はてなキーワード: 披露宴とは
彼氏からプロポーズを受けて婚約中の身です。先日、私の実家に結婚の承諾を得るために彼氏と共に行きました。
雑談もそこそこに、彼氏が「〇〇さんとの結婚のお許しを頂きたく…」と話している側から、
父親が割って入ってきて「いいから、いいから、大人だからご自由に」と話しはじめ、
再度切り出しても真面目に聞いてくれませんでした。もともと喋る父親ですか、彼氏の話も聞かず、喋り続けて私も疲れてしまいました。
母親には結婚式の費用について困ってる旨は話してあったので、費用について話すことないの?と言われて、
実は少し足りなくて借りる形でお願いするかもしれない…と伝えたところ、
「自分達の結婚式なんだから自分達で挙げなさい。」と援助する気はないようでした。
母親も父親の間に入ることはしないで逃げてばかり。母親は私にも父親にもいい顔しますが、
最終的には父親に何も言えずいつもいいなりです。費用についても、父親なら出してあげるかもよ、と私には期待させつつ、
父親には簡単にお金出すなんていわないで、と真逆のことを話していたようでした。
昔から両親が嫌いでした。私や兄弟に金をかけず、特に父親が自分の趣味に散財するような人で。
高圧的で亭主関白な父親には誰も逆らえず、母親は泣きじゃくり私に依存。私が父親と唯一張り合えた子供にして大人でした。
母や弟は私を盾に逃げてばかりでした。いい子できた分、できて当たり前と思われていました。
褒められたこともないです。一番いい子でいた私にはいつも厳しかったです。
父親の彼氏の話を折る態度、費用について出さない気持ち、母親の八方美人…
昔から振り回されてきましたがまさか結婚する彼氏を前に同じことをするとは…呆れてしまいました。
次は彼氏のご両親に挨拶に伺う予定ですが、彼氏のご両親がどんな方であれ、
私が自分の両親が大嫌いなので両家顔合わせをしたくありません。結婚式も披露宴する予定でしたが、
今週末、姉が結婚式をあげる。それが終わったら私は親と絶縁しようと思う。
実家が地獄だった。はっきり言って幼少期から精神的虐待を受けていた。
学業も趣味も親の意に沿わなければ人格否定、機嫌が悪いと私に金(学費、生活費など)を返せとヒステリーを起こし何にでも隷従を強いられた。
仕事や夫婦、嫁姑問題などのストレスで理不尽に怒られることが多く、小4の頃には自殺を考え始めたのを覚えている。
はっきりと実家と決別しようと決めたのは中2の頃だった。
理由は覚えていないが親は座って、私は直立不動のまま延々と説教をされていた。その歳には親の説教の理由は全て「気にいらないから」に集約されるとわかっていたので内容は聞かずただじっと耐えていた。そんな説教が1時間近くたったとき、突然意識が飛んだ。
失神か貧血だったのかはわからないが、唐突に目の前が暗転し気がついたら天井を見上げていた。
そのとき私は、あぁこれ以上この人と一緒にいたらいずれ明確な殺意をもって私はこの人を刺すなぁ、と確信した。流石に少年院行きは勘弁だと思い、実家から離れた学生寮のある高校に進学し、それから実家では生活していない。
地獄を離れバイトや一人暮らしを経験し社会で働く力は得たものの、親の呪いは強く自己肯定感は皆無、友人もまともに作れずずっとぼっちの立派なアダルトチルドレン。
しかし姉はと言うと性格は明るく、活動的、友人も多く、とうとう結婚する。
私と決定的に異なるのは、姉は親に愛されていた。姉自身は知らないかもしれないが、確実な姉妹格差があった。
姉は高校を卒業するころ免許を取った。自動車学校の費用は全て親持ち。しかし姉は免許を取っても自分で運転するのを面倒くさがり親に運転を任せるペーパードライバーになった。親はなんとか姉に運転させようと車まで買い与えたが結局進んで運転しなかった。
そして私が免許を取れる歳になったころ親は愚痴っぽくこう言った。
「お姉ちゃんには自動車学校のお金〇〇万も出してあげたのに全然運転してくれない、ペーパードライバーなんて勿体ない。あんたは自分のお金で免許取りなさいよ。もう私は出さないから。」
披露宴で新婦から親への感謝の手紙も感動溢れるものになるんだろう。私はその光景を見ても1ミリも響かないだろうが。
私には家族なんていなかった。
一族みな医者/歯医者で、結婚はお見合いがほとんどという家に生まれた。
