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2010-02-10

http://b.hatena.ne.jp/entry/blog.livedoor.jp/kazu_fujisawa/archives/51654318.html

なぜか「中学受験に成功した奴は高確率堕落する」というストーリを信じたがって、

中学受験を生き残った優秀な子供を活かす環境がない日本はやっぱりおかしい」という主張も

取りうるということを考えもしないはてな民のルサンチっぷりに絶望する。



個人的な感想では、難関中学受験合格者のうち4割程度は本当に優秀。(天才じゃないのがミソ)

中学受験は天才を発掘するのには全く役にたたないが、優秀な人間は確実に確保できる。

ぶっちゃけ中学に受かることと比べたら大学入試司法試験など圧倒的に簡単。

中学一年の段階で中学カリキュラムは速攻終了し、中学三年の段階で高校のカリキュラムも終了する。

後はひたすらブラッシュアップと言う名の退屈な授業が続くだけ。

私は落ちこぼれ組だったが、7割の人間は高校に入ったらもう受験に関してはやることが殆どない状態になる。

中一でセンター試験受けて700台取ってる奴もいたことを考えると

6年間というのはあまりにも時間に猶予がありすぎる。まして浪人もできるとかどんだけゆるゆるなのか、と。

少なくとも大学受験受験戦争とか言ってるマスコミはちょっと頭おかしいと思ってる。



ただ惜しむらくは、日本の場合、中学合格すると殆どの学生にとってこれといった目標がなくなってしまうこと。

何でも「やらせれば」できるけど、「何をやるかを考える」力だけはない奴が多かった。

将来親の後を継ぐか、親の希望通り国家公務員検事弁護士大学教授みたいな形で

行く方向性はもう親によって決められてるから、その支障にならない範囲でしか考えられなかったのだと思われる。

天才はいたのかもしれんが、おそらく親とか受験環境イマイチなのでスポイルされるんだろうな。




何度も言うが「やれば一定水準以上までは出来る」奴が殆ど。

目だった方向でいうと

数学オリンピックメダル取ったり、囲碁将棋大会で全国優勝してみたり、音楽コンクールで準優勝してみたり

把握してないが文科系はいろんなところで活躍してたはず。

囲碁部の奴とは知り合いだったが、いわゆる「一度見ただけで完全に記憶してしまう」キモイ能力の持ち主だった。

世界史教科書を本当に一字一句全て覚えて試験に出てきたが、彼のおかげで記憶するだけでは満点取れないということもわかった。

他にもはよから司法試験勉強始めるカツマーみたいな奴もいた。

変り種だとバーチャファイター2の全国大会ベスト4とか、ストゼロ2の全国大会ベスト8みたいな奴もいた。

その他大勢は、得意でもないスポーツに遅ればせながら取り組むか、

読書趣味とするなどして並の人間になってったのかもしれない。

と言っても、素質がないだけで、スポーツもこれまた結構出来てしまうんだがね。




ちなみに小学生の時はいわゆる神童扱いだった俺は、入学してからすっかり自信なくして挫折しましたとさ。めでたしめでたし

私みたいについていけない人間もいることから、今の環境が必ずしもぬるいとは言い切れないが、

まぁ優秀な奴を無駄にしてるな、とは思う。

大学への飛び級は必須だと思うし、そうでなくとも、いろんな学習機会が提供されるべきだとは思うのだが何でダメなんだろうねぇ。

2010-02-08

よくよく考えてみれば、『自分から友達?を誘って遊ぼう』ってことを子供の頃からほとんどしてこなかった。

まったくなかったってわけじゃないけれども記憶にあるのが小学校の時で途切れている。

ほとんどが『誘われて』一緒に行くかっていう状態。

うーん、、、なんでだろうか、、、

自分から誘うという感覚が今でもまったくない。いや、むしろ今は誘いたくても誘えないというのが事実。でも、無理してまで、、、

(そのくせ寂しいのがどうしようもない、、、)

『誘われて』だって『誘われなければ』人と交流することがないってことだし、『誘われて』もいつも躊躇しちゃう。躊躇の連続で誘われなくもなり、、、

仕事仕事でちゃんとやるけれども(自分ではやっていると思いますが)ことそれ以外の面での人との関係構築?に関しては、まったくといっていいくらい『結ぼう』といいう感覚自分の中にない。常に接していて常に会話をしていて、、、という人でもどこかに去ってしまうなんてことになったらそこで終了。連絡を取りあおうともしない。連絡が来てもどこかで途切れてそのまま、、、

で、連絡を取ろうかなと思うときもあるが『今更、、、』できまづくてできない(しない)

20年以上もそんなことが続いている。病気なのかと寝つきが悪くなるときがある。(わずかでも眠れているんですがねw)

そんな人間結婚相手を自分で見つけてきてくれなんて言わないでくれ。無理だ。あきらめてくれよ。

『年齢によるしばり』

なんてあるはずがないって昔は考えていたけれども、何年もできなかったことがそうそうできるようになるものでもないし、できるように努力しようとなるものでもない。

その意味では『ああ、あるんだな』と感じる今日この頃

http://anond.hatelabo.jp/20100208161550

ブランドがBlackcycなんで女性が手を出すのは分からんでもない。あそこ結構女装キャラとか出してくるし、確かCycRoseという女性向けゲーのブランドもあったと記憶している。

個人的には友達をやめられる一次被害よりも、そこから「ねえねえ知ってるあの子こんなゲームを人に押し付けて」と評判が広がる二次災害が怖いですな。

2010-02-06

読書について

・買ったのはいいけど、なぜか読まずに放置しちゃう本ってありますよね。

いずれ読もうと思いつつも時間だけが経過していき、そのうち買った事すら忘れ、

後に同じ本を買ってしまったなんて経験をすると自分が嫌になります。

昔は、買った本はその日のうちに読んでしまったものです。一日で何冊も読破した

という事もありました。今では一冊の本を読み終えるのに数日かかるなんてザラです。

酷い時は飽きて途中で読むのを辞めたり、短編集で一話だけ読んで他は放置するなんて事もあります。

最近なんか読んでも少し時間が経過しただけで内容を思い出せなくなったりして、

自分記憶力の無さに辟易してしまいます。

「読んでもどうせ内容を忘れてしまうから」と本に対して抵抗を感じるようになったりもします。

読書ってなんだろうなと考えます。昔はどうだったんだろう?

いくら読んでも読み足らず、一日中活字に向き合ってても、苦労も苦痛も感じなかったあの頃は。

単純に楽しかったからでしょう。

本の内容、中身が。あるいは読書そのもの、本を読むという行為自体が。

今はどうなんでしょうか。私は何の為に本を読んでいるのか。 

記憶したいから? 知識を得たいから? 人に自慢したいから? 

他の人が読んでいるから? 買ったから? 本を読まない奴は馬鹿という

世の中の教えに背きたくないから? 勉強の為だから?

自分は本を読まない馬鹿じゃないと自分に言い聞かせたいから? 

本に対して小難しく考えすぎているのでしょうか。

「所詮、たかが読書じゃないか」と気楽に構えればいいのでしょうか。

記憶できない? 忘れてしまうなら、もう一回読めばいい」と。

「理解できない? 時間が経ったり、知識が増えたりすればできるようになる」と。

今、私の読書にとって一番大事なのはなんなんでしょうか。

それすらも分かっていない私は実は、読書が好きではなくなったのかもしれないと考えてしまいます。

そもそも読書とは何の為にするものでしょうか。

作画オタがどのアニオタよりも優れている結構いろんな理由

ってなわけで、作画オタクマンセー、って内容で今から繰り出すわけですがね。

「作画オタってうぜえ、くせえ、ビーッ!ビーッ!」って人は読んだらものすごく不愉快になるだろうからそこんとこよろしくね。

かといって作画オタがご機嫌になれる内容かと言えばたぶん違うと思うんだ

俺が普段モヤモヤしたものをここでぶちまけさせてスッキリさせてもらうわってだけのエントリだから




んで、まーなんつーか

アニメ系のブログとかスレッドとか評論ぶったサイトとか見て回るとですね

純然たる客観的事実としてどう考えても「作画オタ以上の見識を持った奴がいねえ」って印象を受けざるを得

ないわけですよ

いや、いやいやいや、俺だってね、アニメは作画だけが全てとは思わんよ。作画に疎いこととアニメ語りがで

きる事は別だと、一時期は思ってましたよ

でもね、結果的に見ますと、やっぱあれだ、作画オタのほうがよっぽどアニメ語ってるわー

どういうこっちゃねんなオイ、考えたよ、そんででた結論は「作画オタじゃないとアニメ語れないんだ」です

あ?また作オタお得意の優越感ゲームだよーって?はいはい偉いですねーって?そうなんですよ、偉いんです

よ作オタって。

考えてもみなさいよ、昔のアニオタってアニメ作画について語れることがステータスだったんですよ偉いんで

すよっていうか、アニメを今まで以上に好きになるってことは作画を好きになるってことと同義なんすよ、そ

れをお前今じゃ、「作画しか見てない奴は純粋アニメを楽しんでない」って論調がふざけんなよ!作画「も

」見てんだよ!お前らは「作画も見れてない」んだろうが!!いいか、アニメ純粋に楽しみたいから作画も

好きになったんだよ!

