はてなキーワード: 参考書とは
この話、まだ続くのかー。
参考書も読んで、指導要領も読んで、現役の教師に話を聞いたりもしたけど、
・かけ算には順序がある
・1あたりの数」×いくつ分
・かけられる数とかける数
もちろん、初めてかけ算を覚える生徒に対して、
・1あたりの数」×いくつ分
・かけられる数とかける数
という教え方が想定している「モデル」を使って説明することが有益である場合も多いよ。
でも、モデルは一つじゃないよね。
「沢山あるモデル」が結局は「かけ算で表記でき、順序は関係無い式まで抽象化できる」ところに気づく。
これがこの段階では一番重要な事柄でしょう。(その他はそれこそ「厳密にいうと・・・」の数学の世界に任せると良いよね)
そのはずが、何故かある特定のモデルのみが「算数という学問の唯一の真理」と勘違いする人が出てくる。
これは端的に言って間違いだよ。
「想定された順序でないと×にする」
「1あたりの数×いくつ分、かけられる数とかける数のような特定のモデル以外で思考するのを禁ずる」
ことが有益であることなんてほとんど無いと思うんだけど、どうだろう。
そのURLは数学的な話としてはおもしろいと思うよ。
でも今回の話に対してはそんなに強度は感じない。
そして、「算数業界の馬鹿馬鹿しいマイルール」とするか「数学と算数は似てるけど違う学問」とするかで納得いくかいかないか割れるのかな、って気もした。
別増田だけど、その参考書って下URLの内容よりも強度あるのかな?(元増田の判断でいいよ)
だったら読んでみたいんだ。
「算数業界の(馬鹿馬鹿しいと僕は思う)マイルール」っていうんじゃなくて、
数学的にも教育的にも整合性が採れてる定義だっていう内容なんだよね?
まあ、そんなことわかってもらおうとおもってないからそれはいい。
ただ、先生が正しいこと教えてるのに、それを知ってる人のレスが5%くらいで、あまつさえ批判してる人が多いことに驚いたから啓蒙したかっただけ。
君も自分が正しいと信じ込んでるなら、算数の参考書を立ち読みしてきたらよい。
俺がいいたいのはそれだけ。
もう一回いうけど、算数の参考書読んで欲しい。
あと、俺のスペック知りたいなら言うけど、27歳、旧帝大理学部卒の理学博士で、農学部でポスドク1年目やってます。
数学科じゃないけどねw
定期的にはてなに上がる英語学習法だが、どうせなら受験勉強の時に使った教材でやればいいのに……といつも思ってしまう。
理由は簡単で、一般向け教材と受験向け教材では作り込みのレベルが全く違うから。
とくに単語関係では受験向け教材の方がずっと「覚える」ことに特化している。(アルクあたりの教材を買って失望したのは自分だけではないはずだ)
学生の時にはCDなんて買えなかったかもしれないが社会人ならその辺やりたい放題なのではないか。
おススメは
・DUO
あたりか。体力や集中力がないときでもなんとなくCDを聞いていれば勉強した気になれるが、実はあまり意味はない。
教材は書店に行けばもっと見つかるかも。あとはヒマな時に英語版ウィキペディアを読んだりすればいい。
最近話題のフィリピン英会話だが英作文の添削をやってくれる親切な先生に当たることが少なくなってきたように感じる。
なお「よい教材」を選ぶ基準だが、「覚えよう」と思ってやった時にどれだけストレスなく進められるか、だと思っている
人の一生を一日の時間に置き換えたならどうなるだろう?
仮に大学を出てから働くのだとすると、22歳ころから。これは、まあ7時半頃だろうか。
残りの4時間は老後ということになろう。
ここまではまあどうでもいい。
大体、家から出る1時間前には起きていることだろう。6時半頃。この一時間は準備をする時間。大学生の時だ。
人はレム睡眠時に夢をみると言われている。
このレム睡眠は睡眠を始めて約2時間後にあらわれ、それから90分ごとに訪れるという。
また繰り返すごとにその割合は大きくなる。
なので人が夢を見やすいのは朝方、起きる前ということだろう。
この起きる前の寝ている時間を一生の時間と照らし合わせると15~18歳の時となる。
つまり、この時期に人は“夢”をみる。(ここでの夢とは将来の夢とかの夢だ)
小中高と進んでいく中で人は“夢”をみるのだ。
逆をいえば、この時期に夢を見ることのできなかった人は一生、夢を見ることはできないんじゃないか?
人生の途中でまた眠り始める、という手もあるかもしれないが、あまりにリスクが大きいと思う。
人生いろいろなチャンスがある一瞬の。このチャンスは比較的早いうちに訪れるとは思わないか?
