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>今の日本はEVのラインが少ないから、日本が拙速にEV化に進むと生産能力の急激な低下と雇用喪失に陥るぞ、って言ってんの
違うよね。たとえば以下で、豊田氏は「エンジンを今否定されてしまうと、100万人の雇用が失われてしまう」と言ってる。「今の日本はEVのラインが少ないから」とも「生産能力の急激な低下」とも言ってない。それはあんたが付け加えただけ。単に、エンジンという技術要素に紐づく製造ラインが、それだけの雇用を維持しているんだ、ということを言っているだけ。
豊田会長は「エンジンを今否定されてしまうと100万人の雇用が失われてしまう。550万人中の100万人です」と語る。エンジン、つまり内燃機関を活かす道を模索し、その中で自社にあった水素エンジン技術に巡り会ったのだろう。
https://car.watch.impress.co.jp/docs/news/1326323.html
自動車生産に関わる自動車メーカーやティア1〜ティア3の下請け企業から、エンジン関連の製造に関わる100万人がいらなくなる(本当はもっといらなくなるけどね)。米上院では、自動車部品産業の代表者が「このまま脱炭素政策を進めれば3分の1の人々が職を失う」と主張したけど、これも同じ話。そして、EV独自の要素技術であるバッテリとe-axleの製造には、明らかに100万人は必要ない。それはつまり、EVという技術実装のあり方が、内燃車よりも非労働集約的で高効率なことを示しているわけ。
あなたが言ってることは「EVのラインを着実に増やして、慎重にEV化を進めれば、雇用が喪失しない」という風にも読み替えられるけど、実際はそういうことは起こらない。世の中の自動車が全部EVになったら、自動車産業の雇用はすげえ減る。既存技術よりも少ない労働量で、既存技術よりも安く作れるようになるのがEVだから。つまりEVはディスラプティブ・イノベーションの一種。グリーンだの環境だのSDGsだのは、当面は政府助成金という形で市場拡大を撹乱する要因になってるけど、そのうち関係なくなる。e-axleが量産化で安くなり、バッテリがLFPやNa-ionで安くなる。EVは店頭価格でも内燃車より安くなる。そんでみんなEVを買うようになる。おしまい。
あと、「いまEVを導入したら内燃系企業の労働者が職を失うから反対」というのは「いまDTPを導入したら写植オペレーターが職を失うから反対」とか「写植が導入されたら文選工・植字工が食を失うから反対」みたいな話なんだよね。「職を失う」のは事実としてそうなんだけど、だからといって、これから海外で売れなくなる(人気がなくなるという意味ではなく、そもそも法的規制で逆インセンティブが課されたり販売自体ができなくなる)内燃車を作り続けてても意味はないわけ。ますます先がないんだから。
それにね、職を失っても、実は労働者は大して困らないのよ。どうせこれから日本は恒常的な働き手不足に陥るし。そもそも自動車産業が盛んなエリアって、もとから労働移動が激しい。リスキリングなんて言葉ができる前から動的な労働資源配分が達成されてた業界。EVでいらなくなった雇用は、人手不足に悩むどこかの企業がちゃんと拾う。困るのは内燃という衰退技術に紐づいた製造業企業のオーナーや経営者だけ。ゾンビ企業の撤退を促すことに快哉を叫ぶ人達は、そのうち内燃車というゾンビ技術の淘汰を求めるようになる。あと2〜3年でそういう流れが起きるだろう。
そういう時代の皮切りになるのがBYDだ。バス会社には続々導入が進み、乗用車分野では7/1に第1号ディーラー店ができる。ちなみにBYD国内発売車のボディはすべて、いまやBYDの100%子会社になったTATEBAYASHI MOULDING(旧オギハラ館林工場)が手掛けている。EV化に順応できている下請け企業は、こういう風に生き残っていく。そうでない企業は、どうなるだろうか。大阪技研の例が思い出されるね。