でだ、ネットが普及して作画に入れ込んでないけどみんな作画を気にするようになったよねここ数年の傾向と

して。それ自体は良いと思う。問題はそのわりにちゃんと知ってみようとしないこと。

アニメの作り方とか知らないけど作画にはケチつけるよって連中がすげえ多いこと多いこと。一時期よく背伸

びしたがりなアニオタの内で「原画犠牲にして動画クオリティを上げてるね(キリッ)」(逆のパターン有り

)ってフレーズ流行ったけど(流行ってないかも)今じゃギャグにしか使わないでしょーって思ってたけど今

でも割とネタじゃなくマジで言ってる奴がいたりしてげんなりしてくる。原画動画の違いとかググればパツ

イチで出てくるようなことだっつうのに、それも手間だと思ってるんでしょうかキーボード打つ暇もないのか

。ていうか興味対象の限界なんだよねこれが奴らの。それとは別の次元のところに作画に対する興味(といい

つつ興味でもなんでもないただの脊椎反射だよね)がやつらにあんのが末恐ろしいっていうか

いや、わかるよ俺、かわいいキャラが崩れるのはヤだもんね、だからそこに文句つけんのは凄く正しいと思う

。けど文句のつけかたに妙な気味悪さが萌え豚(あ、言っちゃった)たちにあるのがな。その最たるものが「

作画崩壊」って造語なんだけ・・・・あーこの言葉ほんと気分悪い。だってこれ使ってるのって自分言葉

語るの根本から放棄しますって宣言だろがよ、自覚あんのか自覚。よくわかんないものを「作画崩壊」ってカ

ゴリに無理ぐり当てはめて安心したいだけなんじゃねーのかよ。違うかよ。わかんないものはわかんないだ

ろうからいいよそれで、わかんないものを分かってみようって姿勢ももちろんいいよ。でも「作画崩壊」って

決めつけることはどっちでもねーだろ。わかんないものをわかった気になりたいけどわかろうとしない(めん

どくさいから)アンビバレンツを「作画崩壊」っていうんだろ違う?

ふつーに作画がヘチョいものをケナすのはいいよ。ただアニメタの画風が露出した部分が受け入れがたいって

のもあるだろうからそれを非難するのもいいと思うよ。ただそれまで「作画崩壊」で解決させようとする姿勢

はなんなんだ?理解ができん。ていうか単純に画力の無さヘナってるのと画風との区別ってそんなつかないも

んなの?絵がいくらキモかろうとも巧いものは巧いってのは普通わかると思うんだか(漫画家?あれは下手な

のも画風の内っしょ)逆にうまくてもキモいものは叩かれるのは道理ですよね。それはわかるよ。でも奴らの

論調は道理じゃないと思うんだよ。いや、俺だって作画の巧さと好き嫌いは別だと思うし、作オタだから谷口

キリコ安藤セラムンとか無条件で受け入れろってわけじゃないし、でも巧さは巧さとして認識しようぜとは

思ってる。俺もネギまぱにぽににおける大田和寛キャラデザは正直生理的に受け入れがたいものがあるん

だけど大田和寛自身はアニメタとしてメチャ巧いのは確かだからあれはあれでいいと思ってる。(もともとリ

アル系目指してたらしいしね、素の絵柄の時はまったく違うらしい、同人誌かなんかで見た)まあ、そこらへ

度外視してあーだこーだ言ってしまうのは、正直フェアじゃねえんじゃねえかなって。道理のようで道理じ

ゃないんだよ。

そこらへんが悪い形で出てしまった悲劇というのがかのアクエリオン19話だよな。「いやあれは演出だから

(キリッ」「アバン現実世界なのに絵が変わってるからその言い訳は(キリッ」って低次元の言い争いじゃなくっ

て、まあ、放送当時は荒れたよねほんと。あそこで糾弾の的に上がったのは絵コンテ作画監督Aパート)そ

のほか世界設定であるうつのみや理だったけど、あの話数はうつの画風全開(Bパートは別の人が作監でうつ度

薄れた感はあるんだけど大多数はそこまで気にしてないよね)で、異空間に紛れ込んだのをあの画で現してん

だけど、やっぱり叩きに叩かれた。うつだけが、そう、うつのみや理だけが。何故か。え?そりゃそうだろう

って?そうなのほんとに?たしかにコンテや設定込みでやらしてもらってるからうつ主導の回なのは間違いな

い、それが受け入れられなかった場合はうつのほうに追求が行くのも間違いない。でもだれか忘れてない?こ

の話数にゴーサインを出した人、監督河森正治の存在を。なぜかあの騒動の中で、河森はなんの責任も無い

どころかまるで被害者かのように否定派連中は担ぎ出していた。河森の当初描いていた物語(作品全体という

意味で)をうつのみや破壊したと、こう言いたいわけだってなんだそりゃあ。あまりにも筋が通ってないだ

ろそれは。あの回はアクエリオンという作品でこういうことをしたいという河森の構想をうつが委託して作っ

たようなものだったのに。どの口で言ってるのだろうか連中は。公式ブログには当時のコメントログがそのま

んま残っている、律儀にも。(http://aquarion.blog.so-net.ne.jp/2005-08-06コメントのファビョりっぷ

りが当時の様子を伺わせるだろう。「うつのみや理アニメに二度と関わるな」「追放しろ」というようなベ

クトルでだ、わあすげえ、きっと人殺しても許されると思ってるんだろうなあこの人ら。あまつさえ「原作者

のこの作品に対する気持ちを冒涜するかのような横暴って感じです」ですって。原作者原作者ときましたか

wwwいや、このアニメ原作者はもちろん監督である河森なんだけど、果たしてこのコメント付けた馬鹿

原作者」と「河森正治」とがリンクしてるのかどうかものすごく疑わしいんですが。えーと、まあ、筋の通

った話なら、河森がこういうことをやりたいから、うつを起用して、こういう回を作り上げたと、それでまあ

それが視聴者に受け入れられなかったのならそれはそれで仕方ないけれど、その時に河森に対する責任ゼロ

ってそんな筈ぁないよね。でも非難が集中したのはうつの方だった。HP(現在は消滅)の掲示板にも突撃かまさ

れてた、心苦しかった。作オタとして。筋が通ってるんなら監督不行届的な意味で河森にも同じくらい非難が

こないと納得いかないんだが、そうはならなかった。あまりにも一方的過ぎて酷いと思った(いっとくけど俺

は19話大好きだしうつも河森も間違った事はしていないと思ってるから誤解のなきよう)。

もうあんな悲劇はゴメンだと思ってるから、二度と起きて欲しくないんだけど結局これまでに似たような事は

何度も起こってるんだよね、はあ。

嫌なものは嫌だというのはわかるよ、嫌でも好きになれよって言うつもりは無いんだよ作オタ側でもな。でも

、なんだその歪みきった行動はよ、あまりにも非人道的だろうが、お前らがそういう手段に出るんだったらこ

っちだって怒気荒らげるわさ。死ね、お願いだから死んでくれ。頼むから。

・・・・えーっと、何の話だったっけかな?作オタがいかに優れてるかだっけか?正直もうここまでくるとそ

テーマどうでもいいんだけど。

しかし、今はそれなりに作画に関する認知度はあの当時よりはマシんなってきたと思うし。やっぱあれだよね

、作画MAD、そして作画WIKI、そしてその大元になった作画を語るス・・・!え、それは違う?いやでもあそこ

なんだかんだ言って常駐してりゃ作画情報すぐ入ってくるから便利っちゃ便利なんだよね。そりゃタチの悪い

のもいるけどもそれでも他のアニメスレッドに比べりゃ遥かにマシだと思うし。俺も一度愛想尽きて作スレ

離れようかと思ったけど結局まだ入り浸ってるし。だって質がいくら落ちようが、他のスレより全然語ってる

ほうだと思うし、作画だけじゃなくアニメそのものも。テロ萌えだとかで名前だけでしか語ってないっていう

のもネタを除けば共通言語名前出しゃ言いたいことはわかるってレベルなんだと思うし。あー脱線。まあそ

んなのので作画、認知されてきてるよね。うん。特に作画MAD。これは間違いなく作オタ人口を増やしたんだと

思う。そして増えた結果がこれだ。

http://d.hatena.ne.jp/kanose/20070424/drawingotaku

http://d.hatena.ne.jp/y_arim/20090414/1239659751(真ん中の作画オタクの新入生のほう)

