はてなキーワード: 落ちこぼれとは
俺はいわゆる進学校落ちこぼれ。高1の時は模試の偏差値70近くあったけど、高2からは右肩下がり。全く勉強しなかった。
きっかけはとある本。「世界一簡単な東大合格法」みたいなタイトルだった。要はこんな問題集をやれば東大に受かるよ、というもの。
とりあえずこの本に書いてある本を買って、やった気になっていた。「学校の勉強は無視しよう!」なんて言葉だけ都合よくとって先生の話は聞かなかった。そういう日々が続きついに受験期へ。もちろん勉強なんかする気になれなかった。今からやっても到底間に合わないと思ったからだ。
笑ったよ。自分の馬鹿さ加減に。でもまだココロのどこかで「勉強しなかったんだから落ちて当たり前」「俺はやればできるんだ」そう思ってた。
で、浪人生活が始まる。・・・うまくいくはずがなかった。2年間でついた怠け癖は治らなかった。そしてもちろんこの年も不合格。
自分は何も学習しちゃいなかった。もう自分のすべてが嫌になり、気づいたら欝になってた。
療養すること2年目の10月。俺はセンター試験を受けることに。実質3浪だからもう就職できないことは知っていたが、せめて大卒の資格が欲しかった。
でも勉強なんてしなかった。ヤル気なんてわかなかった。目の前が崖なのに揚々と勇んで歩けないのだ。
お正月三が日が過ぎたころセンターを申し込んだことを思い出し、勉強をし始める。10日間の勉強で600点だった。
そして今小学校から好きだった宇宙に関する学科を受験しようとしている。院にまで進むつもりだ。
決して偏差値の高い所ではない。旧帝でもない。しかし本当に好きなことを勉強しようとしている。
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こんだけ読めばあなたもラ・マンチャ爺さんになれるはず。
実名主義のインターネットがどんなものなのか。自分の知りうるかぎりでは他に台頭しているSNSがないし、自分が普段覗いている匿名主義のインターネットの世界とはまた違うのだろうという予想はあった。
そんなわけで自分の出身校も登録してみた。そんなことをしたのは初めてだ。mixiなどの国内SNSでは信用性がいまいち持てなかったから。
そこで出てきたのが、卒業してから今まではあまり付き合ってる友人がいなかった中学と高校のコミュニティだった。中高一貫でどちらもそこそこの私立の進学校だった。一人に見つかるとコミュニティ全体に見つかるのも時間の問題という状態で、あっという間に友人の数が増えていった。
そして自分は驚いた。そこにいたのはほとんどが大企業などに勤めているサラリーマンを大黒柱におく家庭を持つ層のコミュニティだった。それは不況や就職難や少子化などの不安な日本の社会を形成するニュースとはあまり関係ないように見える、豊かな家庭を形成するコミュニティだった。
だいたいの家庭が子どもを二人以上もうけ、家族で海外旅行は年1回。持ち家を買い、人生を謳歌しているように見える人ばかりで形成されたそのコミュニティは、未だに高度経済成長期の頃の1億総中流家庭を彷彿とさせられた。
そして自分が普段見ているインターネットの世界とは全く異なるもののように見えた。30代の年収が400万前後っていうデータはどこに行ったんだ?ワーキングプアは?若い人に金がないから子どもを作れないというニュースは?自分も含め、ニュースサイト等に溢れるあきらめと絶望の混じったコメントをしている輩はどこにいったんだろう?
