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2024-08-16

「決まり文句を憂う元特攻兵」

多くの犠牲者を出したアジア・太平洋戦争。追悼の場では「尊い犠牲の上に、平和日本がある」というフレーズが使われ続けている。戦争を起こした責任が忘れられていないか――。軍国少年だった男性は憂慮している。

https://www.asahi.com/sp/articles/ASS8H3K3SS8HUTIL028M.html

朝日の「季節モノ」の角度付きポエム記事を見かけて、思ったことをいくつか。有料記事なので中身は読んじゃない。

「元特攻兵の憂慮」は「平和のための尊い犠牲」という決まり文句の決まり文句性に向けられているようである

私こと団塊ジュニア祖父抑留帰りである。でも時間の経つのは早いもので、いまや兵士として戦争体験したのは、そしてそれを確かに語れるのは稀な長生きの方だけになった。あと一歩でそれは完全なる「歴史」になってしまう。ツルっとした決まり文句しか残らないのか?という危惧はよくわかる。

朝日意図は「戦争を起こした責任が忘れられていないか――。」のほうにある。日本のし戦争は悪の戦争なのだからろんりてきに言って日本戦没者は「自業自得」または「単なる巻き添え」であり「尊い犠牲」ではありえないというアホが極太マジックで書いたような単純な理屈がそこにはある。

ちょっと話逸れるが井上和彦氏とかがやる戦争美談英霊漫談みたいなのは聞くに堪えない。左翼へのカウンターのつもりなんだろうが、普通に考えて誰が国のために死にたいもんかよ。まず気の毒だし申し訳ないし、そんな気持ちよく語れたらもう嘘だろう。ましてや誇らしいだなんて、まともな神経で言えるわけがない。

だれも簡単言葉にしようのない万感込めた「尊い犠牲の上の平和」なる決まり文句だったはずだ。今後はその意味も変質していかざるを得ないが。どうしたって我々は応仁の乱犠牲者を思って泣くことができない。

ずっと昔に「きけわだつみのこえ」を巡るゴタゴタのルポを読んだ。その悲しくも美しい詩の力の影響下に、わだつみ会なる遺族会みたいなものができ、しか純粋な「慰霊」あるいは「顕彰」を意図する派閥と、彼ら戦没学徒兵はあくま侵略側であり「犬死に」であったという解釈にこだわる派閥あいだで「わだつみブランド」の争奪戦が起き…

犬死に」のドグマ今日に至るまで何の進歩もなく朝日に受け継がれているのであるだってドグマからな。

尊い犠牲」が戦争責任曖昧にするとかいうなら主語不明の「あやまちはくりかえしませぬから」はどうすんの?とかそういう議論はいさらしたくもないが。

前述の通り戦争体験者はもういなくなる。いわば戦争記憶のもの鬼籍に入っていく。現実との結び目をほどかれて「犬死にドグマ」や「誇らしい戦争美談」は文面を変えることなく軽やかにツルツルと高級なそうめんをすするがごとくに語られ続けるだろう。

その一方で世界ではリアルタイム戦火虐殺が熄みゃしないのだからどんな時代のどんな社会もそれぞれにどうかしている。

2019-08-16

anond:20190816203558

きけわだつみのこえ」読んだらそんなこと言えないと思うんだが

 
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