はてなキーワード: めぐりあいとは
やるしかないこと、それはこの言葉で、私の心からあなたに伝えたいこと。まず、あなたとのめぐりあいは、まるで運命が織り交ぜた美しいストーリーのようでした。
どうしても、この気持ちを伝えなければいけないと思って、今、勇気を振り絞ります。私たちは過去の希望を打ち砕いた瞬間もありましたが、それでも新しい未来が広がっています。そして、その未来を一緒に歩むことができることが、私の喜びです。
最近の私たちの関係は、まるで料理対決のようなものかもしれません。時には大声を上げたり、時には軽妙な解説で笑いあったり。それでも、それが私たちの特別な絆であり、お互いに対峙する力となっていることを感じています。
言葉のセレクトも、私たちの関係をより深く、美しくするために大切ですね。それができるのは、あなただけです。あなたの言葉はいつも心に響き、私を幸せな気持ちにしてくれます。
ついに、この手紙を書くことに決めました。新しい使用例を見つけ、私たちの関係をより豊かにするためです。これは私からの素直な気持ちであり、あなたへの深い愛を表現したものです。
これからも一緒に笑い、涙し、困難を乗り越えていきたい。あなたとの未来に期待と愛を込めて。
愛を込めて。
1980年に『さらば宇宙戦艦ヤマト』で涙して、
1981年に『さよなら銀河鉄道999』のゴダイゴのテーマソングにノリノリになって、
1982年に『機動戦士ガンダムIII めぐりあい宇宙』で感動してた。
そういうもんだ。
俺は19歳のときにできた彼女とずっと付き合っていて、交際7年目にして結婚の話もいよいよリアルになりつつある(現段階で2人ともべつに子供が欲しくないのと、苗字を変えるのがダルいよねという話があって保留中)
彼女はかわいいので多分俺よりはモテるほうだと思うんだけど、同じく19歳で俺と付き合うまでは浮いた話がなかったとのこと
そういう感じなので、俺は恋人はいるけど恋愛経験に乏しく、恋愛力が弱い側の人間だとうっすら思ってたんだけど、よく考えたら逆じゃねえか?!
同じく20代後半くらいで5〜6人くらい恋人いたことありますぅ〜、みたいな奴って、シンプルに人間を見る目がなく、人間関係の維持が下手な、雑魚なのではないか?!
相性の良い恋人とめぐりあい、付き合い、仲良くやり続けている俺の方が"上"なのではないか?!
2〜3人とかだったらまだわかるけど、5回もハズして破局を味わうのは、ヘタクソだし、雑魚だよなあ
と思うと、実際、ネットに跳梁跋扈してる自称"恋愛強者"って、ほぼ全員俺より弱いんだ
外しまくってるんだ
見る目がないんだ
恋人がたくさんいた人間って、運転で言うなら「免許試験に落ちまくって教習期間をオーバーすることを繰り返し、自動車学校に5回通ってる人間」なんだよな
雑魚なんだそれは
やらなくていいことを繰り返しているだけなんだよ
非モテの努力話なんかは普通にすげえと思うし全然笑いの対象ではないけど、自称イケてる人間がエラソーに相手を批評してる系のエントリってマジで滑稽だぜ
増田ではもう多分おなじみで飽きられてる例の話題における「女性の表象」について。
今週いろいろ考えていたことを書いておきたい。
多分この文章は文脈的にも時期的にもアンチフェミだとみなされると思うんだけど、自分j心にはそんなつもりはない。そもそもあの変な議連をフェミだとも思ってないし。
むしろ自分としてはクリエイターとしての違和感と普段の気持ちのメモとして残したい。
文章畑とはいえ自分はクリエイターでいわゆるオタク界隈でくらしていて商業化もコミカライズもしたっていう立場だけど、多分立場そのものとはあんまり関係ない。
はじめに感じたのは「なんか雑だな」という気持ちだった。
「女性の表象」というざっくりした単語の選択と、そこに込められた視線についてだ。
昨今のオタク界隈クリエイターとして女性キャラはいっぱい作ったし書いてきた。ヒロインとしてサブキャラとしてモブとして。それぞれに主入れを持って作り込んできた。それって「女性の表象」なのか? 自分は「女性の表象」を描いてきたか?