そして驚きが収まると共に思い知った。自分が見ていた世界がいかに狭いかということに。
そういう豊かな家庭を持つ層はわざわざネットに大量に時間を費やさないのだ。第一にそんな暇がない。だからそういう人たちの意見はネットの世論として出てこない。TVだけしか見ない人とネットだけしか見ない人の間で世論が違うように、そこには住む水の違いのような温度差があった。うまくいっている人は豊かなコミュニティに残り続け、落ちこぼれた人はそのコミュニティからも落ちこぼれていく。自分がそうだったように。
ドイツのメルケル首相が「欧州の政治統合を深めるための条約改正」を提唱し、波紋を広げています。
ユーロゾーンには、たとえばマーストリヒト条約で定めた「国家財政赤字はGDPの3%以内」「累積債務はGDPの60%以内」という約束を守れない国がたくさんあります。
これまでは「赤信号、みんなで渡ればなんとやら」で罰則の適用も曖昧にされてきましたが、今後はそういう国に対して、何らかのペナルティーを課そうではないか、ということです。
ペナルティーには、法的手段に訴えてでも借金を返済させるとか、あるいはいっそユーロゾーンから離脱させるとかいった一種強権的な措置も視野に入れます。
ユーロゾーンは通貨同盟であり、加盟国の経済・財政の一元化はしていない。特に通貨の発行に関しては勝手なことをさせないが、国債の発行に関しては規律が緩かった。
したがって実質的には各国がそれぞれ国内経済の舵取りをしている。
その結果が今日のユーロ危機の原因のひとつになったのだから、今後は通貨のみならず経済・財政も一元化し、ユーロゾーンの統合をより強固なものにする狙いだ。
確かにユーロゾーン内での統一基準をもって各国政府の「放漫経営」を戒めれば債務危機などのリスクをかなり減らすことはできるだろう。
だが、私は「ユーロゾーンが経済・財政を一元化するのは至難の業だ」と考えている。なぜなら、それは各国が個別に予算案を作るのを禁止するということであり、内政干渉にも等しい。
もともと「社員」という身分だけが共通していて「目的」や「仕事」のあり方について意思疎通の仕組みを十分に構築せず、
空気に頼った放漫経営を行なっていた職場では、多様化した若者とのコミュニケーションの断絶に対し、
「飲みニケーション」を強化し、職場での統合をより強固なものにする狙いだ。
最近は「飲みニケーション」の概念化、半強制化、楽しめない奴は村八分にするなどの社会的制裁をちらつかせて、
むりやり「飲みニケーション」の維持や、チームとしての連帯を名目上維持しようとする動きが見られる。
たしかに規則や執拗なチェックで締め付ければ一時的には問題児は減り、「形だけは」結びつきが強くなるだろう。
飲みニケーションに限らず、すでに企業の「内部統制」や、学校の教育などで同じような徴候が見られている。
しかし、これは至難の業だと考えている。なぜならそれは、個々人の自由を制限するということであり、サービス残業にも等しい。
私はむしろ、ユーロ加盟国それぞれに自国の通貨発行を一部認めていくべきだと考える。
ユーロ17カ国では現在、ユーロの流通は当然ながら100%になっている。
これを段階的に90%、80%と2割程度まで減らしていき、その代わりにそれぞれの国に独自通貨を発行させる。
そして、独自通貨の加重平均はユーロと連動させた、いわゆるバスケット通貨(ユーロ導入前のECUと同じ原理)とする。
こうすれば当然、独自通貨を発行し過ぎた国の貨幣価値は下落する。しかし、それはそれで構わない。
こぼれ落ちる国も出てこようが、そういう国にはユーロから離脱していただく。
すると最終的には「本当に強い」7~8カ国が残るだろう。これらの国々でユーロ加盟国を再構築してから、落ちこぼれた国にも再出発できる機会を与えるのだ。
こうした根本的なプロセスを踏まなければ経済・財政一元化の道筋も見えてこない。
逆にいえば、こういう発想を持たないまま、やれギリシャの救済だ、それルール違反を犯した国にはペナルティーだとしているのは、まったく場当たり的な対策である。それではユーロの再建はおぼつかない。
マーストリヒト条約ではユーロ加盟の条件を決めたが、離脱の方法に関しては決めていなかった。そういう不備がここに来て一斉に露呈した。
私はむしろ、まず飲みニケーションの参加を自由意志に任せるべきだと考える。
というか、まずそんなに飲みにケーションが素晴らしいというなら、
まずは好きな奴らだけでも「楽しい」だけじゃいその素晴らしさを体現して、若者から「私も参加したい」と思わせるくらい魅力的になってみせやがれ、と。
飲みニケーションについて、ただ昔からやってるから、とか俺は楽しかったから、とかを根拠にしてゼロベースで考えなおすこともせず、
