はてなキーワード: 文化形成とは
日本語祖語は偏堡(Pianpu)文化の紀元前2700年頃の遼西地区東部もしくはマンチュリア南部の遼河流域に起源があり、
紀元前1500年頃に朝鮮半島北部~中央部のゴングウィリ(Gonggwiri)式土器を介して朝鮮半島南部の無文(Mumun)文化を形成し、
この頃に磨製石器を伴う稲作など灌漑農耕が山東半島から遼東半島経由で朝鮮半島南部へと広がり、
紀元前9世紀に九州北部へと広がり弥生文化の形成に至って、日本列島在来の「縄文語」系統を(北海道を除いてほぼ)やがて駆逐した、とされます(Miyamoto., 2022)。
一方、朝鮮語祖語もマンチュリア南部とその周辺に起源があり、現在の北京付近に位置した、いわゆる戦国の七雄の一国である燕の東方への拡大に圧迫されて朝鮮半島へと移動し、
その考古学的指標は紀元前5世紀頃の粘土帯土器(rolled rim vessel、Jeomtodae)文化になり、やがて朝鮮半島から日本語系統を駆逐した、と指摘されています(Miyamoto., 2022)。
つまり、マンチュリア南部とその周辺から、まず紀元前二千年紀半ばに日本語系統が朝鮮半島へと到来し、その後で九州北部に広がったのに対して、朝鮮語系統は紀元前千年紀半ばに朝鮮半島へ到来した、というわけです。
参考文献:
Cooke NP. et al.(2021): Ancient genomics reveals tripartite origins of Japanese populations. Science Advances, 7, 38, eabh2419.
doi.org/10.1126/sciadv.abh2419
Gakuhari T. et al.(2020): Ancient Jomon genome sequence analysis sheds light on migration patterns of early East Asian populations. Communications Biology, 3, 437.
doi.org/10.1038/s42003-020-01162-2
Gelabert P. et al.(2022): Northeastern Asian and Jomon-related genetic structure in the Three Kingdoms period of Gimhae, Korea. Current Biology, 32, 15, 3232–3244.E6.
doi.org/10.1016/j.cub.2022.06.004
Harris EE.著(2016)、水谷淳訳『ゲノム革命 ヒト起源の真実』(早川書房、原書の刊行は2015年)
Huang X. et al.(2022): Genomic Insights Into the Demographic History of the Southern Chinese. Frontiers in Ecology and Evolution, 10:853391.
doi.org/10.3389/fevo.2022.853391
Kanzawa-Kiriyama H. et al.(2019): Late Jomon male and female genome sequences from the Funadomari site in Hokkaido, Japan. Anthropological Science, 127, 2, 83–108.
Lee DN. et al.(2022): Genomic detection of a secondary family burial in a single jar coffin in early Medieval Korea. American Journal of Biological Anthropology, 179, 4, 585–597.
Mafessoni F. et al.(2020): A high-coverage Neandertal genome from Chagyrskaya Cave. PNAS, 117, 26, 15132–15136.
doi.org/10.1073/pnas.2004944117
Mao X. et al.(2021): The deep population history of northern East Asia from the Late Pleistocene to the Holocene. Cell, 184, 12, 3256–3266.E13.
doi.org/10.1016/j.cell.2021.04.040
Miyamoto K.(2022): The emergence of ‘Transeurasian’ language families in Northeast Asia as viewed from archaeological evidence. Evolutionary Human Sciences, 4, e3.
Mizuno F. et al.(2021): Population dynamics in the Japanese Archipelago since the Pleistocene revealed by the complete mitochondrial genome sequences. Scientific Reports, 11, 12018.
doi.org/10.1038/s41598-021-91357-2
Ning C. et al.(2020): Ancient genomes from northern China suggest links between subsistence changes and human migration. Nature Communications, 11, 2700.
doi.org/10.1038/s41467-020-16557-2
Petr M. et al.(2020): The evolutionary history of Neanderthal and Denisovan Y chromosomes. Science, 369, 6511, 1653–1656.
doi.org/10.1126/science.abb6460
Robbeets M. et al.(2021): Triangulation supports agricultural spread of the Transeurasian languages. Nature, 599, 7886, 616–621.
doi.org/10.1038/s41586-021-04108-8
Sato T. et al.(2021): Whole-Genome Sequencing of a 900-Year-Old Human Skeleton Supports Two Past Migration Events from the Russian Far East to Northern Japan. Genome Biology and Evolution, 13, 9, evab192.
