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はてなキーワード: 物差しとは

2017-05-22

共働きハードワークなので、小学校の持ち物を急に用意できない事案

別に今に始まった話ではないんだけど小学校の持ち物調達って難易度高いですよね。

今週金曜日に「竹の物差し 30cm」をご用意くださいと連絡帳に記載があったのですが、

売ってる店も限定的で平日買いに行くことできないし、Amazon調達しようとしたけど

受け取りの問題もあれば、そもそも到着予定日が期日範囲外だし。

さて、どうしたものだろうか…。

こういった問題解決するプロママネットワークを駆使できるサービスがあれば、

大量に課金するのになぁと思う今日この頃。(代理で買ってきてもらうイメージ。)

ハードワークなので、近所づきあいなんてもちろんないし。本当に困った。

忘れ物をすると子供が怒られてかわいそうなので、まぁ結局何とか仕事の調整をして

対応をするんだけど。その調整も度重なれば結構つらいんだよね。中々難しい社会

であるものよ…。

2017-05-06

男の身体に、ケツに異物差しまれ気持ちよくなる機能がついてるの、人体の重大なバグひとつ

2017-04-27

鬱の人が嫌い

メンタルが弱いことをネットで表明している人への憎しみが止められない

鬱、発達障害職場問題いじめられっ子、いつも上手くいかない、カウンセリング行きたい、薬飲んでます、いつも死にたいですみたいな

ネットを介してもモロに伝わってくる負のオーラというか

自分がそれなりに楽しく恵まれ暮らしてることが悪いことみたいな気持ちになるし

それなりに楽しく恵まれてても自分物差しで辛いこととかあるけど

メンタル弱い人を許せない自分メンタルの弱さを見せつけられるから表に出てこないで欲しいと思ってしま

「こういう人もいるんだってどうか知ってください!」いやです みたいな

メンタル弱い人のコミュニティのほうが上手くいくっていうならそこにいて欲しいし

ズブズブの沼の底から普通の人は恵まれてていいですねえ〜」って言われることで私の満ち足りた心に陰りが生まれるんですけど

普通の人って誰だよ?

美味しいご飯食べてる時にアフリカには飢えた子供達が…って言われてる気分になるんだよ

公共の福祉により基本的人権制限される!制限されるんだ!」

わかったからその事例が「制限として適切な度合いかどうか」お前自身物差しでまず判断してみろよ

2017-04-25

http://anond.hatelabo.jp/20170424232318

自分もそういうところがあったけど、それは結局物差しが違う、っていうことを意識するようにしてうまくいくようになったよ。

例えば完成度60%でいいから数来なしたほうが生産性が高いのに、100%を目指して数こなせないのは、生産性という物差しでは完璧(最適)から遠ざかるから、完成度60%のほうが良い、と納得できるようになったよ。

2017-04-22

http://anond.hatelabo.jp/20170421235348

自分母親結婚に反対されたとき、むりやり結婚を押し切った。

自分のゆうとおりにならない娘に対して

お前は失敗作だって言われたよ。

なんでも母親物差しで測られて、あれは良い、あれはダメ

あれこれ口出しして自分の思い通りにコントロールしようとする。

反発すると、心配しちゃってんのに!っていう説教

相手善意の皮を被ってるけど、

子供1人でも十分に出来ることに対して

あなたにはまだ危ないから、1人では判断出来ないから、って言って

自分決断能力に対する自信や自尊心を傷つけて、コントロールしようとしてる。

しかも本人は全く気づかず善意だと思ってるのがタチが悪い。

しかもうちの母の場合は、人生やり直したい系の人で、娘をコントロールして自分人生やり直したいふしがあり、さらにタチが悪い。

わたしのグチばかりで申し訳ない。

とにかく、距離をとった方がいい。

口論になったら、自分の方が正しい!っていう水掛け論にならないように、

お母さんはそう思うんだね。でもわたし自分の考えた方に挑戦したいんだ。応援してね。の方向にもっていこう。

わたしの失敗談として、親に意見とは反対に行くことに夢中になりすぎて、本当に行きたい方向を見失ってしまい失敗したので、それにも注意してほしい。

長い戦いになるし、育てられなかった自信や自尊心は容易に育つもんじゃないけど、

親も歳いけば丸くなるし、60、70過ぎれば娘の方が立場が上になる。

親以外にあなたを愛して認めてくれる人も出てくる。

希望は捨てないでほしい。

2017-04-18

クソ互助ほんとやめて

はてブ新着は死んだ

眺めていると、中身のない記事がたくさんある。

ためしに読んでみるとやはり中身はない。

本当ただの日記みたいな記事さえ見かける。

そういう記事が前よりかなり増えて、全体が薄くシャビシャビになっている。

いちユーザーとして、読む価値を感じなくなってきている。

はてブ人気エントリ価値が下落

はてブのもの価値暴落している。

ブックマークも20くらいまでならクソ互助でどうにかなるらしい。

おかげで本当にクソみたいな中身ゼロ記事人気エントリーにもどんどん浸食してきている。

クソ互助の人は、それがどういうことかわかってるのか?

はてブのもの価値が薄くなってるということだよ。

クソ互助の行く末

はてブ価値が薄くなるということは、新着や人気エントリーを見る人が少なくなる。

流行の始まり観測できるサービス

「やや被害者意識が強すぎるがエッジのきいたコメントが読めるサービス

そういう信頼をはてなのものが失うということ。

するとどうなるかわかるか?

はてブバズる」という現象自体がなくなるということ。

はてブに注目する人が減って過疎が過疎を呼ぶ。今期待した効果もなくなるということ。

まあそれでも別でアフィるからオッケーって人がクソ互助ってるんだろうけど。

金の卵を産むガチョウの話

「一日一個の金の卵を産むガチョウがいた。

農夫はその腹の中には金の卵がたくさんあると期待して、ガチョウを殺して腹をさばく。

しかガチョウの腹には金の卵はどこにもなく、農夫は結局金の卵を得るチャンスを失ってしまう」

という有名な話。

いまのクソ互助ブロガーはみんなでガチョウの首を絞めて卵をひり出させようとしている。

たぶん息の根を止めて、腹をさばいて、骨まで喰らって、飽きたらどこかに失せていくんだろうな。

でも俺はそれだと困るんだよ。

できればはてブにはできる限り信頼を保ってほしい。

俺は自分の行動のプラットホームとしてブログを続けていきたくて、その中で人に評価される物差しとしてはてブには生き続けていてほしい。

それが評価されてバズったら望外にうれしいし、全然反応がなければ改善点を探す。

これがまっとうだと思うんだけど、もはやきれいごと過ぎるのか?

