はてなキーワード: 投資銀行とは
子供かつキャリア、というのはやっぱり基本的に無理なんだと思う。これは男でもほぼ無理(現代では)。
まあ子供生まれるとホルモンバランスなのか承認欲求の充足なのか防衛機制なのかなんなのかで、
これまで拘ってたキャリアなんてものはなんて小さいものだったんだ!!子供と家族がすべてだ!!!
って感じに脳が切り替わるっぽいので(防衛機制かもしらんけど)、産んでしまえばそれでいいんじゃねえかって気がする。
拘ってたものを無意味だと思えるようになればそこに幸福はやってくる。仏陀が言っているように。
某最難関国立大から電通に就職した体育会出身の友人(14卒)から聞いた話
・学歴が旧帝一工早慶クラスの人が7~8割。MARCHレベルより下はよほどのスペックがある人だけ。
・男は大学の体育会出身者が過半数を占める。日本代表だった元プロ選手やオリンピック代表候補、6軍まである強豪部活の主将などがゴロゴロいる。
・留学経験者や帰国子女の割合が非常に多い。TOEIC900以上で英語話せるのが当たり前。中にはアイビー・リーグ(ハーバード大など)留学者やトリリンガル(3言語ペラペラ)などもいる。
・起業経験者や一流企業からの転職組が新卒として一定数入ってくる。外資系投資銀行や財閥系総合商社で新卒1~2年勤めてからすぐに転職してくる人など。
・東京藝術大や他の美大からの芸術採用枠の人が少数いる。大学時代に美術展覧会や学内コンクールで優秀賞を貰っている人がほとんど。
・批判されるコネ持ちも高学歴であることが多い。旧帝一工早慶卒(+親族が大企業の役員)みたいな。コネのことを隠している人も多いのでその実態は不明だそう。
就活メディアを見ているとどうも外資コンサル、外資投資銀行、超大手総合商社、とかが最もイケてる就職先かのような扱いを受けているように感じる。
実際にファッション感覚でこういった会社を受けたり、受かって自慢する人もいることだろう。
超イケてるよね。
でも、よく見てみると彼ら実はこれらの会社が別にイケていない時期に入ってたりするんだよね。
「え、コンサル?なにそれ、なんでそんなの行くんだよw」
みたいに言われてる時期に言ってグイグイ伸ばしてきた人達だったりするわけだ。
で、いまさ、こういう会社ってもう伸びちゃってるじゃん。ファッションで入るくらいなんだし。
それって本当にイケてるのかな。
今伸びてるところを冷静に見て、人に流されずに飛び込んでバリューを出していくような人の方がイケてるんじゃないかな。
というわけで就活がんばってね。
予言してやろう。
で、結果ウェブにいって、
あっという間に10年経って、
あれ、
何も生きたスキルないってなって、
ラクな仕事を選択したつもりが、
意外とそんなとこまで高学歴でひしめいていて、
かつ中堅のMARCHあたりがしゃかりきに働いているところで圧迫される。
居酒屋でやっぱ仕事はコツコツだよな、といってそんなもんだと言い始める。
そうしてるうちに
そして文系の知り合いは官僚として国家予算を動かしているのを知る。
お前はめいっぱい強がって、うちの会社で社長になってもたかがしれてるんだよなーとつまらない謙遜をする。
おまえは役員にもなれないのに。
そしてお前の人生ははかなくおわる。
あたりまえだ、夢もなく、流されてきた親を尊敬するだろうか
没落の道へ。
もう引き返せないよ。すでに遅い。
自分はプログラマーで、多くのプログラマーと同じように、コードを書く行為そのものが幸せであり、いつまでもコードを書いていたいと思う。
だが30を越えて、今までいくつかの会社でサラリーマンエンジニアとして働いた経験を総合するに、
少なくともこの国でプログラマーで居続けるためには起業する以外の選択肢は無いのだという結論に至った。
普通にコードを書いて、スキルを磨いて、リリースを成功させていくと、やがて肩書きがついて雑務に振り回される日々が訪れる。
プログラマーにとって何よりも大事なのは連続した集中、それも出来るだけ長い時間だ。
昇進して部下が出来たり、質問される機会が増えたり、評価業務やら、上級職会議やら、採用面接やら、一つ一つは大した事が無くても、
出社時間は気が付けば断片化して切り刻まれ、一日に一時間続けて集中する事すら困難になってしまう。
もはや一日中コードを書き続けるような事は遠い夢になり、腕は鈍り、ますますコードからは遠ざかる。
これまで、本当に多くの人がそうやってコードを書かなくなり、緩やかにピーターの法則に吸い込まれていくのを目にしてきた。
そしていつしか、コードは昔取った杵柄を披露するだけのオモチャになり、やがて家族なんかが出来て、どうでもよくなる。
それはそれでいいだろう。
だが、どこまでいこうが、自分が書きたいのはパワーポイントやエクセルや論文などではない。実際に動いて、問題を解決するコードなのだ。
フリーランスになる事はこの問題を幾分か解決するが、下に述べる他の要因によって最善手ではない。
