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はてなキーワード: 学振とは

2020-09-14

anond:20200914004041

ドクターの時に学振通ってて、有名な教授がいる研究室にいて、本人にコミュ力があってどこかでポストが開いた時にまず声をかけてくれる人脈があれば可能性ある気がする。

結局研究者として上に行くのは、iPS細胞とかみたいに突出した研究テーマがない限り、人格とか人脈がモノをいう。

anond:20200914004041

ドクターの時に学振通ってて、有名な教授がいる研究室にいて、本人にコミュ力があってどこかでポストが開いた時にまず声をかけてくれる人脈があれば可能性ある気がする。

結局研究者として上に行くのは、iPS細胞とかみたいに突出した研究テーマがない限り、人格とか人脈がモノをいう。

anond:20200914011955

学振通ったってことかね?なら将来有望研究者扱いはされてるんじゃないの

2020-08-27

コロナウイルスがもたらす日本人文学危機

コロナ人文学ヤバい

といっても哲学とかそういうのじゃなく、歴史学とかがヤバい

もうちょっと言うと、日本史とか日本文学とかはぜんぜん大丈夫なんだが、西洋史とか東洋史とか、要するに外国のことを調べる学問ヤバい

今はまだ大丈夫だけど、じきに破綻する。

なぜかといえば非常に単純な話で、研究を進める上で必要資料アクセスできないからだ。

歴史学根本は、オリジナル資料(=一次史料)にあたることにある。一次史料には色々な形態があるわけだが、歴史上の出来事の背景とかを実証的に調べようと思ったら、公文書館にある史料を使うことが不可欠だ。

そして公文書館というのは行政機関なので、日本国立公文書館外務省外交史料館東京にあるように、あるいはイギリス国立公文書館キューにありアメリカ国立公文書記録管理局ワシントンDCにあるように、当然ながらそれを管轄している国や地方自治体に設置されている。

そう、公文書館に行けないである

コロナが2~3年で過ぎ去り、その後はすべてが元通りになるなら、その数年を耐え忍べばいい。数年が過ぎればまたヨーロッパなり世界の他の国なりに行けるようになる。当然、歴史学も元通りだ!

でも残念ながら、中東諸国の割安の航空券ヨーロッパ渡航できる日々は、もう戻ってはこないかもしれない。航空券が割高になるだけではなく、全世界的に航空産業が縮小し、これまでであれば容易にアクセスできていた史料アクセスできなくなるかもしれない。

明治維新以降、政府が雇ったお雇い外国人たちによって、ランケに始まる近代歴史学日本に持ち込まれた。だが初期の日本歴史学はあまりにお粗末なものだった――現在の水準からすれば。

オリジナル史料を見ずに、西洋人の書いた歴史書を読んでそれを日本語で紹介して論文を書き、吾は教授でございと偉そうな顔をしている。英語フランス語ドイツ語の文献だけを読んでヨーロッパ史全体を講じるなんていう無謀なことが平気でまかり通っていた。

けれど、そのような稚拙な「論文」も必要だったのだ。日本歴史学が独り立ちするためには。

やがて、それらの先人たちの業績を踏み台にして、きちんと史料集(=オリジナル史料を集めてまとめた本)にあたって論文を書く人や、英仏独だけではない色々なマイナー言語習得して研究する人が増えてくる。そして、交通技術の発展に伴って海外旅行安価になるにつれ、国外文書館アクセスして論文を書く人が増え、英仏独以外の言語を学ぶ人が増え、留学して現地で学位を取る人も増え、日本歴史学レベルはどんどん上がっていった。

2000年代から2010年代にかけての日本歴史学界で生み出された外国研究レベルの高さは誇るに値する。もはや横のものを縦にしただけではまともな論文とは見做され得ない。現地の言語を読めることが最低条件で、その上でどのようにオリジナル面白い研究成果を積み上げるか。多くの研究者たちが競うように優れた論文や著書を生み出してきた。

そこをCOVID-19パンデミックが直撃したのだ。

留学の予定も史料収集計画も、すべてが白紙になってしまった。

分野によって違うと思うが、外国史を学ぶ者は多くの場合修士課程博士課程で留学をする。これは現地で史料収集したり、現地で言葉勉強したり、現地の研究者と触れ合ったりするきわめて重要プロセスで、修士卒ならともかく博士号を獲ろうと思うなら避けては通れない。多くの研究者はだいたい1年から3年くらいの留学を経て、外国歴史に興味がある若者から若手の歴史研究者へと成長する。

COVID-19直撃世代は、この留学経験を持てない。彼らは外国研究者として足腰を鍛える機会を奪われることになる。

2~3年でコロナ禍が終熄するなら、この世代が数年間のハンデを背負うだけで済む(たとえば、留学することな博士課程の年限が来てしまったとか、在学を引き伸ばす羽目になり学費が余計にかかったり就職市場に参入するのが遅れたとか、せっかく学振DCを取ったのに海外調査をすることな任期が過ぎてしまったとか、そういう悲劇が量産されることだろう――外国研究者は学振研究費のかなりの割合出張費に充てている)。

けれど、コロナ禍が終熄しなかったら、あるいは終熄後に海外調査ハードルものすごく高くなってしまっていたら、日本外国研究は大きな打撃を受けるだろう。

そりゃ、留学終えてる組は今すぐに困るってことはない。彼らはもう現地語ペラペラだし、これまでの現地滞在史料たっぷり集めてるだろうから、当面はそれを消化しながら外国研究者とオンライン会議すればいい。

でも、これから留学しようとする人たちは、現地に長期滞在して外国能力を鍛える機会を奪われ、史料を集めることもできず、中途半端研究能力しか持てないままに博士課程を終えざるを得ないことになる。

もちろん、先行世代よりマシな点もある。デジタルアーカイブの発展によって、従来は現地の図書館に行かないと見られなかった古書や古新聞が自宅にいながらにして読めるようになった。中には所蔵している史料ウェブで見せてくれる親切な公文書館もある。外国雑誌だってオンラインで入手できるし、何なら研究書をkindleで読んだっていい。そういえば友達ドイツ語学術書kindle版で引用していた。

から研究の水準が明治時代に戻るということには、おそらくならない。

ただし、その方向性限定される。

どのような種類の史料必要かは、結局研究テーマに左右されるのだ。もしも「ドイツにおける日本人のイメージ歴史」を調べたかったら、古書や古新聞を徹底的に調べればそれでいい。けれど、「1960年代における西ドイツ政策決定過程」みたいなテーマを扱おうと思ったら、公文書館史料を見なければお話にならない。

現代日本で考えてみればよくわかる。「安倍首相メディアでどう扱われているか」と「安倍内閣の内側ではどんなふうに物事が決められているか」とでは、立論に使うべき資料全然違う。前者は新聞ネットを見ればそれでいいが、後者情報公開請求必要だし、『朝日新聞』や『週刊文春』だけを見て後者を論じたら手抜きだと謗られるだろう。

そして歴史学とは「昔のことなら何でも扱う学問」であり、内部には表象を論じる研究から外交政策を調べる研究者まで色々いるのだが、後者のような人たち――つまり研究のために文書館史料必要とする人たち――の研究はずいぶんやりにくくなるだろう。外国研究において、思想史文化史古代史の割合が高くなるかもしれない。

(いやでも、ガチ思想史文化史をやろうと思ったら文書館史料を見ないといけない局面も割と出てくるので、思想史なら文書館行かなくてもいいでしょ、という話にはならないんだよな……明治時代知識人留学先の国に出かけてその国の文書館史料使って明治期の思想についての本書いた人とかいからな……逆にある程度昔の外交史だと関係する史料ほとんど翻刻されてたりするし……)

逆に、先行世代よりも悲惨な点は何か。

それは研究レベルが上がってしまたことだ。

ネット上で読める範囲古書や古新聞だけを史料として使って「18世紀におけるドイツ諸邦の外交」みたいな研究をまとめたとして、明治時代ならこんな多くの一次史料を使うなんて素晴らしい研究だと大絶賛され東京帝大の教授になれるかもしれない。でも現代では、研究レベルが上がってしまった現代では、「新聞しか見てないじゃん。文書館史料使ったの? え? 使ってない? レベルいね」と一蹴されてしまう。論文英訳なり独訳なりして海外ジャーナル投稿しても、それなりのレベル雑誌からは軒並み落とされるだろう(というか、国内でも有力学術誌の査読を通過できるとは思えない)

ふんだんに文書館史料を使う質の高い研究に慣らされてしまったら、今更横のものを縦にすれば教授になれていた時代研究水準には戻れないのだ。

ハードルを下げる?