お願い

仲良しこよしでもいいから、面白さに反応しろよ。

つまんねーものはつまんねーって言外で伝えろよ。

フィードバックが回るから成長して楽しいんじゃねーのか。

ていうか自分ブックマークプライドを持ってみてくれよ。

お前自身の信頼の話でもあるんだよ。たまにはコメント個性を見せてくれよ。

なんだよ「わかります!」「ためになります!」「すごいですね!」って。白痴かよ。

お前は白痴でもいいけど、「はてブには白痴しかいない」って認識が広がったらアウトだろうがよ。まだ自分の首絞める気かよ。

すべてのクソ互助排除することは結局できない。

から、これは本当にお願いだ。

頼むから、目先の欲で今ある環境を壊さないでくれ。

たのむ。

2017-04-12

BBA呪い

腐女子

twitter歴8年

始めたばかりの頃は同じ萌え話ばかりできて楽しかったし

ジャンルが移動しても、同じ傾向の人がオタク活動に勤しんでる様子を眺めるのは楽しかった。

でも昨今

TLを見るのが疲れる。

年上のフォロワーとの年齢差を感じるようになった。

不意にこぼれる日常ツイート共感ができなくなってきてしまった。もとい、共感どころか反感を覚えるようになってしまった。

具体的には、日常ツイートにおけるテンションの低さ、他人社会に対する不満、「〜が当たり前だよね」に代表される常識感覚など

端的に言えば価値観が合わなくなってきた。

8年もいれば卒業するし就職するし結婚するし子供生まれる。

でも仕事も変わらず結婚もしない人もいる。

有職無職既婚未婚関係なく、その人の環境の変化あるなしに関わらず

長くフォローしてる人のうち、年上の40%くらいの人と合わなくなってきた。

一番近い感覚は一回り歳の違う会社のお局様が給湯室でやってる井戸端会議が丸聞こえの状態みたいな。

しんどい

彼女らの物差しが固定されているのが見え見えなのかしんどい

きっと向こうが加齢によって価値観が固定されてきたのと同様に

私も価値観が固定され、他人価値観を受け入れがたくなっているのだろう。

これが老いか

これがBBA

しんどい

2017-03-31

就活について覚えていること/考えていたこ

 自分就職するのだな、というのが決定的になったのは、大学三年の正月帰省したときだった。そのとき姉は子どもを身ごもっていて、結婚式の準備を進めている時期だったと思う。両親の住む実家はいつになく浮き足だっていて、居間に鎮座した年代物のコンポが機嫌のよい音楽を流しているのを何年ぶりかに聴いたりした。この雰囲気だったら言っても大丈夫だろうかと思った。家に着いたその晩、おそらく姉の結婚式やお腹のなかの子ものことをしばらく話したと思う、そのあとに切り出した。あのさ、大学院に行きたいっちゃけど。

 予想外に、部屋の空気が一瞬で凍りついたのを覚えている。両親は言葉を発さず、コンポから流れる陽気な音楽荒井由実セカンドアルバムの六曲目、あなただけのもの、)がいっきに、なにか強烈な、皮肉めいた疎外感のようなもの演出する異物となって浮き上がった感触があった。しばらくして、母が重々しく口を開いた、なん言いようね、そげんお金なかよ。大学院てなんね。行ってなんすると。もとより自分も、大学院で何か研究したいことがあるわけじゃなかった、研究というのが何をすることなのかもよく分かっていなかった。ただサークルや何やで接する先輩たち、自分より二年間長く学生でいられる、その二年間は就職せずにいられるひとらのことがうらやましかった。その程度の動機だったから、突如として部屋に現れた重苦しい空気を前にして、うっかり声に出した気持ちは途端に冷え切り、しぼんでいった。なんでんなか、分かった。話を逸らすような話題もなく、アルバムが次の曲に行ってしまうまえに居間を出て階段を上がった。あのコンポ音楽を流しているのを聴いたのはそれが最後だったと思う。

  *

 就活はいろいろな街へ行った。下宿していた福岡から、十分な交通費支給されるとき新幹線飛行機LCCはまだなかったから、スカイマーク)で行き、そうでないとき夜行バスで行った。その土地の知人に当てがあれば泊まらせてもらうときもあり、ネットカフェに泊まるときもあった。神戸三宮とか東京蒲田とか、そのころネカフェに泊まったっきり訪れていない街がいくつかある。

 就活にかかる交通費は多くの同級生にとって悩みの種だったと思う。専攻柄、東京一極集中したメディア広告出版関係企業を受けるひとが多かったせいもあったか、とにかくいか交通費破産せず就活を乗り切るかはひとつ重要テーマとして共有されていた記憶がある。自分もそんなに多くの交通費を出せる状況ではなかったので、受ける企業の数をかなり絞っていた。当時の就活サイト提唱する標準的エントリー数は二十社くらいだったけれど、自分は十社も受けなかった。それでも度重なる関西関東への移動はそれなりに負担で、特に東京会社選考が進むたびに片道半日以上かかる夜行バスを往復するのは楽ではなかった。

 夜行バスが発着するのはたいてい新宿西口だった。あるとき、行きのバスに乗っていた添乗員さんと、帰りのバスでも鉢合わせたことがあり、乗り込みざまそのひとが、就活ですか、がんばってね、と声をかけてくれた。あのひとはたぶん、その数日間だけじゃなくてずっと、何十往復も、あの片道半日はかかる夜行バスに乗りつづけていたのだと思う、いまも乗りつづけているかもしれない。西新宿ビル街を歩くと時々そのことを思い出す。

