はてなキーワード: 教育実習とは
結論:なぜ、これほどの不況の中、男女平等が浸透して女性も会社で働く中、結婚したら専業主婦という古い考えがいまだ支配的なのか?
A.これまで社会はずっと分担ではなく完全分業を前提に進んできたから。
女が社会に進出するに従って、男は家庭のあれこれをこなせるようになる必要があるのに、そっちは進んでない。
実家住みで世話焼かれて育った男で家事できないやつとなると、本当にゼロから仕込まねばならないレベルで家事できない。
そういう人といきなり家事分担できますかって無理でしょう。少なくとも教育実習期間が絶対に必要。
そんなん面倒だから、分業でええやん。となる。
専業主婦思想の横行と言うよりは未婚率の増加の話になるけど。
昨今は上記と並行して、「男女平等」の観点から、実家住みで世話焼かれて育った「女の子」も出てくる。
かつての男子厨房に立たずの時代がひっくり返って、「女子も厨房に立たんでよろしい、そんなことより宿題しなさい」となったわけですな。
当たり前だがこういう女子もいざ家事分担するなら教育実習期間が要る。
進学に伴う一人暮らしとかで自習する女子も多かろう。そして悟る。「母親って偉大だ」。
おのれひとりのメシてきとーにつくって、ほどほどに掃除して暮らしていく程度ならともかく、
何人分ものメシを栄養と値段考えて作って食器洗って部屋片付けて子どものしつけしてって、
が、教育実習先(母校ではない)にいた。
ネットリテラシーも性教育も、いきつくところは同じなんだなあ、と思った。
その人曰く「インターネットのような環境は子供だけでなく大人も悪影響であり、国が率先して一律規制すべき」という。
そのためなら文化的、技術的に鎖国になることさえ厭わないそうだ。
なんと過激な、と思っていたら「お前もあいつらに与するのか」と聞いてくる。
さすがに付き合ってられないのでもう与してます、と言ったら、翌日からガン無視。
こんなのが教師です。
そんな教師もイントラネットには寛大なようで、「同じ組織内で電磁的技術を用いた共有は効率的側面からみてもなされるべきだ」という。
http://d.hatena.ne.jp/ohnosakiko/20110102/1293978579
(自分のところに書くと妹が見ているのでこちらに書く)
妹も大学4年の卒業間際に妊娠が発覚した。そのまま卒業と同時に結婚。いわゆるでき婚である。
それ以来、世間で言うところの社会人として働いたことが一度もないまま今に到る。
理系の、留年率が10%だったか30%だったか、試験の点数が悪ければ即追試、それでもだめなら容赦なく留年という環境にいれば
否が応でも勉強せざるを得ない。
バイトもサークルもしていたし、彼氏も友だちもいて遊び相手には困らなかったはずだが、
結婚後は絵に描いたような良妻賢母、タバコも酒もきっぱりやめて、専業主婦として夫の収入でやりくりするようになった。
正直いって、大学生のころは茶髪→金髪 服装は田舎のヤンキーだったので、妹の変わりように私は驚いたのだった。
両親は妹の進路に関しては高校の頃から「看護婦がいい」と言い続け、高校も理系(生物系)を進めた。
それから、親は妹に対して「学校の(理科の)先生になれ」といいだした。
私は内心、(あいつ、学校の先生って柄かー?)と思っていたが、黙っていた。
ちなみに、親は私にも「学校の先生になれ」「公務員になれ」と言ったが「私学校の先生に向いてないから」「公務員の仕事向いてないから」としりぞけていた。
妹は特に何もいわず、教職をとっていた。
4年になって、教育実習にいった、という話を聞き、「えっ、教員になるの?」と驚いたのだが、教員免許だけとるという。
教育実習に行く寸前まで金髪の典型的なヤンキー姿だったので、教員というのが全く想像できなかった。
就職活動は?というと「していない」という。
えっ、さすがにどうするの?と問いただしたところ
どうも、研究室もかなり優秀な先生のところに配属されたらしい。そこで、親が研究室に残ることをすすめたというわけだ。
私からみて、妹は研究者としてやっていけるほど学問好きでも、教員として生徒たちといっしょに学校生活を過ごせるようなタイプではなかった。
研究室の様子を聞くと、明らかにハイレベルな内容について行けてない様子。学部生だから当然といえば当然だが、
英語が飛び交い、各国から留学生が研究生としてはいってくるようなところである。
そんなところで大学院の試験を受けても(受ければ通るだろうけど)、研究の道はまず妹の能力では無理だろうと思ったが黙っていた。
親が学費を出して進めているのを、妹は断らなかったらしい。私なら断るのに。
結局夏の大学院入試は合格し卒業後の進路も決定していたが、卒業式直前に妊娠6ヶ月が判明した。
もうどうしようもなくなってそのまま卒業と同時に結婚した。大学院の入学は辞退した。
あのときはなんでこんなことを・・・と驚き、出産後妹が見違えるような良妻賢母になったことに唖然としていた。
でも、このエントリを読んで、今まで気がつかなかった妹の葛藤を少し感じることができた。
私は親が進める将来のレールをことごとく蹴り飛ばしてきた。まじめで優等生なお姉ちゃんだったのに、なぜか親の進める進路を全部断り、自分で進路を決めた。
妹はよくよく考えたら、金髪で外見はヤンキーでどうみても遊んでいるタイプに見えていたけど、親の言うことを聞いて教職もとり、大学院の試験も受けた。
それは、親が進める道を断り切れなかったんだろうな。そういうところ「親のいい子」になっていたんだなと、今頃気がついた。
「いやだ」って、「私にはその進路は合わない」って言えなかったんだろうな。
私も断ったしなおさら断り切れなかったのかも。
そう思えば妹に悪いことをした。好きなように断ってよかったのに。
