから、殆どは「井戸に毒」が嘘であることに気付くだろう。加えて、バイデン大統領なら、「バイデンが井戸に毒を入れた」と信じる狂人が居たとしても危険は及ばない。)
朝鮮人の連想は、デマによる虐殺というエピソードを前提にして初めてもたらされる。
もし朝鮮人を差別する意図があるならば、デマに踊らされたという愚かな過去を引き合いに出すことはあり得ない。
したがって、「バイデンが井戸に毒を入れた」という文字列は、流言飛語が朝鮮人虐殺を招いた歴史を想起させ悪質なデマに惑わされないための注意喚起を諧謔とともに表現したものと読むほか無い。朝鮮人に対する差別煽動と読む余地は無い。
ところが藤崎はなぜか、「バイデンが井戸に毒を入れた」という文字列から、流言飛語が朝鮮人虐殺を招いた歴史を想起し、悪質なデマに惑わされないための注意喚起をしようと考えたようだ。
藤崎は、「バイデンが井戸に毒を入れた」が「井戸に毒」をネタ化したものであるとした上で、次のように述べる。
我々は、我々の社会がかつて行ってしまった民族ジェノサイドに対してどのように向き合うのかについて改めて問われている。こうした状況のもとで、「井戸に毒」をネタとして消費してしまうことは、ジェノサイドという事象の軽視であり、それは論理必然的に差別扇動となるのだ。
しかし、ここでネタ化されているのは「井戸に毒」ではなく「「井戸に毒」というデマ」である。
ここで揶揄されているのは、荒唐無稽なデマに惑わされて愚かな行動に出たかつての日本人に他ならない。
ここで暗転して、けたたましく医療機器が警報を鳴らす病室に舞台が変わる。
ワニがECMOに繋がれて瀕死になっている。
どうしてか?
100日前に仲間と会食して、それでワニは新型コロナに感染した。
「100日間生きたワニ」という改題は、コロナの闘病生活がここから100日に及んだことを表す。
物語は闘病生活を丁寧に追っていく・・最初は熱が続き発熱外来からPCR検査をして陽性。
ホテルでの隔離生活では仲間とスマホで連絡を取り合える余裕もある。ネズミも感染していた。
幸いお互い症状は軽い。軽い冗談を言い合いながら職場の先輩への恋心も語り合う。
ところが・・・ワニだけ症状が悪化。肺のレントゲンはマリモが増殖。入院となる。
なんやかんやあり、肺はついに真っ白。ECMOに繋がれる。面会謝絶の中、ワニは朦朧とした意識の中夢を見る。
ああ。どうせ死ぬんだったら、満開の桜の中好きなバイクで事故死したかった。
仲間に看取られながら死にたかった。
だいたいこんな感じの映画になるんでしょ?
明らかな人権侵害である天皇制をベースにした元号を使って「いまって令和ですよね?」「もう令和なんだからさ、変えていこうよ」とか言っちゃうの、恥ずかしくないですか…?
伝統とか国の格とかどうでもいいんだよな
「生まれつき参政権がなく、プライバシーも自己決定権も実質的に与えられない人」が国家制度として存在してるの、端的に言って異常でしょ
欧米の王室とかも全部おかしくて、サッサとまとめて撤廃しちゃったほうがいい
国家制度にゴリゴリ人権侵害されてる人が国の象徴なのマジでなんの冗談だよって感じだし、憲法開いて第一条が「天皇」なのも気色悪すぎ
人権問題を語ろうっていうのに、新しい時代を指す言葉として「令和」をチョイスしちゃうの、ホントにセンスないですよ
まあ、2021年っていうのもひとつの宗教をベースとしててアウトとか言い出すとアレなんだが、少なくとも令和よりはマシでしょう
令和っていうのやめませんか?もう令和なんだからさ!
先輩「最近のMacBookはテフロン加工だからよぉ〜フライパン代わりにステーキ焼いてもさっとひと拭きできれいになんだぜぇ〜」
俺「ギャハハハハ!」
というクッソ頭悪い会話を職場でしていた。
で、先輩が休憩に入ったときに上司が俺の机にやってきてこんなことを言った。
「アイツがパソコンを給湯室に持っていったらお前、止めてくれな」
なんと答えたかは覚えてない。たぶん、は? みたいなことは言ったと思う。
俺がドン引きしているのに気づいてか、上司はもにょもにょっとなにか呟いていそいそと去っていった。
・内容を理解できるくらい横で聞いていたのに、冗談だということが全く理解できていなかった
・上司の中では、先輩がMacBookをフライパン代わりにすることが現実的にあり得ることだった
先輩はクソみたいな冗談ばっか言ってるけどクソほど仕事ができる社会人だ。
そんな人が、MacBookを、フライパン代わりにコンロの火にかける、それが上司が生きてる世界では普通に起こりえて、部下の俺に備えさせる必要も感じるくらいのリアリティがある。
コイツ何考えて生きてんだ? という、このすげー常識が違う感じ、食人族が人間食べるのは常識だけどそれは俺らの常識と違うよねみたいな、会話成立してても意思疎通できてなかったりする? という。
炊事にしても、家事にしても、今は母親から「自分でやった方が早いから余計な事をしないで」と何もしなくて良いと言われていますが、
将来的に何か一つずつ、一つずつでも自分の力で出来る事が増やしていきたい、と願います
学生時代不得意だった教科の先生に「君は返事だけは良いね」と言われて、その時は褒められていると思ったけれど最近になってあれは皮肉だったと分かってきました
言葉をそのままの意味で受け取ったり、冗談が通じなかったり、アドリブで嘘をつけなかったり、自分には発達障害の傾向があるのですが、そういう意味では素直なのかもしれません