小学校までは男女隔てなく仲良く遊んでいた同級生達が中学に上がると、学ランに黒ズボンを履いた男子と、ブレザーにスカートを履いた女子に別れ、以前と全く違う人物かの様に急に振る舞い、お互いの間に透明で重厚な壁を立てた事がまず一つの原因だったと思う。
そしてまた別の理由は初めての恋。
仲の良かった女子の恋愛相談に乗っていて、彼女が好きな男子に振られると急に手の平を返して僕に好意を打ち明けてきた。その心変りの早さに僕は内心軽蔑した。
しかし、その頃物事を深く考えていなかった僕は、彼女の好意にロマンティックにも応える事にした。
放課後誰も居ない教室に二人きり、夕陽が窓から強烈に差し込む真っ赤に染まった教室の中で彼女に「付き合おう」と応えた。
顔は太陽と同じ様に真っ赤に染まっていたのに、その時の心情はただただ寂寥であった。
それは多分、自分自身でも心の内の声に気付いていたからかもしれない。
初めての彼女ができたものの、僕は具体的には一体何をすれば良いのか分からなかった。
恥ずかしさと面倒臭さで彼女と一緒にする登下校も拒否していた。
すると、どうしてそうなったのか直接的な原因は知らないが、彼女は一度告白をして断られた以前の男子といつのまにか付き合っていた。僕はその事を周りの同級生から人伝手に聞いた。
彼女と付き合う事を口言したわりに具体的な行動を示さなかったのは自分だ。
だから振られてしまっても仕方が無いのに、僕は自分でも驚くほどその事実にショックを受けていた。
気が付いたら学校に行くのが嫌になり不登校をし、家に居るのも何なので近所の空き地で身を隠して一日の大半を過ごしていた。
どうして自分は彼女に振られてショックを受けたのかをその時にじっくり考えた。
自分でも気付かない内に彼女の事をとても好きだったのだろうか。
彼女と付き合ってから変に意識し過ぎてよそよそしい関係にしかならなかった。
彼女の好きな男子の話しを聞いて軽く意見を述べたり二人で盛り上がったり。
彼女の話を聞く為に交換日記まで使って日々やり取りをするほど異様な時間を共に過ごした。
どうして僕はあんなにも心が躍っていたのだろうか。
そんな事を考えたり、空き地で飽きたら周りの人にバレない様に近所を散歩していた。
そしてある日いつも通り空き地で漫画本を読んでいる時に気付いた。
その時持っていた漫画は女友達に借りた少女漫画だったが、その中の主人公の女子と同じ様な感覚が、初彼女と共有していた感情にとても似ていた。
カッコイイ男の子を見てドキドキして、彼と話したくてでも話せなくてそんな状態にハラハラする。
漫画の登場人物に感情移入をする様に、彼女を通して僕は恋をしていたのだ。
そこまで考えて愕然とした。
僕はあの男子が好き?
もし僕が彼を好きだったら、僕は同性愛者なのかもしれない。
そういった行為が異常だという事は子供の頃からテレビや周りの人の反応で何となく認識していた。
なのに自分が異常と呼ばれる人間になるのかと思うと正直戸惑ってしまいよく分からない。
考えれば考えるほど自分は同性愛者なのでは無いかと疑問が湧いてくる。
それを確かめる術も同性愛という世界に対する知識を得る手段も何も無い。
男は女を好きになるものだ。それが当たり前とされてきた。
中学校の体育教師も「男は男らしくあれ、女は女らしくあれ」と、それがお前の遺言であれと思うほどに皆んなの前で説教していた。
周りの同級生達はアホ面を下げて遊んでいる。
その中の一人がすれ違いざまに「どうしたん?学校嫌になったん?」と声をかけて来た。
そして教室に入ると振ってきた彼女が何か言いたそうに暗い顔をして僕を見ていた。
その彼氏は僕と目を合わせない様にしているのが分かる。
僕が学校に来なくなったのは二人が原因だと彼等や周囲に意識されるのが癪で、負けず嫌いな僕は意地でも学校に行く様になった。