・・・・・・・・・・・ま、これが作画に興味を持つフックになってくれればいいんだけど、こっから先行け

んのかどうかちょっとうにゅにゅ・・・って感じだよね。ここでもう満足してるっつか。ほんと「MAD見て良さ

わかった(つもり)だから俺作画オターw」みたいな。なわけねえっしょ。これ見て(URL前者)嫌な汗かいち

ゃって、作画WIKIに「作画MAD見ただけで作オタになった気にならないでください日々精進」って注意書きをダ

マテンで追加したんだけど俺、未だに残ってるね。これが効果あんのか無いのか無いと思うけど、まあここで

作画オタだと自分勘違いした人って多いんだろうね。いや、俺だって自分生粋の作画オタなのかというと疑

わしいけどさ、21世紀入ってからだし。やっぱメージュとかOUTとかの世代のほうが遥かにすげえんだろうなっ

て思うよ。だってナチュラルになってんだもん。しごく当然のように作画を語ろうとする。ネットYOUTUBE

当然ないしビデオダビングの交換とかでどうにかしてんだし草の根情報網で作オタライフ(作オタなんてカテ

ゴリ分け存在してなかったかも)やってんだもんすげえよ。かないっこなさそう。作画オタってさ、なろうと

思ってなれるもんじゃねえんだよなって思う。なれる奴となれない奴は最初っから決まってるんだよ。俺もな

れたとはまだ思えてない。でも好きなもんは好きなんだって衝動はあるから「作品的には駄作でもエポック

作画はやってる」なアニメも積極的に見るぐらいの情熱は俺あるよ。うん。だって気になんじゃんよ。純粋

純粋アニメの見方じゃない?いや純粋だよえげつないほどデュワじゃなくてピュアだよ。純粋アニメ

好きなんだよ。でなかったらするかよこんなこと。

けど作画認知度ってのは結局は今んとこ作画MAD止まりだよな。いくら憲生MADや大平MAD見て「アニメタの個性

だ(キリッ」つってったって何も偉くねんだよ。同族嫌悪じゃねえよ。あいつらは作画オタなんかじゃない。アニ

メーターの個性(この呼び方好きくないんだけど)ってのは絵柄だけじゃないけどまだ絵柄単位での話しかし

てねーっつうかさ。ていうか、ああいうキャラデ逸脱型ってのは「やっちまったもんは仕方ない」っていう前

提ですげえ!って言えるもんでさ。やっぱ設定は守るべきなんだよね基本はさ。その設定が変えちゃいたくな

るようなつまんないものだったのかどうかは当事者アニメタしか知りようが無いけど。でも作画オタの側か

ら見ても基本は設定だと思うんだよ。設定から外れたからスゲエんじゃなくって、設定から外れたけどそれは

それでスゲエんだよ。そこは履き違えんなよ。まあ元の設定があるからこそよけい凄さが際立つケースもある

けどね。言ってることメチャクチャだって?すまんね。けどここんとこを履き違えた結果起こった第2の悲劇っ

てのがあれだ、鉄腕バーディー DECODE:02第7話。ていうか仁保パート。あれの論争はちゃんとした作オタは一歩

引いた目で見てたと思う。それよかパート当てに盛り上がってcoosunのいぢわる情報に振り回されてた気がす

る。あそこでアニメ板本スレとか乗り込んで「あれはアニメーター個性だからイイのだ」つって対抗してた

つもりっぽいのは作画オタじゃねえんだよ。作オタだとしても「作画オタクのB君」みたいな人達なんだよ断言

しちゃうよ。だからあれを作画オタかなんかのように見られると正直嫌な気しかしないっていうか、だからゲ

ラボネット事件簿みたいなコラムで「バーディーの手抜き作画に作画オタが反論!」みたいな事書いた多根

清史はマジで死んで欲しいんだけど閑話休題

作画オタクのB君で思い出したけどもう一つ、この記事書いたy_arimは作画MADに対して以下引用純粋に作画

だけを見ようと思ったらあのBGMはかえって邪魔なんです。もともとのBGM台詞、S.Eとも違うわけですから。

まあ海外AMVを真似て導入したんでしょうけれども……」て言ってっけどダウトだよそりゃあ。作画MADを資

映像かなんかだと勘違いしてんだよ。俺も作画MADは音消して見る癖ついちゃったクチだけそれは単に選曲が

酷くて絵もあってねえっていう、聞くに耐えねえだけっつうわけで音消してんだし。出来がいいやつはちゃん

と音有りで見るよ初期のやつとか、だって作画MADは資料じゃねえじゃん。他のMADムービーと同じじゃんエヴ

ァの映像にイッパツマンの逆転王の曲かけるやつ(結構好きだった)とかのと同類でっしゃろ。出来の悪いヤ

ツはそれこそ資料映像と割りきって音消しちゃうわけなのよ。逆よ逆、資料映像としてハナから見るわけじゃ

なくMADとして見ようとしてんだけどMADとして見る価値がないと資料映像として音消すんよ。導入の仕方はぜ

んぜん違うよ。音消すようなのは大抵1回見てもう二度と見ないなそれは。つか純粋に作画見たけりゃオリジナ

ルで見るっつうの。MADなんか頼らんっつうの。てなわけで作画MADの思い出でも語りますか。


磯光雄MAD(曲:地球の危機)

YOUTUBE動画探したら、うわ消えてる!?

まあ実質これが元祖作画MADでしょう。これが公開された時の事は覚えてる。YOUTUBEもロクに活用されたなか

った頃だから生ファイルで上がってたんだけど皆驚いてた。何に驚いたかっつうと何の脈絡も無くアップロ

ドされた事もそうだが「なんつー物好きな奴がいたんだ」って感じに。作オタなんてマイノリティの極みだっ

たからこんなヒマなことする人間がいたのかって驚きがあったんだよ。そんで妙な中毒感はたしかに存在した

。完成度で言えば荒いけど新鮮さではものすごかった。何でこの曲なん!?って言われたけど、磯作画による

爆発や地面がエグられてく様はたしかに「地球の危機」を感じたんだよ、笑わば笑え。SAMURAI7の森久司パー

トが何故か混ざってたのは当時も指摘されてたけど、正直それは問題ではないっていうクオリティだった(こ

の辺が作画MADは資料用じゃないってたらしめてるんだとおもう)。一時期何度も見たなー。もう一つあとで上

がった、曲がゴルドランEDのやつも良く出きてたけどこっちはあまり知られてないね。やっぱり動画サイト

も無いし。保存してあるからいいけど。

松本憲生MAD(曲:派加瀬太郎のあの曲)

http://www.nicovideo.jp/watch/sm222484

これもつべ消えててニコのしか無かったわー。これも時代か。

これはたしか「作るよー」って制作者が宣言してたと記憶してる。磯MADに触発された感じで。それで期待は高

かったしそれに応えられていたとも思う。何故かなかなか流行らないインストメンタルタイプの作画MADの元

祖。何度かバージョンアップして追加とかパート間違い修正してたな。これも良く見ればちゃんと曲に合わせ

編集してるんだよね垂れ流しじゃあなくって。曲フェードアウト中途半端に終わらしてる風だけどこれは

これで余韻が残ってカッチョ良かった。この時期が作画MAD純粋に楽しんでたなー。作画じゃなくて作画MAD

よ何度も言うけど。

大平晋也MAD(曲:ハガレン4期)

http://www.youtube.com/watch?v=d3rJCPFqKRI

アニメーター復帰後の作品でかためられて、80年代山下してた頃のは一切無いけどどっちかに統一してるの

はとっちらかってなくて良かった。それよりもこのMAD破壊力はあれだよ、「消してーリライトしてー」の部

分。オリジナル吉成鋼パートんとこに合わせてイノのバトー飛び降りをかぶせてくる編集MADとしちゃ常套

手段だろうけどこれはムッチャかっこよかった。すげーキマってた。思わず手をグーにしたもの。この部分の

ためだけにこの曲使ったのはもはや明白だけどそこの所の一点突破的なやり口はすげーイケてたですよ。マジ

でこれが作画MADのその後の方向性決めちゃったんだと思う。逆に言えば、真似して失敗したのが多すぎ。


この3本が作画MAD歴史物語ってる。これは間違いないです。作画MADってやっぱミュージッククリップなん

だよね有志の。いつから作画オタ育成ようになってしまったんでしょう。前述したように作画オタなんてなれ

る奴となれない奴に分けられてるんだから。それでも作画オタになりたいんだったら自分で好きな作画見つけ

て追っかけてみましょうよ。MADなんかに頼んないでさ。というわけで、作画MADお話でしたマル


・・・・・・・・・冒頭あんな挑発的な導入しといてここで終わるのはなんともアレなので最後にもう一つ話

題。「作画を体系的に理解するための7作品」(http://anond.hatelabo.jp/20091127174928)を書いたのは俺

だ。あれは作スレで「映画を体系~」(http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20091126/1259227980)の改変やっ

てー見たいなレスあって、本気で言ってるわけじゃないだろうけど面白そうだから改変した。そんでバッカで

ーって笑ってもらえりゃいいやと思ってた。だからわかりやすいようにあんなWEBアニメスタイル依存しまく

ってる内容にした。したがってあれはアニメスタイル読んでりゃ全部分かりきったような内容しかない。上げ

た作品は俺も一通り見てはいるけどさ、でもやっぱネタネタ、こんなんで体系的に理解できるもんかよ。元

ネタの7つ限定に無理やり当てはめてみたんであって、ちゃんと体系的にしたかったらAプロとかデザスギとか

も盛り込んでるよ。(俺もそこまで濃いわけじゃないからそんな地雷源渡れないけど)宮崎大塚ハブって最

後にしか書いてないのも元ネタ記事の「ここでは取りあげられなかったのだが、ルビッチワイルダー」の宮

大塚バージョンがやりたかっただけだよ。だから100%ネタで書いてたんであって、こんなん参考にする

ようなやつ終わってるわーって思うわけよ。実際は200ブックマーク越えちゃってビビッたけど、「これはすご

い」「勉強になる」「歴史」とかくせえのが多いの。んなバカなこんなんで勉強にされちゃうのかよ。こんな

ネタ見る奴限られると思ってたから俺驚いちゃったよ。いや、彼らがそれで納得して勉強んなったんなら良い

んだけど。それでも俺なんか脱力しちゃったよ、あああ~~~そこまでなのか~~~~って。笑って貰うどこ

ろか関心されちゃったよ~~~~って。まあ遥か先の世代から見れば俺みたいなニワカ作オタだって似たよう

な印象受けちゃうだろうけど。でもそんな俺からしてみてもあああああ~~~ってなるのはよっぽどじゃねえ

のかな。だって俺、このネタに上げた作品を一通り見て、そこで初めて「ニワカ作オタ」になれるレベルだと

常に信じてたんだもん。


と、言うわけでして。これで作オタが全アニオタで優れている存在だと理解できましたねみなさん。何、でき

るわけねえだろ?そんなら良し。

2010-02-05

http://anond.hatelabo.jp/20100205142307

個人的にはパクリはあんまり問題じゃないと思うんだけどね。

2次創作パクリの違いは何か?という話にもつながるけど。

もちろん引用するのだったら、引用元を書くのがフェアな態度だとは思うけど。




あと、絵と写真は作り方が根本的に違うと思うよ。

記憶曖昧だが、なんかの名言に「写真ナイフの一閃、絵画は瞑想」みたいな言葉がある。(別にどちらが優れている、という話ではない)




それから、女は絵が下手というより、脳の作りの違いもあると思うけどね。

実際、女性の場合、空間把握力が弱く、絵が平面的になる傾向がある。

ただ、キラキラしたディテールレースなんかを細かく描いたり、モヤモヤ・フワフワした感覚をどう視覚化するか、なんかにこだわる傾向があるような。




テンプレ(ハンコ絵)は楽だし見栄えはいいだろうが

消費されるだけで忘れられる作品を描いてて楽しいのだろうか?