外国最先端研究成果がワンクリックで手に入るこの時代に?

つい去年まで史料調査のために渡航するのが当たり前で、今アラサー以上の人たちは研究水準が高かった時代を身を持って知っているのに?

コロナ禍の影響が数年で収まるのなら、業績の不足で苦しむのは直撃世代だけで済む。だが、もしもコロナ禍の後遺症が何十年も続くのであれば、外国史を研究する歴史家たちは困難な撤退戦を強いられることになるだろう。

それはより史料入手の容易なテーマへの撤退戦であるかもしれないし(政治史ハードルが高いから、表象歴史とかを研究しよう)、より史料入手の容易な国への撤退戦であるかもしれない(○○国と比べて××国の方がデジタルアーカイブが充実してるから、○○史じゃなくて××史をやろう)。

ともかく、これまで日本歴史学が積み上げてきた多様性は、徐々に失われていくことになるだろう。

日本外国研究にとって、冬の時代が迫っているのかもしれない。

まあそうは言っても史料さえどうにかなれば研究はできるので文化人類学記述言語学よりはまだマシ。これらの学問では現地に長期間滞在して現地人の間に分け入って調査する必要があるので、現在レベル渡航制限が長続きすると文字通り危機に瀕する。これらの分野では伝統的に外国に関する研究が盛んで、オセアニア島国アフリカの奥地で調査してきた日本人が何人もいるのだ。今後、外国舞台にした文化人類学記述言語学は消滅し、国内対象として細々と生き延びるほかなくなるのかもしれない……

(まあ、国内伝統文化方言を保存するために、一度外国文化言語記述するのに使っているエネルギーを全部日本に関する研究に注ぎ込むのもアリかもしれない……でもCOVID-19で次々と伝統的なお祭りやら寄り合いやらが中止になっているし、うかつに都会の大学修行する若手研究者が離島山村に出かけてお年寄りのインフォーマントと接触するのもはばかられるよなぁ……)

ブコメにお返事

日本だけの問題では無さそうなのでよりデジタル化したりオンラインで閲覧する仕組みが出来そうだけど

デジタルアーカイブの発達はうながされるだろうけど、そんなに急速には進展しないだろう。それには2つの理由がある。

第1に、単純にデジタル化はすごい大変なのだマトモな国なら行政の作った公文書は破棄されずに何十年にもわたって保管されているのが普通で、それらすべてをデジタル化するのは労力がかかるというのは納得してもらえると思う(国だけじゃなく地方自治体にもその自治体公文書集める公文書館があったりするからね。連邦制の国だと連邦レベル・州レベル・市レベル文書館が別々に設置されていたり)。優先順位をつけてやっていくほかないけど(「まずは外交関係公文書を先にデジタル化しよう。環境保護関係は後回しだ」)、優先順位の低いテーマ研究しようと思ったらそれでは困る。

第2に、困るのは外国研究者だけで、本国研究者はそんなに困らないのだ。

日本人がイギリスドイツ調査に行けなくなっても、イギリス人やドイツ人の歴史家は何も困らない。彼らは渡航制限など気にせず自国にある公文書館アクセスできる。これは日本のことを研究する日本人の歴史家にとっても同じだ。仮に外務省外交史料館から外国研究者の姿が消えたとして、いったい日本研究者になんの不都合があるのだろう?

(ここでは「外国人」と書いたが、厳密には、外国拠点を置く研究者と言った方がいいだろう。日本大学で教鞭を執っている中国人日本史研究者はなんにも困らない。逆にうっかり日本学の専門家として英米大学就職しちゃった日本研究者は大変だ。また、日本研究する歴史家がなにも困らないというわけではない。日米関係歴史研究しようと思ったら当然アメリカに行かなければいけないし、国内政治だけを研究する場合であっても、日本政府公文書管理がザルすぎるせいで重要史料日本じゃなくアメリカにあるみたいな状況もありえるので……)

まり世界的に、自国研究する研究者にとってはあんまり困らないが、外国研究する研究者はめちゃくちゃ困る、という状況が訪れると思われる。外国研究者への配慮が、果たして自国公的施設デジタル化への強い圧力となるだろうか? 正直疑問だ。

資料を集めたり読んだりするのはその国の研究者に依頼する、というのはダメなの?現地に行く必要性がよくわからなかっった。

第1に、それ本国研究者に何のメリットがあるの? お金を払ってやってもらうとして、その人件費渡航費よりも安上がりだとはとても思えないんだけど…

第2に、史料の山に埋もれて色々探していく中でお目当ての史料を見つけるコツとか時代ごとの史料の特徴を見分ける目とか崩し字の読み方とかそういった歴史家としての技倆が養われるので、単純に他人に任せればよいという話ではない(「時代ごとの公文書形式の違い」みたいなのも当然論文テーマになるけど、これ書くためにどのくらいの史料読む必要があると思う?)。

ていうか、なんか勘違いされてるフシがあるけど、読んだ史料が全部研究に使えるわけじゃないからね。目録面白そうな史料があったか地方文書館に足を運んで閲覧してみたけど期待ハズレで全然使えませんでした、とか、膨大な史料の山を探しまわってようやく使えそうな史料の一群を見つけました、とか、何気なくパラパラめくってた史料の片隅にさり気なく重大なことが書いてありました、とか、そういうのあるあるなので。お目当ての史料だけ外人コピーしてもらえばいいじゃん! なんて夢物語しかない。

第3に、そもそも論としてなんで自分研究オリジナリティの源泉たる史料の入手を現地人任せにするのか。現地の文書館に通って現地人がちっとも注目してないけど重要史料を発掘したなんてこともあるわけだけど、そんな史料を現地の研究者にコピーさせられるわけないだろ、常識的に考えて……論文で発表するまで史料存在をひた隠しにするわ……(現地人が自力でたどり着く分には止められないけど、わざわざここにこんな重要史料がありますと教えてさしあげる必要はどこにもない)

日本史であっても一次史料海外にある日本キリシタン史では、史料アクセスハードルが以前から言及されていたのを思い出した。

なおアジアアフリカの旧植民地ではそういう状況がデフォルトの模様。日本史研究する日本人の歴史家は日本国内研究を完結させられる余地があるけど、インドネシア史を研究するインドネシア人の歴史家がオランダに行けませんとか、インド史を研究するインド人の歴史家がイギリス(ryとか、台湾史を研究する台湾人の歴史家が日本(ryとか、そういうのはマジで研究に支障が出るよなあ……

そもそも論だが、「日本人が」イギリス政治史とかドイツ経済史とかを研究する意義が不明。「現地の研究者に任せる」だと何故駄目なのか?

それな! ぜひ同じことをドナルド・キーンロナルド・ドーアケネス・ポメランツイアン・ニッシュJ・ヴィクター・コシュマンブレット・ウォーカーにも言ってきて!

2020-06-27

anond:20200627085444

「裕福なボンボン貧乏家庭の子」の比率で言ったら9:1くらいかな。実際に「学振の金を親に仕送りしている」博士課程の院生まれによくいる。

博士は本当に生活が辛いのか

ボンボンの子しか博士進んで無いような気がするんやけど、俺の周りだけ?

