はてなキーワード: 願わくばとは
2chのまとめサイトに自分の名前がおかしいということを自虐ネタにしたとされるスレッドがまとめられていた。
と名前をさんざんバカにしていた。
これが①ただのネタで、「小麦 拉麺」という人間はこの世にいない場合、
もしくは②小麦 拉麺が実在の人物で、特定されることを恐れずに、自分の名前で笑いを取りたいと思ってのことだった場合は問題ない。
問題なのは、③小麦 拉麺が実在の人物でありかつ、書き込んだのは本人じゃない場合だ。
なぜそんなことをするのか?
イジめるためだ。
「お前の名前って、世間じゃこう思われてるぜー」と言ってまとめ記事を見せれば「小麦」は傷つくだろうし、
最初に「小麦 拉麺」の名前を書いた奴を確かめようにも、名誉棄損によるプロバイダへの情報開示請求も難しいと思われる。
他人になりすまして、卑猥なことや非人道的なことを書けば名誉棄損だろうが、「笑うなよ」とか当たり障りのないことでは名誉棄損は難しいだろう。
なんという酷いイジメ。
狭いスペースにちっこい文字でぎっしりと自分の体験とそこから得られた面白いぼやきが書かれているんですよ(ぼやきだからいいんですよねこういうのって)
特にEDENは、最初は厭世的というか暗いメッセージだったのが、巻が進むごとにだんだん前向きというか明るいものになっていったのがとても印象的でした。
作品自体はひたすらどす黒い上に終末に向かっていく世界を描いているのに、本人は明るくなっていく。その対照ぶりがすごい面白かった。
リアルタイムでこの流れを読んでいて、作品とまではいかなくとも、外に向けて自分の漠然とした悩みとか鬱屈を、何らかのカタチで外に出そうとすること、
そのために真剣に考え詰めるコトってのは、自分をすくうことにつながることもあるのかな、などと思うようになりました。
ぜひ他の皆さんも、単行本「EDEN」や「オールラウンダー廻」を買い求め、単行本を読んでみてコメント部分の感想を聞かせて欲しいと思います。(マテ
というわけで遠藤さんの最新作「オールラウンダー廻」の7巻の単行本コメントを引用してみたり。
世の中の「しくみ」ってわかってる?
俺40になったけど未だによくわかんね。
かつて我が家の生業は木材店だったのだが、父が具体的にどんな仕事してるのかさっぱり分からなかったので、
高校の頃「手伝わせてくれ。そしてバイト代くれ」と申し出てみたが、何だか現場でひたすら重い角材を担がされただけだった。
次に弁当工場にバイトに行ったが、ひたすら稲荷鮨のシャリにごま油をぶっかけてかきまぜる、という作業を続けるだけで、
これが1パックいくらで売られ、利益がどう分配されるのかさっぱり分からなかった。
さらにイタリア料理店でバイトしてみたが、ひたすら鍋を磨いたり、バジルソースを作ったりしただけで、
なぜ親方が俺の後頭部を包丁の柄で殴ったり、ローキックして来たりするのか分からなかった。
今、漫画家をやっているが、この原稿がどういった行程を経て印刷されて本屋に並ぶのかよく分からないままだ。
若い頃は、世の中のシステムが分からないことが不安だったが、今は何となくわかった振りをしていて、今のところは差し支えない。
まぁ世の中が平和でうまく回っている間は「ボク歯車」でいいんだけど、
どうもここ最近の日本はマイナス成長だの年金問題だの天下りだの沖縄の基地問題だの、
要は「お金」がなくなっただけでこの国はこんなにハリボテだったのね、と思ってたら大震災と原発事故ですよ。
世の中がマズくなったおかげでシステムのポンコツぶりがわかってくるというのは皮肉だなぁ。
とは言え、願わくばこの先もこの国で生きていきたいと思ってる次第なので、
できることといえば「投票する」「デモに参加」みたいな「当たり前」な事しか言えないのが何ともいやはや。
10代の頃なら、「ブッ壊セェー」とか言ってたかもしれんが、実際は何も壊してなんかなかったし。
「システム」や「制度」が最早ポンコツなら、あまりそれに頼らないで生きられるようにするべきだし、
そのためには相互扶助が欠かせないけど、今度はそこにしがらみが生まれるし、それが嫌で都会に来た奴もいるわけで、やれやれ(春樹風)。
とにかく政府やメディアの言うことは信用できんし、学者だって言ってる事バラバラ。
すべてを疑いながら情報を集めて、自分の哲学に基づいて判断するという、楽じゃないがアタリマエのことをするしかないという、何だこのツマラン結論は。
一人のAC体験の先輩として、この問を否定する内容で記事を書く。
今葛藤の真っ只中にいる人には、すぐには受け止められないと思うけど、何かしら伝わるものがあるといいな。
アダルトチルドレンは深刻な問題ではある。
特に「完璧主義」はアダルトチルドレンに共通する特徴であり、これがACの回復を著しく困難にする。
他者からの評価を押しつけられ、自分の感性を極端に否定され続けてきた人間は、自分の現状や目標を自分で設定することに困難を覚える。
「求められていることをこなしている」間はすごく頑張るのだが、少しでもそこから遅れをとったり、間違いを指摘されると急に動けなくなってしまう。
あるいは、外面上は完璧にできていることを装うために、不都合なことを隠しがちで、いわゆるホウレンソウがしっかりできないとサれることがある。
これを、なにもしらないオッサンたちが「最近のこどもはひ弱だ」というが、根本的に間違っている。
また一般的に指示待ちとかアスペと言われる現象もACに起因することが多い。指示内容が不十分だったり曖昧だと、行動しなかったり戸惑ったりする。
自分からイニシアチブを設定することができないほか、権威のあるものに認めてもらわないと行動ができないのもACの特徴とされる。
(実際はそれだけじゃないんだが、ACの人たちは、すべての問題を自らのAC体験に還元してしまう傾向があるため、これを無視することはできない)
AC問題の恐ろしいところは、一度はまると加速度的に状態が悪化していくため、回復が不可能に思えてくるところだ。
ACの人間は、上記のようにACでない人間にはまったく理解出来ない「ささいなこと」で躓き、そしてそのことをいちいち深刻に受け止めがちだ。
世間のACでない人間からは「ささいなこともできないやつだ」として無能扱いをされると、ただでさえ完璧主義なのに、ますます自己イメージが低下し、無力感に囚われて何もできなくなってしまうケースが多々ある。ひどい時には、動けなくなり、ACが関係ないすべてマイナス要素を自らのAC体験に還元することで自分を慰めるしかできないような人間になってしまうこともある。私も一時期この罠にはまりかけた。数年間何もやる気が起きず、ひきこもり続けていたりもした。
それでも何とかなった。その体験から、ACはあくまで認知の歪みであり、その気になれば抜け出せると思っている。
というのを前提にして、一昨日くらいに話題になった記事の感想。
過渡期というか、正念場を過ぎて言葉を発することができるようになった状態だな、と思う。
確かにこの人の母親の歪みは事実だろう。そして、それによって書き手の人が傷ついたのも事実だろう。
でも、その事実にいつまでも支配されなきゃいけないものなのだろうか。
この人は母親の歪みを過去ではなく現在進行形で自分に悪影響を与えるものとして語っている。
表現の端々ではもう過去のことだとか、自立したとか言ってるけど、また囚われている感がある。
しかし困難を感じつつもなんとかその過去のつらい思い出を整理することで、今の自分との間に距離を設けようとしている。
過去が辛かったから今の自分がこうなんだ、とは言うまい、と前向きに考えようとしていると思う。
当然その途中の段階だから、余計なおせっかいを焼きたがる人もいれば、「それは正しくない」という人もいるようだが、
書き手の人はそのうち先の段階に進むという予感がある。
きっと、すごく、頑張ったんだなぁ、と自分の体験に合わせてしみじみと感動する。
問題は、彼女に便乗して「私がアダルトチルドレンになった体験を聞いてくれ」に始まり「今私がダメなのも親のせいだ」って擦り寄っている人たちだ。
yuhka-uno さん、thor さん、私はあなたの味方です。私はあなたの仲間です。
あなたがた二人が何を思おうと、なにを言おうと、なにをしようと、
ほかに世界のどんな人たちや思想や宗教や、あなたがた自身があなたを否定しようと
また、私の頭できるだけ客観的に考えても(純粋な客観なんてそもそも存在しませんが)
この世で少なくとも誰かひとりが、
(中略)
同じく私は宣言します。
ここでyuhka-uno さんに対して、
批判的なことや否定的なことを書いてらっしゃる方々。
あるいは書かずとも、心に批判的なことや否定的な気持ちをお持ちの方。
あなたがたがどんな常識や、論理や、手段や、量的な優位性をもって
yuhka-uno さんを批判したり否定したり、
反論するし、私の心の中には、
あなたがたに反論し続け、反論し切るだけの想いや、
あなたの言っていることは多数派の社会の常識に沿っていて、そういう意味では正しい。
だけど、間違った育てられかたをした人は間違っていて当然であり、それを矯正するために「親は間違っていた」と言って自分の歪みを直そうとしているところに首を突っ込んで何が得られると言うのでしょうか。
歪みをただそうとしている手段を封じて、甘えずに直せとは、言っていることが矛盾しています。
黒さんが見ている世界は、頑張ればできる人間しか生き残れない、恵まれた世界です。
自分が駄目だと思い込んでいる人間は、生まれてから何十年もずっと自分は駄目だと思い続けてきたような人間ばかりです。
少ない努力で報われた経験を積み重ねた人は、自分が正しいと思い、成功経験を積み重ねていきます。
どれだけ努力しても報われない人は、自分が何をやっても間違えると思い、罪悪感を積み重ねていきます。
そして、少ない努力で報われる才能溢れた人たちは、自分の努力がこんなに大きな成果を上げたから自分は正しい、
同じだけの成果が出せないのは自分より努力が少ないからだと言って他人を説教したがります。
本当に不幸な目に遭って苦しみ抜いた人ほど、どれだけ努力しても報われない人がいることを体験から受け入れており、できない人に甘えだ怠け者だと言って追い詰めたりしません。
なんというか、いじめられっ子が、他にも孤立した人を見つけると擦り寄って集団をつくろうとするのに似ている。
その人が仲間を求めているかなんて分からないのに、自分がいじめから救われたいばかりに「私はあなたの気持ちがわかります」といって勝手に仲間ヅラをしているようなそんな感じ。
そんな「ぬるい連帯」をyuhka-unoさんが本当に求めているだろうか?