だから、レールの最後の最後の最後のところで、行き詰まってしまい「妊娠」というブレーキを踏んだのかもしれない。
妊娠6ヶ月で妊娠に気がついたと本人は当時話していたが、ずっと疑わしいと思っていた。
おそらく卒研中に妊娠の可能性を知りつつ、お腹の子も本人も綱渡りのような気分だったんだろう。
そこまでして親の進める進路に逆らえないことに、驚く人もいるかもしれない。
私だって「いやならいやだ」と言えばいいのにとまず思う。
でも、でも「言えない」ことがあるんだろうな。
世の中には親の(世間の)指向する進路(=レール)を「自分にはこのレールはあっていない」と知りつつも乗ってしまい、後悔する人生を送っている人がいるかもしれない。
そういう人は(自分でもわかっているか、知らず知らずか)無理して生きているわけだから、身体や心に何らかの拒否反応が出ているかもしれない。
もしかしたら、妹みたいに、運良く(?)妊娠して、あわないレールから逃れられるかもしれない。
もちろんこのエントリのように、結婚したってそれで終わりじゃなく離婚の可能性だってものすごくある。
離婚しなければ嫁の立場でがんばらないといけないこともある。
けれど、学生が社会に出る前には「人並みに就職活動(大学院入試も含めて)をして進路を決める」必要があって
それが自分にとって明らかにあっていないのに、進路のレールは1本しかない場合、(1本しか見えてないような気がする場合)
「妊娠」というのは進路先変更するとっておきの「進路変更のブレーキ」なのだ、ということは
これからも覚えておこうと思う。
書くこと: 23~26歳までの私の職歴
結論: 人生ちょっと転んだって何とかなる
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BだかCランクくらいの大学に入って4年で卒業。教職免許は途中でやめたので取れてなかった。
そこそこ大手のSIerに入社。色々と楽しかったりやりがい感じたりもしたが、1年も経たずに不眠や嘔吐などの症状が現れ、休職。ちなみにそれまでの人生、鬱っぽい兆候などは一切なし。明るい人間と自他共に思っていたけれどもなるときはなるものらしい。
タイトルにはニートと書いてあるが正確には休職。何もしなかったが、休職はじめた段階で、復帰したとしてもすぐに教員に転職しようと思っていたので、頭働かなくて何もしない日々の中、教員免許取得のための手はずだけはしっかりこなした。具体的には、23歳冬の段階で教育実習の申込は行っていた。(実際実習を行う2年前に申請が必要)
半年程、休職手当で食いつないで、病院からも寛解っぽいから薬止めてみようと言われ、ちょうど24歳になる頃(夏)にすぐに退職。たまたま知り合いが、IT系のアルバイトを探していたので食いつく。この仕事は自分にとても合っていて、楽しいし学ぶことも多かった。
秋から大学入学準備。1年間で教職免許を取るためには通信か特別課程のある大学に通う必要があり、教科的に通信じゃ取れなかった。首都圏で教職の特別課程があるのは慶應と工学院。どちらかに入った。
4月からアルバイト(ほぼフルタイム、但し在宅ありだったので拘束時間は長くない)しつつ、大学に通う。前期は水、金、土と通っていたが、後期は水と土午前だけ。大学自体は仕事との兼ね合いでつらいこともなかった。ただ、採用試験が夏なので、そのための勉強があるため、4月~7月はそれなりにシャキッと学んだ。
それと教育実習。その期間は仕事は一切できなかったので休みをもらった。元々、「教員になるまで」という形で雇ってもらっていたので休むことは了承してもらえた。
そんな25歳、私学適正試験と公立1つだけ受験。元々、2、3年受験し続ける予定だったので最初はあんまり受けないでいいと考えた。ところが公立の試験をあっさりパスして、採用となった。4月から公務員となる。今年で26歳になる。
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真面目真面目して生きてくると、ちょっとつまずいたときにまるで詰んだかのように絶望的な気分になったりするけれども、積み重ねてきたものは掘り出してみると案外使えます。今月までのこのアルバイト(高待遇、かなりフレックス)に就けたのは、学生時代になんとなく勉強していた英語のおかげです。受験1年目であっさり合格できたのは、大学4年間科目問わず塾講師をしていたので一般教養に強かったおかげです。以前の就活で面接等を沢山練習したのも勿論役立ったはずです。教員免許が1年で取れたのは、学部生時代に、途中で投げ出しはしたものの必要単位の半分以上を取得していて、専門の単位を沢山取っていたおかげです。
なんとなく絶望感を抱く事態になってしまったとき、自分の積み重ねてきたものを少し掘り返してみませんか。案外、いろんなものが可能性が見えてくると思います。
元増田です。
初めてここに書いたので、いまいちルールが分からくてすみませんでした。以後、気をつけます。
メールも電話も何となく気が引けてしまう状態ですが、今度、大学の文化祭の話なんかをしてみようと思います。
あと元々の記事には書くのを忘れてしまったのですが、実は2年後に教育実習で出身高校に行く予定です。
それで、彼女の家が学校からすごく近いのでそのときに何回か食事に誘いたいと思っているのですが、
2年間ほとんど連絡せずにいきなりそこでっていうのはやめた方がいいでしょうか。
やはり、気まずい感じがしてもなにかアプローチはし続けた方がいいんですかね。
2回ふられているのでどうも消極的になってしまいます。
・先生は何十人もの子供に影響を与える。姉がなれば悪影響を与えてしまう。
母親が反対していた理由は、これではない。