学振取るのもお金の為じゃなくて業績の為やし

2020-06-22

貧乏人が育ちのいい人たちに出会った話

貧乏人が高専に進学して、大学編入して就職した。

この話はそれ以上でもそれ以下でもない。

これはおそらく誰の役にも立たない、個人的な話だということを断っておく。

トイレ落書きだと思って、もし興味があれば読んでほしい。

まず最初に、自分の家の家庭状況は最悪だった。

父親暴力を振るうし(高専進学後はなくなったが)、自分小学生ぐらいまでは定職に就いていなかったし(母親パートしていた)

収入よりも支出が多く、子供教育費にお金をかけるよりも自身の飲み食いにお金を使い、毎月金がないと騒いでいるような家だった。

ただ一応母親比較的まともで高校までは学費を出してくれることを約束してくれた。

そして、大学学費は出してあげられないけど奨学金を借りて家から通えばいいと教えてくれた。

幸い自分学業成績は地元公立中学校で上位5%程度でそれなりに良く地元公立高校に進めば大学に行けそうだった。

でもこんな家庭環境が悪い家から大学に通うなんてまっぴらごめんだった。それに、公立高校学費の他に、模試やら制服やら色々なこと

お金がかかりそうで、父親から文句を言われそうで嫌だった。

そこで、地元で一番偏差値が高い公立高校と同じ程度のレベル高専に行くことにした。

高専には格安の寮があったし、学費自体公立高校よりも高かったが模試制服など諸経費が全くかからなかったから。

それに当時民主党政権時代高校無償化で高専1年から3年までは半額で通うことができた。

技術にはあまり興味はなかったが、幸い理数系科目が好きだったので高専に進学してから特に困らなかった。専門科目には一切興味がなかったが。

しかし、自分が通っていた高専は当時進学高専として名を馳せていたせいか、そういう技術に興味がないがいわゆるお勉強はできるみたいな人は少なくなかった。

教員大学に入ったときの周りの高専生に話を聞くと、これは高専の中では結構特殊な部類らしい。

それはさておき、高専というのは自分と同じく家庭環境が最悪な人が集まるものらしいが、自分が通っていた高専普通の家の人が多かった。

ただ、お国柄か失礼ながら育ちはそんなによくなかったとおもう。それに高専では当たり前かもしれないが変な人が多かった。

自分はそうは思わないが、多分自分も変わっていたので変な人とはウマが合ったように思うし、実際卒業してから結構経つが今でも付き合いのある友人は何人かいる。

高専4年になると、親からの援助はなくなり、自分学費を払うことになった。学費を捻出するために日本奨学支援機構奨学金を月5万円程度借りていた。

ただ、高専には経済的に苦しい人に授業料免除制度があったので、奨学金教科書や定期代に使う程度で残りは大学入学金などのために貯めておいた。

この頃から進路について考えるようになった。大学に行くことは決めていたが、今の専門で今後4,50年生きるのは嫌だったので専門を変えて進学することにした。

幸いなことに大学の門戸は広く、工学部の他に理学部などの比較親和性が高い学部や、医学部などの全く異なる学部文学部経済学部など文系学部にも編入できるようだった。

手頃な旧帝大自分の興味のある専門が学べるところがあったので、そこに行くことにした。真面目に1年間勉強すれば合格することができた。

おそらく一般高校生よりも簡単方法入学したのだけれど、まぁ入ればこっちのものである

入学金、最初授業料賃貸の諸経費で軽く100万くらい飛んでいったけれど、貯めていた奨学金バイト代でなんとか支払うことができた。

大学とき日本奨学支援機構奨学金給付奨学金バイトでかろうじて一人暮らしができるようになった。

給付奨学金のおかげで、利子ありの奨学金を借りなくて済んで、関係あるかはわからないけど大学名前感謝した。

あと大学でも授業料免除をうけることができたので、そんなに苦労せずに大学生活を送ることができた。

自分特殊ルートなこともあって正しくはないかもしれないけど、日本大学勉強したい人にとっては

経済的に苦しくてもある程度の覚悟奨学金)を負えば通えると思う。)

ただ専門を変えての入学だったので入学当初はかなり真面目に朝から夜まで勉強する必要があったけれど、

自分の好きなことが学べる環境を手に入れて嬉しく思った。

ただ、大学の人と話していると生まれの違いを見せつけられた気がした。

お金が足りなくなったら親に無心する留学したければ簡単にできる、旅行をするために親から借金をする・・・

挙げていけばキリがないが、教育格差は親の経済状況に大きく左右されると改めて思った。

また、彼ら・彼女らはそうじて人がよく皆優しかった。

未だかつて、出会たことのない温かい人たちだった。

あの人たちは自分のことを友人として扱ってくれたけど、自分は彼らの国の住人じゃないと心底痛感した。

大学に入って初めて恋愛をして、恋人もできたけれどどうしても格差を感じてしまう、世界が違うと馴染めなかった。

ただ、彼らとの会話は楽しかった。

ほかの編入生と話す専門的な話も知的好奇心がくすぐられて有意義だったが

彼らと話すのは心地が良く、リラックスして会話を楽しむことができた。

本当は博士課程に残りたかったが、経済的に苦しかったので就職することにした。....というのは負け惜しみかもしれないけれど。

(もし本当に大学に残りたくて、実力もあれば、学振やらRTなどで生きることはできるように思う。)

就活を真面目にしなかったせいかレベルの低い会社就職してしまったように思う。自分レベルが低いのかもしれないが。

周りの同期のレベルはそんなに高くなく、話していて楽しいとは全く思えない。それに自分出身大学でいじられたりもする。面倒臭い

自分はあまり学歴に興味はないけれど(本当に)、学歴で得をするのは中の上クラス企業に勤めている人たちだけじゃないかと思う。

一番高いところにいる人たちは大学名なんて気にしない(と聞く)し、下の方のレベル企業だとほかの人からの僻みでうっとうしい。

から自分は、転職大学に戻ることを考え、またあの心地よい会話ができることを心待ちにしている。

一生、自分世界とは相入れないことを知りながらも、もがき続けるのだろう。自分は下のレベルではないと傲慢自分を騙し続けながら。

2020-01-29

ポスドクに関して

ポスドクで様々な成果をあげて栄転する人もいれば、そううまくはいかず、アカデミックを辞めてしまう人もいる。

何が両者を分けているのか考えてみる。分野にもよるが、ある程度は共通していると思う。どちらかというと理系寄り。

学振PDに採択される

→これは大きい。採択されるということは有望な研究者という証にもなるし、研究費をもらいながら自由研究できるので、成果もあがる。

論文など成果として評価されるものを書く

→定期的に論文を書いている人は、やはり評価されている。

・新学術など大きなプロジェクト雇用されている

ネットワークが広がるので、共同研究などに発展しやすいし、顔を知ってもらえるだけでやはり違う。機会を活かせるかはその人次第だけれど。

自分研究をする時間がある

ホワイトラボで、自由研究時間があるのはやはり強い。ブラックだととてもとても大変。

学位取得後に新たな研究分野を開拓しているか

博士課程と同じような研究を続けていては先細りする。博士課程を始めてから5年くらい経つと、世界研究の動向も変わる。また、同じ分野で出せる成果もだんだんインパクトが減ってくる。ポスドクで新たな研究に取り組めないと、今後取り組むのはもっと難しくなる。

以上を全部満たさなくてもいいが、全てを満たしていない人は、やはり厳しい。

2020-01-13

Ok,Google! アカハラのアホをまるごとFireする方法教えて!

とりあえず色々あり過ぎるんだけど、ワイくんの学振申請作成妨害した罪は重い。非常に重い。

金と飯の恨みは怖いんやぞ東京モンのイキリおっさん准教、キミやキミ、見とるか〜!

これまではひ弱なイエスマン関東圏の人間イジメて遊んどったみたいやけど、こっち来たんが運の尽きやったねえ〜

東京での元ヤン自慢でいつも草生やさせてもろとるやで〜wあっチャリ盗んだ話と犬殺した自慢はもうせんでエエで〜w不愉快から

周りの人間からも須らく恨みこーとるけど、ひたすらにあわれやね。人から慕われず仕事するの、ワイはよーやらんわ。周りに嫌われながらやるんオモロないやろ?ワイらの業界はチームプレイやのになwやめやめwていうかヤメさしたるw

あとさ、今までどうやって業績出してきてたん?マジで

いや、無いか!w あっこれはワイが言うたんやなくて、こないだ論文死にそうになりながら出せた先輩が言うてたやつやからワイやないで〜w

あと人がとってきたお金、辞めさせといて使い切るとかゴミクズがすることやからね〜

とりあえず、科研費国庫に返して国民に氏んで侘びよ!w

そろそろネタも集まってきたし上層3人まとめて一気にトバしてやるからの〜

もっかい言うけど見とるか〜!w

見とったとしてもなんも変わらへんのやけどもね〜

事実のみを根拠に動くのがワイらでしょ?

