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はてなキーワード: 軍国少年とは

2023-07-15

君たちはどう生きるかメモ追記ネタバレ注意)

anond:20230715182101

人生経験を凝縮した、メタフィクションメタファンタジー)として読む。

異界での経験は、誕生→頼れる大人(親)との出会い世界の仕組みの理解→友人との出会い→親との別れ→友人との冒険→敵との対峙→異性との出会い呪い(真の困難)に直面→人生を決める決断 とステップを踏んでいく。

物語全体の構造は、千と千尋の神隠しと一緒。異界へ踏み込み、親(的な人)と別れ、ボーイミーツガールがあり、自分の力で成長し、元の世界に戻る。

異性が自分の2人の母である点が奇妙だが、これも「子どもにとって、恋人との関係性は想像し辛いが、母親との関係想像やすい」からだとすると納得はいく。母親との別れは辛いのだ。

なぜ現代舞台にしなかったのか。千と千尋と近くなることを避けたかったのか。真人軍国少年ぶりの中に、アシタカのような武人性を込めたかったのかも。しかしこれはキャラクター共感しにくい弱点にも見える。

キャラクター共感して見たい人には厳しい映画だ。

君たちはどう生きるか

君たちはどう生きるか

この話は難解という感想をよく見るが、その実は全く逆で、宮崎駿監督作品として一貫して伝えたかった事を、教養のない愚かな大衆の為に限りなく簡潔で単純なストーリーに落とし込んだ結果、宮崎駿自身も「訳が分からなくなった」作品である

この作品宮崎駿自叙伝であることは既によく知られているが、彼の内面バックグラウンド、そしてこれまでの作品で彼が伝えたかったテーマ一貫性を保っている。

彼はそもそもこれまでの作品にも自分と周囲の環境とを幾度となく投影してきた。ただし、それは一部のマニアしかからないものであった。今回は、そのベースに加えて現実宮崎駿自身の回想を複雑に絡ませて投影されているだけでなく、そのものずばりで作品オマージュという形で追想しているのだ。

そしてここから重要な点だが、当然それは単なる追想ではなく彼が監督作品で一貫して伝えたかった「生きるとはどういうことか」というテーマに対して「自分はこうしたがダメだった」のだというメッセージになっている。

戦闘機の風防を量産する軍需工場経営をしていた父のもとで軍国少年として育ち、裕福ながらも厳しい家庭で母の愛を十分に受けることができなかった宮崎は、敗戦左翼に傾倒して東映アニメーション高畑功と出会い、強い影響を受けて監督作品にそれを秘めるメッセージをこめてきた。

これまでの監督作品で散りばめられていたオマージュや背景設定には、子ども向けの作品でありながら大人には「鑑賞者の教養」をもってして強烈な現代資本主義衆愚政治に対するアンチテーゼが展開されてそれこそが深みとして楽しめるものになっていたのだ。

だがそれは一部のマニアけが知るものとなり、実際に「大人である大衆が想定以上に教養がなかったがためにジブリ作品ストーリーアニメーションとしてのレベルの高さといった表面的なものばかりが「良い」とされ、宮崎駿高畑功が伝えたかった事は伝わらなかったのである

それでも宮崎駿は諦めず、本作のアオサギたる鈴木敏夫にそそのかされて愚かな大衆と私腹を肥やす連中のために作品を作り続けた。いつか伝わるだろうと鑑賞者を信じて。

いや、もう飛べないのに何度も何度も鈴木敏夫に首根っこをつかまれて。

そうして作った過去作品たちだが、まるで伝わらなかった。そして彼は遂に「諦めた」のである。「諦観」にも近いだろう。戦後日本人が当然に持っていた強く気高い教養は、戦後75年高まるどころか全く失われてしまった。

まさに劇中のインコのように、脳みそが小さく何も考えることができない、ただぴーちくぱーちくインターネットで喚き、特異なもの攻撃する。コンテンツをひたすら消費する愚かな大衆に対する、宮崎最後の強烈にシニカル表現である

そして現代日本人代表するように庵野のような表現個人主義的な自己実現による自己救済、新海のような風刺のない純潔大衆作品、そして特に何もない残せていない息子が残った。中盤から終盤にかけて、継母のタッチが明らかにジブリキャラではなく、庵野や新海といった顔の印象を残しているのは、「俺はこう生きた、お前らもあとは好きにやれ」という餞であろう。

こうした自身の溜まりにたまり、ある種の呪いに近しい諦観を、いよいよ吐き出し昇華せんと最後の力を振り絞って、教養が無くてもそれとわかるように単純かつオマージュジブリ作品にし、走馬灯のように仕立てた。大叔父は死期を間近に控えた自分自身であり、13個の積み木と世界スタジオジブリのものである自分自身が、自分自身に対してケジメをつけた作品なのだ