これは明らかに「反対する理由を聞かれた結果としての理由」であって、当初反対していた理由にここまで深い意図はない。
これらが本当の反対の理由であれば、お姉さんの努力なり父親の説得なりで話は確実にどこかに進むはずなのだ。
(それで結果やっぱり反対だとしても、話は進んで、より具体的な話ができているはず)
じゃあ反対の理由は何なのよ?と言われれば、最初反対していた理由として上げてるように、
「親だからわかる。姉が教師になんかなれっこない。」
という一言だけにつきるんだと思う。「教師なんて偉い人がなる職業に自分の娘がつくなんて・・・」という程度。
ではなんで、上のような一見してそれっぽい理屈をこね上げてしまったかというと、
『娘も父親もが、家族みんながよってたかって自分の意見に反対したから。』
母は怒りとも悲しみとも言える複雑な表情をして、ポツリと「なぜ私をこんなに苦しめるの・・・」と言った。
通訳すると、「なぜ(私の言うことをみんなでよってたかって反対して、挙げ句の果てに無視してそのまま突き進んだりして)私をこんなに苦しめるの・・・」ということ。
そこが母親の思っている問題の根本なのだから、そのほかの説得や努力が響くはずがない。
まぁでも、幸いなことにというか、やっかいなことにというか、
・先生は何十人もの子供に影響を与える。姉がなれば悪影響を与えてしまう。
これらの理由は、母親の反対の根本ではないけれど、母親が全く思っていないことでもないのだ。
感情主導で理屈をごちゃまぜにして語っているから、とてもわかりにくいのだけど、
母親が作り上げた理屈を否定しないように、母親の感情をどうほどいていくかが大事。
解決する方向に持っていきたいなら。
食卓の空気が険悪になる事が我が家にはたびたびあった。それは何度も経験したことのある出来事だったが、それが私を余計嫌な気分にさせた。その空気の原因は、母の怒りだった。怒りの方向は、その場にすらいない私の姉の将来の夢について。彼女の夢は小学校の教師だった。母は姉が小学校の教師になる事に、強く反対しているのである。
私には3つ上の姉がいて、私たちは自分でも言えるくらいに仲が良かった。ここ数年喧嘩などしたことがなかったし、一緒にテレビを見たり、話をするのはとても楽しかった。現在彼女は大学生になり、一人暮らしをしているが、家族間無料通話をいいことに相変わらず電話で話をすることは多い。
姉が高校に入学するころ、姉は食事の場で、自分に教師という夢がある事を言った。父は、夢を持つ事、目標を持つ事はとてもいいことだから、とにかくがんばってみなさいというようなことを言った。姉はとてもいい顔だった。私は姉を色んな意味で、羨ましく思った。(色んな意味を意識してたわけじゃないけど。)
だが、食事後みんなでテレビを見ていると、急に母は姉の夢に反対であることを言い、姉に説教すらし始めた。母の顔には怒りがにじみ出ていた。姉や父は母に理由を尋ねたが、母は、「親だからわかる。姉が教師になんかなれっこない。」というように曖昧で断定的な返答しかしなかった。なれっこない。何度もこの言葉を聞いた姉は泣いていた。夜中にも、すすり泣きの声が聞こえた。母は、今までにもこういう主張をすることがたびたびあったのだ。なぜか姉がなにか(部活のリーダー、学級長、地元進学校への高校受験、etc....)をしようとするたびに、できっこないだの、やれっこないだの言って、やめさせようとする。高校受験の時も、姉が地元進学校へ受験しようとするのをやめさせようとしていた。姉は母に反発して猛勉強し、見事合格した。彼女は私に「これで母さんも、ちょっとは私を認めてくれたかな」と漏らした。その矢先、再び母は姉の夢を今までにないくらい強く否定したのである。当時ピカピカの中学生だった私にも、なれっこないと言われた姉の痛みが伝わってきた。
それから数年が経ち、姉は大学生、私は高校生になった。時々真夜中に父と母が話し合いをしているのが聞こえた。普段は温和な父の、大きな声。だが、父の説得も母は聞く耳を持たなかった。姉は夢をあきらめず、母も反対の立場を変えなかった。母は反対の理由を話したがらなかったが、問い詰めると、時々漏らすように理由の一部だけを言った。以下はその要約。
・先生は何十人もの子供に影響を与える。姉がなれば悪影響を与えてしまう。
・なので教育実習で地元の学校に来ると、近隣の皆様のひんしゅくを買う。
・先生のような重大な仕事に就くと、大変な人生が待っている。平凡な生き方のほうが姉にとって幸せ。
自分はこれらを聞いて半ば呆れていたのだが、最後の理由を聞いて、母なりの姉への思いやりなのかなと思っていた。
だがある日、食事の場で、父が姉が教職を取ろうとしている事を家族に語った。私が嫌な予感を持ちながら母を見ると、母は怒りとも悲しみとも言える複雑な表情をして、ポツリと「なぜ私をこんなに苦しめるの・・・」と言った。その時私は、母の今までの主張は全て自分の自分の都合のためだったのではないかという事を感じた。母は世間体を気にするタチだった。「先生のような重大な仕事に就くと、大変な人生が待っている。平凡な生き方のほうが姉にとって幸せ」という理由は単なるタテマエであって、本音は「先生は何十人もの子供に影響を与える。姉がなれば悪影響を与えてしまう。なので教育実習で地元の学校に来ると、近隣の皆様のひんしゅく(自分が)を買う。」ということにあり、自分の保身(?)のための主張なのではないか、という邪推をしていた。邪推であって欲しかった。子供だった私が羨ましく、妬ましかった。
私は食欲をなくし、台所を早めに去った。去り際に見た父の顔は、怒りで満ちていた。
それはどんな根拠からですか?私も教育実習等の個人的な体験が根拠なので大きなことは言えませんが。何か「叱る」では不十分な教育の場面をご覧になったんですか?
