はてなキーワード: 鎌倉時代とは
まぁ私の事なんですけど。
父、祖父、曽祖父の代からの共産党主義者。もっとも共産党員なのは祖父と父で、曽祖父は単に支持者だったそうだけど。
祖父が亡くなった時に、志位和夫委員長から弔電が来ていたらしいので、そこそこの党員だったのだろう。あまり良く知らないのだが、祖父宅には宣伝チラシのようなものがおいてあったり、客間におそらく党員が集まって話してるのをよく見た。
父は党員だけど労組の活動がメインみたい。むかし、隣の市で共産党系の市長が出そうだった時に開票所に連れて行かれて「不正が無いか見ておかないと行けない。お前たちの未来にも関わることだからな」と言われた。月に2-3は活動して座談会いったり年1くらいデモしたりしているみたい。自分は細胞なんだそうだ。
他には政治的なことを言われた記憶はなく、しんぶん赤旗は取ってたものの、私は個人的にずっと朝日小学生新聞→朝日新聞を取ってた。個人的にっても親の金ではあったので、親ありがとう。
私自身のことについていえば、共産党の薫陶は受けたものの、赤旗まつりに行く程度で、しんぶん赤旗の現実味のない論調とニュースの速報性のなさにはがっかりだし、オープンキャンパスで東京の大学をいろいろ見ていたときに法政大学でアジ横断幕見てドン引き。
一応大学で共産党宣言はちょっと見てみたものの・・・ってところです。
あいつら、チベット虐殺について「チベットで暴動があり民間人に死者が出た模様」って軽く触れて終わりとか偏り報道ですよ。CNNもBCCもNYTも見放題の時代に。
なお、赤旗まつりは完全に地方物産市&芸能人講演会となってて政治要素はかなり薄いので面白いです。各地の特産品とかあるよ。
さて、彼のことについて言う。
彼は別に創価学会の企業でもないちょっと名のある企業に勤めていて、友人経由で知り合ってみんなでキャンプやバーベキューしたりしてるうちに仲良くなった。1年半くらい半同棲して、そして結婚に至る。
半同棲(週3くらい同居)のときに、彼がクローゼットに仏壇をおいてるのは気づいてた。とはいえ最初は仏壇?と思ったものの気にしなかった。でもなんとなく気になって、彼がシャワー浴びてるときに仏壇の中を開けたら変な呪文の紙があって「きもっ!!!!!!!」ってなったね。そりゃもう。鳥肌ゾワゾワ。
その日は彼が求めてきても体調悪いって断ったもんね。
んで、帰って創価学会でググッてビンゴ。創価学会の呪文の紙だ(板曼荼羅というらしい)。吐き気を抑えつつも、彼のステータスを考える。有名企業の法務部。年収650万。顔も悪くない。性格もすごく合う。
でもなー・・・と思いつつ、「あのさー・・・もしかして宗教とかやってるの?仏壇となんか呪文?みたいなの?見ちゃったんだよね」って言ってみた。「あー・・・学会員でさ、親もなんだけど。でも創価学会って別に変な宗教じゃないよ。日蓮宗っていう鎌倉時代からある普通の仏教だし、ふつうだよ」って言う。
はいはい、そのへんは全部Wikipediaで調べ済みです。鎌倉時代の新興宗教日蓮宗の、更に過激派の日蓮正宗の、そこから更に分離独立したんですよねーーー。とは言いつつも黙って「え、それ私も勧誘したりするの???」「えっしねーってww まあお前が興味あるって言うなら少しは教えるけどwww 普通の仏教は別に勧誘なんて無いでしょww 学会は普通の宗教だからね。勧誘なんてしないよ」とかのたまった。
(なお日蓮系の顕正会は現在も勧誘がひどいが、創価学会は”現在は”ほとんど勧誘してないらしい。20年前まではひどかったようだ:wiki情報)
彼も祖父母の代からの学会員らしい。三世ってやつか。私は祖父と父が共産党員だけど私は党員でも支持者でもないからなー。
やっぱり彼のことでビックリしたのは、共産党と週刊新潮が本当に本当に嫌いなことかな。2chも嫌い。だけど私が元ねらー(というよりははてな村民でツイ廃なんだけど、ゼロ年代のネット住民によくある程度の浅いねらーでもあった)なことを知ってるせいか、あんまりあからさまに悪くは言わないかな。
たとえば電車の中吊りで週刊新潮の記事を見て「へぇー東京五輪の黒い噂なんだ」と学会とか関係ない話をしたときに「は?週刊新潮なんて嘘とデッチアゲしか無いんだよ?ああいうデマばっかりの雑誌見てると低俗になるよ」と言い出しまして。あとで調べると、週刊新潮は20年ぐらい前から反創価学会キャンペーンをやっていたみたい。共産党は支持層が被るのもあって対立してたみたい。
あと、集団的自衛権とかSEALDsとかの話も「共産党が裏で動いてるんだろ?ああいう連中(共産党)こそサッサと内乱罪で逮捕すべきだよ」と言い出します。これも共産党とは40年くらい対立してるみたい(すべてWikipedia等情報)。
実は、父祖が共産党員なことは彼には言ってないんだけど、大丈夫かなぁ・・・。これはかなりナイーブな事案。っていうか共産党と仲悪いなんて知らなかったんだよね。
普段は本当に温厚な人でバランス感のある人ではあって、パリのテロも「テロは当然許されることではないけども、フランスで起こったということはやはり空爆だけでなくフランスの移民政策にミスがあったということも遠因だろう」とか言ってた(ネットで見る言説と同じではある)。
こういう彼がいきなり特定のことになると過激な発言をするパターン・・・というので思い出すのは、職場の同僚のネトウヨさんだ。
ネトウヨさんは2児のパパで、とてもいい人で温和な感じでFacebookも娘の写真とかが多いんだけどネトウヨで、中韓・最近だと日本共産党あたりの話題になると本当に叩きっぷりがひどい。
ある日「娘と一緒にスイカ割り行ってきました〜〜。まだまだスイカは固くて割れない^^;」みたいなことを言った5分後に「翁長ww売国奴は死ねよwww」「テロに遭う前に韓国人という外患を強制退去させないとな(真顔」とか言ったりする。
彼も、ネトウヨ同僚さんも、このメンタリティは理解できない。絶対的に叩いていいモノ扱いするメンタリティ。正直こわい。
選挙は2回ほどあったけど、「お前はそういう女じゃないと思うし、俺もあんまり好きじゃないけど一応言っとくとできれば公明党に入れて。まぁそういう女じゃないだろうけど」って言ってきた。どういう女だと思ってるんだ!!
話し合ったことはないけど、日蓮正宗とか阿部日顕とか言い出すとまたすごい批判の言説されそう。そういや彼の本棚の奥の方に(隠すように)も彼の実家にも池田大作の本とか人間革命とかあるけど、あれは面白いのか…?この辺もまだ話し合ってない。なんであんなに池田大作好きなんだろう。ネトウヨさんが天皇と日本大好きみたいなもんか?刷り込みなの?