 支給される交通費収入を得るモデルを立てていたひともいた。関東実家や知人のところに滞在しながら、東京会社をたくさん受け、それぞれの会社に対して福岡東京間の交通費申請して利益を得る手法だったと記憶している。あるいは近場であれば、実際には18きっぷで移動しながら新幹線のぶんの交通費を出してもらう方法もあったらしい。これは静岡会社大阪から来ていた子が教えてくれた。会社でいっしょに最終面接を受けたあと、内々定をほのめかす説明会から帰るバスの中でのことだった。その子はすでに他社から内々定を得ていて、ほんとうはそちらに就職するつもりだと言っていた。第一安倍政権ときで、少なくとも経済政策はうまくいっていて売り手市場だったから、そのように交通費収入を得る目的で、実際には就職する気がない企業内々定までを得る学生はその子だけではなかったと思う。二年後にはリーマンショックが起こって、ふたたび新卒市場氷河期を迎えた(らしい)。もし自分大学院に進み、二年後に就活をしていたら、たぶん学部とき受かったところには受かっていなかっただろう。

 職を得るためにスーツを着ることは苦ではなかった。それは公立小学校から高校までをずっと制服で通わなければならなかったのと同じ程度の義務だと思っていた。大卒でそれをしなくてよい人生がどういう仕組みで成り立っているのか、そのころさっぱり想像がつかなかったし、いまでもその仕組みを十全に理解しているとはいいがたい。いずれにせよ、そうしたもの自分には関係のない、自分に与えられた生の可動域からは逸脱するものだと思っていた。もちろん、自分を取り繕って面接官に良い顔をすることとか、所与の経歴と志望動機矛盾なく有効に繋げる作業会社ごとに行うこと、そうした虚飾じみた行為への疲れはあった。リクナビみん就サイトを見るのも好きではなかった。けれど仕方のないことだと思っていた。ほかに生きられる道があるとも思えなかった、だからメンタツも読んだ、SPIも受けた、そうこうしているうち、他人自分矛盾なく説明するために用意したぎりぎり嘘でない物語の数々は、徐々に内面を染めかえ、自分なかに元々あったそれらと区別がつかなくなっていった。照明がおとされた夜行バスの車中で、自分は眠れずによく手を組んで、いろいろな願いごとをしていたけれど、どうか今度の面接が通りますように、内定が取れますように、そういうこともふつうに願った。

  *

 先日、はじめて海外旅行に行った。羽田から仁川経由でニューヨークへ向かう機内の十数時間体験しながら、ああ、これは博多から東京まで夜行バスでかかったのと同じくらいだなと思った。

 夜行バスに乗っていたとき自分にとって、海外旅行宇宙旅行も似たようなものだった。どうせ行けないのだから費用や行きかたなんて調べても意味のない、視界に入れたってしょうがないもの。行けるわけのない外国の遠さよりも、見慣れた田んぼ、そこにある変わらない暮らし、そういったものに思いを馳せるようになるのは、そのとき自分にはごく自然な成り行きだったと思う。だから新宿の街も好きではなかった。東口ネットカフェに泊まったりから歌舞伎町銭湯に入ったりする小旅行を、楽しんではいたけれど、駅の通路浮浪者排泄物のにおいが漂っていたのを強烈に覚えてもいた。長く住むところではないと思った、その都市に、けっきょくいまは福岡下宿していたのよりもずっと長いこと住んでいる。

 去年はじめて実際に調べた、二月のヨーロッパアメリカへ渡る往復航空券の値段は、盆や正月ラッシュのなかを新幹線実家に戻るのと大差がなかった。どうせ行けるわけがない、他に選べる道もない、と見過ごしてきたものごとの数を考えた。けれど、そのときはたしかに、それが自分の視界に映るもののすべてだった。その視界が十分に広くなかったとして、いまを測るための物差しとしては省みることかもしれない、けれど責められるものではない。いまとむかしの自分は違う、同じものでない、そのことは互いの存在を妨げない。一応は自分お金大学院を出て一年が過ぎ、将来の自分から先借りしているお金を返しはじめて半年が過ぎたいまはそう思っている。

2017-02-11

このブクマカコメントがすごい(自選有り)

余計なことを言うようですが、「女の子の服を着たい」と「女の子の服を着てウンタラカンタラされたい」と「女の子になりたい」は区別したほうがいいような気もします。この夫さんがどれかはわかりませんけれども。

http://b.hatena.ne.jp/entry/321316054/comment/msdbkm

笑えるとか楽しいとかじゃなく、対人関係においてとても大切な良いことを書かれている。

msdbkmさんは優しい人というイメージがあるけど、その優しさがよく出ていて、とても素敵なブコメ

ついついインターネット上だと、他人の考えや気持ちを、自分価値観物差しで決めつけてしまうんだけど、そうでなくて、相手との対話重要性を思い出させてくれる。

ただ、それだけに、元増田の夫さん本人すらも、これらの気持ちを整理できていないのかもしれない、とも思えて少し辛くもなった。

消えてたので勝手おすすめするけど、ふしぎ星のふたご姫(1期)がいいとおもいます。けものSFで優しいぞ。

http://b.hatena.ne.jp/entry/321228513/comment/c_shiika

c_shiikaさんはよくふしぎ星のふたご姫の話をするんだけど、今流行りのけものフレンズと絡めたブコメ

そのき、やるき、きあいじゅうぶん、と未だについつい歌ってしまう程度には、僕も好きなので、逆にけものフレンズをみたくなった。

からといって、ロストオデッセイ双子は未だに好きじゃないけど。

最初の数年は色んな理論をこねくり回すんだけど、10年越してくるあたりで新人研修で言うような考えに着地する

http://b.hatena.ne.jp/entry/321220321/comment/sabacurry

仕事ができるイメージがあるsabacurryさんの仕事論の一端がうかがえるブコメ

残念ながら、僕はまだ理論をこねくり回している段階なので、この価値観はあまり理解はできないのだけれど、

ほかごとに関してだと、そういうこともあるなあ、と思うことがあるので、仕事仕事で頑張ろうと思えた。


病気の時にへその緒を飲むタイプの色黒レゴ大好きガンダムの設定考えるのが仕事おじさんの代表作あにゃまる探偵キルミンずぅ最初に決まってるだろ。これより前にへその緒を飲んだ監督いない。(※へその緒の話です

http://b.hatena.ne.jp/entry/321139453/comment/aukusoe

なにがなにやらよくわからないけど、楽しそう。

けど、土曜日デート女性にもこういう態度をとるのだろうか? と思うと寒気がしてくる。

完全に他人に何かを伝えようとする脳の回路が破損しているタイプ人間なので、あまり他人とは関わらない方がよいと思う。

2017-02-08

アニメとの距離について書き捨てていく

「これは自分がハマりそうだな」と思ったアニメが、最初こそ低評価で「世間がどう受け止めても自分が好きならどうでもいいか」と思っているうちにあれよあれよと大人気になってしまったのを受けて。