ご覧になるも何も、そもそもこの議論のきっかけとなった味噌汁事件やその他の体罰事件で、十分に「叱る」ことができてないだろう。
いきなり体罰をするわけがなく、その前段階で教師が効果的に「叱る」ことができないまま、体罰がおこってるんだから。
中には効果的に叱るスキルを持っている教師もいるだろう。
でも、それが教師一人一人のスキル(おそらくは経験による)になってしまっていて、「全ての教師が十分に叱ることができる」とはとてもいえない。
もちろん、体罰は良くない。
しかし、現状の「叱る」方法、すなわち増田を含む現状の教師が学んだ方法では対応しきれていないのは、事件が証明している。
じゃあどうすればいいか? どんなことをしているか? って話が聞きたい。
書いた以上は意見に反応する義務もあると個人的には思うので。
返信要らねーな人はごめんなさい。
IskwNT 社会の構造 最初の10行くらいで情報としては十分な記事。残りは読んでも何の情報にもならなかった。なにも解決できてないから『で?』って言うわ
もともとは、法律違反って知らない人も多いんじゃないか。ってところなので。その十行が情報になって、あなたの思考の材料になればそれで良いですよ。
matcho226 教育, 体罰 こんな風に考えてくれている教師志願者は日本の(地域の)宝だ。現場は体育会系封建主義教師もいるだろう。がんばって欲しい。/こういう人の孤軍奮闘を見殺しにしかねない社会であることが問題なんだ。
それで良いと思います。ぜひ頑張って下さい。
y-kawaz これはひどい, 教育 「駄目って決まってるから駄目」とか偉そうに言われても…誰もそんな話してないしw 皆が議論してるのは「駄目って決まっている」というこの前提がおかしいって話をしてるんだよ。だからあなたの主張は全く的外れ。
体罰議論で学校教育法の話はめったに出てこない様に思いますが。で、なぜ前提がおかしいと思うんですか?
FL_No7 めんどくせぇからぶん殴っちまえばいいんだよ。こんな下等な論法で生徒がついてくるわけ無いだろ。むしろ増田が釣りであって欲しい。こんなキモイ先生嫌だよ!話通じないよ!
「めんどくせぇ→ぶん殴っちまえ」があなたにとって上等な論法で、生徒が着いてくるんですか?
釣りじゃないよ!
ssbt 「体罰ダメ。ゼッタイ。」じゃなくて、「文部科学大臣の定めるところにより、学生、生徒及び児童に懲戒を加えることができる」ですね。柔軟に運用できるように解釈にあそびを持たせている。
「ただし、体罰を加えることはできない。」です。大幅にあそびを持って解釈しても、教育委員会や文部科学省が体罰と判断したら違法ですね。
goto14 やや不同意 体罰がダメってのは同意できる(体罰でないと躾できない子供は福祉施設か矯正施設に行くべき)が、法律で決められているからってのは、主張として貧弱だな。法律=正義とでも思っているのだろうか?
少なくとも私は「法律=大多数の意志」程度には思ってます。
papaopao 体罰問題には2つの論点があるから混乱するんだよ。一つは懲戒目的の体罰が許されるかという議論。もう一つは正当防衛的な行為や日常行為も体罰として認知されてしまうかもという議論
後半は体罰じゃないと文科省も言ってるので、常識の範囲なら大丈夫だと思います。
問題行動を起こす児童生徒に対する指導について(通知)から引用。
(6) なお、児童生徒から教員等に対する暴力行為に対して、教員等が防衛のためにやむを得ずした有形力の行使は、もとより教育上の措置たる懲戒行為として行われたものではなく、これにより身体への侵害又は肉体的苦痛を与えた場合は体罰には該当しない。また、他の児童生徒に被害を及ぼすような暴力行為に対して、これを制止したり、目前の危険を回避するためにやむを得ずした有形力の行使についても、同様に体罰に当たらない。これらの行為については、正当防衛、正当行為等として刑事上又は民事上の責めを免れうる。
だそうです。
ネットする時間があって覚えてれば来ますよ。可能性はほぼゼロですが。
mike_n 教育 「体罰になるかどうかの線引きを一教師がしてはいけません。あなたも線引きしてはいけません」「それは体罰とは関係ない正当行為です」あなたも線引きしてはいけません。
angmar "フルボッコしてる最中なら殴ってでも止めますが、それは体罰とは関係ない正当行為です" なるほど、次は「何が正当行為か」という話になるわけか。
上の文科省通知を読んで下さい。体罰とは全く別の話です。まあ、殴るのは最終手段にするでしょうが。
fbis 増田, 教育, 社会 体罰という単語の話かよwぺちゃくちゃうるさい児童に口で注意しても止めない場合に頭しばいたらそれは体罰?懲戒?どっち?