キミらはよーそれを捻じ曲げて載せてるけどw

ほな!w

P.S

単芝って煽り能力高すぎひん?w 草

2019-12-04

稼いでから博士課程に進学しなさい

博士課程の学生お金にまつわる問題がいろいろ言われているけれど、とりあえず働いて稼いでからにしたらええんちゃうのん、と思う。

自分修士卒で一旦就職して2年間働いて、とりあえずの学費と当面の生活費を貯めてから進学したよ。

おかげで、学振一回もとれなかったけど(最初の頃は学振存在すら知らなかったw)奨学金バイトと併せて無事にドクター取って修了できたわ。

今はその頃と違って奨学金とか授業料免除の仕組みが充実してるから、進学後のお金心配するくらいだったら、まずは学費分だけでも良いので稼いでから進学しなさい。

2,3年のブランクなんて、その後の30年を考えたら誤差やで、誤差。

2019-11-30

東大工学系ぼくでも年収学振しかいから(引くことの国保とか住民税とか)手取り年収200万円代だしガチめのワープワなんだよなあ…😢

学振が出るとドナドナ先の外研でやってたRA副業禁止規程だかで給料出なくなったのウケるでしょ、何考えてんだか

2019-11-19

anond:20191119064725

もう一件の自殺は全分野通じて年間15人しか選ばれない学振SPDをとり、学術会議学士院の賞までとっていて、それでポストがなかったわけですよ。

あんな小さな分野で三冠なんて、知らんけど前代未聞じゃないかな。

私なんか適正ないか適当に死なない手段は確保して、論文閲覧のために週1日非常勤する、という生活で(文句ないとは言わないが)そんなもんかなと思うんだけど、あれだけ評価されて職がないんだと精神ダメージもでかいだろうな、と思う。

この状況で「見極め」なんて無理ですよ。

2019-11-05

anond:20191105220544

普通学振おめでとうで周りが奢ってあげる側だろ

そういえば他人学振焼肉たかる会のシーズンちょうど今頃だった気がするけどもう終わってたっけ?

ラボは去年も今年も申請者いなかったか自分ときのなんかすっかり忘れてしまったよ

2019-09-08

ウケ狙いの研究でDC2を獲得した

M2の時とD1の時で学振に二回とも通らなかった。

学部時代から同じ研究室に居て、雑用の質も量も最悪な状態になっていたのはD2の時。

指導教員との関係も最悪な状態だった。


もうやけっぱちだった。

研究なんてやりたくなかったし、研究者という職業への憧れも失せていた。

D2でDC2を出したのは、研究を続けるためというより「あの時出していれば」と将来思いたくなかったからだったような気がする。

書き始めたのは〆切の1週間前だった。

時間もやる気もないので、やりたくないが「どうせこうやったらウケるんだろ」というテーマを書きなぐった申請書を提出した。

これで不採択になって「そんな甘いものではないのだな」と思いたかった。


でも、通った。

ウケ狙いの申請書がその通りにウケたのか、D1の時より業績が増えたことが重要申請書の内容なんて見てもないのか、真相はわからない。

いずれにせよ、ロジックがガタガタで実現可能性が低そうなことを言っていても、耳目を引くテーマ手法研究業績さえあればごまかせるのだと感じた。

このゲームを巧くできた人が残り、できなかった人が去る。

このゲーム最適化された人が語る「科学」って何だろう。

自分にはわからない。

2019-08-01

anond:20190801161129

という経歴だけど、研究者としてやっていけるという自信が自分の中にあれば、別に出産結婚という節目で不安に感じることはなかったけどなあ。研究職が無理なら、途中で諦めて民間就職して、そこで稼げばいいや、稼げるはずだと思ってたし。

配偶者安心させられるくらいに本人も将来どうなるかの自信がないなら、研究の道を選んでもずっと不安が残るだけでは。

5年間の助教をやった後にその先がなくても、都内就職先なんていくらでもあるでしょ。いくらでもあるともし本人も思えないのなら、そりゃ配偶者不安になるのでは。

結婚をするべきでなかった[追記あり]

私(夫)28歳、妻26歳で結婚して、すぐ妊娠し、今1歳半の子供がいる。現在私は30歳。

私は今、大学ポストを目指していて、

出来ればいい大学ポジションに着きたい。それが任期付きであっても。ただし妻は何でも良いか定職(彼女のいう定職任期の無い普通会社員)について欲しいという。

妻は、5年後に旦那仕事が確実に無くなり、次の仕事があるかわからない。また見つけたとしても、継続してひとつ法人に在籍しない為に、昇給がない、というのが堪らなく精神的に不安らしい。いい加減に定職につけと言うことだ。

私は元々日本修士課程卒業して、誰でも知っているいわゆる大企業就職していたが、2年でやめて、海外博士課程を始めた。2020年3月に修了予定で、仕事をどうするか(そもそも見つけられるか)が問題

こんな不安定な道に進む場合は、結婚するべきではなかった。妻も結婚した当時は不安定な道になる事は承知していたはずだが、実際に子供が生まれ、直面すると態度が変わった。妻は、私が受ける、ある大学任期付き助教採用面接が失敗すればいいと思っている様子で、もはや根本的に考えが私と違ってしまった。(私はこの大学よりいい大学助教ができるとはあまり思えないくらい、いいポジションと考えていて、ぜひ採用されたい)

自分は元々結婚には向かないと思っていたが、した事も無いのに決めつけるのは浅はかだと思い、試して見た。今言えることは、きちんと見通しをつけず、結婚決断をした自分が浅はかであった。

遅かれ早かれ離婚する事になりそうだが、子供が不幸になる事が申し訳ない。申し訳ないと言いつつ、自分の都合を優先させるために子供を不幸にする自分悪魔のもの

結婚をするべきではなかった。もっというと、子供を欲しがる女性結婚するべきでなかった。

定職を持ち、長く住む場所が定まり精神的な余裕がある人間以外は子供を持ってはいけない。当たり前の先人のアドバイスを繰り返すだけになってしまった。

[以下追記]

このやり方でいいのかわからないんだけど、ブクマの人気コメントにお返事書かせて頂いた。

kpkpkpchang 離婚後、当然のように妻が子供を引き取る想定でいてモヤモヤする。

離婚するなら増田シングル育児しつつ夢を追う覚悟必要だし、

妻が引き取っても養育費のために一定収入必要から独身のような自由はないぞ

もし離婚した場合の想定について。

親権(+監督権):

子供親権を取ることに私は、そこまでこだわっていないが、事実上私が親権をとることはできないと考えられる。

離婚届には離婚後の親権を記入する欄があるが、そこで合意が得られなければ、裁判所判断になる。

離婚届を出す際に、妻は親権絶対に譲らないと想定できる。

調停になった場合、やはり妻が有利。私はずっと海外にいて、妻が日本子供身の回りの面倒を見てきた。

そのため、私が親権または監督権を獲得するのは事実上無理だと考えられる。

養育費を払うことは(私に収入範囲内であれば)なんの問題もなくて、できるだけ払いたいと思う。

自由がない”、の意味がよくわからないが、可処分所得が減るという意味なら、理解しているつもりだし、納得もしている。

私が問題だと考えてるのは、子供父親が一緒に生活していないこと。

おそらく離婚したら私は積極的海外ポストも探すが、そうするとかなり長い期間顔をあわせる機会もない。

家事子供身の回りの面倒を見る大人が2人ではなく1人になるというのは、子供にとっては不幸では?