私は本文を読んで全くそうは感じなかったが、彼女たちは切羽詰まってるからそんなこと考えたこともあるまい。
断言するが、彼女たちの求めてるものと、yuhka-unoさんが求めているものは違う。ぜんぜん違う。
実際に、彼女らの過剰な摺り寄りに対してyuhka-unoさんが、慎重に切り分けを行っているのだが、
そこを読もうとせずに、人の庭でぎゃあぎゃあと騒ぎ立てるのは醜い行為ではないだろうか。
過去が気の毒であったことはわかるが、それを盾にして現在の自分を正当化し、しかもその恨みを世界にばらまかずにはおれない苦しみ。
対等に話ができる状況で、自分たちを意図的に低い位置におき、相手に譲歩をねだるその卑屈さ。
同じAC体験者として気持は痛いほど良くわかるけれども、それは決して私たちが「一般人」と呼ぶ人には伝わらないのだ。
そうやってコミュニケーションを取ろうとすれば、こじれることはあっても何かが良くなることなど絶対にありえない。
ただ自分が嫌なことをされたから、それを返そうという機械的な反応をしているに過ぎない。極めて非人間的だ。
自分たちが醜くて卑しい存在であるということを承認してもらいたいのだろうか?
「醜くて卑しいけどそれは親のかけた呪いのせいだ」というのを他人に認めさせれば何か状況が良くなるのだろうか?
「毒になる親」とか「良心を持たない人たち」を読み返し、AC仲間で共有しあって、自分たちを哀れんで、それで自分の世界が少しでも救われるのか?
いや、哀れんでもいい。「自分たちが悪かったのではなかった」という確認はとても大事だ。
でも、なんでそこで立ち止まっちゃうわけ?なんでそこから先に進もうとしないの?
甘えるなとか言いたいわけじゃないけれど、純粋に疑問だ。そこで立ち止まってて幸せなのかい?
幸せならそれでもいいけど、前を向いて進もうとしているyuhka-unoさんを、自分の惨めな人生に引っ張り込もうとするのはやめたほうがいい。
「なんか嫌なものねぇ。」と多惠子さんが言った。「胃が痛くなってしまう」
「やっぱり?」とわたし。「後味悪いよね。まるであたしがいじめたみたい。」
「私はできるだけ、あの子にも気を配ったつもりだったんだけれど。」
「あたしだってずいぶん我慢したわよ。」
「お互い不幸になってしまう。」
「もっとひどい不幸から逃れるために、あたしを引っ張ったのよ。二人で一緒に耐えましょうってなもんでさ。」
「でも、つっぱねなかったんでしょ。」
「めんどうくさくてね。」
「わかる・どっちにしても、自分じゃないような。」
「そうそう。」
「かかわること自体、間違いであるような。」
「そうそう。」
「どうしてあげればいいのか、わからないわ。」
「わからない。でも、あたしが彼女の望む通りになって一緒にかばいあったとしても、彼女は本当には幸せにはなれない。それはわかる。」
過去に自分を支配させるな。あなたたちの語る言葉には過去しかない。現在も未来もない。それじゃあもったいない。
どれだけAC同士で傷の舐め合いをしても、傷が癒されることは絶対にない。
「西洋菓子骨董店」とか読め。過去を修正したり、傷を治そうとするんじゃなくて、
もうそれはどうしようもないものとして受け入れて今の自分と向き合ったときに、初めて前にすすめるんだ。
ちなみに先ほどの引用には続きがある。
「正しいのは、実はあの子かもしれない。」
「本当にそう思う。みんな他愛ない話してるじゃない。平和でいいな、と思うことある。」
「みんな決して悪い子たちじゃない。楽しそうにしてるよ。もしかしてそれがしあわせってやつかもしれないって。
だけど」
詰まってしまった。多恵子さんも沈んでいた。
その後の気持ちは、今の万倍の勇気を出してさらけ出さないと、言葉にできそうもなかった。
今の自分は、まだそこまでの成長を、幸か不幸か、していないのだということを思い知った。
yuhka-unoさんはこのことを自覚して、勇気を出して先に進もうともがいている。
引用した二人は中途半端な状態でそこそこ満足して立ち止まっている。
二人の将来は交わらないところにある。 そのことを自覚したほうがいい。
アダルトチルドレン問題は深刻ではあるがあくまでもそれは傷痕であり認知の病だ。
それに屈するのも、それを克服して先に進むのもあなたたち次第です。あなたたちの責任です。
アダルトチルドレン問題を中途半端に知って、自己正当化することを覚え、そこで成長を止めてしまった人間は、
そういう人同士で傷を舐めあって生きていればいい。いつまでも後ろを向いて嘆いていればいい。
しかし、その地点にとどまらないで、成長しようとする人の足をひっぱるのだけはやめてあげてください。
そして、願わくば、あなたたちも、今の地点で十分休んだら、立ち上がって前を向いて歩いてください。
大事なのは、肯定するのではなく、過去をひとまずそういうものとして受け止め、そこから未来を考えること。コレしかない。涙が出るほど悔しいけど。
チャリティ番組を養護したり否定したりする気はさらさらないのですが、ちょっと知恵をつけた消費者様が何かに先導されたように24時間テレビの在り方を議論してるような雰囲気でdisってるだけというのが今年も繰り返されそうで辟易しちゃう。
【再掲】外国人も呆れる″エセチャリティー″『24時間テレビ』最大の過ちとは - 日刊サイゾー
最初は過去の記事がはてブで注目されたのかなっと思ったけどなぜか再掲されていたりするのでそうではないみたい
だいたい議論し尽くされた感があるので今年はそれをふまえてやっていただけるとありがたいです。
チャリティ原理原則海外事例が正しいよ主義な人とどんな形であれチャリティが機能している点を評価しようぜ主義な人は今年も不毛な議論をするわけですね。
東京電力に望む物。
何かが発生したときに生じた追加費用(水漏れが起こったら、それをチェック・改修するのにかかった費用)。
これは、なんだかんだ言って国民が負担するしかないんだからな。
何かのミスで追加費用が10億かかりました、なんてのを隠すんじゃないぞ。
これらを最低1日1回更新しろ。
「こんな情勢で正常な精神を保っていられる方が、どうかと思うよ」っていう友人の言葉が何故か耳にこびりついて離れないのだけれど、大学4年間+院浪一年→滑り止め別研究科に行ってしまった僕は将来が怖い。元々身体も精神も弱く、一応それなりには折り合いをつけて二十年間生きてきたつもりだった。けれど、ここ2,3年、辛い。
何が辛いのか良く分からない。自分の無能さも大学入った後から、いや入る前から十二分に理解していたし、自分自身に希望だとかを抱いた覚えは無い。何か取り柄と言えるようなものは無いから、まあせめて大学四年間は良い友達を作ってそれなりに楽しく過ごしていこうって思っていたはずだ。
もしかしたら、院に行こうと思ったのが間違いだったかもしれない。四年過ごした後の皆の進路は8割以上が大学院進学で信念も何もない僕はその流れに乗っかってふわふわと河の流れに身を任せて思考を放棄してただ何となく多数決の理に従っているような感じでそちらへと流れた。
結果、院浪。
日本の経済状況の方がまだマシじゃあないかい?って思える程度の数学力と、そこら辺の学部生よりかは多少マシな程度の専門の知識じゃ、落ちる方が少ないと言われる院に通ることもままならなかった。そうだ、僕はクズだったんだ。
まあ、そん頃にはリーマンショックで悲惨な就活幕開け第一弾、シュウカツイマサラヤッテマニアウノ?友人の言葉や親の言葉。ごめん院浪させて頭下げる。
けれどまあその時でもバイトして生活費稼ぎながら何とか過ごせばいいかって多少は楽観的な思いを抱いていて、その幻想がぶち壊される。生活費稼ぎながらの院試の勉強が、ヤワな甘ったれた精神の僕と身体では耐えられず結局第二志望の所へ。
まあ、それでも。何とか第二志望に受かったから僕は荒縄を買いにホームセンターに行かずには済んだ。けれど、この無駄にした一年間分僕はどう受け止めたらいいどう消化したらしい分からなくて苦しい。
浪人経験者の人は言う、それでも目標目指してきた時期が無駄とは思わない、って。けれど、僕はそこまでの信念を抱いて院を受けた訳じゃないし、研究が向いていないと分かっていながらそちらに行ってしまったのだ。いや、でも僕はも少しだけこのアカデミックな空気に触れていたいってぼんやりと思っていたのは確か。分からない、最初の頃僕は、本当は何を考えて院を受けようと考えたのだろう?