Scally A. et al.(2012): Insights into hominid evolution from the gorilla genome sequence. Nature, 483, 7388, 169–175.
Sikora M. et al.(2019): The population history of northeastern Siberia since the Pleistocene. Nature, 570, 7760, 182–188.
doi.org/10.1038/s41586-019-1279-z
Tian Z. et al.(2022): Triangulation fails when neither linguistic, genetic, nor archaeological data support the Transeurasian narrativea. bioRxiv.
doi.org/10.1101/2022.06.09.495471
Vallini L. et al.(2022): Genetics and Material Culture Support Repeated Expansions into Paleolithic Eurasia from a Population Hub Out of Africa. Genome Biology and Evolution, 14, 4, evac045.
Wang CC. et al.(2021): Genomic insights into the formation of human populations in East Asia. Nature, 591, 7850, 413–419.
doi.org/10.1038/s41586-021-03336-2
Wang K. et al.(2023): Middle Holocene Siberian genomes reveal highly connected gene pools throughout North Asia. Current Biology, 33, 3, 423–433.E5.
doi.org/10.1016/j.cub.2022.11.062
Watanabe Y, and Ohashi J.(2023): Modern Japanese ancestry-derived variants reveal the formation process of the current Japanese regional gradations. iScience, 26, 3, 106130.
doi.org/10.1016/j.isci.2023.106130
安達登、神澤秀明、藤井元人、清家章(2021)「磯間岩陰遺跡出土人骨のDNA分析」清家章編『磯間岩陰遺跡の研究分析・考察』P105-118
大西秀之(2019)「アイヌ民族・文化形成における異系統集団の混淆―二重波モデルを理解するための民族史事例の検討」『パレオアジア文化史学:人類集団の拡散と定着にともなう文化・行動変化の文化人類学的モデル構築2018年度研究報告書(PaleoAsia Project Series 21)』P11-16
神澤秀明、角田恒雄、安達登、篠田謙一(2021a)「佐賀県唐津市大友遺跡第5次調査出土弥生人骨の核DNA分析」『国立歴史民俗博物館研究報告』第228集P385-393
神澤秀明、角田恒雄、安達登、篠田謙一(2021b)「鳥取県鳥取市青谷上寺遺跡出土弥生後期人骨の核DNA分析」『国立歴史民俗博物館研究報告』第228集P295-307
神澤秀明、角田恒雄、安達登、篠田謙一(2021c)「香川県高松市茶臼山古墳出土古墳前期人骨の核DNA分析」『国立歴史民俗博物館研究報告』第228集P369-373
神澤秀明、角田恒雄、安達登、篠田謙一、斎藤成也(2021d)「島根県出雲市猪目洞窟遺跡出土人骨の核DNA分析」『国立歴史民俗博物館研究報告』第228集P329-340
国武貞克(2021)「中央アジア西部における初期後期旧石器時代(IUP期)石器群の追求と日本列島到来の可能性」『パレオアジア文化史学:アジアにおけるホモ・サピエンス定着プロセスの地理的編年的枠組みの構築2020年度研究報告書(PaleoAsia Project Series 32)』P11-20
上峯篤史(2020)「存否問題のムコウ」『Communication of the Paleo Perspective』第2巻P24-25
佐藤宏之(2013)「日本列島の成立と狩猟採集の社会」『岩波講座 日本歴史 第1巻 原始・古代1』P27-62
篠田謙一(2019)『日本人になった祖先たち DNAが解明する多元的構造』(NHK出版)
篠田謙一、神澤秀明、角田恒雄、安達登(2019)「西北九州弥生人の遺伝的な特徴―佐世保市下本山岩陰遺跡出土人骨の核ゲノム解析―」『Anthropological Science (Japanese Series)』119巻1号P25-43
瀬川拓郎(2019)「アイヌ文化と縄文文化に関係はあるか」北條芳隆編『考古学講義』第2刷(筑摩書房、第1刷の刊行は2019年)P85-102
高宮広土(2014)「奄美・沖縄諸島へのヒトの移動」印東道子編『人類の移動誌』初版第2刷(臨川書店)第3章「日本へ」第5節P182-197
松波雅俊(2020)「ゲノムで検証する沖縄人の由来」斎藤成也編著『最新DNA研究が解き明かす。 日本人の誕生』第2刷(秀和システム)第5章
お前俺か?同じことを考えていた。
結論、
知能が高い場合、正確には、性行為=恥ずかしいという文化形成するだけの知能がある場合。
現代のヒトがそのような進化を遂げたとしたら、3になるだろうな。
ヒトの知能が低い頃、そのような様式に進化し、その後進化と共に知能が発達した場合、これは2だろうな。
そして文化や家族構成にもとてつもない変化をもたらしているだろう。
さながらレイプなのだが、オスが全力でメシを追いかけてブツをぶち込む。股間に性器があるからこうなる。
では顔に性器があるとしたら?