あと彼は創価大学ってとこの卒業生なんだけど、これもキモい。「ふつうの大学で宗教の授業とかは無いからね」「幸福の科学が大学作ろうとしてたけど、あれは授業が宗教的だってことで禁止くらってたけど、ああいうのとは違うんだよ」「司法試験合格率とかも高いし優秀な大学だよ」とは彼の談だけど、ネットで創価大の文化祭の画像を見たら「父、池田先生ありがとうございます」とか、三色に染めた旗・花・階段・校舎・・・キモイキモイ!
あとやっぱり板曼荼羅は呪文にしか見えなくて気持ち悪い。捨ててほしいし、ガチ同居になってから見えるところに配置してるのでせめてクローゼットにいれてほしい。
月に1回くらい、休日接待だと嘘ついて学会の活動するのやめてほしい。会社の学会員の人といってるようなのでギリ嘘じゃないんだけど、それでも。
「そんなに嫌ならなんで結婚したんだよ」という意見出てきそうだけど、そろそろ私も結婚やばい年齢だし、収入や顔のスペック面も悪くないし、3年ぐらい付き合って本当に本当にこれ以上ないってくらい気が合うし、ほんと創価学会だけなんだよ・・・。
変につついて過激な活動家になっても困るので、月1会合と聖教新聞だけならいいか、と放置しています。過激活動家になったり、学会の集まりに私も呼ばれたり、学会に勧誘されたりするならキレて離婚してもいいんだけど、面白いから観察して増田にまた書いてもいいかな。
非常に残念だ。
SEALDsの最大の功績は、これまでのデモの単調なリズムを一新し、より高度で複雑な、知的なビートに変えたことだ。(主張内容に新規性はほとんどない)
5月の時点での「安倍は辞めろ」コールは16ビートであり、メロディー(シュプレヒコール部分をそう呼ぶことにする)は16分の裏拍を使用した複雑なものだった。しかし、それがいまやほとんどのメロディーはアクセントが拍の頭のみに限定された単調なリズムに堕してしまった。「安倍は辞めろ」も単に3拍子の頭打ちのみになっている。(上記リンク)
より詳細に見てみよう。
まずは5月の時点でのビートがいかに高度であったかを説明しなければいけない。
(比較をするには、それ以前のリズムがいかに単調であったかの説明も必要だがダルいので省略)
https://youtu.be/jad6bXYAStU?t=3m51s
タムの4つ打ち。これは従来通りのリズムではあるが、他のリズムとの兼ね合いで4つ打ちのキックの役割を果たしている。
そしてリムショットのような少し高い音が8分裏で入っている。これはオープンハイハットに相当する。
そしてスネアはさまざまなリズムが混在しているが、基本的には16分を奏でている。
この時点で、いわゆるダンサブルな4つ打ちのリズムが形成されている。
その上に、16分音符で(3、3、2)x2のリズムで(ア・ベ・ハ)(ヤ・メ・ロ)のメロディーが乗る。この3、3、2に16分裏拍が使用されており、これまでのデモにはない、非常に高度なビートになっている。高度すぎてメインボーカル(マイクを持っている者)以外はビートに乗れておらず、2拍3連というよりは単純な3拍子のリズムになってしまっている。まあ仕方ないといえば仕方ない。やってみればわかるが、16分の裏拍をずっと続けるのはかなり体力がいる。
しかし、意図としては非常に計算された複雑で高度なリズムなわけだ。そもそも打楽器が複数のリズムを分担していること自体が新しい。これはきっちりはまれば非常に強いグルーブを出しうる。そして、それは人の心を動かす。実際私は、つい鼻歌で「安倍は辞めろ」と歌ってしまっていたほどだ。(思想的には全く賛成していないにもかかわらず)
ところが、法案可決後は先述のように単なる3拍子の頭打ちになってしまった。メインボーカルはまだ幾分16ビートを意識しているようにも聞こえる。しかし、シュプレヒコールはもとより、タムのリズムが完全に3拍子だ。16ビートは雲散し霧消しかけている。
たとえば東浩紀はそれを、念仏のようだ、日蓮宗のお祭りのリズムに似ている、と称する。
https://twitter.com/hazuma/status/644928241774428160
それも非常に的を射た意見で、基本的に念仏、お経は3拍子なのだ。
ナンマイダー、も単純な3拍子だが、日蓮宗のナムミョウホウレンゲーキョウも6拍のビートを打ちながら唱えるわけだが、それは6/8拍子というよりは3/4拍子の8分打ちと言った方が近い。言葉の譜割りでいえば16分なので16ビートといっても良い。つまり、念仏、お経の時点で、3拍子の16ビートというのは鎌倉時代からすでにあるリズムでそれほど新しいものではない。ただしすべてアクセントは頭にある。裏拍が強調されるようなことはない。裏拍強調はずっと続けるのは体力がいるので、繰り返し唱え続ける念仏、お経には適さない。
5月時点では、デモの他のシュプレヒコールも裏拍を多用していた。例えば、「民主主義ってなんだ、これだ」の掛け合いも最初の入りは8分の裏拍だ。そこがグルーブ感を出していた。しかし、可決後のシュプレヒコールはほぼすべてでアクセントは頭。連日で疲れて体力が落ちているから、という同情の余地はあるが、結局のところ、デモのリズムは日蓮宗のお経レベルにまで一気に後退してしまったわけだ。
まあ、お経のリズムが一概にも悪いとも言えない。現に比較的複雑なリズムのお経を持つ日蓮宗、その系譜に属する創価学会は公明党を通じて政治的な力を持っている。というか与党だ。そして法案には賛成。
それと同じリズムではこれまでと同じ、勝てない。
いや、あれは3拍子頭打ちではない。16ビートを打ちに秘めた2拍3連であり、より進化しているのだ。という意見もあるかもしれない。
そうかもしれない。そうであってほしい。心からそう思う。
頑張れSEALDs!
