はてなキーワード: 憂鬱とは
思うんですけどね、ぼく、脳にチップを埋め込んで知識を頭に直接ダウンロード的な世界が本気で到達しないかなーと思ってるんですよ。でも一言で知識といっても。全知識のことでは無く、いわゆる理科学系的な知識のこと。
そのような未来感に対して在野の方は「知識を頭に叩き込んでも知識の使い方を覚えられない」という文句がでるんですが、僕はそんなもの詭弁に過ぎないと思うんですよね。
何故ってそもそも人ってあなたみたいな偉そうな人が言うほど馬鹿じゃないよって思うし、論理とやらは数学でも良く出来た人文系の本でも読めば会得できるものだと思うからです。
加えて理系的知識のみ頭に直接叩きこんでも構わないというのは、理系的知識が(複雑系的な言説が代表する最先端の知を除いて)すべてがファクト(らしい)だからです。
例えそれが原理的に「ファクトらしい」ことであるとはいえ、少なくとも恣意的では無いんですよね。それでですね、そしてそんなファクトらしいことをファクトとして扱って科学はここまで技術化され人類の進歩発展に帰依してきた(ここれ辺が人文知とは異なるところです。人文知はその恣意性が暴力的な力を持っている。そしてその暴力性が人文知の力。すなわち文脈を書きかえること。個人にとって一見関係無かったものを一つの視座を持って関係づけ、切実なものにする。それが人文知の力、だと思ってます。)(一方理化学的な知識にも別種の暴力性が当然あります。そのことに自覚的でない科学者はみんな根本的には自分勝手なクソ野郎なんだと思います。残念ながら。)
うう、かっこの中の話で本筋から遠ざかった…。
ぐだぐだ言ってきましたが、ここまで言ってきたことは一言です。基本的な理系知識というものは大抵が世代を超えて一個の人間がまた改めて一から学ぶほど価値があるわけではないということ。
いわゆる理系学生の中に以下の現実に気づいて憂鬱な気分になっている人は多いと思うんだけれど、若いころの時間を使って結果の分かりきってる学生実験をする価値なんて99%以上無いんですよね。
え、実験道具の使い方?レポートの書き方?全部別プログラムでやらせた方がよっぽど効率的です。だってどちらも理系的な知識を使わないじゃないですか。どちらかというと体育と国語ですよ。
そりゃ回数重ねてれば何かの偶然で新しいことが起こるかもしれないけれど、そこに若い学生の時間を使うのはいかがなものかと思います。どちらかというならこれから寿命がますます伸びた年配の方がおやりになればよい。しかも年配の方々は数が増えるのは分かりきっていることなのだから。可能性の伸びしろとしてはそちらの方が全然優位なはず。
そしてぼくはそのような年配の方(時間があって、科学とかゆるく好きで、しかも高校の教科書的な所から大学の2~3年程度の知識が頭に一括ダウンロードしてある方)が自由に研究を趣味的にできるような場がこれからあると良いなーと思います。
知識があったとしても大抵は無駄な研究もどきなるとは思いますいが、それでいいんです。無駄は文化になります。文化は物語化されてブランド足り得ます。
今までに比べてはるかに安いコストで、気軽に研究できる。しかも初めから自分の興味のある分野を。これってとてもいい社会だと思います。それにそのようなある種のハードルを下げるにはとても良くて、実際的に何がいいのかというと人材流入のハードルが下がれば在野の人の既得権の縛りが解かれる+競争激化+多様性が増しイノベーションが起こりやすくなるんですよね。(その弊害は例えばPixivなんかで散見されますね。すなわち雇用の問題。)
これからデジタルに親和性の高い世代が高齢者になったり、ある程度英語等でコミュニケーションで来て人材の移動性が高まる時代に、それを実現できたら、かなりのその地域引いてはその国のブランドになりえるし、いいことだと思うんですよね。
日本というのは自然災害がその立地条件からして根本的に多い国だし、今回の放射能ははそもそも強いと思われていた農作物のブランドの(程度はどうであれ少なくとも方向性として)下落につながった。その後の日本政府の立ち振る舞いも同様に日本全体をパッケージとして観たときのブランド価値は下がったと思う。
つまり日本というのは根本的に他国に比べブランド価値が強くなければ優秀な人材を引っ張ってこれない国だと思うんですよ。例えばわが身ひとつで立身出世しようと考える優秀な中南米人が「日本は色々災害とか身の危険あるけど○○があるからここで仕事をしよう」と思ってくれないとダメなんですよね。でなければきっとこれから日本という国は戦えなくなる。(経済的に豊かでなくなってくると無駄の確保ができなくなります。無駄の重要性は上に述べてきたとおり)。
さて、ここまでメリットばかりあげてきましたが批判も数多く考えられます。例えばその筆頭にしてもまっとうなものが「科学の発展が加速したらますます倫理の側が追いつかなくなるじゃないか」というものです。
しかし、僕はこの観点も保証できます。なぜなら時間に余裕のできたものは、退屈な事実の再確認や荒唐無稽な技術への信仰ばかりするのではなく、確かな今を見据える人文知的なものを学びたくなる欲求が高まるはずで、加えて言えば知識の記憶に費やす時間が短くなれば余暇が創出できるので、そのような歴史、思想史、哲学史を学べる機会は増えるはずなんですよね。たとえあなたが時間があるから大丈夫(=自身の倫理を構築できる)とは限らないなんては思えなくとも、学生実験をやるよりはよっぽど有意義な時間が過ごせるとは思いませんか?