やれあいつは付き合いが悪いとか、こんなことでは出世できないとか、制裁とか言ってるのは全くの的外れである。それでは飲みニケーションの再建はおぼつかない。
飲みニケーションは形にこだわりすぎて、楽しくなくなったときどう自分を変えていくか、という点が全く考慮されていない。その不備が居間一斉に露呈している。
どの国も「仲間に入りたい」と言ってユーロゾーンに入ったはいいのですが、そこから離脱するとなると、地獄が待ち構えています。
各国政府から見れば、ユーロに加入した途端に通貨の自主的な発行権を奪われ、それはユーロをやめようが何をしようが、事実上は通貨の発行権は戻ってこなくなってしまうのと一緒です。
飲みニケーションが自然発生的に起こって、みんながそれに参加してたのしむ、という間は良かった。
しかし今では旨みがヘっているにもかからず「抜けようとすれば村八分」という制裁だけが残ったペナルティ装置になっている。
3年以上前に書いたこれ ttp://anond.blog35.fc2.com/blog-entry-894.html と
今回久しぶりに書いたこれ ttp://anond.hatelabo.jp/20111119203554 比べてみて、
はてなの人は、本当にダメ人間には優しいな、と思う。 冗談だけど。
こっからは真面目な話だけど、増田というシステムとはてなの人には感謝してる。
あの記事書いてみんなにフルボッコにされた後、思うところあって、ひきこもりやめて就職したし(これは当時増田で報告書いたね。ブコメで励ましてくれた人ありがとう)
そのあと金貯めて、親戚にも金援助してもらって、大学も行かせてもらえることになった。
じつは今私は大学生!多分途中で辞めることにはなると思うけれど、それでも自分が大学にいける日がくるとは思ってなかったよ。
気分を害したひとも多いと思うけれど、あの記事がきっかけだと思ってる。申し訳ない&ありがとう。
一応大学生って身分もついて、変に人間を怖がったり、無理やり嫌いになる必要もなくなった。
ちなみにいま29歳。 29歳の大学生なんぞ日本ではどうあがいても落ちこぼれなので、あせらずやってる。
あせってもどうにかなるもんでもないし、周りも私に対して期待とかしてないので、プレッシャーもなく楽にすごしてます。
正直、友達と言えるような人は未だにいないけれど、まぁゼミとかなんだとかで、人と会話くらいはできる。
バイト先の人は自分より若いけど良い人だし。まぁ学校みたいな腐った場所じゃなければ、そうそういじめってないよね。学校はほんま潰れればいいのに。
そうやって、ともだち面でも勉強面でも、すごい後ろのほうから眺めてるから、すごいみんな大変だな、とか思ってる。
昔学校では欲しくもないともだち作りを強制されて、それに失敗した罰みたいなカタチで散々いじめられてたのは何だったんだろう。
そういう過程で、自己嫌悪とか自己憎悪はだいぶ癒されたと思う。少なくともいまはあんまり人を殺したいとか逆に自殺したいとかは思わなくなった。
3年前の記事を書いてた自分がどういうことを思ってたか、今の自分からはよくわからんくなってる。自分のことだけど。
でもやっぱり今でもともだち大好きとか、他にも色々キレイゴトいう人は嫌いだ。もうそういう言葉に対してアレルギーみたいなのができてきて、生理的に受け付けない。
まぁ幸い、私にはそういうことをいう人がほとんどいない。ある程度以上落ちぶれると、別枠扱いしてくれる。
今の私にそういうことをいう人は、世間的にも嫌なやつということになっていて、周りが勝手にかばってくれる。
私は意図的ではなく、しかも下方向にあぶれたカタチなんだけれど、私の能力的に考ると、まぁこういうふうに生きるしかなかったと思う。
勉強はそこそこ、ともだちはいない。あえていえばそこそこ真面目。 努力しても、大したことはできない。こういう人間は、下手に普通の人と対等であろうとしないほうがいい。
「みんな平等」とか「みんなこのくらいできなきゃだめだ」ってのにこだわりさえしなければ、誰かの競争相手とか敵にさえならなければ、みんな優しい。
見下しの視線は、敵扱い、害虫扱いよりはずっとマシだ。 変なプライドさえ持たなければ死にたいとか思わなくていい。
自分は自分らしく、人より後ろのラインから、ゆっくりと生きていきたいと思います。
私みたいな人間ばっかりだと社会は困るだろうけれど、そうそうはいないと思うので、まぁ格下の相手に対して余裕を見せるつもりでほうっておいてください、という感じ。
別に私は過剰に何かを要求しようとは思ってないっす。期待もしてないし。 ただまぁアットホームな教室とかみんな仲良しな職場みたいなのは勘弁して下さい、ということで。
今回の記事は、なんとなく久しぶりにともだち大好きな人を見かけて、なんだかなーと思ったので書いてみた。