そもそも歴史修正主義という言葉はもともとは歴史学において、歴史を叙述し直すことを主眼とした、歴史学における試みの一つを表す。
一般には、伝統的な歴史解釈に対し、別の可能性(仮説)や、可読性(読み方)を提示する試みをいう。
つまりただ単純に新たな資料から考えなおしてみることを指しておりそこにイデオロギー的な意味等は含まれていない。
有名なものとしては以下の様な物が歴史修正主義の立場から新たな観点として持ち込まれた。
鎌倉時代の始まりについてはニュース記事などになっていたりするので知っている方も多いと思う。
いい国(1192年)つくろう鎌倉幕府という覚え方をした方が多いと思うが現在では1185年の成立説が優勢になっており
中学や高校教育での教科書などでも1185年に改定されている場合が多い。(らしい
というように主に歴史学において使われる言葉ということになる。
ホロコーストは存在していなかったという言説を声高に掲げる勢力が台頭してきた際に、彼らは自らのことを「歴史修正主義者」と名乗った。
つまり、正しく歴史を認識しているのは我々であり正しい形に修正するというような意味合いで彼らは使ったわけだ。
そしてこれらに反発した人たちが当然出てくる。
そして彼らもまた、ホロコーストのように広く知られた事実を否定する「歴史修正主義者」たちを悪し様に言うようになった。
といったような内容を発言する人もいる。
しかしながら私はこの歴史修正主義という言葉そのものが非常に危険なフレーズだと思っている。
通俗的な意味としてwikipediaには以下の様な意味で記述されている。
ある特定の歴史家が、反対者の歴史観に対して、否定的な印象を広く一般に植え付けるためのレッテルとして用いることがある。
この用法による「歴史修正主義」とは、「客観的な歴史学の成果を無視し、都合の良い過去は誇張や捏造したり、悪い過去は過小評価や抹消したりして、
自らのイデオロギーに従うように過去を修正するもの」であったり、「既に修正された歴史観の再修正をするもの」という意味で使用される。
特定のイデオロギーを持つグループが反対グループに対して使用される。
「慰安婦が存在しない等というのは捏造だ。歴史修正主義者はこれだから」
ただ、現状のイメージとして、左派が慰安婦否定論等を使う右派(ネトウヨ)に対して使っているイメージが非常に強い。
特に安部総理に対して使っている記事やはてなブックマークのコメントでもで散見される。
Twitterなどでの論説を見るとレイシズムなどと歴史修正主義を結びつける人がいたり、非常に安易かつ混同した使い方をする人がいる。
もちろん、慰安婦が存在した資料をしっかり示したり、きちんとした言葉で反論するのであればそれは非常に健全であるし、どんどんして良いことでは有ると思う。
しかしながらこの言葉を安易に使いすぎると非常にまずい状態になってしまう可能性があるのではないかと思うのだ。
特定のグループ内で共有されている歴史的に正しいとして考えられている事と正反対の意見を述べるグループに容易に
歴史修正主義者という非常に「ネガティブ」な意味合いを持つ言葉でレッテルを貼るという行為がもし広まった場合、議論が成立しなくなってしまう。
歴史学は基本的に異なる説がいくつも存在しており、その中で多数派であったりするものが教科書などに採用される。
だが、そこには明確な証拠や、非常に練った方法で歴史を調査・推定しているのだ。
ただ、その場で相手を悪し様に歴史修正主義等と批判したりすることが容易に行われた場合どうなるのか? 当然反対意見がのべづらくなってしまう。
なにせ歴史修正主義という言葉のバックボーンにいつの間にかレイシストという意味がはびこってしまっっており、反対意見を述べたに過ぎないのにレイシスト等と罵られる事と同義になってしまうのだ。
もし、南京事件が存在しないという論が日本国内で多数派になった時どうするのだ?
今度は劣勢になった側が歴史修正主義者、つまりレイシストと言われるようになるのだ。
そうなってしまった場合どんなに資料や証拠を突きつけても覆すことが非常に難しくなる。
「正しくない歴史を主張するものは差別主義者であり、キチガイなのだから当然だろう?」
こんな使い方を考えなしにのべつ幕なしに使っていれば自分の首を締めることにもなりかねないだろう。
もし反対の意見を述べるのであれば安易なレッテル貼りを行うのではなくきっちりと資料や発言等を引用して反論することを強くおすすめする。
便利だからってアホみたいに使っちゃ駄目よ。
以上。
「ワトスン、これを読んでみろよ」
「なんだいこれは、手紙か?」
「ただのいたずらじゃないのか」
「少し考えてみようじゃないか。まず雨のくだりについてだ。外で雨が降っていることと、雨が降っていないことは、はたして両立するだろうか?」
「雨が降ることと降らないことが同時に起こるなんてありえないだろう、ホームズ。これはあえて矛盾した文章にしているんじゃないのか」
「いいや違うぞ、ワトスン。雨は全世界で降るわけじゃない。ロンドンで雨が降っていても、パリでは降っていないかもしれない」
「そうか。確かにそのとおりだ。雨が降っているのと、雨が降っていないのは、両立しうるわけだな。でもそれは何を示しているんだ」
「いまはまだ分からない。焦らず次に行こうじゃないか。ワトスン、君はミスター義経を知っているかい?」
「いや、知らない」
「そうだろうな、源義経は日本の歴史的な英雄の名前だ。百科事典を取ってくれ。…ありがとう。源義経については…こう書いてある。源義経は1159年に生まれ、1189年に没した。日本の平安時代末期から鎌倉時代初期にかけて活躍した、源一族の将軍である。天才的な戦術家で、時の支配者を倒したが、悲劇的な最期を遂げ、そのおかげで日本では今でも非常に人気がある。…義経はさしずめジャパニーズ・ナポレオンというわけだ。よしよし、繋がってきたぞ」
「だがホームズ、地域・時代・性別という、三つの理由によって、源義経の母親がナポレオンということはありえない」
「もちろんそのとおりだが…おや、これはどういうことだ」
「どうした?」
「源義経とチンギス・ハンが同一人物だという説があるらしい」
「モンゴル帝国のか?」
「そうだ。チンギス・ハンが生まれたのは1162年頃と言われているから、少なくとも時代は一致している」
「ワトスン、こう考えてみたらどうだろう、源義経はチンギス・ハンの事績が日本に伝わったあと、遡って生み出された存在なんだ」
「まさかホームズ、君は源義経という人物が存在しなかったと言いたいのか」
「あくまで仮説だ。だが、この源義経という人物の生い立ちは、あまりはっきりしないらしい。架空の人物である可能性は高いと思う。他国の人物を自国の人物として歴史に取り込むことはよくあるんだ。マケドニアのアレキサンダー大王がペルシャでイスカンダル双角王になったりね」
「ふむ、わかった。じゃあ源義経がチンギス・ハン伝説から生み出された架空の人物だと仮定しよう、するとどうなるんだ?」
「義経とチンギス・ハンの関係と同じだと考えるんだ。チンギス・ハンはナポレオン伝説から生み出された架空の人物なんだよ」
「君がその目で見たわけじゃないだろう。チンギス・ハンも謎の多い人物だ。当時、モンゴル軍を率いた王は確かに存在しただろう。だが歴史に書き記され、後世に記憶されている、我々が抱くチンギス・ハンというイメージは、実在のチンギス・ハンとは異なるんだ。同じく天才的な将軍であり、ヨーロッパ全土に脅威をもたらし、広大な帝国を作り上げたナポレオンと混同されて、チンギス・ハンという新たなキャラクターとして生み出された。そのような可能性は否定しがたいだろう」
「いや、ありえない、それは受け入れられないよ、ホームズ」
「ワトスン、さっき君は、源義経がチンギス・ハンから生まれた架空の人物であることを、あんなにあっさりと認めたじゃないか。だったら同じ理由でこちらの説も認めるべきじゃないか」
「…わかった、わかったよ。ナポレオンからチンギス・ハンが生まれたかもしれないことは認めよう。だがそれでも、ナポレオンは女性じゃない、母親にはなれないぞ!」