以上のことがもっとも実現可能性の高い場はラボをシェアするという理念の元運営されているいくつかの団体だと思います。なぜなら人材の流動化がこれから激しくなる時代に情報系のものを除く理化学系研究が根本的に抱える問題とは研究はラボというその場でしかできないことで、その土地でしかできないならその場にしかいられない。そこをシェアをすることでより開放するサービスが圧倒的に人々に受け入れられるだろうからです。
また実現に向けて初めに脳内に知識ダウンロード、と言いましたが、それより若干コストは高くなるかもしれないけれど海外のよく勉強したにもかかわらず文系就職しそうな元理系学生とか先生に雇って、そのサポートに比較的リーズナブルに提供できれば十分今まで述べてきた未来の足場としては実現可能だとも思います。
35歳になった。
ついこの間、魔法使いになったと思ったらアラフォーならぬヤラフォーになるとは。
自分の場合、ルックスは悪くないと色んな人から言われるし、仕事は正規雇用の中堅SEで趣味は文武両道、でも社会性コミュ力ともに破滅的に酷いせいで総合点マイナスという、自他ともに認める「実に残念なおっさん」だ。
「黙って立ってりゃマネキンの代わりくらいにはなるのに・・・」とも言い換えられる。
スーツだと30前、私服になると20代半ばに見られる。でも若いというより、精神年齢の幼さが顔に出ているのだと思うと、あまり素直に喜べない。
そして20歳になってから15年、性格ブサメンな部分は微塵も治っていない。
いや少しはマシになったのかも知れないが、彼女が出来て結婚してるわけでもなし、要はその程度だ。
「もうすこしがんばりましょう、てかやる気あんのかテメー」って感じ。
なのでこれからの15年もこの流れは変わらないだろう。
そうなると、生涯独身になる可能性も大いに視野に入れ、今後の生き方を模索すべきなのだろうけど・・・憂鬱だ。
というのも、周囲の独身40代50代ともに、ろくでもないオヤジしかおらず、全く希望が持てないからだ。
例を挙げる。
これでどうやって独身貴族(死語?)の夢を見ろというのか。「男やもめに(ry」ってレベルじゃねーぞ!
このおっさんたち、社会と関わる上で開き直ったり無視してはいけない部分を踏み外し、投げ出しているように思えてならない。
しかも自分は多分、上の人達にかなり近いところにいる。遅かれ早かれこうなる気がしてならない。
ここまで「明日は我が身」を見せつけられるのは恐怖以外の何者でもない。
それに引き換え、周囲の既婚男性は皆凄い。カッコイイ。輝いている人達ばかり。
なんで俺を嫁にしてくれなかったんだと詰め寄りたくなるレベル。
せめて年を取るなら、そっちサイドに行きたかった。
そう考えると、「オヤジ臭い」というのが褒め言葉ではない理由がよく分かる。
生臭くならず年老いていくのは、かように難しいということだろう。
彼と知り合ったのは、2007年の秋だった。
当時病院のシステムを作るSEをしていた私は、福岡で行われたとある大学病院のプロジェクトの飲み会で、初めて彼と会った。
第一印象は、「かっこいいなぁ…」だった。
だからといって積極的に話しかけるわけでもなく、「ちょっとイケメンなプロジェクトのメンバー」の彼とは、
その後2ヵ月半の間、特に関わりを持つことはなかった。
彼に関して私が知っている事は、岡山の子会社から本社に出向してきていることと、
後から知った事だけれど、彼は東京に来ていた時に私を見ていて、「あのスタイル良い子、誰?」と
私の同期に聞いていたらしい。それを知った私は、「気になったのは、見た目だけ!?」と少々膨れたが、
彼が私を見ていてくれたことが、ちょっとだけ嬉しくもあった。
当時、SEは全員、専用のインスタントメッセンジャーを使っていた。
そのメッセンジャーには、その時の気分や居場所などを書き込める機能があり、その日私は
今でこそ普通に乗れるようになったものの、当時私は大の飛行機嫌いだった。
眠気と戦いながら仕事をしていると、突然メッセージの画面がポップアップした。
数秒考えて、それがあの「ちょっとイケメン」だという事を思い出した。
ひさしぶりー。
今?後ろにいるよー。
嘘。今キョロキョロしたでしょ。
ちょwwだましたんですかー!ひどー!