作家経験したことしか書けない」は宮崎駿とて例外ではない。自己を総括するように、母性に対する渇望と周囲の女性達との思い出が上手く母・継母・見守るおばあちゃんたちといった具合に添えられている。

この作品を単なる消費物としてみたとき評価駄作であろう。

だが、この作品は紛れもなく宮崎駿自伝かつ遺書であり、「君たちはどう生きるか」はこれまで一切メッセージが伝わっていなかった人間達に対する、まっすぐな問いかである

追記

残念なことに、この作品を観て本当の意味で「あぁこれはねぇ~」と嬉々としてはしゃいで満足するのは岡田斗司夫ぐらいで、上記のような内容を今にYoutubeレビューをするだろう。

2021-10-15

anond:20211015000532

アレの最初はロボ系じゃなくて宇宙戦艦ヤマトの操舵関連のやつじゃないかなあ。

軍国少年ごっこ遊びから気にしなくてヨシ!

それよりオーラ力やイデの無限力で動く方を気にしてみない?

2021-09-12

anond:20210912160154

精神文化の違いじゃないの?

日本原爆投下されたら軍人右翼天皇軍国少年も皆平和主義なったけど、核恫喝されてもベトナムは「打ってみろ。そんなもので屈するものか。」だろ?

日本では死刑が抑止になるけど外国ではならない

2018-07-14

平成日本オウム真理教

2018年

anond:20180714202909 ネットは息苦しい場所になった

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anond:20180711100253 平成最後っ屁

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anond:20180710233203 オウム高学歴信者がおおかったってイメージあるけど本当なのか

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anond:20180710104437 オウムも隆法もアニメ作ってた!やっぱりオタクを取り込もうと…

anond:20180710091536 麻原の遺骨の処分

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anond:20180709221800 倫理教育で人の内心が変えられると信じる人ってオウム

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anond:20180707215321 国家意思としての麻原の死刑

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anond:20180707191426 オウム裁判の全記録って、インターネットで公開されているの?

anond:20180707182340 昨日生まれ子供は災難だな

anond:20180707114551 オウム公開処刑によって日本評価が【中世から古代】までさらに後退したようだ

anond:20180707105218 大雨で天の川どころじゃないし

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anond:20180707091750 オウムの件

anond:20180706215833 オウム事件の後に「カルト危険宗教教育必要!」なんて言われたが・・・

anond:20180706213608 そういえば小学校の頃オウムごっこやったよな

anond:20180706182250 死刑廃止派の一法曹としての意見

anond:20180706145533 だよな麻原処刑の功績で森かけの汚点は完全に消せる

anond:20180706145059 麻原を殺す必要性はなかった

anond:20180706123901 小学校の時の担任先生出家していた

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anond:20180706115434 自分地下鉄サリン事件の時幼稚園児だった世代だけど

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2017年

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2016年

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anond:20160726191053 相模原事件地下鉄サリン事件

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anond:20160630224715 オウム真理教時代はてながあったら

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anond:20160124144455 オウム関係用語は全て「不謹慎から」外されてるよ

2015年

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anond:20150828032921 アタマが足りない人は、いじめっこにもなるし、いじめられっ子にもなるんだよね。

anond:20150708081247 韓国は「反日教

anond:20150619020701 電車の中で、化学薬品のにおいがした。オウム地下鉄サリン事件を思い出した

anond:20150516140913 東京オウムサリン事件で何を学んだのか

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anond:20150320221128 オウム共感はできなくとも理解ぐらいは出来なくては、

anond:20150209113503 オカルトとか陰謀論とか都市伝説とかデタラメなんだけどさ、それにツッコミいてれてるほうも頭悪い理屈だったりするんだよな。

anond:20150127233259 ISISワールドワイドオウム真理教的なもの

2014年

anond:20140601181253 はてサの中でガチ中核派とか革マル派の奴らってどれくらいいるんだろ

anond:20140417195346 「オウムが移り住んできた上九一色村では、麻原が村長になる寸前だった」

anond:20140117112426 オウムの代わりの「救い」はもう出てきているよ。ナショナリズム排外主義という名前で。

anond:20140117034425 宗教インターネットについてダラダラ考えてみる。

2013年

anond:20131130225145 コストダウンと言う名の宗教

anond:20130831192426 以前、森毅の本で、軍国少年だった旧制中学時代の友人が戦後共産党議員になったという話を読んだことがある。

anond:20130722112434 山本太郎支援団体

anond:20130627122103 時代が違えば、オウム正義足り得た可能性があった。

anond:20130621152126 詩人オウム世界

anond:20130427235140 大阪矢田ってそんなに危なかったのか

2012年

anond:20121228103909 日本人の刷り込みに対する嫌悪感ってオウムサブリミナル騒動あたりから始まったような気がする

anond:20120624193549 ヨガをやっている人ってオウム教徒らしいよ?