「ナポレオンが男性か女性かを確かめた人間はいないよ。もしかしたら男装した女性だったかもしれない。ナポレオンを描いた肖像画はどれも髭が生えておらず色白で艶かしい」
「いや、でも、信じられないよ」
「もちろん信じる必要はない。ワトスン。ロンドンで雨が降っていても、パリでは降っていないかもしれない。我々はナポレオンが男であり、チンギス・ハンと源義経は別人だと信じているけれど、別の視点から見れば、ナポレオンは女で、彼女からチンギス・ハン、そして源義経が生まれてきたのかもしれない。この手紙の送り主はそういうことを言いたいんじゃないかな」
「いろいろな見方があるということかな」
「そうだ、別の視点から見れば、私たちも二人とも男になってしまうかもしれない。いまとは逆に二人で探偵をやっているなんて想像はどうだろう」
「付き合わない」という選択肢は、ない。いいか?「付き合わない」という選択肢はない。
この国際化の時代に付き合わないなんて選択肢はないの。それこそファンタジー、妄想、夢想のレベルでありえないの。
まずそこを理解しよう。
次に、「武器」はどっちももってるの。しかも「武器に、より金をかけているのはこちら」なの。それでお互い相手のもってる武器にケチをつけてるの。どっちがどうと言える話ではないの。
それから、「お前のものは俺のもの」について言えば、どちらかと言えば「それを『した』のはこちら」なの。
有史以来数千年間のスパンで考えれば、大陸→列島への侵攻は、鎌倉時代の一度(まあ2回と計算しても良いけどさ)。一方、列島→半島・大陸への進出を図っての出兵は、百済の件、秀吉の件、そして明治時代には一時的に成功して国までぶっ建てたの。百歩譲っても「お互いさま」と言われれば感謝されるレベル。むしろ、「蒙古系(元)のやったことへの文句はモンゴルに言え。オレらは有史以来一度も列島へ侵攻なんかしたことねえ」って中国と半島の人々に言われても何も言えないの。
まあ対馬に関しては「何言ってんだこの○○○○」と俺も思いはしたけどさー。でも、ちょっと調べてみると、対馬を代々支配してた連中も結構怪しいぜ? 連中、密貿易を私物化して儲けるために日本列島と半島の間でうまく双方の権力者に顔を使い分けながらコウモリかヌエ的な感じでいろいろ小細工してるんだよね。それ考えると、せいぜい、この前ニュースに出ていた「日本は元宗主国として台湾の独立に力を貸す義務があるのでは?」とかいう、台湾の独立派の与太程度には聞き流せる話だと思う。
一応、論理的思考力はあるようだから、この辺を手掛かりに、再度結論を組み立て直してみてはどうかね。そうしたら少しはその人の言うことも分かるんではないかな。
まあね。君が中国大陸・朝鮮半島の国やその人々に対して「何考えてんのか分かんねえ。信用なんてできるわけねー」ってのは分かるよ。でも、それは向こうも同じ。日本が安全な国なのか? 日本人は何考えてんのか、なんて、向こうにだって分かるわけないわな。違う文化に生きてる違う人間なんだし、そもそも日本が侵攻を企てているかいないかなんて、本当のところオレにも分かんねえもん。なんであれだけの事故があっても原発がなくならないか。半ば公然と「いずれ核開発するためだ」なんてことを、真顔で公人が言ったりする国なんだぜ? 国際的に見て、日本人がおおむね安穏でノンポリで馬鹿でエロくて、でもって愛すべき文化をもつ人間だということは重々オレも実感しているけれども、かといって日本という国が周囲の国にとって公正で平和的で安全な国と言えるかどうかは、オレには分かんねえ。新聞とかTVにさーっと煽られたら、あっという間にこの国はまた正義なき戦争であっても突き進むんじゃないかという不安は常に抱えてる。どこの国も、そんなもんじゃないか?
中間走者として自分がいる。
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秋葉原での無差別殺傷事件で逮捕された青年の両親が自宅前で報道陣に取り囲まれ、会見をした。父親が「謝っても償いきれない」などと謝罪の言葉を述べている途中、母親は急にひざから崩れ落ち、頭をうなだれ、土下座するような形でそのまま動けなくなった。
両親に法的な責任はないが、こういう子どもを育てた道義的責任はある、というのが、日本人の常識的な感覚であろう。
かつて神戸で中学生が小学生を殺し、その首を校門の前に晒す、という異常な事件が起きた。これに関して、儒教研究家の加地伸行・大阪大学名誉教授は、こう書いている。
・・・もし私が加害者の中学生の父であったならば、自裁(自殺)をする可能性がある。私は日本人であるから、親は親、子は子、別の独立した人格であるというような、欧米人流の個人主義的行動をとることはとてもできない。それに、自裁する前に、罪を犯した子を自らの手で処置する可能性さえある。[1,p6]
殺人を犯した我が子を手にかけた後で自殺する親がいても、日本人の感覚からは、同情こそすれ、「狂気の沙汰」とは見なさない。
加地氏は、これを「親と子の血のつながりに対する運命的一体感」と呼び、「欧米流個人主義の立場からは絶対に生まれない感覚や意識」だとする。
こんな所からも、日本人の家族観が現代においても欧米とはまったく異なるという事が窺われるのである。
日本と欧米との家族観の違いは、我々の日常生活でも随所に姿を現す。
たとえば、最近では日本でもキリスト教式の結婚式が広まってきているが、神の前で互いに相手を伴侶とする宣誓をするのは良いとしても、さらに契約書にサインまでするというのは、どうにも違和感がある。日本人の普通の感覚では、「契約」とは他人行儀のビジネス行為であって、それが家族の中で行われるというのは、どうしてもなじめない。
欧米のキリスト教的な家族観では、家族とは男女の個人間の契約を基盤としている。そして神の前での契約こそが、神聖なものなのだ。
また欧米の家庭では、子どもが生まれて大学生にでもなれば、もう親とは別の独立した「個人」となる。ある小説で親が成人した子どもに「これからは友人としてつきあっていこう」などと語るシーンが出てきて、こういうセリフは日本人では思いつかないな、と感じたことがある。
当然、子どもの方にも、年老いた親の面倒を見なければならない、などという義務感は薄い。子や孫との家族的関係を持ち得ないアメリカの老人たちはいかにも淋しげである。
実はヨーロッパにおいても、ギリシア時代やローマ時代など、キリスト教が栄える前は、人々は家毎に祖先の神霊を祀り、それが家族の基盤をなしていたのである。それは古代の日本も同じであり、現代日本人の家族観はその伝統を色濃く受け継いだものである。
古代の多くの民族は、亡くなった祖先の霊は、子孫が祭祀してくれれば、いつでもこの世に戻って来られるものと信じた。日本語で言えば、「草葉の陰」で子孫を見守ってくれるのである。
「死んだらどうなるのか」というのは、常に人間を不安にする疑問であるが、死んでも自分の魂は存在を続け、子孫とともにある、というのは、生死の安心を与えてくれる信仰であった。
また残された子孫にとっても、自分を愛し、育ててくれた祖父母や両親が、死後も見守ってくれる、というのは、その死の悲しみを和らげてくれる物語であった。
先祖祭祀というのは、先祖をキリスト教的な唯一絶対神として祀る、ということではなく、先祖の霊とともに生きている、という生活感覚なのである。それがわが国においては古神道となり、中国においては儒教に発展した。
キリスト教では、死者の魂は最後の審判を受けて、魂は天国か地獄に行く。仏教では、魂は輪廻転生を続け、解脱をしない限り、次は蛇や虫として生まれ変わる恐れがある。
よくキリスト教や仏教を「高等宗教」とし、先祖祭祀などは未開の宗教であるかのように言うが、死後の魂がどうなるか、ということについては、それぞれが違う「物語」を持つ、というだけのことであって、どちらが高等かなどと比較できるものではない。
