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◆シン・ゴジラみてきた話
シン・ゴジラ。見てきました。
12年ぶりのゴジラ復活であり、エヴァなんかで有名な庵野監督であり、進撃の巨人でやらかしたらしい(みてない)特撮監督であり、と。いろいろな意味でキャッチ―な話題を振りまいてきたシン・ゴジラを、見てきました。
ファイナルウォーズで子供ながらにちょっとがっかりしたままゴジラと別れ、ちょい前のハリウッドゴジラで大興奮し、こんどのゴジラははたして大丈夫なんだろうかと個人的に心配してたシン・ゴジラを、見てきました。
とりあえずの感想として、面白かったです。そこに嘘はないです。
ただ、見てる途中で引っかかる部分はあったし、あるシーンでは完全にがっかりしきってました。そこからテンションを持ち直せてよかった。
こっから先はネタバレを加えながら、具体的にどう感じたのか突っ込んで書いていきたいと思います。
本題に入る前にもう一つだけ。この文章を書いてる人間のゴジラ歴、ゴジラ観(というほどのものでもない)を共有しておきます。
生まれて初めて見たゴジラは、ゴジラVSデストロイヤーで、4歳か5歳のころに映画館に連れられて見た記憶があります。話は覚えてません。父親が好きだったので、一緒に連れてこられただけという感じだと思います。
ただ、幼少期にゴジラだったりデストロイヤーのおもちゃで遊んでた記憶はあるので、気に入ったんだとは思います。
ちゃんと、映画館でゴジラを鑑賞したと自覚のある記憶は、「巨大イグアナNYに現る」が最初のゴジラ映画になりますね。これも小さかったので、なんとなく楽しんだ記憶はあります。レゴで作ったビルをゴジラのフィギュアで貫通させて遊んだりはしてた記憶があります。と、いうわけで、本当にちゃんとゴジラを見たのはミレニアムからです。その後のいわゆる5代目ゴジラは大体父親と弟と一緒に映画館へ見に行きました。ハム太郎との同時上映なんかもありましたが、小さな妹もいた我が家的には、正直ちょうどいい組み合わせでした。そして、ファイナルウォーズを観てしょぼめのマトリックスみたいだなと思ったところで、一旦ゴジラが途絶えます。
僕が見てきたゴジラってのは、結構イケメン顔でマッチョ体格なヒーロー怪獣なんですよね。日本にやってきて暴れますけど、結局もっと悪い怪獣が他に出てきて、そいつと戦うこと自体が結果的に日本を救ってたりすることもあるような。
そういうゴジラをずっと見てきて、それが普通だったので、ハリウッド版のゴジラ(ちゃんとしてる方)は正直大好物でした。興奮しまくって映画館で立ち上がらなかったのが奇跡なレベルで。
ハリウッドが完璧にゴジラを再現した!と思ってたところで日本のゴジラ復活、監督は庵野!
最初はあまり深く考えずに面白そうだねーなんてへらへらしてましたが、だんだん変なわけわかんない展開にならないだろうかと不安になったりもしました。
予習として、進撃の巨人を見ておこうかと思ってGEOまで行って、パッケージがなんか無理って思ってスパイダーマンを借りました。2回目はバットマン。
そんな感じの、あまりがっつりゴジラオタクというわけではない平成生まれが見てきた感想です。
あまり事前の情報収集をしていなかったので知らなかったのですが、今回のゴジラはすごいネタバレ対策が徹底されていたとか。関係者試写会で誓約書を書かされたとかなんとか。
パンフレットにも思いっきり「ネタバレ注意!」なんて帯が付いていましたし。
ただ、誤解を恐れずに言うのなら、映画の大筋自体には、ネタバレするほどの情報もドンデン返しもないよな、と思います。
ゴジラが出てきて大暴れ。それに対して核攻撃したいアメリカ。何とかしてそれを阻止するためにゴジラを倒すぞ日本!すごくシンプルなストーリーです。
そういうシンプルなストーリーを、庵野監督が徹底的にリアリティにこだわって世界観を作ってゴジラというフィクションを成立させる。その手腕を楽しむという意味でクラッシック音楽ぽいかな、と思いました。
たぶん、これが突拍子もないストーリーで、かつあのテンポで話を進められたらついて行けてなかったと思います。
理解しやすいシンプルな話だからこそ、会議シーンみたいな細かい情報の芸術を楽しめたと思っています。
実際の日本にゴジラが出てきたら政府はどう対応するのか、を大真面目に検証した「空想会議読本」って感じでした。
◆あの音楽の話とあのシーンの話
あの音楽の話です。巨災対チームのシーンで流れる、あのエヴァのやつです。正直、勘弁してほしかったです。結構何度もしつこく流れますし。
僕なんか、特撮おじさんの方々と比べたらゴジラファンなのかどうかも怪しい浅さですが、それでも、「ゴジラを見るために」映画館に足を運びました。
そこでこう、デンデンデンデン、デンデンとされてしまうと、どうしても違和感を感じたというか、冷めたというか。俺は今ゴジラを観てるのか、庵野を観てるのか。見たかったのはゴジラなんだけど、今見せられてるのは庵野なのではないだろうか、というか。別に庵野監督の作品が見たくない訳ではないんですが、それはあくまでゴジラの内側に収まる範囲の話であって、その音楽のせいで庵野ワールドへと飛び出し過ぎてしまってる感じがどうしても引っかかりました。
エヴァの人が監督だからエヴァの音楽を使いました、じゃちょっとギャグになってしまう。シーンとしてはシリアスで、音楽の意図もシリアスさを出すためだったはずですが、映画への没入感が急激に薄れていきました。
同じ音源使いまわしでも、過去のゴジラシリーズのものはやはりゴジラの内側なので、しっくりくるんですよね。エヴァの音楽は単に庵野監督という存在のみをハブしている外の音楽ですから。
正直、これは自分の中で予想外だったのでかなり面食らいました。そして、この後も何かやらかしてくるんじゃないだろうかという不安が、以後鑑賞中頭から離れなくなります。で、あのシーンです。放射熱線。