いまさらになって「大多数が進学してたから」なんていう理由であって欲しくなかったと現実に目を背ける僕自身が嫌でたまらない。
就職が怖い、社会が怖い。学部の卒論だって半年はあれだけ死にそうになって、振ればカラカラ鳴るような頭を必死に動かして、何とかギリギリ間に合ったのだ。「学生時代よりよっぽど社会に出てからの方が辛い」っていうけれど、意識なくキーボードを叩いているような毎日が社会に出てから続くようになったら僕は理性を保つ自信はない。
ただ、救いは。何も取り柄のない僕でも、まだ今、生きていられる程度には、社会が寛容であるということ。願わくば、もう少しの間だけ生かせて下さい。それまでには、きっと、ちゃんと自分の足でこの脆い身体と脆い精神で歩くようになりますから。
どうして可愛い女の子ほど、クソみたいな男と付き合ったりするんだろうか。
ちょっと可愛い子と最近仲良くなって、メシとか誘っても結構ノリが良くて、こりゃ脈ありか?と思っていた。
ちょっと高いメシに誘って、よくよく話しを聞いてみたら、彼氏がいるという。
話しを聞くと、背の高いイケメンだが、酒癖が悪く、職場の飲み会で重役に殴りかかった、という。
その後、職場から飲酒禁止を言い渡されて、今でも彼氏とケンカしたときにその話を持ち出すと彼がシュンとするのが面白い、という。
別に彼女のことを好きになってたり、本気で口説こうとまで思っていなかっただけに、逆に妙なショックを受けた自分にちょっとびっくりしてみたり。
それにしても、彼女ほど性格もよくて可愛ければ、もっとふさわしい男(願わくば、その中に自分も入りたい)が他にもたくさんいると思うのに、どうしてそんな男なんだろう。
そんな男と付き合って、そんな男を手懐けるのが楽しかったりするのだろうか。
http://anond.hatelabo.jp/20110507004611
自分を壊して、破壊して、消し去って、削りさって、傷つけて、、抹消して、捨てて、切り裂いて
死がとても綺麗なものに見える
魅入られていると言っても間違いじゃない
「こんな辛い思いをするのならいっその事死んでしまえば良いんだ」と思うのだ
毒をもって毒を制すの言葉通り、自分がしんどさを感じるのなら、感じている自分を殺そうとする
それはつまり、生きる方法の1つだと思う
嫌だから、何とかしようと思う
何とかしようとする方法で、自殺を選んでいる
あまりにも大きな感情の流れを持ってしまった為に、途方にくれて、解決の検討も付かなくなってしまった状態
自分だけでは抱え切れなくなった時に、誰かに頼るのでなく、それでも一人で何とかする事を選んでしまった結果
死にながら生きる事
それは本当に深刻な事だと思う
逃げ場を失ってしまったのだと思う
こうして匿名で書き続けているのも、生きようとしているからなのだと思う
書いて、抱え切れない荷物を少しずつ下ろしていく
他の人の言葉を得れば、またそれだけ軽くなっていく
本当に、しんどい時期だ
山を登るように、本当に少しずつ生きていく
繰り返す過程で、いつしか二度と登れなくなってしまう事もあるのだと思う
自殺は本当に、近くにあるのだろう
この苦しみも辛さも、満足に生きていける程度には軽くなりますように
少しでも役に立てばと思います
その後、停電になったみたいで14日夜現在で IRC には来てません
21:51 ***: 渡波→石巻は橋が全部壊滅なので橋向こうに行けません
21:52 jour: 名取、女川、陸前高田、気仙沼、宮古ともの凄い被害なのに、
21:52 jour: 間の石巻でネットしてる人が信じられないw
21:54 ***: ぶっちゃけ今日の2時くらいまで携帯はつながらんし、道路はやばいことになってるし
21:57 jour: 水は来た?
21:57 ***: 来ましたよ
21:57 ***: でも膝下くらい
21:57 jour: こわい...
21:58 jour: 家にいたら、もっと大変だったってわけか
21:58 jour: 歩き?
21:59 ***: ちなみに仕事場はたぶん帰宅後屋根まで浸水したお
22:00 jour: まじか... 残ってたらやばかった?
22:01 ***: 残ってたら
22:01 ***: 残ってたら
22:01 ***: 残ってたら
22:02 jour: 寒中水泳で住めばいいけど...
22:05 jour: 今住んでるのは海沿いだったっけ?
22:05 ***: うん
22:05 jour: 海沿いに堤防とかあるの?
22:06 ***: チリ地震津波の時に痛い目に遭ったんで
22:07 ***: 大規模な改修工事何回もやって10m超える堤防をがっちり作りました
22:08 ***: 沖合にテトラポットラインを何重にも作って
22:08 ***: 津波ぐらいではびくともしない防波ラインを作りました
22:09 ***: 地元では「壮大な税金の無駄遣い」と言われて叩かれまくりましたが
22:10 jour: 無かったら死んでたね...
22:13 ***: 渡波海岸を見るたびに「ノルマンディー上陸作戦を阻止でもする気なのか、市役所の馬鹿どもは・・・」と馬鹿にしてました
22:14 jour: 会社はどの辺?
22:15 ***: 門脇の方です
22:17 jour: こっちのが内陸なのに、屋根まで...
22:18 ***: まあ「運」ですな
22:18 jour: 停電情報、宮城ほぼ全域とかなってるけど、石巻どうなってるのwww
22:19 ***: 石巻街中はたぶん電気ついてると思います
22:20 ***: さっき日和山の人の書き込みで「海岸近くは真っ暗、裏側は電気がちらほら」と書き込みあったんで
22:21 ***: 渡波除いて・・・
00:15 ***: 空襲警報みたいなサイレンが鳴り響いてる
00:15 ***: イヤな音や・・・
00:15 jour: しょうがない
00:16 jour: テレビで石巻の様子をやってたが、とてもネットとか出来るような状況じゃなかったぞ
00:18 ***: これ橋浦とか市役所近辺しか被害のひどいとこしかやってないでしょ
00:18 jour: まぁ酷い場所しかニュースにはならんね
00:19 ***: うんだ
00:46 ***: うん
02:19 ***: 渡波が4,50cmなのに、隣町の湊が学校の3階まで浸水ってどういうこと?
02:21 ***: 湊は堤防皆無です
02:22 ***: 堤防の差でそこまで変わるんでしょうか・・・
02:22 jour: 消波しないとそんなに差が出るのか
02:22 jour: テトラポットの威力はすごいよ
02:23 ***: 渡波海岸はこのままじゃ砂浜が消えるって言うんで
02:24 ***: テトラポットを埋めまくって、徹底的に消波にこだわったから・・・
02:26 jour: 命拾いですな
02:38 ***: jourさんが行った漫画館に行く時に通った内海橋は全壊らしい
02:40 jour: しかしテトラポットだけで、こんなに被害が変わるとは...
02:42 ***: あと強固な堤防
02:42 ***: 堤防の上から落ちたら死ねそうな高さの堤防
02:42 jour: そんな高いんだ
02:48 ***: しかしニコ動で昨日今日の津波特集見てるが
02:48 ***: ホントにすげえええ
02:49 ***: 災害地は大変そうだ夫
02:50 jour: で、実際何mの津波が来たんだ?w
02:51 ***: よく分からんwwww
02:51 jour: wwwww
02:51 jour: 家にいるときに津波に合ってるんでしょ?
02:51 ***: 渡波はとにかく50cmぐらいw
02:51 jour: そうなのか
02:52 ***: わけわかんねーお
02:52 jour: 目の前から来るのは消波して堤防が防いで、脇から流れてくるのだけって感じだったのかな
02:52 ***: あ、たぶんそれ
02:52 ***: だって海に近いここより
02:53 ***: 内陸の方の小学校の方が波高かったみたいだもん
02:53 jour: 湊小学校?
02:53 ***: 渡波小学校
02:54 jour: 家の裏のほうじゃん...
02:54 ***: だからおかしんだお
02:54 jour: 後ろから巻いてきた...
02:54 ***: たぶん川から横に入ってきた
02:55 ***: 渡波海岸の前面は防波堤のおかげでOK
02:55 jour: この場合は正面食い止めて周りから来た感じだな
02:55 ***: ですn
02:56 jour: 渡波小も3mくらい浸水してるの?