まずこれまで通り後ろから捕まえてというわけにはいかない。後ろ髪を引っ張るのとは訳が違うのでな。
どうしてでも顔と顔を突き合わせる必要がある訳だ。
この状況下では、以下のような進化が挙げられる。
1. 腕力がとても発達する。男性器固定で、どうにか女性器をこちらに向かせるよう、腕の力が爆発的に進化する。両手で相手の頭を押さえてキスするあの構図だ。
2. 男性器が伸縮自在になる。↑の進化は追いかけてレイプに近いが、こちらの進化は待ち伏せて急にレイプする感じだ。擬態して獲物を待ち、近づいた途端長い舌を伸ばして食べるカメレオンに近い。
(↑この時点で、現在の進化ベースで予想してしまっているため、とても情けなく、恥ずかしく思う、すまん)
以降は妄想が膨らみ過ぎて頭が疲れてきたので寝る
【追記2】
これはBLに限る問題ではないと思うのですが、二次創作界隈の村化など、ファンアートの域を出た交流文化やヒエラルキーが特にみられるのがBL二次創作界だと思うので敢えて「BL」としました。
【追記】
名前を出してやれば?→やりたいのは山々なのですが、契約の関係で同人システムに言及することが難しいため、ここで書いています。こういうケースはたぶん特殊なのではないかとは思うのですが、これについては私個人の込み入った事情が入ってくるのでここで簡潔に書くことは難しいです。
まあ、やはり出版社等各メディアにとっては腐女子は太客なのでね、はは……
結局カネが大事なんだろと思われるかもしれないですが、こちらも家族との生活がかかってる以上、取引先の気に障りそうなことはそんなにホイホイできません。
あと、自作の二次創作を一斉NGにしたいとかBL二次創作が100%嫌だとか、そういう話ではありません。あくまで、同人活動をするうえでの倫理観についてちゃんと考えるべきだという話をしています。
✳︎
名前を出してこういうことを言うのを私は止められているので(他の人はどうか知らんが)、スルーされるかもしれませんが、苦肉の策でここに書きます。
私の書いた漫画は、同人誌即売会を開かれる程度には二次創作がなされています。そして、権利関係などはさておき、いち創作者として、二次創作、特にBL二次創作のかき手・読み手(ここでは「同人女」とする)に言いたいことがあります。
別に私個人としては、検索よけをして、公式関係者にリプライを送ったりなんだったりしなければ、「どうしても二次創作を見たい/したい」というのを強制的にNGにしたいとは思いません。
ただし同人女たちに問いたいのですが、あなたたちは、二次創作のカップリングを、学校に入学してすぐ入る部活か何かと勘違いしていませんか?
