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はてなキーワード: 障碍者とは

2014-06-08

http://anond.hatelabo.jp/20140608042113

精神障害者」は「障害者基本法」で、「精神障害があるため、継続的日常生活又は社会生活に相

当な制限を受ける者」(第2条)と定義されてますよ。

「障害」や「疾病」ってのは社会とのかかわりの中で定義されるものだよ。

こんなもんでいい?条文自体はググれるよね?

んで、すごい曲解してるよね。誰が鬱病定義犯罪を入れたの?境界知能の人?

犯罪行為」あるいは「反社会行為」あるいは

「本人の自覚する社会生活における困難や制限」がない人間

あなたには人格障害のように見えてたとしても(あんたの判定なんか信用する人間はいねーだろうが)

その人間社会生活不都合が無いなら、それは精神障害とは認定されないの。

理解できましたかバカ

犯罪行為」を条件に入れたのは、人格障害人間の異常行動をどこで

行政が「異常」と「正常」の区分を引くかって点から人格障害人間は病識が無いことが多いので

こういう定義になる。精神病というのは制度定義の問題だってことは理解出来てるよね?

あんたには障碍者に見えても「継続的日常生活又は社会生活に相当な制限を受け」て

いない人間障碍者には認定できんのよ。

あんたが「人格障害だ」と認定している人間社会的成功者なの?

それとも社会不適合者なの?そんで、あんたは成功者なの?

社会底辺成功者相手に「あいつは人格障害」って言ってる典型パターンじゃないよね?

2014-05-11

http://anond.hatelabo.jp/20140511165629

アスペ元増田より

明らかにあんたの方が病んでるな…。

一体何を批判したいのかさっぱりわからん

アスペは何をしてもダメと言いたいのか、

アスペなんか存在しないと言いたいのか。

発達障碍者自己認識が正しいわけねーじゃんよ、

そこまでボロカスに、しかも全く建設的じゃない言葉を浴びせる必要があるのかね?

2014-04-25

22の就活になってはじめて自分キチガイだと理解した

絶望感につつまれている。

奨学金という名の借金は残り

キチガイゆえに面接は一度も通らず

障碍者ではあるもの生活保護うけられるわけでなし

学生時代にうちこんだもの意味をなさず

これからどうしたものかとかんがえている

2014-04-22

http://anond.hatelabo.jp/20140422151843

実際、障碍者や老人だけでなく、低学歴人間としての人権を持たせない方がいいとおもっている。

そうすれば少しは勉強しようとして、受験競争も激しくなるだろう。

今の状況は簡単に東大はいれすぎてダメだ。

2014-04-09

http://anond.hatelabo.jp/20140404021455

完全に出遅れIQ130だけど、自分大学生だとしたら普通の人と知的障碍者の違いは中学生幼稚園児くらいの違いといえばわかりやすいんじゃないかな

どっちもその時点で見えている世界次元しか正しさを理解できていないという点において

こちらとしては対応を変えるだけなので、どちらが優れているとかよりもどんな方法が相手に効果的かしか考えないし、見えないない次元の正しさを理解させることができないという点においては言うとおり同じだと思います

環境依存せざるを得ない存在は結局その中で幸福感を突き詰めることしかできないというのはIQがどのレベルにいたとしても同じなので、IQの高低=幸福度とは無関係なのでしょうけど、競合が多い層の人は比較される対象が多すぎてツライだろうなぁとは思います

2014-04-08

http://anond.hatelabo.jp/20140408234231

お前が低学歴だということが良くわかった。

ニート予備軍だとおもうが、今後もがんばってくれい。そういうヤツも含めて応援してるぞ。障碍者も生きれる世の中づくり、お前みたいなバカでもコレからいきていけるさ

2014-03-31

好きなキャラ

1位 モンちゃん

 『ザワールドイズマイン』の主人公。 原始人みたいな動きと考え方で、大量殺人や大量爆破、警察署乗っ取り等等やらかす。

 漫画キャラってのはこうでねえと!