ゴジラが紫色に輝いて、放射熱線撃つぞってシーン。急にBGMが声楽になって、なんかすっごいお洒落感出てしまいました。これは、正直覚悟してました。なんかそういう、山場のシーンでお上品な音楽は使いそうだなっていう勝手なイメージ。絵がスゴイかっこよかっただけに、既にデンデンデン攻撃でちょっと冷めてたのもあって結構堪えました。これに関しては、ゴジラの内側外側とはあんまり関係ないので、単に好みの話だと思います。デンデンデンが無ければもう少し前向きに受けとれた可能性もあります。最終的にここは、「翼をください」が流れなかっただけよかったな。と思うことにしました。
個人的にはこの2か所が、この映画を観ていて引っかかった部分です。
ここらへんで結構下降してたテンションは、その後のゴジラとの決戦、新幹線爆弾にビル崩し、在来線爆弾といった最高の作戦によってみるみる回復しました。
こういう「現在の日本でどうゴジラと戦うか」に対する回答はさすがに見事だなと思います。
平成生まれで、特にシリーズを深追いすることなくなんとなくゴジラを観てきた僕にとって、初めて「世界にゴジラがいなかったゴジラ」の映画でした。
娯楽映画として楽しく、ゴジラが登場したらという思考実験として興味深い映画だと思います。全体として、庵野監督がものすごく誠実にゴジラに対して向き合って作った映画だとも感じます。
だからこそ、上記2シーンはやや誠実さに欠けた、監督のエゴが行き過ぎた故に引っかかってしまったのかなと。
なので、ツイッターなんかで見かける「ここ10年で最高傑作の邦画!」とか、そういう評価感想がどうしても行き過ぎてるように感じます。そこまでじゃない、とはとても言わないですけど、デンデンデン気にならなかった?あそこだけゴジラちゃうよ?と。「ゴジラはいいぞ」くらいならわかるけど、って感じで。
自分が慣れ親しんできたゴジラのテンプレートに近い物、というひいき目こそありますが、ハリウッド版ゴジラの方が個人的には誠実なゴジラ映画だったなと感じます。
良くも悪くも、庵野ワールド全開な映画だったということでしょうか。
ゴジラ>庵野監督な僕としては、その分だけターゲットからズレていったんでしょうね。逆になにも知らなかったらそれはそれで素直に楽しめたんでしょうけど、浅いファン故に感じた違和感のお話でした。
古典文学はもちろん、歴史書や科学書、聖書にいたるまで挿絵はついていたし、中世になって印刷革命が起こるとその傾向はさらに加速した。
日本においても、王朝文学や軍記物には絵巻があったし、江戸時代の読本にも浮世絵師がイラストを添えていた。明治以降の読本も同じく。
現代では、新聞や雑誌の連載小説にはたいてい挿絵が付いているし、また言うまでもなくライトノベルが勢力を拡大してきている。
こうしてみると挿絵をまったく入れないほうが例外的に感じるほどで、「なぜライトノベルには挿絵が入るのか」よりも「なぜ(純)文学には挿絵が入らないのか」を考えたほうが良いのではないかと思えてくる。
なんで?
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自分自身の能力の無さとかメンタルの弱さで周りに迷惑を掛けまくっているのできっぱり死んでしまった方が良いなと思い、遺書を書いて実家を出た。
最後の晩餐にはラーメンが良いと思い、いつもは二郎系ばっかり行くのだが幸楽苑に行った。極旨醤油を頼んだが400円ならもっと美味い所があるなという感想だった。
衝動的な行動だったので、コンセントを結んでバッグの中に入れては来たが他に何も準備していなかったという事に飯を食ってから気が付いた。
完全自殺マニュアルは前から気になっていたし参考になるかもしれないと思い、色んな本屋を探してみたが何処にも無かった。同じ太田出版から出ている似たような話題の本はあったので読んでみたが、自殺に掛かる金の話しかなくどうでも良かった。
誰もいない田舎で死にたいと思い、電車で移動していたのだが、地元の高校生の姿を見て余所者が彼らに迷惑を掛ける訳にはいかないなと思い、戻ることにした。
そんな訳で某駅のトイレに着いた。が、綺麗なのは良いけれども赤外線センサーが身体に反応してしまうので非常に怪しまれやすい。色々探し回って和式トイレが良いなと思った(この時点で別駅にいる)。
さて、いよいよ現世ともおさらばだと思ったのだが、どうも上手く締まらない。長さを調節したりして頑張っていたのだが、結局頸動脈圧迫まで行かなかった。ベルトで自分の首を締めた時は上手くトベたんだが。
長い間トイレに篭っていると怪しまれるかもしれないのでやむを得ずトイレを出た。
この時点で死ぬ気が大分失せてしまった。もっと手軽に死ねると思っていたので甘さを実感した。どうしようもなく彷徨っていたが、しょうがないので本屋に行って時間を潰そうと思い、適当に新書を手に取った。科学読本のような物だったが、存外面白かった。
かつては俺にも大学で研究したい事があったのを思い出した。もう一度追いかけてみたくなった。全く身勝手である。
結局のところ今の俺は親の穀潰しでしかないのだから早死するに越した事はない。それにもう一度自分の無能力に裏切られるだけだろう。それが分かっていながらのうのうと生きようとする自分は本当にクソ人間だ。
ただ今は自殺活力が失われてどうしようもなくなってしまった。生きたくねえっつってんだろ、頼むから現世に希望なんか持たせないで自殺させて欲しい
舛本和也『トリガー流アニメ制作進行読本』が読みたいんだが、星海社の本ってんで購入をためらってる。
だってあそこ著名な作家ひっぱってくるか再販するかしか出来ない同人ゴロみたいな会社のくせに先鋭気取ってる腐れじゃん。
何名かの、熱烈なTRIGGERファンとおぼしき同業の方から、
「悔しい! これは私が担当すべき本だった!」といった類のコメントを頂きましたが、
笑わせてもらっちゃ困ります。
いや、お前が笑わせんなよ。「大のTRIGGERファン」を名乗りながらTRIGGERの何が素晴らしいか一ミリも語らず、
TRIGGERという会社が出来たことを、ネットのニュースか何かで知りました。
興奮した僕は、勤務中にも拘らず、まだ何もなかったTRIGGER公式サイトにアクセス。
とか、ア ホ か !