例えば、この前私の知人の腐女子と電話で話したときの話です。あるゲームを最近やってるんだ〜と言った私に、彼女は当たり前のようにこう言ってきました。
「へえ、それで推しカプは?あ、『まだ』決まってないんだね。 私はa×bかな」
同人女は原作を「履修」した後、当たり前のようにいずれかのカップリングに属する習性があるのです。はてなでお気持ち表明をしている女なんかもそうです。
この、カップリングや推しごとのコミュニティ形成はアリが巣を作るみたいに当たり前のように各一次創作の根本に作られていきます。
ですが、少なくとも私は、承認欲求や所属欲、仲間づくりの基盤として自分の作品の領域に勝手に巣を作られるのは嫌です。それに、はっきり言ってこういう風に他者のものを無断で踏み台にすることを前提とした文化形成は異常だと思います。
同人女たちへ。ジャンル移動だのカプ界隈参入などを脳死してやり続ける前に、はてなでお気持ち表明をする前に、一度あなたたちが足蹴にしているものについて、ちゃんと考えてみてください。
「最近の漫画やゲームは腐女子受けを狙ってキャラ作りされてたりするから」とか、「お金を落としてるのは私たちだから」とかいうのは、確かにその通りかもしれません。ですがそういうのは、正しくても、正しくない。それを免罪符にして、何にも考えずにキャラクターのセックスをかいたり性癖を歪めたりするのは、どうなんでしょうか。昨今プロの漫画家や作家さんが正体を明かしてBL二次創作をやっているのもまま見ますが、それくらい感覚が麻痺してしまうのは……。うまく言えません。ごめんなさい。ですが、とにかく、今の二次創作同人文化に激しい違和感を覚えている私は、あなたが二次創作をしているものの原作者かもしれません。同人女たち、どうか、脳死しないで。
いわずもなタイトルは釣りです。たぶん、過去に色んな技術者やメディア等で議論されてきたのではないかと思う。自身が今の職場で久しぶりに清々しいくらいに経験しているので、備忘録として状況をできるだけ冷静に書き記すものである。参考になりえるとしたら”現職の状況がヤバイんだけど、どうやって現状打破を目論見ながら最悪のシナリオを想定した逃げ道も確保するか”といったところの考え方くらいかもしれない。それ以上もそれ以下も意味はない。
業界についてはあえてぼやかすが、歴史が長い業界だ。自身が参画したのははじめての業界だ。いろいろと勝手がわからないことはある。業界の歴史が長いからということではないと思うが、業務フローやプロセスが古臭い。逆に私達技術者の活躍の伸び代がまだまだある業界でもあると言える。自社事業(サービス)を持つベンチャーだ。
技術的なことを包括的に担当してほしいということだった。結果的に(他にマネージャがいるのに)ただの人月計算をするおじさんになっている。ベンチャーでそういった担当者がいないのでよくあることだ。
いくつか状況を記載しておく。
やり方はどうでもいいから
当初このように聞いていた。目的が達成されれば、もしくは課題が解決すれば、ということだと思っていた。しかし、そうではない。
この方法以外認めない
という含みがあり、フォーマリティが実はちゃんとある。しかし、そういった期待値のコンテキストが不足しているという状態。そしてすべての事柄について隠しフォーマットがあり、それに準拠しなければならない。なぜならこういった背景だから。というものがしっかりある。個人的にベンチャーやスタートアップでは抜けがちな”背景”がしっかりあるのは良いことがと思うが、後発で加入してきた人に対して明文化されていない状態もあり、自身の役割としてはそういった期待値の明文化をすることも含まれるのではないかと思った。(しかし、そこにそんなにコストかけんなバカってことにもなった)
Web系スタートアップ・ベンチャー界隈ではこういった課題に関しては社内Wiki的なSaaS型サービスで全員で知見を同期的に書き出して意見交換をすることでナレッジ化していくといった手法を取っているところが多い気がする。そしてその行為を”文化形成”などと表現しているところもある。しかし、業界的にはそういった文化にはないためすべてはファイルベースでの情報共有となっている。もちろん、そういった手法で十分なケースもあるのだが、一方的に送りつけておいて”これ読んでおいてください”などとして一切の背景を説明されていないのが現状な訳で、背景が不確実なまま自身の想像力と経験で行動してしまうと業界の常識等の地雷を踏んでしまうことが多々あるのでできるだけ不確実な要素をなくしていくといったことにコストをかけることになる。