  

2位 タッソオ

 ゲーテの作品『タッソオ』の主人公

 モテまくり、才能認められまくりなのに、猜疑心から冷静さを失い問題行動を起こしまくり、どう考えても損なんだけど破滅に向かって突き進む。

 現実が信じられなくなってくるっていく様子が非常に分かるし、また行動の破滅っぷりもカタルシスが素晴らしい。そして本人にはまったく悪気が無いところも評価が高い。

  

3位 バキ

 イケメンっぽい雰囲気だけどイケメンではない。一本筋が通ってる生き方のようで理屈がことごとくずれてる。

 最初のころはこの漫画に影響されて炭酸抜きコーラを飲んだりしたんだけど、主人公だんだんおかしくなって、カマキリ出たあたりでどうしたんだろ、、、と心配になったのもいい思い出。

 実直っぽいのにずれてるのがキャラとして非常に面白い

  

4位 黒須太一

 『cross†channnel』の主人公

 障碍者に優しいのは、障碍者の気持ちがわかるから。というような雰囲気だけど、じっさいは周りに合わせられる自分を作ることで人間性を取り戻そうとする。という異常性が面白い

 やさしいようでいて、まったく優しくないという人間の業レベルでの深い人間性と教養を感じる語り口が素晴らしい。

 同ゲーム支倉曜子も素晴らしいってか、このゲームは全部キャラ素晴らしかった。

  

5位 エディーブラボー

 実在の人物なのでキャラではないかもしれないが。格闘技寝技における革命を起こした。

 柔術をやったことが無い人に魅力を伝えるのは難しいが、「コブラツイスト実践レベルにまで仕上げた」「レスリング柔術を巧くミックスした」等等数え上げればキリがないが、どうしてそんなこと思いついたんだ?という長大かつオリジナリティ満載のワザ体系がすばらしい。しかも、完全に基本的柔術とはズレタワザ体系であるために身に着けるのが結構難しいし、体の柔らかさが求められる。

 人間意識に反した体の動きをする技術体系なため、見ていてひきこまれる。 どうやったらこんなことを思いつくのか非常に不思議でそこに魅力を感じる。

2014-03-26

http://anond.hatelabo.jp/20140326085558

杖を使っていても座らせてくれるとは限らない。

ずっと前に、足の捻挫で松葉杖を使って優先席付近に立っていたのに、ほとんどの人が寝ていた。

唯一起きていた斜め横の高校生と目があったけれど、彼はじーーーっと見続ける(譲るか躊躇するような目ではなく観察の目つき)だけで、席を譲らなかった。

揺れる電車で手すりと片足と杖だけで立ってると手が真っ赤になり、痛くて我慢できなくなったので、2駅目くらいで、さすがに「誰か席を変わってください」と声をあげたら、寝ていた人が急いで起きて変わってくれた。観察していた高校生は次の駅で降りていった。

そんなもんだよ。

明らかな身体障碍者なのに、俺は老人なんだから席を譲りたくない、というような態度をされたという話も聞いたことある

身体障碍者の身なりをしていたも、必ずしも親切にしてくれる人ばかりではない事は覚えておいた方がいい。

知人でそんな事する奴がいたら軽蔑するけどね。

2014-03-15

http://anond.hatelabo.jp/20140315000238

  • 都バスの様に均一運賃にするのは嫌(それは単に会社方針か、1つのバスの最大距離の問題だと思うけど)
  • 後払い出来る様に整理券の発行機を付けるのは嫌(金がかかる)





ということから、先払いばらばら運賃、ってのは一番会社にとっては簡単で都合の良いシステム、ではあると思うけど。

大前提システムであり、自分のような地理不案内者は勿論、言語障碍者外国人などにも「優しくないシステム」だと思うのだが・・・

んなもんはバスに限らずいくらでも問題として出てくるのでそれだけでどうこう言う話ではない。

言語障害者外国人はその地名メモって置いて見せる、くらいのことするだろう、普段から、他の場面でも。



外国だと、それこそチケット外の自販機で買って誰も確認しないまま乗り込み降車が当たり前。

距離によって運賃が変わるものもあるけど、乗り込みスタンプがあるような物もあればないものもある。

基本、性善説で動いてる。その日本バスもね。

たまにチケット見回り人が来て見つかれば罰金だけど。

(でも、それでもチケット10倍とか20倍とかの金額なので、頻繁に使ってるならそれ、たまに払ってでも無賃乗車してれば安く付く、って事もあり得るし、そういうやつ普通に居る。。。)