別に歴史に名を残したいとかではなくて、生産消費としての(刹那的な)娯楽としての価値観もありだと思うけどね。そのジャンルの間口を広げるという意味で。むしろ、今は、どんな作品を生み出したか、よりも、いかにコミュニティをうまく機能的に持続させていくかがよりコアな問題のような気がしている、個人的には。よく外野が発破をかけようとしているのだろう、そんな煽りをする場合、もっと上のレベルを目指そうぜ!みたいなことを言うけれど、実際、絵を描いている人の動機が違っていたりするからなあ。

2010-02-04

ttp://www.nomusan.com/~essay/index-jubilus.html

ここのところ小沢問題を注視しています。

私はこの問題を、単に疑獄事件というより、日本という國がこのままモラルの面から衰退していくのか、辛うじて踏み止まるか、その分水嶺と思うからです。



これは一般人不正とは違うのです。

権力による不正」です。

それを許容すれば、日本は、道義=背骨、から腐るでしょう。

私は深刻に見つめています。危機、と捉えています。



小沢さんへの疑惑総選挙前からありました。現在問題にされている不明朗な金の動きは、この人には常につきまとっていました。二十数年前、自民党田中派七奉行と言われた時代から、いつも煙は立っていたのです。

政党助成金の問題も、最近突然話題になった訳でありません。公共事業への介入は周知のことでした。深沢の土地は数年前から週刊誌でも取り上げられました。 その週刊誌(「週刊現代」)を名誉毀損で訴えた小沢さんは「敗訴」しました(確定)。普通に考えて報道疑惑を伝え、疑惑の対象者がその報道名誉毀損で 訴えた、しかし裁判所名誉毀損に当たらないとした、これはその疑惑に根拠のあることを、裁判所が認定したことではないでしょうか。



私は「国税」が、当然動くと思いました。しかし知る限り、動きはありませんでした。



2007年2月20日小沢の説明は、到底納得できるものでありません。

ある著名な女流作家はその説明を、私の記憶では、人をバカにしている、といいました。

私は直後、その20日の夜に、下のような発信をしています。

ttp://www.nomusan.com/~essay/jubilus2007/02/070220.html

ここで小沢さんは「確認書」を見せました。極めて胡散臭いものですが、報道陣はそれで納得してしまいました。

(いま、この日の小沢会見のビデオで確認してみますと、「公正証書のようなものは作ってあるのか」と質問した記者がいます。公正証書はなくとも、当然の常 識として「確定日付」の認証は、あるはずでした。しかしその後、その点を突っ込んだジャーナリストを知りません。私はこの会見以降、日本メディア絶望 したのです)。

この「確認書」は偽造であったと、最近報じられています。当然想定されたことです。小沢さんはいけしゃあしゃあと、それをかざして十分な説明をしたとしました。



そのような人物が総指揮を執る選挙で、しかも甘い言葉の羅列された「マニフェスト」を、疑わず、国民が圧倒的な支持を与えたことは、私には衝撃でした。私は日本国民の退化を感じました。

小沢問題がどのように進展していくのかは分かりませんが、私たちは今、小沢鳩山という、私たちの常識や良識とかけ離れた異常人を、権力のトップに置いています。鳩山総理のことは末尾で少し触れます。



小沢一郎氏の特異さは、公衆の面前で平然と嘘をつけることです。彼がウソをついていることは、ほとんどの人が、報道陣を含めて、そう思っているでしょう。 そして、そう思われていることを、彼は十分に分っているでしょう。人々の疑いの目に動じることなく耐えられる人です。



小沢さん幹事長を辞めないと言っています。これは、「今は辞めるに辞められない」ということがあると思います。おそらく今までやってきたように、民主党の代表・幹事長としても、同じ可能性のある立場に立てば、同じことをすると思います。

彼が自分の罪業を押さえ込むためには、絶対的な権力が必要です。

彼は圧倒的多数党の実力幹事長として国会立法)を押さえました。内閣人事に強い関与をすること、あるいはそれ以上に「陳情一元化」によって、行政を牛耳 りました。仕上げは「司法」の制圧でした。それが今の状況でしょう。悪人が絶対の権力を握る。恐ろしい状況が現実になろうとしています。



鳩山総理脱税も決して小さいスキャンダルではありません。小沢の巨悪に紛れているだけです。

鳩山首相の、先の「施政方針演説」は、実に気持ちの悪いものですが中でも、自身の巨額贈与受け脱税問題を棚に上げ、



資本主義社会を維持しつつ、行き過ぎた「道徳なき商業」、「労働なき富」を、どのように制御していくべきなのか。人間人間らしく幸福に生きていくために、どのような経済が、政治が、社会が、教育が望ましいのか。



と演説できる神経は、並のものでありません。羞恥心の欠落した人物です。

ttp://www.kantei.go.jp/jp/hatoyama/statement/201001/29siseihousin.html



私たちは今、二人の異常人のもとにいます。

うちの父は子供とまったく話をしようとしない。

父からすれば子供なついてくれないっていう理屈をとおすだろうし、まさしくそのとおりに近いが

話をしないうえに話をしても勝手解釈して自分の中で結論づけて会話が続かないのも事実

思い返すと会話らしい会話をした記憶がほとんど無い。

子供自分が悪い部分もあるかもしれないが、それならば『親って何?』って思う。

あととにかく自分の土俵しか目に入らず、それ以外の経験を嫁・子供がしようとすればとにかく嫌悪感を表し、

ブツブツ、、、と陰湿な感じで言葉を投げかける。

暴力的DVやアル中なんかは幸いなことに無く真面目に働いてくれていたおかげで幸いなことに大学まで行かせてもらえた。

それだけはもちろん感謝している。

でもそれだけだ。それ以上のものはない。

ある意味、DVの環境ともいえるような気がしてならない。

たとえそんな環境であってもいい年をして親のせいにするのは間違っていると思うし、そうすべきでないのはわかっている。

でもどうしてもそんな環境で生まれ育ってきたおかげで、『人格形成』の部分で大事な何かを失ったまま年を重ねてきてしまったような気がして

自分が情けなくて情けなくて仕方が無い。

こんな風に子供が思っていることなんか知るはずも無い(もちろん言わない、、、話さないから知るわけも無い)

で、どこ吹く風で

『もう老いを迎えて子供を養うことができないから、自治体主催結婚相談所に行って相手を見つけてくれ』

介護、、、介護、、、』

気持ちはわからないわけじゃない。親としての心配もあるかもしれないが、自分のしてきたことがどこふく風でこんなことを言われても

理解に苦しむ。私も逃げているだけなんだろうが、私には誰かと一緒になるなんてムリです。自分みたいな子を再生産したくないです。

苦しみは、自分だけで充分です。

そうそう家庭内でもイザコザを抱えているが、私に口を出して欲しくないそうなのでずーっとダンマリを決め込んでる。

すると今度は『なんで、、、』となり、

親孝行で土産物を購入してきても、

『(イライラ)』となる。

照れ隠し?違うんですよ。。。

口げんかなどになると『あんなことをしやがって、、、』と真剣に言い出す人なんです。


いつまで悩み振り回され続けなきゃいけないんだろう、、、

2010-02-03

http://anond.hatelabo.jp/20100203015951

いや誤読じゃないでしょ。仮定の話であっても不用意なセリフを吐けば非難されるのは当然。



はてサの話自体が「男はケモノ」という仮定に基づいたものだとしても、iteauの話だって「予防拘禁する」というさらにその上の仮定に基づいた話なんだから別にそれ自体がおかしなことではない。






記憶の整理がされたようだが・・・

http://anond.hatelabo.jp/20100203183824

馬鹿が多すぎるというが、いったいどれくらいの人数が存在するのが適正の範囲なのか。

適正数はゼロだと思います。馬鹿のいない世界こそが理想

馬鹿ではない」水準は、何を基準にどういった評価方法で求められるのか。

この発言を待っていました。

これを決めずに馬鹿を抹殺すべきか否かを語った所で、無意味ですからね。

私の考える候補として、大きく分けると、何らかのテストをもって分別するか、あるいは個々に合わせて特定の人間が判断するかの二つです。

知能検査などは前者で、投票独裁者による判断などは後者ですね。

他の方のエントリでもありましたが、現状、「知能」という物を完全に測定出来ていない(あるいは定義出来ていない)以上、ある程度の妥協は必要になると思います。

各種知能検査記憶テストといった物をはじめとし、SPIのような総合適性検査的な形で測定するか、あるいは私がこのツリーの書き込み一つ一つを判断し、「こいつ馬鹿だな」と思った書き込みをした人を抹殺するか、そんな感じになりますね。


「それは馬鹿政治に参加させているために起きる問題であって、民主主義を捨てることで解決できる問題なのではないのか?」

http://anond.hatelabo.jp/20100203180434

馬鹿社会的に抹殺して、馬鹿以外の統治という形にしても構いませんが、結局は民主主義下で馬鹿意見を抹殺するということに変わりはありません。

少し文章がおかしいですが、馬鹿を除いた人間で統治するというのは、民主主義下で馬鹿意見を抹殺するということと変わりはない、という意味です。

馬鹿を除いた独裁も、馬鹿を排除した民主主義も、結局は同じですから。

http://anond.hatelabo.jp/20100203175939

徹底した思想をお持ちなのであれば、なぜにそこで「知能指数100」だなんて、ぬるい基準を出すのか、ということを問いたい。

Wikipedia知能指数

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%A5%E8%83%BD%E6%8C%87%E6%95%B0

の解説を見てもわかるとおり、


齢が違う人同士の知能を直接IQ比較することはできない(たとえば、IQ200の5歳児とIQ100の10歳児の知能は同じである)

IQは万能ではなく、主に左脳機械的な演算能力のみを測っているに過ぎず、この検査の対象が知能のすべてを含むわけではない。記憶力などはIQとは関係がない。

精神年齢は12、13歳を過ぎるとそのままの定義では不自然IQが算出される

「従来のIQ」の数値は、あくまで知能の発達の早さを意味するものであり、異年齢の他人との数値の単純な比較によって直ちに天才的であるとか成人より高知能であるとかを断定することはできない。例えば、5歳の児童が、10歳の平均的な児童と同じ知能を示せば、IQは200になる。そして、IQ100の11歳児とIQ200の5歳児を比べれば、平均的な児童であるIQ100の11歳児の方が、IQが突出して高いIQ200の5歳児よりも知能は高いことになる。この例からも分かるように、IQの数値は、知能の高さの絶対値ではないのである。

また、5歳でIQ100の人が7歳になったらIQ90であった場合、一見すると数値が低くなったので知能が退化したかに見えてしまう。しかしながら、5歳時のMAは5歳0ヶ月であり、7歳時のMAは約6歳3ヶ月である。このため実際には知能水準は伸びている。