前に言ったじゃないですか
となる地雷が沢山あるやつ。スタートアップ・ベンチャーに限定したあるあるみたいだと思われるのも問題なので、一応書いておくと大手でもある。しかし、大手は割としっかり明文化している。その代りそのフォーマットを厳守することを要求されるし、従業員はその制限の中でいかに最高のパフォーマンスを出せるか?というレースになっているという印象。
これは確実に消耗戦になるやつだ。殺しにかかっている。
別にWeb系スタートアップ・ベンチャー界隈のやり方にこだわるつもりはないが、課題管理表を管理する工数を取る文化は色んな業界にまだ根強くあると思う。具体的な管理手法としては昨今では一般的なIssueベースなのに結局Excelでやることになる。ただのExcelではなくてWBSという形式で欲しがっているケースが多いのではないかと思う。WBSを引くということはアジャイル的な変動的なスケジュールを持つといった管理方法ではなく、割とFixされたウォーターフォール型に近い考え方がある場合にこういったことが起こりやすいのかもしれない。とは言え、何らかのプロジェクトマネージメントツールを使いたい。そしてこれも確実に消耗戦になるやつだ。殺しにかかっている。
とにかく割り込みタスクが全員から投げられる。(WBSで欲しがるのに)具体的な優先度や期日もない。下手すれば”何をしてほしい”といったコンテキストもない。すべては投げられた人のMy Wayで処理されることになり、ナレッジマネージメントもおざなりになっているような状況ではスーパー属人化する。こういった状況は”投げられる人が投げる相手がいないからPlaying Manager化していること”が原因でも起こる。人事計画次第では解決できる可能性のある問題ではある。しかし、そういった見通しがない場合はしんどい。これも確実に消耗戦になるやつだ。殺しにかかっている。
自身としては”確実性”のある部分については"可能な限り確実に"しておきたい。それは具体的にいうと"今見えてる課題で緊急度が高いもの"の対応だ。これは"確実に飛び越えられるハードル"という意味ではなく、"確実に解決しなければならない課題"という意味だ。もちろん、そういった課題がなぜ緊急性が高いのか?というコンテキストの説明についてはコストをかけて説明しなくてはならない。地道ではあるが方法はそれしかない。しかし、そういったことを経験しておくと”自分の言葉でわかりやすく説明する”といったスキルがつく。そういったスキルが欲しい方にはおすすめする。また、確実に処理したことでかつて不確実だったものの具体性があがることもある。もっと理想を言えば不確実なものの具体性を上げるためにどう確実化していくか?というスケジュールの引き方をしても良いと思う。
問題はメンバーそれぞれのスペシャリティ、経歴、興味、個性がまだわからないことを前提にした説明が必要で”相手が何からわからないのか?”がわからない状態だ、色んな補足情報をゼロから入れながら説明すると物凄いコストになる。かといってあまり上から目線でモノを言ってしまうと後のチームビルディングにおける心理的安全性にも影響するため、嫌がらずできるだけニコニコしながら説明するしかない。これは一種の”信頼貯金”に将来つながってくるものだと思う。
しかし、何事も限度はある。それを自身で見極めないと確実に消耗戦は始まる。殺しにかかってくるのだ。
さて、正直困っている。というか疲れている。
忙殺されてしまったりするとどうしても以前のライフスタイルや状況と比較することすらできずにいることがある。気をつけたい。ある人は独身かもしれないし、ある人は配偶者も子どもいて育児や家事などのタスクを抱えているかもしれない。自身は家庭の事情もあり家庭運用タスクももっているライフスタイルなので、ワークがライフに侵入してくると大きな問題として認識する。実際に今、そういった状況が起こっている。(もちろん、それなりの待遇の場合は家庭内で調整して検討しても良いとは思うがあくまで運用可能な状態であることは前提である)