魂が輪廻転生を続け、解脱をすれば浄土に行ってしまう、とする古代インド仏教が、先祖祭祀を信ずる中国や日本に入ってきた時、その死生観の違いが文化的衝突を引き起こした。
インド人にとって見れば、魂は他の人間か動物に生まれ変わるか、浄土に行ってしまうので、肉体はその乗り物に過ぎない。だから焼いて、その灰はインダス河にでも流してしまう。これが本当の火葬である。
日本で火葬というのは、遺体を焼却した後に骨を拾い、墓に収める。これは本来の意味の火葬ではなく、土葬の変形なのである。古代中国では、人間の精神を支配するものを「魂」と呼び、肉体を支配するものを「魄(はく)」と呼んだ。人間が死ねば、「魂」は天に上るが、「魄」は地下に行く。「魄」を地下で大切に守るのがお墓である。
これと同様の感覚を日本人も持っており、遺骨には死者の「魄」を感じる。戦後、アジアや太平洋の島々にまで戦死者の遺骨収集に行くのも、骨を故郷の地に埋めなければ、死者の魄を供養できないと考えるからだ。
これについて興味深い話がある。昭和45(1970)年日航機よど号をハイジャックして北朝鮮に逃亡したグループのリーダー田宮高麿が平成7(1995)年に亡くなり、「祖国の地に骨を埋めたい」という気持ちから、田宮の遺骨は北朝鮮にいる妻子と日本の家族とに分けられ、新潟県内の家族の墓に埋葬されることになったという。
共産主義者は無神論者のはずだが、異国で死期が近づくと「祖国の地に骨を埋めたい」と願うのは、心の底には日本人の死生観が根づいている証左である。
輪廻転生を信ずるインド仏教が中国に入ってきた時、遺体は焼いて川に流してしまう、という生死観は、先祖祭祀を信ずる中国人にはとうてい受け入れられるものではなかった。
そこで中国における仏教は、魄を納める墓や、先祖の魂を呼び戻して依り憑かせるための位牌を取り入れた。
わが国に中国から仏教が入ってきた時には、このように先祖祭祀を取り入れて換骨奪胎したものになっていたので、比較的抵抗は少なかった。
それでも日本にも仏教の輪廻転生をそのまま信ずる人はいた。鎌倉時代初期の親鸞である。親鸞は阿弥陀仏の衆生を救おうという本願にすがって、浄土に行けば輪廻転生の苦しみから脱却できると説いた。となれば葬儀も墓も先祖供養も不要になる。
しかし、親鸞の弟子たちはその教えに背いて、葬儀・墓・先祖供養を続けた。その後裔たる現代の浄土真宗本願寺派も、墓を作り、葬儀や先祖供養を行っている。
今日の日本では、大方の人々が仏教に求めているのは、墓・葬儀、先祖供養である。そもそもの輪廻転生からの解脱を仏教に求める人々は例外的であろう。これほどに先祖祭祀は日本人の心の奥底に根付いているのである。
仏壇も、墓や葬儀と同様、仏教本来のものではない。中国においては、一族の長の家に宗廟(そうびょう)という別の建物を建て、そこで先祖祭祀を行った。これが後に、祀堂(しどう)や祀壇(しだん)となり、それを仏教が取り入れた。
日本では、これが部屋になって「仏間」となり、さらにはそこに置かれた仏壇が、一般の部屋に置かれるようになった。各家に仏壇を置くという習慣は、中国や朝鮮にもない、日本独特のものであるそうだ。[1,p191]
仏壇には、灯明と線香と位牌がおいてある。灯明は先祖の霊が降りてくる場所を間違えないよう、明るくするためのものである。線香に火をつけると、その香煙に乗って、霊が降りてきて、位牌に依りつく。
そこで子孫たる我々は、降りてきてくださった祖霊に対して「ご先祖さま。おはようございます。今日も一日よろしくお願い申し上げます」などと挨拶をするのである。
今日、自分たち家族が生きていられるのも、亡くなったご先祖様のお陰であり、そのご先祖様の恩に応えて、自分も家族のため、子孫のために今日も頑張ろうと、心を新たにする。これが先祖祭祀に基づく生き方だろう。
核家族化が進んで、仏壇のない家も少なくない。しかし、仏壇のある祖父母の家に里帰りした時などは、幼い子どもとともに、仏壇に線香を上げると良い。幼い子どもは遊びのように喜んで仏壇に向かう。自分がここにあるのも、ご先祖様のお陰だということを教える何よりの機会である。
もう一つ、インド仏教が中国や日本の先祖祭祀と衝突した点は、出家を説いた点である。「出家」とは文字通り、家を出て、財産への執着や家族への愛着を振り切って、個人の解脱を求めることである。
しかし息子に出家されたら、その家は断絶し、先祖の霊を祀る子孫がいなくなってしまう。個人的な解脱のために、先祖の霊をさまよわせ、子孫の未来を奪うのは、先祖祭祀の立場からは、とんでもない「不孝」と考えられたのである。
そこで中国や日本においては、「在家」すなわち家族の実生活の中で仏教を奉ずることが理想とされた。聖徳太子は在家の長者・維摩が教えを説いた「維摩経」、および、同じく在家の女性信者である勝鬘(しょうまん)夫人が仏道を説いた説いた「勝鬘経」をとりあげて注釈書を書かれた。
前述の親鸞は、聖徳太子を「和国の教主」と仰いでおり、その在家主義を受け継いで、結婚し、子をもうけている。今日でも日本の多くの仏教僧は、結婚し、家庭生活を営んでいる。
オウム真理教はインド仏教を受け継いで、出家して修行を積めば、輪廻の苦しみを脱して解脱できると説いた。それを信じて家族を捨てて教団に入った子どもたちを、親が返せと叫ぶ。これも「出家」と「在家」の衝突の一例である。
「在家」とは、家族の一員として生きていくことであるから、まことに不自由なものである。「出家」のように好きな所に行って、好きなだけ座禅を組む、などという気ままは許されない。
しかし、その不自由な家族の中で、我々は生まれ、育てられて、大人としての生活を送る能力を身につけていく。まず家族の中に生まれて、育てて貰わなければ、大人として自由な生活を送る事も、そもそも不可能なのである。
さらに成長の過程で自分を育ててくれた親への感謝や、その恩返しとして今度は自分の子どもを立派な人間に育てる義務を学ぶ。このような事が人格の基盤を構成するわけで、感謝や義務の心のない人間は、自由を与えられても、自分の利益しか考えない利己主義者になってしまう。
西欧に発展した近代個人主義においては、ひたすらに個人の自由と権利の拡大を図ってきた。しかし、キリスト教社会においては、神に対する畏れがあり、それが野放図な利己主義に転化する抑止力となってきた。
わが国においても西洋的な自由と権利の主張を鵜呑みにして、家族制度を「個人の自由を抑圧する封建的制度」などと罪悪視する思潮がある。
しかし、わが国においては家族制度が、利己主義への抑止力となってきたのであり、それを破壊することは、利己心の抑制を持たない人間に野放図の自由を与えることになる。都会の雑踏で無差別殺人を行う青年とは、その極端な姿ではないのか。
こうした事件を防ぐべく、子どもたちに単に「生命を大切にしよう」とだけ教えるのでは、「なぜか」が伝わらない。
それがわが国の家族観に従えば、「生命を大切にしよう。生命とは何代ものご先祖様から君たちに伝えられ、そして君たちから何代もの子孫に受け継いでいくべきものなのだから」と教えることができるのである。
先祖供養とか仏壇、お墓参りなどは、すでに形骸化した「葬式仏教」の遺産であると考えがちであるが、それらは我が先人たちが産み出してきた工夫なのである。そこには先祖から子孫へと連綿とした生命のリレーの中で人間を捉える伝統的な家族観が生きている。
その家族観の深い思想を知らずに、単に古くさいの一言で片付けながら、新しい家族観を産み出すこともできずに、社会的混乱を招いているのが、現代の日本人ではないだろうか。
これではご先祖様も草場の陰で嘆いていよう。
(文責:伊勢雅臣)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4569603084/japanontheg01-22%22
んなこたーない。それは近代西洋基準での狭義の「アカデミズム」にすぎず、それは西洋だってニュートン以後徐々に形作られてきたものにすぎんよ。
東大の起源?昌平坂学問所からは普通に研究機関になってるけど?