まだ寝ている諸君
君はいま何を見ている。
参考書なんかくだらないモノを見ているのならば
即刻片付けて夢を見ることをお勧めする。
いい夢が見れないと言うのならば
とっとと目を醒まして
故伊藤和夫の授業をyoutubeで見て、都会の受験生ってこんなスゲー授業受けてたんだと、15年後にカルチャー・ショックを受けたので、田舎の浪人生だった自分が使った大学受験参考書(東大理系96年入学、いまではなんとか研究職)。
内容はスタンダードでよい。
個人的にこれだけで必要十分だと思うし、これだけしかやらなかった。暗記科目とか非暗記科目とか言うけど、試験である以上、数学だろうが物理だろうが暗記科目だと思ってる(日本語の能力だけはどうにもならないけど)。これくらいはマルっと憶えられないと応用もなにもないと思う。浪人生は勉強だけしてればいいから、大学受験の範囲も泣きながらやれば3ヶ月で終わる。あとは、ひたすら復習。ペンだここさえて、ほとんど部活のノリだった。
昔は一冊ものだった気がするが、いまは全6冊になってるな。
日栄社のうっすいやつを適当に2, 3冊ずつくらい。おすすめすぎるシリーズ。
英文法標準問題精講
英文標準問題精講
和英標準問題精講
物理標準問題精講
化学標準問題精講
網羅すれば完璧。
旺文社の標準問題精講シリーズは、コンパクトで軽くて、本当にありがたかった。
ジョン・ロックの民主制とルソーの民主制の違い、という話が印象に残ってる。別に先生と仲はよくはなかったが、田舎の、文系理系分かれてないようなふつーの公立高校で、唯一信頼できた授業だった。そのプリントはいまでもとってある。
「学力がある」とは旧帝早慶一工ないしはそれに順ずる偏差値を有していた者とする。
「学力があるニート」とは要するにフミヒロ氏(参照1、参照2、参照3)のような人物である。
要するに人生において重要とされる時期に外的・内的な要因により大ゴケした連中である。本人は「こんなはずでは」と思っている。一大事である。そして、他人にとっては正直、別に珍しくもない。
多くのエリートが夢想する「汚点のない人生」への夢を挫かれた哀れな人種である。本人もさすがにそれは諦めている場合が多い。同窓会へも行けなくなっている。己の栄誉は既に失われた。
ならば彼らが次に望むものは何か。金である。最低4桁は欲しいと思っている。
だが親は、もっと諦めている場合が多い。どこでもいいから社会復帰してくれ、健康ならばそれでよい、と思っている。
その意識差に彼らは苦しんでいる。元よりそこを妥協できる人種ならばニートにはならず高学歴ワープアになっているはずなのだがそこは親には分からない。
あまり大きな声で言えないのだが、高偏差値ニートは彼の代から成り上がれそうだった、という場合が多い。
そこで私は彼らの夢を叶えるべく少しだけ知恵を絞ってみた。役立てば幸いである。
そのまんま。彼らが籠もっているのはプライドと現実と親の妥協した望みの間で動けなくなっていることにある。
家を出るには金がいる。ニートの家はたとえるなら、共産国家である。私有財産などない。小遣いもあってないようなものである。自室の物すら半分は親の物である。その情けなさが彼らをより卑屈にさせるのであるが、それは今はともかく、金がないと家を出られない。
もちろん仮病である。
代表的なSSRI(参照)とマイナートランキライザー(参照)の名前と薬効、副作用を一通り暗記しよう。wikipediaがあれば3時間も要らないであろう。
次にメンヘラの思考・行動様式を観察・模倣しよう。2chのメンタルヘルス板、メンヘルサロン板が最適である。そこで鬱になった人が投げかけている相談、日常でどう支障をきたしているか、どういう愚痴を言っているか、を徹底的に学ぶのである。3ヶ月も要せずにあなたは彼らの「理解者」となるであろう。
そして通院である。矛盾のないストーリーを雄弁に、しかし鬱々と語ろう。医者は関心なさげにするであろうが、人生の汚点についても延々と苦しげに自分語りをしよう。ひき篭もり始めたあたりからその兆候があったと述べるのがよい。そして診断書をもらおう。驚くべきほど簡単にもらえる。もちろん薬など飲んではいけない。病んでない者には危険である。
ハロワはロクに採用する気もない企業がたくさんいる。とりあえず受けてみて、4つほど落ちよう。面接時には必ず重度の鬱病であることを暴露することを忘れずに。万一受かってしまった場合、採用後鬱を理由に仕事をドタキャンしよう。数回ドタキャンすればハロワで就けるような職場なぞすぐにクビになる。クビになったという事実もかなり大事である。後々、必ず役立つ。
ナマポ申請である。親に見捨てられ、鬱で、仕事もできない。自治体によるが、楽勝である。おめでとう。
ナマポで生き残れとはもちろん言っていない。自力で経済的に成功しないと高学歴ニートは成仏できない。勉強しよう。
士業がよいだろう。東大行くよりはよほど楽である。なんなら国立医学部でもいいだろう。
理系高学歴なら3年24時間フル活用すれば地域を選ばなければ正直なんとでもなる。
高校物理など大卒には遊びであることはエリートニートには周知のことであろう。
ギャンブルや酒をしなければ勉強のための費用など簡単なものだ。勉強は近場の図書館でするといいだろう。
勉強していることは役所の連中には隠しておこう。参考書が見つかったら「しようとしたが鬱でまるで手がつかぬのだ、社会復帰したいのだが」と悲しげに言おう。
医学部の学費だが、長年ニートを養えるような家庭なら大丈夫だ。医学部なら学資ローンや奨学金も楽勝である。安心して偏差値レースに舞い戻るがよい。
以上である。やってみれば分かるが、勉強できる人間であれば驚くほど簡単である。
親と医者と役人と納税者を欺くことになるが、どうせ今のままでは余計社会のお荷物となるであろうし、
長期的に考えれば実利的には誰もが得をする。win-winである。
「医学部に受かるのか」という声が多いが、前提として当エントリの対象者は「勉強しかできぬクズ」であり、そのような方は残念ながら増田の念頭に初めから含まれておりません。
C
をこの順番で覚えた。
変り種は2006年に勉強を始めたC++で、軽量言語花盛りのその時期に、CGIを書きたいがためにC++を学んだ。
C++は習得が難しい言語と言われているが、必要性を感じなかったので参考書の類は買わなかった。
他の言語もそうだ。
参考書は必要なかった。
これ自体は悪い本ではない。
でも結局、最初のWEBアプリ(サービス)はPHPではなくC++で作った。
この読書は、購入前に漠然と感じていたPHPへの不快感を再認識させただけだった。
そして学んだ。
歴史は繰り返す。
今まさに「明解Java 入門編」を購入しようか思案中なのだ。
今までJavaを避けてきたのは「ジェームズ・ゴスリンが嫌い」あるいは「金の匂いがする」からだ。
PHPの経験から言って、Javaも実用できないかもしれない。
Javaを覚えれば幅が広がるのは分かるんだけど…
なぜだろう、ワクワクしない。
http://anond.hatelabo.jp/20110925204621 のブコメを見てたら、女性版も欲しいという声があったので考えてみる。
まずは鏡を買う。
次に美容院に行く。
・大きくてスタッフが多い
・トリートメントに力を入れている
・ネイルメニューがある
このへんを満たしていればまず外れはないでしょう。小さなお店は当たり外れがあるので初心者には危険です。
予約の電話をする時に、髪型の相談をしたい旨伝えるのを忘れずに。
美容院では、女らしく大人っぽい髪型にしたいと伝えましょう。個性的な流行りの最先端のお洒落なヘアーは駄目です。ロングかセミロングで。
癖毛の場合は無理に生かそうとせず、縮毛矯正しちゃうといいと思うな。お金はかかるけど、印象は劇的に変わるので必要経費だと思って割り切りましょう。
髪をブローしてのばしたり、くるくる巻く技術がない事も正直に伝えましょう。
手間いらずな髪型にしてくれるし、簡単な事なら美容師さんが教えてくれます。美容師さんは綺麗になりたい女性には親切なので怖がらないで!