そんなやりとりが最初だった。
その後、夜遅くまで残業をしていると、彼からメッセージが送られてくるようになった。
仕事の話だったり、会社の人の話だったり、プライベートの話だったり。
仕事の合間のそのやりとりのおかげで、嫌だった遅い時間までの残業も、苦にならなくなっていた。
そんなやりとりを続けて1ヵ月半たったある日。
今度の金曜日、そっち行くよー。
というメッセージが飛んできた。
そして、そのノリで二人で飲みに行くことになってしまった。
正直、憂鬱だった。
元々人見知りする私は、メッセンジャーで会話はしているものの一度しか会ったことのない人、
しかも6つも年上の男性と二人で飲みに行くなんて、考えられないことだった。
会話、続かないだろうなー。
そう言い聞かせて、終わらなかった仕事を翌週の自分に丸投げし、会社を出て、待ち合わせ場所に向かった。
実は、4ヶ月前に一度会っただけの人の顔を覚えている自信もなかった。
でも、待ち合わせ場所で私を見つけた彼は、本当にうれしそうな顔でにこっと笑って、私に駆け寄ってきた。
夜の7時に待ち合わせをしていた。途中で店を変え、結局お開きになったのは朝の4時だった。
会話が続かないどころか、会話が途切れなくて9時間も話し続けた。
それから彼が東京に来る頻度も増え、仕事が終わる時間を合わせて、同僚にはバレないように
二人で飲みに行った。
そして、私が出張で岡山に行った事がきっかけで、付き合うようになった。
東京と岡山の遠距離恋愛だった割に、お互い出張が多かったので、平日は頻繁に会うことができた。
だいたい東京か、プロジェクトの定例会が行われる福岡で会っていた。
とは言ってもお互い仕事が忙しく、仕事が終わってから会おうとすると既に深夜になっていることもあった。
それでも彼は、必ず時間を作って会おうとしてくれた。会えない時でも、必ず電話をくれた。
私は電話が嫌いで、用件だけ話してすぐ切ってしまうことがほとんどだったし、それまで付き合っていた恋人とも、
長電話をすることはほとんどなかった。でも彼となら何時間でも話すことができた。
彼はとても穏やかな性格で、彼と一緒にいると、普段忙しすぎて殺伐としていた心が安らいだ。
駅名、日付、混雑率などは適宜入れ替えてお使いください。
東京駅の新幹線ホームでは、ふるさとへ向かう家族連れなどで混雑しています。
○日の東京発の下り新幹線の指定席はすべて満席で、自由席の乗車率も140%と混雑しています。
××の実家へ帰省する40歳の男性は、「ふるさとでゆっくりと両親と過ごしてきたいです。」と答えていました。
また、△△へ帰省する7歳の女の子は、「おじいちゃんに早く会いたいです。」とふるさとへ帰るのが楽しみな様子でした。
JR各社によりますと、この帰省ラッシュのピークは○日で、明日まで続く見込みです。上りのピークは○日で、翌○日まで続くとのことです。
仙台駅の新幹線ホームでは、ふるさとから首都圏などへ向かう家族連れなどで混雑しています。
○日の仙台発の上り新幹線の指定席はすべて満席で、自由席の乗車率も140%と混雑しています。
千葉市の35歳の男性は、「ふるさとでゆっくりできました。明日への活力になります。」と答えていました。
また、さいたま市の8歳の男の子は、「おじいちゃんと遊んで楽しかったです。」とふるさとでの思い出を話してくれました。
JR各社によりますと、このUターンラッシュのピークは○日で、明日まで続く見込みです。
「親戚に会うのが面倒です」
「実家に帰ると嫁の機嫌が悪いです」
ああ、いやだ。嫌だ。やりたくない。
受付を頼むのが申し訳ない。そんな親しくないのに。
余興を頼めるほど親しい人もいないから極力余興はない方向で考えているが、さすがにゼロじゃあ呼んだ人に失礼だろう。
演出・余興・何一つ決まっていない。
ドレスも決まっていない。
こだわりもやりたい事もない。ていうかやりたくない。腹くくらなきゃいけないとはわかっている。
披露宴だけでも考えるのが嫌過ぎて2次会の事は考えないようにしているが、
もう1ヶ月半後だぞ?どうするんだ…
こんなに嫌なのにやるのは病気の親のためだが、
親不孝。披露宴やる意味がなくなってしまう。どうすればいいんだ。どうすればいいんだ。
ああ。つらい…
卒論と人間関係の破綻に悩んだ大学4年の時以来久々に真剣に辛い。
終わりが見えないけれど全てが早く終わって欲しい。
一緒に暮らして長いので生活は変わらないし、十分に幸せだったので、いまさら結婚などする必要も感じていなかったのだけれど、相手と相手の親族の強い希望で、届けを出すことになった。
お互い派手なことが苦手なので、最低限必要な相手にだけ報告した。
結婚を人に伝えると、みんな「おめでとう」「よかったね」「幸せでしょう」と言ってくれる。それはとてもありがたいことで、感謝している。
けれど、姓を変えざるを得なかったことでの自己喪失感を理解してくれる人はどこにもいなくて、この数ヶ月、祝われるたびに憂鬱が募っていった。
「いま人生でいちばん幸せでしょう!」と笑顔で言ってくれる人に対し、「でも姓を変えなきゃいけなかったのがつらいんです」とはとても言えなかった。120%幸せに振る舞わなければいけなかった。それがひどく疲れた。
そんな中、年に一度の健康診断で、問診票に間違えて旧姓を書いてしまい、慌てて二重線をひいたら、お医者さんに「最近結婚されたの?」と聞かれた。
ああ、ここで「はい」と答えたらまた「おめでとう」と言われて、自分は一点の曇りもない幸せな顔をしなければならない。嫌だ、答えたくない。
そう思うも答えないわけにもいかず、「ええ、はい…」と言うと、お医者さんは「私もしばらく慣れなかったですよ」と笑った。
「書き間違えたり、呼ばれても誰のことだかしばらく気づかなかったり。大変だった」
初めてだった。おめでとうじゃなくて、大変さに気を向けてくれた人がいた。
ひどくびっくりして、初めて救われたような気がした。
他人だからおめでとうを言う必要がなかったというそれだけなのかもしれない。だけど、とてもほっとした。