日本で長い伝統のある大学がない(高野山大とか龍谷大とかは遡ろうと思えば平安時代や鎌倉時代まで遡れるし、仏教研究に関して言えば非常に高水準だが)のは、単に支配階級や支配イデオロギーがくるくる変わっていたからに過ぎない。不動の一神教があったヨーロッパ(やアラブ)と違うのはそこ。藤原氏の大学や金沢文庫や足利学校が長続きしなかったのは権力闘争の結果だし、それであってさえ延暦寺は信長・秀吉・家康が世俗化を推し進めるまでは学問の一大拠点だったし、そして家康の湯島聖堂→昌平坂学問所の流れは蕃書調書などを経て東大まで繋がっている。
鎌倉時代以降、「わが君は」より語感のすんだ「君が代」と変わったそうです。
http://www.genki-ehime.jp/kimigayo.html
http://clarawieck.blog.ocn.ne.jp/musicmusic/2009/03/post_a129.html
http://kaijyuu.chu.jp/kokoro/kimigayo.html
これを読むと、もともとは長寿を願う歌が、
というか、変な訳し方した、バジル・ホール・チェンバレンってやつも悪い・・・きがする。
君が代は
さざれ石の
巌(いわお)となりて
苔(こけ)のむすまで
汝(なんじ)の治世が幸せな数千年であるように
われらが主よ、治めつづけたまえ、今は小石であるものが
時代を経て、あつまりて大いなる岩となり
神さびたその側面に苔が生(は)える日まで
A thousand years of happy life be thine!
Live on, my Lord, till what are pebbles now,
By age united, to great rocks shall grow,
Whose venerable sides the moss doth line.
弔い問答 その2
ttp://indai.blog.ocn.ne.jp/osorezan/2010/03/post_82b7.html
南 もっと問題なのは、おそらく『クレヨンしんちゃん』以降には家族マンガはでませんよ。だってここから先、一人しかいないもの。あれは大変な問題なんです。
家族マンガというのは、およそ三十年間近く『サザエさん』が独壇場だったんですよ。ところがその後、一九九〇年代に『ちびまる子ちゃん』が出たんですよ。この二つの決定的な違いは、じいさんの存在感なんです。波平さんと舟さんは家長としての存在感を持っていますが、『ちびまる子ちゃん』のじいさんは、からかわれる道化みたいな役になっています。でもまだ一応三世代なんです。事実上、核家族ですが。
ところが次の『クレヨンしんちゃん』が団地住まいの三十歳前後の夫婦に、五歳の手に負えない息子がいるという完全な核家族。ここから先に家族はいないですよ。
『サザエさん』には構造的に非常に優れたところがあって、あのマンガは、日本人が必ずどこかに自分を位置づけることが出来る。そのポイントは、マスオさんです。マスオさんは婿ではない、フグ田なんだから。だけど、あたかも婿であるかのように振舞っている。ということは、婿入りした男は全部そこに引っかかっている。『サザエさん』には、じいさん、ばあさん、親子関係、兄弟関係もあるが、実は叔父や姪と甥の関係もある。タラちゃんは弟じゃない。すると日本の家族構造として必要な要素が、全部そこで見えるようになっているんです。これはもうないんですよ。そして『クレヨンしんちゃん』の先はない。
『サザエさん』に対応していたのが、日本仏教の伝統的な教団で、おそらく事実上の核家族である『ちびまる子ちゃん』と『クレヨンしんちゃん』の世代に対応したのが、たぶん創価学会や立正佼成会などの新宗教ですよ。
その後、家族がなくなったところ、つまり単身者みたいなところに、もろにコミットしてきたのがオウム以降です。オウムの特徴的なのは「出家」と言うでしょう。鎌倉時代以来初めて、日本の宗教者が出家ということを真っ向から言った特異な例なんです。
私はオウム問題を、未だに完全に処理出来ていないんです。とても重要な問題で、日本の仏教は逃げまくっていると思いますからね。「オウムは仏教じゃない」と言っただけではダメなんです。「仏教じゃない」とは言いがたい側面があるから、ちゃんと処理しないといけない。
しかも特徴的なのは、「出家」を言った指導者が、出家者じゃないというのが日本的なんです。麻原は在家修行者です。人を出家させても、彼は結婚して、子供をつくっている。非常に日本的なんです。一方、同時に出た「幸福の科学」というのは、全国統一神理学試験というのを教師の選抜にやっていたんです。あれは共通一次テストがモデルです。学生みたいな人間を信者に想定している。つまり学生とは何か。家族を持たない世帯者ですよ。
世の中の秩序には2つあると思う。
1つは、法律など、表立った秩序。あるいは上から下に向けて作る秩序。
もう1つは、下からの秩序。法律とか政令とかないけど、庶民の間で常識的に通用するきまりみたいなもの。
両者は違うし、対立することも多い。たとえば、駐車禁止の場所にちょっとだけ駐車するとか、速度制限を5キロか10キロほどオーバーとか。自転車の二人乗りとか。大学の歓迎コンパで未成年の新入生が酒飲むとか。みんな違法だけど、現実にはみんな気にせずに行っている。それを悪いという人もあんまりいない。
このように2つの秩序がある。僕は親が固い公務員だったこともあり、杓子定規に、上からの秩序を守るタイプの家庭に育った。親は、そういう意味では後ろめたいことのない人で、俗世間の、法律的にいうとちょっと後ろめたいところのある人たちに対する軽蔑というか無理解を隠さない人だった。
それは、下からの秩序を軽蔑してたんじゃなくて、上からの秩序を守らないことを軽蔑していた。