眉カットもお願いしちゃうと良いでしょう。眉が変わると女は変わります。
段々書くのが面倒になってきました。
お化粧は参考書が必要です。雑誌のメイクページよりも「初めてのお化粧」「メイクの基本」的なムック本が丁寧に書かれていていいかと思います。
スキンケア用品は安くていいものを揃えたいので、基本はちふれで揃えましょう。
化粧水、美容液、乳液、洗顔フォーム、化粧落とし。全てちふれで十分です。
ここまで書いたら眠くなりました。
実際的なメイクの話とファッションの話は後日、時間を見つけて書きます。
おやすみなさい。
授業をするにあたって、
皮剥き器を買って、使い方を身につけろ!
どういうことかというと、
「授業ではわかるんだけど、自分で解いてみたら、解けなかった」
そういう経験あるでしょ?
授業を聞いて、先生の解き方を聞いて、
「たしかに解けた!」ってなっても、
たとえ話をすると、こういうことです。
「人参の皮剥きはめんどくさいわよねー」
という話から始まって、
あるところで、
「ちょっと奥さん!」
と、こうくるわけです。
「この皮剥き器を使えば、あっというま!」
ね、実演するわけ。
で、お客さん、「うわーすごーい。簡単に皮が剥けた!」となる。
で、お客さんは、皮剥き器を欲しくなって買うわけじゃないですか。
でね、でね、話し戻すよ。
授業で、先生が「こういうふうに考えると、解けます」となったときに、
あなたたちが「うわーすごーい。簡単に問題が解けた!」となったら、
「こういうふうに考えた」
「こういうやりかたがある」
「背景となっているのはこういう知識」
という部分ですよね?
問題を解くための道具ですよね?
その道具の使い方ですよね?
それを持って帰らないで、
ただ「簡単に問題が解けた!」っていう
結果だけ持って帰ったら、どうなりますか?
それってさっきのたとえ話でいうと、皮剥き器の通販なのに、
値札ついてるものが商品だもん。
値札もついてません。
授業の時にね、君たちは、
ついつい、結果の方に目を奪われて、
「解けた!」ということに満足しちゃったり、
あるいは
「うわー間違えてた、ショックー」
みたいな部分に囚われたりしてね、
「どうしてこういう考え方をしたのか」
というね、
皮剥き器を買って、使い方を身につけろ!
ってことです。
ちゃんと、自分で使ってみないと。
同じやり方で、自分で問題を解いてみる。
商品買っただけで満足しちゃうってのは、
ちゃんと、自分でやってみて、使い方も身につけてください。
でね、
もうちょっと広い視点の話をすると、
点数がすべてなんです。
どういうふうにやるのか?
どうしてこうするのか?
ね?
僕らが自分の意志でもって変えられるのは、
いやね、剥き終わった後の人参を買う、結果だけ手に入れる。
確かにね、例えばレストランで食事するってのは、
食事という結果だけ手に入れてるわけだし、
誰かにやってもらって、
その成果を自分が使って、
でもね、もう言わなくてもわかってるでしょ?
まさか、君たちはそういうことを望んでるわけじゃないでしょ?
「こういう知識が必要です」とか
「これこれこうなので、こういう方針で解いていきます」とか、
いいですか?
皮剥き器を買って、使い方を身につけろ!
これを意識して授業に望んでください。
これを書いた者です。http://anond.hatelabo.jp/20110707051147
人気のブックマークコメントに「一通り目を通してブクマはするけど、実際に勉強することはまずないっ!」と書かれていた。 はてぶで英語学習関連のエントリーをしたはいいけど、勉強しないで、ブックマークして満足しちゃう人は多いと思う。
今回はそれを防ぐために僕がどうしたか書く。
断言法という方法がある。ようするに叶えたいことを毎日十五回ノートに粛々と祈るように書くわけで、僕は「TOEIC990点取る」とノートに書き続けた。そんなことして何の意味があるんだよって思うかもしれないけど、全世界に宗教が存在し、人々の願いが祈られ続けられてきた。祈りが続けれたということは少なくとも願いが叶った者もいるということである。全く意味のないことを続けるほど人類はバカじゃない。神社に毎日参拝するということでもいいかもしれない。信仰心があるかは重要ではない。カルト宗教にはまっている奴らとか見ていると、救われたあと、つまり願いが叶ったあとに、教祖様に対する信仰心が生まれている。断言法の場合は教祖様を信じないで、自分自身を信じるということになる。最初は疑いでいい。それが実感として目標に近づいている時に自分を信じられるようになる。http://alfalfalfa.com/archives/13635.html
断言法の説明を見ると成功率は大体70%程度らしいが、これを100%に近い形で実現する方法を僕は見つけた。似た願いを複数すること、また、英語学習に関することを日記に書くことである。ちょっとした遊び心で「TOEIC990点取る」以外にも「彼女が出来る」「年収10億円になる」とか書いていた。願いが最初に叶ったものは「TOEIC990点取る」だったけど、「年収十億円」「彼女が出来る」は叶わなかった。僕はなぜこれが叶わなかったのか考えた。僕はノートに断言法を書いていたんだけど、それは日記帳と併用していて、日々のことを書いていた。今日は一時間勉強した、新宿で外人に道訊ねられたけど、けっこう答えられたとか、友達と遊んだとか、好きなロックバンドのライブに行ってきたとか他愛も無いことである。数ヶ月分眺めていて、英語力は上昇していると日々感じていたけど、全然モテないし、お金も増えないと思っていた。あれ?これ日記に書いてなくね?女の子のこととかお金のこととかほとんど書いていないのである。英語のことは書いてあるのに(笑)そう、実感として英語力は上がっているのは感じていた。これ何か関係あるんじゃね?