学校には行くし授業は真面目に受けるし周りの同級生とも普通に話していた。
でも心に虚無感を抱かない日は無かった。
同級生と下らない話の笑いに付き合えば付き合うほど、作り笑顔が上達すればするほど、心に抱えた虚しさは膨らみを増し、日に日に腹の中で闇が深まるのを感じた。
一連の出来事があった彼氏彼女とは学年が変わりクラス替えの為すぐに離れ離れになった。
彼と毎日クラスで会わなくて済む事に僕は心底救われた。彼もまた彼女に振られたようだ。
そんな彼に意外な言葉をかけられたのは冬のある日だった。
教室にあるストーブで温まっていた僕の隣に静かに彼が腰を下ろした。
その頃には挨拶程度は交わすものの会話という会話は避けていたので僕は気が気では無かった。
僕は何を言われたのか一瞬分からなくて答えに窮した。
それから彼は部活の話とか、教室で流行っているカードゲームの話を僕に振ってきた。
何となくどもらずに答えられた気がするが細かい会話の内容はハッキリとは覚えていない。
話している内に変にテンションが上がった僕達は他愛も無い話でバカみたいに盛り上がった。
彼の好きな女子の話は聞きたくないし、誰が誰を好きとか興味も無かったので僕は急に静かになった。少しの沈黙があって彼が小さな声で、でもハッキリとこう言った。
「お前が女だったらな」
…一瞬、頭が真っ白になった。
しばらくの沈黙の後、僕の頭の中に浮かんできた言葉はこうだった。
(俺は女じゃ無いし)
何故か怒りの様な感情が湧いた様な気もする。
それから僕達がどういう会話をして、その後どういう行動に移ったのかよくは覚えていない。
ストーブの熱のせいで頭がボーとしていた。
暖かくて明るい教室の雰囲気の中で僕の心だけが冷え冷えとしていた様な気がする。
そして自分の感情に蓋をして深く考え無い様にするしか術は無かった。
クラス替えをしてからは仲の良いクラスメイトに恵まれて楽しく過ごしていたし、1年生の頃の苦い思い出も自分に芽生えた小さな疑問も一先ず考え無い様に努めた。
こうやって自分を少しずつ殺していく日々が始まった。
自分を少しずつ取り戻していく日々の話はまた別の機会に。
#PRIDE月間
マジヤバッ!応和元年(964年)の10月8日、あたし、めちゃくちゃエモい名前「更級院」もらっちゃった!
この日記、あたしの日常のできごとを書いていくんだけど、ちゃんと皇后としてのお仕事もしながら、楽しんで続けていくぞ!しごできギャルにうちはなる!
今日はね、琵琶湖レイクのほとりで、うちの従兄弟のクリハラカネモトと再会したんだよ。めちゃ久しぶりでテンション上がっちゃった!
彼、イベサーに出家して「カネゼン」って名前になってるんだけどさ。うちらは昔話や思い出話をして、LINE交換したよ!MK5!
でね、更級山に向かう途中、山道がどちゃくそ急で車じゃ進めなくなっちゃって、降りて歩くことになったんだよね。ぴえん🥺
山道にはエグいくらいキレイな紅葉が広がってて、心がキュンしちゃったんだもん。このパない景色、絶対にインスタに載せなくちゃ!于ョ∧″リ勹″!
で、やっと更級山の頂上に到着しちゃった!山頂からの景色、もう最高で、めちゃくちゃキレイなインスタ映えする琵琶湖レイクが遠くに見えたんだよね。やっぱここは神景色!自撮りしてストーリーに上げたといたから見てね😇
更級山から下山中、超ヤバい雨に見舞われちゃったんだよね(てへぺろ)。ワンチャン雨宿りするとこあるかなって探してたら、避難所でジモピーに出会えて、仲良くなれちゃったんだ!バイブスアゲアゲ↑↑(๑˃̵ᴗ˂̵)
ルーズソックスの替えも乾かしてくれたし、彼らのあったかさ、ホントに3150。湘南乃風って感じ?
今日の1日、すっごいエンジョイできた!更級院として新しい生活スタートだし、この日記てかSNSを通じて自分の成長や経験を投稿していくから、みんならぶりつしてね!ギャルピ!!✌️
ヨーコーイ!ある日ドーナツ1000個食べたらポンデリング体になっちまったぜ!