そういう家庭で育った僕は、家ではそういう感じだし、でも一歩外に出れば、俗世間で暮らす。特に子ども同士なんて上からの秩序意識は薄いけど、それでも一定の秩序がそこにある。下からの、自然にできあがった秩序があるのを感じた。僕の家庭はそういうのとは無縁だったので、そういう下からの秩序に、あこがれみたいなものを持っていて、同時に、そういうところでの振舞い方を知らなかった。
今思うと、僕が大学卒業して、公務員には絶対なりたくない、自分になるべく似合わない職業につきたい、っていうのは、下からの秩序がうずまく世界にどっぷりと漬かりたかったんじゃないかなと思う。
違法な世界の秩序で代表的なものは、ヤクザというか極道というのか、そういうヤバい世界。それらの世界は、違法だから、ではアウトローかというと、ある意味、カタギの人よりも厳しい秩序の中で生きている側面もあるという。
それに対して、警察が取り締まるのは、下からの秩序のかわりに上からの秩序を押し付けているとも言えると思う。
でも、下からの秩序なしに上からの秩序は円滑に機能しないだろう。
日本では大昔、奈良時代ぐらいに、大宝律令という憲法を作った。上からの秩序だけど、すぐに有名無実化した。いっぽう鎌倉時代に成立した御成敗式目は、それまでにあった武士たちの間で自然にできていたきまりや慣習などをまとめた、いわゆる下からの秩序を法律化したもので、これが鎌倉幕府が終わったあとでもずっと長い間、参考にされ続け、有効に機能した法律だったという。
今の日本は、政治家が法律を作る。政治家個々にはいろんな人がいるとしても、とにかく上から作る秩序であることは間違いない。でも、下からの秩序を積み上げて、それを成文化する、みたいな法律の作り方があってもいいんじゃないかな、と思ったりする。そういう仕組みが全然ないと思うけど、なんかそういう方法ないかなあと思う。
遠く異朝をとぶらへば、台の水扁、韓の武鉉、露のボリス、米のジョージ、これらは皆、旧主先皇の政にも従はず、楽しみを極め、諫めをも思ひ入れず、天下の乱れんことを悟らずして、民間の愁ふる所を知らざりしかば、久しからずして、亡じにし者どもなり。
近く本朝をうかがふに、天正の光秀、明治の隆盛、大正の奎吾、昭和の角栄、これらは猛き心も奢れる事も、皆とりどりにこそありしかども、まぢかくは前内閣総理大臣麻生太郎と申しし人の有様、伝へ承るこそ、心も言葉も及ばれぬ。
というのはまあ単なる釣りで深い意味はないんだけれども、雪斎先生の引用している平家物語で言うなら王莽はちょっと違うんじゃないかと。
むしろ、当初は有能だったのに栄華を極めるにつれて堕落してきたのは自民党の方だと思う。そういう意味で自民党を平家になぞらえてみたい。そうすると、平家が都落ちしてきたときに入京したのは木曾義仲ということになるが、これがむしろかなり当てはまっているのではないかと思える。
木曾義仲は入京当初は熱狂的に迎えられたが、皇室への介入や京市内の秩序回復の失敗、そればかりかむしろ部下の乱暴狼藉によりたちまち民心を失い、放逐されることになる。この、一瞬のカタルシスと、それに次ぐ無能力への急激な幻滅は現在の民主党政権とどこか相通ずるものがあるように思えてならない。義仲と行家の関係も、小沢と鳩山のそれをどことなく彷彿とさせる。
そこで妄想を敢えて続けさせていただくと、次に政権を取ったのは源氏は源氏でも頼朝一門であった。頼朝は関東以東を勢力下に入れ、西日本を新たに支配下に治めた朝廷と緊張関係にありながら、鎌倉時代を通じて日本を二分支配していくことになる。
これを現代流に読み替えると、民主党は今後党内クーデターが起こり小沢・鳩山らが放逐され、世の半分を支持基盤として確立。一方で、自民党はやがて消滅するも、同じ支持基盤に支えられた保守勢力がやはり世の半分を荷っていくことになる。
即ち、遠からず新生民主党と保守系新党による二大政党が確立するという予言ができることになるのである。いうまでもなくこじつけに過ぎないが、希望的観測をこめていうと、案外ありそうなシナリオではないだろうか?
位牌ってなんだか良く意味が判んなかったですが、こういうことだったんですねー なるほど
仏教は本来お位牌必要としません。われわれは釈尊の弟子であるため、他界では釈尊と一緒になれるはず、特に供養しなくても成仏になれるはずです。仏教の起源地インドでは、お位牌はほとんど飾られていません。
なぜ、日本はお位牌と仏壇が必要なのか、これは仏教の伝来、日本の文化に深い関係あります。
仏教は紀元後1世紀に 中国に伝わり、538年前後日本に伝わってきました。仏教伝来とともに、中国の文化や風習なども伝わってきました。古代中国の儒教では、亡くなった人の名前、官位などを板に記する風習あり、これは最初位牌の形です。
日本においでは鎌倉時代に禅宗の寺院で用いられたが、江戸時代以降一般家庭では用いられた。これは仏教の普及に密接な関係あり。
鎌倉時代に入ると、前時代末期からの動乱で仏教にも変革が起きた。それまでの仏教の主流が「鎮護国家」を標榜した国家や貴族のための儀式や研究に置かれていたものが、次第に民衆の救済のためのものとなっていったのである。さらに江戸時代に徳川家康は、寺院諸法度を制定し、寺社奉行を置き、仏教を取り締まった。また、人々には必ずいずれかの寺院に登録させるようにした(寺請制度)。そのため、今日に至る葬儀を取り仕切る主宰教としての地位を確立した。
仏教普及によって、仏壇仏具は細分化され、お位牌も大量生産の時代が来ました、本来は高価で上流階級しか買えないお位牌は、庶民の間でも簡単に手に入れることが出来ました。
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その大奥があった江戸時代、不倫は打ち首(後に金で賠償)だぜ? 少なくとも江戸時代には悪いことになってんだよ。もっといえば、鎌倉時代には「嫁取り」っていう習慣ができて間男を取り締まる制度ができ始めている。もちろんこれにはキリスト教は関係ない。純粋に治安とか社会情勢のための制度といえる。だいたいお前は/元増田は権力者じゃねーだろw
日本における、敗戦後のキリスト教の影響が色濃い文化に帰属した人たちの価値観からすると悪いことなんです。
では?