引き寄せの法則というのがあるんだけど、その方法の一つに自分の願いに関する事をとにかく日々記録していくというのがある。英語学習の場合だったら、一時間勉強したりとか、外国人に道を訊ねられたとか、この洋楽のバンド歌詞いいな、とかそんなんです。書いて行くとそれが実感になっていき願いが叶うというものである。http://netaatoz.blog21.fc2.com/blog-entry-1289.html http://www.amazon.co.jp
断言法も引き寄せの法則もというか自己啓発系のほとんどがカルト宗教並に胡散臭いんだけど、僕なりの解釈を見つけた。「戦略」(strategy)と「戦術」(tactics)という言葉ある。勘違いしている人も多そうなので、説明するが、戦略というのは目標や目的の事で、戦術とは戦略を成功させるための方法のことである。具体的には「対テロ戦争」という戦略があって、その「対テロ戦争」を成功させるためにイラクを攻撃したり、外国人が米国に入国する際は指紋が取られたり、テロ対策の部隊が編成されたりとかが戦術である。あんまり良い例じゃなかったかな。まあ、話を戻すと、僕の場合は「TOEIC990点を取る」という戦略があって、そのために戦術をどうするかって話だ。TOEICの参考書を解きまくる、洋楽を聴きまくるとか、まあ、それも立派な戦術だ。ただ、”この段階”では戦術が正しいかどうかは重要ではない。戦略達成のために自分自身を戦略に向けさせることが重要なんだ。洋楽や洋画が英語学習に向かないというのは説明したけど、僕自身がかつてやっていた勉強方法でもあった。それが自然に英語学習に向かないと気づき、別の手段(戦術)に移っていった。ただ、それに気づくためにはそれに向き合っていなければならない。それが日々日記を書く事に繋がる。間違った手段、正しい手段に関わらず、僕は英語学習に関する事を書き続けていた。それは僕を目標まで導いてくれる懐中電灯みたいなもんだ。例えば、宇宙飛行士になりたいという願いを叶えることは難しい。そこが引き寄せの法則などの自己啓発の批判の元なんだろうけど、むちゃくちゃなことを叶えることは難しいが、宇宙飛行士になることも不可能ではない。いきなり真っ暗闇の山中に放り込まれて、ここがどこだかわかりませんが、あそこにうっすら街の灯りが見えるでしょ。あそこ東京ですから頑張って行ってくださいと言われたら、大抵の人はどうするだろうか、灯りが東京だということは分かるが、足下は不安定で、足を一歩でも踏み出してみたら崖かもしれない、周りには野犬がいるかもしれない、ここでじっと救助を待っているほうがいいかもしれない、そんな風に考えるだろう。ただ、そこで、LEDの懐中電灯を持っていたらどうなる?見えなかった足下は見えるようになり、数十メートル離れた先ならなんとか把握出来るようになる。崖もないことを確認した。これなら東京まで帰れるんじゃないか?灯りに照らされた途端に思考はポジティブになる。国道まで出れば下ればいいし、あ、飴も一袋持っていたんだ。飲みかけの午後の紅茶もあった。なんとか帰るんじゃないんだろうかという実感を強める。それでも、山中が暗く危険に溢れているが、戦略を叶えるために、視界の先、足下、体力などの状況に合わせて、進め方を変えていくだろう。そして、進めば進む程に街の灯りは強くなっていき、帰れるという実感が増えていく。その実感を掴めるものだけが目標(戦略)を叶えることが出来る。懐中電灯や飴を始めとする様々な戦術と共にね。
話が長くなって恐縮だけど、話は戻って断言法で「年収十億円」「彼女が出来る」と書いていたのに叶わなかったのが分かったでしょうか。英語学習は様々な戦術を使い実感を得て目標に近づく度に、やる気が出て来た。「年収十億円」が叶わなかったのは僕自身がLEDの懐中電灯を持っていなかっため、戦略は持っていたが戦術は持っていなかったということになる。戦略を叶えるためには戦術が必要である。東京には帰りたいという戦略があっても戦術がないと帰れない。ただし、むちゃくちゃな非常識な願いほどLEDの懐中電灯のような強力な戦術を持つことは容易じゃない。宇宙飛行士になる、村上春樹のように世界的に有名作家になるとかである。それでも戦術を練り、それになれるという実感を持てば戦略を達成することは可能だろう。流石に僕は実感が得られないので無理ですが(笑)
「TOEIC990点取る」というのも英語に苦手意識がある方は非常識な戦略に思えるかもしれない。僕もそうだった。非常識だと感じるのを弱めるために断言法と引き寄せの法則を組み合わせたのを使った。実は「TOEIC990点取る」の他に、「海外で働く」というのも書いていた。残念ながらそちらはまだ叶っていないが、英語学習のモチベーションの上昇に繋がったんじゃないかと思っている。断言法に関しては、やる気増産装置のようだと考えている。英語学習者にありがちな挫折パターンとして「あの本いいんだー」「あのエントリー参考になる」「俺は外資系企業に勤める」とか思ってもロケット花火のようなもので急加速はするが、すぐに急降下し地面に落ちてしまう。断言法はある種のジンクスを作るようなもので、自身が「TOEIC990点取る」という目標に対する燃料を投下していくようなものである。不思議なことに、ジンクスというのはそういうものであると思うけど、断言法を三日もサボると急にやる気がなくなる。勉強するというジンクスを無くしてしまったからであろう。言わば、断言法はジンクスのない人にジンクスを作るための装置である。まあ、やる気は作れるもんだぜ?ってことです。さらに似た願いを書く事は燃料投下を倍増させることになるのでおそらく願いが叶う可能性は高くなるんじゃないのか。また、 知らず知らずの内にしてしまっていたが、英語に関するということ日記を書くということは方向性を定め戦術を作っていく作業であった。断言法でやる気を作り、引き寄せ日記で戦略に体を向けさせ、戦術を精査していく。
ちなみに「彼女が出来る」というのも年齢=童貞だった僕にとっては非常識な願いであったけど、これに気づいた後に「女友達が出来る」と書き加えて、日記に、今日は女性にこういう話がして受けていたとか、趣味の話が出来たとか、そういうことを書いていたら、彼女が出来た。いや、マジですよ。まじまじ。なんとなく、女の子と最近話す機会多いなーって思い始め(目標達成が見え始めている)、女友達も増えて、遊ぶ機会も増えていて、あの女の子とちょっと良い感じかなって思っていたら逆に告白された。ありえない。非常識過ぎると少し前の僕ならそう思うかもしれないが、そんな非常識は僕から消え去っていた。実感としてこういうことになるだろうと思い始めていた。