02:57 ***: 行った人の話だと腰の高さぐらいって聞きました
02:58 jour: 渡波辺りは最大で1m未満、湊の方は3m
02:58 ***: 住んでるとこ間違えば危なくjourさんに「食物も飲料水も無い・・・津波がもう目の前に・・・助けて」と断末魔のメール出すとこだったお
03:03 jour: 震源地に対していくらかの障壁があったのが良かったのかな
03:03 ***: 気仙沼は道路と海面がほぼ同じ&障壁無し
03:03 ***: 名取も同じ
03:16 ***: 明日はもう一回お年寄りだけの家とか様子見に行ってくるか・・・
03:29 jour: オレも横浜から歩いて帰ってくる途中、何回か道を聞かれたけど、
03:29 jour: なんかみんなすごく丁寧で、いろいろ安心できた
3/15 21:30 追記
なんか自分が思ってるのとは違う方向に伸びてるなって感じですが、全然OKです。
願わくば、この地域で被災した方と今も連絡の取れない関係者の方々の役に立てばと思ってます。
これ以上の情報はあまりないかも知れないですが、なにか聞きたい事とかありましたら、
Twitter@jour13 までリプライください。
大学に10年も居て(含む大学院)、得たものは学位と資格1つ、失ったものは20代の時間全てと精神安定。<高校時代も大分不安定だったけど、学部の時には殆ど症状が出なくなっていたのにな〜。
この取引が高くついたのかは分からない。
もっと上手くやれる人もいるだろうけど、自分にはもうここまでが限界だと思う。
その事はそんなに(今は)後悔はないけれど。
後輩に相談されると、少し困る。
ドクターなんかやめとけ、マスターでもいいから、とりあえず1回新卒カードで就職しておけ、大学には社会人になってからでもいつでも戻れるから。
そうは言っても、目をキラキラさせて、研究の話をしている若人に、あんまりくさす話もできるもんじゃない。
気持ちは分かるから。分からなかったら大学院になんて行っていない。
そして多分彼は大学院に行くだろう、そしてかつかつの苦しい生活を何年も送るだろう、あのとき先輩に止められた事を思い出すだろう、きっと下の人間に大学院なんかやめとけって言うようになるだろう。
いや・・・分からない。彼は秀逸な論文を書いたり、PDとったり、留学したり、奨励賞をとったりして、研究生活をエンジョイするかもしれない。
これらはどれ一つとして私には縁のなかったことだ。
縁がなかったのは、主に自分の性格と、能力の不足に依ることは分かっている。
しかし彼の性格と能力ならば、それが出来る、と励ましたりは出来ない。
彼より(勿論私より)優秀で、性格的にも問題なかった人が多くドロップアウトしたのを知っているから。
だから研究者なんかやめとけ、と水を差すばかりの嫌な先輩になっている。
一度は憧れた世界の悪口なんか、言いたくないけど。
結局私なんかに相談するなよな〜と笑いながら言うのしかないのだけれど。
しかし、こんな自分にしか相談出来ない後輩が可哀想。(つまり私の下に何年も人が入ってこなかった・・・というか入ってきても1年以内で皆やめた)
下にツリー状に付けたかったけど、いまいち書き方がわからないのでここに書きます。
一瞬だったけど、はてなの科学・学問エントリーに見た事ある文章が上がっていて驚いた。
読んでくれた人、コメントを付けてくれた人がいる。(しかも2人も!)
全員ではないかも知れないけれど、こんな文章に目を通してくれて、感想をもってくれたということだけでも結構胸が熱くなった。
目を通す人は多くて2〜3人だろうと思ったので、ここの匿名ダイアリーの趣旨に反するかもしれませんが、全員にお礼を言いたい。
反感や嫌悪感を感じたとしても、読んでくれて本当に有り難うございます。
そしてコメントをくれた人、皆さんに感謝を。(特に「わかるわかる」「良くある話」というコメントの方、お疲れさまです!)
でも、この状態が「良くある話」であるというのは、あまりに切ない状況です。
この状況を結局何も出来ないでいる自分、せめて身近な一人(後輩の事です)にだけでも何かの手助けをしてやりたいが、上手い励ましや現実的な助言一つ出来ずにいる自分に不満がたまってここに書かせて頂きました。
最終的には祈る事しか出来ない、という事実を思い出させてもらいました。
自分の身一つ救えない人間に、他人を救おうとはおこがましい、出来る事は祈る事だけ、ならば多いに祈ろうではないか。
彼の身に幸多かれ。
世界が中心に躓く。
世界が果てへと向かう。
挑戦が過激にでかくなっていく。
どうしようもなく、それは楽しく。
ひたすらに楽しく、ただ楽しく。
それはホラ吹きに毛の生えた
にわか詩人の淡い願い。
つくられていく。世界が幅を持って、
大きく動かされていく。
完璧さがどうしようもなくのびていくのを感じる。
これはすごい。素晴らしい。
とんでもない。
理解しがたい。
幸福が俺を襲う。
快感にあふれる。
だが俺はじっとしている。
さぁ、真実を見つけ出そう。
文章の中から、本物を見つけ出そう。
また新しい道が作られていく。
さぁ、見つけ出そう。飛び出そう。全てをコントロールしよう。
それが何かなんてどうだっていいんだ。
もとに戻した。
全てをもとに戻した。
全てを。全てを。全部、全部を。
何もかも、終わってしまった。
終了してしまった。
頑張っても防げない。
飲めば健康になる。
飲めば楽になる。
でっていうwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
そんなはずないって分かっているのに。
なんでこんなに楽しいんだ。生きてることが楽しすぎる。
どうしようもねぇ。くっだらねぇ。
触ってみたい。ふれてみたい。そっとふれるもの求めることに夢中で
抱き寄せるよ。静かに、そっと。
傾きかけるよ、誰かのニュアンスに。
さぁ、切りだそう。
さぁ、吐き出そう。
想いの丈。理想のでかさ。
私の知る範囲での事なので、全てには当てはまらないことを前もって言っておきたい。
というか愚痴だ。
理系、特に理学においては、「研究者になる」ということに、憧れを持つ人は少なくないと思う。
そして、一度はノーベル賞を取ってみたいと願い、
(行動はともかく)燃える時期があるのではないだろうか。
しかし、そんな気持ちはゆっくり熱せられ、急激に冷める。
おそらくピークは学士3・4年。研究と勉強の大きな違いにショックを受けるからだ。
そして、卒業研究が、彼らの望む研究とは遠くかけ離れたものになることも毎年のようにある。
彼らに全くやる気が無いわけではない。
1年で(正確には半年強だが)やれることなど、たかが知れている。
時間が不足しているのだ。
だから、担当教員は悩みながら、1年でできる程度の課題を彼らに与える。
不幸なのは、それに気づかず、
「大学ではたいしたことなど出来ない」と見切りをつけていく学生たちだ。
あるいは、エントリーシートの数百文字程度の内容には、なっただろうか?
(ここでの定義は、「最終学歴を大学院として、卒業大学より上位の大学に大学院生として所属すること。
その行為によって学歴はよくなるはずなのだが、己の学歴に対するコンプレックスを逆説的に強めてしまうこと。)
ただ、ネット上や、彼らの中でもコンプレックスの強い人物の心のなかには、はびこっていることだろう。
しかしながら、有名大学の大学院に進学することは悪いことではない。
現実的に、いわゆる上の大学になるほど、科研費その他もろもろにおいて、
資金は潤沢な研究室が多い。
良い研究をするには、良い環境の中でという考えもあるのだから。
問題はその一歩先にある。
大学院に進学したということは、「閉鎖性」に身を置くと同義である。
例えば、
・研究自体が一人=独りで行う
・取り組んでいること自体に特許や機密性を持ちうる
もちろん、例外は沢山ある。持ちつ持たれつで、他の研究室と交流する研究室もある。
これは私の強い主観だが、大学院生が学部生より無気力に感じる時がある。
彼らがモラトリアムを満喫しているのではなく、「閉鎖性」に慣らされてしまったのではないかと、
心配してしまう。
(本来は学部3年で考えておくべき事だが)
博士になるべきか否か?