そういった判断ができにくい状況にあるということを一度立ち止まって認識するということが大事だ。さもなくば遠慮なく消耗戦に持ち込まれ、殺しにかかってくるのだ。
実際、定時外(邪魔の入らない時間)でのパフォーマンスに大きく依存する状況が続いている。死にたい。体調不良等でリモート勤務にしたときの捗り具合がヤバイ(笑)しかし、本来、定時内のパフォーマンスで自身の力量や限界を測るべきだ。そして無理なことは無理という勇気を持つことも大切だ(自戒)。
https://youtu.be/0sEM3UKuRw4?t=28
完全に気力・体力との勝負ではあるという前提ではあるが、少し粘ることで状況が外的要因等により改善したりすることもある。内的要因であることが理想的ではあるのだが…そこは自身の気力・体力と相談して”いつまでこの船に乗るか?”を決めていくべきだろう。自身でその状況を変えたい!と思うモチベーティブな人間はその限りではないが、その状態でいられる状況とそうではない状況もあるということは言っておきたい。
多くのベンチャーの場合、代表の哲学は経営方針や事業方針に深く影響しているというか、そのまんまそれが方針になっている。そして多くの求職者はその”綺麗な上澄みだけを抽出した部分"だけを読んで共感して入社することになる。しかし、入社してみると違うと感じることもある。感じるだけじゃなくて、実際に言っていることから違うこともあるだろう。しかし、それが会社だ。と最近思える程度に大人になった。
それって理念に反してませんか?
みたいなことを言えるなら良いと思うが、言えないならそれはすでに消耗戦の始まりであり、いつでも殺しにかかってこれるヤツだ。
正常な判断が困難な場合、こういった指標で評価することにはなる。自身は仕事が好きな方ではあるので割と参考にする。そして、楽しめていない。もちろん、苦しいときもあることは承知の上だが、この状況を具体的に変えていくモチベーションも沸かないのでそれに輪をかけている。これは確実に殺しにかかっている。
現実問題として不確実的で抽象度の高いタスクを集中砲火されてしまい、自分で優先順位を決めにくい状態が起こっている。自分の手に余る程度であれば良いが(多少の無理なら許容する)、確実にこのままでは消耗してしまうことは目に見えているので、年末年始や週末を利用して(週末は邪魔な割り込みが入らないから作業しやすいという悪循環にもなっている)自分なりの"働きやすさ"を作ろうと必死だ。しかし、それが自身の限界を超える前に構築できなかった場合、最悪倒れる。その前に転職も見据えた行動を取るべきだろう。ということで行動するしかないので行動している。
おかげさまで既に数社からリファラルで引き合いがある。しかし、こういった状態であることもご存知なため(笑)、あまり良い状況(良い印象を与えることができる状況)とは言えない。迎え入れる側も気力・体力が満たされた状態の人に来てほしいに決まっている。しかし、命辛辛逃げようとしている脱北者みたいな人たちにはそういった余裕がない。それとそういった状況において転職先を正常に判断できない可能性もある。また同じ状況になりやすい。気をつけたい。というか面談のときに”他に聞きたいことはありますか?”というところで聞く質問はそこだと思う。
全てはここに帰するのではないかと思う。
若干話題が古いけど、こういう対談がある。
「アナと雪の女王」のクリストフはなぜ業者扱いなのか? 夏野剛×黒瀬陽平×東浩紀の3氏が男性視点で新解釈 https://www.huffingtonpost.jp/2014/08/07/anayuki-genron_n_5660493.html
ざっくり要約すると「アナ雪は女性だけで解決してしまい、クリストフはただの業者扱い。男としては疎外感を覚える」というような内容。
>「わざわざ男いらないって強いメッセージを出している。なんでそこまで王子モデルを攻撃しないといけないのかと」
クリストフは王子様じゃないけれど、誠実で素朴ないいやつだ。孤独な変人だけど、仕事と家族を大切にしている。
そこらの王子様モデルよりよほど親しみが持てるし、ありのまま、人間らしく描かれていると思う。
ただ役回りが脇役で、「なんでも解決できるヒーロー」ではないだけだ。
そのクリストフを「業者」と呼んで、アナ雪を男の「排除」「攻撃」と感じる男性の心理っていったい何なんだろう???