話題に出す人が増えてしまったことに対して不快感が湧いた。

不快感の原因を考えるに、自分が好きだと思ったものが雑に触れられて雑に消費されている、という印象を持ったからだろうと思っている。

商業アニメである以上、売れることは喜ばしいし(アニメ制作環境問題点はここでは主題ではない)、そのためには人の口の端に乗らねばならないこともわかるが、愛のない消費のされ方はあまり好きになれない。

もちろん、愛があるとか、ないとかいうのも自分が計れる物差ししか計れていないし、自分の愛だけが正しい愛であると言い張れるほどに純粋でもない。

今まで強烈にハマったアニメでは、ファンは小さいコミュニティばかりで(どうも似た属性の人が多かったらしく)イベントなどに行けば名前は分からずとも他のイベントでも見たことがある人ばかりであった。似たような消費の仕方をしていた親近感があったのだろう。つまりは今までとは違い明らかに属性の違う人間が同じアニメについて語っている環境に寂しさみたいなものを感じているのかもしれない。それも私が勝手に抱いている感傷に過ぎないけれど、この寂しさに近い感情は、このアニメが想起させる感情通底しているような気はしている。アニメにおいてはそれは肯定的に描かれているが。

そして一方でこのアニメはいものであるからもっともっと流行ってほしい気持ちもある。感情簡単に割り切れるものではない。

しかしたら喫茶店みたいなもので、客がいなくて潰れてしまうと困るけど、自分が行くときにはくつろげる程度に空いていてほしいのかもしれない。

話にまとまりはないが、心にささくれのようなものを抱いたままにアニメを見続けてはアニメ純粋に楽しめなくなりそうで、とりあえず書き捨てておきたかった。

どうせ雑な言及をしている者はまた別のミームに踊らされるし、そうでなくて本当に、今後自分の心に刺さる最後に至ったとすれば、他の声など気にならなくなるはずだから、再び各種の考察や雑な言及に心動かされずにただ「世間がどう受け止めても自分が好きならどうでもいいか」とアニメ視聴を続ける予定である

2017-01-29

ある1点が秀でていて、それ以外が駄目な人っていうのは

自分が秀でている部分の価値をより大きいものだと捉えようとする

学歴が秀でていてそれ以外がまるで駄目な人は学歴という唯一の自分有利な物差し世界を見ようとする

差別的偏屈発言ばかりの知人を見てて思う

2017-01-24

[] #13-2「弟が出来るまで」

あれは俺が、今のお前と同じくらいの年齢のときだ。

かしこまった態度で、父と母がこんなことを言ってきた。

「息子よ。弟か、妹は欲しいか?」

俺にはその質問意味するところを把握できていなかった。

どういう経緯でそういう話が出てきたのかが、俺は分かっていないからだ。

「俺が欲しいといったら手に入るものなの?」

「いや、そういうわけじゃない」

「なんだよそれ。だったら俺に聞く意味ないじゃん」

家族が増えるかもしれない話だからあなた意見も参考にしたいのよ」

妙な話である

現状、目の前にいない存在を欲しいのかと聞かれて、仮に答えたとしてその意見がどれほど参考になるというのか。

「どちらか選べるの?」

生憎だけど選べないわ」

「うーん……時期は何時ごろ?」

「追って報告する」

「なんだ、あまり融通は利かないんだね」

「そうだ。これはカテイの話だと考えてくれ」

「カテイ?」

父はそう言ったものの、それにしてはかなり真面目な雰囲気だったことは当時の俺ですら分かった。

それを踏まえて奇妙だと感じたのは、ほぼ重要プロセスは両親次第と説明している割に、俺の意見を参考にしていることだ。

まり、この場で俺の意見を参考にするということは、とても重要意味を持つことになる、と解釈した。

「……ちょっと考えさせて」

それにしても父と母も大概である

家族が増えるか否かの重要選択を、なぜ俺にさせるのか。


翌日も考えを保留したままだった。

その日は友人たちとドッジボールで遊んでいたが、どうにも身が入らず早々に脱落した。

そんな俺の様子は明らかだったのか、心配してタイナイが話しかけてきた。

「どうした、マスダ。今日調子悪いじゃないか風邪か何か?」

「いや、風邪じゃない。だが重要課題だ」

課題? そんなの出たっけ」

「カテイの話だ」

「カテイ?」

「そうカテイの話。俺の弟か妹が欲しいか、って聞かれたんだ」

「そうなんだ。でもカテイの話だろ? そこまで重く考えなくていいんじゃないか?」

「カテイの話だからこそだ」

話したところで仕方がないのだが、俺は何でもいいからヒントが欲しかった。

俺は何かを探るようにタイナイに質問をしていった。

タイナイは妹がいるんだっけか」

「ああ、いるね。一つ下の」

「その子が生まれる前、弟か妹が欲しいかって聞かれた?」

「うーん……聞かれてないね。多分」

答えを期待していないからなのか、我ながらナンセンス質問である

「まあ、子供を生むのはお母さんだしなあ。ボクに聞く必要なんてないだろうし」

タイナイもやはり同じ考えである

だが、それでは答えにならないのだ。

「マスダは、キョウダイいらないの?」

「そういう話をしているんじゃない。俺の意志はどれほどの意味を持つかって話だよ」

自身が欲しいとか欲しくないとかで考えられない以上、何かそれを判断すべき物差しがいるのだ。

或いは俺の意見を聞くのがどうでもよくなるほどの、煙に巻く何かが……。

「そうはいっても、そういうの聞くべき相手って家族くらいしかいないだろ」

タイナイのその何気ない言葉に、俺はハっとする。

肝心なことを失念していたのだ。

タイナイ、話を聞いてくれてサンキュー

「答えは見つかった?」

「俺よりも聞くべき相手いたことに気づいたんだ。俺の答えは、それを聞いてから決めても遅くない」

(#13-3へ続く)