http://anond.hatelabo.jp/20140506144603
これだけのものを「ちゃんと」読めば、そりゃあなんとかなるでしょう。
しかし、何万円になるんだ。
事前に予習をするのに何を利用するか。
Wikipediaは難しすぎる。専門的すぎてすぐには理解できないし、
そもそも正しいのか誤っているのかの判断さえつかない。
ちょうどよいのではないかと考えている。
教科書としていいか悪いかを決するだけの度胸はないが、
音声を2倍速とか3倍速とか4倍速で聞けばあっという間に予習が終わる。
あとは、「高校数学とっておき勉強法」とか「計算力を強くする」とか
「ワナにはまらない微分積分」とか「数学ガールの秘密ノート」とか
「数学読本」とか「プログラマの数学」とか「チャート式」とか「Focus Gold」とか
「虚数の情緒」とか「分かりやすい教え方の技術」とか「博士の愛した数式」とか
「おはなし数学史」とか「はじめてであうすうがくの絵本」とか「数の悪魔」とか
「人はなぜ数学が嫌いになるのか」とか「数学でつまずくのはなぜか」とか
「算数・数学が得意になる本」とか「数学に恋したくなる話」とか
「数学を愛した人たち」とか「ハッピーになれる算数」とか「生き抜くための数学入門」などの
関係ありそうな本をちゃんと読んでおけば、なんとかなる気がする。
また、DVD「日常にひそむ数理曲線」や、NHK高校講座の動画も実にためになる。
関数グラフソフト「GRAPES」というのも理解を助けてくれる。
式がグラフになるのが単純に楽しいし、グラフを動かすこともできる。
化けの皮が剥がれるのではないかという懸念もあろう。
賢い子ほどこちらの言ったことを善意に解釈し勝手にどんどん進んでいく。
苦手な子の場合は、一緒に考えればいいのだ。
なんとかなるはずだ。
初めまして。前回「Web系の会社を解雇されて思った事 」を皆さんに読んで頂いて大変うれしい。自分はと言うととりあえず会社らしき所で働いているが、もう辞めたい病発症中だ。以下辞めたい病の内容を職種別に話そうと思う。
Webという仕事をやってて一番嫌いなのがこのデザインと言う仕事だ。大手企業に入社できない大手病まっしぐらの28歳の自分としては、どうしても事業規模の小さい会社で仕事する事が多く、デザインの方向性から自分が担当する事がある。ここで俺がデザインを嫌いな理由は「そもそも何でデザイン作成や改修をするんですか?」とやる目的が見えない時があるからだ。まずデザインや文章を書いていく上で重要な事を書くと、
1.相手に何を伝えたいか?
2.どのような伝えていく事で、相手にどのような印象を与えていくか?
の2つ。例えばこの文章は「俺が仕事の愚痴を書いて、皆さんに共感してもらう」事や「こいつはこういう仕事が向いていない奴」「こいつは仕事本体より愚痴になると心が踊る奴だ」と言う印象を皆さんに与える為に書いている。
さてAKB48だろうと「普通な女の子が歌う歌」と言う方向性があるし、西野カナにしても「失恋に悩む女の子」と言う方向性があって、それに則ってお金を取っているわけだ。その点を煮詰める事が一番肝心だし、そもそもの方向性が定まってないのにサイトを作るのは「敢えて言おう。無駄であると」と言いたい。
それこそサイトを受注する料金がかかるのならば無料ブログでも良い。それこそキャバ嬢や風俗嬢の女の子が個人サイトでも持って営業したからと言って、収益に結びつくのだろうか?否そうではない。要は見た目の良さや機能性のみだけがサイトや商品の善し悪しを決める訳ではなく、相手に合わせ的確なものを選ぶのが肝要であり、そういう話が無いデザイン会社を受けるのは絶対に受験するのを止めろと言いたい。キャバ嬢から話を話して、千葉県のCafe GAKEのブログなどを見ていても思う事で、そのお店の雰囲気や店長の人柄が伝わればそれで良いと思っている。
さて3社目にいた時はどうだったか?機能や見た目に浮かれるような上だったからこそ最悪だった。結論から言えば「Photoshopでスライスし、パーツ画像を作成するコツと方法(Webクリエイターボックス)」に書いてあるようなPhotoshopのスライスの切り方や、各部分の間隔のそろえ方などデザインに関する技術を覚えられたのは良かったと思う。しかし企画としては明らかに失敗と思うケースは意外にある。
具体的には「○○をユーザーによく見せる為に、△△なサイトのデザインにしていく」と言う何故このデザインにするの?と言う説明が無いままいきなり作ってと言う流れに。そりゃあ慣れないプログラム言語を使ってデザイン部分〜データーベース部分に至るまでほぼ一人でやっていた訳だ。しかし終始上は上で俺が作ったページが最高だ!と言わん顔。クライアントとの打ち合わせ会議から帰って来ると「サイトの画像のエフェクトを使うという冒険をしたくないのか?」とクライアントを非難する事を陰で言ってるあたり、そもそも何の為に作っているのかをお互い摺り合わせていない事がわかった。
無論技術を見せびらかして「素人目に見てこうした方が凄い」とのたまっていたが、はっきり言って見る人は絶対に見ない。そもそも今の俺がそうだから。と言う訳でどうも俺はデザインが似合わない事が分かった。
と同様に俺はプログラムと言う名の現場開発もどうも苦手だった。俺はエロ系のサイトの改修をやっていたときは「世界最強のエロサイトを作ってやるぜ」と息を巻いていた。しかしソーシャルゲームはどうか?お姉ちゃんのおっぱいも関係ないし、かといってお尻も関係ない生活が3ヶ月続いた。そもそも無機質なカードを見て欲情できる奴らの気持ちが理解できず、なんでこんな物で満足できるのだろうと思っていた。
しかし会社をクビになる頃、俺はすばらしい数学の問題に出会ったのだ。Twitter経由で「コンプガチャの数理 -コンプに必要な期待回数の計算方法について-:doryokujin's blog」に書かれていた、Coupon Collectors Ploblemと言う命題に非常に感激した。これはnを自然数としてn種類のクーポンの出現確率が同じと仮定した場合、n種類のクーポン全てが出そろう枚数の期待値 E(n) = n(1 + 1/2 +1/3 + …… + 1/n)(枚)となると言うもの。
この時マクドナルドで3種類のコーラグラスを集めるキャンペーンをやっていて、セットを幾ら頼めば良いかなんてのを暗算で弾いたのは良い思い出。n=3なのでE(3) = 11/2で、セット一種類当たりの値段が600円だから3種類全て出そろう期待金額= 600 * 11/2 = 3'300(円)なので、最初っから3種類買って全て集めたのは良い思い出だ。これがソーシャルゲーム時代に一番感激したないようで、ソーシャルゲームの運用のやり方とこのCoupon Collector's Ploblemの証明どっちを取るかと聞かれたら、すかさず後者を取るだろう。それくらい俺は物を作ると言う仕事に向いていないらしいことが分かった。むしろ統計学やデータマイニングと言った数学を駆使してできる商売や、商品企画などもっと上流の過程で仕事がしたいと思い探している。
6月の面接の段階で、機械学習やクラスタリングと言った知識に穴があった。最近ではその点を補う為に「データサイエンティスト養成読本 [ビッグデータ時代のビジネスを支えるデータ分析力が身につく! ] (Software Design plus)」のような本を読んで、取り合えず次の会社の面接官の話のタネになる知識を集めている最中だ。大学時代が贈処理の研究をしていて、クラスタリングと言う単語は聞いた事があった。しかし実際に触れてなかったので改めてここで復習をしているのだ。
最後にこの文章をはてな匿名ダイヤリーで書いたのは、顔を隠そうと思っての事だ。「明らか向かない仕事をどうしてやるのだろう?」「デザインに関しては俺はクライアントの要求以上の事は出来ない。寧ろ美術関係の学校をでているような人に座を譲りたい。デザインに対する情熱が俺とは違う」「俺の好きな数学やデータを駆使するしごとにいきたい」としきりに思いながら仕事をしている。そして長々と愚痴を書いたが、こんな愚痴をここまでお読み頂いた皆さんには感謝だ。又こういった場を提供してくださった株式会社はてなの皆さんにも感謝する次第である。
世間一般様から「読書家」とひとくりりにされ、一束十円のブックオフ価格で流通している今日このごろの読書ファッションクソ野郎どもであるけれど、その内実はピンキリで、とりあえずジャンルや内容や分量に関わらず月に三冊以上読んでいれば全国平均的に照らして「かなり読んでいる」ほうの部類に入る。
数を誇りがちなのは男だ。
数をこなしたからといって偉いわけではないと口ではうそぶきつつ、「いやあ、今年は千冊も読めなかったよ」だとか「一日頑張れば十冊は行けるね」だとか「○○の必読本リストは○冊しか読めてないな」だとかなんでもかんでも数字に還元する。
別に速読はクソだとか熟読こそ至高だとかいう議論をしたいわけじゃない。ヴォルター・ベンヤミンは生涯で1700冊しか本を読まず、一方でレヴィ=ストロースは一冊書くために7000冊を読み、イケダハヤトは年速500冊を読破し、ボルヘスは「1000冊も読める人間など存在しない」と主張した。この四人の言う「読む」はおそらくそれぞれ意味が大いに異なる。だが今はそんなことは関係ない。「本を読む、とはどういうことか」じゃない。傾向の話だ。重要なのはベンヤミンもレヴィ=ストロースもイケダハヤトもボルヘスも松岡正剛も佐藤優もそのへんのラノベ評論家もブログやってるビジネスマンもみな男だという事実だ。