また、自分父親の顔を覚えていない子というのは、たとえば学校生活父親の話をするときに、気まずい思いをするものではないのか?

金(養育費)だけ払えば子供にはなんの影響もないと思えないので。

yuatast 妻子供よりも自分の将来が大切だってことでしょ。分かりやすいよね。

大学不安定なポジションちゃん結婚生活を営んでいる人もいるわけで、

単純に増田奥さんを説得すらできないということだと認識しなくちゃ。

まさに仰るとおり。説得ができない。任期のあるポストでも私にとってはとてもいい仕事なのだが、

妻がそれを承服しかねる、というのは理解できる。

私の感覚では、いい大学助教の経歴があれば、自分キャリアが続く仕事は見つかると考えているのだけれど、

妻はそういう楽観的で不確定な未来を受け入れる態度に耐えれれないということらしい。それもわかる。

どう説得すればいいのか教えてほしい。

htnmiki 離婚しても子供が不幸にならない方法を考えなよ。

片親の子を見て「あの子不幸だな」なんて思わないでほしい。

子供が不幸にならない方法は考えたい。

子供自分自身のことを不幸だと思わなければ、他人にどう思われてようが、問題ないと思う。

私自身は片親の子をみても不幸だとかそういう考えは持たないが、一般的にはどうなのだろうか。

子供がどう考えているのかは、離婚した親をもつ子供アンケート統計等を見ないとわからない。

araikacang 結婚した当初は自分が安定した職に就けばいいと考えていたが、

いざ直面すると夫が子どもの事は完全に他人事でこれじゃフルタイムで働くなんて無理となった可能性。

妻はその業界では安定した企業の職についている。会社はその分野で国内大手で連結の売上が500億以上。

そのため、妻が育休中のその会社をやめなくて済むように、私は東京のし仕事を探している。

妻に詳しく認識を聞いてはいないが、子供小学生くらいになるまではあまりフルタイムで働く気はないのか?

(妻の企業時短がけっこう一般的で、フルタイム時短の切り替えがある程度容易)

妻は子供と過ごす時間に対する優先度が高いように見受けられる。

skrnf この問題に対して離婚が解になるという想定がよくわからない

問題は、私と妻が共同生活を送ることが困難になるほど不仲になってしまうという点で、

それを解決できない場合は一緒に暮らす全員がかなり不幸になる(と考えられる)。

なんとか、任期のある仕事につくことから来る妻の不安を私が取り除かなければ、一緒に生活できない。

宝くじで数億円が当たるか、私が、妻が満足する任期なしの仕事につけば、問題解決する。

もし私が私のやりたいように進めると、私が任期なしのポジションにつくのは5年後等になると思われる。

そこまで不仲の状態で共同生活はできないので、離婚しなくても別居はするのではないかと思われる。

grdgs 賃金就業の男女格差をなくし保育を充実させれば、こういう問題も少なくなるな。

差別解消と保育の充実に消極的自民党は紛うことなき悪。

生物特性上、子供妊娠出産することができるのが女性だけというのが、現代社会においてかなりハードルが高い。

子供が欲しい女性はある時期は必ずパートナー自分以外の何かに頼らざるを得ない。女性キャリア形成があまりにも難しい。

あと、いま妻の住んでいる場所は認可保育園は空いていない。

世田谷とか笑ってしまうぐらい認可保育園が空いてない。例えば、1歳の子供を入れたい場合待機児童345人いる:

 参照https://www.city.setagaya.lg.jp/mokuji/kodomo/003/009/d00031371.html

認可外の保育園もあるが、個別に問い合わせてもまぁ空いていない。

保育園の申し込み書類の用意は私が主に担当している。保育園見学一時帰国したときに、私も3~4件は回ったが、

やはり認可保育園の方が環境がよく、そこに入れたいと思う親の気持ち理解できる。

ただ、認可保育園見学しても虚しいのは、入れる見込みがほぼないこと。(見込みがなくても見学していないと申し込みすらできない)

また、良い保育園がたくさんある地域は、結局他の地域から無現に子供を入れたい親が引っ越してくるので、

待機児童問題永遠に解決しないと思われる。月14万くらい払えは、環境のいい認可外のインターナショナルスクールみたいな所に

入れられるが、私たちの家庭にその余裕がない。自民党はなんの関係もない。

ポスドク学振PD任期付き助教(非テニュアトラック)のポジション子供がいる方へ

どのように家庭を運営しているか是非教えてもらえないだろうか?

2019-07-27

https://togetter.com/li/1380500

院生時代に立派な論文書ける奴なんて0.5%くらいだしそんな奴ら学振なりなんなり貰ってるでしょ

2019-07-26

anond:20190726170355

もとから博士後期課程の学生には学振で月20万もらえる制度あるしね。

日本でも給料もらいながら学生やってる人たちもたくさんいるのに、ロクに知らずに制度ばかりを批判する人多い。

さら大学院生奨学金免除規定がとても緩いから、修士でも頑張れば実質給料をもらえるのだ。

そういう認識もしっかり広がらないといけない。

2019-06-29

子連れの妻がDr.で云々の記事

なんかブコメホッテントリはいってたやつ。

私も自然科学学振とおって博士でた女だけど、正直いってあいつらも何だかんだいって上級国民しか見えなくてキッツいなあ

あちらさんはすごい優秀なんだなあ、というのが記事を読んでてひしひし伝わってくるけど、学生結婚したりアカハラ受ける程度には周りの人間接触してたんだよな健常者様はいいよな、と僻みがメラメラでてくるよね

こっちは理系といっても実験ないタイプのやつだったか研究室に行く頻度がえらく少くなっても誰も何も言わなかったし、そもそもボスも他の院生も私の研究と分野めっちゃうから完全に放置されてたし

大学院の人たちとあまり接触しなかったせいでアカデミアに性差別があるのかどうかすら実感する機会なかったよ、就職に関してもそもそもアカポスなんて分野的にハナから狙えるような感じでもなかったから知らん

人相と愛想が悪いのとかビッチリ詰まったリストカット跡を隠しもせんかったとか、まあいろいろあかんかったんはあるだろうけど、こっちは一人で死なない程度に生きるのでギリギリから、所帯ありって時点であいつらは圧倒的勝ち組だよ勝ち組

ブコメも大概で優秀な女性研究者を活用できない日本社会は~っていつもの義憤ポルノキモいよ、やっぱ健常者さまは同情を買うのがうまいよね。

私みたいなのが30歳を過ぎて日本のすすけた都会の片隅でこうやって社会呪いつつお薬飲みつつ細々と糊口をしのいでても誰の同情を買うこともできないもん

どうやったらもっと人生うまい具合にいったんだろうか、考えても頭がシビれるだけで何もわからなくなってくる

今生はもう長い長いロスタイムを消化するだけだからあんまり不安とか不満とか抱いても不毛だけどね さあ明日も早いしアメスピ吸って寝るかね

2019-06-05

39才バイト2つ職歴D3院生だが一言いか

同類っぽい吐露を友人より教えてもらったので、久しぶりに反応してみる。釣りマジレスして恥ずかしいけど、同じ文系院生文学研究)だから一言おいてく。

まず彼の苦しみはわかるよ。生きてること自体の根源的な虚しさと、プライド釣り合わない生活の間で、自画像が捻じれてるんだよね。そういうの分かるよ。たぶん同類から

でも、食べたり飲んだり遊んだり、生活するためには、多くの場合自分で働かないとダメだよ。

ニート引きこもり可能な人は好きにしたらいい。でも、いわゆる社会だとか、普通に仕事してるリーマンだとかは何一つ悪くないよ。悪いのは、プライドこじらせた自分だよ。

高卒でも中卒でも、身体使って仕事して、建物道路作ったりしてる人は皆偉いじゃん。企業組織の中で心身削って家族のために働いたり、趣味に生きるために折り合いつけたり、生活するって、そういうことだよ。

高学歴云々っていうなら、それくらい理解できるでしょ。そもそも博士に進めない程度のやる気と実力ってことは、学振も取れないし、奨学金借りてでも研究する意思がないんでしょ。学振取れなくても、バイトして研究続けるとか何とか、選択は幾らでもあったはずだよね?海外研究機関に応募することも出来たよね?それとも、こんな簡単なことも分からない程度の、お粗末な修士様だったの?