普段からごちゃごちゃ考えてるわけではなくて、まぁ勉強も友達作りもほどほどにスレばいいじゃないかなってことがいいたかった。そんだけです。
http://anond.hatelabo.jp/20111104124602
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%B2%E5%AD%A6%E7%8E%87
Wikipediaによると、高校には95%弱の人間が行っているけど、大学には50%強の人間しか進学していない。
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110804/edc11080417030004-n1.htm
そしてこのニュースを見ると、大卒後に無事就職できた人間は60%強。
ホワイトカラーの社会人同士の恋愛を描いた作品は、落ちこぼれた人間にとって毒なのだと思う。
女の子ってきれいになりたいよね。でもね、きれいと化粧はべつなんだよね。
僕だって結構年なんだけどさ、、、、、いくら若くても化粧べったりはちょっと・・・なんだよね。
ホントは容姿のことは言っちゃダメなんだけど、コンビニとか洋服屋さんとかだと売り上げという数字で出ちゃうんだよね。
私はとうとう言ってしまった。
当時高校3年生で18歳で結婚もできて就職もできて、実質大人の権利を得たが、女子で高校生とだけで複雑である。
日常の楽しみが、私の言動一言によって、お父様、お母様、保護者によって彼女たちの日常の楽しみであったものが簡単にこわされてしまったようだ。
化粧のことなのであるが。
当時、学校では高校生には必要ないと言っていたが、18歳女子に少し必要なものである。必要だよね。特別支援学校では美容部員まで呼んでやっていることなんだからさ、
大事だよ。見た目はさ。
いまになっておもったよ。おれたちガッコのセンセが言うことだけ守ってれば、どうにかなるとかってとんだ思い上がりだった。
改めてわびたい。
しかし、おまえらにはおれのできることだけを与えたつもりだ。おれも限界でやったつもり、
そして俺の親も俺を限界で教師にしてくれた。
周りの先生もみんな、おれをささえ、まわりをささえ、学校を支え、上司にあたる校長先生や教育委員会まっで支えてくれたんだよ。
就職ぐらいでつまづいてさ・・・・・・望まれて生まれてきたんじゃ・・・・・・・とかいうんじゃないよね。
正規雇用ってホントに大事かな?むかし、通訳とかって派遣しかない高度な職業だったんがけどなぁ。
大きくかわちゃったんだよなーーーーーーーーーーーーーーーーー誰のせいとか言いたくないけどさ。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
いまの学生に次ぐ。。。。。
グレーでも、
【うまくやれ】
黒はダメだよ。
わかんなかったら知らんがな。。。。
しかし、落ちこぼれが生きていけない社会はまずいんだよね、これは強く言いたい。
と、言いつつ学年上位にいたのに就活がうまくいかなかくて進学した彼女に祈る。。。がんば。
なんか変だなw彼女のメッセージが釈迦鋭全体のメッセージみたいなw ちょっと酒も入ってるし勘弁して・・・・・といいたいとこだがシラフの人はほんきにすんどろなぁ・・・・
一度病気で休職した後復職したが、来週また休職届を出すことにする。場合によっては退職するかもしれない。
みんな、休職したときは、できるだけしっかり休んだほうがいいぞ。
下り坂に入ってる時は、自分ではその下りを止める手段ってない。
引き潮に飲まれた時逆らうな、という教訓は知っているんだが、
どこまで後退するのかが分からないのが恐怖で、自分はそれに耐えられなかった。
以前の自分は、自分で言うのも何だけどすごい頑張ってたと思う。
でも、今の自分からみて、あそこまで戻るのはどう考えても無理だ。
かつての自分は超人パワーみたいなのがあって、それがある時いきなり失われたみたいな感じなんだ。
周りのみんなは、ちょっと調子崩してるだけだと思って、善意から頑張れって言ってくれる。
少し休んで、また元の調子に戻ってくださいね、って励ましてくれる。
で、自分もそれに応えようと思うんだけど、ほんとに無理だ。
がんばろうと思っても身体が動かないし、無理やり机にかじりついてると頭痛とか吐き気がしてしまう。
もっと休めばよかった。
少し無理して会社復帰したけど、今の自分がどれだけダメに成ったかを思い知らされるだけだった。
定時までも働くことができない。
あきらかにみんなに気を使わせている。自分はみんなの足を引っ張っている。
貢献するどころじゃない。マイナスだ。それでもみんなは優しくしてくれている。
本当は、みんなの気持ちに感謝スべきなのに、心が狭くなっていて、ただ自分が惨めだとしか思えない。