男は自分についてであれ他人についてであれ、読書について言及するときに数の話をしたがる傾向にある。
数が多い方が偉くて強い。そういう世界は微笑ましい。人によっては浅薄で醜いと断じるかもしれない。けれど、浅い分理解しやすくはある。
そこに現れているのは一種体育会系的な価値観だ。どんなメガネモヤシとて鬱屈したヲタとて、オスである以上は筋肉量に憧れるのだ。私の読書冊数は十三万です。
強い。わかりやすい。
読書メーターが珍重される理由もそこに関係している。RPGみたいに、読書家のステータスを可視化してくれるのだ。今までの読書冊数がHPなら、月あたりの読書冊数がすばやさ、コメントがパワー。
既読冊数も数なら、読んだ本の内容も数だ。実のところ「読んだ本の数より、どれだけ内容を理解しているかのほうが重要だろ」と、男が言うときに使う「理解」という単語はそのまま「記憶」に置き換えうる。つまり、本の筋や要点をどれだけ他人の前でそのまま垂れ流せるか、どれだけ脳にストックしてある別の本と(それぞれの文脈を無視した上で)リンクさせられるかが男の言うところの「理解」となる。ぷよぷよとかミスタードリラーとか、そのへんの連鎖パズルゲームをやってるのとあまりかわらない。
ひるがえって、女は数の話をしない。そもそも数えない。目の前を流れてゆく本にただ好きか嫌いかのスタンプを流れ作業で押していく。
小説についての話をすると、まず自分がある登場人物をいか好きか/嫌いかを述べだす。本気で。ぼんくら男子同士が「ビッチ」だと「処女」だのとぼんくら慣れ合いのための属性を貼り付けて表面的に消費するのとわけが違う。彼女らは本気でキャラを憎み、愛している。
そして、いきなり自分語りを始める。マミさんによく似たバイト先の先輩の話を始める。そんな先輩がいらっしゃるならぜひ紹介していただきたい、というこちらの懇願を無視して、いかにその先輩とそりがあわないか、先輩がクズかをとうとうと語り、最終的にバイト先がかつてマルクスの予言し憂慮した末期資本主義的状況下にあり私はとてもつらいんです大変なんです疎外されてるんですだからマミさんは最低な女だと思います、という実に革命前夜なティロ・フィナーレに行き着く。
よくわからない。よくわからないと言えないまま、また別の本と別の現実の話題にうつる。
マミさんが嫌いな女子とは別の知り合いで、村上春樹を嫌いな女子がいる。その子は村上春樹がそりゃあもう大っ嫌いだ。春樹に関係するものすべてを憎悪していて、村上春樹本人も嫌いなら、ファンも勿論大嫌いで、村上春樹フェアをやってる書店も嫌いで、『色彩を持たない多崎つくる』が大ヒットしている現代日本社会も嫌っている。読まず嫌いというわけでなく少なくとも数冊は読んでいるはずのその子が本質的に村上の何が嫌いかはよくわからなくて、理由を訊いても「キザっぽくて嫌だ」とか「セックスだけじゃん」とか、いまいち要領をえない。だって、おまえ、バタイユとかサドとかロブ=グリエとか喜々として読んでるじゃん。
男子にも村上春樹とそのファンとその社会を嫌うやつはそれなりにいて、でもそういうやつらはなぜか「『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』だけは好きだね」などと妙に言い訳地味た予防線を忘れない。続いて、聞いてもないのに春樹論について語りだす。「俺は基本的に春樹嫌いだけど、文学性や価値は理解できるし、いいところがあれば認める度量もあるよ」と言いたいわけだ。春樹以外の気に食わない作家陣に対しても似たような態度しかとれない。嫌うのに社会的にコレクトな理屈を探そうとする。それを見つけたあとでも、けなしはしても全面的な攻撃はしかけない。そんな度胸はないんだよ。俺もお前も。
女は退かない、媚びない、顧みない。嫌った相手には容赦しない。同時に自分の正当性や正義も疑わない。よって言い訳をしない。理屈を探さない。よその基準など関係ない。私の人生が伊坂はクソだと告げている。
虚構と現実の境界線をきちんと引き、作品世界をきっちり読み込み把握したうえで、手前の価値観の物差しのみを武器に全身全霊をもって襲い掛かってくる。彼女たちは数を数えない。だから、物差しで切り捨てた数もおぼえていない。
あなたがもし男であるならば、女と本についてトークするのはオススメしない。なぜなら、あなたは弱い。あなたはその本について、内容を記憶しているだけで実は何も独自の見解を有していない。その場でとっさにひねりだした解釈に、あなたは確信を持てない。それでは耐えられない。あなたは読書を通じてコミュニケートする、ということがどんなに恐ろしいことか、リアルにオリジナルな見解を持っている人間の狂気がどんなに鋭利か、わかっていない。年間三千百冊を読了できたとしても、それらの内容を一字一句違わず暗誦できたとしても、絶対に辿りつけない彼岸がこの世界には存在するのだ。そこでは数や引用など意味を持たない。愛情と感情がすべてだ。あなたは死ぬ。死にたくないなら他人と金輪際本の話をするな。外に出ろ。ゲーセンにいけ。三鷹駅裏のゲーセンではまだ『ぷよぷよ通』が現役で稼働している。あなたの居場所はまだそこに残されている。生きて欲しい。生き延びてほしい。
形容と結果に持論が挟まっているもしくは形容から連続して持論しかない文体に、一体なにの本を読み重ねたら至るのでしょうか。
本を読んだら他人の語彙が増えて自分の口から出せるタイミングが増えるということになにか意味があるのでしょうか。
本を読まない人
持論
ツマラナイ
判断
多いです
形容 持論 判断 持論
本を読まない人って、ツマラナイ人間が多いです。正直見下しています。
持論を展開するために情報を収集するのに本に限定する意味がわかりません。ニュース記事だけヘッドラインだけみても「有名ブロガーに意見する人はおおいけど」という概算的な形容はできると思います。
本を読んでいるといいたげに表現するのであれば、形容に例から結果をつなぎ結果から別の結果への接続を持論として文章にするほうが「読んでいない」との表現と差別化が図れるのではないでしょうか。
例
イケダハヤト氏の記事「○○の××における△△」の一節にある
ちきりん氏の著書「●は◇」に見る
形容(他者視点)
「□は▽」という見解
という表現
まさに
この場面が一致するのではないだろうか
形容 例 形容 形容 持論
イケダハヤト氏の記事「○○の××における△△」の一節にある「□は▽」という見解についてちきりん氏の著書「●は◇」に見る「▼からみた■」という表現に、まさにこの場面が一致するのではないだろうか。
だれでも知ってるフレーズをマネするだけが本を読んで記憶するメリットであるまたは、自己視点を持論で判断した結果を伝播することを主眼とするならば的を得た文章かもしれないと、増田さんの主張について思います。
私の個人的な感想ですが、本を読めといわれる人の表現したい必要性という欲求の具体的な形としては「どうしたらそんな発想、表現、思考ができるの?」と興味をもたれる頭脳の構造になるには本を読むことが有効といった内容かと想像していますので、読者という視点で複数の筆者の断片的な要素を複合的に当てはめ、判断について持論を展開する折に「以前に使用された観点」を踏襲して理解を連想から興し理解に関して情報伝達のほか感情移入を誘発できる可能性から理解から行動するという結果にまで誘導する効率を高めるというのが、読書した人間の「本を読んだメリット」になるのではと考えます。
簡単に喩えると、
おまえにだって子供のときから教わってきた常識があるだろそれしていいことかわかってんの?
と
他者視点形容 例 持論
初めて幼稚園で泣かされたときのこと覚えてる?小学校のときプール嫌いだったよね、今、その気持ちをお友達に味合わせていいのかな?
では発言者の希望する結果は同じかもしれないけれど伝達される側には行動喚起に関して感情の有無から判断方向がかわる、それをコントロールできるのが本読みではないかというのは、あるとおもいます。
で、本を読めと。何の本を読んだら自己完結で読本の大切さを伝えようって行動喚起に至ったんですか。
私おもうんですけど、さよなら絶望先生とか涼宮ハルヒとかみたいな、自己視点の紹介と自己感想を常に独り言している系の作品とか、お好きでないですか?
とりあえず1万くらいのタイトルから選んで内容をざっと見てみた
どうせお堅いのはスルーされるだろうってことで際物中心
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性及性慾の研究,,羽太鋭治 著,前田書店出版部,1920,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1899459
処女性の本態,,正木不如丘 著,至玄社,1929,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1189598