前乗り後降り・運賃不均一バスは、不便だ

愚痴ネタ

都内バスだと、「前乗り後降り、運賃均一」でわかりやすい。

一方、関西とか、或いは広く全国的には、「後乗り前降り、運賃不均一」なバスが多い。

この場合、乗車時に整理券を取って、後者時に整理券に合った運賃を支払えばいい。わかりやすい。

ところが、不思議なことに、多摩地区神奈川には

「前乗り後降りだが、運賃が不均一」というバス存在する。

この場合、どういうことになるか?と言えば、

「乗車時に、運転手に行先を告げ、それに合った運賃を支払う」ことになる。

から自分は、この手のバス不思議で仕方なかった。

仮にA停留所まで200円、B停留所まで250円だったとして、

自分はA停留所まで行きます」と告げて200円だけ払い、しかしA停留所では降りずに、

何食わぬ顔でB停留所まで乗り続けても、果たして運転手がそういう不正乗車を見破っているとは、思えないのだ。

まあ空いてるバスなら見破れるんだろうが、多摩地区神奈川地区バスはそこそこ混んでいるから、

そこまで監視するのは難しいと思うのだが。

で、昨日、豪雨の中、初めて行く場所へ行くために、神奈川中央バスに乗車した。

ケータイナビサイトに表示されたバス停まで乗車しようとしたが、運転手に「行先は?」と聞かれた。

で、行先を告げても、「そんなバス停、ないよ」と言われる始末。

「●●の最寄のバス停ですよ」と言っても「わからない」とのこと。

しかたないので、ケータイナビサイトの画面を見せて、「このバス停ですよ!!!」と運転手に主張した。

それでようやっと「ああ、そのバス停ですね」とのレスポンス

どうやら、難読地名バス停で、音読訓読みを違えて自分が発音したため、通じなかったらしい。

・・・このやり取りをしている間、自分の次にバスに乗り込もうをしている乗客10名ほどが、

バス入り口で、傘を差しながら、いや、傘が無意味暴風雨でずぶぬれになりながら」、待っていた。

自分の後続の客から見たら、

バス停名前も知らないKY客のせいで、バス乗車もできず、自分達が濡れ鼠になってしまってる」

ということで、自分に対して怨嗟視線を向けていた(ように、自分には感じられた)

前乗り後降り運賃不均一バスというのは、システム上「自分の後車バス停を正しく認識し、かつ正しく発音できる乗客」が

大前提システムであり、自分のような地理不案内者は勿論、言語障碍者外国人などにも「優しくないシステム」だと思うのだが・・・

それでも「前乗り後降り」を神奈川中央バス採用する「理由」を、誰か教えてほしい

2014-02-23

http://anond.hatelabo.jp/20140223135705

突き詰めると「コミュニケーションって何だろう?」問題に行き着く気がする。

社会をなぁなぁにやっていくためレベルの嘘なら、みんなついているどころか、むしろちゃんとつけない方が障碍者ということになる。

つきすぎてもつかなさすぎても問題になるし、かといって単純な程度問題とも違う気がする。

そもそも自分で「こうだ」と思い込んでいる人が発する嘘は、嘘なのか? とか。

虚言癖

例のゴーストライター騒動で、「虚言癖」というのがクローズアップされている。「嘘をつくのは良くない」というのは簡単だけど、実は結構解決の難しい話題。

嘘にもいろいろあり、明らかに人をおとしめるための、詐欺などの嘘もあるけど、一方で佐村河内のような虚言癖は、自己防御の方が強いんだろうと想像する。

実際、自分にもある程度の虚言癖がある。かなり自覚しないと分からないのだけど、いざという時になると、どうしても嘘を言ってごまかしてしまう。社会人になって気がついて、「あ、俺、嘘ついてる」と少しずつ自覚を強めていくようになった。良くネットネタにされる、「今何してた」って聞かれて「寝てた」って答えるという、アレのもうちょっと高度なバージョンで、それが無意識に発動している。仕事ミスを指摘されると、相手が責めている訳でもないのに、どうしてもそれっぽい言い訳を繕ってしまう。それが日常的に起きるので、自分でも気がつかないくらいだ。だから、嘘をつきそうになると、「本当のことを言わないと」と自分を言い聞かせたりしている。一方で弱音が吐けず、強がり意味で嘘をつく時もある。