ここで就職を選んだ人は幸せ者…と言われる(私はこの考えに賛同できない)
理由は明白である。
・学費をさらに3年以上も払いながら研究する金銭的問題。
・視野が狭くなる
あなたは他にも理由を挙げることができる。
いろいろな問題点があるが、ひとまず「閉鎖性」に焦点を絞りたい。
多く言われるのは、「論理的に物事を話せる(ロジカル・シンキング)」だ。
企業にとっては、その研究内容よりも、学部で学んだ専攻が重要だろう。
すると、「どのような閉鎖性を含んだ環境に身をおいたか」が重要になってくる。
・一つの物事に没頭できる環境がある
・日常生活の自由度という点においては、修士が最も高い。学部生には単位の問題、博士には博士号の問題がある。
・時間は研究に削られるかもしれないが、タイムマネージメントをすることにより、効率的に行動を起こせるようになってくる。
・学会発表等の機会が増え、「自分の考えを分かりやすく説明する(コミュ二ケーション能力)」
(社会人には負けるだろうが)
人間関係は学会・バイト・趣味・留学・お隣りの研究室で補うこともできるんだよ。
私はやる気のない受動的な人間ほど、閉鎖性のデメリットをもろに受けてしまうと考えている。
私の立場は、有機化学系の研究に携わり、仕事上ある研究室をちょくちょく訪問する研究員としておこう。
彼らの多くは就職先が決まっているあるいは、博士へ進むことが決まっている。
けれども、以下の状況からは、その能力を疑わざるを得ない。
・彼らは集団で、気に入らない博士後期の学生をいじめ、うつ病に追い込んだ。いじめられた学生は、病気を患ったまま研究室を去った。
彼の将来の生活は本当に闇。
ボディタッチはさすがにないが、下ネタを一日10回以上、同じ研究室の女性へ敢えて聞こえる言う。
担当教員は、セクハラに関して「男が多い世界だから仕方がない」とのこと。
・彼らは集団故に、上記の罪悪感は無い。
・研究に積極的に取り組んでいるのは少数。あとは担当教員の言いなり。
まぁ、言われたことはやれるんです。
だから、発表できる程度の結果は残し、大学院生としての最低限はクリアしている。
・気に入らない人間を探し、悪口とその人の不幸をいうのが日常の楽しみ
人間関係が研究室で完結すると、周りが気にならなくなるからね。
残念ながら、彼らはロジカル・シンキングのできる幼児に「成長」してしまったのではないかなぁ。
彼らは大学院生にならない方が良かったのでは?
学部生の時の方が実はピュアだったりして。
研究室が悪いのか?その担当教員の管理能力が悪いのか?彼らが悪いのか?
私はそういう原因を探る問いが有効な手段ではないと考えている。
出来れば、研究室の自然消滅かなぁ…。そうすると、私の食いぶちがなくなるので困るが。
彼らの人生はこれからも長い。他人を平気で潰していくのかな?
そして大事なモノを閉鎖性のブラックホールに吸い込まれてしまったのだろう。
半年に1回くらい、DQNドライバーに遭遇するわけだけど、今日も、通勤中に、DQNドライバーに出くわした。
自分の車の前に軽自動車が割り込んできて、危なかったので、クラクションを鳴らしたのだが、どうやら、それでDQNドライバーがキレたらしい。寸前で急ブレーキをかけるわ(すんでの所で回避したが)、信号待ちで、降りてきては、自分の車を殴る蹴る。
相手の故意の急ブレーキで追突したら、こちらが100%悪いになってしまうし。降りてきたDQNドライバーを轢き殺すのが自分の精神衛生上1番良いのだが、それではこちらの人生を駄目にする。こんなDQNドライバーのために自分の人生を駄目にするなんてもったいなさ過ぎて涙が出る。一応、防犯スプレー(催涙ガス)は持っているが、それを吹きかける事でさえ、傷害罪か過剰防衛になって手にお縄がついてしまうだろう。
こういうDQNドライバーに出くわしたらどう対応・処置したらいいんだろうか?
もちろん、「君子危うきに近寄らず」という言葉があるように、そのままやり過ごすのも正解のうちの一つだと思うけど、これは自分が厨だからだろうが、やり返したい、天誅を喰らわせたいという気持ちも存在する。
でないと、DQNのやったもん勝ちの世の中じゃないですか。
轢き殺す、車をぶつける、殴るなど色々手段はあるだろうけど、どれもこれも自分のリスクが高すぎる。
DQNドライバーが自分の車を蹴ったり窓を殴ったりしても、自動車の窓なんてそうそう人間の手では割れないし、ボディも蹴られた程度じゃ凹みもしない。じっと車内で嵐が通り過ぎるのを待つのがよいのだろうか。でも自分の愛車が殴られ蹴られてるのを感じているのも悔しい。
増田です。
私のその人格は決して「人格統合の推奨」はしません。そればかりの判断は「主人格であるK(私)が決めることだ」と私を立ててくれています。
つまり、良きアドバイザー役・唯一の相談相手、という「役割」を請け負って存在している人格が主人格を否定して、人格自身が持っている権限を逸脱した言動を示唆するのはなんだか考えにくいです。
ISHは私に常にこういっていました「私(ISH)はこの子(いつもISHは彼女のことを「この子」と呼称してました)のために、良いと思う行動と判断をします」と、常に善意に満ちていて、誠実、冷静な話し方とアドバイスをしてくれていました。ISHは彼女のことを常に心配をしていて、「統合」という結論に達したと話していました。もちろん、ISH独断で決めたわけではなく、他の交代人格と話し合ったと言ってました(反対したISHのことを嫌っている人格には反対されていたようでした)。
演技ではないかとのことですが、私にはなんとも言えません。
彼女は前からカウンセリングや投薬をしている時期がありました。
ISHは主人格を否定しているというより、彼女が幸せに生きていく手段を合理的に優先しているといった感じでした。
彼女にとって不合理なことは一切教えてくれませんでした(前の彼氏の時の状況をきいたことがあるのですが、「あなたにそれを話す必要はありません」とはっきり断られました。)
僕が、もっと彼女のことを愛してあげ、寂しい思いをさせなければ、統合の必要はなかったのだと思います。
彼女は僕から「世界で一番愛して欲しい、自分のことだけを見て欲しい」と常に言っていました。私が前の彼女がいたという事実(付き合い始めのころ、彼女に聞かれたりして
何気なく話してしまったことをずっと引きずっていました)に3年間悩み続けていたようです。私はある女性アーティストのことが昔から好きなのですが、曲を聞いたりライブにいくことが苦痛だと言われ(付き合いはじめは、好きなアーティストだと言って一緒に聞いたりしましたが、だんだん本性がでてきました)、彼女の前で聞かなくし、ライブも行かなくしましたが、彼女はいつも「あの女(女性アーティストのこと)のことを一番愛している、殺してやりたい」といつも
言っていました。僕が「歌声が好きなだけで、顔も性格も好きじゃない」と何度も言っても聞く耳を持ちませんでした。
彼女は「ISH」をはっきりと認識してはいませんか?「ISH」という存在を利用してその真似を行い、彼女は「自分自身に対する貴男の愛」を試したんじゃないかと感じます。
私と、私自身のそのサポート的人格との接点は初め、交換日記のようなところから始まり、小さい頃から見ていた夢の中に顕れる誰かという解釈を得ています。そういう意味ではその人格を認識出来ていますが、実際に他の人とどう接しているのかまでは分かりません。
ISHを含め、他の交代人格のことを主人格は認識していませんでした。
また、交代人格がでてきている間は、記憶が飛ぶので、ISHは経過した時間を常に
気にしていました(丸2日、主人格がこもってしまったことがあったのですが、
ISHになんとか戻してほしいと懇願して、主人格に聞いてもらったことがあるのですが「この子はもう外にでたくないと言っています」とでてきてもらえませんでした)
なので、交代人格がでてきている時間が長くなると、主人格の記憶と時間の概念に
食い違いがでることがありました。私は演技ではないと感じていました。
また、印象的な出来事ですが、彼女はトイプードルを飼うのが昔からの夢だったようで、付き合って半年の時に、お迎えしました。同棲している間は、息子として
お互い愛情を注いでいました。ある時、小さい女の子の交代人格が初めてでてきた
時、女の子は「かわいいワンちゃんだね、おいでおいで」と手を出したのですが、
トイプードルは非常に警戒して後ずさりをしました。私たち二人には普段は
絶対見せない行動だったので、動物には違う人だと本能的にわかるのかと
思いました。
心が「安定する」事はあっても「つよくなる」事はないんじゃないかと。
それに、ケースとして人格統合した結果、主人格だと思われていたメインの人格に安定するのではなく、ごくまれに副人格だと思われていた人格に安定してしまうこともあるようです。後者の場合、「自分は●●だ」と今までと同じ副人格として名乗りをあげることが多いようですが・・。
それを考えると、文中の「彼女」は人格統合した後も主人格として名乗りをあげているんですよね?でも、文中にあるような変わり方は私は聞かないです。
人格統合の話はかなり長い時間話あった(ISHや他の交代人格もふくめ)ので、
「強くなる」とも言われたのですが「安定する」とも言っていました。
彼女は統合後も主人格として名乗り上げています。ただ、統合の時に過去の
虐待の記憶も統合されたようで(統合前は、虐待の記憶の欠落がありました)
文中は「かなり」と表現していますが、私の主観ではあります。ただ、あまり
泣かなくなったのが一番印象的です。
願わくば、貴男が暴力被害の証拠を集めて、「彼女」を警察につきだす事を切に思います。
加えて、貴男もメンタルケアが必要な状態に陥っている可能性が高いと感じました。いわゆる「ストックホルム症候群」に類する状態じゃないかと。
情けない話ですが、未だ彼女のことが好きです。もし、彼女がやり直したいと
泣きついてきたら、間違いなく許します。
ストックホルム症候群のこと少し調べました。たしかに非日常的な毎日と、