夫婦の道,,徳富猪一郎 著,主婦之友社,1928,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1178062
若き女性の問題,,三田谷啓 著,同文館,1942,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1276740
女性の愛と美,,金子白夢 著,東洋出版社,1924,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1885760
男女淫慾論,初篇 上,扶徳 撰||片山平三郎 訳,うさぎや誠,1879,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/994764
男女淫慾論,初篇 下,扶徳 撰||片山平三郎 訳,うさぎや誠,1879,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/994765
男女淫慾論,二篇 上,扶徳 撰||片山平三郎 訳,うさぎや誠,1879,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/994766
男女淫慾論,二篇 下,扶徳 撰||片山平三郎 訳,うさぎや誠,1879,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/994767
男女淫慾論,続篇,扶徳 撰||片山平三郎 訳,うさぎや誠,1879,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/994768
娼妓解放哀話,,沖野岩三郎 著,中央公論社,1930,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1915360
性慾教育の研究,,羽太鋭治 著,大同館書店,1915,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1899280
児童の自殺,,三田谷啓 編,三田谷啓,1916,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/980097
貧乏と奴隷,,海野幸徳 著,赤炉閣書房,1931,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1178127
フリーメーソン秘密結社に就いて,,四王天延孝 [述],人類愛善会亜細亜本部,1933,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1097122
メーデーとフリーメーソンの正体,,四王天延孝 述,愛国義団本部,1937,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1100146
創価教育学体系,第1巻,牧口常三郎 著,創価教育学会,1930,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1464901
諸官立學校最近拾五年間英語試驗問題答案,上卷(自明治33年至明治38年),英語研究會 編,金刺芳流堂,1914,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1184046
諸官立學校最近拾五年間英語試驗問題答案,下卷(自明治44年至大正2年),英語研究會 編,金刺芳流堂,1914,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1184073
諸官立學校最近拾五年間英語試驗問題答案,中卷(自明治39年至明治43年),英語研究會 編,金刺芳流堂,1914,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1184059
我等は如何にこの凶逆思想を処置すべきか? : 東京帝国大学法学部赤化教授対「しきしまのみち」学術的剖析,第1,三井甲之 著,原理日本社,1929,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1178862
臆病のコドモの取扱,,三田谷啓 述,大日本児童協会,1923,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/939339
いろは引江戸と東京風俗野史,巻の1,伊藤晴雨 著,城北書院,1930,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1186793
いろは引江戸と東京風俗野史,巻の3,伊藤晴雨 著,城北書院,1930,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1186798
いろは引江戸と東京風俗野史,巻の4,伊藤晴雨 著,城北書院,1930,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1186803
江戸と東京風俗野史 : いろは引,"巻1,5",伊藤晴雨 著,成島乙次,1931,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1187071
日本常民文化研究所彙報,第56 (おしらさま図録),日本常民文化研究所 編,日本常民文化研究所,1943,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1193998
沖縄風俗図絵,,,東陽堂,1896,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/993006
朝鮮風俗資料集説扇・左縄・打毬・匏,,今村鞆 著,朝鮮総督府中枢院,1937,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1256426
支那習俗,,太田陸郎 著,三国書房,1943,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1453555
支那女研究香艶録,,井上紅梅 著,支那風俗研究会,1921,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1885902
当世かもし雛形,,安部玉腕子 著,米山堂,1936,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1186040
可愛良集,初篇,岡野敬胤 編,岡野敬胤,1883,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/768035
禁忌習俗語彙,,柳田国男 著,国学院大学方言研究会,1938,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1821869
芸妓三十六佳撰,初編,雑賀豊太郎 編,鈴木八三郎,1882,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/768053
三都花街めぐり,,松川二郎 著,誠文堂,1932,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1458091
售媚艶評 : 一名・東京美人かがみ,,小池洋次郎 (玩柳道人) 著,巌々堂,1881,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/768082
自作俳調芸娼略伝百人集,,山口近太朗 編,永玉堂[ほか],1883,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/768068
夢遊余談吉原新繁昌記,初編,夢遊仙史 著||春夢居士 (国分広志) 編||同窟狢史 評,法木徳兵衛,1882,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/768233
吉原細見記,1冊,広瀬源之助 編,広瀬源之助,1895,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/768223
よし原,,浅野与吉 編,浅野与吉,1890,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/768217
妹の力,,柳田国男 著,創元社,1940,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1461605
一目小僧その他,,柳田国男 著,小山書店,1934,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1444010
