はてなキーワード: 自己承認とは
弱者は身も心も社会的地位もないから自分を認めたり他の人を褒めたりすんのは無理なんだっつの。
なのに弱者男性の話題で、穏当な論者ですよアピールしたそうなやつはどいつもこいつも自己承認とか自己肯定をしたがる。
やめろよ、その「男たちは困ってるだろうが自分たちで自分を救え」みたいなの…! まずそれをやめろっ…!
自助や自己肯定っつーのは自助ができる程度の足腰がある人間に求めるもので、いわば病気に対する自己免疫みたいなもんで、不健康な奴がすべきはじめの一歩どころか、自助や自己免疫が機能する毎日ってのは目指すべき最終目標だろうがっ…!
「困った時の最初の手段として自助があてになる状態」を実現することが最終目標! なのに「最初の手段としては自助」じゃねえんだよ! 「まず弱者男性同士で認め合うことが必要」じゃねえんだよ!
ブラザーフッドなんて、心身安定してるやつら同士でできるもんだそれは!
まず! お前らが俺たちを救え! 癒せ…! 愛せ…! 育て直し…! 俺ら以外の男や女が俺たちを介護して育て直せ…! 社会正義の実現の為には、その任務をお前達社会が負うのが道理…!
弱者が自分たちを肯定できる能力を持てるのは、他者によってある程度満たされてからでしかありえない!
なのに、面倒くさくて不快でキモくて厄介だからって、勝手に自分たちで自分たちの面倒を見ろって態度を取って、しかもそれで善人面をするなっ…!
※俺の書き方が悪かったみたいで、すまない
※私刑の是非についてではなく、私刑の元になる情報が非常にあやふやなのに事が進んでしまっていることへの言及だ
ホントに胸糞悪い、被害者のことを考えると胸が痛くなる事件だ。
この事件に限った話じゃなくいつものように、加害者をつるし上げるべく善意の第三者が躍起になって情報を拡散している。
ウソだかホントだか、かなり詳細な情報まで平気でRTされている。
正気か?
ただそれは法に則って行われるべきだし、万が一にも冤罪の可能性があることを考えると情報の拡散は控えるべきだと考えている。
ウソともホントとも取れない情報を感情に従ってRTする連中は何を考えているんだろう。
そんなんなんで信用できるんだ?
なんでお前が信頼してるソイツを俺が信用できる?
冤罪の可能性を注意する人がいれば、「加害者を罰せねば未来の子供たちが~」「加害者の親ですか?」「被害者も望んでいるはずです」
悲しくなった。
みんなこの事件を痛ましく思っていて現状を変えたいと思っているのに、いがみ合っている。
みんなせめて遺族の方の声を、直に聞いてほしい。
直接URLを貼ることはしないが、遺族の方のFACEBOOKがある。
決して書き込みはせずに、読むだけにしてほしい。
※この件を上記のFacebook以外で正しく遺族と意思疎通していると思われるのは、さあやちゃんを守る会~いじめ撲滅@asahikawasaayaだけだ。
文春が事件を取り上げる前、被害者が行方不明の時点から情報を発信しているからだ。
利己的というか、自己プロデュースとか転職のプロみたいなのばかりになった感はある
だって、GitHubのtrendにinterviewみたいなネタばかり上がってくる
ここでいうinterviewというのは日本語のインタビューではなくて、採用面接のこと、特にコード面接とかその対策のことで、
あと、競技プログラミングみたいなのも就職・転職のため、面接・入社試験対策みたいな方が主になってしまってて、
要は能力自慢、俺スゴい、だから俺を雇え、みたいなウェイトが高くなりすぎてる
一方で昔のように趣味的にスゴいものを作るとか、それを発展させてビジネスまで持ち上げる人たちも勿論いるし、
自分はそういう方が面白いのだけど、それはそれでコモディティというか、
インターネットという毎日がオリンピック会場の世界で埋もれていってしまったりするわけで、