これからは少し、楽な気持ちになれそうな気がする。
なんとか仕事も順調に進み、対人関係の面でも努力して前向きに進んでいたけれども
人生の節目ともいえる30歳の時に、実家内で殺すか殺されるかくらいの勢いの暴動が起きた。
(実際に事件にはならなかったが、いつそうなってもおかしくなかったと思う)
この程度のことで前向きな気持ちが萎えるくらいならそれは嘘で塗り固められた「前向きさ」だったのかもしれない。
家族が病院に運ばれた。今をして思えばあれは「自殺」するつもりだったのだと思う。
病院に運ばれた理由を馬鹿正直に上司に伝え(直属の上司の上司)早退した。
その翌週から仕事が暇になった。仕事を任されるということがなくなった。思い込みかもしれないし、自分が何かをやらかした結果のかもしれない。
しかし、早退前と早退以降で上司の私に対する接し方に変化が生じたことはたしかなことだと思う。
僕はこの日を境にして全てが嫌になってしまった。1人暮らし、転職も諦めた。家族に寄り添おうと決めた。これは事実。
これは言い訳なのかもしれない。いや、言い訳なんだろう。今となってはこんなことをすべきじゃなかったって後悔している。
家族喧嘩の域を超えていたと思う。よく近隣、階下の方から警察を呼ばれなかったというくらいの騒ぎが深夜に起きていた。
時間が問題を解決……したようにみえて解決はしていなかった。そして、そのしわ寄せは全て私のところにきた。
暴言の数々。でも、僕はその全てをじっと我慢して聞いていた。時には、僕自身の本音をぶちまけたこともある。
すると案の定、「キチガイ」扱いをされた。家族が精神的に参っていた時期の事だから致し方の無い面はあるかもしれない。
けれど、「キチガイ」扱いをされたあの言葉を忘れることはないと思う。
そして、苦しんだ。「僕は、こんな人達のために人生を棒に振ってきたのか」と……
「環境の責任にするのはおかしい」と言う人がいる。僕もその通りだと思う。環境がどういったものであれ自分自身の努力でなんとでもなるだろう。
しかし、良い方向に進んだとしても悪い方向に進んだとしても「生まれ育った環境」の影響はついて離れることはないと思う。
「生まれ育った環境」に身を捧げて自分の道を諦める人達だっているんだ。それも「言い訳」と切り捨てていいのか?
切り捨てていいのだと身内に言われました。もうこんなクソみたいな人生終わりにしたい。死をもって抗議しようか。
http://anond.hatelabo.jp/20111107202207
流石にそんな端金のために90超えるほど生きたくない。
既にあちこちガタが来始めてるし何より気が塞いでしょうがないのに。
>何かできないことがあったときに「あぁ…早生まれだから。他の子より育ちが遅いから」「仕方ないね」「かわいそうに」と親から言われることによって、それが本人の中にも内面化されるんではないかという分析だった。
えー、ご存じの通り(ですよね?)早生まれの私ですが、敢えて「異議あり!」と言わせて頂きます^^;というのは僕の場合、親から言われたことはなくて、自分で後から「早生まれは損だ」と思ったからなんです。もし敢えて親のせいにするのであれば「早生まれなんだから仕方ないよ」ぐらい言って欲しかったな、ということになるのかもしれません。
経験談の一例ですが、幼稚園から小学校にかけて、周囲に比べてダントツで運動能力が低かったんです。ですが、高校を出る頃にはいつの間にか体力テストなんかでは全国平均を普通に超えられるようになってました。まあ元々運動や外遊びが好きな子供ではなかったですけど、別にその後人と比べて特に運動していたわけでもなかったので。で、子供の頃は実年齢の差がかなり大きかったのではないかなということに気づいたのはかなり後になってからでした。無駄に運動苦手コンプレックスを持ってたもんだと後悔したものです。
ところで、N さんが誰だか見当がつかない私です。
そういえば、悪名高き私の母校では全学年を通して異様に4・5・6月生まれが多かったです。僕はどちらかというと年齢以上にガキなので、周囲のマセ具合に余りついて行けなかった記憶があります(苦笑)
あと聞いた話だと、少年サッカー英才教育の世界では、選手がやはり4・5・6月生まれに偏っていたので、選抜に誕生月を考慮するようになったとかいう話も聞いたことがあります。
そういうことから、すくなくとも一部の分野においては、無視できない程度の影響があるのかなとは思っています。ただ、どれも男の場合の話であるのは事実ですね。女性はその辺どうなのか、面白いデータがあれば欲しいですね。たぶん誰か既に研究してるんでしょうけれど。
例のあだ名ゆえにあのお方が「Nさん」であることを完全に失念していました^^;まあ、何となく「先輩」が女性であるという先入観があったのも事実ですが(何でだろう?)。まあでも確かに、女性だったらおめでたの話があるのにもかかわらずお酒を飲んでいるはずがありませんね。
いずれにせよ、おめでたいことで。
そういえばドイツでもシュレーダー政権ができたてのとき、首相が党の実力者を追放して一波乱という一幕がありましたね。そのときの状況と今の日本の状況は似ているのかどうか……。
たぶん noctifer さんの同期の「実家が尼崎の人」がデジタル化したデータ持ってると思いますよ。僕も自分が 3 回生のときの録音をその人にもらったので。
ちなみにこれ、一年掛けて準備したのに散々ボロクソに言われた演奏で、僕の中ではまさに「黒歴史」だったんですけど、5 年ぶりに聴いてみたら意外にも、自分としてはそれなりに納得のいくものだったので愕然としました。あれ以来自信なくして楽器にだんだん触れられなくなってたのはいったい何だったんだろう……、と。というか音楽以外すべてにおいても自信喪失してしまう悪循環に陥ったきっかけみたいな一件だったので、あれをもっと早く聴いてればひょっとしたら少しぐらい人生変わったかもなー、なんて思ってます。要はその録音を聴かなかったこと自体が「黒歴史」でしたという情けないお話ですが(苦笑)。