単なるテキストの塊から、継続的な自動化を行い、マシンの集団を操り、物事の新しい側面を露出させ、市場と金を生み出すことだ。
しかし、サラリーマンエンジニアであろうとする限り2000万円の年収を越す事はほとんど想像出来ない。
プログラマーとして平均の20倍の生産性を叩き出したとしても、報酬には重いフタがのしかかっている。
同じようにレバレッジを利用する投資銀行やらコンサルタントやら、金の流れを直接扱う職能に比べて、ソフトウェア開発者は恐ろしく不当に評価されている。
だが、結局プログラマーはプログラミングを書いていれば幸せなのだから、そのように容易に搾取する事が出来る。
一年後の状況すらまるで読めないこの業界では、学習を止める事がそのまま死に繋がる。
しかし、エンジニアのあるべき姿としてのスペシャリスト信仰のようなものは根強い。
ある技術に特化して一線に身を置く事は極めて重要ではあるが、技術が発展する限り、どのような専門知識も価値は保証されない。
しかし同じ場所に居続ければ、新しい技術を習得したり、全く関連の無い分野に挑戦することはいつしか"若い衆"の役目となってしまう。
挑戦や学習が趣味の領域に追いやられた時点で、エキスパートは本当に脆い存在になる。
そして、30代、40代、50代となって、エキスパートとして食わせてもらう以外の在り方もまた、想像出来ない。
独立がリスクであるように、全てのITエンジニアが置かれたこの状況もまた同じようにリスクであって、どちらにせよ誰も責任を取る事は出来ない。
エンジニアがエンジニアであろうとする限り、やる事は結局のところ他人の問題の解決だ。
相手が解決しようとしている問題を推察して、それに合わせてキャリアやらスキルを設計することになる。
どこか知らない所で仕事が作られ、それに合わせて自身を適合させていく。
どんなに有名で優秀な人間が集まるところだろうが、その構造は基本的には変わらない。
日本の大卒者は社会に出るまで、一貫して他人に選ばれるために他人が定めた問題の解決をする努力を強いられる。
だが、実際にやってみて本当に実感するのは、自分の夢を追うのは他人の夢を追うよりも一億倍やりがいがあるということだ。
面白い仕事を探して選ばれる事を願うよりは、自分が面白いと思う仕事を作って食えるようになった方が楽しい。
何よりもコードが書けるし、どうせいつかは死ぬわけだし、百万年も経てば全ては元通りになる。
まとめると、プログラムを書きまくり、能力に見合った報酬を求め、新しい分野を学習し続け、面白い仕事にありつきたいという願いを叶えるための手段として、
サラリーマンやフリーランスという生き方は絶望的に効率が悪い選択肢という事だ。
各種手続きやら事務やらのおまけは付くが、それすら問題解決の対象として、新しく学習していける限り楽しむ事は出来る。
なんといっても、プログラミングが好きなプログラマーというのはこの世で最も幸福な職業なので。
反応を見ていて、ちょっと言葉が足りていなかったり誤解を招いている部分があったような気がしたので、少し蛇足します。
どうも起業という言葉には一種のアレルギー反応みたいなものが有るように感じられますが、
僕が知る限り起業というのはある種の書類上の手続きを漠然と指すだけのものであって、
人を雇う事や、金を集めて大々的に事業を起こす事そのものを意味するものではないです。
個人事業主になってスタバでアプリを書いたり、手続き上の法人を作ったりするような話から始まって、要は雇われる以外の道を模索するみたいなことです。
仕事の対価を求める限り、結局解決すべきなのは他人の問題であり、最終的にそこをゴールにしなければいけないのは勿論同じ事です。
ただ、"他人"は雇用主や受注先だけではなく、ユーザーという言葉に置き換える事も出来ます。特に今の時代は。
そうした問題設定の起点を自分自身でデザインして定めるか、誰かに定めてもらったものを選ぶかのどちらかで言えば、
自分で定めた方がチャレンジングで面白いと感じられますし、実際にやってみない限りはその能力を鍛える事は出来ないと思います。
どんな形であれ、平均的には"起業"は失敗する方に賭けた方が勝ちます。
ただ、成功するとか失敗するとか、金持ちになるとか破産するとかは基本的にどうでも良い事であって、
現実を思い知り、おそらくは軽視していた営業や事務の重みに押し潰されつつあっても、
それ自身を効率的に肌で学ぶのはやはりやってみない事には分からなかった事で、そういう経験が得られれば良いものだと思います。
それに別に失敗したところで間抜けが地球上から一匹削除される程度の事で、どの道取るに足らない話です。
そうした事をどうでもいいと思わせる程、プログラミングは楽しいものです。
この話はプログラマーから見た効率の話で、実際に企業にあってもこうした事は問題にならず、幸せにコードを書いている人は一杯居ると思います。
ただ、本当に選択肢が無くなる前に、何らかの行動を自分から起こせ、守る者も少ないうちはそういう道に走った方が妥当と感じたという話です。
それに、そっちの方が面白くないですか?