文法、長文読解、英作文、語彙力、リスニング、様々な勉強法がはてぶで議論されブックマークされてきた。正直な所、Fラン大学生の僕は理解力があんまりない。英語学習の意欲はあるのだが、文法書の難解な文体、意味不明な文字列にしか見えない単語群を憶えるのは苦痛でしかたなかった。大学受験御用達の文法書Forestなんかとてもこれを自分の血と肉にして、利用するなんて僕には到底難しいと感じていた。それでも学習意欲はあるので参考書を読んで問題を解いていくわけだけど読んでも読んでも解いても解いても上昇していかいない英語力。そして覚えられない単語、英語なんて世界中の誰もが簡単に使っているのになんでこんなに難しいの?ずっと感じていた。はてぶで定期的に英語学習関連のエントリーがブックマークされるようにエントリーの内容を本当に実践して成功している人は少ないのだと思う。文法書をまともに理解出来ない人間がある程度出来るようになったので、理解力のない人間でもこの方法は有効だと思う。
言語学の教授をしている方と話す機会があって、その時に教えてくれたことだ。どの言語もリスニングが出来れば文法、長文読解、作文以外の語学力は身についていることになる。というか、文字がない民族も存在するのに言語が存在するんだから、当たり前のことだけど、リスニングを語学学習の中心にするかしないかで効率が大きく変わると思う。ただし、効率のためには文法も必要。重要視する必要はそこまでない。ただ、英語学習を挫折した人間はわかると思うけど、そのへんの本屋でリスニングの本を買ってきて問題集と一緒に解いていても、何言っているかさっぱり分からないし、これで正解だろって思ったら、全然間違っていて、いくら聞き直しても、まるで正解のように聞こえないという経験はあると思う。それを正解に聞こえるまでに聞き続ける努力家はマジで尊敬します。リスニング力がたいしてないのに間違えまくると落ち込んでモチベーションが下がるだけです。あと、リスニングCDは詰め込んでも74分しかないので絶対量が足りない。
映画とか海外ドラマとか洋楽とかの英語を聞いていても、伸びない。洋楽好きが全員英語出来るかって言ったら、出来てないでしょ?音が言語としてじゃなくて、ノイズとして処理されているから、語学学習になっていない。海外ドラマをスクリプト付きで見るのも勉強になるとか良く聞くけど、口語であることが多いので、TOEICなどの語学力のテストにgonnaとかwannaとかそういうのが出てこないので試験対策にはならない。あと、慣用句や文化的な文脈をいちいち辞書で調べる時間が多すぎるし、高度な文脈過ぎて理解出来ないこともある。まるで使えない。結局、意味もわからない洋楽聴いているのと同じになる。ノイズとして処理されるものを聴き続けるのは意味がない。インフォーマルな表現だってことが頭に入っていないと英作文にも影響が出るかもしれない。すげー危険。
ノイズとして処理されることを避けるためにはスクリプト付きのものを聴いてノイズを言語として認識する作業が重要。ただ、洋画は難しすぎるし、洋楽もダメだし、おまけに試験対策にもちっともならない。かといって、その辺の参考書のリスニングはユーモアの欠片もない退屈なもの。僕のオススメはスクリプト付きのアメリカの文化を紹介するVOA Special Englishを読みながら聴きまくること。VOAについてはwikiを見てくれ。端的に言ってしまえばアメリカ洗脳装置だ。非ネイティブにアメリカ文化を理解させる放送のためそれ相応の配慮がされている、更にVOAの平易なヴァージョンのVOA Special Englishは1500語しか使わない上に、一つ一つの単語の発音も綺麗で、スピード遅い。そのためノイズとして排除されず言葉として認識しやすい。コンテンツの内容は様々なアメリカ文化についてで、知的好奇心がくすぐられる。アメリカの勉強にもなった。
http://www.manythings.org/voa/words.htm
これを聴きながらスクリプトを読み、そして音読して、脳に言葉として認識させる。出来るだけ、発音と文節を真似て音読すること。文法書の日本語が理解出来ない人は発音記号読んでも発狂するだけだと思うので絶対にしないこと。とにかく聴きながら読み、発音を真似て音読するを繰り返すのを毎日一時間程度やっていると、スクリプトを読まずリスニングだけでも文章が頭に流れるようになる。第一段階はこれでOK。後は飽きないように、スクリプトを読まないでリスニングをする、一文だけ読んでそれがどういう意味だったかスクリプトを読んで確認する、もしくは一文だけディクテーション、シャドーイングなど、リスニングの勉強法を試してみたりしていた。重要なのは自分が理解出来るスクリプトのリスニングをすること、スクリプトは平易かつフォーマルなものに限る。これに適しているのが、参考書のリスニングなんだけど、これはつまらなすぎる。条件に適していて、雑学講座的で面白いVOA Special Englishが僕の結論になった。条件に当て嵌まるものがあれば他のものでも大丈夫だと思う。
次に単語だけど、はてぶの英語学習関連のエントリーでおなじみの神ソフトP-Study System を使ったけど、VOA Special Englishで聴いた単語を音読するだけでも、相当覚えられたと思う。
http://readingmonkey.blog45.fc2.com/blog-entry-494.html
聴いて15秒待つと効果的なんだろうけど、聴いて音読するだけでも、単語は相当覚えられると思う。音声を聴いて音読するのは本当に効果的。あとは意味不明なアルファベットの羅列に対する疑問は、語源系の参考書を読むといいと思う。意味不明なものに意味を与えてくれるので丸暗記よりは覚え易くなる。re en proとか接頭辞の意味を覚えてるだけでも全然違う。更に英英辞書の説明と組み合わせると覚えられるんじゃないだろうか。英語なんてパーツの組み合わせにしか過ぎないと気づく。意味のわからないアルファベットの羅列で覚えていたときは苦痛で仕方なかったが、これでかなり楽になった。
実感としてはVOA Special Englishで1500語程度覚えただけでもかなりの英語力がついたように感じる。NYTimesの記事も辞書があれば読めるし、Wikipediaの興味のある項目も同様だった。また、VOA Special Englishを中心に勉強し出して一ヶ月でTOEICのスコアが500点になっていた。以前は250点だった。満点990点で四択なので、サイコロ振って選択肢を決めても変わらない点数という惨澹たる結果だったので、正直、驚いた。一ヶ月でここまで変わるか?