ああなるほど、定演以外の録音でしたか。そりゃさすがに尼崎の人に頼んでも持ってないですよねえ。
ところで全然関係ないですが、今日聴講した某研究会で、僕の2年下の「ヘアスタイルが独特の人」に会いました。彼は今年D3でしたっけ?月日が経つのはなんとやらとはこのことですね。
都合が許さず彼の晴れ舞台を見られなかったのはなんとも残念です。こんど会ったらよろしくお伝え下さい。
前回までの大会と違って、今回は自分が主力選手と同世代だから身につまされるものがありました。仮に自分にあの方面の才能があったとしても、この段階で最盛期なんてとても無理だろうなとか思うと、前回大会までとは違った意味で感慨深いです。
それでよく考えてみれば、サッカーの選手生命から考えて、僕らと同世代の選手のほとんどは今回が最後のチャンスだったわけですよね。今までよりも、負けて悔しがる選手の姿が一歩だけとはいえ身近に感じられて、その分切なくなりました……。
論文を添削するには内容を理解できないといけないわけですから、それをタダでやってくれる人となると本当に貴重ですよね……。
思うに、大人に言語を教えるのは経済的にも効率がよくないですよね。色々な場に応じてそれなりの言葉づかいができて、なおかつ幅広いスタイルの文章を読んで書ける人なんて、なかなか語学教師をやろうとは思わないでしょうし、そういう人を雇うには相当なお金がかかって当然、生徒の側もそれだけの教師を探すには苦労するわけですから。
子供の頃から、母語の習熟に準じて第二言語を(できれば複数)学べると、言語というものを相対化できるという意味でいいんでしょうけどね。(現状は英語崇拝と英語憎悪の二極化およびその裏返しとしての日本語特殊論、そしてそれ以外の外国語への無関心がはびこっていて本当によくないと思う今日この頃。
こんにちはー。
「絶対音感」って能力、実は個人的には言語能力と近いんじゃないかなと思ってるんですよね。少なくとも僕の場合は、ですが。実際、無調性に近い音楽を聴いていると途中で音がわからなくなったりずれてしまうことが多いですし、無調性は無調性でもそれなりに慣れているウィーン学派系よりも、あまり聴かないブーレーズとかのフランス現代音楽系とかのほうが苦手だったりするので。
あと、E-dur と F-dur を間違えることはほとんどないのに D-dur と Des-dur の区別にはたまに自信がなくなることがあるなど、多分にピアノの鍵盤(というか頭の中でつけている「読み仮名」的な音名)に引きずられる傾向があるんですね。いってみれば、日本人は /t/ と /d/ の区別には苦労しないが /l/ と /r/ には苦労するというような話なんですが、まいさんはそういう傾向ってないですか?
そういえば、高校生ぐらいの頃は基準音を 2Hz ぐらいの単位で聴きわけられたものでしたが、古楽を聴くようになって以来その能力はほぼ完全に破壊されてしまいました。
ちなみに僕も音に「色」のイメージがありますけど、その正体はかなり情けないものでして、おそらく子供の頃に買ってもらったおもちゃの鉄琴です。一音ごとに色分けされていたのですが、その印象を未だに引きずっているんですよね。
個人的には欧米でどうして "Hentai" 文化があんなに抑圧されてるのかが気になりますねー。ホラーの世界では日本よりよっぽどどぎつい表現が社会的に許容されている風土で、ポルノの方面になるとフィクションであってもある種の表現はまかりならぬ!というのは、日本に生まれて暮らしている限り根本的にどこかで理解できない面があると思うのですが、だからといって「ピューリタニズムの伝統」で片付けてしまうのも一方では乱暴な気がするんですよね。
似たようなことは、捕鯨問題とかその他の文化摩擦のときにも色々感じることではありますが、その辺のことで「住んでみてわかったこと」って何かありました?
>実際には日本のエロゲの守備範囲の広さはそんなのを凌駕しうるわけですが、それでもアニメでは女性はそのように子どもっぽく可愛く描かれる事が多い(ただでさえ若く見えるアジア人をベースにしているのでなおのこと)
なるほどありがとうございます。確かに現代の日本人はおしなべて幼形成熟的なものが好きですね。女性に限らずジャニーズ系とかも結構そういう気がしますが。向こうから見れば余計子供に見えるというのは盲点でした。
しかし個人的にもっと疑問なのは、その "Hentai" 文化を変なものとして片付けるのでなしに、禁止してしまおうという考え方の方なんですよね。そしてそれを日本でも禁止せよと圧力をかける動きもあるようですし。米国は基本的に他者に寛容を是としているのだと思ったら、ときどきいきなりその逆の面が見えることがあるので、いったいあのあたりはどういう感覚なんだろうなあと思いまして。
うーん。やっぱりそれなんでしょうかねえ。だとすると捕鯨と "Hentai" はちょっと性質が異なる問題なんですね。
どうも最近、英語圏のメディアを読むようになればなるほど、日本に対する悪意や蔑視が一部高級メディアにでも平気で蔓延していることに気づいて憂鬱なんですが、その根っこは必ずしも一つではなさそうですね。
やっぱりこういうと何ですけど、欧米がアラブに違和感を持っている(あえて「蔑視している」とは言わない)のと同じような意味で日本から欧米(といっても色々温度差はあるでしょうが)を見たときに違和感があるんだなあと最近思うんですね。あんな趣味を持っているぐらいなんだから当然私は西洋かぶれ的人間なんですけど、例の "The Cove" 以来やっぱりあばたはえくぼじゃなくてあばたなんだなということにようやく気づきだしたわけでして、その背景には最近ちょっと興味を持ちつつあるんですが、どうもなかなか一筋縄ではいかなさそうですね。欧米の天地は複雑怪奇なり。
ところで話は変わりますが、意外なところで結婚ラッシュが始まりそうな噂を耳にしました。詳しくはそのうちお聞き及びになると思いますが……。お楽しみ(?)に!