色んな人やテキストがこの手の話をしますが、自分は実際にやってみて、本当にこれが面白いものだと納得しました。もちろん誰にも勧めはしませんが。
念のため
この記事はあくまでプログラマーが起業に追い込まれるだけの理由について述べただけで、
追い込まれた結果としてどのようなビジネスモデルや、ロードマップ、資金繰りに行き着いたか、誰のためにどのようなリリースをしなければならないのか、という話ではありません。
自分自身はまだそれについて書けるだけの材料も資格も無く、現在進行形で自分の金と体で実験をしているようなところです。
うまく生き延びたら、いつかその続きを書きたいと思います。
予言してやろう。
で、結果ウェブにいって、
あっという間に10年経って、
あれ、
何も生きたスキルないってなって、
ラクな仕事を選択したつもりが、
意外とそんなとこまで高学歴でひしめいていて、
かつ中堅のMARCHあたりがしゃかりきに働いているところで圧迫される。
居酒屋でやっぱ仕事はコツコツだよな、といってそんなもんだと言い始める。
そうしてるうちに
そして文系の知り合いは官僚として国家予算を動かしているのを知る。
お前はめいっぱい強がって、うちの会社で社長になってもたかがしれてるんだよなーとつまらない謙遜をする。
おまえは役員にもなれないのに。
そしてお前の人生ははかなくおわる。
あたりまえだ、夢もなく、流されてきた親を尊敬するだろうか
没落の道へ。
もう引き返せないよ。すでに遅い。
人生は一生取り戻せないポイントがいくつかある。それを君らに教えてあげよう
1)
*それ以外は統計的に95%がどうしようもない人生でダメ人間としておわる
2)
官僚か、財閥系商社、メガバンク、外資系投資銀行のいずれかに入社する
*それ以外は統計的に95%がどうしようもない人生でダメ人間としておわる
3)
*それ以外は統計的に95%がどうしようもない人生でダメ人間としておわる
4)
30歳までに早慶以上の大学に進学した頭がよく、可愛い奥さんを貰う
*それ以外は統計的に95%がどうしようもない人生でダメ人間としておわる
5)
35までに2000万円貯金をする。
*それ以外は統計的に95%がどうしようもない人生でダメ人間としておわる
6)
徹底的にリサーチした上で、地方私立大学の近くに、学生用の賃貸アパートを立てる。
*自己資金2000万円と借入1000万円合わせて3000万円を使って、年間10%運用=年300万円収益をあげる
7)
なんだか違和感があるのです。
なんでそんなしょーもない嘘をついたんだろう。
意図的というより、都合よくナチュラルに嘘をつくタイプかしらん。
http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20080810
ちきりんは「古き良き時代の日本企業」で働いた後、極端にアグレッシブな人事制度をもつ米系の投資銀行でも働いたことがあります。
転職前には「そのうち日本企業も年功序列や終身雇用を維持できなくなる。だったら早めに欧米的な組織環境に慣れておいた方がいいよね。」と思っていました。
けれど実際に外資系企業で働いてみてわかったのは、「こんなに高いプレッシャーの下で楽しく働けるのは、ごく一部の人達だけだ。大半の人はこんなところでは力が発揮できないだろうな・・」ということでした。
http://bizmakoto.jp/makoto/articles/0907/23/news018.html
ちきりん 私は普通に大学を卒業し、大手の金融機関で働いていました。しかしそこを退職し、外資系の投資銀行で働こうと思ったのですが、その会社は日本の大学を卒業した人を相手にしていなかった。米国の大学を卒業していないと、「最終学歴を満たしていないわよ」といった雰囲気。
「じゃあ私も海外に留学しよう」ということで、27歳から2年間、海外で過ごすことに。そして日本に戻って来て「また金融機関で働くか……」と考えたのですが、当時はバブル経済がはじけたばかり。これから“落ちていく”業界を選ぶよりも「違ったところのほうがいいかな」と思い、今は畑違いの外資系で働いています。
●1986年 – 1991年 日興證券 引受本部(当時)勤務
●1991年 – 1993年 University of California at Berkeley, Haas School of Business (MBA)
●1993年 – 2010年 McKinsey and Company, Japan 勤務
・1993年 - コンサルタント(Associate, Engagement Manager)
金がほしいでいいと思うのだけれど
それだと問題として“もっといい方法があるんじゃないか?”って問が出てこない?