嘘をつくトリガーというのがどこにあるかは、人それぞれだろう。自分場合は、いわゆる毒親問題だ。自分の父親は、自分の小さい頃から、何かミスをするとすぐにあれこれ文句を言ってきた。なので、どうしても人と本音で接したくないという思いが強くなる(本音を話すだけ徒労だし、嘘でも言ってその場を逃れないと精神的な圧迫が強いから)。そうなると、自分が厳しい状況に置かれそうになると、どうしても嘘をついて逃れようとしてしまう。

虚言癖を持つ人間を単に「誠意のない人間」と理解するのは難しい。実際、佐村河内もきちんと新垣に金を払ったり、人を集めたり、やるべきと思ったことはやっていたみたいだしね。まじめな人が体調が悪くても「大丈夫です」と毎回答えてしまうのも、虚言癖の一種と言っても良いかもしれない。

といって、「虚言癖を許容しろ」とは言うつもりはない。実際、逃げるためについた嘘で大きなトラブルを引き起こす事例は後を絶たないし、信用してくれた人にも迷惑から虐待する親が自分の子供について容易に「虚言癖がある」と"嘘"をいうこともある(報道ではそう書かれるけど、多分もっといい加減に「こいつが嘘をついてんだよ!」みたいな発言なんだろうな)。だから精神的に弱い人の防御反応としての「嘘」と、騙したりおとしめたりしたいが故の「嘘」は表面上見分けがつきにくい。

佐村河内にしたって最初から金銭をだまし取る目的全聾を装っていたとは、ちょっと考えづらい。「全聾作曲家」というポジションがヒットに結びつくとは、事前には考えられないからだ。どこかで自分音楽的才能がないのをごまかすために「耳が悪いんで」と言いだして、結局引っ込みがつかなくなって全聾を通し、その証明のために障碍者手帳を入手し...、みたいな成り行きかなと思う。だからといって、彼のやったことが一種の詐欺に当たることは否定できないし、それを拒否するものでもない。

ただ、虚言癖を一概に攻撃するだけで終わる病だなんて思ってほしくない。どこかで「嘘をつかないとやってられない」心理的状況があるのだろう。それを「社会の問題」と広げるつもりもないけど、また「一個人の自覚責任」みたいな安易理解で終わらせてほしくもない。まあ、難しいんだけどね。ぶっちゃけ言えば、JR北海道の件だって、虚言癖の変形だろうしね。

2014-02-20

アスペルガー症候群診断基準変更、の報に、

ASD診断基準変更、の報に、これからアスペルガー症候群じゃなくなりそうな一自閉症者が思うこと」(ここまでタイトル)

DSM改定で「アスペルガー症候群」の診断名がなくなったらしい。「社会コミュニケーションの障害」「限定した興味や反復行動」に絞った結果、有病率は1/4程度に減ることが見込まれるとか。自分大学時代に診断を受けた「アスペルガー症候群」の人間になるのだけれど、まっさきに思ったことは、「なんだかなあ」だった。Twitterで呟こうと思ったらひどく長くなってしまったので、匿名ダイアリに投稿してみることにした。昨今いわれる「一記事800字ルールから大きく逸脱していて読みにくいと思うのだけれど、勘弁願いたい。

アスペ本質は「心の理論」の障害じゃなくて、感覚の取得機能の異常(異常というか、「社会適応必要情報だけを拾えない)だ、という風に、(旧診断基準では「アスペルガー症候群」と診断されていた)自分は考えている。考えている、だけだとアレなので、一応つけくわえると、以前、お世話になった先生に確認したところ、「その考えは間違っていない」というような事を言われたので、おそらく間違えてはいない(一応、そんなような研究結果もあったと記憶している。まあ、私は学究者ではなく一当事者なので、エビデンスが若干いいかげんなのは許してもらいたいのだけれど。