桃太郎の誕生,,柳田国男 編,三省堂,1942,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1062590
山の人生,,柳田国男 著,郷土研究社,1926,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1183913
帰還兵の声,,,興亜歴戦者有志会設立準備会,1940,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1112736
生兵閑話,,高田義甫 著,勧善舎,1879,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/843076
軍縮読本,,伊藤正徳 著,中央公論社,1934,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1232801
赤軍は嘲笑う,,国際情勢研究会 編,太陽閣,1937,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1221127
比島作戦,,,読売新聞社,1942,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1062822
学鷲 : 陸軍特別操縦見習士官 写真報道,,,朝日新聞社,1944,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1457627
防空壕の実際知識,,,東洋経済新報社,1941,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1062961
なぜなぜ科學教室 : ポケット知識,,日本放送協會 編纂,日本放送出版協會,1942,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1731429
花鳥写真図鑑,第1輯,岡本東洋 編,平凡社,1930,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1241059
白濠洲と有色人種 : 濠洲諸新聞の批評,,イー・ダブルユー・コール 編,警醒社,1903,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/832938
大日本植物図彙,第1巻 第1輯?第6輯,伊藤篤太郎 著,大日本植物図彙出版社,1924,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1908225
新集全動物図鑑,,日本動物研究学会 編,泰明堂,1934,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1234062
日本通俗昆虫図説,第1巻,松村松年 著,春陽堂教育図書出版部,1932,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1191740
野鳥巣箱の懸け方図解,,農林省畜産局 編,日本鳥学会,1933,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1237141
中華民国医師講習録 : 附録・講習会記事,第2回,同仁会 編,同仁会,1931,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1026532
薬草薬木民間療法,,紙硯社編輯部 編,紙硯社,1943,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1046544
生殖器新書 : 一名・既婚未婚男女必読婚姻案内,,ホリック 著||守矢親国 訳,博文館,1897,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/833821
正しい性生活,,H.W.ロング 著||性科学研究所 訳,産児制限評論社,1933,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1149919
正しき性の生活,,ロング 著||街頭社編輯部 編,街頭社,1932,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1149914
男女生殖器の研究,,ホリック 著||伊沢徳 訳,求光閣,1906,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/833822
医師は結核家族へ何を教示すべきか,,三戸時雄 著,診断と治療社出版部,1931,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1024960
皮膚毛髪の生理衛生・偉人の生立,,日本放送協会関東支部 編,日本放送協会関東支部,1930,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1098150
阿片及他ノ危険薬品ノ取引ニ関スル暦年一九三二年ニ於ケル日本政府ノ報告,,外務省条約局 編,外務省条約局,1933,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1208383
支那ニ於ケル阿片及魔薬品,,外務省通商局 編,外務省通商局,1925,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1849317
中華民国医事衛生の現状 : ライヒマン報告,,国際聯盟事務局保建部 編||同仁会 訳,同仁会,1930,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1872345
戦時国民食,,日本赤十字社 編,大日本出版,1941,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1070591
青少年工員の生活管理の理論と実際,,日本産業経済新聞社通信部 編,国民社,1944,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1064612
薩摩藩と富山売薬薩摩組,,富山売薬薩摩組 編,富山売薬薩摩組,1938,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1047130
てめえの頭で考えたら?、と思ったりもする。
怪しげでうさんくさい健康雑誌だの通販番組だの、その手の類はあふれかえっていて、
それを真に受ける人が一定程度いるらしい。そうでなければ淘汰されているだろう。
で、そういう方々に対して、病院行けば赴任も水虫も治るんだよとアドバイスしたところで、
よくわからない健康読本を持ち出して、こっちの本には医者じゃ治療できないと書いてあった云々と言ってきたりするわけ。
これはもう、現代医学とか科学についてあやふやな根拠をもって信頼しないってことで、どうしようもないと私は思う。
説得するだけ労力の無駄。
命にかかわるような事柄は「科学」のほうを信じてもらいたいと、家族や友人としては思う。
それでも突き詰めれば、その人自身の命、身体だから、自分の頭で考えてもらって、まわりがとやかく言うものでもない。
もちろん、それなりの判断力があると考えられる人、という前提があるけれども。
だから悪の構造を断ち切るべきだという主張も、もっともだけど、それはまたバカみたいな話ではないかな。
嘘くさくてばかばかしい話題があって、それを逐一取り締まるのも、不自由で窮屈。
信じる者は救われる。みたいな。
元増田のように目が覚めた人がいたのなら、それはそれとして、罪深い女性誌は二度と読まなきゃいいじゃない。
何も取り締まることなかろうに。
いまいち捗らないので、自分にとってのランクで棚を分けることにした。
S 墓に入れてほしい
A 手元にずっと置いて、何度も読み返したい
C それなりに楽しく読んだけれど、読み返すことはまずない
D それほど面白くなかった。何の執着も感じない
★ 未読本
Dは処分。Cは棚に余裕がなくなってきたら随時処分。
実用書の棚は分けてつくってもいい。
これは捗る。未読本を作家別に分けておくとか、非効率この上なかった。
毎朝読む本を探す手間が劇的に減る。さらに未読本をまとめたことによってダブり買いも減る。
読み返したい、あの本どこにあったっけ~?も減る。
7 : ペスト・コントロール・オペレーター(長野県):10/07/27 16:27 ID:VXzEcToP
俺も人を信じないけど表面上は信頼してるように見せないと色々面倒だろ
コミュニケーションにおける最大の問題は、それが達成されたという幻想である。
The greatest problem in communication is the illusion that it has been accomplished.