基本的には体罰。けがの程度と児童・学級・教員の実態等々を第三者が(ほとんど教育委員会でしょうが)判断して情状酌量するときはある。ってところでしょうか。
jtw 教育 教育熱心な先生が絶望して去っていく理由は、その先生が無能だからと思ってるらしい。まぁ、すぐに現実が分かるよ。
体罰する先生が教育熱心だとは思いません。体罰できない現状に絶望するのは他の方法が考えつかない程度だからでしょうね。
washita 「「叱る」で十分機能してると個人的には思うんですが。」 俺は個人的にはそう思わないから。
それはどんな根拠からですか?私も教育実習等の個人的な体験が根拠なので大きなことは言えませんが。何か「叱る」では不十分な教育の場面をご覧になったんですか?
tai21 体罰って教育というより調教じゃない?/「先生!ガラスを割った件についてはちゃんと教頭先生に謝罪を(バキッ)ぐは!」「私に謝ってない」「なぜ先生にも…」ドカバキゴスッ!←実話/「先生に逆らったら殺される!」
調教…なるほど、近いかもしれませんね。犬の話を出す人もいましたし。
どうぞ。父親としてなら好きにすればいいと思います。
しかし、殴られなくても犯罪を犯してないかもしれませんよ。世の中の犯罪を犯した人はすべて今まで殴られた経験が無いんでしょうか?
teruyastar 味噌汁ぶっかけてくる中学生に、話してわかる?、、、、来年の増田の無事を祈るよ。あと僕が思う生徒と先生のつながりをもつ教育。>http://tinyurl.com/6os7xq
話しても分からないと思うのは何故でしょうか?普通の社会人の方が中学生とガッツリ関わる機会ってあまり無いように思うのですが。
成功すればすばらしいと思いますが、失敗する可能性と、その場合の惨状を考えると実践は出来ないですね。テレビでの実践事例は三ヶ月だったようですが、「三ヶ月やってみました。ダメでした」で納得できますか? あと、先生が楽になることはまず無いです。ひとりぼっちになって誰にも教えてもらえない生徒が居ないかみたり、一時間でどこまで行けるかの予想を立てたり、それを修正したり、間違いなく授業準備は今までより多くなります。
mlaver 「駄目だろうがなんだろうが、俺はその子のためになると思うから体罰振るうんだよ。罰したかったら罰してみろよ」という人をメディア等で徹底的に糾弾されるのを子供が見る状況が暴力の温床となっている現代
ああ、まさに私が思う典型的な体罰教師の発言ですね。そういう人は徹底的に糾弾されても仕方ないと思います。
matcho226 体罰 いいえw。一つだけ付け加えると、医療では難しいケースについて医師はカンファレンスを通じて対応力を高めているが、それは教師にも必要な心構えかも知れない。そのような場があるかどうかは分からないが・・
カンファレンスがどんな場か上手く想像できませんが、職員同士の情報共有や対処法の検討をする場は確かに必要ですね。
これからは学級の問題を学校全体で共有するのが主流になっていくので、例えば職員会議や各種の委員会(いじめ対策委員会とか)で、教員同士の情報交換や検討は今も行われているし、もっと増えていくと思います。形式だけという所もあるかもしれませんが。
papaopao いや、正当防衛が体罰か否かではなくて、正当行為だったと保護者や上司が信じてくれるかが重要なんだが。逆に生徒側から見れば、体罰が体罰であったと信じてもらえるか、という話でもある。
上司は信じてくれるでしょうが、保護者が信じてくれない事例は聞くことがありますね。廊下を走らないように服の襟を引っ張っただけで「首を絞められた!」と怒鳴り込んできたとか。確かに、正当行為か体罰かの認定をしっかりやる必要は有りますね。
loca1982 増田, 社会 自分の子供が「やっちゃダメだ」と言われている行動を何度も繰り返すならば殴ってでもやめさせる方針なので、多少の体罰はいいんじゃないかと個人的に考えている / その行動が危険な行動ならなおのこと
親としての話は、その人の親としての教育方針なので、人それぞれで良いと思います。「親が○○と個人的に考えているから」を行動の理由にしたら教師は何も出来なくなってしまいます。
あなたが子どもが体罰されても不満に思わないということと、教師が体罰をしてはいけないと言うことは全く別の話です。
kennak これも同じだけどさ法とか大人がとかっていうのは子供の生活場所においてなんら機能しないし議論する意味がないんじゃないだろうか。そうなってしまった場合にどう対処するかそうならない為にはどうすれば良いのか
体罰良くない!な風潮が広まる→体罰する教師が居なくなる。私には十分意味があります。
体罰良い!な風潮が広まる→体罰でしつける教師が増える。体罰肯定派な人にも意味があると思いますよ。
plummet .( ̄〓 ̄) なんでこの人、ブクマコメントが「それぞれの学生時代の体験」から来ている、くらいのことを想像しないんだろう。>『普通の社会人の方が中学生とガッツリ関わる機会ってあまり無いように思う』ってのはちょっと。
「話して分かる?」とおっしゃるなら、話しても分からなかった経験が有るはずだと考えたからです。する側の目線とされる側の目線は違いますよ。
KoshianX education 法律が根拠ってのはちょっとひどいな。ルールは社会の都合のためにあるんであって、ルールが先にあるわけじゃない/程度を超えちゃう教員が増えたからてのが正解かもよ