その答えは一般的にはYesではあるけれど、自分自身の中ではNoだ。
一般的なボリュームのラノベをささっと書くのに、自分は調子が良ければ大体三週間くらいかかると思う(念の為にこれは完成に要する時間ではない)。もちろん作中ではいろんな事が起きるし、ヒロインやヒロインとの関係は重要ではあるけれどパーツの全てではないので、この時間はそのままヒロインを描くのに使った時間ではないけれど、ひとつの参考としてそれくらいかかる。
そして読むのは早ければ二時間弱とかじゃなかろうか?
つまり作るのにめちゃくちゃ時間がかかってさっくり消費できる。これは文章畑に限らずコンテンツは何でもそうだと思う。むしろ文章畑なんてすごく素早く手軽に作れるジャンルで、映像やゲームは桁違いに時間がかかるだろう。
実際そういう現場に協力することもあるけれど、気が遠くなるくらいの人手と時間と、つまりはリソースが消費される。
それだけの時間を投下して、「女性の表象」をつくって、満足できるかといえば、自分はできない。
嫌われるかもしれない言葉をつかうけれど、正直に言う。
現実の女性の方々に訪ねたいけれど、たとえば大好きな人ができて、そのひとと来週デートするとする。初めてのデートだとする。
胸がはちきれそうなほど嬉しいとともに、膝が震えるほど怖い。なんだか冴えない一日になってしまうのが怖い。がっかりされるのが怖い。思ったよりうまくしゃべれないと思うと怖い。相手の期待ほど可愛くない自分だったらと思うと怖い。
そんなときはないだろうか? そんな時何らかの努力をしないだろうか?
自分の知る限りの知己もいままでめぐりあいのあった女性も、すごい何かをしていた。正直男性である自分からは理解しがたいほどのエネルギーをそこに注ぎ込んでいた。
その日その瞬間を「いい感じ」にするために、髪型や服を整えて、時には体型やら自分の好みまで変えて、とっておきを提供しようとしていた。そういうのを見ると恐れ多いような頭が下がる様な気持ちになったのを覚えている。
デートの時にやってくる「一番好的な彼女」というのは上記のような女性の努力の、つまりはクリエイトの結果だと自分は思っている。
ディズニーのいうありのままの自分がなんだかよくわからないけれど、彼女たちは、確かに自分自身を超えた自分を顕現させようとして、いっときそれに成功する。
自分はそれを偉大だと思う。女性だからとかそういう理由ではなくて、クリエイターとして尊敬する。言語化出来ているかどうかは定かではないけれど、彼女らはなりたい自分をクリエイトして作ったからだ。
創作物には、描きたいものがある。その描きたいものが例えば出会いとか、別れとか、嬉しいとか悲しいとか楽しいとか懐かしいとか、恋とか、そういうものがあって、その過程で必要となってヒロインがいる。
卑俗なところで言えば、可愛いとかもっと見ていたいとか、エッチなことをしたいとかでも良い。とにかくそういうエモーショナルな何かを伝えたくて創作物を作る。
女性のキャラは、例の言葉を借りれば女性の表象は、そのための道具に過ぎない。大事だし思い入れもあるけれど、過程に過ぎない。読者に伝えたいもののために必要であれば何かを盛るし、邪魔であれば削る。
それは現実の女性には不可能だ。だって現実の女性は主人公のために、あるいは読者や視聴者のためにだけは生きられないでしょう? 現実の自分の生活があって、趣味もやるべきこともたくさんあって、理想の魅力的な自分だけでは生きられないでしょう?