◆
個人的に、「アナ雪」は「男いらない」とは言っていないと思う。ただ「ヒーローの男はいらない」と言っているだけだ。アナもエルサも自分たちの問題は自分たちで解決したいし、しなきゃいけない。
ヒーローの男がいると、女は人形みたいなプリンセスとか、救われる村娘Aとか、後列で回復呪文を唱える係とか、とにかく救済されたり、弱者だったり、よくてサポートの役回りを演じさせられる。物語のラストには弱い自分を救ってくれたヒーローと恋に落ちて、結婚するまでが一連の流れだ。まるで舞台装置か優勝トロフィーみたいに。
そういう王道ストーリーを完全に否定するわけじゃないけど、もう古いよねっていうのが今の時代の流れだ。
古い性役割を「抑圧」と呼んで壊そうとするのが昨今のウーマンリブであり、ディズニー作品はそういう社会を反映している。
自分の問題は自分で解決できるのだという確信、主体性を持つこと。
期待される「プリンセス像」を捨て、「ありのままに」なることが抑圧からの解放だと描くこと。
それらが今の時代に生きる多くの女性の支持と共感を集めたんだと思う。
(私個人としてはアナ雪はそんなに好きじゃなかったけど、こういう社会問題をいち早く取り扱って幼児向けのエンタメにできるディズニーってやっぱすげえなと思う)
◆
そんな感じで「脱プリンセス・ありのままのわたし」運動は着々と進むのに対して、「脱ヒーロー・ありのままのおれ」運動は全然進まないように見える。
こっちの此岸では「美しく従順でなんでも受け入れるプリンセス像」を火にくべ始めたのに、
あっちの彼岸では「強くて賢くてなんでも解決できるヒーロー像」を街の中心に据えて崇拝し続けているように見える。「美しく従順でなんでも受け入れるプリンセス像」も現役アイドルだ。
だからそのヒーロー像、プリンセス像を正面から否定してみせた「アナ雪」に、対談の男性たちは反感を覚えたのかもしれない。
男性社会の最高神である「ヒーロー像」を否定することが、まるで「男という性別」への攻撃のように感じられたのかもしれない。
ただ思うのは、脇役のクリストフこそ、「ありのままのおれ像」なのではないかということだ。
確かに、そういう強いヒーロー像を崇拝する男性社会はこれまで人類史で栄華を誇ってきて、結果も出してきた。歴史があるし今も続いている。
だけど、すべての男性がヒーローになれるわけではない。弱い人、賢くない人、色んな事情を持った色んな人がいる。そこを配慮せず弱者を切り捨て、マッチョイズムだけをよしとする社会は公平さに欠け賢くない。
ヒーローの強さだって言っちゃえば暴力だし、そんなのこの21世紀にアナログすぎる。
だから多様性の時代になってるわけだし、弱いものに底上げが必要なんだと思う。アファーマティブアクションってやつ。女性もそうだけど、いわゆる「弱者男性」だってそうだ。誰もが自尊心を持って生きる権利がある。
多くの男女の自尊心を削る「ヒーロー像」「プリンセス像」は一度打ち壊して、火にくべるときが来た。父権社会の解体が、今世界的なムーブメントになっている。
◆
男性はどうも「モテ」に固執してしまうふしがあるようで、女を「モノ」にすれば「男になった」と認められるような悪習がある。
まるで男が自尊心を得るには、女の人権をかすめ取らなきゃいけないみたいな言い方だ。
より多くの美しい女を取得することを自己価値のバロメータとして、他者と比べあい、自分をいじめるみたいな悪癖がある。
女性もそういうことは普通にするけど、男性のそれは比じゃないというか、ちょっと理解の範疇を超えてくる。
そこには生物的な性欲の違いや繁殖欲だけでは説明しきれない、人間的なドロドロとしたもの、文化形成された支配欲や加害欲と入り混じった、「女」への憎悪・悲哀・妄執を感じる。
そういう恋愛観のまま接するからお互いうまくいかなくなる。女からすればそういう男は背後に暴力性がちらついて見えるわけで、嫌悪感や恐怖感が出てくる。性行為と性暴力って全然別のものだと思うのに、相手はしばしば混同しているように見える。