法律でダメと書いてある。って言うのは、誰にでも理解できるダメな理由だと思います。
「私は○○という理由で体罰はダメだと思う。だから体罰しちゃダメ」という主張では、「私は○○という理由で体罰は良いと思う。だから体罰して良い」という主張に対抗できない、というか、どっちもどっちの同レベルの話になってしまうので。
masaki_SSS 「きちんと話してが御題目」にレスが。ありがとう。ただ、できてると思う、思わないって主観ではなく、教師として「叱る」方法を学んでるのかは気になる。経験上、叱る技術のある教師はごく一部だった。
一応「できてると思う」のは完全に主観ではなく根拠が有りまして。
他の方への返事でも書きましたが、学級数は
H16 小274062、中118275
それに対して、体罰ではないかとして問題とされ学校で調査した事件数は
H16 小260、中387
なので、学級数=担任数とすると、体罰を疑われた担任の割合は単純に計算して、
小学校で約0.1%、中学校で約0.3%になるわけです。調査の結果体罰じゃなかった場合や、担任以外の教師の場合も考えると、さらに下がります。(数値が古いのは最新版が見つけられなかったからです)
小学校で99.9%、中学校で99.7%の教師が体罰抜きで学級経営が出来てるのは、「きちんと話す」ことが出来てるからではないかと考えたわけです。
大学での「叱る」方法の話をすると、その様な授業はほとんどありません。現状は教師個人の能力によることが多いわけですが、これは
・生徒や児童は個人個人でどのように叱るのがよいかが違う
全くその通りだけど、全体の素養を高めようという試みは既に行われている。
というのも、「高い山を支えるにはそれなりに裾野の広さが求められる」からだね。
また、「高校で文系に進路を決める人の多くが、小学校の時分で既に算数嫌い」だということも解っているので
理系離れ対策において、より基本的で全体的な部分の対策が重要であるということはよく知られている。
少なくとも、俺が教育実習に行っていた5年前は、現場でも大学のゼミでも常識だった。
そして、横増田が言うように、この問題は「理系」を「学問全般」に置き換えられる。
「学校の勉強なんか!」と言う大人は、小学校の頃からそれが嫌いだ。
だから、教育界のトップは
「難しいことをたくさん教えるんじゃなくて、基本的な部分を丁寧に教えよう」
「勉強嫌いな子が出ないように、みんなが100点をとれる教科作りを目指そう」
と考えたんだ。
実習の担当とかしてたんで、少しだけ書くよ。
今すぐでなくても、「教師になる可能性」の芽を育てよう、というスタンスで受け入れてくれよ、と思う。
言いたいことはすごく良く分かる。で、どうしてこんなことになってるかを説明すると、その背景から説明しなきゃならないんだけどいいかい。
まず「教育実習」というのは制度上「大学の授業」である。これはOK?当たり前だ。「実習」という名のもとに単位認定すんのは明らかに大学なんだから。だから本来、免許の取得に「教育実習」が必要である以上、実習のための学校は大学が用意すべきもの。たとえば系列の小中学校なんかがあれば、そこで。教育大学なんかはそれがあるから自分のところで教育実習できるし、する。
けどそうでない大学もある。そこで実習生が、母校に、ただ母校であるというだけの理由で、大学の仕事の肩代わりを頼みに行く。これがいわゆる「教育実習」なわけ。母校にはそれを受け入れる《義務》は全くない。当たり前だ。本来何の関係も無い話なんだから。でも、理由がない限り基本的にはたいていの学校はそれを断らない。まあ推薦のこともあるかもしれないしなー、とか、あるいはこんな生徒を受け入れて貰ったし製造物責任みたいなもんだし、生徒気の毒だし……みたいな話だ。ちなみに実習生の担当をする教員は(大学にもよるが)日誌のチェック、授業づくりの相談、指導、見学への挨拶やお礼の指導から始まって細々と実習生の面倒を見なくちゃならん。もちろん自分の通常仕事の合間に。実習生の面倒みるから授業や校務が減る……ということは基本的に無い。まあ、みんな「大変ですねー」くらいは言ってくれるけれども。
で、昔はもちょっと大らかだった。いわゆる「実習謝金」の制度があった頃ね。「ご迷惑おかけしますねー」的な意味合いで、実習生本人から、または大学からお金が出てて、それが備品費や教材費の足しになるということもあった。でもそういう不透明なお金の流れに対してクレームがつきはじめ、それも無くなった。そういう潤滑油的なものを無くすと、色々軋んでくるわけで。だから、不透明な流れが悪いなら素直に透明な金にして(制度化及び予算化して)受け入れ校に支払いなさいよと思うわけだけど、多くの学校はその方法を取らなかった。それは、多分支払う大学と支払われる母校側の両方の制度を同時に透明化しなきゃいけなくて、でもその両者は制度上の扱いが全然違って統一して号令をかける所が無かったからだと思う。
で、最初の話に戻るけど結論として
それはそうなんだよ。少なくとも現行の制度である限りは、受け入れ校に取って実習生はお荷物でしかない。これは実習生が悪いんでなく制度が悪いんだと思って欲しい。