世の中で言われている萌キャラなんてものは、愛されるために生まれてきたものだと自分は思う。自分が関わった仕事は、全てそのつもりで仕事をしてきた。現実の女性と違って、彼女らはそれに全力投球だ。なぜなら、それが彼女らの存在意義で、全てだからだ。そのために生まれたからだ。
それ以外の私生活なんてものはない。あるように見えたとしたら、それは覗き見される前提で作られた、いわば公開用の私生活だ。飾り気のない普段の姿、という形態の作り込まれた物語にすぎない。
つまり、創作物のキャラは、現実の女性がデートの瞬間ほんの一瞬だけできる「すごい自分」でいるのをフルタイムで続けられる存在だし、それが存在価値だ。何ヶ月も、場合によっては何年もかかって産み出されて、一瞬で消費される。その巨大なコストを代償にして、現実を超えるために産み出されるのが創作物のキャラクターだ。
自分は、「現実を超える」使命を持った創作物が、そのために悩んでカロリーを叩きつけた創作物が、「女性の表象」だなんて、そんなふうに単純化されるのを我慢できない。
たとえば、あるヒロインの不安と絶望を表現するのに、創作者は雨を降らせることができる。人気のないコンビニの駐車場の暗がりを作ることも出来る。つながらないSNSを登場させることも出来る。それらは舞台背景であって舞台背景ではなくて、彼女の内面を表す暗喩だし、読者に感情移入してもらうための動線だ。
そのキャラクターが気高くて必死で尊敬に値すると伝えるために銃弾の降り注ぐ戦場も用意できるし、水晶の花咲く庭園でのダンスシーンも描ける。
彼女の魅力を伝えるためなら、そこまでやる。女性としての魅力を伝えるためにもし必要だと判断するならば、女性の体さえ抹消する。耳やら尻尾やら砲塔やらを生やす程度なら序の口で、人面蛇身にすることもあるし、なんだったらAI宇宙船の金属筒に収められた脳髄だけの少女なんて世界観にすることも出来る。
雨やコンビニや水晶の庭園が女性の表象かといわれれば誰もがNoと言うだろうと思う。でも創作者の中でそれは渾然一体で不可分だ。その時それが必要ならつくるまで。舞台だけじゃなくて、演出も、エピソードも、言葉選びも、同じ語句をひらがなで書くか漢字にするのかさえ、伝えたいものを伝えるための道具であって、ヒロインと等価で同じものだ。
読者や視聴者の人に、紙面やモニターの向こうで、恋をしてもらえるなら、涙してもらえるなら、どれだけカロリーがかかってもそれら全部はやるべきことだ。
つまりやっていることは「女性の表象を作ること」なんかじゃないのだ。青椒肉絲定食を作ってるのに対して「ピーマン切るのは許可されるか」「いやピーマンは不許可だろ」みたいな議論をされてる置いてけぼり感。
こちらはピーマン千切り業者をやってるつもりはないし、ピーマン千切りを提供したつもりもない。もっといっちゃえばお前らがいじくり回してるその皿には、パプリカは入っててもピーマンは入ってないよまである。あるいはししとう叩いて大喜びだな、なんてのも。
以上で率直な感想は終わりだ。フェミがどうこうとか性的搾取とかは、自分にはよくわからない。
でもこっちは現実の女性を周回遅れにする純度のために何かを描いてるので、現実の女性の投影であるとか、模造であるとか、そういう雑な用語選びは好きになれない。という話だと思う。
あのさ、
椅子のダジャレの汎用性の高さに驚愕しながら私は自宅デスクのパソコンに座る椅子をもしかしたら
いい椅子買った方がイイッスねって言わんばかりの、
きっとそうなのかも知れないと思い、
また椅子ジプシーの椅子探しの旅に出なければいけないのかしら?って
ぱらぱらとインターネッツを調べるんだけど、
もういきなりページを開いたら飛び込み前転してでもすぐに閉じてしまいそうな勢いで
さくら水産なんか知らなさそうなぐらい
インターネットって
今もうインターネッツショッピングのただの大きな器でしかないのかも知れないのよね。
それじゃー
ツーワンスタイルのお値段以上なジョイフル本田の広大な広場の椅子売り場で遭難した方がましよ。
やっぱり
よくあるじゃない、
イエスキリストがパン焼いたら焦げで浮かび上がってきた!ってスピリチュアルなメッセージ!