人間感覚には、いまどきのカメラのように「オートフォーカス機能がついている。それも、大変高性能な。これが、オートマじゃなくってすべてマニュアルなのが自閉症(=アスペルガースペクトラムだ。たとえば、誰かが「それ」と言って何かを指差したとする。定形発達の子供は、「指示の対象目線を向け、そ話者が何かしらの指示または主張を行うに備える」という一連の処理を、ごく自然に身につける。しかし、自閉症者の視界は、蟻の視界だ。「特定の範囲の、限られた情報」だけを拾うことができない。まず、「人間輪郭」を意識するのが難しい。うごき、を俯瞰してみることができない。そして、「手振りの意味」を理解するのには、もっと時間がかかる。

差した先を意識すればよい、と学んだとしても、その後がまた大変だ。自閉症者のせまい視界は、「それ」として指し示された物体「以外のもの」を意識できない。あたかも同化するように自閉症者の意識は「それ」とひとつになってしまう。指示、という行為の先にある意図へ辿り着けない。本人の記憶にも残らないような小さい自分に、こんな小さな「ロス」をくりかえして、自閉症者の社会能力定形発達者のそれからどんどん遅れてゆく。

自閉症者は往々にして、「世界自分とのあいだに、一方通行の分厚い硝子の壁がある」という表現をする。入ってくるものは、とき自分たちに害を与えるけれど、こちらがわから触れることはできない。氾濫した感覚世界に、ドナ・ウィリアムズが自著のタイトルとして記したように、「何者でもなく。どこでもいない」自分けが残される。興味が限定されるのは、何かしらア・プリオリな原因があるわけではない。単純に、あまりに「細かすぎ、多すぎる」情報の波に晒されていることの裏返しだ。自閉症者は、その複雑すぎる世界規則化するために自らひねりだしたルールにより所を求める。あるいは、数字言葉などの「より強固で、確実な」曖昧さの無い世界に逃避し、没入していく。

さて、ここで重要なことがある。成長が遅い、ということは、「いずれ追いつく可能性がある」ということだ。IQが高い場合は年齢が上がればコミュニケーション能力は(或る程度は)向上する。限られた環境であれば適応できるようにもなる。IQが低いと、成長速度が社会要求する適応レベルに追いつかないので、わかりやすい「知恵遅れ」になる。旧DSM水準においては、診断の多軸性、「コミュニケーション能力の障害」以外の細かい部分こそに、自閉性の障害の本質があったように思う。高機能自閉症者(これまでの診断基準でいう「アスペルガー症候群」、言語機能に遅れがあるものは「高機能自閉症」)は、往々にして、その能力努力によってコミュニケーション能力が向上させ、また、社会の中で自分が受容されるポジションを獲得し、
たかも「社会適応した」かのように振舞うことができるようになることもある。けれど、知覚過敏や感覚から来る負担の大きさ、ある種のデリケートさ(適応しても処理量は変わらないせいで疲れやすい)、過集中傾向、カクテルパーティ効果への適応不可能などは歳を重ねてもあまり改善しない。二次障害との複合で、ひどくなる場合もある。そして二次障害。我らが最大の敵である二次障害だ。慢性的感覚的に、また社会的ストレスを受ける環境による鬱や神経症PTSD様の症状(瑣細な感覚刺激からフラッシュバックを起こし、日常生活に支障が出る)なども、かなり改善させづらい。というより、社会に出ている多くの自閉症者は、コミュニケーション能力の障害以上にこれらに苦しめられることとなる。これらの人間に、「アスペルガースペクトラム」の診断基準から外れたとき医学はどのように対応するのだろうか?

私事になるけれど、自分二次障害への対応に、かなり苦労した。「病気になる原因」というのが感覚的な特性と、それによって経てきた生育環境に大きく拠っているために、一般的治療方針アドヴァイスがあまり役に立たないためだ。普通人間は、ごくふつうの家庭で(母親は多少厳しくて神経質だったけれど)そこそこ健康に育ったにも関わらず、重篤なフラッシュバック症状(いわゆる「自閉症パニック」の主原因になるもの)を抱えたりしない。精神科、に行って自分が求めた治療を受けられたケースはとても稀だった。最初の二件くらいは適当に薬を出されて、経済的継続困難なカウンセリングを勧められて終わり。結局、これではらちがあかない、と感じて(また、「はっきりさせるために」)実家に帰って診断を受けてきた、知的障害者向けの施設外来先生、そして、某k橋先生(統合失調の大家である)との出会いが、自分にとっては得がたかったけれど、必要治療を受けられないままの人は未だ多いと思う。数年前にアルバイトを探していたとき、2ヶ月ほど支援センターにお世話になる機会があった。自分大学時代と比べてこの数年、随分とサポート体制が整ったのだな、と感じて感心した(そして、その実現に走り回ったであろう人々に敬意を覚えた)、それからしばらくしての今回の報だった。