外国人などの非ネイティブ者、言語障害者、非識字者などの場合は、言語面に重点を置いた検査で著しく低い数値がでる場合が多い。

IQはその測定のために便利な表記法として編み出されたものでしかない。このためIQは知能全般にわたる能力を示す数値と考えるべきではなく、知能検査の内容に含まれる言語能力論理能力をはかることができる目安程度のものと考えるべきである

とか。

コレ読むだけでも「知能指数100以下」という基準があんま使えないとおもうのだが。

2010-02-02

お気に入り」って日本語は昔は今ほど使われていなかったと思う

「好きな」シャツとか「好きな」曲と言えばいいものを、まあどいつもこいつも判で押したように「お気に入りの」なんちゃらと言いやがる。なーに気取ってんだか、ペッ、ペッ、ペッ。

思うにこれって、昔 Internet Explorer が出てきたときに、サイトショートカットを入れておくあのフォルダ名前Favorite で、日本語版のIEには訳語として「お気に入り」が使われていたから、ネットが普及するとともに、「お気に入り」という言葉がここまで市民権を得たのだろうか。いやその前から言葉自体はあったけど、こうもみなが使ってはいなかったような気がする、昔は年端も行かない女専用の言葉だったはずだし。(確信は持てない。)

さて、こちらはいつが境目かについてもう少し自信があるが、とくに企業不祥事を起こしたときに、最近ではやたらと多用される「不適切な」という言葉。これも昔の日本人は、日常的には使っていなかったように思う。境界線はわりとはっきり記憶にあって、1998年モニカ・ルインスキー事件でクリントン大統領言葉が、メディアでは「不適切な関係」という訳語報道されていたあたりだ。あれ以来、不祥事に関係することなら何でもかんでも「不適切」という日本語で形容されるようになった。あの事件より前に、「不適切な」なんて訳語っぽい言葉遣いを誰も彼もがしていることなんてなかったもん。

当たり前だろ、だからどうしたって話かもしれないけど。

男の知らない“女の勘”の正体

女は、女であるだけで男性よりも2倍もうつ病になるリスクが高い。



それは、嫌なことを感じやすく、忘れてさせてくれない、ホルモンのせいだそうだ。

ストレス男性の2倍は感じやすいという。



脳の仕組みからいえば、ストレスをためやすいのは男性より女性のほうである。

第一に、女性ホルモンエストロゲンは脳の前頭前皮質を通じ、

記憶をつかさどる「海馬」に感情情報を送る。

したがって、女性は昔あったいやな出来事をなかなか忘れることができない。



また、ストレスを促進させる扁桃体の感受性も女性の方がずっと高く、男性の2倍はあるといわれている。

扁桃体情報は、左右脳をつなぐ前交連へと伝達されるが、この前交連も女性の方がずっと太い。

したがって、女性は昔傷ついたことをいつまでも忘れられない。

そればかりか、ささいなことでショックを受け、

それについて勝手想像をふくらませてまた落ち込む――という悪循環に陥りやすい。



「あのとき、あなたこう言ったでしょ!」

「今の一言、すごく傷ついた!」

「ほんとうは私のことなんかどうでもいいんでしょ!」

 こんな言葉女性の口から飛び出してきたら、「エストロゲン扁桃体と前交連の仕業だな」と思ってほしい。



http://diamond.jp/series/mf_rules/10020


しかし、実際に自殺率となると男女比は逆転どころか逆増加して、

3:1(男性3、女性1)となる。

これは、男性が、ストレス愚痴の発散がうまくできずに溜め込みがちなこと、

「妻子には関係ない、迷惑をかけられない」

と旧時代的な男らしさや責任感をかぶりがちなこと。

また、「強い自分」を過信するあまり、ストレスウツ状態を認められず、

病院にかかりにくいということもあるだろう。

実際、カウンセリングにかかる人の9割は女性だそうだ。

男は「女は愚痴っぽい」と辟易するのだが、

女はしゃべることが得意で、しゃべることや愚痴を言うことでストレス小出しにするから、

うつ病になってもカウンセリングや投薬の効果が出やすいのだろう。



以上のは前書き。前提。

それを踏まえて思ったことは、これがいわゆる“女の勘”の正体じゃないかってこと。


男より2倍も嫌なことを感じやすい女の脳は、

たぶん、男の仕草について嫌な感じも敏感に感じ取る。



「あの人、なんか目つきがコワイ。近づかないでおこう」

最近の夫は異様に優しい気がする。何かおかしい。」

「なんだかこの展開はおかしい。私ひょっとして騙されてるのでは。」



不快感アラームが2倍鋭いから、気づく。

それは男にとって、自分にはない未知の領域の探知能力

だから、“女の勘”と呼ばれたんじゃないかとふと思った。

実際は、勘ではなくて、

エストロゲン扁桃体と前交連がタッグを組んだ

危機管理アラームの鋭さが、女の勘の正体なんじゃないか。



そう考えると、いわゆるだめんずも説明がつく。

それは本来なら女に備わっているはずの危機管理アラームが壊れている女のことだ。

だめんずうぉーかーの倉田真由美は、今、勝利宣言ともとれる発言をしている。

「男がどんなに遊んでこようと、自分が最後の女になれればそれでいい。」



フツーの女は、600人斬りとかしてきた男はフツー、結婚相手にしない。

何故なら、浮気癖は治らないものだと知ってるから。

自分が最後の女になれる」とか思わない。

「この男はビョーキだから、治らない。一生このままだろう」

と事前に危険探知能力を発して察知するのがフツーの女だ。



彼女漫画に昔、自分の父親のことが載っていた。

うろ覚えだが、確か、

いきなり会社をやめてきては自分で事業を立ち上げるどー!とかいいだすような、

会社員が全然続かなかった人のようだ。

子供だった彼女は、父親がそういうことを言い出すたびにドキドキしてきたようなのである。



ある種の吊り橋理論というか、

父親というのは娘にとって最初の異性の像だから、

そのドキドキが、ひいては、

公務員とかフツーの会社員なんてつまらない、ちょっと危険な香りのする男が好き」

というだめんずにつながっている・・・


気がする。


ま、ともかく、言いたかったことは、

女の勘なんてない。

そーゆーのはシックスセンスとかじゃない。



あるのは、ホルモンと脳の仕組みにより得られた、

男より2倍鋭い感受性、危機探知アラームだけ。

勘なんかじゃなくて、ハードの性能なのだ、と思ったのだ。

http://anond.hatelabo.jp/20100202105657

素で憤っただけで、政治的に被害者面したわけじゃないよ。

もしも本当にわざと被害者面をしていたら見抜かれて

今頃ボロボロになるまで叩かれまくっていると思うよ。

記憶違いでなければ、あいつは嫌な女だとか書いた覚えがないし、

努力家の優しい人だと書いてたじゃないか。

「あなたのため」の言説は書きたくなかったけど、

特に人気者になりたかったら星が見えないとなりにくい。

2010-02-01

時の試練に耐える作品、消える作品。ちょっと前のスレイヤーズのアレ

http://anond.hatelabo.jp/20091215072940


外山滋比古の思考の整理学本屋平積みになっていた。家に帰り、久しぶりに件の本を棚から引っ張りだしてパラパラと捲った。その中の一段、時の試練という項目で取り上げられている、当時は天才と持て囃されたけれども時代とともに忘れ去られた島田清次郎と、当時賛否両論であったのに現代は国民作家となった夏目漱石との対比の例を見て、ふと脈絡なくスレイヤーズのことを思い出した。


富士見ファンタジア系、といってもそこまで詳しくないのだけれど、当時見ていて覚えているのは、スレイヤーズ、天地無用、セイバーマリオネットとかだろうか。確かに面白かったし、同じ文脈を持った同年代と出会うと大抵話題に上る。けれども、そこで終わり。懐かしむ以上のものはない気がする、といったら傲慢だろうか。


順調に年を取り、或いは40年後、擁護老人ホームで溜め込んだオタクコンテンツを消費する生活になったとして、何を見るか、何が残っているか、みたいなのを夢想する。もしかしたら、その頃にはアニメをみていないのかもしれない。今でさえもうリアルタイムで追っていない。もしくは、アニメという産業自体が存在しているかどうかも分からない。


近年で言うと、DVD,BDともに一番売れた化物語が数年後どうなっているのかとか。個人的に西尾維新は好きだけれども、数年後は分からない。空の境界などはどうだろうか。こちらもDVDが売れているみたいだけれども。と思ったら、ニコニコ動画のチャージマン研ブームのように、局地的に意外な視点で取り上げられることもある。SFが好きなため、ハルヒは一巻の頃から追っていたが、あそこまでブームになるとは思わなかった。突然話がずれるけど、書痴は何でも読むから書痴なのであって、当然ライトノベルも読む。そこで、当時図書館スレイヤーズと一緒に借りたのが・・・記憶曖昧だが、それが確か島田清次郎の何かだったかも・・・というのを思い出した。いや、出来すぎだから多分記憶違いだろう。


今年も様々なアニメ作品が放映されるけれども、どれだけの作品が残るのか、というのも興味深い。ちなみに、掲示板の質問で、どんなアニメをみたらいいか、という内容のときたまに上がるプラネテスだけれども、あれは正しいと思う・・・みたいな感じで作品は語り継がれていくのかな、とも思ったり。

ヤクザの3割は在日」は本当か?