ちなみに修士号なんて、きちんとコースワークに真剣に取り組めば、誰でも取れるよ。天才ではない、何者にもなれない学卒の凡人が凡人として訓練を受けるための仕組みなんだから

高学歴なのに自己実現できない、社会が悪いって、本当に頭悪いと思うんだけど、どうかな。

彼に限らず、すべての不遇な院生全般に言えるけど、研究するから学歴があるから自己実現できるわけじゃないよ。中学生じゃないんだから、働けばいんじゃないの。

以上!

2019-05-19

大学院 (特に博士課程) 進学を考えるとき研究室選びのTIPS 2

https://anond.hatelabo.jp/20190519190721 の続き

・その研究室院生と会話をする

首尾よくそこの院生を紹介してもらえたら、教員には聞きづらい研究室生活リアルを存分に聞こう。就活で「残業」について聞くと嫌われるらしいが、研究室見学でこの手のことを聞いても印象が悪くなることはまずないと思う。むしろ、心象を悪くしているようだったら、今すぐ、そこから逃げた方がよい・・・

具体的には次のようなことを聞けばどういう生活になるのか、見当がつくだろう。

(i) 教員とのやりとり

指導教員とはどれくらいの頻度でディスカッションをしていますか」

研究室によっては完全放置というであることがあるため、自分に合ったペースで面談をしているのかを確認しよう。個人的には、二週に一度個別面談、半期に一度くらいに研究室メンバー全員への進捗報告があるとペースがよく感じる。ただし、分野、研究内容、個人性格で変わる部分なので、どの程度がよいペースなのはその人次第だ。まだ研究のペースについてよくわからなければ、「それくらいでちょうどいいですか?まだその辺りよくわかっていないので」と先輩に聞いてしまえばいい。

(ii) 研究の決め方

研究テーマはどうやって決めていますか」

指導教員からかなりトップダウンで降りてくる場合もあるし、ある程度裁量がある場合もあるだろう。これに関しては何が正解というわけではない。私の経験したパターン後者で「まず自分が知りたいことを見つけてこい」と放り出されたところから始まった。あなたにとって納得できる方針であるかを確認しよう。これは教員本人にも聞いた方がよい。

(iii) 労働時間

「平均して何時頃に来て、何時頃に帰っていますか」

「土日はどれくらいの頻度で来ていますか」

ラボコアタイム (必ずいなくてはいけない時間) はありますか」

働きすぎは人生の毒だ。必ず確認しよう。コアタイムが長い (例えば8時間) 研究室であれば、警戒した方がよい。

ただし、8時間研究室にいること自体不思議であるとは思わないし、実験が佳境であったり学会前にはそれ以上いることだってざらだ。大学院生になる以上、それは覚悟しておく必要がある。あくま懸念事項は、「平常時から8時間強要している」という点にある。私が知っているケースだと、就職活動コアタイム中これなくなったことに苦言を呈されるという事態を見たことがある。これはいくら何でも無茶苦茶だ。

どれだけ長く滞在しているのかを誇っている様子だと、やや注意した方がよい。もちろんあなたが、大学院に入ったら研究以外全てを投げ打って働きたいというのなら、それはそれで構わない。しかし、多くの人間にとって研究人生の一部である人生ではない。「これは奴隷の鎖自慢なのでは?」と一歩引いた目で見るようにしておいてほしい。

(iv) 所属メンバー

博士学生ポスドクはいますか」

博士学生ポスドクがいたら、自分よりはるかノウハウがある先輩がいるわけなので、入学後大きな助けになる可能性がある。いる場合、「博士学生ポスドクとは議論したり、一緒に研究をしたりしていますか」と聞いてみるとよいだろう。

(v) 学会出張などへのサポート体制

学会などへの出張費はきちんとカバーしてくれていますか」

信じられないことに、自費で海外学会に行かせる研究室もあるのだ。博士学振研究員に採択されているのならともかく、多くの学生にとっては経済的にこれはかなりきつい。

人件費をどれだけ重視しているのかは教員によってかなり落差があるので、聞いておいた方がよい。

(vi) 学位取得の要件

学位の取得状況はどうですか (博士号は3年で概ね取れているのか)」

学位要件は、実際のところどの程度要求されていますか」

「隠れた要件はあるのか (要綱には書いてないが、実質的要求されること)」

これまた信じられないことに、博士号を頑なに出さな教員というのは実在する。理由は様々だが、中には目を覆うような酷い話もある。だが、理由など知らなくてよい。あなたがすべきなのは人生を棒に振らないためにも学位取得状況は早い段階で知っておくことだ。これは教員本人にも聞いておくとよい。「その人次第」としか返ってこなかったら、黄色信号だ。その人次第な部分が大きいのはその通りなのだが、これでは答えになっていないからだ。

上記にあげた質問に、先輩の博士院生教員が明快に回答できなかったら、要注意だ。

(vii) 学生生活

学生間の仲はどうですか」

「同じ研究科他の研究室との関係は良好ですか」

研究室でのduty (研究以外での義務、例えば掃除) はどれくらいありますか」

快適に研究室ライフを過ごせるかどうかはこの辺にかなり左右される。ただしdutyがあること自体普通なので「あるからダメ」と言いたいわけではない。あなたにとって適切な量と内容なのかが重要なのだ

(viii) 大学院試についての相談

見学して好感度が高い場合、具体的に院試を受ける際の助言も聞いておいた方がよい。どの教科書を使って勉強するのか、講義資料院試過去問はもらえるかといった点だ。

さて、首尾よく研究室見学ができたとする。「もうここしかない」と思うかもしれないし、決めかねて迷っているしれない。が、どちらの場合にせよ、即決するのは性急だ。最終決定するにはまだまだやることがある。

複数大学院見学する

一つだけ見て、そこに決めるのは危険だ。できれば複数研究室見学しよう。

複数研究室比較することで「実はあそこは環境が悪い/良い」ということに改めて気付けるかもしれない。

劣悪な環境研究している院生は、本人たちは「大学院はこういうもの」と思い込んでいることが多い。奴隷はいしか自身を縛る鎖に安心感を抱くものなのだ。そうならないためにも、早い段階で多様な研究者と話すことで、研究に対する価値観養生していった方がよい。

・話せる大学教員研究者にその研究室評価を聞く

「授業を受けていた」程度の間柄でも構わない。「大学院進学をしたくて、○○研究室を考えています」と言えば、よほど酷い人格の持ち主でない限りは何らかの返答はしてくれるだろう。「そこは素晴らしい」だとか、逆に「正直お勧めしない」だとか。もちろん、研究者も人間なので、その人一個人見解だ。なので、全て鵜呑みにする必要はない。例えば、私は知り合いの研究者に「君、そこに進むと厳しいよ?」と諌められたが、(今のところは) 生き延びている。あくまで、考える材料として聞いてみるとよい。

指導教員研究費を取れているかを調べる

研究には金がかかる。指導教員研究費を取れているのかは、自身の学び、研究の質、量、そこから生じる心理的幸福全てに絶大な影響を及ぼす。どのようなテーマ資金を獲得しているのかは、研究室ウェブページに書いてあることもあるし、そうでなくても調べようはある。

科研費データベース

https://kaken.nii.ac.jp/ja/

このウェブページには、 日本学術振興会提供する科学研究補助金 (科研費) の採択リストが載ってある。研究室教員名前を打ち込めば、その人がキャリアを通じて獲得した科研費を全て知ることができる。もちろん、科研費限定なので民間助成金は載っていないが、大きい額の研究資金は概ね科研費なので、これを見ておけば大体の資金獲得状況はわかるだろう。