成績は良かったし、親から勧められたから自分も医者になった。人生設計は基本親の意見を尊重していたし、よく相談もしていた。
気の合う彼女ができて結婚したい旨を両親に伝えた。しかし職業や家柄なんかを理由に反対された。それも結構ひどく、理不尽さを感じるくらいに。
最終的に4年かかって説得し、円満結婚に至った。もし結婚反対されて、デキ婚とか駆け落ち狙ってる人がいたら読んでほしい。
1. 味方をつくる
結婚を反対されている話を兄弟や友達に隠さず話し、相談した。時には古臭い考えや価値観に固執する親を馬鹿にするような笑い話もした。親からくるLINEの文面をみせて、あまりに偏った考えなので引かれたこともあった。ずっと愚痴ってると兄弟や友人もあまり良い顔はしなかったけど、よくよく聞いてくれた。一人で隠して取り組んでたら潰れていただろう。
彼女の両親にも挨拶し、反対されていることとそれでも円満結婚を目指し説得することを宣言して、味方になってもらえた。
2. 言葉にする
有言実行。「反対されてるけど、家を出る覚悟で結婚するつもりだ」と言い続けた。彼女には「最後まで円満結婚を目指して一緒に頑張ろう」とお互いを鼓舞し続けた。言葉にすると、モヤモヤも整理され、自分の中に一貫性が生まれる。
3. 両親に影響力のある人物を抑える
両親の意思決定に影響する人物(祖父母)を抑えた。抑える方法は下記。かといって「両親に結婚を許すよういってよ〜」なんてことは頼まない。
4. 「影響力の武器」
ビジネス書を読み漁る中でこれは役に立った。例えば返報性の原理。人に与えた恩は忘れられない。母の日、父の日、誕生日、敬老の日(祖父母)には贈り物をしたり、旅行にいったりした。
MBAを持つ上司から聞いた「パワーと影響力」の話も役に立った。
1家を出て一人暮らしを15年していたので、両親と自分にギャップがあることを感じていた。なるべく帰省して他愛のない話を繰り返した。帰省しても結婚のけの字も出さなかった。親の育ってきた環境、価値観、息子への思いなどを言葉の端々から感じ取った。
両親は自分が最も大切にしている人である。そのためその両親に意思決定を否定される事はものすごくストレスであった。両親に否定されることがストレスであることを自覚し、運動や遊びでストレスを発散し、自分の意欲を高める仕事を選択する、無理しすぎないなどストレスケアに達した。
7. コミュニケーションスキルのトレーニングを受ける
医者なので「コミュニケーション技術研修会」や「意思決定支援に関する資料」などで勉強しやすかった。基本は相手との認識や価値観のギャップを埋め、相互理解し、発展的な解決を目指すというフレームがある。また細かな言葉の選び方や傾聴のスキルも学んだことで親とのコミュニケーションの質を高めた。
8. 彼女を愛し続ける
両親と彼女、どちらか捨てろと言う状況に置かれ続けた。その中で彼女を愛し続けると言うのはとても難しい。なのでどんなに忙しくても彼女と時間を取ることを大切にし、定期的に温泉旅行に行って、いろんなレクリエーションに挑戦し、出張があっても月に2回は必ず会った。反対されている話も包み隠さず伝えた。相性が良かったのでセックスレスを意識することはなかったけど別に体の感激に溺れていたわけでもなかった。愛し続けるのに最も有用だったのは対話することだった。
9. 親のいいなりになってひどく残念な人生を歩むという妄想をする
彼女と別れ、親の言う通りにお見合いし、へそを曲げて「こんなの自分は希望してない」といいながら消極的な人生を送る、という妄想を繰り返すことで「いやいや、こうあってはいけない」と思い直した。
付き合って3年半
彼女は30になり、これ以上結婚を先送りにできないと考えもう籍だけ入れて二人で勝手に同棲してしまおうと、新しいアパートを借りて二ヶ月後から同棲を始めようかとしている時、何があっても応じなかった親が折れた。
同棲は一旦先送りにして彼女を紹介でき(紹介すら許されなかった)、顔合わせをして、立派な結納をして、二人の望む結婚式と披露宴をあげた。もちろん親も親族もみな参加して祝ってくれた。
あの頃の反対はなんだったのかと思うくらい家族間は仲が良いし、念願の子供も出来てトントン拍子に人生が進んでいる。