2017-01-20

[]

今回はガンガンオンライン

青春Re:トライ Re:10

視点で同じ時間軸を描くのか。

樹側のテーマが新たな視点による気づきに対し、遥側のテーマは行動することの重要性ってのは一貫していて、今回もそうだったね。

ただ、まあ時間軸が同じこともあって、わざわざ別の話として描くよりは、平行して描けばいいんじゃないかなあとも思わなくはないが。

ただ、ラストの展開はちょっと不意打ちだったなあ。

確かに伏線はあったか考察する余地はあったんだけれども、このタイムリープ兄弟にとって重要意味を持つと思っていたから、そういう可能性は無意識に追いやってた。

私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!109

夜の学校とかもそうだけれども、今回みたいないつもと違う状況で過ごす学校の、独特の雰囲気って楽しいよね。

個人的にニクい演出は、本を通じて発生した奇妙な縁かな。

それが間接的に繋がって、他人話題主人公名前とか挙がっていると不思議気持ちになる。

その普段ではありえない特別空気がそうさせるのか、もこっちが苦手なタイプ人間言葉で思わず笑うシーンとかが象徴的に見えた。

なんかいいなあ、こういうの。

毒っ気というか悲愴感が恋しくはあるけれども。

あと、大したことじゃないんだけれども、登校時にマスク着けている生徒と着けていない生徒がいて、その微妙な違いが無駄に気になった。

ななしのアステリズム 第21話

ちょっと驚いた。

そんな言語化が難しい感情も描いていくのか。

人が持つ感情には表面的には同じであっても様々な側面がある。

「好き」ってのは、その側面が特にクローズアップされやすいよね。

昴は自身他人の持つ側面がないのに、その側面に自分が引きこまれたような感覚が嫌だったわけだ。

ざっくり言えば、他人物差し人格を測られるのが嫌だってことなのかもしれない。

恭介はその感情一般化しようと試みるんだけれども昴はピンとこなくて、そもそも無意義だともとれる。

このあたりを踏まえると、「他人による人格形成安易カテゴライズ拒否」だと私は解釈した。

まあ、確かに多くの人が自分自身でもよく分かっていない側面というものは大なり小なり存在していて、どうしてもそれを明瞭にする必要があるかといわれれば何とも言えないのだけれども、その状態では少なくとも他人にそれを決められたくないだろうね。

このあたりの人格に明確な言語化や是非を決めないっていうのは、複雑な思いが錯綜する本作を読み込む上で、かなり重要テーマかもしれないなあ。

ただ、そこをフワフワさせた状態のまま話を進められることが、物語スムーズに消化したい人にとってはヤキモキする要因にもなりそうだけれども。

2017-01-04

例の記事経済成長否定している?

新年早々、朝日新聞燃えている。

http://digital.asahi.com/articles/ASJDY5DR2JDYULZU005.html

朝、これを読んだとき「あ、これバズりそう」とは思ったが、昼になってみると自分が予想した以上に叩かれている。

別に叩くこと自体否定しないし、自分自身ちょっと疑問になった点はいくつかある。「200年が例外」の件とかね。

結論ありきで材料を組み立てたような気持ち悪さがある記事だなとは思った。

しかし、ネット大勢の反応には違和感がある。みんなどうしてこんな感情的になっているのか?

一番気になるのは、「朝日新聞経済成長否定した記事を載せた!」と騒いでいる人たち。

本当に例の記事経済成長否定しているのだろうか?

私自身は経済学はまったくわからないが、書いてある文章を読むくらいはできるはずである

そこでもう一度読み直してみたところ、ツッコみどころがあるにしても、この記事経済成長否定しているようには思えなかった。

せいぜい「低成長」でもよいのではないか(無理に高度成長を求めなくてもよいのではないか) とか GDPという物差しだけで見ずに、ほかの見方もあるのではないかというぐらいではないだろうか。

ただ、「経済成長」の定義がよくわからない。この記事だとGDPの成長と受け止めて読んだ。

GDPの)成長には限界があるのではないか?(GDPの)成長を前提に社会を考える従来の在り方のままでよいのだろうか?それを問い直した記事なのかなと思った。間違っているだろうか?

経済成長否定している」と読み取った人に、その根拠を聞きたい。

この記事擁護したいわけではない。たぶん経済精通している人にとってはいろいろ突っ込みたい点はあるだろう。

けれど、この記事に対する反応は、重箱の隅をつついているようなものが多くないか

もう少し本質的な問いに目を向ける人がいたっていいのになぁと思ってしまった。

2016-12-28

労働生産性なんてくだらない

何でどこの誰が考え出したかも分からない物差しの横に,何も考えず喜々として横たわるのか。

何だ。労働生産性って。

それが高いことに,どんな本質的意味があるというのだ。

労働生産性という考え方がどのように生まれてどのような意味を持っているのかを,「誰も分かっていない」とは言わない。

だけど,この舶来の価値観を無批判にありがたがって日本を貶しているのは,ほとんどがただの怠け者ではないか

マラソンランナーの走力を羨んで,「彼の心臓と肺を移植してもらえばきっと自分も」と考えるような馬鹿言動は見苦しいだけだ。

2016-12-03

「正しいことを幸せだと思っている」真面目さと、生きづらさの正体。

私はとても真面目だ。制服スカートを折ったことも無いし、メイクをして学校へ行ったことも無い。課題は確実に出していたし、授業中自分から話したり、先生に横暴な態度を取ることも無かった。