金や欲望て目的を明確にした途端に目的が手段を否定してしまわない?
夢追い系ってさ、手段が目的だからこそ成り立つんじゃないかな?
手段の目的化はよく否定されるけど、それでドツボにはまって抜け出せなくなって今更道を変えられない状況になった人間じゃないと
目的をちゃんと定めた途端に夢を追う必要がなくなっちゃわないかな?
なんというか、とりあえず手段の目的化で突っ走って取り返しがつかなくなってから
それが本当に“いい”のかは知らないけどさ
個人的な経験で言うと、スキルは仕事の外で身につけるものであって、仕事はそれを(直接的又は間接的に)裏づける実績を出すところ、という感じ。
投資銀行屋がM&Aのノウハウを身につけるとかだと仕事を通してしか学べないかもしれないが、そういう仕事に就いてる奴は大抵「誰でもできる仕事だから」と言う。
これはおそらくそういう意味(ノウハウであってスキルではない)だと思う。
例えば俺は仕事で線形代数とかバリバリ使うんだけど、これは教えろと言われてもとても難しい。
教科書に書いてあることは教えられるけど、使いこなすにはそれじゃ全然足りなくて、学生時代から数えて10年以上、様々な状況で実際に使ったり失敗したり、より抽象的な理論(関数解析とか量子力学とか群論とか)を何度も勉強して開眼したり、やっぱり勘違いだったことが分かったり、無数の経験を通じて脳内のニューラルネットが構築されていい感じに枝刈りされた状態が今なわけだ。
こういうものは恐らく「スキル」と言っていいんじゃないかと思う。
そして、仕事だけではこういうプロセスを経ることは基本的にできないと思う。
ニューラルネットというのは極めて複雑な構造物で、ループバックがあったりフリップフロップみたいな記憶構造があったりで、straightforwardなシーケンス処理としては絶対に記述できない。対して「ノウハウ」というのは、それがどんなに複雑であっても、本質的にシーケンスとして記述できる処理の集まりのことを言うのかもしれない。
そうそう、ジャンプのマンガの「トリコ」に出てきた話で「プロは考えない」というのがある。
これはほんとにそういうところがあって、要するにニューラルネットが十分にtrainされているから、論理的に考えなくてもニューロンに情報をぶっこめば適切な答えが得られるということ。
俺程度でも、数式が書いてあるのを見ると意味を考えなくても何となく間違ってるのが分かったりする。よく考えないと何で間違ってるのかは分からないんだけど、何となく違和感があって間違ってるっぽいなと分かる。
BLOGOS_AWARD 金融部門受賞のブロガーは匿名で経歴詐称疑惑がもたれていた。
経歴の胡散臭さを原因でwikipediaから削除抹消されていた。
http://news.livedoor.com/category/vender/kazu_fujisawa/
藤沢 数希(ふじさわ かずき、Kazuki Fujisawa)は、日本のブロガー。 本職はアメリカ系投資銀行勤務であるとしているが、経歴はすべて架空の設定である[1]。
http://ceron.jp/url/ja.wikipedia.org/wiki/%E8%97%A4%E6%B2%A2%E6%95%B0%E5%B8%8C
削除 百科事典に記載するほどの著名性・特筆性は確認できない。自称する経歴が虚構で、その他の情報源からの言及もなければ、百科事典的な記事に成長する見込みもない。ケースEに該当。-