優しいみんなを嫌な気分にさせているのがつらい。
産業医にもさんざん大丈夫だっていって業務復帰をOKしてもらった手前、
やっぱり駄目でしたと言いがたく、復帰後も大丈夫だって繰り返してたけど、
どう考えても最近は自分が嘘を付いているという気分になって落ち込む。
家に帰っても、家族には大丈夫だとしか言えない。でももう限界だ。
休職して、何もやる気が起きずにぼーっとしている間、何も言わずに世話をしてれた。
やっとのことで恩返しができると思ったのに、頑張れなかった。
今日家族からせっつかれて、家族が無理やり、という形で休職の願いを出すことになった。
本来、この判断だって自分がやるべきだった。家族に言いたくないことを言わせてしまった。
不甲斐ない。申し訳ない。
いろんな人に世話になったのに、その恩をひたすら仇で返すような状態になっている。
自分の中で負い目がどんどん積み重なっていくようで息をするのもしんどく感じる時がある。
全く眠れないし、よく金縛りになる。も
ここで休職したり退職するのは、さらにその恩を踏み倒すようでそれだけは、と思っていたが、
返す見込みがない借金を繰り返すのはもっと駄目なことだ。
上で書いたけど、その判断さえ自分にはデキなかった。いつまでもうじうじと悩んでいるだけだった。
何も出来ないくせに、プライドだけは高くて、デキないことを出来ないという事もできない意気地なし。
私の父親は東大卒で途中までエリートだったが、途中からアル中になって家族みんなを苦しめた。
私はそういう父親を嫌悪して今まで頑張ってきたのに、今ほとんど同じ状態になっている。
私自身、アルコール受け付けない体でなかったらアル中になってたかもしれない。
芸能関係の人間やエリートが覚せい剤に頼ってでも自分を保とうとするらしいが、そういうものに頼りたい気持ちもわかる。
今は家族がいるが、将来見捨てられるかもしれない。きっとそうなるだろう。
家族に見捨てられたら、もうどこまでも落ちぶれるかもしれない。
どこかで留まりたい。でも今は無理だ。
私は東大卒でもないし、父みたいに高給取りでもなかったから大して蓄えもない。
仕事がなくなったらすぐに貯金もなくなってしまう。父の時のように祖父の支えを期待することもできない。
子供がいないことだけが今となっては救いだけど、どうしたらいいのか分からない。
それでも、とにかくもうコレ以上は無理だ。 どうしたら良いのか分からない。
真面目に説明するの馬鹿らしいので10個くらい話の前提を説明せずに使ってるけど言ってることは間違ってないはず。
基本的によその人種を差別する馬鹿に共通する特徴は平等が建前の日本社会に耐えられないってことだ。
平等であるべきなのに落ちこぼれて、努力せずに自己正当化したがる救いようのないクズか、
逆にすげえ出世してるけど他人の目を気にして胸を張れないことにストレスを感じてる傲慢馬鹿かどっちか。
前者は人種差別、後者は男女差別に走りがち。まぁ前者は視野も狭いから自分以外のすべてを馬鹿にしてまわるアホがいるからややこしいけど。
人間なんて感情のイキモノだから、なんか不満あったら他人をこき下ろして精神の安定を保ちたがるもんです。
弱い(とその人が思っている)ところに発散させて、僕にも支配できる相手がいる。こんなに嬉しいことはないとか言っちゃうわけだ。
基本的に日本のウヨクさんはみな死ねばいいと思うけど、殺しちゃだめな以上、この人達が迷惑なことをしないようにしたい。
その証拠に、未だに時代錯誤的な階級闘争的なことをやってるサヨクの方々は自分たちには戦うものがあるからってんで人種差別はやらないでしょ。
私は右翼と左翼は必要だと思うけど、ウヨクとサヨクはいらない。
特に、弱い者いじめに向かいやすいウヨクには一切の存在価値を認めてない。まだサヨクは口だけにせよ偉い人批判をしてるからまし。
そういうわけで、とっとと階級差別認めて、階級下のやつを抑圧することだけ禁止したほうが早い。
心のなかで差別的な感情をもつのは自由にしたらいい。どうせウヨクさんどもは強いものには巻かれるからそれだけでおとなしくなる。
まずはじめに断っておくと、私は大学の教員ではないので、こうやって愚痴を垂れることはできても、
「そうやって切り捨てないでください。やり方はあるんじゃないですか?」
に答えることは出来ないですし、答えられてもいい加減な素人考えの域を出ないですよ。
なのでもう興味ないかもしれませんが、思いがけず誠実なレスが帰ってきたので、問い掛けられた事柄に返答します。
小学生の喩えは意図を汲んでくれたようなのでそれでいいです。どう答えるべきか?ってのは簡単に結論の出る問題じゃないし、仰る通り算数教本をあたるのが最適でしょう。
例としてあげた2人の教員については、気持ちだけ解って欲しかっただけで。