で、「謝金も無いのに受け入れるなら…」ということで、受け入れ側の学校としては、それを受け入れるための正当な理由を聞かざるを得ない。そこで「間もなく自分たちの仲間になる人間のためということであれば、無下に断るわけにはいかないしな」という大義名分を求めるわけだよ、学生に。もしそこで学生に「いや教師になる積もりは無いんすけどね」とか正直なこと言われたら、言った学生は正直に言えて気持ちいいかもしれないけど、面倒見る教師からは「じゃ、なんでこいつらの面倒見なきゃいけないんすか。制度上見る義務もなくメリットもないならもう断りましょうよ。」という不満が爆発するわけ。「謝金とか不透明なことやめます」という正論を大学が振りかざしてる現状で、もし受け入れ校側が「じゃあ義務でもないわけですから受け入れやめます」とか、そうなったら制度崩壊なわけ。そこを辛うじてつないでるのが、
「教師になります」
「教師になるんじゃしょうがないな」
という芝居なわけです。
重ねて言うけど、これは制度設計がなってないというだけの問題。それをいままで潤滑油注ぎ込むことで凌いでたけど、潤滑油注ぐ手が使えなくなって制度上の歪みが顕わになったということなのさ。本当のところ、教師になる人もならない人も、教育現場を体験して貰うことにはそれなりのメリットがあると思ってます。だから教育実習が制度として継続されることをすごく望んでるよ。できればより透明な形で制度化されると良いんだけど、みんな正論を言うのだけは好きなんだけど、正論を踏まえてきちんと制度化するという現場の泥をかぶることをしないから、結局現場ではいつまでたっても猿芝居を続けるしかない。このままじゃいつか制度崩壊するよ、ほんと。
教育実習に行ったのは5年ぐらい前だったけど、やっぱり同じように「教師になるつもりなの?」と聞かれたよ。
そして大学からは「実習生は迷惑だから!」という刷り込みもされた。
で、今、教育現場の片すみにいる自分からいわせてもらうと、そこまでの悪意(「ここまで迷惑をかけてるんだから・・・」みたいなもの)をこめて聞いているわけじゃないような気がする。
実際、現場にいると楽しいこともあるけど、苦労も多いし辛いこともあってへこたれることもあるんだよ。
そういう中で学生さんの「教師になりたいです! 教師に絶対になります!」というやる気を間近にすると、「偉いなぁ」「がんばれよ」と素直に思うんだ。
自分達の仕事が苦労や苦痛ばっかりじゃなくて、喜びや感動のあるいいものだと肯定したいんだ。
もちろん、担当教員からしたら、実習生への指導が今後の教育活動に少しでも役に立ったら、という思いはあるだろうけどさ。
あ、あと現場には、増田がいうような「企業に就職してやっぱり教師になりたい」といって本当になった人も意外といるもんだよ。
見当違いのことを書いていたらごめん。
[会話のショートカット ]http://anond.hatelabo.jp/20080909202108
上記のエントリーを読んでて思い出したんだけど、いまだに教育実習生は実習先で教師になるという嘘をつかされているのだろうか?
私が実習に行ったのが4年ほど前なのでそんな急激に変わっちゃいないだろうけどさ。
大体にしてなぜか実習生は実習先の学校から迷惑な存在と思われてるらしい。
忙しい仕事の合間に面倒みて、授業させて、そのフォローして、授業時間削って・・・そりゃ先生も大変だろう。
しかし「忙しいところをわざわざお前たちのために時間割いてやってんだからできるだけ迷惑かけるな」「これだけやってやるんだから教師にならないなんて言語道断」って空気を感じるのはいかがなものか。
これは実習先の学校からだけでなく、大学側の担当者たちからも一様に感じたし、実際言われたこともある。
だけどさあ、嘘ついてでも教師になるって言わなくちゃならんておかしくないか?
もっと広く見た方がいい。大学卒業して企業に就職して、やっぱり教師になりたいって人もいていいんじゃないか?
今すぐでなくても、「教師になる可能性」の芽を育てよう、というスタンスで受け入れてくれよ、と思う。
マジで?
教育実習におもむく前に、「どうやって教えるのか」という授業はない。
教育学部ってあると思うんだけれど、あそこって、一体何を教えてるの?なんで教えないの?
なんか、驚愕の事実を知った、ってカンジ。
一応教科ごとの「教科教育法」という授業があったと思うが。教職課程の必修科目として。
もっとも、その授業が役に立ったということは一切無い。というか、教科教育法の担当教官の授業自体が下手過ぎて説得力nothing。
ちなみに教師になってから初任者研修というものがあり、一応指導主事という人が授業の指導案を書かせたりするが、この人の教え方がまた輪をかけて下手で、正直寝た。
そもそも授業のやり方に関しては職場ごとに求められるものが違い過ぎてワラタ。毎週東大の問題を解けと持ってくる生徒が来る学校もあれば、生徒が真顔で「カタカナの「い」ってどう書くんだったっけ」と聞いてくる学校もある。だからOJTしかない、という側面がある。
ちなみに教育実習に関して言うと、その学校で生徒にどんな授業が求められているか、三年間通って授業受けたんだから教えるまでもなく自分で分かるでしょう、という側面がある。少なくとも、余所から転勤してきた初年度の教師よりは有利なはず。
とかまじどうでもいい授業をとらされる。
また、教育実習では、実際に教える経験を積むわけだけど、例えば
分数の割り算、の一番わかりやすい教え方、とかを習う機会はない。
それらの教え方はそれぞれの裁量次第、というのが現状。
文部科学省のお偉いさんになるのを最終目標とするような方向にかなりの時間を割かれているんじゃないのかな。
実際の教え方よりも。たぶんね。
すみません、レスされてたの気づいてませんでした。