大体勉強を始めて三ヶ月くらいでSpecial Englishじゃない無印のVOAを聴くようになる。単語も難しなるし、発音も速いけど、聴き取れないレベルじゃない。映像付きならCNNなどのニュースもなんとなくわかるようになってた。そして、祈るようにVOAを聴きスクリプトを読む出て来た単語を覚えるの作業をしていた。たまにスクリプト付きで配信しているTEDやBBCに浮気するが、半年過ぎたくらいで、VOAもあらかた理解出来るようになり、聴いている洋楽も見ている洋画も意識を向けなくても言葉として理解出来るようになっていた。勉強時間は一日一時間か調子の良い時で二時間くらいだった。この時にTOEIC受けたら695点だった。TOEIC用の勉強は一切していない。これはちょっとTOEIC用の勉強をしたら800点越えられるなーって思って、問題集を購入して点数が低かった文法パートを重点的に勉強して、問題集を解いて練習したら、845点になっていた。勉強を始めてから一年間経っていないです。
今は英作文が全く書けないので、それに向けての勉強法を模索しているところ。
で、文法なんだけど、文法書の分厚さと難解な文章が理解出来ない人間として唯一理解出来たのが大西泰斗氏の文法書だった。例えば現在進行形、分詞構文、動名詞、現在分詞、ingがつくものを躍動感の一言で済ませていて、頭の悪い僕でも理解出来た。彼の著書には復習するための問題集がついてないことが多いので、問題集だけ買って、復習用に解いてみたりしていた。英文を読んだり聴くだけならこれ以上余計なことは覚えないでいい。理解出来ない表現があったときに彼の著書を読めば解決することも多い。分かり易くて本当に助かる。もちろん彼の教え方に批判があることは知っているけど、理解力がない人間には本当に助かる。一般人には細部まで必要ないです。ただ、TOEICが695点の時だったので、それ以上高得点を取るのはゴリ押しで暗記するか、理解するのがしんどい参考書を見るしかないかもしれない。僕はゴリ押し暗記でした。それでも大西氏の表現にはゴリ押しで覚える際も助けてくれたと思う。それぐらい良書ですよ。彼の著書は。でも、全体の勉強量としては文法は一割もないと思う。文法は必須だけど、Forestとか長い時間見ていても英語は出来ないぜ?
人気エントリーになっていて驚きです。反応を読んで、誤解されやすいとこは直しています。例えばCNNがわかるのは嘘だと思うという指摘がありましたが、あくまで視覚情報込みでなんとなくです。英語力なくてもネイティブと会話出来るのと一緒です。視覚情報は大きいです。
人気のブックマークコメントに「一通り目を通してブクマはするけど、実際に勉強することはまずないっ!」と書かれていた。 はてぶで英語学習関連のエントリーをしたはいいけど、勉強しないで、ブックマークして満足しちゃう人は多いと思う。それを防ぐために僕がとった方法も書きました。どうやってやる気を起こすかということです。http://anond.hatelabo.jp/20110709032734
条件に当て嵌まっているNHKラジオもいいと思います。ようやくNHKも九月からサイマル放送が始まるみたいなので、利便性が高まるでしょうね。書き損ねていましたが、アナウンサーなどの職業はボイストレーニングをしているので、間違った発音を覚えないという意味でも有効だと思います。また、過去に大西泰斗氏もNHKで教えていますし、僕が購入した文法書「ハートで感じる英文法」もNHK出版でした。よく指摘されることですが、NHK出版の本は安価で高品質です。同じ大西氏の著作でも前者は950円、研究者から出版されている「ネイティブスピーカーの英文法絶対基礎力」は1500円でした。内容的には重なる部分も多く、信者以外はNHK出版の方で十分だと思います。
ラジオだけじゃなくてWebでも配信しているんですね・・・知らなかった。「ニュースで英会話」http://cgi2.nhk.or.jp/e-news/index.cgi
洋画や海外ドラマで勉強する人を否定するわけではないです。ただ、それだと挫折する人が多いということです。「俺の時代は、何回も同じビデオを繰り返し見て英語覚えた」「吹き替え、日本語字幕、輸入版の三本で勉強したわー」こういうことはインターネット普及以前に英語覚えたおっさんから、耳ダコになるくらい聴いているでしょう。これが出来る人は努力家だと思いますが、ほとんどの人は挫折すると思います。リスニングに慣れていない耳で、苦痛を感じつつも洋画で使われる高度な文脈の慣用句、文化的背景、そういったものを繰り返し見て行く度に調べ、頭に入れていったのでしょう。僕も一度、試してみましたが三度目で飽きました(笑)これは根性論に近いと思います。理不尽な根性論で運動させられた体育会系はわかるかもしれませんが、根性論でも上達はするので、耐えられた人は上達するでしょう。僕の友人にもジブリ作品の英語吹き替えを何十回も見て勉強している人がいましたが、確かに上達していました。しかし、二時間の作品で30日見て60時間です。これをテレビを見る時間を削って毎日?・・・ちなみに友人は各種ジブリ作品をローテーション組んで飽きないように見てました。一応、これも上達する手段としてはセリフをシャドーイングないし、停止ボタンを押してスクリプトを音読をする、または丸暗記するという手段を取らないといけないでしょう。くどいようですが、ノイズを言語として判断出来るようになるのは幼児だけなので、ただ、聴いているだけ眺めているだけでは効果は見込めません。それがなんであるかをしっかりと脳に認識させなければいけないということです。
洋楽に関しては、日本語の歌詞を思い浮かべてください。詩的表現と一般生活で使われる表現が大きく違うことがわかりますよね?例えば、ブルーハーツのリンダリンダでは「ドブネズミみたいに美しくなりたい写真には写らない美しさがあるから」というフレーズがありますが、これを解釈すると、写真には写らない、つまり物質的世界ではなく精神的世界を重んじられ、ドブネズミは汚いものだが、歌詞上だと価値観がひっくり返っている。この曲の発表時はバブルの時代であり、消費による自己表現、自己実現が強く肯定された時代だった。消費に参加出来ない貧乏人は自己表現、自己実現が出来ないわけで、そういった人達を救う意味でもあり、物質主義者を批判しているかもしれないと解釈出来る・・・日本語が出来た上で高度な文脈を理解しないと歌詞が意味することはわからない。というか、日本語が出来ても解釈出来る人が少ないのに慣れてもいない洋楽の歌詞を理解出来るかと言ったら難しいと思う。誤謬する可能性の方が高いだろう。ただ、誤謬しても楽しいもんは楽しい。でも勉強にはならない。歌詞の意味を理解せずに不思議な文章で済ましちゃう人はいいけど、歌詞ってそういうもんじゃないでしょ?歌詞を読むというのは文章を読んでいるようで、文章を読む能力とは別の能力で解読しているのです。そりゃ、単語を覚えられたり、発音も多少の参考になるかもしれないけど、効率悪くね?って話です。
どの基本書がいいとか、どの演習書がいいとか、過去問が大事だとか、
なんとなくわかってきた。
そして、どんな教材を使えばいいのか、なにを意識すればいいのかがわかっても、
大学受験のときは、そもそも机にむかっている時間が少なかったので、
勉強不足を理由にすることができた。
でも、法科大学院とかいうところでは、みんな夜遅くまで勉強していて、
そーすると、集めた情報を有効に使えないのが、どうやら勉強不足が原因ではないことに気が付く。
同じ時間、同じ教材で勉強しても、人によって出せる成果に違いが出てくる。
それは、要領がいいとか、才能だとか、確かにそれもあるだろう。
しかし、友人たちをみていると、どうやらそれだけでもない感じがする。
自分は雑だが、友人は丁寧だ、という感じだろうか。
高専の先生でさえ「大学受験生はこんなに頑張ってる!」とか言ったり、
翻って見るに、高専の同級生はバイクやバイト、服装の話ばかり。
理系に興味があるのは間違いないけれど、高専じゃない道が気になってしょうがない。
http://anond.hatelabo.jp/20110616153059
を見てね。
まず、高専をやめて高校に入りなおすのは在学年数だけロスしますね。
10代のころの1,2年の遅れなんて30才以上の人間からしてみれば屁みたいなもんですが、
当事者からしてみれば大きなロスに感じるのも無理はありません。
これは時間的に大変!ってネットでも言われますよね。そのとおり。
それでも俺は大学受験するぞおおおお!そんなに頭は悪くないんだああああ!