未だに「心の理論」ありきの「アスペルガー症候群とは」みたいな文章はよく見る。精神医学世界って当事者も臨床も置いてけぼりなんだな、遅れてんなあ、というのはずっと思っていたけれど、今回の改編でよりその印象は強くなった。二次障害が軽くなって、今の生活が忙しくなるにつれ、自閉症を取り巻くもろもろの社会的状況に興味を向ける機会が減ってしまったので、偉そうに論じる権利は無いのだけれど、「まだこんなに遅れているの?」と、失望にも似た気持ちになったことは否めない。

私は診断をうけたとき、その時点で、もともと積極奇異タイプだったこともあり、社会能力自体はかなり改善していた。コミュニケーション能力に重きを置く診断基準だと、今はそのように診断されるかかなり怪しい。当時は、二次障害が今より重かったのに加えて、義務教育期間を終えたことで、それまでの細かな「不便(大学でお世話になった先生曰く『目に見えない腕の欠如』」がいちどに明らかになり、社会的な困難が顕著になっていた時期だったため、「診断が下っている」ことに、自分自己分析の面で、そしてひとから助けを得る上で、随分と助けられた。この障害がときに致命的なのはコミュニケーションの障害よりもっと前のステップ感覚すること、世界に。社会に働きかけること、「関わる」ことそのものに困難を抱えるからだ。「コミュニケーション能力」だけに重きをおいて、障害の本質をばっさり切ってしまった新基準に、本来の意味で自閉性の障害を抱えた人間たち(ここ数年で顕著になったように、世間においてけして少なくない)を、フォローできるとは思えない。

自由業で不安定な生活なので、定期的に、「障碍者手帳を得るべきか」に迷うのだけれど、この機会に行動すべきかなあ、と、また、少しだけ迷っている。職種的に実感する機会は少ないのだけれど、「診断を持っている」というのは、「障碍者の枠に入れられる」ということであると同時、「自分の特異性がア・プリオリものとして理解され、社会的に許される」手続きでもある。<そして、負担の多い日常に対してシステム的なバックアップを受けられる、というのはとんでもなく大きい。

以前は、手帳を取るなんて甘えだ、と思っていた。実際、生活しはじめると、やるべきことをやるために、使えるものを使わないことこそ甘えなのではないか、と思う。今のうちに診断書もう一回出してもらって、支援センター相談に行くべきかなあ。けれど、ここまで「診断されない人間が出る」ことに異を唱えておきながら、自分はいつも立ち止まってしまうのだ。生きることに混乱を抱えるのが、自閉症特有事象であるはずはない。そんなことは重々承知していて、その上で、おそらく定形発達であれば経験しなかったであろう経験を、自分は重ねてきている。そして、思ってしまうのだ。自分のこれは、この、抱えた差異と、それによって生じる無数の困難は、自分経験し・乗り越えてきた沢山のことは、果たして「障害」なのだろうか、と。無論、この逡巡が、社会的に「障害」とみなされるか、サポート必要とし、サポートを得ることで社会構成員としての生活を送ることへの困難が軽減される人間存在するか(そして、自分がそのサポート必要としているか)、という観点とは、デリケートながら別の問題だ、ということも重々承知しているのだけれど。

2014-02-10

http://anond.hatelabo.jp/20140210023721

いくつか記事見たりはてブ見ても「誰?」って反応なかったから驚いたのね。

やっぱはてなに寄り付く人たちってスノッブ気質の人が多いんだなーと思ったわ。

現代音楽とかクラシック界とかまったくわからんし、お偉いらしい先生様とか登場人物誰も知らないしな。あ、キダタロー氏は知ってた。


大勢の人を騙したなー! 被爆者/障碍者という神聖にして侵すべからず存在を騙ったなー!(建前)