よく2chで見るこういう話。

出所はおそらく菅沼光弘元公安部長の講演(彼は暴力団専門ではないのだが)

阿久根市長がブログで書いたのも記憶に新しい。

そういう人も多いのかなと思っていたが、何の公式のデータもない。

もちろん暴力団員全員の国籍データなどは存在しないので当たり前だ。

しかし、興味深い厚生労働省統計がある。これは2008年の統計http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?lid=000001055960

この表の新受刑者暴力団加入者の国籍というところを見てほしい。

受刑者(その年に刑務所に入った人)は総数3265人。

そのうち日本人は3191人、約97.7%。韓国朝鮮籍は63人、約1.9%。

つまり、その年に刑務所に入った暴力団員の約98%は日本人ということ。

ヤクザの3割は在日」という話の信憑性はここから考えると薄い。

そうでなければ、暴力団員の在日犯罪に手を染める傾向が少ないかどちらかである。

その他にも興味深いデータがあるので、関心のある人は直接統計にあたってみてほしい。



http://anond.hatelabo.jp/20091008202320

http://anond.hatelabo.jp/20100201141631

えっ、本当。そうなんだ。

子供の頃は半額になってた記憶があったので。店によるのかな。

東大入試二次試験戦略英語

おはようございます。

もう2月ですね。

大学入試(二次試験)の季節です。

今日東京大学の二次試験、それも英語という、

きわめて特殊な形式を持ったテストに立ち向かう上で、

僕が個人的に獲得していった「戦略」についてお話しできればと思います。


 もちろん、東大英語に臨むうえでは、

基礎的な英語の実力が重要なのは言うまでもありません。

ただ、試験の形式に最適化された解法・戦略を選択すれば、

平凡な日本語ネイティブの僕たちでも、

戦略のない帰国子女よりも良い点数を取れることでしょう。


 なお今回の話はあくまで、僕個人の経験から導出されたものですし、

テストの形式も僕が合格した2008年準拠です。

ですからこれから東大受験されるかたには限定的にしか役に立たないでしょうし、参考程度に聞いて下さい。

また、話していく中で、僕が他の先達たちから聞いた話をそのまま織り交ぜていくことが予想されます。

おそらくこういった話はすでに多くの方がされた類のものでしょう。

ただ僕は田夫野人にして『ドラゴン桜』すら未読なので、

僕自身のオリジナリティがあるのかどうかすらわかりません。

もし著作権等の問題に抵触する場合は、明示していただければ対処します。


 さて、それでは本題に入っていきましょう。

東大英語という特殊な形式の問題を前にして、

第一に考えなければならないことは何でしょうか?

それは、各大問の性質を明らかにし、それにあった戦略を考え、

「解く順番」を明確にすることです。


 東大英語の各大問は、それぞれユニークです。

和文要約と長文を含む第一問、英作文の第二問、リスニング第三問、英文和訳と文法問題の第四問、長文読解第五問(もちろん、年によって変動があります)。

それぞれの大問は、独自の設計思想に基づいて作られており、

これらを最初に分析した上で学習の指針をたてるのがベストでしょう。

たとえば、それは「単語戦略にも現れてきます。

私見では、東大英語で求められる英単語・熟語知識は3つに分けられます。

すなわち、「長文でつかうもの」「和訳でつかうもの」「英作文でつかうもの」の3つです。

これについてもおいおい説明していければと思いますが、

とにかく、5大問の分析と戦略策定が何よりも重要だと言っても過言ではありません。


 また、その結果得られる「解く順番」も重要です。

東大英語は、かなりの作業量を強いてきます。

ですから、各工程を適切な順番で適切な戦略の元に片付けていかなければ、

最後まで解ききることすら出来ません。

その意味で、東大英語は「ドラクエをいかに短時間・低経験値で全攻略するか(タイムアタック)」という「しばり」プレイにも似ています。

ここでは、僕のおすすめの「解く順番」を一つ挙げてみましょう。


 それは、「後ろから解いていく」です。

つまりおおざっぱに言って、第五問(長文読解)→第四問(英文読解和訳→文法)→第三問(リスニング)→第二問(英作文)→第一問(長文→要約)のプランです。

「解く順番」を考える上で一番のボトルネックは、

やはり試験時間のまんなかに鎮座ましましている30分のリスニングでしょう。

ですからこれを中央にして、前半に読解系を、後半に作文系を入れてみました。


 このプランにした理由や各大問の設計思想などもからめながら、もう少し細かく見てみましょう。


 最初は、第五問……ではなく、リスニングの問題文の下読みから。これは当然ですね。

リスニングを解くのは真ん中ですが、第五問第四問がどう転ぶかはまだわからないので、

あとで下読みする時間が無くならないように、最初に読んでおきます。

そして読解系の第五問・第四問(の和訳)。

これらの1.5大問が問うているのは、「精読・読解できるか否か」でしょう。

それにしても、なぜこの二つを最初に置くのか。

それは、「ある程度時間と集中をかければリターンが大きい出題形式」だからです。

長文を精読して答えを詰めるのも、英文と格闘して解釈をひねり出すのも、

一定の時間と集中が要求されるタスクです。

だからこういった粒の大きな作業は、余裕のある最初に入れておきたい。

2ちゃんねるコピペで、「小さな砂をビンに最初に入れてしまうと、あとからでは大きな石は入らない(だから最初に石を入れよ)」というのがありますね。

それと同じです。


 読解系を集中して解き終り点数を積んだら、リスニングに入る前に、

第四問(の文法)と、第二問(英作文)のメモ作りに参りましょう。

英作文、リスニング、文法の2.5大問が問うているのは「ロジカルな文脈復元力」ですが、

文法も、英作文のメモ作りも、「石」というよりは「砂」です。

リスニングの開始まではもう余裕がありません(もちろんリスニング中も)。

ですからここは「砂」を入れて、無駄なく(そしてリスニングへの弊害なく)進めていきましょう。

(ちなみに、「英作文はいきなり英文を書き出すのではなく、一度日本語メモを作る」というのは常識ですよね?)

この文法とメモ作りを、余裕があればリスニング中の小休止にも行った方が良いですね。「リスニング中」!? そうです。

そんなことしたらリスニングがまともに聞き取れなくなるじゃないか! ……確かにそうです。

でも、そもそも東大英語リスニングって、「まともに聞き取れ」るものでしょうか、帰国子女ですらない僕らが?

個人的には、「帰国子女じゃあるまいし、リスニングはまともに聞き取れない(そしてまともに聞き取れなくても点は取れる)」という戦略お勧めしたいと思います。

聞き取るのは、断片だけで構いません。

ディスコース・マーカー」などのテクニックに限らず、基礎的な文法知識や「教養」など、すなわち「文脈復元力」があれば、

かろうじて得た断片から選択肢を絞るのはそう難しいことではありません(東大英語リスニングはPolitically Correctですから)。


 さて、こうしてリスニングを耐えしのいだあとは、文法問題を片付け英作文のメモ英訳しましょう。

そういえばさっき、単語・熟語には3分類ある、と言いました。

これは要するに、「今見ているこの単語が、いったい試験の何処でクリティカルに使われるものか常に意識して学習せよ」ということでもあります。

具体的には、たとえば英作文では、たとえ中学英語レベルでも、絶対にミスのないイディオム無難な英文を生産する必要があります。

他方長文では、つっかえずに読むためには、「なんとなく意味が分かって読み流せる」単語重要です。

和訳では、「微妙ニュアンスを原義にさかのぼって解釈する」ような単語も出てくるでしょう。

良い具体例が思いつきませんが、英作文のhave nothing to do with、長文でのsimultaneously、和訳でのdevelopなどですかね。


 はい、英作文が書き終わりました。え、細かいテクニックは、って? それは皆さんのほうが詳しいでしょう……。

第一問は、僕の記憶が正しければ英文の和文要約(1A)と、乱文整序や選択式問からなる長文(1B)の2本立てです。

どっちも時間と集中の要る読解系じゃないか、って?

いやいや、長文のほうは第五問に比べれば「パラグラフリーディング」で対応可能なものですし、

乱文整序なんかは特に、運の要素が読解系より格段に強いですよ。

大問1が問うているのは「ぱっと見で大意をつかむ作業効率」。

なので時間をかけるのが馬鹿馬鹿しい。要約もそうです。

もちろん読解はするのですが、そもそも要約とは、

極論すれば「キーセンテンスを運良く一文訳せれば点数の半分は来る」程度の運試しです。

大意さえつかんでしまえば、枝葉にまで潜っても、対時間コストパフォーマンスは悪い。

それよりは最後の5分で幹だけ掴み、荒削りで確実に効率よく得点したほうがクレバーですね。


 以上、「解く順番」をフックに、東大英語戦略についてしまりなく語ってきました。

大問毎の設計思想「精読・読解できるか否か」「ロジカルな文脈復元力」「ぱっと見で大意をつかむ作業効率」を見ても分かるとおり、

やはり、東大英語というのは「官僚スキル」を見るためのものなんですね。

大量の紙幅を右から左に流しつつ、個々の場面で求められるレベルアウトプットを行っていくという。

もちろん、基礎的な英語力や各大問ごとのテクニック(「リスニングではHoweverなどのディスコース・マーカーに注意しろ」とかの類)に関しては、

僕なんかより、受験生の皆さんや予備校先生のほうがよっぽど詳しいでしょう。

僕も枝葉末節については記憶が怪しいので、今回は「幹」や「石」の部分について覚えていることを語ってみました。

ひねくれているとは思いますし、多くの真面目な受験生にとってはむしろ混乱の素かもしれません。

(帰国子女ではないが現役で本試験(英語)約100点を獲得し文科一類合格した、という)「過去の栄光」がぎりぎり通用するうちに、

偉そうなことをはき出しておきたいという、僕のささやか実存を感じ取ってもらえれば幸いです。

細かい部分や他教科については、また要望が万が一あれば考えます。

2010-01-31

WindowsMobileを三年使ってiPhoneGSに買い換えた感想

 はあ…

 まずは少しだけ言わせてください。

 WindowsMobileは確かに遅いしもっさりしていますが、あれはあれでしっかり使い物になってくれたのだと思いました。

 私がiPhoneに対して過度の期待をしていたというのもあるのかもしれません。

 故にiPhone欠点が個人的にものすごい欠点に見えてしまうのだろうなと思います。決してiPhoneだけが悪い、WMだけが悪いというわけではありません。どちらも欠点もあり利点もありという感じでした。ここでは思ったことを書いていこうかなと思っています。主観だらけであまり好ましくない印象を受ける方もいらっしゃるかと思いますが、何かございましたらコメントしていただけるとうれしいです。