私は母子家庭で育ったが、祖母と兄と母と一緒に暮らしていて、親戚同士の仲も良好だったため、たくさんの人に愛されて育ってきたと自負している。小学生の頃いじめられ、中学校に入ってから全く学校に通えなくなった時も、母が私のためを思い「どうして学校に行かないんだ」と怒られたことがあるこそすれ、無理やり学校へ行けと怒られたこともなく、なんなら「中学三年間なんてこれから人生に比べれはちっぽけな時間なのだからゆっくり休めばいい。好きなことをしなさい」と言ってくれたおかげで、私は無事に高校へ進学した。

多少の家庭問題はあれど、それでも余るくらいに私は愛されてきた。ひきこもろうがどんなに反抗しようが、それでも常に私の心配をしてくれる人が周りにいて、私は本当に幸せ者だと思う。

だが、私は自己肯定感が低い。自分に自信なんて全くないし、取柄といえば真面目なところくらいだと思う。

こんなに愛されてきたのに、どうして私は自己肯定感が全くと言っていいほどないのだろうと、ずっと考えてきた。そして出た答えが、「真面目であること、そして正しいことを幸せだと思っている刷り込み式の考えにある」だった。

私たちは皆、努力すること、我慢すること、気を遣うことが美徳と学んできた。私も小さい頃からそう思って生きてきたし、うちはマナーにも非常に厳しい家庭だったため、それが当たり前だと思っていた。

確かにそれは素晴らしい考え方だし、共存必要なことであると思う。けれど我々は、その考え方にとても苦しめられているのではないだろうかと、今となっては思うのだ。

私は言いたいことを言わないと気が済まない性格で、物事をはっきりと言っている。喧嘩をするときもそうなのだが、いくら怒っても、いくら自分気持ち吐露しても、なんだかすっきりしないことに気が付いたのだ。

言いたいことは言っているし、きちんと相手にも伝わっている。「私はこれが嫌で、こうだからあなたがどうしてそういうことをしたのかがわからない」と、自分意思を伝え、相手も「そうか、わかったよ」と言ってくれているにも拘らず、気持ちが晴れない。伝えた直後はすっきりしていても、後々「あの時自分はこう伝えたけれど、本当に自分はそう思っているのだろうか」とまた思い直し、そうしてまた、相手改善してくれたことも、「やっぱりそれは違う」となり、それを延々と繰り返し、問題が全く解決しないのである

これについて私は、本当に長い間悩んでいた。「相手はちゃんと私が言ったことを受け止めてくれて、改善もしてくれたのに、どうして私は満足できないのか」と、常に自己嫌悪状態で、本当にこれだけで死にたくなるほど悩んだ。

悩んで悩んで、どうしたらいいのかと頭を抱えて悩んでいたある日、答えはふっと降りてきた。

いくら気持ちを伝えてもすっきりしないのは、本音を伝えていないからだ」と。

そりゃそうだろう、と思われるかもしれないが、そこで出てくるのが、「正しいことを幸せだと思っている」なのである

すぱっと言ってしまうと、私たちは常に正しさを基準に生きている。そしてそれこそが一番の問題なのだ

本音というのは、自分の本当の気持ちのことだ。喧嘩をし、自分気持ちを吐き出してもすっきりしないのは、「一般的な考えを踏まえたうえでの本音」だからなのだと思う。

私たちの中には、意識的しろ無意識的にしろ正しさが基準として根付いていて、「本当はこう思っているけれど、それを言うことは正しくない」と、どこかで自然セーブをかけているのだ。そのせいで、本音を言ってもすっきりしない、だって「本当はこう思っているけれど、それを言うことは正しくない。だからこう言ったほうがいいし、そのほうが幸せなのだから、という謎現象が起きてしまうのである

そしてそれが起こる原因は、「真面目さ」にある。真面目な人は、全てのことを正しいか正しくないか判断してしまう。それは、自分気持ちですらその天秤にかけてしてまうのだ。

それはとても恐ろしいことだ。どんなに嫌なことでも、ただ「正しくないから」「正しいから」と、そのふたつで判断されてしまう。この恐ろしさを、私たちは皆持っているのではなかろうか。

真面目な人が鬱になってしまうのは、これが大いに関係していると思う。仕事を辞めたくても、どんなに体調が悪くても仕事をし、学校に行き、頑張ってしまうのは、それが「絶対的に正しいこと」と思い込んでいるからだ。かくいう私もそうだったので気持ちはとてもわかる。自分では気付かないうちに、自殺という選択肢しか残らないところまで自分を追い詰めてしまうのだよね。

だらだらと書いてしまったので結論を書くと、「正しいことが幸せなのではない。正しくないことが不幸せなのではない」ということである

以前母と話したときに、私が「ホームレスを見ると悲しくなる」と言ったら、「案外あの人たちは幸せなのよ。縛られることもなく、気楽に生きていけるから」と言われ、そうかと思った。自分が思っているよりも、他人は不幸せなんかじゃない。本当に心の底から辛い人なんてそうそういないのだ。

「正しさを基準判断し、他人を不幸と決めつける人」に言いたい。

正しいことが、必ずしも幸せではないということ。正しくない人が全員不幸なんかじゃないということ。自分の「幸せである条件、または物差し」――たとえば死に物狂いで頑張ることとか――から外れている人が不幸だなんて、そんなことは絶対にない。