George Bernard Shaw
「膝の上に上がるから頭をなでてやったら、いい気になって肩まで登ってくる奴がいる。
それを放っておくと今度は頭まで登って、顔まで舐めだす奴がいる。
俺はそういう奴が大嫌いなんだ。」
常識とは18歳までに身につけた偏見のコレクションのことをいう
[人間(じんかん)距離][車間距離]人間関係には距離をおけ!
「信じて打ち明けたら次の日みんなが知っていた!どひゃー!」なんてこともあるのではないでしょうか?
844 :可愛い奥様:2007/08/16(木) 16:48:00 ID:fnRtS9eLO
友達付き合いは腹六分が一番だね。
裏も清い人間なんてまずいない。
全て晒け出すと相手への尊敬はなくなるわ、秘密握られて怖いわ、ろくな事ない。
飲みの席で過去の心の傷(中絶)を告白した子(友達の友達で私にとっては知り合い程度)がいて、
その流れで友人が私に目配せで「あんたも最初の子流産した話しなさいよ」と訴えてきた時はぞっとした。
26の既女となった今、残っている友人は皆、距離をわきまえ尊敬出来る人。
友達は「大好き」でなく「好き」で十分。
「大嫌い」な部分がないことが重要。
「まわりが褒める人間を賢者だとみなし、貶す人間を愚者だと決めつけると、
仲間の多い人間だけが昇進し、少ない人間は退けられてしまいます。
こうなると腹黒い人間が登用され、その結果、
世の乱れはいよいよ激しくなって、ついには滅亡に至るのです」
腹黒い人との付き合い方で悩んでます (1/2) - その他(恋愛・人生相談) - 教えて!goo
便宜的にAさんとします。
A(女)は人に話を合わせるのがうまく、そのせいか友達は多いです。
ですが、裏表が激しすぎます。
思ってもいないことを言うのがうますぎるんです。
友達が
いて非常に迷惑だった。
☆ゴミの通院日記☆:波浪注意報 - livedoor Blog(ブログ)
私はあんたのことなんて知らない、お前が男とどうなろうがしったこっちゃない。
言いたいのに、いえない。
うざいからやめてくれない?
泣きながら電話するのやめてくれない?
中2の女子です。他人が信じられなくなりました。他人の心は読むことはできないと思います。 - Yahoo!知恵袋
自分の心も、表情とかにださない場合は他人にはわからないと思います。
私は心の中では最低な人間です。
■経緯
長い知り合いと、先日あるきっかけから距離が縮まって、今回お誘いしてもらえた。
その人の友達を含めて、3人で行った。
私はネット上にもリアルにも、アニメ漫画好きな友達がずっと居なかったので、コミケに行ける日が来るとは思ってなかった。
■感想
楽しかった!
写真で何度か「コミケレポート」を見ていたけれど、見ているのと、行ってみるのと、大違いだった。
・臭くない
・人は多い!
・ブースは狭い
・ブースは多く、人が集まっているところとそうでないところとの差が激しかった
■持ち物など
前日に、「コミケ 準備」のキーワードで検索して、上位1位のサイトの「持ち物リスト」をピックアップして行った。
こんなかんじ。
○たぶん次回も要るはずのリスト。
・小銭(1000円札5枚、500円8枚位)
・SUICAに3千円チャージ
・ペットボトル2本
・飴
・帽子
・トートバック的な、購入品を入れる袋
・まゆげペン位の化粧品
・着替え用トップス
・ハンカチティッシュ
・新聞紙
・整汗スプレー
・合羽
・タオル
・ビニール袋
○次回は要らないかな、のリスト。
・扇子
・輪ゴム
・クリアケース
・長袖
○次回は要るかな?のリスト。
・デジカメ
■戦利品など
8冊買った。
・「あの人」の本3冊
ttp://www3.kitanet.ne.jp/~narumin/anohito_CFP.htm
ここ数年間、何をしても楽しめない。
後になれば、何故こんなことに夢中になれたのか?