この純粋で凡百とは違うきらめく感性を持った俺様が認めてやった美しい幻想を打ち砕いて恥をかかせやがったなー!(本音

って、「一杯のかけそば」だな。

まあ汚い手法だったとは思うけど、かんたんに付け込んでがっぽり儲かる入れ食いの生簀があったから網突っ込んだってだけの話だもんね。

2014-01-15

彼女が味覚障害っぽいので婚約破棄したい

俺の彼女って味覚障害かもしれない

おれはコロッケメンチカツなどの揚げ物にはソースをかける。

100歩譲っても醤油

 

だけどおれの彼女ポン酢をかける。

正直理解できない。

コロッケすっぱくしてどうしたいんだろう

それを指摘したら「何を掛けるかは人それぞれだし」って言い返された。

別にお前が変なのはかまわんが、子供が生まれて真似したら

外で子供が恥かくだろうが

でも、それでもまだあいつは

おろしポン酢ハンバーグとかは?」とか言ってる。

おろしポン酢コロッケメニューにしてるガストがどこにあるんだと言いたい。

あいつは普通の味覚の問題を、個人の嗜好の問題とごちゃまぜにしている

だって鍋物のときポン酢を使うけれど、コロッケポン酢おかしいだろ。

ちなみに、

目玉焼きの時はソースでも塩コショウでもしょう油でもソースでもいい派で

シュウマイはしょう油派

コロッケは時にはソースもあり派で

メンチカツポン酢が絶対正義派らしい。

どんだけ派閥を作りたいんだ。

昔の自民党か。

小泉純一郎が出てきて全部ぶっこわしてくれたらと思う、まじで

でもやっぱ冷静に考えたら彼女は味覚障害なんじゃないかと思う。

これってやっぱ障碍者ってこと?

子供生まれたら遺伝とかするよね。

怖いから婚約破棄しようと思う。

今のうちわかってマジ助かった

http://anond.hatelabo.jp/20140115140637

2014-01-07

左翼人達って貧困問題だったり性差別問題、障碍者問題だったりでは

持てる者から持たざる者への所得転移による社会活性化という視点で大体一致してるのに

なんで少子化子育て問題になると逆なの?

恵まれない独身や子無しから奪った所得を恵まれた子育て世帯に与えるって

おかしいと思わないのかな?まさに貧乏から金持ちへの所得転移なんだけど。

子育て支援少子化が止まると思っているのは

金持ち減税で格差がなくなると思うくらいにおかし

子供のいる世帯優遇しても、子どもの数は増えないよ

少子化対策として一番有効なのはまだ子供がいない人達境遇改善

なのに逆をやってるから子育て支援をすればする程少子化は加速している

2013-12-27

AI学会の表紙が批判されるならどこからダメ

ジェンダーというもの歴史的にとてもデリケート表現なのはわかった。

それが公的な機関メッセージとして発表されてしまったせいで

こうも批判されてるのもわかった。

で、思うんだけど、こういうのってどこからがOKでどこからダメ何だろ?

同人誌の表紙、商業雑誌の表紙、学会誌……

あと、趣味世界にはそれこそ差別だらけの表現とかあると思うけど

どこまでがOKなんだろ?

なんか昔の漫画で「めくら」という言葉が書き換えられたとかあるよな?

あと差別的表現があります時代背景を考慮し原文に忠実に…みたいな注意書きも入ったり。

今たとえば障碍者差別的ととれる小説を書くと、批判されるのかな?