そうなってくるとなんか趣味としてもつまんなくなってくる気がするんだよなあ
漫画だって昔は出版物というテストというかフィルターを通過しなければ世に広く出られなかったわけで、
そうなると、単に趣味でいい、広く表現したい、でもちょっと売りたいだったら同人誌だっただろうし、
正規?なルートとしては新人賞で受賞して、担当編集者が決まって、デビュー作で短編を載せて、みたいなのがスタートラインで、
ネットがない時代はそれでしか世に出る方法がなかったわけだけど、
まずプロより上手いぐらいの素人は大量に存在して、彼らは漫画家なんかよりカタギで食ってきたいとか思って諦めてきたわけで、
でも、出版物もなくなってネットで漫画を配信するようになると、連載で穴を空けるようなリスクが急激に下がってしまって、
極端なことを言えば、原稿ができたら持ってきてください、そのとき都合がいい媒体に配信しますんで、
漫画で食ってく金は敢えて稼がないけど、小遣い稼ぎなら実現しやすくなる
そうなると困ってくるのは漫画一本で食べてる漫画家の方だったりして、
彼らは人生を二択してしまったから、時間とか人生のリソースを全て漫画に詰め込むことができる分では有利になるけど、
人生全体として考えると、漫画家という職業自体にリスクがあるし、
アタリショックではないが、そんな感じでネット上に大量の漫画が溢れてしまっているので、
余りこだわりがない読者は無償枠の連載を読み歩くだけで暇は潰せてしまう
読者が単行本までリーチしないと元が取れないのが日本の漫画のビジネスモデルなので、
これまでの雑誌=質の悪い紙で赤字で発行して読者を単行本購入まで導く広告、を印刷、輸送、販売するコストはゼロになったが、
今度は雑誌の売上、書店から上がってくるデータは得られず、それはアクセス解析に置き換わり、
そういった有象無象の荒波の中で漫画家も編集サイドもなんとか単行本購入に繋げなければならない
話が脱線したがプログラマーも同じで、一発逆転ネタはほぼなくなったし、
現実的にサラリーマンとして、どう優位に働くか、みたいな方向にシフトしてしまっているのだと考えられる
これは全世界共通の傾向だと思う
ガレージハウスでvisicalcを開発して大儲け、みたいな時代は終わり、
その代わり、どうやってGAFAに就職して給与を上げるか職歴に泊を付けるか、みたいな方向に向かっている
夢がないように思えるけど、食べてかなければならんわけで、正しいっちゃあ正しい
というか、今の時代、プログラマーや漫画家でなくても、みんななんかこういう息苦しい世界になってしまったよなあと思う
アスカが、レイはまったく喋ってないのに人気があってムカつく、とか愚痴ってて、
だったらレイがもっと喋ればエヴァの人気は鰻登りみたいにNERVスタッフが言い出して、
冬月「喋らせていいんだな」ゲンドウ「ああ…」
花のあすか組!みたいにヤンキーやってるアスカがレイを散々挑発していると、
そこから林原めぐみが地で喋りだすの、もう数十年前のネタなんだろうけど知らんかった
面白かった
というか、本当に25、26話に怒ってる視聴者の気持ちが自分は理解できなくて、
これはこれでガイナらしいというか、これでもいいと自分は思ってた
そもそも、その前の段階で作画は絶望的な状態なのは見え見えで、
おめでとう!ありがとう!だったわけだけど、
やっぱり、エヴァがアニメと違う世界の人たちを視聴者として取り込んだこともあるんだろうか、
BBSに庵野○ねとか書かれてたかは知らんけど、そう書かれててもおかしくない雰囲気はあったし、
〜解説読本みたいなの色々出版されてたけど、自分も本屋で手に取ったぐらいで買わなかったんだよなあ
早稲田のインタビューで庵野氏自身も読んでませんと言ってたみたいだしw
映画観に行ってないけど、面白いんだろうけど、やっぱり自分にとってはあれで終わってるんだよなあ