常微分方程式(ODE)は大学2年次くらいで勉強するんじゃないかと思うんですけど、線形代数で習ったことが大活躍して面白いんですよ。ですから1年の線形代数の授業でもちょっと触れられたら授業面白くなるんじゃないかな、とは誰でも考えると思うんですけど、でもやっぱりそれは本来教えるべき内容を圧迫してまで詰め込むことではないんですよ。線形写像の例に微分がありますよ、ってのはどんな本でも出てくるんじゃないかと思いますが、その時にちょこっと微分方程式の雑談をするとか、それくらいが関の山でしょう、となる。でも、やっちゃった教員が居るんですよ。授業の半分か三分の一か知りませんが、とにかく授業のある程度の割合を使って、線形代数の授業でODEの授業した人が。それが一人目。(もう一つのジョルダン標準形というのは線形代数のやや発展的な内容です。)二人目はもっと過激派だと思ってください。
そういう例を知っているから、まぁやっぱり定められたカリキュラムを逸脱して「進んだ応用例」とか扱うのは難しいよね、って思っちゃうんですわ。
「大学数学教育は、不均一で落ちこぼれを量産するような体制にあって、
そのような中で、ちゃんとわかるように説明してくれと言われても、それは無理です。
私の愚痴はだいたいそんなところです。前半の部分ですけど、別に教育の体制を問題にしたつもりは無いです。出会う教員によってアタリハズレ激しすぎるのは問題かもしれませんがそういう話はしてないです。あなたの求める「俯瞰的な視点」とかを授業に全面的に盛り込むには、線形代数の先にはあらゆるものが待っているから、ちょっと説明しきれないよねってだけです。さらに「何となく分かった気にさせる」のも不誠実だと思っています(多分この点があなたの考え方と根本的に違う点かもしれません)。
ただ、講義中に少しレベルの高い話題について、教師の趣味でいいから題材をいくつか選んで雑談しておくことには価値があると思う。
(トラバ先間違えました)
ごめんなさい。
回答の部分は誤魔化してるのではなくて、
それでも、反論してみてって言うのなら、
やっぱり私は、まともに回答しませんよ。
その過程で、もしその子にとって、
小学生向けの算数教本を読むでしょうね。
そこにヒントを求めると思います。
あるいは、労を惜しまなければ小学校の先生のところに話を聞きに行くでしょう。
ただ、これは私が大人だから出来ることで、
小学生同士で、考えたら、
「算数出来るほうがお金持ちになれるんだよ」
「証拠は?」
とか、たぶんそんな感じの会話になっていたでしょうね。
これらがあなたの求める答えでないとしたら、
それは仕方ありません。
「物事の意味をその人のレベルでわかるように説明することは難しい」
ということを説明するために使いましたが、
後半の数学の話は、雰囲気もわかりませんでした。
使われていた言葉が私にとって、
「聞いたことあるし、やったことあるけどどういう意味で使ってるんだ?」
あなたとしては、
「大学数学教育は、不均一で落ちこぼれを量産するような体制にあって、
そのような中で、ちゃんとわかるように説明してくれと言われても、それは無理です。
それは数学体系の中のごく一部を、ごく限られた視点から見た物にすぎません」
という意見を。
私としては、
「そうやって切り捨てないでください。やり方はあるんじゃないですか?」
まず前提として"英語が話せる人"とはどんな人かと言うと、学生時代から海外文化に興味があって、英語が好きで留学経験があり、外人ともがんがんにコミュニケーションがとれる、要はリア充の方々のことである。
翻って"ボク達"というのはつまり童貞で、学生時代のTOEICの点数は280点で開き直っているボクのことである。ボクのことでした。ボク達っていっぱいいるように書いてすいません。
では、何故ボクは無視するのか。単純にほとんどの場合、役に立たないから。じゃあ、何故役に立たないのか。英語の勉強を始める動機やもともと持っている英語基礎能力、それから英語に対する積極性があまりに違いすぎるからである。ボクの場合はもう完全におっさんになってしまってから必要に迫られて英語を勉強し始めたのだけれど、そもそも英語の勉強なんてしたことがないから一般動詞とbe動詞の区別もつかない段階からスタートする破目になった。
具体的に勉強法として一つ例を挙げる。
ボクが英語の勉強を始める際にたくさんの人に勉強法を聞いた。もちろんそれは英語が話せる人ばかりだ。そんな英語リア充の方々からほぼ100%の確率で言われたことがある。それは「英語で海外ドラマや映画を観ること」だ。
英語で海外ドラマや映画を観ることには思いつく限りいくつかの学習メリットがある。
といったところだと思う。