あれ、あそこバーベキューだめになったんですか?「新条例」がなんなのか気になります。
>知らない人が20人以上という状態で3時間おしゃべり持ちこたえたのは我ながらよく頑張ったと思う(たぶん英語スキルというより社交スキルの問題)。
最近あちらこちらで、アメリカでは(あるいは「国際社会」では)そういう状況で人間関係を作れるかどうかがものをいう、そういう場でやっていけないと通用しない、みたいな主張をよく見るもので。
本当だとしたら語学力以上に絶望的に高い壁だなあと思いつつ、そういうことを書く人は大抵すごく社交的だから、たまたまその人の回りでそういうことが起こりやすいだけのようにも思えるし、その辺の真相が少し気になってまして。
文にすると陳腐になるけど。
もう、かれこれ4年、もやもやが晴れない。
そりゃそうだ、4年間、同じ人を想い続けているんだから。
今さら連絡なんて取れないし、取る気もない。
そんな次元じゃないと思ってる。
取る事で、あらゆる大事なものが音を立てて崩れるのは必至だから。
そんな自己犠牲を糧にし、平気なフリして恋人も作らず、ただただ「何か」を期待し続けた4年間。
そろそろ終止符をうちたい。
4年も頑張ったんだ、よくやったよ。
一途な愛を貫いたと、胸を張って言っていいんじゃないか。
早く次の「何か」を探しなよ。
そう、誰かに言ってほしい。
この想いが昇華されれば、もう、それだけでいい。
かれこれ二週間超下痢が続いている。
そしてその間粘血便?が何回かあった。
もう絞っても出ねえよってほどハラ下した後、ウォシュレット水に混じって血まみれのクラゲみたいなもんが。
「せいぜい痔だと思ってたのに」という憂鬱気分と、
「飲食制限地味にきついし下剤ちょうこわい、つうか大病だったらどうしよう」という恐怖心と、
「うっひょーーー! ついに! ついに暗黒の臓器に足を踏み入れる!!!1!!」的な
小町に書くかも迷ったが、あちらの女性方の意見は聞く前からなんとなく想像がつくのでこちらに。
相手はひと回り上の会社員。ネットで知り合って付き合うようになった。
普段から仲が良く、お家デートの時はSEXもしている。頻度は高めだと思う。
それ自体はかまわない。私も相手も好んでしていることなので。
過去につけてしたことはあった。付き合う前に一度した時がそうだった。
だが、付き合ってからは一度もつけてくれたことがない。
やんわりと指摘したことも直接的に指摘したこともあったが、ダメだった。
ゴムをつけてくれないことに関して不快感・不信感を持っていることは伝わったようなのだが、そうすると、
彼なりの話術でゴムなしSEXをすることに対して許可をとらせてきた。
その話術が巧みで、私のM心をくすぐるような言い方というか、
とにかく私に「ノー」と言わせない許可のとり方をしてきた。
その後は当たり前のようにゴムなしでSEXする関係が続いている。
普段からしっかりしており約束もきちんと守るタイプの人なので、
それに、私が大学を出たら一緒に暮らそう、結婚しようと話したこともある。
だが、私はしばらく大学を出ることはない。もし今妊娠してしまっては困る。
相手との間に生まれた子を堕すのは嫌だし、大学はちゃんと4年で卒業したい。
中絶手術をして今後子供ができない体になってしまう恐れがあるのも嫌だ。
もっと強く主張しないと届かないのか。
ゴムをつけないならSEXしない、と強気な態度を取り続けるしかないのか。
正直彼とのSEXはとても気持ちいいので、攻め立てられたらうまく拒みきれず結局受け入れてしまう自分がいるのも事実。理性もっと仕事しろ……。
貧乏学生には痛い出費だが、普段のデート代を出してもらっていることを考えればこれぐらい安いもの、と捉えるべきなのか。
30越えのいい年した大人が、その程度の分別くらいつけておいてくれと願うのは高望みなのだろうか。
へえ、あんたの電車は心地いいんだ。いいなあ。オレなんて満員電車乗っちゃったよ。
毎日息苦しいし冷暖房完備っつっても行き渡らないし。夏は暑いし冬はもっと暑くて呼吸がガチ苦しい。
みんな乗りたがるからぎゅうぎゅうに押されてるし、空席なんか全然ない。それどころか座れても他人が膝とか割ってきたり足踏んだりする。
そもそもオレ時間守るのとか超苦手だから、いつも取り残されないようにハラハラしてるんだよ。駆け込み乗車の連続だ。
もう大勢乗ってる電車なんてクソくらえだよ。
今オレが考えてることといえば、いかにしてこのクソ電車から大怪我せずに飛び降りようかってことだけだ。
まだ具体的な策とかないんだけど、でも早いうちが良いよなあ。どう考えても歳食ってからだとダメージでかいもんな。
憂鬱だけどちょっとわくわくする。
数年ほど知り合い関係だったけど、正直つきあってられなくなって、この前、縁を切った。
どうやら、自分が世界で一番の人間だと思ってる。そういうふうにしか見えない。
とにかく、相手のことを見下しまくってる。
そして、自分が一番「トランスとして世の中に生きれる」人間としてふさわしいと思い込んでる。
困った相手を見かけたら、これぞと言わんばかりに追い込む。
お客さんである女装さんをバカにする発言をtwitterなどでしまくってる。
それでもって、自分が憂鬱になったりすると、かまってちゃんになるという。
正直やってられん。
ちなみに、ちんちんも(まだ)切ってないはず。
実際、縁を切ったのは私だけではなかった。
いつか、じぶんがやってきたことに対する「報い」が来ると思う。
メシウマではないけど、いいざまだと思う。
私も実際こいつにいろいろ(精神的に)やられたし。
ただ、一言だけ弁護すると。
彼…いや、彼女は昔…初めて会った時はこんなんじゃなかった。
何がここまで変えたのか。
ずっとBカップだった私だけど彼氏が出来たらたった半年でEカップにまで成長した。
アンダー小さいから普通乳だけど自分では何となく巨乳な気分になった。