anond:20120526234858 オウム真理教と現代ネット社会の共通

anond:20120506212541 日本飲食業小売業の正体

anond:20120411184939 “オウム真理教のナウい教化法”を実践した広瀬死刑囚の手紙 vol.6

anond:20120411184707 “オウム真理教のナウい教化法”を実践した広瀬死刑囚の手紙 vol.5

anond:20120411184505 “オウム真理教のナウい教化法”を実践した広瀬死刑囚の手紙 vol.4

anond:20120411184332 “オウム真理教のナウい教化法”を実践した広瀬死刑囚の手紙 vol.3

anond:20120411181253 “オウム真理教のナウい教化法”を実践した広瀬死刑囚の手紙 vol.2

anond:20120411181135 “オウム真理教のナウい教化法”を実践した広瀬死刑囚の手紙 vol.1

2011年

anond:20110829222843 分かり合う、という言い方は対立構造を前提としたものから分かり合えるかといったら分かり合えない。

anond:20110716154122 オウム事件があったこ

anond:20110112002101 伊達直人オウム脱会信者説がささやかれている

2010年

anond:20101219033026 当時反社会的宗教団体オウムの他にもあった訳だが、目だった犯罪を犯したところは数少ない。

anond:20100910130638 頭の悪い皮肉り方について

anond:20100908020614 「何でもこれをやれば解決する」なんてありはしないんだもん。

anond:20100830100822 日本つっても色々な国があるだろ

anond:20100816004746 「常に自分が悪い」と考えることは「常に他人が正しい」と考えることと同じ

anond:20100605195535 ナイーブエコナイーブな反エコ

anond:20100114035016 平穏生活を送っていると国家が気にならない理由

2009年

anond:20090907221149 今週のお前が言うな

anond:20090711155829 逃走は革命

anond:20090708200527 幸福実現党は数議席獲得するのではないか

2008年

anond:20081222175050 勉強が出来ることが頭がいいの?