激しい愛情表現の快感があったのは確かです。同時に、彼女のことをどうしても
守りたいという一心でした。この3年半、彼女の仕事が終わったら、1日も
欠かさず車で迎にいき、迎に行く時に飲み会があってもお酒は絶対に飲みませんでした。職場でいじめられて、仕事中に泣きながら電話してきたときも、早退して会いにいったりと、あきらかに普通の恋愛ではなかったと思います(今まではこんな恋愛はしたことがありませんでした)。こういうことをする自分に自己陶酔していると言われても仕方ありませんが、自分の頭の中は彼女で一杯で、何を差し置いても、彼女のことを最優先し、自分の時間の大半を彼女に浪費してしまいました。
解離性同一性障害というか境界性人格障害の人は、一度嫌いになると、どんなに
好きだった人でも生理的に受け付けないくらい嫌いになると見たことがあります。
僕の友人の中に、彼女も「Nさんは、博識で素敵な人だね」といっていた友人が
いたのですが(私も彼女との付き合いを差し障りのない程度の相談していました)
Nさんが彼女に「増田くんばっかり攻めるんじゃなくて、自分のことも見直したらいいよ」と冗談ぽく説教されたようですが、それ以後、親の敵のように態度が
豹変しました。私は彼女のことを優先してしまい、大切な友だちを一人、自分から
無くしてしまったのです。他の嫌いな友だちも自分から疎遠にしてしまいました。
今思うとなんて馬鹿なことをしたと思っています。。
カウンセリングには本当に行ってこようと思います。
28歳♀さんのお話を聞くことができ、救われる想いがしました。
もっといろいろな話を聞きたいと感じました。
http://anond.hatelabo.jp/20100829132535
28歳の♀です。
乖離性同一障害を私も持ってます(・・・と思われる。というのは、統合を進められることが怖くて受診できないです。なので、そういう診断がありません。)
文中の彼女の症状がとても私の様子と似ていました。また、「ISH」とかいう存在とかもなんか、似たような役割を持った人格がいます。
確かに、私は気がつくといろんな事を自分がしていたようです(暴れ回った、部屋を荒らした、自傷行為を実行途中だった、部屋で混ぜたら危険の洗剤を混ぜてた、スロットでメダルをカチ盛りしていた、財布に大金が入っていた、大量に買っていたおやつのストックが一晩にして食い散らかされていた、セックス中に明確な殺意を持って現彼氏を殺そうとした、セックス中に奴隷を志願しだした、言葉が解らなくなって幼児のように鼻水垂らして泣いてた、等)。これらは現彼氏の会話から出て初めて知ったことも少なくありません。
幸い、なのかどうなのか定かではありませんが、人格形成に関連のありそうな期間についての記憶が3年ほどありません。
文中の「彼女」がいうようなISHみたいな私の人格が教えてくれたには、「思い出されるのも忌々しい転落した廃棄物の期間だった」らしいです。
他の人に話したら「それ何てエロゲ?」って言われそうな濃い内容です。
ただ一つ、文章を拝読していて、ひっかかった事があります。
私のその人格は決して「人格統合の推奨」はしません。そればかりの判断は「主人格であるK(私)が決めることだ」と私を立ててくれています。
つまり、良きアドバイザー役・唯一の相談相手、という「役割」を請け負って存在している人格が主人格を否定して、人格自身が持っている権限を逸脱した言動を示唆するのはなんだか考えにくいです。
彼女は「ISH」をはっきりと認識してはいませんか?「ISH」という存在を利用してその真似を行い、彼女は「自分自身に対する貴男の愛」を試したんじゃないかと感じます。
私と、私自身のそのサポート的人格との接点は初め、交換日記のようなところから始まり、小さい頃から見ていた夢の中に顕れる誰かという解釈を得ています。そういう意味ではその人格を認識出来ていますが、実際に他の人とどう接しているのかまでは分かりません。
私は自分の「人格統合」や、乖離が起きる原因を探るために、心理学を勉強しました。
乖離が起きるがゆえの同一性の障害。これの要因はわかりました。でも、豊富な経験を持つ専門家ナシでの「人格統合」に起こる結果を予想して述べること、また実行することが私には妙なことと感じます。
心が「安定する」事はあっても「つよくなる」事はないんじゃないかと。
それに、ケースとして人格統合した結果、主人格だと思われていたメインの人格に安定するのではなく、ごくまれに副人格だと思われていた人格に安定してしまうこともあるようです。後者の場合、「自分は●●だ」と今までと同じ副人格として名乗りをあげることが多いようですが・・。
それを考えると、文中の「彼女」は人格統合した後も主人格として名乗りをあげているんですよね?でも、文中にあるような変わり方は私は聞かないです。
3年もお付き合いがあったということなら、彼女も貴男に対してそれなりの気持ちを持っていたとは思います。
本当に乖離性同一障害であったならば、「人格統合」も真実ならば、彼女のかつての副人格がメインとして安定してしまった可能性もあると思います。
しかし、なんにせよ、貴男と「彼女」はお互いが普通の関係ではありません。
「彼女」という寄生害人物が貴男を食い物にしているだけ、が文章から読み取れる現状です。
貴男の「彼女が好き」だという感情も彼女に洗脳されているという可能性もあり得ます(「好き」という感情に洗脳・コントロールする事は難しい事じゃないそうです。特に異性の場合はキスやセックスといった「性行動」と結びつけることでさらに感情を強くすることがあるとか)。
正直、文中の彼女にはムカっときました。
願わくば、貴男が暴力被害の証拠を集めて、「彼女」を警察につきだす事を切に思います。
加えて、貴男もメンタルケアが必要な状態に陥っている可能性が高いと感じました。いわゆる「ストックホルム症候群」に類する状態じゃないかと。
心理学は専門的に勉強はしたけど、私は医者じゃないので↑は私が感じた予想であり診断ではありません。
しかしながら他のコメントで、「君自身もカウンセリングに通いなさい」と書いていらっしゃる方の真意はそれ(ストックホルム症候群のおそれ)だと思います。私も同意です。
普通の心療内科や精神科ではこういった類のカウンセリングはほとんど行われていないと思います(診断、投薬がメインのところがほとんどのため)。
もし、カウンセリングを受ける気があるならば、弁護士や警察関係者から紹介を受けた機関に行くといいです。
32歳なんて、まだこれからです。
貴男の傷がこれ以上深くならないうちにどうか、勇気ある行動を。
いつからだろう、何か本気で取り組んでみたい物事を見つけるたびに、わざとそれを避けるようになったのは。
できないからやらないのではなく、したくないからやらないのでもなく、したいけどやれない。
こんな矛盾した気持ちを抱えているのは自分だけではないだろうと思う。
自分だけにしかできない何か一つを持つよりも、自分は何一つできないことなどない。
そんな人間になりたかった。
個性なんてお断り。個性なんて背負えば他が潰れてしまう。なるべく平らで均されていて、でもそれぞれか程良く高い。
そんな優秀な人間になりたかった。なれると思っていた。
どんなことでも経験してみたかったし、どんなことでも知りたかった。
何も華やかなことや凄いことだけじゃない、苦しく汚らしく嫌らしい、そんな何もかもを体験していきたかった。
そして自分のそうした好奇心がいずれは自分を大きく立派な人物に成長させるのだと信じていた。
小学生も高学年になればあの頃に特有の万能感もだいぶ薄くなっていたけれど、この好奇心があれば自分は大丈夫。人とは違う。
そう思えた。
少なくとも僕は一握りの才能をもって生まれた人間ではないということに気づく。
物語にでてくるような何でもできるスーパーマンにはなれそうもない。
それでも没個性への志向と自分は好奇心が強いという核にブレはなかった。
けれど、実際のところそれは心の持ちようでしかなく、
好奇心が強く色々なことを経験したかったはずの僕は、何か行動を起こすというのにはいつも消極的だった。
歳を指折り数えられなくなった頃、世界は大きく広がった。
自分の手が届く範囲だけでも見落としてしまいそうなくらい小さなものから、すぐに目に付く大きなものまでたくさんの選択肢がある。
そのそれぞれから続く道は更に遠くどこまでも伸びてゆき、いくつもに枝分かれしている。
多くの友人が一番大きく太い道を、特別な何かを持った幾人かはそっと違う道へと逸れていく。
僕はというとあれもこれもと言っているうち、とうとう時間がなくなってしまいしぶしぶ皆と同じ道へ。
そうしてそんなことが何度か繰り返され、大きかった道もだんだんと狭まっていき、仲間も減っていく。
結局僕は目移りをしていただけだ。
寄り道することも、それらに触れることすらもなく綺麗に舗装され踏みならされたその道をまっ更な靴で歩いている。
気づけば大学4年生。
何にも挑戦することなく、もちろん何の実力もなく、周囲と自分を騙し騙し生きている。
あと半年。
これから待っている残りの人生は子供のころ憧れていた僕とは程遠く、思い描いていたものとはだいぶ違ったようだ。
本当にしたいことが、やってみたいことがたくさんあったのに。
何一つ手をつけることすらしてこなかった。できなかった。
決意を新たにし、覚悟を決めたのは10回や20回なんてものではない。
何百、何千回と心にリセットを掛け、道具や思い出を大切なきっかけに見立て、人に伝えることで退路を絶った。
しかし、それが行動に移ることはただの一度もなく、代わりに腰についた鎖だけが重みを増し、より立つことを困難にしていく。
自分は何かに挑むことが、何かを頑張ってみることが、それができない、そういう生来の特徴を備えた人種なのではないだろうか。
そんな風に考えるようになっていく。
でも、本当はそれでよかったのかもしれない。
挑戦しても、頑張ってみても、成功することなんて滅多にないのだ。
わざわざ敗北者になりたいの。どうせできっこない。
今の自分を、今までの自分を認めてあげようよ、自信を持とうよ。