私には努力して巨乳になろうという気概はなかったけどぼんやりとした巨乳願望があった。
服の上からでもおっぱいがハッキリわかるようなラインが出る人を見かけるといいなーと思ってた。
そんな感じだったから胸が成長するのは良い事と思い込んでいたけどそうでもなかった。
可愛い下着を買うのが好きだったのに下着買うことが憂鬱なイベントになった。
ブラの値段が全体的に高くなった。デザインもごついものばかりで可愛いものが選べなくなった。
売り場に並んでるブラ見るとDカップ以上は防具みたいで本当に嫌だ。
元々微乳だったせいか乳が垂れることに対する恐怖感が激増した。
ブラしてても運動するのが怖い。(運動するにしても何か邪魔だったりする。)
以前はそんなこと滅多になかったのに胸に視線を向けてくる男性が増えた。
姿勢が悪く猫背気味なのもあって服着たらあまり胸目立たないのに確実に増えた。
普通乳でこれなら巨乳な人々はきっと毎日不快な思いしてるんだろうなと思う。
今は胸がこれ以上成長するのが怖くて出来ればBカップに戻りたい。
爆乳レベルの巨乳でコンプレックス持ってる友人がいるけど彼女の苦労が少しだけわかった気がした。
口に出さなかったけど贅沢な悩みだなーとか思ってて本当にごめん。
この二ヶ月、0時前に帰宅できたことがありません
正直なところ仕事についていけません
設計も製造も試験も全て一人でこなせませんし、常に誰かに付き添われている状況でしたが、
誰にでも出来ていることですが私には出来ません
聞かなければ仕事は終わらず、聞けば叱責され、聞こうにも聞く相手がいない状況です
大学から都内で一人で暮らしており、家族からは「我侭で好きなことしてきたんだから一人で生きて死ね」と言われています
同じ路線の上司・同僚が遅刻すると仕事が回らなくて困ると思い、
毎朝なんとか踏みとどまっていますがいつ耐えられなくなるか分かりません
仕事を続けなければ生活費は稼げず、かといって仕事を続けても死にたくなるだけ。
生活費を稼げないというのはつまり死ぬってことでそれなら今死んだって何も変わらないとも思います。
せっかく書いたので、ここに吐き捨てておくことにする。
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今の悩みは以下が一番近い、むしろそのままの自分を言い表している。
# 回答がまったく助けになっていないのが酷い。
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怠け癖が再発してしまったのでしょうか? | 教えて!goo プラス - 教えて!goo
http://oshiete.goo.ne.jp/plus/q/114966
"去年は問題なく日々を過ごせていたのですが、
今年5月あたりから仕事トラブルで一時的に仕事ができなくなり、6月には仕事も回復したのですが思うように仕事がはかどらなく、現在はいつもの4割程度しか仕事がこなせていません。
デスクワークが大半を占める仕事をしているのですが、気が付けばインターネットに集中し、時間が過ぎて仕事を思うようにこなせない後悔の日々が続いています。
自己管理がしっかりできないようであれば自営業を辞め、収入は少なくなりますが再就職を検討したこともありました。
現在は危機感を感じることが非常に弱く、以前のように仕事を数日間で切りつめてやる日々ができなくなり仕事に集中できない人間になっています。
生活は悩んでいないように振舞っていますが、いざ机の前に座ると仕事を考えたくない自分がいます。"
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うつか怠けか。それが問題。
これまでの自分の症状は明らかに「うつだ」と自分でも認識できていたから、
なんとなくこれまでの対症方法で対処できていたような気がするし、それで納得できていた。
納得できていないのは自分の問題だとしても、分かっていてそれを変える(制御する)ことが「できない」。
しかもなぜ「できない」のか、理由を説明することができない。
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第4回 これってうつ病?それともなまけ? | Think IT
http://thinkit.co.jp/article/108/4
"従来、うつ病になりやすい人は、仕事熱心、秩序を愛し配慮的できちょうめんな人と考えられていました。従来型のうつ病は、まじめで会社に忠実な中高年が発症し、罪悪感が強いのが特徴的です。"
"しかし、最近増加している若い世代のうつ病は、自己愛的で、社会のルールをストレスと感じ、仕事熱心ではない傾向を持つタイプで、現代型うつ病やディスチミア親和型うつ病などといわれています。もともとやる気に乏しく、熱心に何かに取り組んで認められた経験のない人が多いのも特徴です。友人とはうまくいくが、仕事のノルマや上司との関係など厳しい社会生活で簡単に壁にぶつかり、うつ状態に陥ってしまいます。 "
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ここまで言われると腹が立つ。そんな気軽にうつになったりしない。
これまでは"憂鬱""焦り""不安""希死年慮"とそれに伴う"睡眠障害""動悸"などだったが、
最近はそういった症状が鳴りをひそめ、代わりに"怠け"が台頭してきた。
急速に"怠け"が増え始めたのは2011年6月から。7月が現在のピークだが、9月はそのピークを超える見込み。
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岡野憲一郎のブログ:気弱な精神科医 Ken Okano. A Blog of an insecure psychiatrist: うつ病再考 (2) 怠け病は本当にないのか?