大奥とか時代物を見ればわかるように、一夫一婦制自体が最近の物だし。権力者が多数の女性を抱えるのは別に今でもそこまではずれた概念じゃない。
さて、配偶者の同意があったら現行法上では法的な責任を問われない、というのは本当だけど。
相手に配偶者がいるとわかっているのに男女の仲になるというのは、
という発言は、やや、発言者に有利なことだけを集めた発言と言えるので、すこし、是正して欲しい。
どこを是正する必要があるのか、よく分からない。内緒で付き合ってるなら、バレたら法的な責任を問われる可能性があるというのは本当じゃないか。
乱暴な一般論化と言われるかもしれないが、念仏者たちを観察してきた経験上から言えば、
長いものには巻かれろとか、石橋を叩いて渡るならまだしも叩き過ぎて壊すとか、迷って迷って自分ではなかなか決められないとか、お上には逆らえねぇとか、どうせ生きてるの無駄だとか、どうせ俺なんてとか、人の幸せの為に自分を犠牲にしますとか、生意気なこと言うなとか、こういう権力者に迎合しやすくて女々しいナヨナヨな気質を作ったのは全て念仏思想ドグマだよ。
死んでから極楽逝きますとか言ってるから生きるちからが弱っちくなるんだよ。
釈尊はとんでもないスーパーマンで、凡夫はとうてい仏の足元にも及ばない馬鹿だから易しい教えしか救えないとか、経典の批判を直接しない代わりに、浄土三部教以外の経典を聖道門というレッテル言葉で持ち上げ褒め殺しにし、信仰の道を閉ざして有名無実の無用の長物にしてしまった。そんなのは中国のドンランが作った歪曲教義でしかない。
彼らは一見謙虚そうな態度にみせて、実は理想化された釈尊に押しつぶしされた卑屈根性に過ぎない。それは
そして、その信仰の意識すらないものであっても、念仏ドグマの影響に毒された思考のひとをたまにみる。
しかし、
そして、阿弥陀仏も西方浄土も、どこか遠い違う世界にあるのではなくて人間の心が生み出した概念に過ぎない。
現実にはありもしない西方浄土や阿弥陀仏を追い求めるのは現実逃避のオカルトだ。
鎌倉時代の封建社会のなかで権力者に念仏が重宝がられたのは、民衆を無力化して大人しいく飼い慣らすためだ。
法然が仏教を仏に成る宗教から、仏にすがる宗教に変質させたのだ。
だから俺は、織田信長のように念仏嫌いだ。
最近よく、文化、歴史、政治的側面から日本を賞賛するような記事を目にする。
こうした記事に目を通すと、事実と些か異なっていたり誇張されていたりするが、それは別段大きな問題ではない。
というのは、日本がよい国であった、あるいは日本がよい国であるという主張に共感する人が大勢いるという点がこの問題の本質であるのだ。
アメリカや中国といった超大国は多くの国民が国家の象徴である国旗や国歌に敬意を表している。
イギリスにいたっては、移民に対して女王陛下に忠誠を誓うことを義務づけている。
果たして、日本人の我々は国家に対して、象徴たる君主に対して敬意や感謝の念を抱いたことがあっただろうか?
否、我々は教育の中で徹底的に自虐的歴史観、自虐的正義感を植えつけられてしまっている。
そのために、「日本という国は悪である」という固定概念と都合のいい根拠だけを基に、国家の存在意義や価値を判断するようになった。
さらに言えば、国家や君主に敬意を表することは服従を容認することでなければ、その歴史を美化することでもないことに気付いていない人が多すぎる。
我々が脈々と受け継いできた文化や歴史を受け入れるということは、それらの中にあった過ち、例えば諸外国への侵略を正当化することでは決して無い。
にもかかわらず、そうした見当違いの思い込みや政治的な思惑で多くの日本人は日本に対する誇りや国民たる尊厳を失ってしまった。
この元凶は、戦後の荒廃した日本を目の当たりにした今の教育者層が我々を教育してきたことに由来する。
そうした人達にとって、彼らの戦争絶対悪、国家絶対悪というのは理解できないことも無い。
しかし、歴史を少しでも学べばそうした自虐的な価値観を持つ必要性などどこにも無いのだ。
ただし、我々が少なからず犯した戦争などによる過ちを美化することはしてはならない。
それが客観的な歴史観であり、子供たちに国家への真の敬意を示すことになる。
そういった前提で、「日本はすごい国だ」「こういった事をしてきたんだ」という記事を読むことで、内なる自尊心に気付かされるのは至極自然である。
私たちには誇るべき文化や歴史があり、現在では政治的経済的に世界に貢献している。
こういう主張をするとすぐに思考停止に陥り、虚無な反論を試みる人がいるが、「我々にとって」日本が素晴らしい国であることには変わりないのだ。
それが嘘だというのであれば、日本SUGEE!コピペを読めばいいだろう。中には誇張もあるが、概ね正しい。
それを読んでも日本が凄い国であると本当に感心できないのであれば、それも個性であろう。
パスポートを持っている人であれば、こうした文言を見たことがあるだろう。
「日本国民である本旅券の所持者を通行支障なく旅行させ、かつ、同人に必要な保護扶助を関係の諸官に要請する。日本国外務大臣」
我々の中には国を憎み、嫌い、怨むような人がいるが、彼らは大きな勘違いをしている。
あなたたちが憎んでいるのは「政府」であり、「国家」ではない。
政府があなたを小中学校に進学させ、政府が年金を管理し、政府があなたの生活や安全を保護している。
逆に、政府があなたの生活を圧迫させるような政策を行い、政府があなたの意にそぐわないような政策をとっている。
国家と政府の関係は政治学などで論ぜられるところであるが、重要なのは政府と国家を混同している人がいる点なのだ。
もっと言えば、平安時代には政府はなかったがそれと同等の機関が存在したし、鎌倉時代には幕府がその役割を担った。
そうであるなら、自分と国家を混同しその栄華に浸るのは愚かしく、我々の成長によって社会をよりよくしようとするのが真の愛国であり、国家への敬意の表し方である。
我々が政府に搾取され、騙される存在であり続けるのは、何も言わず何もしないからであって、社会の構造を変えるのは意志と行動のみである。
そこから脱却することで、我々は初めて、国家に対して誇りを取り戻すことができるのである。
秋茄子は嫁に食わすなとは、憎らしい嫁には、美味しい茄子を食べさせるのは、もったいないという意味。
秋茄子は種が少ないので、子種ができなくなるから食べさせるなという意味などある。
「なす」は東日本の言い方で、西日本では「秋なすびは嫁に食わすな」と言う。
秋茄子は嫁に食わすなの語源は、意味にも書いてある通り、三種類の説がある。
一般的には「憎らしい嫁にはもったいない」という意味で使われ、同趣旨の諺(ことわざ)に「秋かます嫁に食わすな」「秋鯖(あきさば)嫁に食わすな」「五月蕨(ごがつわらび)は嫁に食わすな」があり、いずれも嫁いびりの句であることから、封建的な家族制度の中で生まれた言葉のようである。
「体を冷やすから」や「子種を心配して」というのは、嫁に対する姑の言い訳から生まれたのかもしれない。
鎌倉時代の和歌集『夫木和歌抄』には、「秋なすび わささの粕につきまぜて よめにはくれじ 棚におくとも」とあり、これが秋茄子は嫁に食わすなの語源ともいわれているが、「秋鯖」などの例もあることから説得力に欠ける。
また、「わささ」とは「若酒」と書き「新酒」のことで、「よめ」は「夜目」と書き「ネズミ」を表し、「酒粕に漬けた秋茄子を美味しくなるまで棚に置いておくのは良いが、ネズミに食べられないように注意しろ」という意味で、本来「秋茄子はネズミに食わすな」であるともいわれる。
しかし、この和歌が語源とであったとしても、「夜目」は隠語であったことや、新年に忌み詞としてネズミを「嫁が君」と言うが、正月三が日のみ使われるのが一般的で秋には使われないことから、この和歌の「よめ」は「ネズミ」を表した可能性があるだけで、断定できるものではない。