この中で映画、ドラマである一番大きなメリットは3つ目。映画やドラマはおもしろいから見続けることができる、だから自然と学習できる、といった学習するうえで最も大きな課題である"継続"の問題を解決してくれる学習法ということだ。しかしながら、実際にやってみて思ったのだが、TOEIC280点程度の人間がいきなりネイティブの会話を聞いて分かるわけがない。何度も繰り返して見ていればだんだん分かるようになってくるよ、というのは英語リア充の弁だが、おっさんがそれをやるのは非常に効率が悪い。単語力もまるでないので、かろうじて聞き取れたとしても意味がさっぱり分からない。ディクテーションしてみても、何故こんな文になるのかの構造が分からない。そして分からないからさっぱりおもしろくない。
つまりこの学習法は英語学習中級者向けなのである(≠英語中級者)。
そもそもボク個人のことでいえば、日本語であろうがドラマも映画もそれほど好きではないし、特にハリウッド系の勧善懲悪モノが苦手だ。にもかかわらず、英語リア充達はドラマや映画を英語学習に使うメリットを完全に置き去りにして頑なに勧めてくる。そんなの無理だよ。だって全然分かんないし。おもしろくないし。見続けるのは苦痛だよ。
おそらく英語リア充の方々はもともと英語に対して前向きで、ある程度の基礎文法力と基礎リスニング力は(知らず知らずに)持ったうえで海外ドラマや映画を観始めたのだろうと思う。ところが、こちとら英語童貞の落ちこぼれなもんでハローくらいしか聞き取れない。もともとの土俵が違うのである。
そりゃあ、あまりにも勉強してないおまえが悪いんだろ、と言われてしまったらその通りなわけだが、その通りだからこそ童貞には童貞なりの勉強法というものがあるのだ。
ボクは中学英文法を150時間程度、単語を6000語レベルまで勉強した後に再度海外ドラマにチャレンジしてみたら、かなり聞き取れるようにはなっていた。この単語はこういう使い方をするんだという感動があった。ただ意味はほとんど取れていないのでおもしろいとはまだ感じられていない。
やはりボクにとって海外ドラマは苦行なのである。お願いだから『フレンズ』とか『セックスアンドザシティ』とか勧めないで。何回繰り返し見ても全然おもしろくないのアレ。
見てないのに批判すんなと言われたのでフラクタル見た。
1話の設定だけ見たらディスコミュニケーションというか偽りの現実を取り戻すみたいなゼーガペインみたいなのを、ループ使わず、仮想空間も使わず
テクノロジと認識の問題として取り上げるのかと思ってた。というか登場するキャラも全員厨二くさく、特に主人公はテクノロジ社会に適応できずアナログで手触りあるものに憧れるヒキオタ。こりゃどうみてもこっちの方向だろ、と正直オラワクワクしてた。
そういう意味で1話見たときはメッチャ面白いと思ったんだが、3話あたりからわけわからなくなって最後までわけわからんかった。
どう見てもキャラも設定もジブリと全く正反対にあるのに(漫画版ナウシカだけは少しつながりあるけど)、どうしてこれでジブリができると思ったのか全く理解出来ない。
コリン・ウィルソンは「アウトサイダー」の中で、アウトサイダーの意義について書いたが、そのなかで例としてあげられているアウトサイダーたちが、
すべてD・H・ロレンスとか、ニーチェとか、十九世紀的な「精神の巨人」時代の人間か、あるいは疎外の始まった頃の疎外への反抗者であったというのは、
すでにそういうかたちの疎外の消化の仕方が、現代には意味を持たないものになっていることを示している。
自己疎外が自己を拡大するための契機として意味を持ち得たのは、個人の存在というものにまだ何らかの意味があった時代においてだけである。
現代においては、すでに個人のものが存在しなくなりかけているのだ。
個人が存在するのならば、阻害されても疎外された個人として生きられるだろう。しかし、現代にあっては、疎外されたまま生きて行くことは不可能である。
かつてコリン・ウィルソンが「アウトサイダー」をあらわしたとき、まだ社会にはアウトサイダーの生きる場所がそれなりにあった。
いかにアウトサイダーであろうともその事自体が意味を持ちうるくらいにさえ社会には余地があったしパラダイムはまだ決定的ではなかったのだ。
犯罪者であること自体にコリン・ウィルソンがひとつの事故表現としての意味合いを見出すほどに社会のそのものが発展の可能性をまだ持っていた。
だがいまや犯罪者も精神病者もまた社会のアウトサイドでアウトサイダーとして自己表現する余地はない。膨張していく東京がしだいに周辺の村を合併し
埋立地をベイアエリアとし、そしてどこからが東京でどこからが地方であるのか次第に分からなくなってきつつある現状そのままに、
「インサイド」と「アウトサイド」という対立は存在しなくなり、そのかわりに
コミュニケーション不全症候群 p307 コミュニケーション不全症候群のための処方箋