…といってそのまま4年生になり、大学への編入学を考えるようになるのが9割。
ほんとに3年で高校卒業資格を得て中退していくのが残りじゃないでしょうか?
2.となりの芝生は意外とショボイ?
そもそも大学受験生ってそんなに頑張っているのでしょうか?
例えば神戸大学工学部前期の難易度は代ゼミでセンター得点率でおよそ75パーセント。
そこそこできる受験生が目指す国公立としては申し分ないでしょう。
あなたは高専を目指すくらいですから理数系が得意なんでしょう。
もし多くの同級生と同様に地元中堅公立高校の進学コースに進んだとしてみてください。
進学コースでは当然受験向けに毎日のように小テストを受けて多くの解法や暗記項目をこなしていきます。
大変ですがそれは周りも同じですからできます。あなたと同レベルか、それ以下の同級生がこなしているんです。できないわけがありません。
さて、3年間の努力の結果、あなたは理数科目だけはクラスのトップレベルにいます(全国レベルでは数千人いるうちの一人ですが…)。でも暗記の多い文系科目は相変わらず苦手です。テスト前になんとなく教科書やノートを見直し、テスト後に答え合わせをするだけのレベルです。
というわけでセンターの過去問では数学9割、理科9割、社会7割、英語6割5分、国語は7割という典型的理科系の得点をしてしまいました。
これだと、神戸大学の配点ではどうなるのでしょうか?見てみましょう。
国語 87.5/125
社会 52.5/75
数学 45/50
理科 45/50
英語 49/75
合計 279/375 74.4%
はい、十分挑戦する価値ありです。もちろん実際に神戸大学に挑戦できる受験生なんてそう多くはないのですが、
ピンキリとはいえ高専に合格する頭脳を持ち、しかも大学受験をしたいなんて言い出すあなたです。このシュミレーションを見てたじろいだりはしないでしょう。
国公立は範囲が広い…ってそりゃそのための勉強を3年するんですからそこそここなせて当然です。これをこなせない受験生が実は大半なんです。
そのまま高専に残っても本気で大学受験するにしても後悔しない勉強法を説明します。
それはとにかく数学と英語について大学受験向けの参考書をマスターする事です。行きたい大学があるならそこの赤本も買うといいでしょう。
を読んでください。
医学部と書いてありますが、普遍的な勉強法が書かれてありますので、これを参考にしてください。実際僕もこれで成績を伸ばしました。
僕の高専時代には青チャートをやりたがる連中は多かったです。好みでやればいいですが、黄チャートで十分です。
素人が大学入試の解答を見ると、「そんなテクニック思いつくか!」
となるものが多いですが、黄チャートをやると当たり前の解法であることがわかります。
高専に通いながらだと、効率よくやってもせいぜい1日2~3題でしょう。一通りやるだけで1年半かかると思ってください。
基本書も「高専の数学」で十分。苦手分野があればその分野について「~が面白いほどわかる本」でカバーしましょう。
これだけやれば大学受験は安泰です。2次試験も標準的な良問を出す大学を選びましょう。神戸大学とかの総合系に多いです。
数学ができるかどうかで高学年の専門科目の大変さは倍違います。受験しなくても無駄にはなりません。
まずは高校の標準的な英文法を学びましょう。自分が使ったのは市村憲太郎「シンプル英語構文とイディオム」です。
解説を読んで、簡単に問題を解き、見出しの例文だけを覚えればいいでしょう。後半の熟語集は別の本でやればいいので飛ばします。
これは長期休暇に集中的にやれば2週間でできます。
あとは「速読英単語 必修編」「速読英熟語」を①の通りに音読します。この時点でセンター8割は楽勝です。
さらに「ネクステージ」で文法力を固めて、「英作文のトレーニング-はじめて編-」の前半を読んで英作文のコツを学び
「減点されない英作文」例題と基本構文、単語をマスターすれば、これも大学受験はかなり安泰です。
英作文はz会を利用するかlang-8で英作しまくって格安添削を受けましょう。
大学受験とはいえ「速単」「速熟」「ネクステ」を終えた時点でTOEIC600点は堅いと思います。
僕は「速単」「速熟」をやった後すぐにCASECを受験したところ、TOEIC換算600点の判定が出ました。(TOEIC自体はうけてません><)
話がずれるので言及しませんが、大学受験がこなせないのに実用英語をものにしようとするのは無茶苦茶です。
4.意気込みは良くても
実際、上記の参考書は高専にいても役立つものなんですが、これをこなすのはメンタル的にも時間的にも至難の業です。
結局あなたが大学受験をするにしても、理系に進むなら素直に編入学をすることを勧めます。
工学部以外に行くにしても、はるかに勉強量が少なくて済みます。
「でも、みんなチャラチャラしてるし、なんか焦る!」
そういう人は比べる対象が間違っています。確かに高専でも40人中10位以下の連中は間違いなく頭が悪いか勉強不足です。
ですが上位5位、3位くらいになるとどうですか?この人たちは結構真面目にやっている上にびっくりするような点数を取っていませんか?
はっきり言って普通高校に通っても立派な成績を収める人たちだと思います。
働きアリの話は有名ですが、進学校に通っても大体こういう分布になります。
こういう上位陣をいい意味でライバル視して、他の連中は目指すものが違う人たちと思って頑張ると少し見る世界が変わりますよ。
(いやな奴にはならないでくださいね)
そして勉強に遊びに一生懸命になれれば、後で振り返っても良い5年間になるはずです。
とりあえずこんなところでしょうか?