何故こんなことに時間を費やしたのか?と
後悔するであろうことが目に見えるようになった。
昔はそれでも「その時、楽しければいいだろう」精神で
色々、同世代の人が大抵やっているだろうことを
曲がりなり自分なりにやっているつもりではいたし、
それで何となく満足していたような気がする。
今は、その精神も失くしてしまった。
新たに何かをすることに対して臆病になった。
何となく黙々と読書しているだけなのを知られているので
「明日は何かするの?どこか行くの」と聞かれ否定すると
「たまには外に出た方がいいよ」とか
「休みにしかできないことをした方がいいよ」と言われる。
余計なお世話だなんて思わない。むしろ気に掛けて貰える事が
有り難くすらあるし、自分自身そう思うことは多々ある。
実際、毎週そうであり、それを思うと休日前夜から憂鬱でもある。
何かしなければならないという強迫観念に縛られている気さえする。
手始めに昔は楽しいと思い、夢中になっていたこと
少なくともそういう記憶の残っているものをやってみた。
主にTVゲームだったが、案の定、数10分で飽きた。
ゲーム機本体の横に新品・中古合わせて未使用のソフトが山積み。
同じような理由で懐かしさから購入してみたものの
同じく昔習っていたエレクトーンを懐かしみ、
しかしそれはさすがに買えないからキーボードで妥協したものの
結局一度しか弾かず、未使用の楽譜も山積みのまま終了。
熱しやすく冷めやすいという人がいるがそうではない。
熱しにくく冷めやすいという人もいるがそうでもない。
もはや熱しないし、故に冷めることもない。そうなりつつある。
なら何故上記の物を合計すれば結構な金額になるのに買ったのか不思議。
愉しんでいるのかもしれない。そうやって主に外的な娯楽が
自分に何かをもたらしてくれると過剰に期待し過ぎているのだろう。
そのせいで自分が当初期待していたようなものを得られない、
というより、そもそも、もたらしてくれると期待していた
その「何か」とやらが何なのか実はよく分かっていないらしい。
やらなければ分からないだろうと言う人もいるだろうが…
室内でできそうなことは一通りやってみたが散々な結果なので、
今度は外に目を向ける。世の中、多種多様な店が溢れているから
何か欲しい物が見つかるだろうと、また過度の期待を寄せて徘徊するも
いざ購入する前になると上記の山積み未使用品状態になりそうで
踏ん切りがつかない。迷っているだけで時間だけが無駄に過ぎていく。
それと普段上記の店以外では殆ど外食しないので
色々な店を回ってみたりもした。次第に割と好みの店が絞られ、
また行ってもいいかと思うようにもなった頃もあったが
公の場所であるから、周囲の客が騒々しくても
(愚痴や他人を貶す話、損得勘定丸出しの話等に異常な嫌悪を感じる)
苦情を言える立場にあるわけでもなく、不快な気分で帰途に就く。
それを何度か繰り返すと、出た方がいいのかも…と思いつつも
また前のような目に遭うことを考えると、またしても踏ん切りがつかない。
こちらも買い物同様にそれを迷っているだけで時間が過ぎていく。
もう迷う必要もなくなり、妙に晴れ晴れした気分になる。
サザエさん症候群なるものがあるが、
どこかへ行った方がいいだろうかなどと悩む必要もなく、
長くなってしまったが、
結局どうでもいいことで迷ったり悩んだりするのに疲れた。
というより、本当はどうでもいいことだから迷ったり悩んだりする。
書き始めるも何も書けないか、うまく言語化できないかで
そもそも書きたいことなどなかったのではないかとさえ思えてくる。
それでブラウザ閉じて PCシャットダウンを何度繰り返したことか…
今回非常に珍しく最後まで書ききれそうなのが半年振りだ。
(何が言いたいのか段々分からなくなるのは相変わらずだが)
無駄に時間を費やした割には何もしない。変化しない。それが憂鬱。
最初からそうなる原因を排除してしまおうと思うようになった。
部屋にある置時計もずっと停止している。
未使用品も数々も捨ててはいないが押入れの奥底で寝ている。
何かした方がいいのだろうかなどと考えなくていいように
たとえ考えても極力できない状況に無理矢理持っていく。
何かしなくてはと悶々と過ごすぐらいなら、その方が良い。
残ったのは置き場所に困った山積みの未読本のみだが
わたしは小学校の読本の中に二宮尊徳の少年時代の大書してあったのを覚えている。貧家に人となった尊徳は昼は農作の手伝いをしたり、夜は草鞋を造ったり、おとなのように働きながら、けなげにも独学をつづけて行ったらしい。これはあらゆる立志譚のように---というのはあらゆる通俗小説のように、感激を与えやすい物語である。実際また十五さい足らぬわたしは尊徳の意志に感激すると同時に、尊徳ほど貧家に生まれなかったことを不仕合わせの一つにさえ考えていた。・・・・・・
けれどもこの立志譚は尊徳に名誉を与える代わりに、当然尊徳の両親には不名誉を与える物語である。彼らは尊徳の教育に寸毫の便宜をも与えなかった。いや、むしろ与えたものは障碍ばかりだったくらいである。これは両親たる責任上、明らかに恥辱と言わなければならぬ。しかしわれわれの両親や教師は無邪気にもこの事実を忘れている。尊徳の両親は酒飲みでもあるいはまた博奕打ちでもよい。問題はただ尊徳である。どういう艱難辛苦をしても独学を廃さなかった尊徳である。われわれ少年は尊徳のように勇猛の志を養わなければならぬ。
わたしは彼らの利己主義に驚嘆に近いものを感じている。なるほど彼らには尊徳のように下男をも兼ねる少年は都合のいい息子に違いない。のみならず後年声誉を博し、大いに父母の名を顕わしたりするのは好都合の上にも好都合である。しかし十五歳に足らぬわたしは尊徳の意気に感激すると同時に、尊徳ほど貧家に生まれなかったことを不仕合わせの一つにさえ考えていた。ちょうど鎖につながれた奴隷のもっと太い鎖をほしがるように。
fitting とか ordinary differencial equation からはじめる mathematical modelling の教科書ってのは結構あるんだけど、確かに高校数学ではそういう話はしないねぇ(ちなみに当方、文系出身で、物理とかは全然しらない)。
自分は SE みたいな仕事をやっていて、システムの性能予測をやりたくて Excel で fitting (実データをグラフ用紙の上にぶちまけて、できるだけ多くの点を通るか近くをかするようなきれいな曲線を探すという仕事)をやる必要に迫られて30過ぎではじめて片対数、両対数のグラフ用紙がなんの為にあるのか知った。経済学・ファイナンスとか、化学工学(反応速度論やら輸送やら撹拌やら、スループットとかスケールアップという概念を追って行ったらそういう話だった)とかを調べて、一応どういう事をやるのか、というのは判ったけど
上記のような本に書いてあることをまじめにやる、というときには、もちろん統計とか解析学、線形代数のちゃんと計算ができる理解が不可欠なのは判るけど、才能のある人だけがついてゆけて、多数はそれをやらされる理由もわからず落ちこぼれてゆく、ように見える。
大学の科目としては「応用数学」とかになるのかな、こういう話は。
あと世の中の仕事の大半が予測のつかないランダムな現実(≒客のわがまま)にその場しのぎの対応をするような仕事ばかりになってしまったから、モデルを作って予測するようなことを(そういうくだらない仕事にしかつけない、自分のような頭の弱い人に)教えてもあんまり意味ないってのもあるんだろうけど