なんらかの公認されない私的な共同幻想(個幻想ではない。共有されない個幻想は単なる狂気で終わってしまう)に拠ることで
社会全体に対してのあアンチの役割を務める人間は、実際に自分がそのアウトサイダーのグループに参加したり、そういう役割を務めることは出来ないけれども、
一見一応は<まとも>に社会に適応している範囲内に居ながらその内側に何らかの欠落を抱いているタイプの個人たちの小規模な共同幻想の作り手となる。
もちろん「それらしきもの」はわかるけど「それ」だけだったとは思いたくないし。
まさか最終話のアレがやりたかったわけじゃないんだよね。
以下引用。
株やる人は肝に銘じておくべき。
今までヤフーの掲示板等を見てばかりいましたが、今日初めて書込みをします。
本当はもうキーぼード打つ気力もないけど、でも誰かに聞いてほしくて書きます。
実は去年の11月と12月かけて、全財産を注ぎ込んで東電を買ってしまいました。
全財産は30年間一日も会社を休まず、必死になってやっとの思いで貯めた1670万円です。
月給25万弱したない私にとって、1670万貯めるのにどれだけ大変な思いをしてきたのか・・・悔しくて涙も出ません。
先ほど妻と愛娘と俺と三人でおいしいファミレスに行って少し元気もらいました。
愛娘はもったいないから「もういいわ」みたいなことを言っていて、
俺は今日、いくら負けたのかと愛娘が210円の串刺し遠慮してる姿に
己の愚かさがあまりにも惨めだった。
飯代は三人で6000円でした。
安いねえ…6000円でこんなにおいしいものを家族と食べれるんだね。
株について少し話してみたい。
貧乏人がなんとか楽しようと株に手をだし、貧乏人が更に貧乏に突き落される。そんな世界です。
どれぐらい悲惨かというと、これほど悲惨なものは他にないだろうと思います。
スポーツや芸能界の世界も同じようにヒトカケラのスターが生まれ、
でも、株のようにお金まで奪われることはないから、まだましだと思うのです。
人生かけても、勝てなければすべて奪われる。
そして勝てない自分があまりにも惨めであり、
わずかたった一回の愚かなトレードで一一瞬にして奪われてしまう。
これほど愚かで残酷なことは他にあるでしょうか?
いや、ありません
私はこれほど残酷なものは他に知りません。
とてつもなく汚い世界やなあと思った。
儲けるヤツなんてとてつもなく儲ける。
BNFなんて220億か
昼飯カップラーメンてそんなに金いらんやろうと思う。
あの220億に何千何万人と泣かされている。
彼はホントに英雄なんだろうか?
自分さえ勝てればそれでいいと思う。
獲れるだけ貪欲に獲ろうとも思うだろう。
何も残らないお金と自由を得るために、
お金と自由が奪われて何も残らない。
残るのは惨めさと後悔と老いた自分
世を恨み、人を恨み、
もうね…人の話をきく気力もないし
生きているのがとてもしんどい。
人を愛することもできない。
そんな余裕も気力もない。
まさかこの俺様がここまで落ちぶれるとは夢にも思わなかった。
俺には関係ないとおもてたが、
プライドの高い俺ははっきりいって死んだ方がまし
惨めに死んでいくのだろう。
はやく死にたいと祈りながら・・・
書込み終了です。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1009501&tid=el5feeeno&sid=1009501&mid=89179
10年くらい前の東大教養時代に原子力についての講義を受けた。
東大生は2年の終わりに進学振り分けなるものがあり、それまでの成績で進学先が振り分けられる。
人気の学科に行こうと思うなら、単位を揃えるだけでなく、その単位を高得点にする必要がある。
めざす学科もないが、漠然とした点数を上げなくてはというプレッシャーに追われる日々だった。
私が進路に関係ないであろう原子力についての講義を受けたのは、そのせいだ。
東海村に行き、何時間かの講義を受けるだけで簡単に高得点がとれると有名だったからだ。
少しでも点数を上げるのに必死だったのだ。
そんな適当な理由で受けたのだから、講義の内容はほとんど覚えていない。
東海村まで出向かなくてはいけないからか、受講人数は少なかった。
もちろん施設はきれいで塵一つない。
巨大で機械だらけのそこには、科学の粋を集めたようにも見え、ヒューマンエラーなど入り込む隙がないように見えた。
そんな機械の前で、案内してくれた人はそっと言った。
点数があるなら来るところじゃないよ。
よっぽどの使命感がある人以外には勧められない。
私の時代には、原子力工学はシステム量子といわれ、人気がなかった。
進学振り分けでは、最低点がつかない、いわゆる「底が抜けている」、どんなに点数が低くても必ず行ける学科として有名であった。
今でも底は抜けているのだろうか。