今やってる映画は父殺しにも決着を付けたんだろうけど、アレはアレで良しだったと思う
作者の精神がヤバイ方向に向かっているんではないかと心配したぐらいで
それは正しかったんだろうけど、本当に自己啓発セミナーを描きたかったのか、
皮肉やギャグだったのか、そこのラインがあれだと見分けられなくて、寧ろ心配になったし、
あれを勘違い?してカルトや自己啓発セミナービジネスのカモに視聴者がならないかとか心配した
オウム真理教の冊子とかはアホかと思うぐらいつまらないものだったけど、
エヴァみたいに面白い冊子だったら自分も、嵌りはしなくても集会に顔を出すぐらいはしてたかもしれない
寧ろそういう怖さを感じたんだよなあ
比較的最近で言うなら、イスラム国が雑誌を出版していて、PDFのを眺めたりしたけど、
こんな感じでテロリズムをオシャンティーにすることもできるわけで、
そういうところがYouTuberみたいな近年の肥大した自己承認欲求とも被って見えるというか、
安倍晋三ではないが、承認欲求を満たしたり扇動行為やってる本人と信者は面白いんだろうけど、
いつかは本当の実力とか暴力にそういう薄っぺらなものは屈する日が来るんだよね
それは人間の道徳や倫理、思想もある種のフィクションであって同じなんだよね
ただ、信念というか、宗教であっても本当に信じている狂信者であるならば、
それは殺されそうになっても揺らぐことはないわけで、
かわいくてお金持ちの両親がいて金持ちの学校に行ってブランドものの鞄と時計を持って顔のいいやつとつるめるお前が嫌いだ
これは嫉妬だ
そんなことはわかってる、だけど感情は止められないものだからここに書くことにした
お前がネットで自慢するたびに向けられる誹謗中傷はお前がネットにいる限り向けられるものだ
甘んじてうけろとは言わないがそうなる可能性を微塵も考えていなかったのならお前は愚かだ
もう少し賢ければお前はそのブランドの品々を隠すだろう
お前が成人していて親の庇護を受けない立場で自力で稼いだものに対しては何も言わないがお前のその親に与えられたであろう品々が妬ましい
金さえあれば大体のことは解決する、その象徴であるブランドをお前は隠しもせず披露する
お前は自分の力で手に入れてないもので無意識にあるいは意識的に下々の虫けらにマウントをとっている
それが気に食わないやつは死ぬほどいる
お前は美しくお前の周りにいるものを選ぶことができる、だから虫けらのようなゴミ芥なぞ気にもとめずにそのまま生きていける
それなのにまだ自己承認欲求が満たされないお前が哀れでもある、そんなに美しいのに他人から絶賛されねば生きていけないのか
お前の顔を見るたびに思う、その顔であったならと
ブスに人権はない
かわいいは正義などと言われ多少の犯罪を起こしてもお目溢しをもらえるのにブスには温情はない
性格が悪いブスなんてどうしようもないが、卑屈にもなる、周りから悪意を受けてきた人間がなぜそれに染まらないと言えるのか
顔面で決まるこの世が嫌いだ
「なんでも調べられること」に疲れた (https://anond.hatelabo.jp/20210119234225) を書いた増田です。
思ったより大きい反響があって、その後リアルでもいろいろあって1つ気づいたことがあるのでここに書き留めておきたい。
タイトル通りである。どうやら私は、人生に、正解があると思い込んでいたみたいだ。
例えば、就職。今いる会社は自分なりに考え、納得して入った会社だ。やりがいもあるし、待遇も良い。
ただ、それでもやっぱり不満を覚えることがある。それは、中小企業であったり、考え方が古かったりなど、ありがちな不満だ。
そんなとき、100%満足することなんてないとわかっていながら、誰でも知っている大企業に同級生が勤めていると聞いたとき、
「あ、人生の正解はこっちだったかな」と思ってしまう自分がいた。