私たちは正しくなくていい。正しく幸せになろうとなんかしなくていい。

私たちには、「不真面目に幸せになる権利」があるのだから

2016-11-27

この世界の片隅に」を見て、不思議気持ちになった。(非ネタバレ

<<完全スーパーオナニー感想文です。>>

<<まとまらない気持ちを落ち着かせるために書いていたもののままで、誤字とか文体とか滅茶苦茶だと思います。>>

12/25 「作品」という言葉を遣うが、箇所によっては「人生」と置き換えてもらってもいいです。


この世界の片隅に」を見た。

終わった後、とりあえず泣いていた。

どいう感情だったのか分からないし、数時間経った今でも分からない。

文字を起こそうと思った動機も分からない。何故なんだろう。

普段接するものとは違う、何か特別ものを感じ取ったのだろうか。

ただ特別もの出会ったというのを演出して気取りたいだけなのだろうか。

本当に分からない。

僕はこの作品から何を感じ取ったのか。ずっと、ぼやっとしたままで。

ぼやっとではないかもしれない。鮮明なんだけど、全ての色が違ってまとまらない。

得意でもないのに表現者ぶって下手に表現しようとすると陳腐になる。

この作品に対して失礼極まりないな。書きながら自分に対して嫌悪する。

まぁそんな作品関係のない感情はおいといて。

ふと思うことは、良かった。

意識が薄れると、何も考えない時間が訪れると、

良かった、と思っている自分がいる。

ただ、僕はこの作品に対して、良かったという感情言葉で表してはいけないと思っている。

心底思っている。

良かったという言葉で片付けていいものではないから。そう思っている。

作品としては、戦時中生きた、すずという名の女性の話である

彼女彼女が幼い頃から、僕たちは追いかけていき、

彼女の生を僕らは遠くから、遠くから少しだけ見る事ができる。

彼女の生は割合は違えど喜怒哀楽のものだった。

最初は緩やかな、ジェットコースターのよう。

僕は戦争をもちろん経験してない。

彼女を見ていて、やはり同情の気持ちを抱いたりもした。

彼女は表には出ない芯の芯、彼女も気付かない強さで生きていた。

その強さにも、尊敬の念を抱いた。

何度も言うが、僕は戦争経験していない。

その時の辛さを想像し、共感したつもりでいるが、

当時を生きた人は僕なんかが想像するより確実に酷く辛い思いをしただろう。

そんな時代を生きた彼女に、僕なんかの物差し気持ち共感しようだなんて

分をわきまえず、大変失礼極まりないのである

なので、同情や尊敬といった感情を持ってしまい、分かってる風になる自分が嫌でたまらない。

そんな彼女が生きたこの作品を、良かった、なんかで表現してはいけないのである

ハッピーエンドだったのか、

戦争ハッピーなんてものは無いのは当然だが(これも当時を生きていない僕が口にするのもおこがましいが))

それすらも分からないし、哀しいこともたくさんあった。

しかし僕はふと、良かった、と思ってしまう。

これが本当に分からなくて、ずっと考えていた。

何故なのだろうかと。

良かったと。


ふと気づいた。どう気付いたかは忘れたが気づけた。

この作品出会えて良かった。という良かったんだなと。

ずべて附に堕ちた。なるほど。

これは本当にそうだ。

見終わった後、嬉しいのか哀しいのか楽しいのか、

どういう感情なのか分からず入り乱れてるけど。

この作品出会えて良かった。というのは本当の本当の気持ちである

何故、出会えて良かった思うのだろうか。それが分からない。

そこから来る気持ちなのかは定かではないが

この世界の片隅に」は自らすすんで、人にお勧めするようなものではないと思っている。

興味が無ければ当然観なくていい。観ないと人生を損するなんて全く思わない。

ただ、ただこの作品に少しでも興味があるのなら是非見て欲しい。見て欲しい。

しかハードルは上げたくない。期待もしないで欲しい。

素の状態で見て欲しい。

僕が実際そうだったように。

期待して観るものでは無いと思う。

期待という言葉がふさわしくない。

少しでも興味がある→見る。それだけでいいと思う。

みんなの見終わった後の感情を知りたい。

自分感情がわかないから。


ただ、「この世界の片隅に」と出会えて、本当に本当に良かった。

彼女の生を遠くから遠くからだけども、少しでも見ることが出来てよかた。

これが僕の生にどう影響を及ぼすかとは無いかもしれない。

ただ今は出会えて良かったと本当に思える。


僕は基本的に好きだと思ったものは、設定や携わった人について調べてしまう質である

しかし、この作品に関しては、それはいけないという気持ちになってしまう。

誰が作って誰が声をあてていたなんてどうでも良いのだ。

僕は彼女の生を見た。見た全てが全てなのだ純粋に見たものだけを心に宿したい。

こんな気持ちになったのも初めてなのだ




ただ出会えて良かった。ありがとう

そう思わせてくれてありがとう




また時間を置いたら、色々考えが変わるかもしれないが、今はこ初めてで不思議気持ちである




人に映画どうだったって聞かれたらなんて答えようかな…笑

2016-11-10

ウザい映画ファン撃退

http://anond.hatelabo.jp/20161110154057

映画見て感動したはいいが、何で感動したのか自分でもよく分からないってことはよくある。

宮崎駿作品なんかクソおもしろいけど実際めちゃくちゃ難解だし。

そこで「この気持ちを共有したい!」となると、増田が挙げている例のように「なんだか良くわからないが面白いから観ろ」みたいになってしまう。

これってお勧めじゃなくて命令なんだよね。だからウザい。

けれどもそういう輩に、映画面白さをきちんと説明できるように知識を持てと言っても、それは無理な話。

例えば『もののけ姫』がなぜ面白いかを理屈立てて説明しようとすると、①網野義彦の中世観・中尾佐助の自然観をアニメに採り入れたことで誰も見たことが無い世界観を作り出した、②根底にある(ⅰ)拝金主義批判(ジコ坊)、(ⅱ)どんなにつらい人生でも生きなければならない(らい病の長老・アシタカ)、(ⅲ)自然人間対立(たたら場と神々)というメッセージ普遍性、③従来のジブリヒロインにない野生味、等々にまで話が及んでしまう。

こうした理解をすべての人に要求するのは無理だろう。

から上記のようなウザい映画ファン撃退したいなら、自分の頭を良くするしかない。

映画の扱うテーマなんて限られてる。よくある名作映画ランキングの上位100本くらいを観れば、新しい映画を観ても、「ああこの話ね」というのが分かってくる。今は町山智弘さんや宇多丸さんやらが優しく解説してくれるし。

