2018-03-07

[] #51-7「ノットシューゴ」

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某日、『ハテアニ』の親会社にて。

「これを見てください」

フォンさんはそう言って、ダンボール箱を机に勢いよく置いた。

その中には、シュー監督降板に対する抗議文メールで届いた写しなどが大量に入っていた。

「もちろんこれだけじゃありません。まだまだ持ってきていますからね」

父たちの打開策はこれだった。

シュー監督降板に対する抗議文を、ひたすら募ったのだ。

重役たちは机の上に積まれ抗議文の山を、ただ黙って見つめていた。

それには理由があった。

「更に付け加えるなら、この抗議文スタジオにきたものだけです。皆さんの会社にも同じくらいの……或いはそれ以上の抗議文が届いたのではありませんか?」

親会社スポンサーにも、メールなどで抗議するよう世間に促していたのだ。

臭い方法だが、これが意外にも効果的だった。

そもそもシュー監督降板の要因は、親会社世間の風当たりを気にしていたからだ。

その世間が味方について、逆に親会社たちの敵になろうとしているならば、方針を変えざるを得ない。

「確かにシューゴさんの言動は反感を買いやすいです。色々とコンプライアンス違反やらかしています。でも、それは彼なりに作り手としての矜持が常にあったが故です」

「もちろんアニメというのは監督一人で作っているわけではありません。それを踏まえてなお、今の『ヴァリオリ』があるのはシューゴさんの存在が大きいですし、そしてこれからシューゴさんなしの『ヴァリオリ』なんて考えられません!」

当然、これは側面的な話でしかない。

抗議文を書いた人間の多くは『ヴァリオリ』のファンである人たちが多く、シュー監督を嫌う人たちは依然変わりない。

それでも、シュー監督が『ヴァリオリ』に必要であるという声も強いことを、否が応でもからせるにはベター手段だったのだ。

「皆さん、いま一度考えてみませんか。所詮アニメビジネスです。コンプライアンス大事でしょう。でも同じくらいクリエイター本位であることも大事なのです。それがアニメクオリティにも繋がり、売り上げにも繋がりやすくなる。なぜなら彼らが見たいのは、こんな水面下のトラブルではなく、あくまアニメなのですから


…………

こうしてシューゴさんは、今も『ヴァリオリ』の監督を続けているってわけだ。

ここで話を終えて、めでたしめでたし……でもいいかもしれないが、現実というものは綺麗に終わらないことが多い。

視聴率は下がっちゃいましたね……それでも十分に、人気と呼べる程度ではありますが」

「まあ、作り手が同じだからってクオリティが安定するかはまた別の話だからな。同じ監督が作っても続編でコケるなんてのは、よくある話だ」

シューゴさんはそう言っていたが、実際の出来はこれまでと変わらなかった。

大きな要因は他にあったのだ。

今回の一件は世間を大いに賑わし、大分ゴタゴタしてしまった。

そういった情報に敏感な人間バイアスがかかってしまい、アニメを楽しく観れなくなっていたのだ。

着ぐるみの中に人がいることを分かっていても、その中身を見せ付けられると興ざめする人間が出てくるみたいなものですね」

「マスダさん、あなたの例えは分かりにくいです。それにしても、作品の内容自体問題ないのに、こんなに顕著に反応が変わるんですねえ」

内面問題ばかりはどうしようもないさ」

「そうです。小便を完全にろ過しても、それが元は小便だと分かってたら嬉々として飲みたいとは思いません。変態でもない限り」

「マスダさん、あなたの例えは分かりにくいです」

「えー、つまり大半の受け手にとって、アニメってのは“現実から離れていて欲しいってことです」

「“現実”なしにアニメは作れないのに?」

「そんなものと向き合いながらだと、アニメを楽しめない人間だってたくさんいる。そして俺たちはそんな人間区別してコンテンツ提供することはできない。物理的に不可能なんです」

不条理ですよ、そんなの。じゃあ今回の一件で誰が得したんですか」

「そんなのオレだって知りたい。まあ、ちょっとやそっとのことでゴタゴタしたりガタガタになるってことは、そのコンテンツ自体が実は大したもんじゃないってことの証明ではあるわな。今回、馬脚を露わしただけのことだ」

なんだか釈然としない話だが、とどのつまりアニメは観たいやつが観たいようにしか出来ていないってことなのだろう。

そして、そんな人間のために父やシューゴさんたちが日々翻弄されているのを思うと、アニメ関係仕事は割に合わないなと俺は思った。

(#51-おわり)
記事への反応 -
  • 父はシューゴさんをファミレスに呼び出した。 内容が何であれ、必ずファミレスで話をする。 それが父たちの間で自然と出来たルールだった。 「形骸化して名前だけが残っている一...

    • 俺は呆れ果てて何も言えないでいたが、同じくクラスメートであるタイナイが、カジマの蛮行を嗜めた。 「ちょっと待てよ、カジマ。そんなの撮っちゃダメだ」 タイナイは俺たちの中...

      • こうしてシューゴさんの監督降板の報は、瞬く間に広がっていった。 様々なSNSサイトで『ヴァリオリ』関連の話が頻出し、いずれも阿鼻叫喚の様相を呈していた。 「あの俗悪の権化た...

        • 実のところ、重役たちは監督降板を半ば予定していた。 これまでのシューゴさんの態度を顧みるに、今回も改善の余地は見られないであろうことは想像に難くない。 監督降板をチラつ...

        • あのさ、お前の書く話、すっげーつまんねえのわかるか? つまらねえ話はいい加減やめろよ。 そんなにやりてえなら 小説家になろうにでもやってろよ

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