2018-02-11

公教育が軍国教育で軍国少年育てまくってしまった歴史があるからだろw

日の丸君が代を素朴に捉えすぎ

2017-12-12

戦争が起こって欲しいわけではないけれど…

戦争したくもないし起こって欲しくもないけれど

いざ戦争になったら今よりイキイキできそうに思えるんだよなあ

かなしい妄想だけど

から追い込まれないと本気が出せないタイプ自主性が微塵もないんだよね

逆に厳しくされたほうが結果がでるんだ、嫌なんだけどさ

なんかわかんないけど戦時中に生まれてたら愛国心の塊のような軍国少年になっていたかもしれない

2016-01-25

ある少年飛行兵の話し

から71年前の1945年1月25日、彼はフィリピン沖で護衛空母特別攻撃実施し、戦死した。

私は彼の存在老人ホームでのボランティアで知った。

陸軍飛行場が近くにあったこの地域では、東大に入るのと同じくらい難関のパイロットという道が、

現実的ものとして認識されていたようである

彼もまたそんな軍国少年の一人で、軍人になることを決意し、陸軍少年飛行兵となった。

彼が乗ったのは「戦闘機」ではなくて、「爆撃機」だったそうだ。

99式双発軽爆撃機通称「99双軽」と呼ばれたその機体は、かの有名な零戦と同じく、

序盤はその軽快な運動性で戦果を挙げていたが、後継が続かずに旧式化していった歴史を持つ。

入隊して以降、実家へは手紙も寄越さなかったそうである

ただ一度、その99双軽で帰ってきたことがあったそうだ。

彼の乗った99双軽は実家のあった大字上空で旋回、上昇、降下といった曲芸飛行を見せた後、

小学校の校庭に彼のしたためた遺書を投下して、飛行場へと消えた。

弟の方がこの一部始終を見ていて、曲芸飛行の様子を教えてくれたが、その飛行の意味は分かっていないようであった。

飛行機特に大戦中のレシプロ機はとてもデリケートな乗り物で、華やかなイメージとは裏腹に、

常に危険と隣り合わせの代物であった。

急降下爆撃を念頭に置かれて開発された99双軽も、降下速度を見誤れば引き起こしの際に粉々に吹き飛ぶし、

戦闘機に比べて機体が重い爆撃機は旋回や上昇での失速も激しい。

操縦手達もレッドアウトやホワイトアウト危険さらされる。

恐らく何時間にも及ぶ訓練の中で、彼は自分と機体を極限まで追い詰め、その操縦スキルを手に入れたのだろう。

彼はその後大陸戦線へと送られた。

恐らく、故郷上空で見せた急降下で敵の車両拠点に爆撃を加えたのだろう。

そして、それは最後特攻の際も恐らく――。

記録は残っていないが、さんざんっぱら旧式化した双発の爆撃機である

戦果は無かったろう。

享年19歳。

19の青年ができた最後親孝行が「急降下」を見せることであったことを思うと、今でも胸が苦しくなる。

只今は誰にも看取られることなく逝った彼の無念を思うばかりである

2015-09-04

戦争の思い出

死ぬ前に書き残そうと思った次第。

僕が子どものころ京都の北のはずれ岩倉というところに住んでいた。

今でこそ家が立ち並んでいるが当時は戦争とは無縁な田舎だったが、

それでも大阪空襲を受けると空が燃えるように赤くなって怖かった。

当時の大人たちは次は京都の番だとささやいて恐れていた。

僕は来るなら来いと思っていた。軍国少年だったのである

有る時、親戚を頼って滋賀県虎姫の方へ移住することになった。

もう終戦間際の話である

田舎滋賀県でもさら田舎のところだから爆撃なんて受けない。

なので上空を敵国の戦闘機が飛ぶと、みんな竹槍をもって、空にむかって

エイッ、エイッと突き上げていた。

それをみなが一斉に真剣な顔をしてやっている。

軍国少年の僕もさすがに馬鹿じゃなかろうか。

田舎とは恐ろしいところだと思っていたが口にはだせなかった。

そんなある日、いつものように戦闘機が上空を飛んで、

みながエイエイッと竹槍を上空に突き刺していたら本当に戦闘機が落ちてきた。

もちろん竹槍が功を奏したのではなく、対空射撃たまたま当たったのである

戦闘機は落ちたがパイロット落下傘で降りてきた。

住民は喜んで駆け寄った。捕虜にするためではない。

竹槍で刺し殺すためである

毎日毎日鬼畜米英教育をされていたので、外国人ほとんどみたことがない

田舎者にとっては国家の敵としか見えなかったのであろう。

結局そのパイロットは竹槍で突かれ惨殺された。

僕は死体はみなかったが、地上に降りるや否や殺されたらしい。

みな敵を撃ったと喜んでいた。

当時の僕はやったかーと興奮して夜は眠れなかった。

それからは竹槍を突き刺しても戦闘機は落ちてこず、

しばらくするとピカがあり戦争が終わったのである

今でもあの時のパイロットは記録に残っているのだろうかと思うことがある。

ここに記録として残し、故人の冥福平和を祈りたい。

2013-08-31

http://anond.hatelabo.jp/20130831135023

以前、森毅の本で、軍国少年だった旧制中学時代の友人が戦後共産党議員になったという話を読んだことがある。

要はそういうこと。右か左かが本質なのではなく、現実に合わせて世界解釈するのではなく、あまりにも単純な「模範解答」に世界を無理矢理合わせこもうとする教条主義者か否かというのが本質

ネトウヨとか電波系反原発とかと要するに似たような人種意見の合わない人間を「鬼畜米英」とか「軍国主義者」などと悪魔化し、気にくわないことは全て「韓国捏造」や「原子力ムラ陰謀」で片付ける。

この手の人は結局、自分で気付くしかないんだと思うよ。でないと一生そのままだよ。それまでは、中核派とかオウムとか在特会とかに絡め取られないよう祈るしかいね

2009-04-15

http://anond.hatelabo.jp/20090415173110

こいつらの思考回路ってどうなってるんだろう

 年寄りは頭の堅いバカ&今の若いもんはなっとらん

 ではないか。

戦前派 軍国少年

団塊  戦後リベラル

団塊ジュニア 希望格差

ほら、右、左、右。

2009-02-18

吉本隆明: ひきこもれ!