 まず前代のWMはWILLCOMWS011SHアドエスを使っていました。アカデミックパックの割賦契約で機種代金実質0円というわけで前々代のWS004SHから即機種変。やっとケータイサイズになったなあとしみじみしていた記憶があります。

 ただどうしても重い! WMだから、そしてPHSだから仕方のないことかもしれなかったのですが、とにかくもっさりでした。周りからはiPhoneいいよという評判もたくさん来るし日に日にiPhoneに対するあこがれが強まっていって1月下旬、ついにiPhone for Everybodyキャンペーンで購入です。


 まず思ったところは、日本語入力がし辛い…慣れと言われればそれまでなんですが、これまでポチポチと押した感触のあるキーボードに慣れている私にとってはとっつきはじめは「ん?」と言ったところでした。今は大分早く打てるようになっています。(相変わらず誤字は多いですが)

 フリック入力も練習中ですが今はアドエスの名残でローマ字入力が主です。ポチポチ感のBluetoothキーボードでないですかね…プロファイルが対応していないので無理なようなのですが…

 そして日本語入力があまり得意ではないようで、これはMacことえりでも同じようですがなかなか思うように変換してくれません。連文節変換はまだしも、普通動詞の活用でさえも変換してくれないときには少し驚きました。前代のアドエスATOK採用していてなかなか変換に困ることは無かったからです。

 それじゃあせめて単語登録を…と思いましたが、iPhoneには単語登録機能がないようで…連絡先に登録した名前は変換候補に出てくるようで、そこら辺の細かい配慮はあるようですが、もう少し基礎基本側の細かい考慮が欲しいです。

 ジャストシステムからATOKiPhone版の発売が考えられてるみたいなのでもし製品化されるようならばこれはたいした問題ではないと思いますが…

 シングルタスクというのも非常に苦しいです。個人的に多少サクサク感を犠牲にしてもマルチタスクは欲しいと思っています。特にSkypeをするとき、ホームに戻るとSkypeは切断、ここはSkype側がプッシュなどの策を打つという形でも対応できると思いますが、せめてメッセンジャー系のアプリケーションだけでもマルチタスク機能が欲しい。他は特にアップル純正ソフトウェアはよく考えて作ってあって続きから作業がしやすくなっていて良いからですね。

 上の二つが主に感じたiPhoneへの不満です。しかしながら決して悪いところだけではないということをここでもう一度言っておきます。サクサクと操作できる感覚アドエスではあり得なかったものですし、SMS/MMSデザインもなかなかおもしろくて好きです。また近くにランチに行きたいと言うときにここまで簡単にお店が探せるアプリを搭載したものは、私が知っている限りではiPhoneが初めてです。

 まとめるとiPhone、もとい開発元のアップルは細かい配慮がたくさんなされていて使いやすい点も多いですが、主に日本語入力など基礎固めの部分が弱いと感じました。

 続いて気づいたことを。

 WMからiPhoneに変えて、WMのころはそれなりに無料ソフトウェアで充実した環境が築けるものだったなと感じました。

 App Storeでは無料アプリも充実していますが、それよりもシェアウェアの多さに驚きました。またWMで無料で手に入れられたソフトの機能を完全に再現するにはシェアウェアを購入する必要があるということも合わせて感じました。

 私はTwitterを使っていますが、アドエスのころは「ちーたん」というクライアントに大変お世話になっていました。新着リプライには音が出るように設定して他の作業を一緒にアドエスの中で行うこともしょっちゅうでしたが、それでもWMはマルチタスクに対応していたのでもっさり感はぬぐえないものの他の作業から切り替えて返信ということも出来ていました。

 一方iPhoneでは他の作業をしているときに通知してくれる方法と言えばプッシュ機能です。しかしこのプッシュ機能、無料で使えるクライアントはなかなか無く、シェアウェアのみプッシュに対応といったものが多いです。愛用のEchofonでは\600という他のソフトに比べて少し高めの値段…ということで今現在フリー版を使っています。

 mixi日記投稿、閲覧などの機能がほとんどフルに使える非公式のアプリケーションもWMはカンパ歓迎のフリーウェアのものを使用していましたがiPhoneではその機能をそろえるにはシェアウェアを使う必要がありました。

 違う視点から見ればソフト開発をしている人が開発資金を調達しやすくなったのかもしれません。そう考えればだいたいのソフトウェアで設定されている100円から300円ほどの値段ならばそう大金でもないし負担してもいいのではないかなとも思います。あくまで個人的見解です。いいソフトを作るにはお金も必要でしょうし、そう考えれば無料アプリケーションがWMに限らずiPhoneでも使用できるというのは大変幸せな状況なのかもしれません。

 またiPhoneはもともと電波の掴みが悪いという話は巷で聞いてはいましたが、やはりそれは間違っていなかったようです。

 家の中の同じ場所で圏外と5本を繰り返すのには少し困っています。これはiPhoneが悪いのでしょうか、ソフトバンクネットワークがいけないのでしょうか。

 機内モード(停波モード)にして数秒して元に戻すとまた5本つながるのでこれだけは不思議でたまりません。特にWiFi接続時が弱いみたいですね。

 蛇足ですがWiFiも当初調子が悪かったのですがそれはルータが問題だったようで設定により改善できました。

 続いてはiPhoneではなくソフトバンクに対してですが、今特に困っていることその2はソフトバンクネットワークが3Gネットワークにしては遅いこと、またよく切断されることです。

 エリアも狭いですし、DoCoMoと比べるのはいけないのかもしれませんが身内がDoCoMoなもので、どうしてつながらないのかときたまイライラすることがあります。

 あまり主観的すぎる言い方は避けたいのですが、通信の質と料金で考えるとWILLCOMの方が良いかもしれません。

 PHSエリアが狭く、また通信も決して早いものではありませんが、しかしエリアが狭い、基地局に穴があるという前提で作ってあるのか、多少圏外になってもパケット通信が維持されるという機能がついています。(あくまでアドエスの話なので全機種がそうとは限りません。) またそれでいてパケット通信料が10万パケットまで1050円、どれだけ使っても3800円というのは安価でしょう。多少mixiをチェックしたりするだけではなかなか10万パケットを超えることはありません。通話料もホワイトプランの約半額ですし、そういった理由で私は月々5000円を切って利用していました。

 また通話音質はPHSと比べると格段に下がります。特にソフトバンクは音が悪い気がします。

 不等号で表すといい順から WILLCOM > DoCoMo > SoftBank でしょうか。AUは使ったことがないために分かりません。

 なかなか通話はしないのでそこまで困ったことではありませんが…。

 そして最後は超・個人的な初見ですが、SoftBankの店員さんはWILLCOMDoCoMoに比べると応対があまりよくありませんでした。

 (ここは私の見解なので「自分の応対してくれた店員さんは応対が良かった!」という方はお許しください。)

 まずiPhoneの説明をお願いしたときも無愛想でiPhoneの操作法をあまりよく理解していませんでしたし、DoCoMoWILLCOMでは店内に入ると店員さんが用件を聞いてくれるのに対してSoftBankでは、私が行った数店舗においてですが全て何もしていない店員さんはただ立っているだけでした。

 契約時に応対してくれた店員さんは少々突っかかる物の言い方が気になりましたし、事務処理が遅くなかなか契約できないし…というわけでさい先の悪いスタートを切ってしまいました。

 WILLCOMの店員さんもDoCoMoの店員さんも教育が行き届いているという感じが漂っていてしっかり応対してくれたので好印象でした。DoCoMoがNo.1の理由も一つにはそれがあるかもしれません。もちろん元独占企業という強みも十分でているかと思いますが。


 言うことが一貫せずに後半からは表題とは全く関係ないものになってしまいました。欠点ばかり挙げてしまったようですが、iPhoneはこれはこれで満足しています。ただ未だに密かにDoCoMoからSIMが出て次回のAppleアップデートDoCoMoSoftBankが選べるようにならないかな、などとあり得ないことを考えています。(iPadSIMDoCoMo参入も言われてるみたいですし可能性があるかも!?)

 最後までお読み頂き有り難うございました。

 それでは。

いのち」の安売り

ttp://blog.goo.ne.jp/toidahimeji/e/2b17926460ed3f6f9ace9b84aa32cbd7

鳩山総理の施政方針演説に「いのち」という言葉が27回出てきたと新聞で報じていた。実際に目を通してみると意図的に「いのち」が散りばめてある。確かにいのちは大切であるし、守らねばならない。しかし、これだけ「いのち」の安売りをされると、敵ながら消化不良にならないかと心配になる。鳩山総理言葉の軽さは、定評が出来上がってきたように思うが、「いのち」までが軽くならないか心配になる。以前に、「丸坊主日記」にも書いた記憶があるが、同じ「いのち」も口にする人によっては、限りなく重くなる。ルバング島で終戦後30年日本陸軍少尉として頑張ってこられた小野田寛郎氏が著書「たった一人の30年戦争」の中で述べておられた以下の言葉比較すると「いのち」の重さの違いに気付かされる。



戦前、人々は「命を惜しむな」と教えられ、死を覚悟して生きた。

戦後日本人は「命を惜しまなければいけない」時代になった。

何か命がけでやることを否定してしまった。

覚悟をしないで生きられる時代は、いい時代である。

だが死を意識しないことで、

「生きる」ことをおろそかにしてしまってはいないだろうか。」



         -たった一人の30年戦争-「小野田寛郎



何度も引き合いに出したくはないが、あまりに軽く「いのち」「いのち」と連呼されるとひとこと言いたくもなってくる。万の言葉を費やしても通じない事もあれば、立った一言でも億の人々の心を鷲掴みにして離さないこともあるのだ。この日本を守る為に「いのち」投げ出した人達がいて、その「いのち」を疎かにして「いのちを守りたい」といっても人の心に響かない。

同じようにマハトマ・ガンジー言葉引用しても、鳩山総理が「労働なき富」なんていっても、国民は、せせら笑っているのを感じませんか?