19時に帰ると早いと言われるというのは、なかなかすさまじい職場でいらっしゃいますね。
うちの学校は帰れるときは早く帰ろうぜ、という空気なので、19時過ぎると教頭が「そろそろ鍵閉めるよ??」と言ってきます。
勤務時間に関しては先進的な試み(?)があって、会議や出張などが勤務外時間にかかっている場合(休憩時間中に会議が入っている場合も含む)は事前に申請をすると、その分年休に振り替えられたりします。
なので、PTA総会も仮に20時スタートでもきちんと後日年休としてその時間数が使えます。
そのあたりは安心です。
どちらかというと、しかり方ではなく、いじめや精神的な病気(というか特別支援教育に関係するLDなど)に対する対処法、理論的な分類などがメインになりつつありますが(極端なケース?)、
本当に必要なのは、いじめとか病気とか、学級崩壊を未然に防ぐためにどのように指導をしたらいいか、という勉強だと痛感しています。
その一つの勉強として、怒り方、注意の仕方、誉め方というのは、学生のうちに勉強しておくと良かったと思いました。
学生に対しては、教師の一日の流れ、ぶち当たる困難がどういったものであるのかを、羅列するだけでもいい、把握しておけるような本を一冊読んでおけ、と言っておきたいです。
その分野では、私の出身ゼミである教育臨床学の先生と今後も交流を深め、勉強をしていきたいと思っています。
いただいた教えは明日から実行してみます。
とは言え、最近は私のことを「怒ると怖い」と思い始めたのか、名前を呼ぶだけで席につくようになりつつあります。(3回くらい言わないと座りませんが)
いや、教室で思いっきり着替えるのは教育実習の時で経験していたのですが、やはり自分の受け持つ児童でもそうだったというのが、ある意味カルチャーショックだったので書いてみましたw
この前は音楽の時間なのに「暑い」とか言ってなぜか上半身裸になる男子児童がいて、さすがに怒りましたorz
ただ、6年生のニーソには未だに慣れない…委員会活動の時に会う児童の前では目が泳ぐorz
ネタだとか妄想だとかいう意見もあるけれど、元増田が本人の話かはさておき、塾講師と生徒との恋愛はみんなが思っている以上にありきたりな展開。
そして元増田の経緯と同じことが俺の友人にもあって笑った。
告白されて、彼女いるからと保留するも、結局彼女をふって、女子生徒と付き合う。
塾講師って告白されやすいんだよね。というか、若い先生って告白されやすい。教育実習の数週間だけで告白されちゃった人も多いんじゃない?
先生という立場が自然に備える「包容力」「出会いの一過性」「年齢差」、未発達な女生徒のロマンチック恋愛街道を開くには十分すぎる要素。
それに先生なら告白が失敗しても諦めつくし、あとの気まずさも大人の力でフォローしてくれるだろう。これ以上にない告白対象だ。
というわけで、友人の数人は女生徒と付き合ってる。
セックスしたかどうかは知らない。でも、たぶんしてるだろう。
ロリコンどもは、告白されたらホイホイと傾くからね。
すごいのは、たいてい親が公認しているということ。
特に母親。
父親には秘密というケースが多い。父親は娘が可愛いからね。
でも母親は、それよりも塾講師と娘とが親密であることによるメリットを選ぶ。指導上の贔屓とかね。
とある友人は、相手の母親から「よろしくお願いします」といって交際費を毎週もらっているほどだ。
塾側だって黙殺。
本人たちと塾側と親がグルだから、クレームだしても通用しない。
俺がもっと怒っているのは、大学時代の友人たち(教育学部なので教師が多い)が、生徒と付き合う行為を肯定しちゃうことだ。
「生徒と付き合うなんて最低なクズヤローだ!」と罵ったら、「それはいいすぎだよ、恋愛は自由じゃない」と返された。
これが日本の若き教育者の精神構造だ!わはははは!クズばっかだな!
全国の自分の生徒と付き合っている塾講師、学校教師は全員死ね!
訴えにに対して全否定で返す有名進学塾の社員も全員死ね!
塾側とグルになって自分の娘をクズ講師に貢ぐ親も全員死ね!
ふざけんなよ!
国立と私大でだいぶ違う。
国立の方は旧師範学校のノリを残しているから、教師育成メインて感じね。
大学によっては教育実習が4週間×3回とかある。詳しくは知らない。
学生も、普通の学部よりは教員になる率は高いかも、くらいの程度。
実践的な科目は少ない。
ただね、教師になる前に教育学やっとくというのは、教育の原罪的な面を知るのにいいかも知れない。
基本的に今のシステムは教員養成を専門学部に限定しない「開放制」てやつで、
元増田がよかったと思えるような先生をなるべく増やそうという狙いがあるよね。
そううまくはいかないんだが。
というのもその先生はよく怒るからで、
私は理由が何であれ怒る人は嫌いだからなんですけど、
その先生は、教室に響き渡るほどの大声で怒る。
しかも、その怒る理由というのもショボくて、
テストである問題を間違えただけで個人を面談室に呼びつけて怒る。
授業でちょっと居眠りをしたくらいで怒る。
その先生、昨日友人から聞いた話だと、関東にある大学で4留してるねん。
「居眠りをしているのを見たら、授業料を払っている両親が可哀想だ」って言ってたけど、
4留に比べたら居眠りなんてどうでもいいじゃん。
っていうか、自分のこと棚に上げすぎやし。こんな棚上げチャンピオン見たこと無いわ。
そんな訳で、来年はそんな先生のいる高校で教育実習をしてきます。
授業のときはその先生を思いっきりこき下ろしてきます。