ポンデリングの体でミスドに入ったら、スタッフがビビってんのがわかったぜ!けれど俺は笑顔で応えてやったぜ。
で、ミスドの社長にポンデリング体のこと話したんだ。「ポンデリングマジック」って特別フレーバー提案したら、おっさん興味津々だったわ。一口食べりゃ願いが叶うドーナツって感じのやつだってさ。
数週間後、「ポンデリングマジック」がリリースされたんだ。ヤバい効果でみんな騒ぎまくり!俺のアイデアが大成功で、ミスドは超人気店になったよ。
俺は広報大使として採用されて、プロモーションやイベントで大活躍!ポンデリング体の特徴がウケて、みんなに幸せと笑顔を届けることができたぜ。
この経験で分かったのは、自分らしさを大事にすることって重要ってことだ。ポンデリング体になっちまったけど、俺は自分を受け入れて夢かなえたんだぜ。
姉は自分(妹)から見ても父親そっくりのドブスで、頭身バランスもすごく変で頭がめっちゃ大きい。
そんな見た目じゃ一生恋愛、結婚、結婚式、出産は叶わないだろうと思ってずっと同情してたし気の毒に思ってたんだけど、結婚した。
しかも過去彼氏が数人出来たことがあって、何人目かは知らないけど最初の彼氏じゃない人と結婚した。
恋愛とか結婚なんて顔じゃないし、穴があれば誰でもいいつて男は一定数いるし理解はできたけど、なんと子供が欲しいと言い出して本当に驚いている。
以前上司に面と向かってブスと言われたりとかすれ違いざまにブスと言われたとか、高校生の頃顔がブスすぎるって泣き喚いて大騒ぎしてたことがあったから本気で驚いて、現在進行中でかなりドン引き。
「子供産んだら車買い替えるかも〜」的なのとか「2人欲しいな~」とか真剣な顔で言い放ってほんとに実現させようとしてるから、本気で私のメンタルが狂い始めてる。
私も女だから自分の顔に悩んで泣いたことは1度や2度あるけど、あんな姉のように泣き喚いて家族に迷惑をかけるような泣き方はしたことない。
私は暴れまくる姉を本気で気の毒に思って、周りとの扱いの差に気づいてブスだと気付いた苦しみに同情していたけど、親がブスじゃないよ可愛いよと言うのが聞こえるたびに(本当のこと言ってあげればいいのに〜)って内心思っていた。
でもうちの親はいい親なので冗談でも姉にブスとは言わずにブスの暴走をやり過ごし、姉は健全すぎるほど健全に育ち、恋愛して結婚式をやり子供が欲しいなどと言うようになった。
イケメンじゃなくても自分の身の丈に合っていてちゃんと釣り合うしっかりブサイクで誠実な旦那と堅実な結婚をした。
育て方は大成功なんだけど、自分には全く理解できないし嫌悪感でいっぱいで苦しんでいる。
話すうちに姉はとりあえず結婚して子供を作って孤独死を回避しようという算段らしいことがわかったけど、自分としてはあり得ない考え方でそこにも驚いた。
姉はちゃんと考え事をしているのだけど、自分がマイナス方向に考えを巡らせる代わりにひたすらプラス方向に楽観的に考えるタイプらしく自分と重なる部分がなさすぎて話していてマジで考え方が引くほど違う。
自分も同じ親に育ててもらったのに自己肯定感はひたすら低く結婚も出産もありえないし、結婚式なんて1番ありえないと思ってる。
自分に話しかけられたり関わったりする人は不快な思いをすると思うし、わざわざ休日を潰して金を払って一般人のドレス姿を見に結婚式に来いなんて絶対言えない。
ブスすぎて泣いてた姉がここまで健全に育ったのに、同じ育て方をされた自分がこんなに自信がなくネット弁慶になるなんて、生まれ持った気質はバカに出来ない。
自分からしたら姉はブスすぎて泣いてたくせに子供が欲しいとぬかして子供可愛いよー⭐︎産めばなんとかなる〜歳どうするの〜?側になぜか行った基地外にしか見えないけど一歩外に出たらそっちが正解なんだ。
当たり前に結婚して何も考えず子供作って結婚式でブス丸出しにしたかったな。
憧れてて羨ましいと思ってるからこそここまで憎いし頭おかしいと思う自覚はあるけど絶対に認めたくない。
自分は他人に好きになってもらえる人間じゃないし、自分のことを好きになるような人のことは絶対好きになれないと思うし、こんな時代に子供を産むこと自体虐待だと思う。
ブサイクすぎて泣いてたのに子供にも同じ思いさせてもいいや、励ましてあげれば大丈夫⭐︎って思えるくらい自分に自信があって、またそうやってちゃんと正しく育てた姉の子供が慎ましくブサイク同士で結婚して繁栄していくと想像するとそっちのほうが絶対正しいよなーと思うと同時に自分は早く末代にならないと!という焦りを感じる。
でも自分は自分じゃ変えられない気質の部分で悩んだので、自分じゃ変えられない部分で姉に不幸が降りかかって欲しいなとも思う。