でもフェチズムの赴くまま自由な表現して共有したい時どうすりゃいいんだ?同人誌

2013-12-14

http://anond.hatelabo.jp/20131214145045

子持ちは自分達を障碍者黒人に喩えるけどさー

どこの子持ちが自分たちをそう例えるか教えて欲しいが。

そこで少なくとも障害者黒人を並べるのは非常に危険だと言う事も理解しておいた方が良いとは思うけど。


生き物はすべて種としての存続が大事なんだから子供が出来たらそれを第一優先にするのは当然。

子供を作らない人間が居るなら他の子供のために尽くすのが当然。

どの動物界でもそのように出来てる。

差別云々じゃなくて生物としての最低限の義務だということを理解しろよ。

「子持ちの『優遇されて当然』という態度がむかつく」という意見に対して「障碍者に対して『優遇されて当然と思うな』と言いますか?」みたいに言ってたけど凄い違和感

なんでそこで障碍者が出てくるんだ

どっちかっていったら障碍者にあたるのは子供のいない人の方だろう

子持ちは自分達を障碍者黒人に喩えるけどさー

こっちからしたら逆にしか思えないんだよ

結婚できない女性はブスやコミュ障だったりするし、結婚できない男性は不細工だったり低収入だったりする

結婚しても子供に恵まれない夫婦貧乏だったり持病があったりする

愛する人と結ばれて、自ら望んで子供を産んだ人達は恵まれた幸せ人達でしょう

まりどう考えても差別されてるのは子持ちじゃなくて、子供がいない男女の方なの

それを何故か逆にとらえて、持たざる者から持つ者への奉公を指して「弱者に対する配慮」みたいになってるから歪んでる

逆でしょ?弱者強者に虐げられてるのが子持ち優遇の現状だよ

障碍者と健常者で言うなら子持ちは健常者だし、白人黒人で言うなら子持ちは白人

あんたらはまったく弱者ではない

2013-12-07

http://anond.hatelabo.jp/20131207003125

だがしかし、いつどこで、「弱者」に「強者」が与えないといけない、と決まった?

それは「強者」が余裕がある時に初めて出来る事。

主としての繁栄を考えれば「弱者」でも同じ種なら残しておいた方が良いだろう、ということからだろう。

または、人間社会おいては、「強者」がその人自身の力よりも、生まれを含めたまたま運でのし上がった場合にはそれを分配するのがよしとされる。

(自分の力、と言っても、人の何十倍、何百倍稼いでたりするのは別にそこに能力差が何百倍もあるからではないので、やはりそこにも運があるから。)

障害者に関しては、ある意味「運」が悪かったわけだが、それを助けられるのはあくまで「強者」が余裕があるときに限る、と言う事をきちんと理解すべし。

あなた視覚障碍者にぶつかって怪我をさせても、足が痛いじゃねえか!と被害者面するの?

今の日本社会ではまずないが、時と場合によってはそのような事もありえる。被害者面、するのではなく、強者弱者を単にねじふせるだけだが。

http://anond.hatelabo.jp/20120520120930

被害者ねえ

実際には「発達障害者」は一方的に弱者だと思うんだけど。

定型は圧倒的な有利な立場にいて、被害者になんてなり得ないのに。

あなた視覚障碍者にぶつかって怪我をさせても、足が痛いじゃねえか!と被害者面するの?

2013-12-03

http://anond.hatelabo.jp/20131202235631

チビの話題になると毎回「ハゲや不細工は罵倒していいけどチビ馬鹿にされると激怒」するチビが現れる。

男の不細工は(女と違って)人生おいて大したダメージいからバカにしても笑って許されるが、男のチビマジで悲惨から馬鹿にするのはダメなのかもな。

要するにチビ障碍者と同じ扱い、

2013-11-16

歩けない人を助ける機械ができるだろう。手の代わりの機械もできるだろう。いつかの未来には目だって、耳だって、声だって助けてくれる機械が出るだろう。

でも、考えてくれる機械はできるのだろか。仮にできたとして、それは知的障碍者を救っているのだろうか。その時に考えているのは誰なんだろう。また「アルジャーノン」のように外科手術で知力が得られるのだろうか。それ以前に、知的障碍者は、他の障碍者のように、その障碍を解消したいと望むのだろうか。自分障碍者だと認識できているのだろうか。

2013-10-24

http://anond.hatelabo.jp/20131024131046

こういう男って本当に無責任だよな。重度の知的障碍者施設に一週間でも放り込めばまず同じことは言えまい。

誰が何を言おうが増田意見が最優先、絶対だから増田が嫌なら嫌、それでいいんだよ。

男は自分の命かけて産むわけでなし、適当な事いってんじゃねーぞと一言言えばそれでOK.

聞き入れる必要なし!

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