こういう物差しを持つと、映画を無遠慮に勧めてくる人が来ても、いくつか問いを発すれば「ああそういうテーマの話ね」というのが分かる。

いちいちムカムカしているより、こっちの方が建設的だろう。

2016-11-07

お前の物差しで異常だの異常じゃないだのレッテル貼りして何か意味があるのか

http://anond.hatelabo.jp/20161106223651

余裕のある家庭ってこうだよ。

信じられないコメントも多いようだけど。

子供わがままでもないし、躾できてないわけでもない。

というか大人の言う事を聞かせるのが躾ではない。

体力的、金銭的、精神的に余裕があると言うだけ。

他人勝手自分物差しで悲観しても仕方ない。

てかこの家族ならしかるべき場面では、子供に言う事を聞かせられるだろうし子供もわきまえるだろう。

自分の及ばない事を受け入れる事が出来ず環境改善しない負の連鎖が続く一端を見た思いだ。

2016-10-21

左利きの人が増えた……気がする

教師ではないのだが教壇に立つことがある。昔より左利き学生が増えたように感じる。

テレビを見ていても、食レポの場面で左利きタレントが登場することは少なくない。

これは多分、左利き矯正する風潮がなくなってきているからだと思う。

一番それを感じるのがテレビCMだ。左で食事をとる場面が多くなったように思う。

見る側(消費者)を不快にさせないことはCM重要な要素だろう。

そこに左利きが登場する。「左利きがいけないもの」と考える人が充分に減ってきたからこそ、こうしたことが実現するのだろう。

理由をたどれば、左利き活躍するスポーツ選手が登場したり、左利き矯正が悪影響を及ぼすのでは、という理論が現れたりしたためだろう。

CM左手で箸を持ち食事をするシーンが初めて登場したのはいなのだろうか。

地味に時代の変革、人々の意識の変遷をはかる重要物差しだと思う。

2016-09-29

http://anond.hatelabo.jp/20160929172417

被害妄想っていうけど、実際どの企業でも自主退社に追い込むための異動は日常茶飯的に行われている。

勿論今回がそうとは限らないが可能性って言う言葉知ってる?」

そっくりそのまま返す。

可能性というなら、自主退社狙いの異動だ、なんて断定的な言い方する必要がそもそもないわけで、

当然善意で異動して適性の無い社員仕事プレッシャーから守るためにわざわざイチから仕事教え直すコスト会社負担した可能性もあるわけなんだから

最初根拠のない決めつけで可能性を収束させようとしてるのはそっちの勝手憶測でしょ。

どっちの可能性もあるならそれについては触れる必要ないし、

あと近鉄ブラックならこんな回りくどいことせずにちょっと時間使ってでもそのまま解雇にもっていくから

陰謀論とか大好きなのかな。

取りあえずこの話は該当する運転手退職してからしか広げようのない話だから最初から除外しておけよ。

追い込むための異動だって先に話題に挙げてるのは誰だよ。

軽い記憶喪失か。海馬やべーぞ。酒の飲み過ぎは人生破壊する。

 

「あとな、運転手で居続けろなんて増田の誰も言ってないんだが。ちゃんと理解出来てる?処分の仕方と発表の仕方が労働者に優しくないよな、って話だ。別に企業労働者に優しくしなきゃいけないって事もないんだが、いざとなったら切り捨てるんだな、っていう感は否めないよなって話だわ。恫喝したクレーマーが何を言ったのかハッキリしてないんだからな。」

いやだから企業対応はこの上なく優しい処分の仕方、少なくとも現時点においては、なんだがこれの説明十分してると思うんだけど、マジで何が理解するうえで足りてないのかな?

会社からみても運転手からみても第三者視点でもこの上なくベスト対応しか思えないんだけど。

たぶん関係者各位のそれぞれ置かれる立場シチュエーション問題解決必要となる要所がそれぞれ理解できてなくて感情論しか判断できなくなってるからなんだろうけど。

会社」「運転手」「その他従業員」でそれぞれ落ち着いて感情移入してシミュレートしてみた方がいいよ。

部外者視点のままだからいつまで経っても理解できないんだと思う。

あなたの置かれている境遇と彼らの境遇リンクしてないからね?

ちゃんと前提条件をそれぞれ切り替えて、その後統括して最善策を考えるってプロセスちゃんとしてる?

面倒がらずにしようね。まずそこからだよね。

 

「お前やお前の周りが言ってる事はわかるし理解できるが、職場に恵まれてる奴らだけなんだな、という見解も捨てられんな。

鉄道会社なんてブラックだぜ?マジで。(元鉄道会社勤務の増田より)」

今は恵まれてるけど、普通に下積み時代は家帰って千切りキャベツソースかけてオカズにして食う電気勿体ないから早めに寝て朝起きて勉強して会社行く生活を2年間送るとかしてきたからね?

それも結局、ポストに値する人間になるために必要ステータスを得るための投資だったし、

もし上手くいかなかったら諦めなければいけないという腹積もりも当然できてたから、集中することができた2年間だった。

鉄道会社ブラック環境なのは既に勤務形態が世に出回る前からそれなりに業界として知られているし、

それでも運転手が夢で選んだ運転手もいるわけだ。

就職する前にどういった職業なのか予め調べておかなかったのは個人責任というまでもなく完全に自由の話。

自由選択肢自分で選ばなかっただけの話。

その中で恵まれ職場自由に選んで能力に見合った席に座ってるだけの話。

これにとやかく文句言われる筋合いはないし、分不相応の席に座ってしまったことのほうが異常だからそっちを矯正するべきじゃないの?

能力の無い人間に無理に仕事させるほうが十分ブラックだと思うんだけど。

この運転手を追い込んで自殺すればホワイト会社なの?俺にはもう何が白で何が黒なのか分からなくなってきた。

お前は世の中をどういう物差しで測ってるんだ。

 

申し訳ないけど、ブラックブラック、世の中の会社は全てブラックしか見えない、

そういう心理状態に陥ってるように俺からは見えるよ。

会社も今のご時世、人材確保のために多少気を使った方がコスト安ってことは分かり切ってるし、

金掛けて運転手で雇った社員問題を起こしたからといって即ポイ捨てしてたら利益に繋がらないのよ。

いくらブラックといっても利益率を上げたいか人件費を減らすため使ってるのではなくて、

人材が集まらから分業できなくなってるんだよ、人口が少ないの特に鉄道は。それが根本的な問題

ちょっと調べたら分かるけど鉄道業界はどこも後進を育てる、

子ども希望者を増やすために私鉄JRわず色々やってるから

それくらい業界人なら知っとけよ、ウソをつくな、ウソを。

というわけで、簡単に首切るって可能性は低い。

高い低いで言えばな、低いと考えるのが自然から

 

ちゃんと伝わるのかこれ?

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