理不尽な目に遭ってほしいし、逃げられない状況になって追い詰められてほしい。
何が言いたいかわかんなくなってきたけど、うちの親はブサイクって泣いてた姉にそうだねあんたはブサイクだよって言わなかったのは正しいのか、正しくないのか?正しくもあり正しくないとも思える。
あんたはブサイクだよと言っていたら、自分と同じような自己肯定感が低くネガティブな人間になり2人とも独身で終わりあそこの家の子は2人とも結婚もしないでいるらしいよーと近所のおばさんの話のネタにされてしまっていたかも。でもこっちのほうが自分が姉と比較して勝手に病むことはことは無く、いいような気がする。
あんたはブサイクじゃないと言ったおかげで、ブサイクな子供が誕生してしまうかもしれないし妹の自分がこんなに拗らせることになってしまった。
どっちのルートに入っても自分はどうせ拗らせるのが目に見えていて辛い。
ブサイクで泣いても子供欲しい〜って言える健全な精神が欲しかったです。
アニメの内容が自分や家族が経験した事件・事故に似ていたので不愉快だ・フラッシュバックして苦しいと言う権利だけなら、そりゃ表現の自由だから好きに言えばいいけど、
他人がそれを尊重したり、作家・出版社・放送局が配慮してフィクションの内容を変えたりすべきなのかな? 作家サイドが当事者の文句を無視したら人の心が無いと非難されるべきなかな? という疑問。
私の親戚・友人には、死人が出た交通事故の加害者当事者と被害者遺族がいて(それぞれ別の事故ね)、彼らと映画やドラマを観る時は、交通事故シーン来ないかハラハラするし、というか先に確認するのも難しいのでフィクション全般を共有しなくなってしまった。好きな漫画教えてあげたら最新話で主人公が交通事故に遭って記憶喪失とか嫌だし。
でも、彼らが「映画やドラマで交通事故を安易に物語を転がす道具にするな! こっちは事故を経験して未だにトラウマに苦しんでるんだぞ!」と文句を言ったなら、
「気持ちはわかるよ……」とその場では共感を示すけど、作家サイドはこういう意見を別に無視していいんじゃない、という立場を取るかな。
しかし、逆の考え方もできるかも。
世間を騒がせた事件・事故に対しては、偶然似ているだけのフィクションでも批判されがちで、作家サイドも自粛しがちなのに、
「普通の交通事故」はすごくカジュアルに気軽にフィクションで使われていて、被害者・加害者の感情なんてほとんど顧みられていないなと。
増田「『なるかも』と思ったことは全部飲み込んだほうが良いですよ」
これでいいと思うじゃん?
そしたらどうなったと思う?
相手「じゃあXXXとか◯◯◯みたいのも辞めたほうが良いですかねニチャァ」
これだよ。
増田「どれが駄目かってよりも『駄目かも』と自分が思った時点で、誰かにとってはアウトライン越えてる可能性があるってことですよ」
そういう所がこういう甘ったれた奴らにサンドバッグワンチャンを感じさせるんだぞってことよね。
知らねーよ女子高生のくせに電車に乗るから痴漢されるんだみてーなロジックとか知ったこっちゃねーよ。
んでまあ相手の回答が。
相手「増田さんってもしかして僕のこと馬鹿だと思ってます?同じこと2回言いましたよね。傷ついちゃったな―ハラスメントだーニッチャニッチャ」
もうね。
無理。
アンガーマネジメントで6秒✕Nして耐えるしかないって奴ですね。
増田「それは直球のハラハラですね。ハラスメント・ハラスメント」
相手「そんな言葉も知らないと思ってるんだ。やっぱり馬鹿にしてる。不愉快ですね」←ここで突然目がマジギレになって本当に怖かった
結局、モンスターとの遭遇率って幼稚園だろうが会社だろうがそこまで変わらんのでしょうね。
躾けられる痛みを覚えたモンスターがたまにいても、痛みを忘れたらモンスターに戻っちゃうからある程度減らしても最終的にはそこそこの値に収束しちゃうんだろうな。
アイが本当の愛を知る過程は、描けていないのではなく、あえて描いてないんだよ
クライマックスを思い出せ
「私は愛をしらない」→「子供たちへの愛がウソだったら嫌だから愛してると言えない」→「あ、死ぬわ」→「とりま時間ないし、あいしてるっていっとこう」→「愛してる」→「ああ、この感情は嘘じゃない、よかった・・・」→「死」
ここで大事なのは視聴者目線で見た時に、あの時点でアイが本当の愛を知ってるかどうかがわからないことだ
どっちだ?どっちだ?とハラハラさせて、ああ・・・よかったね(よくない)にもっていく
その緊張と緩和があのシーンを名シーンたらしめている
もしあのシーンに至るまでに、アイが愛を知るあからさまな描写を入れてしまっていたら、あの緊張は生まれないし、アイの死はもっと陳腐だったろうね