http://kenokano.blogspot.com/2011/02/2.html
"まず「欝ではなく怠けだ」という人たちはある典型的なプロフィールを持つことが多い。それは「仕事に関しては意欲がわかず、職場に行こうとしても様々な精神的、身体的症状のためにそれが出来ないが、趣味やそのほかの自分が興味の持てることに関しては積極的である」というものである。これでは確かに「うつ病」という診断を下すことには違和感が生じるのも無理はない。しかしこのプロフィールはすでに「健常人」と異なるところがある。それは「症状」の存在だ。普通私たちは意欲のわかないことは、ただそれをしないだけである。特に「症状」など起きない。たとえば確定申告のための書類を書くのが面倒くさい時、私たちは単純にそれを先送りするだけだ。その書類を書こうといざ机に向かうたびに、頭痛や吐き気やゆううつな気分になるということは普通起きない。しかしそのままにしておくと経済的、社会的な制裁があることを知っている。すると確定申告を我慢して行うか、あるいは制裁を甘んじて受けるかの二者択一となる。(中略)そこでもしA君を「こら、遊んでばかりいずに、働け!」と怒鳴りつけたとする。ここで二つの可能性がある。ひとつは重い腰を上げてハローワークにいくか、仕事を探そうとすると「症状」に襲われてしまい、それが出来ないか、である。後者の場合はA君は病院にいき、その症状に応じて診断を受けることになる。このA君の特徴をひとことで言い表すならば「なすべきことを強いられると、症状が出てしまう人」ということになる。でも、である。これって立派に病気なのだ。少なくともこれまでの精神医としての経験からすれば、そうなるのである。症状はあたかも意図的に作り出されているようだが、「気を取り直せ」とか「しっかりしろ」とか「たるんでる」とか「気のせいだ」とか「怠けだ」といっても、それはどこかに消えてなくなるわけではない。症状がそこにあって、ある程度は目に見えて、以上のような声賭けや恫喝をもってしても決して消えることがないとき、私たちはそれを病気、と呼ぶのである。"
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これを病気とされて薬が増えたり休養を勧められたりしてたら、
いつまで経ってもこれから先に進めやしない。
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岡野憲一郎のブログ:気弱な精神科医 Ken Okano. A Blog of an insecure psychiatrist: うつ病再考 その(7) かくしてうつは誤解される
http://kenokano.blogspot.com/2011/02/7.html
"原因のきっかけへの取り違えは、実は患者の家族にも、そしてここが重要なのだが、患者自身にも起きる。心のうつの原則を一番信じているのは、実は患者自身である。"
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半分合ってる。
"これはうつだと断定してくれる"ことを期待する自分と"うつじゃない"と抵抗する自分がいる。
ここでも矛盾とそれに伴う葛藤が生じている。
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岡野憲一郎のブログ:気弱な精神科医 Ken Okano. A Blog of an insecure psychiatrist: うつ病再考 その(11)結論
http://kenokano.blogspot.com/2011/02/11.html
"私は「結構昔もこんな人が社会のどこかに隠れていたんだろう。」という議論が好きだ。とにかく昔はいろいろなことがイーカゲンだった。"
"私は「最近の社会人は未熟だ」から「怠け方、甘え型のうつが広がった」と考えるよりは少しすっきりする。というのも「近頃の若い者は・・・」という議論は昔からいつの時代もあったのだ。それほど若い者が難題にもわたって未熟になっていたら、おそらく現代人は江戸時代や奈良時代、縄文時代の人間よりよほど未熟でだらしなく、甘ったれと言うことになるだろう。"
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まったく結論になっていないけれど、この結論が一番救われる気がする。
たぶん昔から私みたいなのはいて、今はただそれがうつとして扱われるようになったということ。
ひきこもってないだけまだマシ。
問題だと思って悩んでいるだけまだマシ。
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【0406】休職して遊びまわっている部下は擬態うつ病でしょうか
http://kokoro.squares.net/psyqa0406.html
"この方はうつ病ではないと思います。ご指摘の通り、擬態うつ病でしょう。そう考える理由が、遊びに関しては十分以上のエネルギーを注いでいるということにあるのも、ご指摘の通りです。"
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そういう意味では、自分は今の生活の全てを仕事に振り向けようとしている。
平日帰宅後はできる限り早めの就寝をして中途覚醒分の睡眠時間を取り戻すようにしている。
土曜日は各病院を回り、日曜日は一日のんびりするようにしている。
と書くと、擬態うつをごまかそうとしている心のあらわれなんだろうか。
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http://kokoro.squares.net/psyqa0200.html
"具体的な対応の仕方は微妙な点も多く、個々のケースによって変わってくるのはもちろんですが、原則としては、その職場での許容範囲を設定し、それを本人に明確に伝え、許容範囲を超えた場合には厳しい態度で接するべきであると私は考えています。
"
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これを自分からお願いする、というのはおかしいか。どれだけマゾなんだ、自分。
でも、叱ってくれる上司を求めているのかもしれない。
父性を求めているのか。立派なメンヘラだなぁ。
たぶん結局答えはない。