そんなことを考えてしまう自分の心がどうしようもなく気持ち悪くて、自ら作った防護柵をがしがしと音を立て壊していく。
そうして残った自己嫌悪だけはしっかりとそこに根を張り、
自信や自己実現なんて成功に必要な好循環からは遠ざかる一方だ。
常に揺らぎを持って自分を定位置に留めていたくない。
理想はそうあったのに、口だけなら今でもはっきり言える。
でも、現実はほんとうに同じような毎日の繰り返しで、決まって同じ場所にぽつんと立つ自分がいる。
なぜここまで心と体で乖離できるのだろう。
こうして日々を過ごしていけば、嫌でも自分というものがわかってくる。
自分に何かの才能がないことを知った時よりも、自分にはスタートラインに立つ勇気さえないと気づいた時の方が何倍もショックだった。
思いが行動に繋がるにはほんとうにいくつもの壁がある。
周りの人間がひょいとその壁と軽々しく飛び越えていくのを見るたび、より壁が高くなったように感じられる。
こんな気持ちは学生にありがちなものとして、いつしか忘れることができるのだろう。
中二病というやつをこじらせてしまっただけなのかもしれない。
でもいつなのだろう。
これまでも幾度かあった。
心のなかで燻っていたものがいつの間にか消えているのに気づいてしまいそうになることが。
違う。まだなくなってはいない。
そんなように感じるだけだ。
でも、まだ確信ではないのだけれど。
それを確かめるのが怖い。
認めたくない。
そうしているうち少しだけ、ほんの少しだけ息を吹き返す。
それを感じ、まだ自分には願い想う心だけは残っているのだと、ほっと心底安心する。
でもいつか本当に消えてしまう日がくるのだろう。
いつなのだろう。
挑戦したいと思う気持ちまでもがきれいさっぱり消えてしまい、可能性すら失うのは。
GIGAZINEの募集記事が批判を受けているので、どう書けば良かったか、私なりに添削しました。
なるべく原文を守りつつ、と思ったけど難しかった。内容以前に読みづらい文章が多い。
もうすこしひねれば、感動的な文にもできそうな気がする。
原文:
http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20100802_gigazine_job/
---
ここから添削後:
2007年の秋から、業務拡大のため大規模に人材を募集してきました。今回はさらにもう一段階上のレベルアップを目指し、これまでとはまったく違う視点と条件で人材を募集します。
どういう人材を求めているか。それはほかのブログでも良いような記事を書くのではなく、「自分は GIGAZINEだからこそできることをするためにGIGAZINEで働きたい、ほかのところでは働きたくない!」という方です。ほかのブログではなく、「GIGAZINEだからこそ働きたい!」という人を求めます。
求人の詳細は以下から。
◆募集に至る経緯
編集長の山崎です。今回の募集はGIGAZINEにとってひとつのターニングポイントを目指すものです。まずなぜこのような募集を行うのか、経緯をご紹介しますので、細かくなりますがお付き合い下さい。
現在、GIGAZINEは10名近くで構成されています。この中で編集長を除いて、入社前から記者・編集を経験していた者はいませんでした。未経験であっても将来の可能性に期待して雇ってきたのは、多彩な視点を持った人材を雇うことによって、多様な視点の記事ができることを期待してのものでした。また、編集長自身がこれまでソフトバンク・ライブドアといった若い会社を経験してきたこともあり、若手には上からの命令ではなく、自由に、自主的に動くことを期待していました。
こうした採用方針はGIGAZINEの多様化には繋がりましたが、その一方で恥ずかしながら未経験者を多く雇用することによりマネジメント面で難しい部分が生じ、また人件費の拡大から赤字経営となってしまいました。そこで、今回はこれまでと違った視点から採用を行うことにします。
つまり、これまではGIGAZINEのニーズにマッチした人材をうまく雇用できていませんでした。これは改めなければいけません。
マネジメントの問題というのはなにか。記者・編集というのは一般的な事務作業ではなく、極端に忙しい時期があったり、突発的な業務が発生することがあります。しかし当然ながら未経験者にはそうした感覚がないため、また私一名ではその感覚を共有するのにも限界があるため、当初考えたほどうまくGIGAZINEを運営することができていませんでした。
記事を作るというのは非常に難しいもので、人間として成長することなく良い記事は書けません。業務時間内に記事を書けば終わりというものではないのです。実際、そのように自己研鑽の出来た社員からは良い記事が生まれるようになったと自負しています。
しかし繰り返しになりますが、まだ私の求める規準に達していないのも事実です。この3年間、編集長である私は作成する記事本数を大幅に抑え、主に経営の方に携わってきました。そして各記者の記事作成の下地を支えていき、編集長だけでは作成できないような多種多様な記事が増えることを期待してきました。これにより記事の多様化は実現しました。しかし、質の面ではまだ一歩も二歩も上を目指していく必要があります。また、私が以前に書いていたジャンルの記事(ソフトウェアやネットサービスの記事)については激減するという副作用も発生しています。
時には、GIGAZINEの記事の質が低下しているという叱咤もいただいています。私は「量から質は生まれる」と信じ、記事の多様化、量の増加を通じて質の向上を目指してきましたが、この方法に限界を感じてきました。
ところで記者・編集の面白いところは、時給を上げれば質が良くなるとは必ずしも言えない点です。また、多くの時間を費やしたからといって記事ができあがるとも限りません。そういう意味では、作家や芸術家に近い点があります。時には集中して作業することも求められます。事務作業に見られる「仕事は仕事、プライベートはプライベート」という切り替えを重視しすぎては、良い記事はあまり書けないのです。
私は比較的どのようなジャンルの記事でも書いてきました。しかし人によっては、ジャンルに好き嫌いもあります。複数の記者をまとめたとき、書きたいことが特定ジャンルに偏る場合もあります。その中でうまく配分するのが私の仕事なのですが、能力不足のせいか現状ではあまりうまくいっていません。
繰り返しになりますが、多様で良い記事を書くために自己研鑽は欠かせません。仕事のことばかり考えるのではなく、日々さまざまなことに好奇心を持つことが必要なのです。
質を向上させたいなら会社として研修を行えばいい、という見方もあるかもしれません。しかし本当に良い記事を書くためには、なんらかの高い志が必要です。成熟した大企業であれば一つの志を示して、それに沿う人間だけを採用していけば良いのでしょうが、GIGAZINEはまだ10名ほどのベンチャー企業です。なんであれ、あらかじめ高い志を持った人を採用するのが一番の近道なのです。
そこで、今回はひとりひとりがGIGAZINEを支えていくんだという高い志を持った人を、なにより重視した採用を行います。
志なく、どのような業務命令にも従うというような方は不要です。また好きなジャンルを好きなだけ書けばいいという考えの方も不要です。「GIGAZINEはつまらなくなった」と言われないよう、多様で高い質の記事を提供するためになにが出来るかを一緒に考えられる方を求めています。
この志という点については、この3年間は私一人で右往左往してきたきらいがあります。未経験で採用した記者・編集たちは、どうしても私の命令待ちになってしまいます。人を雇えば雇うほど、これだけの人数を抱えてGIGAZINEはどうしていくのか、という重要な視点が不透明になってしまいました。
こうした問題を抱えていたせいか、先日も編集部員が一名退職しました。
このままでは、GIGAZINEにとって志とはなにかという答えが見つからないまま、さらに編集部員が退職するおそれがあります。これは記事の質をどう向上させるかというのと裏表の問題なのです。
そこで今後は、本当にGIGAZINEで働きたいと思っているのか、GIGAZINEでなにを実現したいのか、といった価値観を最重要に考えた少数精鋭の採用を行います。
厳しいようですが、採用してから面接などで言っていた志が感じられない場合はやめてもらいます。都合良く嘘をつく必要はありせん。ご批判もあるかと思いますが、記者・編集というのはそれほど志がなければ取り組めない、ふつうの労働とは違う仕事なのです。ブログを書いた経験のある人は、直感的に理解できるのではないかと思います。バイトやパートの延長線上の時給ベースの時間の切り売りで考えていてはだめですし、自分の趣味にお金が必要だから、遊ぶ金が欲しいから、ただそのためだけに働くというような人を採用しては、お互いに不幸になるだけです。
とりとめもなく書いてきましたが、以上がこの人材募集に至る経緯です。抽象的であることは承知していますが、願わくば、GIGAZINEをどうしたいかという志を持った「同志」に来ていただければ、と考えています。いまのGIGAZINEになにが足りないのか、どうすればいっしょにGIGAZINEを高みへ押し上げられるか、お考えのある方をお待ちしています。そしてひとりでは決してできないことをGIGAZINEでいっしょに実現しましょう。
正確には去年の8月11日だったと思う。8月の初頭が誕生日で、去年の誕生日に20歳になった。
だから、親に何も知らせる事無く一人で同意書を書いて、出した。
相手の欄に書いてくれる人は居なかった。もう捕まらないんだろうなあ、と諦めている。
五週目の赤ん坊だった。検査薬を買ってみたら2本の線が出てたので、「妊娠したな」と思って病院行った。
「妊娠されてらっしゃるのは確実なんですけども」と言われたけれど、ああ、としか思わなかった。
「多分、今、五週目だと思うんですけど」と言うと、丸い円盤のようなものを取り出して確認した後(あれで周期を判断するのかな?)