別にお見合いが悪いとも思わないし、反対を押し切った結婚を推奨するわけではない。ただ、この大きな壁を乗り切ったことで人間として大きく成長し、妻ともより深い関係が築け、自分が決めていく人生を歩み始めることができた。30歳は而立というが、まさにそんなターニングポイントだったと思う。
理屈ぽくかいたけど、何よりどんなに反対されても結婚したい女性に出会えたことが一番なのかもしれん。
親に結婚を反対されている人の励みになれば幸い。
切り取りだとしてもあの短い発言の中に偏った社会認識をあれだけ詰め込めるセンスはさすが日本会議(もちろん皮肉)
結婚披露宴に出席した際は「必ず3人以上の子どもを産み育てていただきたい」
披露宴では若い女性に対し、「結婚しなければ子どもが生まれないから、人さまの子どもの税金で(運営される)老人ホームに行くことになる」
結婚披露宴に出席した際は「必ず3人以上の子ども→結婚する2人のライフスタイルの強要
披露宴では若い女性に対し→出産と子育ては女性の責任という考え
結婚しなければ子どもが生まれない→婚外子、非嫡出子、シンママ・シンパパでの子育ての否定
人さまの子どもの税金で→社会保障制度全般の否定。自己責任論の強要
老人ホームに行くことになる→介護は家庭で行うのが常識で老人ホームに入るのは寂しい身寄りのない老人のみという偏見
おまけにこの老害、同性婚にも選択的夫婦別姓にも大反対しているってか。
まじで「同性婚を認めたら少子化を促進する」「選択的夫婦別姓は日本伝統の()家族観を壊す」とか思ってんだろうな。
今までピンとこなかったけど、この前、その言葉の意味がわかった出来事があった。
私は、その日披露宴の余興で、かわいい衣装で踊る友達たちの最後に被り物的なやつで登場する余興のオチ的役割だった。
単純においしい役だとも思ったし、美人じゃないし、女は愛嬌を地で行く私だ。
友達や会場の人がコミカルな衣装で笑ってくれて会場が盛り上がったらそれでいいやと思って快くその役を引き受けて、当日全力でその役を全うした。
会場は有り難いことに大いに盛り上がって、ほっとした。
その日の二次会の話だ。
友達の旦那の友達連中と飲んでて、トイレに行く時に席を立ったときに、たまたまある男の人に声をかけられて立ち話をした。名前は覚えてなかったけど、旦那の友達連中の中の一人で、仲間の人達から『こいつは本当優しい良い奴!だから仲間うちの中で一番結婚早かった!』て言われてた人だった。
その人と、話の流れでその日の余興の話になった。
すごい会場盛り上がったねと言われて、有難いですねぇと私が答えたあとに彼が一言笑顔で、
『でも、君ももう少し自分を大切にしなよ?女の子でしょ?』と言った。
優しい柔らかな口調だった。
よく覚えてないけど、私は、そうですね、とか笑いながら言って席に戻った。
けど、それを言われた後から、私そんな自尊心を貶めるような恥ずかしいことさせられたのかな?
私あのときそんな可哀想な馬鹿なやつだったのかな?お笑い芸人さんが言う、笑わせるんじゃなくてただただ笑われてるだけの哀れな痛い奴だったのかな?て気持ちになって飲んだお酒の味もわからなかった。
彼も悪気があって言ったわけじゃないし、たぶん女性に対しての気遣いだったのかなぁと思うけど、そんな言葉は別に求めてなかったんだよ。
ただあの瞬間、場を盛り上げるという目的で、与えられた役をただ演じてるだけだったのに『自分を大切にしてない』って思われてなぜか勝手に同情されたことが、すごく悲しくて情けなくて年甲斐もなく傷付いてしまった。
『私こんなに大変なの』って直接相手に言われたとき以外の、相手へ勝手に抱く同情は、遠回しな否定なんじゃないのかな。
本当の優しさって『すごかったね、頑張ってたね』って相手の行動を認めて労わったり、『あの時のあなた素敵たったよ』って肯定するものであってほしいな。
うちは婚約指輪も結婚指輪もある。あとは結納無し、顔合わせ食事会あり。
基本的にはお互いの同意があればいいと思うけど、うちの場合はこんな感じ。
デザインが気に入らないかもってことを心配してくれたので、プロポーズ時にはなし。
予算を聞いて自分で候補を探してきて、これがいいって伝えた。(彼は興味が無く連れまわされたくなさそうだったので、母や妹に同行してもらった)