Researchmap

https://researchmap.jp/

これは、雑に例えると「研究者のFacebook」だ。研究費の獲得歴を記載してある人が多い。自分の興味のある教員名前を打ち込んでみよう。

資金自分入学時も継続している場合は、どのようなテーマ教員資金を得ているのかが、自分研究テーマにも直結するため、必ずチェックしよう。

博士号取得者のその後

その研究室学位を取った人のその後のキャリアを追ってみよう。人によっては研究室ウェブページ掲載している。そうでなくとも、博士取得したであろう過去院生名前検索したり、その後の業績を追いかけるとよい。著者名での論文の調べ方がわからなければ、「Google Scholar 著者名」で検索してみよう。

学振DCPDの採択実績

学振DC、あるいは学振PDとは、日本学術振興会特別研究員という制度だ。簡単に言えば博士課程や、その後のポスドクでもらえる給料研究制度だ。博士課程を希望していてこれを知らないのはもったいないので、知らなければすぐに調べたらよい。

博士に進む場合は、学振採用されることはかなり重要だ。色々問題ある制度であることは否めないが、例えばDC1に採択されれば少なくとも3年間の生活保障されるので、狙わない手はない。

学振に通る研究室は、大体固定化される傾向にある。「結局は知名度」と言われる意見散見されるが、私はそうは思わない。学振に毎年のように通る研究室は、先輩が後輩の申請書を添削したり、後輩が採択された先輩の申請書を丹念に分析して執筆しているものだ。

従って、進学先の研究室の先輩が学振に採択されているのかはしっかりと見ておいた方がよい。学振に通っているのかは、研究室ウェブページ掲載されていることが多い。そうでなくても、学振ウェブページに採択者一覧が載っているので、教員名前で調べるとよいだろう。

https://www.jsps.go.jp/j-pd/pd_saiyoichiran.html

学振に通らなくても研究者として成功している人が大勢いるので、学振に通ることと研究者として成功することはイコール関係ではない。だが、ある程度博士課程学生がいるのに、誰一人通ってない研究室というのは、やや危険かもしれない。個人的にはやめておいた方がよいと思う。学振が通っている研究室は、申請書を見せ合う文化がある。往々にしてそのような環境の方が、平時から学生同士が活発に議論したり、お互い批判的に語りあえる仲であることが多い。

少なくとも、学振が全く通っていない研究室では、質の良い申請書を書くノウハウ指導してもらえることはあまり期待できないだろう。

https://anond.hatelabo.jp/20190519202206 に続く

大学院 (特に博士課程) 進学を考えるとき研究室選びのTIPS 1

タイトル通り、大学院進学希望者が、進学先を決める際にした方がよいこと、すべきことについて助言を書いた。

既に巷に溢れている記事ではあるが、様々なところで進学先の失敗談を聞いて、改めて書こうと思った。主に博士進学を考えているもの念頭に書いたが、修士就職する人にも参考になるかもしれない。

当方現在ポスドクで、大学院時代はそこそこ上手くやってきた方であるとは思っている。もちろん、相応の努力はしたが、それだけではない。上手くいった大部分は指導教員、ひいては研究室選びで良いスタートを切れたことによるのだが、修士課程に上がった当時は、右も左もわからず、たまたま見つけた研究室に進んだ。つまり、運が良かったのである

今だからこそわかることもある。また、諸所で指導教員とのトラブルの話を聞いていると「それは下調べさえしていれば避けられていた・・・」と感じることが多い。

そこで、大学院特に博士進学まで見据えて考えている人に、今自分学部4年、あるいは修士2年次であればこうするであろうというTipsを述べたい。

当然、部分的には当たり前であったり、逆に分野によって文化の異なるところもあるかもしれない。なので、納得のいく箇所があれば適宜参考にしてもらえれば幸いだ。

研究室を探す

まずは自身の関心のある分野の研究室を探さないと始まらない。研究室の探し方は人それぞれで、どうしてもその時々の巡り合わせに左右されてしまう。なので、ここでは私の経験を書く。

私の場合学部研究室テーマからは変える予定であった。具体的ではないにせよ、方向性を決めたのは学部3年生の頃で、大学にその分野の研究室がなかったのだった。仕方がないので、その分野で有名と思しき研究室を調べ、いくつか候補とした。

候補となる研究室は、学部時代指導教員に当該分野のある大学を聞いたり、学外の研究会に出席することで知った。また、見学に行った先の教員から教えてもらうこともあった。ようはとにかく、行動することだ。

ただ、私の場合は、結局最終的に行き着いたのは学部2年生の頃受講した講義で知った研究者だったので、この点は運がよかったとしか言いようがない。

学会などは、学部生が無料場合もある。絶好の機会なので参加するとよい。学会にいけば、シンポジウムで当該分野で目立っている研究者の顔ぶれを知ることもできるし、ポスター発表会場で直に会って、実働隊として研究をしている大学院生やポスドクと会話することもできる。「知識もないのに聞いても迷惑ではないのか」と不安かもしれないが、心配はいらない。大部分の研究者は、意欲的な学部生が聞いてくれることを喜んでくれる。邪険に扱ってくる者がいれば、その人の問題なので、気にしなくてよい。

研究室見学にいく

研究室見学には必ずいった方よい。大学院説明会というのもあるが、可能であれば個別アポを取って見学にいく方おすすめだ。そちらの方が平常運行状態研究室を見ることができるし、個人的質問相談ができるチャンスが多いからだ。

多くの研究者研究室大学ウェブページ自身メールアドレスを公開している。そこからコンタクトを取ればよい。大抵の場合は、返信をくれる。メールを書く際には、件名に「研究室見学のお願い」と、要件を必ず書くこと。

メール文章例を載せる。この例以外にも、「研究室見学 メール」などとググれば文例はいくらでも出てくるので、自身に合った書き方を真似つつ、丁寧かつ、要件が明快なメールを送ろう。

ポイントとしては

  • 簡潔に「進学先を探しているので見学をしたい」という要点を書く
  • 何に興味がありコンタクトを取っているのかをごくごく短く書く
  • 名前所属記載するのは忘れないように

といったところだ。

例1

————————————————————————————

○○先生

お忙しい中、突然のメール失礼します。

hogehoge大学hoge学部hoge年の○○と申します。

私は大学院進学志望でhogehogeに興味があり,○○先生研究室見学したくメールをさせていただきました。

もしお時間があれば研究室訪問させていただきたいのですがいかがでしょうか。ご連絡お持ちしております

[ここに名前]

hogehoge大学hoge学部

[ここにメールアドレス]

————————————————————————————

例2

————————————————————————————

○○ 先生

突然のご連絡失礼いたします。

hogehoge大学hoge学部hoge年の○○と申します。

○○先生研究室を~~~~~~~~~~をきっかけに知り、是非見学させていただきたく、メール差し上げました。

私は現在~~~[現在の状況]~~~~~で、進学先の進路を模索している最中にあります

それを考えるにあたり、○○先生現在のご関心や今後の展望について一度伺いたいと思うに至りました。

つきましては、入試などでお忙しい中大変恐縮ではありますが、2, 3月中に訪問時間をいただけませんでしょうか。

どうぞよろしくお願い申し上げます

[ここに名前]

————————————————————————————

修士学生ならともかく、学部生は教員メールを送って見学にいくのは、(他大学だと特に) ハードルが高いかもしれない。しかし、繰り返しになるが、研究室見学には絶対にいくべきだ。相手無駄時間を取らせてしまうかもしれないと恐縮する気持ちもわかるが、大学院に進めばあなたは少なくとも2年、場合によっては5年かそれ以上の時間をそこで費やすのだから

さて、首尾よく研究室見学に行けたとする。何を話し、聞くべきか。こちから聞かずとも、概ね先方が紹介してくれると思うが、必須な項目を述べておきたい。

・目下の研究について聞く

研究室は大きくなればテーマが多様であることも多いし、先端の分野であるほど研究流行り廃りは激しい。従って、未来指導教員が今、現在、何に関心があるのかは率直に聞くべきだ。

とはいえ、下調べは忘れずにしておくの忘れないように。具体的には、見学にいく研究室の直近の論文には目を通しておこう。目安としては、最低5年分はざっと読んでおくとよい。全部理解できなくてもよい。むしろ理解しきれなくても「面白い」と思えればそれを実際に会ったときにぶつければ会話が弾む。これを面倒に感じるなら、そもそもその研究室あなたに合った場所なのか考え直すべきだ。