「詳しいですね」と驚いたように言われた。それくらい知ってる。ググった。
赤ん坊が出来ても別に驚かなかった。覚悟はしていたので、慌てなかった。
でも毎日のように本を読んだり、Webで情報収集したりしてた事に、その時初めて気づいた。
それから膣に棒のようなものを突っ込まれて(結構痛い)、エコー検診。どこに胎児が居るか全然分からなかった。
「堕胎します」と言うと、「分かりました」と言って簡単な手術の説明をされた。
とりあえずその日に同意書を貰って、銀行で貯金を下ろした。一人で上京して仕事してるので、お金はあった。
初診料、検査費用も含めて15万円だった。高いのか安いのか分からない!
だってそうでしょう。人間一人分(二人分か三人分かも)の命が掛かっているんだから。
でも、全然実感が沸かなかった。体の具合が悪かったので病院へ行って、「処置」をする。それだけ。
望まぬ子どもが出来たら泣き喚いて、絶望するものだと思ってた。
でも、全然泣かなかった。悲しいとすら思わなかった。子供が居るという事実は把握したけど、愛情も沸かなかった。
折角出来た大切な子供なのに殺すなんて! とも思わなかったし、
誰とも分からない、名前も知らない奴の子なんて憎い、死んでしまえ!とも思わなかった。
不思議で、静かな気分だった。怖いくらいに淡々としてたと思う。
ただ、何の感情も湧いてこないのを見て、「私は母親にはなれないな」と思った。
だから私はまだ、母親にはなれないんだ、と思った。(成人しておいて"まだ"もクソもないけれど)
一生なれないのかもしれない。
数日寝たら、堕胎手術の日だった。
堕胎手術は日帰りだったけど、前日は何も食べないように、と言われていた。
その頃には悪阻が始まっていた。甘い香りだけで吐き気がした。男性の加齢臭だけで吐いた。
当日の朝も、何も食べていないのに、死ぬほど具合が悪かった。
途中の駅で降りて、トイレに駆けこんで吐いた。
何も食べてないから気分が悪いだけだと思っていたけれど、黄色い胃液が沢山出た。凄まじい味がした。
病院に着いて、同意書を渡して、着替えた。看護婦さんに下着と生理用ナプキンを渡した。
看護婦さんが同意書を見て、「先日成人されたんですね」と言った。「ええ、つい先日です。だから、よかった」と答えた。
相変わらず何とも思わなかった。
分娩台に両足をかけて、腕に点滴をされた。先生に「宜しくお願いします」と言ったら、点滴の管に注射を打たれた。
起きたら病院のベッドに寝ていた。ナースコールで看護婦さんが来て、処置をした。
膣の中にガーゼが詰められていたので、それを抜かれて、少し背中をさすって貰って、数時間眠った。
途中で飛び起きた。痛い!生理痛なんて笑える位の激痛だった。
看護婦さんが「痛い?うん、痛いね…」と言いながら背中をさすってくれた。ベッドの上で転げまわっていた。
「エコー写真、頂けますか?」と尋ねたら「出来ますよ、後で渡しますね」と言われた。
水子供養にはエコー写真を使うと、どこかで読んだことがあった。する気は特に無かったのだけど、言ってしまった。
その後1時間ほど休んだら落ち着いたので、受付で代金を支払って、外に出た。受領書と一緒にエコー写真を渡された。
家に帰って、Yahooの記事で、赤ちゃんのエコー写真を見た。妊娠初期から臨月まで、沢山の写真があった。
何となく貰ったエコー写真を取り出して、同じ時期のものと比べてみた。いた。分かった。本当にちっこい、白ゴマみたいなの。
じわりと画面がぼやけた。悲しくないと思っていた。馬鹿らしいと思っていた。
子供に執着出来ない自分なんて、母親になるのは無理なんだと思っていた。これでいいと思っていた。
何も間違った事はしていないはずだった。私には関係ないと思っていた。母親なんて、自分とは遠く離れた存在なんだと思っていた。
けど、もう、駄目だった。
ぼろりと涙が出た。一晩中泣き続けた。翌日になっても、ずっと泣いていた。
結局その後1年経って、私は何がしたかったのか、何であの時泣いたのか、もう分からないくらいのボンヤリに戻った。
未だに不思議だと思う。何で泣いたんだろう。
ただ、悔しかっただけかもしれない。何で私ばっかりが。何でこんな目に。何でこんな痛い思いを。
それとも、やっぱり悲しかったのかもしれない。自分の子供だから。自分も母親になりかけていたのかもしれない。
でも、今でもやっぱり、分からない。もうどっちでもいいと思う。
結局あのエコー写真は、ケースの裏側にしまいっこみぱなしだ。たまに取り出して、眺める。
やっぱり、分からない。
最近久し振りに実家に戻り、自分の母親を間近で見て、無性に泣きたくなった。
ごめんなさい。
ごめんなさい。でも、死ぬまで言わずにおく。
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2011.09.13 追記
今年の8月で22歳になった。何も感じないと思っていたけれど、違った。
最近は他人の出産や育児経験、子供の話をとても聞きたくなった。
出産経験をまとめたサイトを読んでいると、心から「おめでとう」という気持ちになる。
そして同時に涙が止まらなくなる。
堕胎した時、本当に何とも思わなかった。
そしてインターネットで病院を調べて、電車に乗って、手術して、そして帰ってきた。
今になって、それがじわじわと効いてきているのが分かる。
なら私も、ああしてあの子を育ててあげられたんだろうか。
10ヶ月も大事に大事に腹の中で可愛がって、愛して、育児教室に通ったりして、
あの日、手術を待っている時、待合室に若い夫婦が居た。
奥さんの隣に旦那さんがいて、旦那さんは奥さんにずっと話しかけていた。とても幸せそうだった。
でも、その時は何とも思わなかった。
今年になって子宮の病気になり、また産婦人科に行く機会があった。
待合室に座っていると、また数人の妊婦の方を見かけた。
一年前と同じだった。あの時のように、旦那さんが付き添っている夫婦も見かけた。
その瞬間、一気に目が覚めた。
これが、普通なんだ。
妊娠をしたら病院に来て(心配して旦那さんが付いてきてくれる人もいるだろう)、先生から説明を受けて
両親にも報告して(そして喜んでくれるんだろう)、そして幸せで、笑って、おめでとう、おめでとう。
そういうのが普通なんだ。
その時初めて理解した。これが普通なんだ。妊娠するというのは普通、とても幸せな事なんだ。
じゃあ、あの時の自分は何だったんだろう?
隣に夫となる男もおらず、誰にもおめでとうと言われず、笑えない、全てを一人で済ませたあの時の自分は。
そしてそんな私におめでとうとも言われず、ありがとうとも言われなかった、あの子は?
あの時の自分の判断が間違っていた、とは思っていない。
当時未成年、親の後ろ盾も、夫になる奴もいない、仕事はどうなるか分からない、経済的にも精神的にも問題だらけだ。
罪悪感は無かった。無かった筈だった。今でも正しい判断だとは思っている。
でも、涙が止まらなかった。
分からなかった。ただ申し訳なかった。それと同時に、とても羨ましかった。
当時は産めるはずもない、育てるのも無理だ、経済的にもどうしようもない、親にも言えないと思っていた。
だから一人で調べて、全て一人で済ませた。誰にも言わない、なんてこと無い、ちゃんと出来る。だから大丈夫。そう思っていた。
こんなの、少しも大丈夫じゃなかった。
結局、あの後私は見事に検査で引っかかり、どうも不妊に近いものになってしまったので
恐らくあんな思いは二度としないだろうと思う。
不幸になる機会も、幸せになる機会も失った…と思えば、案外こんなものかもしれない。
男に関しては警察に届けようとした。努力はした。でも、思い出すだけで吐き気と震えが止まらなくなる。なので諦めた。
願わくば、これ以上被害を出す前に死んでいて欲しいと思う。
親には堕胎した事も、不妊になるらしい事も、結局話していない。
これでいい、余計な心配なんて掛ける必要はない。そう思っている。
当時も色々と頼りなかった私だが、去年から本格的に仕事を始め、何とか軌道に乗ってきた。
何人かに告白された。全て断った。
全てを話す気力も、そんな勇気も無い。一生一人でいい。
かわりに在宅の仕事なので、しばしば姉の子供の面倒を見ている。とても可愛い。
けれど、新しい保険証にはそれを挟む所が無い。
つい先日帰郷した時、お寺でエコー写真を渡し、水子供養をして貰った。
もう3年。やっと、やっと供養してあげられた。
ごめんなさい。本当にごめんなさい。
ここまで聞いて下さって有難う御座いました。