そもそも自尊心や自己肯定感というのは、自分の中で育てるものだ。社会的地位や容姿、「モテ」「非モテ」と関係なく、無根拠に持っていていいものだ。自己価値は異性にアウトソーシングして調達するものではない。
やはり男性も、「ありのままのおれ」になるときだ。「男らしさ」から解放されるときなのだ。
◆
「Metoo」や「女性専用車両」や「女性だけの街」、性犯罪やジェンダーの話題はとにかくネットで炎上しやすい。
そのときの会話の噛み合わなさに、いつも此岸と彼岸の隔たりのことを思う。見えているものが違いすぎると思ってしまう。「女性専用」という言葉や、性犯罪者の告発に怒り狂う男性たちはあまりに不可解で、言葉が通じない恐怖がある。
「すべての男性が性犯罪者ではない。俺を犯罪者扱いするな」というのがよく言われる意見だ(ノットオールメン)。しかしそんなことは自明なわけで、誰も「男全てが性犯罪者だ」なんて言っていない。
なのになぜ自分を「男性」という共通項のみで性犯罪者側に寄せ、「俺への攻撃だ」と思い込んで怒るのだろう? 同じ「善良な市民」という共通項で、被害者女性側に寄せ、性犯罪者に対して怒ることはできないんだろうか?
もちろんそういうことが自然にできている男性もいるが、現状では少数派に思えるのだ。
そういった怒りの背景には内面化された強固なホモソーシャルの価値観や、ミソジニーや、「ヒーロー像」へのコンプレックスがあると思うのだが、ここらへんを掘り下げた男性自身の話はあまり聞かない。
男社会で男であるということは、特権であると同時にプレッシャーでもある。うまくやれればまだいいが、うまくやれない人はやはり苦しい。
男社会ゆえの苦しさを、男社会ゆえの特権でもって、女に加害したり、女に癒されようとしているように見える。そうやって留飲を下げる男性たちは歪んでいるし、やはり何かに呪われているように見える。
脱線したけど、そういったヒーローになれない男性が救われるかどうかは、男性の意識の問題なのだと思う。
「ヒーロー像」を手放すこと。「プリンセス像」を押し付けないこと。
クリストフみたいなキャラクターを否定せず、「ありのままのおれ」を受け入れること。自分と同じように、他者も尊重すること。
旧来の「男らしさ」にとらわれて、自分を大きく見せようとしたり、誰かを貶めないこと。ささやかな自分自身の中に自尊心を見出すこと。
そのへんが大事なんだと思う。
ツイッターの観測範囲だと、そういう呪いを手放して楽になった男の人も散見するようになった。今は過渡期なのかも。
男だ女だって主語デカイ話書いたけどみんな楽になればいいのにな。いや理想論だけど理想のないリベラルって存在価値あんのか? 民主主義だって奴隷の解放だって女性の社会進出だってかつては理想論だったやん??って思う(このへんルトガー・ブレグマン著『隷属なき道』にくわしい)
マイケル・キンメルatTEDWomen 2015
本当にキツい
あれ音量もありえないくらい大きいけど、何よりそこかしこで色んな広告が爆音で鳴ってて
ミックスされてる
グッチャグチャに聞こえる
俺のいた時には鳥のさえずりも爆音で鳴ってた
その場にいた群衆で気にしてる人は誰もいない
あの空間に普段からいる人達が文化形成の一部を担っているとしたら
耳は確実に腐っている
音楽とか語れない身体になってるよたぶん
フェス向きの4つ打ちEDMしか理解できないチンパンジーみたいになってる原因が分かった気がする
ごめん言いすぎた
そういう原因の一つだと思うんだよ
まあもう二度とあそこには行かねえ
あと電車な
人の声も大きくならざるを得ないし
電車との距離も近すぎてホームに来た瞬間にプァンッッってやられるともう瀕死だよ
乗ったら乗ったでフィィイ”イ”イ”イ”とかギャァアア”ア”ーーーとか
もう死ぬ
なんでみんな平気なの