あれ今朝私もパン焼いたら「椅子」って書いてあった焦げ目が出たので、
これは神の思し召し的なことだと思うから、
この神がかってるチャンスタイムにわんこそば2000杯は平らげられそうな、
その神パワーを
椅子探しに使うのではなく、
わんこそば新記録にそそいだら、
折角の椅子パワーをわんこそばパワーに使うんじゃないぞ!って杖で頭かち割られて脳みそストローで吸われちゃいそうな怒られ方しそうよ。
だから私は
思いとどまってわんこそばを茹でるところまでの寸前で
いい椅子と巡り会えるかも知れない
シン・椅子探し戦記がでてきっとみんなが納得する終わりを迎えられるわけよ。
というか、
終わらせなくちゃいけないの。
やっぱり物語って始まったら終わらせなければならない辛みがあるじゃない、
96時間おとうさんも
瓶ビールを飲みながらバーベキューして酔っ払いながらくだを巻いているシーンが大好きなのよね。
まあそこはご都合主義かも知れないけど。
話それたけど、
タマネギのみじん切りも
予めタマネギを冷やしておいて切っても涙が出ないようにしなくても
そのパワーで涙が出ないことに感動して涙が出るって
結局涙でてるじゃん!って
涙の数だけ……
つ、つよ、言わないわよー。
どうせみんな強くなると思ったんでしょ?
でもそのパワー
なんのパワーみもなく
いま授かった椅子パワーさえあれば、
きっといい椅子見付かること間違いな「いす」ねって
またその汎用性の高さを盾に横にしても倒れない椅子を探しに行って観たいと思うわ。
うふふ。
罪深いわ。
知らなかったでしょ?
ってことで、
本格的に水出し系ウォーラー。
水出しでウォーラーって
水の大渋滞してるけど、
なんでも放り込むだけで出来ちゃうので
簡単やってみてね!
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
うん、やっぱり解釈が二分している事実を実感しました。いや、それはいいんですよ。自分は表現てのは丁寧にやれば分かりやすくなるもんだと勝手に思っていたのでちょっとショックだっただけです。— ことぶきつかさ (@t_kotobuki) 2019年4月9日
めぐりあい宇宙のタコツボザク、絵コンテに言及してる人ほとんどいないのね たまたま「アニメアートブック 機動戦士ガンダムIII めぐりあい宇宙」持ってたんでそこから 「一機のザクを押しやり自分はタコツボにかくれてしまう が、不幸にして流れミサイルがきてやられちゃう」 pic.twitter.com/ZSXwfVmuLT— タイニーP/四寺儀けんぞう (@Kenzoo6601) 2019年4月8日
批評・評論などの深いレベルでなく、ごく一般的なレベルでの演出意図が理解できない人はいるので、それ自体は問題ないのだけど、個人的に問題なのはソースやエビデンス、それらと向き合うことで見えるファクトを軽視して「素敵な」「楽しい」「感動できる」解釈に流れるのはデマニュースと同じ構造。— HIGHLAND VIEW (@highland_view) 2019年4月10日
演出家の意図とそれを理解できるオタクと雑魚のオタクの間の能力の乖離が凄まじいんだよ
映像演出のまっとうな解釈とかじゃなくて、エヴァみたいな作品で行われている気持ち悪い考察みたいなのがオタクの間に蔓延って、ツイッターで個人のご感想表明が容易になってきたからそれの真似事をしたがってトンチンカンなことを言い出すオタクが可視化されてる
オタクを馬鹿な消費者のまま放置しておいた業界の自己責任ですよ、今後こういうことは一生繰り返されるし、ツイッターでバズってしまったら馬鹿が雑魚のご意見ご感想を鵜呑みにしてそれが世間に定着していくでしょうね
ヒット作品、何かの賞を受賞してる作品、クリエイターがよく挙げている作品、ネームバリュー等々……要するに「よく語られてる作品」をリストアップしていたらあっという間に100を超えてしまったので、ちょっと手を加えて100作品に調整してみた。正直なところ100だと枠が全く足りない。映画だけで絞ってもだ。
オールタイムベストではないので、ここに載ってるから優れているとかそういう意図はないです。