鳩山由起夫総理!」

年寄りの戯言「昔は良かった」

年寄りの戯言には大まかに分けて二種類あります。「昔は良かった」ってのと、「最近の若者は」ってのです。大体こんな言説を振り撒く人に対して最近は「懐古厨」とかレッテルを貼り附けるのが流行りなのか。まあ其の辺はどうでもいいとして、此処では此の「昔は良かった」言説を、金利の面から検証してみる事にします。

日本経済戦後のどん底から途中オイルショック等を経験し乍も、平成3年バブル崩壊までは右肩上がりの景気だったのですが、其れ以降は、一気に低迷して行きます。日銀ゼロ金利政策とか、最近では米国サブプライムローン破綻等も相俟って景気上昇の糸口が掴めない状況です。はあ~。 で、日本バブル崩壊以降の金利の推移を郵便局の定額貯金の利率の変動を参考に編年体で書き記してみます。一往、3年据置での年利率です。全て手元の印字で確認済みです。

最初に平成8年9月には1.20%で辛うじて1%の大台を超えてたのですが、年末12月には既に0.80%になり、以降現在に至るまで1%の大台に達する事は叶って居りません。

次に平成9年2月3月5月と0.80%をキープ、6月に0.95%と少し持直すも、8月には0.70%に落込み、9月で0.65%、10月で0.50%、約1年で半分以下の利率に落ち込んでしまったのです。そして更に落込み、11月には0.45%になってしまったのです。

次に平成10年3月の変動が激しく、0.45%、0.40%、0.35%と段階的に落込み、4月には0.35%をキープするも、6月には0.30%に落ちた。更に10月には0.20%と落込み、11月も同様です。転落が止まりません。

次は平成11年。最初は少し持直します。1月は0.25%から0.35%に上昇し、2月は0.35%をキープ、だが併し、3月には0.20%に戻って以降当方の確認する限り暫く利率変動はありません。

平成12年は0.20%をキープです。此の時点で丁度10年前になりますから、今年満期になる定額貯金は殆ど0.20%の利率の筈です。平成22年1月現在の利率が0.11%ですから、現在から見れば10年前の利率はまだ増しな方です。

次に平成13年1月は0.20%をキープしてたのですが、7月には到頭0.1%を割込んで0.07%にまで低迷します。9月も0.07%をキープです。

平成14年は、3月の記録一件のみで0.07%、もうやる気も失せます。

平成15年は、4月8月10月12月と0.06%をキープします。記録的な史上最低金利です。もう既に物価の上昇率にすら追付いて居りませんな。此の当時の通常貯金の利率は確か0.02%だったかと記憶します。

最後に平成17年5月で0.06%、此処で手持ちの記録はストップ。此の時代の定額貯金を持ってる人はサッサと積み直した方が吉です。

まあ、此処まで定額貯金の利率を参考に金利の下降状況を見て来たのですが、何とも惨憺たる結果です。序でなんで、旧第一勧業銀行の三年もの定期預金の利率推移も記録しときます。H8(0.900%)、H11(0.150%)、H14(0.070%)、H17(0.070%)、H20(0.500%)、最近少し持直して来たって処の様です。

其処で最初の話に戻ります。実はバブル絶頂期の平成3年7月に積んであった定額貯金の印字が手元に在るんです。当時の利率驚く勿れ「6.33%」仮に百万円積んでたら満期で69万円の利子が附いたんですよ。今のご時世では絶対に有り得ません。年寄りの「昔は良かった」言説は殊金利に限っては全く正しいんです。

http://anond.hatelabo.jp/20100129214841

2010-01-30

http://anond.hatelabo.jp/20100130003556

フリーターをしていた理由は新卒就職に失敗したからだよ。

40社くらいまでは記憶にあるが、そこから先は覚えていない。とりあえず、あのころは受けまくったな。

それからフリーターバイト先に就職バイト先の縮小で事実上リストラフリーター←今ここ。

起業はやっぱり厳しいよ。自分は意思が弱いので起業家独特の”自分は正しい”という考えを持ち続けることができない。

人に突っ込まれると弱いので直ぐに自分の意思を曲げてしまう。そんな人間起業は無理だと諦めた。

今は作家になるべく小説を書いたり、本を読んだりしている。自作小説を読んでくれるような友人とかいないので、

自分サイト小説をUPしたり、出版社コンテストに応募したりしている。箸にも棒にも引っかかっていないけど。

毎日、"絶対周りを見返してやる"と"どうせ、自分人生の落第者。人生こんなもの。"の間を揺らめいている。

過去は取り返せないけど、未来は変えられる。フリーターとして生きてきた自分未来が、安泰だとは思えない。

だから、強引に未来を捻じ曲げるしかないと思っている。

2010-01-29

また罰則強化か。規制強化でさらに官僚の力は増大する。

ttp://ameblo.jp/takapon-jp/entry-10441966524.html

たとえば、鳩山首相故人献金問題では実の母から政治資金を毎月1500万もらっていたそうだが、結局政治資金規正法違反母親に類が及ぶのを恐れたためという話もあるが、母親から貰っていたのは事実で、結局鳩山首相は6億だかの贈与税を払うことになった。しかしこ政治献金は小口に分散偽装されていたり、故人の名義を使っていた。これが悪質な隠蔽行為でないとするならば、何が悪質な隠蔽行為なのか?



以前のブログ金持ち坊ちゃん首相告発されないが、これが出会い系サイト業者だったら摘発される可能性が高いと書いたことがあるが、まさにここが当局の恣意的な部分となる。もちろん偽装行為が全くなく税金が過少申告されていればそれは修正申告だけで済むが、ちょっとでも偽装と指摘されることがあれば、告発される危険性は高まる。



以前FXで儲けた主婦逮捕起訴されたが、あれは私の記憶によれば単なる無申告で偽装などは無かったように記憶している。しかし脳科学者の茂木健一郎氏は無申告なのに無申告の重加算税の納付だけで済んだ。この両者の差はなんなんだ?前者はあぶく銭だから?

新聞配達員に助けられ、警察保護してもらい、酒をやめた。

警察保護してもらった。留置場で数時間寝た。

何度か警察の世話になったことはあるけど留置場は初めてだった。



昨晩、ひさしぶりに集まったメンバーで昔のように飲んだ。飲みまくった。

奥さんには終電までには必ず帰ると言ったのにそれも守れなくなるくらい飲んだ。

気付いたら半裸で街中を歩いていた。死ぬほど寒かった。死ぬ可能性があると思った。

耐え切れなくなり民家の前にうずくまった。これやばいなと思っていたら新聞配達員らしき人影が見えたので

つぶやいた、「助けてくれ」と。



何年か前にも同じように泥酔して夜の街に飛び出し、朝方、上着やくつもなく歩いているところを

たまたま通りかかったバイカーに助けられた。そのときは自分の身ひとつの問題だったから

何かあってもひとりでつぐなえばいいと思っていたけど、今は違う。家族がいる。



久しぶりにあったみんなに「なんか大人になったね」って言われていい気になって

過去以上の過ちを犯した自分は数年前と全く変わってなかったんだと思う。

家族をもち社会人している以上、変わるのが当たり前なのに。



数年前にも今回も、助けを呼んでくれた人、が、呼ぶのは当然警察だ。

「君、どうしたの」とか言われても、わかるはずもない。記憶がないのだから。



今回とても恐ろしかったのは、半裸で飛び出した動機がまったく不明なことだ。

その経緯も、覚えていない。

どんなに泥酔しても、何かことを起こしたときには断片的にでも記憶が残る。

でも今回は何もない。



数年前と同じように、パトカーに乗せてもらった。そのときと違うのは向かう先が警察署と言うことだ。

前回はまっすぐ自宅に向かった。

今回は格好も格好だし荷物もどこかにやっていたし、あと何よりも、状況によっては犯罪になっていたわけで、

警察署へ連れて行ってもらった。



留置場はもうトラウマだ。寝る場所とトイレは同じ部屋の中。

トイレットペーパーは無造作に置かれ、天井には監視カメラ

俺はそこで少し寝た。奥さんが迎えに来た。かえって素面でなくてよかった。心底申し訳ないと思っている。



奥さんは最悪の事態を考えていたようだった、何かとがめるわけでもなく、着替えを持ってきてくれて、

俺の荷物を確保してくれていた友達が警察署に着くのを、一緒に待った。

荷物のほとんどは届けられた。



酔いがさめ、俺は考えた。

もうこれは、だめなんだと。

酔い方を変えるとか、飲む量を減らすとか、そういう問題じゃない。

飲んで記憶をなくせば何かは起きる。起こす。あきらめなければならない時が遂にきたんだ。



断続的に、何度か、禁酒、断酒と称した儀式の期間を設けたことはある。

せいぜい1週間だ。

それがなんになるだろう。



俺は酒をやめた。禁酒ではない。もう飲まないのだ。

奥さんはそれを信じてくれた。

半裸でさまよう以外にも何かしでかしたであろうことも聞いてくれた家族に、

胸が苦しい。とてもつらい。ごめんなさい。



酒はストレス発散で、息抜きで、話のネタで、俺を形作る重要ひとつだった。

でもそれを置いていくことにした。

これから自分はどうなるんだろう。今まで楽しい時間にはいつも酒があったはずだ。



煙草もやめ、酒もやめた。

ずっとすがってきたもの、もうこれからは頼らないんだ。

2010-01-28

なんだこれ?

今の自分の状態がよく分からなくなってるので文章にしてみる。

とりあえずは最優先でしなきゃならない事から書いてみる。

  1. 今すぐ提出期限の過ぎたレポート書き上げて、教授に頭下げて提出する。
  2. 三日くらいシャワーも浴びた記憶がないので、さっさと風呂に入る。
  3. なんか腹に入れる。

そしてここからが本題なんだが、しなきゃならないことが分かってるのにそれに取り掛かることができない。

具体的には、ペンが持てない。風呂場まで行けない。なにを食えばよいのか分からない。

もちろん物理的に手が上がらなかったり、足が動かない訳では無くて。



こうして書いてみると今の自分ひきこもりなのか?

そもそも自分はこの状態をどうしたいんだろう。書いて余計に分からなくなってしまった。

本当に何で実験データまとめたレポート書くことぐらいできないんだろう。

ちょっと前まではできていたのに。

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