あるテレビ番組で、スーパー店長だった人が一念発起して、ひきこもりがちな人にデート相手を派遣して外に引き出すボランティアを始めたというドキュメンタリーをやっていました。番組で、ボランティアの人とひきこもりの人が一緒に集まって話していて、話の内容自体はどうってことない雑談なんです。

ただ、その場の雰囲気が、どうも精神的に不健康というか、異常というか、なんとなく薄気味悪いものを感じた。こりゃ健康じゃないぜ、と思ったんですよ。

その元店長さん自身、引き出すことはいいことだと信じきっている様子で、怖い。ひきこもる人には様々な理由があるんだろうけれど、僕は外に出たくない人はひきこもらせてやったっていいじゃないかと思うし、本当におかしくなっちゃったら、それは専門の医者の領分でしょう。素人さんの価値観で引き出すのが正義だと、そんな簡単なことなんだろうか。

僕みたいな物書きは一日中ひきこもってますよ。精神状態はどうかって言われたら、自分でも何となくおかしいような気がする。でも、そのギリギリのところを歩く職業だと思って僕はやっているわけですからね。

役者さんとか女子アナウンサーとか、人目につくところに出る仕事の人がいる一方で、藍染め、友禅染め熟達した職人さんのように、目立たないところで一日中口もきかずに同じことを繰り返している人もいる。僕に言わせれば、そういう人が職業としては一番まっとうで、すごいと思う。立派な職業人、専門家というのはそういうものです。

人間を外に引き出したほうがいい、社交的なほうがいい、こういう考え方は、メディアの発達とともに力を持ってくるんでしょう。インターネット携帯電話と、コミュニケーション手段が発達していくのが最近の世の趨勢で、これに逆行することはできないんですが、コミュニケーション自体が自己目的化したらそれはちょっと病気です。

そういえば、これもテレビでやってたんですが、自殺願望の人ばかりインターネットを使って五千人くらい集めたグループがあるそうです。勧進元の若い男の子が出てきて話をしていたんだけど、やっぱりいいことをしてると思ってるわけです。自殺したがっている人どうしが相互に励ましあったりして何とすばらしいのかと、これまた何の疑いもなく信じ込んでいる。

僕はこれを「引き出し」症候群と呼んでるんだけど、ひきこもりの人にデート相手を紹介してまで外に引き出そうと思うこと、自殺願望の人を五千人集めようと思うことの異常さに気づいてほしい。客観的に見て、あんたのほうがちょっと病気じゃないかと言いたくなるんです。

何だかひとりぼっちでいることが軽視される風潮があるんじゃないか。友達がたくさんいないと駄目なような雰囲気があるんじゃないか。

これもテレビで観たんですが、「ランチメイト症候群っていうのがあるそうですね。学生さんOLが、弁当を一人で食うのが嫌だっていうんで、前の日の夜から電話約束するらしい。「明日わたしと一緒にお昼ごはんを食べてよ」なんて具合にね。

僕らの子供時代なんて、親から「食べるときは黙って食べろ」と言われたもんです。

僕は一人で新聞を読んだり雑誌を読んだりしながら弁当を食べるのが普通だと思ってたんだけど、いつの間にか「それは異常だ、友達のいない奴だと思われる」という価値観になってしまっている。誰も自分自身でものを考えることができなくなっちゃったんじゃないか、こりゃあ大変なことだぜ、と思ったんですね。

ただ、よくよく考えてみれば、戦争中はリベラルなことを言うと「けしからん」と村八分にされたし、戦後市民運動なんて馬鹿なことをずっとやっていますから、日本という国は元来あんまり自分でものを考えない国柄なのかもしれません。環境ホルモン危険だとか、原子力発電所反対だとか大声でやってるでしょ。連中は数を頼みにして感覚だけを根拠にいろいろ言う。僕は市民運動が嫌いです。彼らは自分で作りだした恐怖感に酔って、気分でものを言っているだけだからです。

選挙のときもそうだけど、みんな民主主義勘違いして、数が多ければそれが真実だと思いこんでいるから、自分の頭で考えることもせずに、員数集めばかりしている。

他人の目を気にして弁当仲間を集めるOLも、ひきこもりを外に出そうとする人たちも、根っこは一緒なんですね。誰かが「カラスは白い」っていえば、感染症のように「白い」「白い」って言い出す。雰囲気がすべてで、それしかない。開かれているようで、実は思考が閉鎖しているんです。

未来のある人には冷静な自己反省というか、自己相対化というか、内省する時間を持ってほしい。ひきこもるくらいでちょうどいいんです。

何が強いって、最後はひとりが一番強いんですよ。僕はいつもひとりで考え、ひとりでものを書いてきました。まあ、僕も戦争中は軍国少年だったから、お前だって同じじゃないかと言われるとちょっと恥ずかしいんですけどね。

2007-06-03

あの頃はなぁー。

よく、戦中生まれの年配の方が「当時の私は軍国少年で…」みたいな昔話を自嘲気味するの聞くじゃん。

僕が老人になったときに「軍国」の変わりに「Google」で同じようなこと愚痴っている世界にはなっててほしくないなぁ、と思った。

 
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