質問や思いつくところがあればまた追記します。
不思議なんだけど。彼女は昼食を食べている途中でそう切り出した。不思議なんだけど、最近よく同じ夢を見てしまっているんだ。
へえ。どんな夢なんだろう。私は購買で手に入れたサンドウィッチを飲み下してからそう尋ねてみた。
変な夢なの。彼女は箸を置くと、困ったような悲しんでいるかのような表情を浮かべて力弱く微笑んだ。とっても変な夢でね、いつもいつも、その時間帯に受けなければならない授業に出席できない夢なんだ。
決まって授業に遅刻してしまった場面から始まるのだというその夢は、確かに奇妙で意味深な内容を伴っていた。彼女には寝過ごしてしまったとか、気分が優れなくて少し体調を気にしていたとかいう具体的な理由があるわけでもなく、出し抜けに授業が始まってしまった学校の廊下を歩かざるを得なくなってしまっているのだという。
わたしはね、出なければならない授業のノートと教科書と参考書と筆記用具を腕に抱いて、一人ぽっちのまま、惨めな気持ちでとぼとぼと静かすぎる廊下を歩いているの。恥ずかしさとか後悔は全然ないんだけど、ただひたすらに辛くて苦しくて悲しい気分になってるの。
それはまた面妖な夢だね。相槌を入れると、彼女はまた萎れかけた向日葵のような笑顔を浮かべた。スーちゃんもそう思う? まあ、私なら少なくとも辛くも苦しくも悲しくもならないと思う。そうだよね、どうしてわたしは夢の中でそう思ってるんだろうね。
それは本人にしかわからない類の問題だった。答えに一番近いはずの彼女がわからないのだから、私になんてわかるはずがない。黙したまま紙パックのジュースを飲み始めると、でもそれだけじゃないんだよね、と彼女が続きを口にした。
わたしはね、夢の中でまっすぐその時間帯に受けなければならない授業がある教室に向かっているんだ。サボろうとか逃げちゃおうとかいうことを考えもせず、じっとリノリウムの床に眼を落としたまま、脇目もふらずにその教室に向かっているの。それで最終的には目的の教室に辿りつけるんだけどね、こう、ドアをスライドさせてね、びくびくしながらも懸命に勇気を振り絞って視線を上げてみると、時間を飛び越してしまったみたいに、その教室ではもう次の授業が始まってしまっているということに気がつくの。英語なら英語、化学なら化学。わたしが抱えていたノートや教科書とは全く別物の、わたしとは関係の無い別のクラスの授業が開かれてしまっているの。
わたしは夢の中ではこれっぽっちもお呼びじゃないみたいなんだ。そう言って彼女は少しだけ俯いた。追いつけないんだよね。何をしても。何があっても。結局どこにも行けないんだ。搾り出すような声は紛れもなく小さな悲鳴だった。
でも、夢なんでしょ。現実じゃあり得ないことでしょ。私はできるだけ、それがなんでもないことであるかのように口にした。気にすることないよ。気にしないほうがきっといいことであるはずだよ。
でも、この夢、結構堪えるんだ。暗く沈んだ声で彼女は口にする。いつもみんなに置いていかれてしまうんだもの。どれだけ繰り返しても、どれだけ身がつまされそうになっても、わたしが望む空間には絶対に辿りつけないんだもの。それにね、朝起きると、汗がすごいんだ。ベタベタしてて気味が悪いの。
堪ったもんじゃないんだ。彼女は諦め卑屈になってしまった敗北者のごとくいびつに笑った。嘲笑だった。彼女自身はまるで悪くないはずなのに、自分自身のことを嘲り貶して一笑に付したのだった。
しばらく私はなんと返事をしたらいいかわからず迷った。励ませばいいのか、同情すればいいのか、あるいは突き放してしまったほうが彼女を思いやることに、優しさになるのかどうか。重たい沈黙が流れこんできて、更に焦ってしまった。残っていたパンを食べきった。ジュースを三度口に含んだけど、あまり味がしなかった。
ちらりと上目遣いに彼女を覗いてみると、箸を手に持って食事を再開していた。動作は緩慢で、なるほど最近妙に元気がなかったのはこの夢があったためなんだと確かな確証でもって納得することができた。
紙パックをじゅこじゅこいわせてジュースを飲みきり、私は一言だけ、大変だねと彼女に話しかけた。顔を上げて、うんと頷いた彼女の表情は、内心どこかほっとしているようだった。
ちょっとだけね。かなり、大変なんだ。そう言って屈託なく砕けた彼女の表情には、今にも崩れ去ってしまいそうな脆い矜持が滲んでいた。
やっぱり、私は何もできない、できるはずがなかったのだ。
その揺るぎない事実をありありと突きつけられて、私は少しだけ鼻の奥がツンとした。
そうなんだ。うん。ま、あまり気にしすぎないことだよ。スーちゃん、それさっきも言ってたよ。そうとしか言い様がないんだから仕方がないよ。ふふ、それもそうかもしれないね。
食事を終えて、私は窓際に設置された横に長い業務用のストーブに、彼女はすぐ側の椅子に腰掛けた。私は窓の桟にもたれかかってぼんやりと外の景色を眺めている。ちっとも動かない雲とか誰もいないグラウンドなんかを、頭を空っぽにして見下ろしている。
きっと隣で彼女は、おしゃべりに興じたり忙しなく教室から出入りしているクラスメイトを見ているんだと思う。ちょっとだけ淋しそうな、羨望の色を帯びた眼差しで、彼らのことを見守っているのだろう。
でもね、と言って彼女は夢の話を切り上げる際にちょっとだけ付け足しをした。でもね、もう絶対にどんなに願っても足掻いても辿りつけないのだとするのならね、いっそのことそこに辿りつけなくてもいいような気が、最近はするんだ。どこにも行かないまま、この場所に留まったまま私の時間を過ごしていたほうがいいようなね。何かにつけて、今はみんな早過ぎるんだもの。ついて行けなくたって仕方がないと思わない?
苦笑を浮かべた彼女に、私は何も答えなかった。そんなこと言っていられないよと思いつつも、やんわり苦笑を返しただけだった。
ぼんやりと窓の外に広がる景色を眺めてみる。グラウンドに動くものは見つからず、ぽっかり空の真ん中に浮かんだ雲は動かないままだった。