実際に会って話すときは、回りくどい言い方はしなくて構わない。ストレートに聞きたいことを聞けばよい。

最近論文、例えば去年のhogehoge掲載された研究は○○についてでしたが、今後もそのテーマ継続されるのでしょうか?」

「今後5年間では、どのような題材を扱おうとお考えでしょうか?」

「まだ実現していなくとも、先生自身が今後着手したいテーマや注目している現象などがあればお聞かせください」

など。

この手の質問への回答が、あなた琴線に触れるかどうかが一番大事だ。指導教員自分明後日の方向を向いている状態博士課程を生きるのはかなりつらい。「乗るしかない、このビッグウェーブに!」と思えることがまず重要なのだ

研究テーマ相談する

自分がその研究室に進んだとしたら、どういうことをやりたいのか、興味がどこにあるのかを伝えよう。相手あなたが何者で、何をしたくて来ているのかわからない以上、何を話せば楽しんでくれるのか探り探りなのだ博士課程に進むつもりなら、その旨も伝えた方がよい。

興味関心を伝えれば、何を話せばいいのかも明瞭になるし、場合によっては「それを扱うことができない」ときっぱり伝えてくれて時間無駄にしなくて済むかもしれない。

そうであっても、場合によっては当該分野の研究者を紹介してくれる可能性もある。相手業界人なのだ。頼りまくって構わない。私自身、それで別の研究室見学に行かせてもらったことがある。

特にまだやりたいことが明確でない場合、そう伝えればよい。ただ「○○を面白いと思った」といった、どの辺りに関心を持って見学に来ているのかは伝えよう。テーマを決めかねているのを恥ずかしく思う必要はない。多くの教員は「一緒に考えていけばいい」「今日見せたものなら何が面白かった?」「実は君が面白いと言ってくれた○○は今後こうしようかと思っていて・・・」と話を広げてくれるだろう。

余談だが、実を言うと、具体的なテーマが決まっていない方が受け入れ側からすると「楽」場合もある。なぜなら、学部修士学生が独力で思いつくテーマは大抵面白くないのが現実であるからだ。なので、「こういう方向に興味があるが、具体的にはまだわからない」くらいの方が楽しく議論しながら研究を具体化できるので、指導する側からすると気が楽であったりする。最悪なのは絶対にこれをやりたい」と熱意にあふれているが、そのアイデアがつまらない学生だ。下手に折ると熱意が萎えしまいかねないが、そのまま受け入れると研究リソース無駄になってしまう恐れがある。そのため、気を遣いながら方向修正していく必要があるからだ。

設備について質問する

研究には設備必要だ。自分のやりたいことがある程度決まっている場合必要設備も自ずと定まってくる。それが研究室にあるかどうかは、確認した方がよいに決まっている。マウス研究室ショウジョウバエ研究をしたいと言っても苦笑いされるのが関の山だろう。

また、使いたい設備がわかると、そこから指導教員と会話が広がる可能性もある。どういう方法論に興味があるかがそれで伝わるためだ。

自分が使うかもしれない設備については、研究室の人数に対して適正な規模になっているのかを見ておくとよいかもしれない。例えば解剖スペースが学生数に対して小さすぎると、なかなか自分が使えないといった事態もありうるかもしれない。これは数年の生活では結構ストレスになるので、快適に仕事ができるかどうかは十分に見ておくとよい。

また、実験設備以外にも、共用の院生室などの充実具合も確認しておいた方がよい。

作業机は個人ごとにあるのか、共用であれば十分な広さであるか。私の知っているところだと、二人で一つの机を共用で、曜日ごとに融通し合わなければいけないところがある。キャンパスに通うモチベーションがガクッと下がるのは言うまでもない。

さらに驚くべきことに、ゼミ資料印刷費が自費という研究室存在する。学費を払って大学院に来て、さらに雑費まで払わされるのだ。

余談だが、私はコーヒーが好きなので、研究室に上等なコーヒーマシンが置いてあったのはかなりQOLを高めてくれた。

とにかく、見学した際に、自分がそこで生活するイメージが湧くか考えてみよう。

収入事情

博士院生金銭に頓着しない人間が多いが、生きていくだけの金銭が確保できるのかはよくよく検討した方がよい。金銭というのは、あまり多くても心理学的な幸福を増加させてくれないが、ないと一瞬で人を鬱にしてしまうのだ。

学振が取れればそれでいいが、問題修士課程と、博士学振取れなかった場合だ。

具体的には奨学金RA (research assistant)、TA (teaching assistant)、学費免除制度について尋ねよう。研究室によってはRA学費実質的にタダであったり、そもそも博士課程に学費がかからないところもある。

一方で、無償TAやらせたり、年々あれこれ理由をつけて学費をジリジリと上げている研究科も、私は知っている。

博士課程であれば、学生非常勤講師をどうの程度しているのかを聞いてみるのもよいだろう。ツテがあれば、非常勤の枠を斡旋してもらえ、収入源となるだけでなく教育もつく。

また、日本学生支援機構奨学金は通常ただの学生ローンであるが、大学院生かつ、一種 (利子なし) の場合免除制度がある。その研究室ではどの程度通っているのか聞いてみるとよいだろう。

これらのことも、率直に聞けばよい。

学費について不安なのでお尋ねしたいです」

奨学金はどの程度取れるものですか」

RATA制度はありますか」

非常勤講師の枠などはありますか」

のように。

教員現在ポジション

興味がある教員肩書きが「准教授である場合博士号の主査になれないことが多い。

その場合、通常は名目上、その研究科の別の教授主査になってもらうことになる。その際に不利益が生じることがある。

例えば

真っ当な良心を持っている人には何を言っているのかわからねー部分もあると思うが、私にもわからない。とにかく、現実にあるのだ。

ただ、そのようなことがないか確認するのは、入学前だと極めて困難であるのが実情だ。

少なくとも、そこの准教授学生がきちんと学位取得まで学生を育てているのかはよくよく確認した方がよい。

大学事務システム

これは博士で、特に学振DCを取る人向け。大学によっては研究費の執行システムがかなり厳格なことがある。研究不正をなくすためという高邁な精神は清く、正しいのだが、その結果大部分の研究者にとってはただただ煩雑であることも少なくない。将来的にDCを狙う場合は、聞いておいて損はないだろう。

まぁ、「事務研究者にsupportiveですか?」とか。学生が聞いてきたらちょっと気味が悪いかもしれないが。

研究室雰囲気はどうか

研究室雰囲気というのは面白いもので、実際に脚を運べば必ず漂っている。アクティブ研究室は活気に溢れているし、停滞している研究室には淀んだ空気が流れている。学生が働いている様子を見れば、自分がそこに加わりたいか、実感を持って考えることができるだろう。

気の利く教員なら向こうから所属している大学院生を紹介してくれる。そうでなくとも見学に行った際には「所属している大学院生と話がしたい」という旨を伝えるとよい。よっぽど後ろめたいことがない限りは、快諾してくれるはずだ。

https://anond.hatelabo.jp/20190519202053 に続く

2019-05-02

anond:20190429014612

俺も今学振PD書いてるけどマジできつい。申請書を書く体験が初めてで、論文書いてる時にあるような、"最後の完成形が見えててそこに向かってる"って感じがまるでない。

2019-04-29

anond:20190429014612

研究は何とかなる。手法技能問題なので、慣れが必要

論文はたくさん読もう。発想の元になる。

論文読めないのは、言語感覚のせい。何語を使っているから知らんが、言語感覚は早く身につけといた方がいい。論文読むのも書くのも楽になる。

学振も書いてる間は辛いだろうけど、悲観することはない。学振通らなくてもテニュアになってる人は大勢いる。

ただ、人の心は何とかできるものではない。できるとすれば、自分気持ち相手に知ってもらって、自分なら幸せにできると訴え続けるしかない。自分だったら、恋愛に関してはまずは行動を起こすと思う。

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