最近はプロポーズ用の指環があって、あとから彼女の好み・サイズに合わせて購入できるらしいよ。
ちなみに、婚約指輪をもらったお返しに、オーダーの礼服・晴れの日用のスーツ・タイ・シャツをプレゼント。(時計とかを送る場合も多いみたいだけど、既に持っていたので、他の物で実用的なものにした)
婚約指輪はがっつり石が付いてて高価なものも多い上にお返しもあったり、婚約→結婚までが短いと付けられる期間・機会もそうない(結婚後に婚約指輪付けるのは、友達の結婚式でダブル使いで付ける位の機会になってしまう)ので、彼女がいらないっていうなら無くてもいいと思う。
私は婚約指輪をもらってから結婚式まで1年弱あったので傷だらけになる位付けていたし、後悔はない。
●結婚指輪
婚約指輪に重ねて付けられるデザインが良かったので、同じお店に一緒に行って選んだ。
意味合いとしては送り合う(交換する)ものなので、夫が妻の物を、妻が夫の物を購入するっていうのはあると思うけど、結局家計が1つになることを考えると、半分ずつ出しても良い気がする。
ペアとなるデザインでも、女性の方が石ついてたりすると値段も違うし、公平に出すのはありだと思う。
婚約指輪が無いのが気になるなら、少し豪華見えする結婚指輪もいいなぁと思う。華奢めのハーフエタニティとか素敵だよ。職場とかでもそんなに浮かないし、石が付いてない方を甲側にして付けておくこともできる。
結婚式・披露宴もやらないカップル増えてるし、指輪じゃなくてお互い時計にしようっていう親世代のカップルもいるくらいなので、本当に“普通”とか関係なくて2人が良ければ全てよしだとは思うんだけど、少しでも参考になれば幸いです。おしあわせに!!
兄の縁談が立ち消えになった
いや、兄と彼女が交際している事を知っているのは身内では私だけだったので、縁談以前の段階ではあったのだが、とにかく兄は彼女との関係を解消した
かつて兄は彼女を私一人だけに引き合わせていた
とても感じの良い女性で、この人を義姉と呼ぶのも悪くはないかなと思っていた
彼女も、自分は一人っ子だから妹が出来るのはとても嬉しいと言ってくれた
いったいどうしたのかと電話で尋ねたら「別れた」とだけ
納得のいかない私は兄を問い詰めた
兄は観念して私に打ち明けた
私はぎょっとした
自宅の広い庭に大型犬を何頭も飼っており、犬の鳴き声は相当なものだが、それを咎める者はいない
社長が犬の散歩をする姿を時折見かけるが、常に手ぶらである(フンを持ち帰るための袋などを持っている所を見た事がない)
とうぜん、近隣は犬のフンだらけである
また、夏になると庭で従業員達とバーベキューだか酒盛りだかを毎週のようにやっている
それは深夜まで続き、日付をまたぐ事も珍しくない
十数人もの従業員達は車を近くの路上に駐車しまくり、場合によっては他の家の駐車場を塞ぐ事もある
車を移動させるよう言うとこちらをじろりとにらみ付け、舌打ちしながらのろのろとほんの1、2メートルだけ動かすなんて事も日常茶飯事である
過去にはこんなこともあった
私たちが生まれる前、年末に社長が祖母のもとを訪れ「正月にうちで餅つきをやるが、つきたての餅が欲しければ言ってくれ」と言うので、祖母は「ではお願いします」と答えたことがあった
年が明け、社長は祖母の家へ餅を持ってくるなり「餅代、五千円払え」と言い出した
祖母は「お金を取るなんて聞いていない。お金がかかるのなら餅は要らない」と突っぱねると、社長は「お前のために持ってきてやったのにその態度は何だ!」と玄関に置いてあった亡き祖父の自転車を蹴り飛ばした
その後押し問答の末に社長は引き下がったが、その後真夜中に祖母の家に野球ボールほどの大きさの石が投げ込まれ窓ガラスが割られるという「事件」があった
要するに「そういう人」である
しかしあくまでもそれは彼女の父親の問題であり、彼女自身とは無関係なはずだ、あまりにも非常識ではないかと私は兄を責めた
兄は「仮に彼女との交際を続けたら、いずれは披露宴にあの社長一家が来る事になる。彼らと親戚付き合いをする事になる。お前は耐えられるか?お前が耐えられたとして、親父とお袋が耐えられると思うか?」と反論した
私は何も言えなかった
彼女への愛情はあったのかと尋ねると、「あったし、今もある」ときっぱりと答えた
そして「それとこれとは話が別」とも言った