正直、その大企業の事業に興味はないし、自分の興味がある分野はちょっと特殊なため、そもそも業界内に大企業が存在しない。
そこまでわかっていながら、インターネットで「大企業の総合職は勝ち組」なんて記載を見ると、もやもやと妬んでしまう。
おそらく、自己承認欲求の方向と興味の方向が一致していないのだろう。興味がないのだから、今の私が何度就活をやり直したところで私が大企業に行くことはない。
自分の興味のある分野で、そこそこ良い待遇で働けているのだから、そこで今の状況に納得すればいいのに、私は「みんなに羨ましがられるような企業に興味を持つのが正解なんだろうな」と思ってしまう。
理由は、多くの人が、インターネットでもリアルでも、大企業の素晴らしさを説いているから。
そんなどうしようもない後悔や妬み、嫉みがぐるぐるしているときに、「あ、私は、『正解』に縛られているな」と思った。
インターネット上で私がよく見るまとめサイトでは(そもそもソースがまとめサイトな時点で間違っているのは重々承知の上で、これは麻薬みたいなもので読むのをやめられない)、とにかく【コスパ】のいい人生が賛賞されているように思う。できる限り少ない努力で、できる限り「羨ましがられるような」生活を送る。テンプレとして上げられるのが、都会の大学→大企業だと思う。
私は、自分の意思でそれとは違う道を歩んだにもかかわらず、「大多数が望む進路」に興味をもてなかったことに、後悔しているのだと気づいた。
大多数が望むことこそが、「正解」ではないかと思うようになってしまっていたからだ。
だから、そんな「正解(のようなもの)」が多く見える、現代の、「なんでも調べられる生活」に疲れていた。
でも、それは、「正解」じゃないんだなと、今更ながら気がついた。
アラフィフおじさんだが台本付きチケット80枚の彼のnoteでの独白が他人事に思えない。
私はいわゆる「マジメ系クズ」「意識だけ高い系クズ」と言われる属性の人間だ。
彼と同じく承認欲求からの不安で、35歳から会社の外のネットワークづくりにハマり、さまざまなコミュニティに出入りした。
人と会ってる俺すごい!人脈すごい!自己承認爆上がり!みたいな感じになった。麻薬だった。ワークショップ中毒になった。
やってる感しか無い事実に気がつかず、全能感が上がり、すごい(ような気がする)周囲の人たちに囲まれている中で「俺すごい!自己承認満たされた!」と感じるも、オフ会後に自分は何もしていない・できない・単なるワナビーでモブキャラに過ぎないことを感じて落ち込んでいた。
彼とまったく同じだ。そして私と似たようなマジメ系クズ属性の人達も、たくさんいた。みな一様に自己評価が低く、去勢を張る勇気もないので意識高い系のコミュニティに属して自分の評価を高めよいともがいていたように思う。
そしてみんなコミュニティからいなくなった。というかマジメ系クズ属性の人間は自分でも周囲からも場違いを感じとり自己消滅していった。コミュニティジプシーになった挙句、お金の法則にも引きづられそうになった(入口で立ち止まって引き返したが)
私はどのコミュニティにも居続けることができずひとり孤独になった。
意識高い系クズとして挫折して、挫折し続けて約10年が経った。友人はいない。やりたいことも見つからない。いかなるコミュニティにも属していない。
仕事をなんとか誤魔化してやり過ごして、ご飯を食べてネット見て寝る。10年前の私でじゃは考えられない意識の低い生活。
アラフィフでコレだ。取り返しのつかないところに来てしまった。その一方で無理しない自分に心地良さを感じることもある。
マジメ系クズというと酷いゴミクソ人間のように思えるが、マジメ系クズだと思わなければ、普通の生活ではないか。
身の丈や置かれている環境に沿ってひっそりと生きるのも、否定も肯定もしなければ、生きてはいける。比較や競争、承認欲求から距離を置ければ、目をつむって生きることはできる。