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はてなキーワード: NIMBYとは

2016-02-15

[] NIMBY

公共のために必要事業であることは理解しているが、自分居住地域内で行なわれることは反対という住民姿勢揶揄していわれる概念

  

一見住民エゴ地域エゴにも見えるが、施設受益者被害者との乖離という問題存在する場合に、エゴという単純な構図に帰着させて語ることには問題が多い。

  

NIMBYによって忌避されるような施設は、忌避されるとはい社会的には必要なためどこかに作らざるを得ず、結局のところ、社会的弱者の居を構える地域建設されるのが常である

  

NIMBYでは結局エゴ押し付けあいになって根本的な問題解決にはならないことが多いため、問題となる施設建設自体を減らすNIABY:Not In Anybody's Backyard(誰の裏庭にも作らずに済ませよう)というアプローチもある。

http://d.hatena.ne.jp/keyword/NIMBY

2015-01-20

http://anond.hatelabo.jp/20150120173239

そんな形では出せない。だから政府があるんじゃないのか

だいたい自分生活圏以外のことはNIMBY症候群にならざるを得ない

2010-10-01

アンケート万能説

学生だった頃、「世の中の決め事を全部アンケートで決めれば良いんじゃないか」って考えた事がある。

政治問題が思いつきやすいけど、大多数が思っている理想と違う現実に対して不平不満を感じる事は多いと思う。

決める側と受け入れる側が違うから不満が出るなら、全員が決める側に立てば良いという発想。

これを思いついた時は「凄いアイディアを思いついたぞ!」と興奮したのを覚えている。

(当時研究アンケートを実際にやっていたことがかなり影響していると思われる)

その時は、「でも実際にやろうとするとお金も手間もかかるし、既得権益を守ろうとする抵抗勢力とかに潰されるんだろうな」と

勝手に作った見えない敵に負けたんだけど

最近は、仮に実現していたとしても思ったほど世の中はよくならないだろうな、と思うようになった。

理由は、自分が思ってるほど自分のことはよく分かってない、と考えるようになったから。

例えば「幸せになりたいですか?」と聞かれて「いいえ」と答える人はかなりの少数派だと思うけど

「では、貴方はどうすれば幸せになれますか?」と更に聞かれて

お金が沢山欲しい」とか「素敵な人とめぐり合いたい」とか本当に素直に回答して

運よく多数派に回ったとしても実際に幸せになれる人は全員じゃないと思う。

当たり前だけど、天から幸せはふってこないので目的を達成するためには大なり小なりの努力や対価が無いと得られない。

お金を手に入れるには誰かから集めなきゃいけないし、素敵な人に出会うには同じように出会いたい人を探さないといけない。

問題は得られる幸せに対して努力や対価が見合わないと思う人たちが

実際に決めた後から必ず出てくるだろう(それも決して無視できない規模で)ということ。

NIMBYという単語がある。Not In My Back Yardの略で、社会通念上必要である事は受け入れるが

自分の家の裏庭(身近なところ)には置きたくない、という極めて我侭な発想なんだけど、非常に人間くさい発想でもあると思う。

楽して幸せになれればいいんだろうけど、実際には何らかの苦労を伴う。

でも実際にその苦労を受け入れてみたら、「そこまでして欲しい幸せだったのか?」となってしまう。

もし未来を見ることが出来る人がいたとしても、感情まで共有できなければきっと同じ結末になると思う。

何でこう上手くいかないんだろうね。

2007-02-19

http://anond.hatelabo.jp/20070219114446 (コンクリ事件犯へのストーキング)

犯罪史に残る凶悪事件の犯人が刑期を終え、(法律上は)更生し(たと看做され)て社会復帰。

ここまで書くと美談とまでは言わんがまあ好ましい出来事だわな。

その「社会」ってのが自分の生活域で無い限りは。ええNIMBYですとも。

誰も「刑期を終えて更生している」なんて信じてないもん。

そりゃ知られてしまえば八分にもされるさ。

2007-02-18

[]障害者/健常者周辺の話題を読んで

なんとなく思ったのは2点。

  • 差別差別と言う問題にしてしまうから、また差別が生まれるという解決しがたい循環があるよなあ。
  • 結局、ある種の健常者にとって障害者NIMBY=Not In My Back Yard的な存在なんだよなあ。「共存できる世界、それはすばらしいよね、でも自分の近くではちょっと…」みたいな感じで。

2007-02-03

いわゆる南の島に住んでいる。最近人口流入が激しい。一説には、人口の1割から2割はすでに移り住んできた「1世」だという。団塊リタイア世代の移住で、この割合はさらに増えるだろう。こういう言い方をすると、「田舎の排他性」と言われるかもしれないが、人口流入を前提として地域が動いている都会と、そういうことを想定していないところとでは自ずと事情が異なるのだ。

移住してきた人たちは、見晴らしのいいところから家を建てる。そこは下水道も通ってないし、風が強いから台風の時とかすごいことになるのに。そいでもって、「下水がないから整備してくれ」と市に言ってくる。みんな、下水がないから家を建てなかったのに。休みの日に寝ころんで日なたぼっこするのにちょうどよかったところが、こうやって無くなっていく。

ある施設を作るときのこと。その施設はこれまで島になくて、必要があれば県庁所在地の施設を使うしかなかった。市長も市議会も10年近く働きかけて、やっと島にも作られることになった。ところが、その建設が2年ほど遅れた。理由は、建設予定地の付近住民が反対したからだ。結局、計画は変更を余儀なくされた。聞くところによると、反対運動は移住者が中心となっていたという。主要メンバーの中には、「島に移住しよう」系の著書で有名な人もいたらしい。俺らが移住したところにそんな施設ができては困る、ということだろうか。典型的NIMBYだ。こういった人々が、30年来作ってほしいと言ってきた空港建設をも遅らせるのだろうか。今、こっちに来るのは直行便なのに、こっちから出て行くのが経由を必要とする理由を、彼らは知っているのだろうか。夏、農作物を積載するときに、天候次第で満載にできないせいで腐らせている物があるのを知っているのだろうか。

もしかしたら、そのうち移住者の方が多数になるのかもしれない。その時は、こっちがどこかに移住して行く番だろうか。

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