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はてなキーワード: 先入観とは

2012-02-04

負け犬にすらなれない君へ

ニコ生無職がいた

阿呆若者だと思った

アドバイスしてやった

能力がないなら社会にでないほうがいい、と

「いや、社会に出ようにもそれが難しくて~」云々

話が噛み合わない

どうやら、能力がないなら社会に出たほうがいいと読み違えたようだ

願望からくる先入観からくる間違いだろうか?

しか無能社会にもたらす悪影響は社会人として働いたことがある人間なら理解できるだろう

無能迷惑なのだ

彼は無能以下だった

私はそっとそこを去った

2012-02-03

http://anond.hatelabo.jp/20120203200834

3のおまじないをしないと成功しないという先入観が原因

2の時点ではおまじない存在を知らない(今さらこんな古いネタ知らない奴がいるのかという話だが)のだから

先入観という語を使うのはそこじゃない


持ち上がらなかった理由は人間を指で持ち上げることなんてできないという先入観と初めてやる作業だからタイミングが合わなかったという事で

持ち上がった理由は3のおまじないをしたから持ち上がるようになったという偽薬効果


そもそも何人でどんな風な陣形を取るのか書いてない

やりなおし

2012-02-02

現在若者は最も恵まれているという論調から見る深刻な世代の溝

 某サイトに掲載されたコラムが発端となり、ブログSNSに飛び火し、基本的に若者は恵まれているというスタンスで進んでいる論調。

現在社会インフラが高度で合理化され、過去自分たちが費やした苦労や時間とは比較にならない容易さで、クリック一回で実行できる社会

そこで高い代償を支払わずに、ゆるい連携を持って生活する若者は恵まれている、しかし熱が感じられないので、過去経験から「夢」と「積極性」を持つことをアドバイスする。

私がこれらの論調に生理的嫌悪感を感じてならないのは

過去の苦労(問題)は現在未来の苦労(問題)より大きい

という点、過去は苦労したが未来は明るいという楽観的な先入観はもう通用しない時期に来ているのに、発展した未来インフラや生活様式に気を取られ新たに発生した問題が見えていない。

見えていないというより「更に発展した未来で解決可能」又は「過去の苦労に比べればやさしい問題」と考えているのでしょうか。

社会基盤が発展すれば、価値観生活水準が変わりますと言えば、誰もが同意するでしょうが、負の発展(規模の縮小)は誰も経験していないのです。

例えば90年代まで若者アイテムとして誰もが持っていた車、車離れが叫ばれて久しいですが、都市に住んでいる若者における車の必要性が低下し、代わりに携帯電話PCを持つようになっただけです。

しかし車の購入・維持に比べれば遙かに購入が容易な端末なのに、PCを持っていない人が大勢いる。00年代初頭における我が国のITインフラ整備率は世界一位ですが、現在は目も当てられない状況です。

 PC購入するだけの収入がない若者携帯で何をしたか現在ではスマートフォンでかなり情報収集が便利になりましたが、ガラケーと呼ばれる国産端末におけるネット探索能力は前者と比べると劣悪で、利用者は検索エンジンで何かを調べるというより、遙かに狭い範囲でしか活動できなかった。新聞も購入していない、TVも見ない、社員として収入が確保できる30代以上は例え不慣れでもPC位なら即金で購入する事が出来るので、ある程度のリテラシーを培う事が出来ますが、その機会さえも与えられていない。結果情報を持つ人と持たない人の間の格差が広がる。所得が低くなっても相対的な幸福度は昔より高いという人は、かつての新聞とTVから情報を得ていた経験から言うのでしょうがインターネットで必要な情報を素早く調べて理解するというのが基本となった世の中で、流動的な情報ニュースより固定化されている公的・私的な各制度アクセスにおいて絶望的な差が生まれている。利益が1与えられるか99与えられるかの差でなく、0か100かの差で生きなくてはいけない。この問題に最初に晒されたのが現在の20代後半。

 今の大学生PCを所持することを半ば義務化されていますが、業務で使用できるレベルOfficeを使えると認定される資格を持っている人は、2割居ないでしょう。ですが、職安に出されている求人ほとんどはOfficeを最低限使える人間を求めている、でも資格を取れるレベルで教えてくれる高校や大学ほとんどない。高卒は自力で学ばないとスタートラインにさえ立てない。しか採用基準は厳しくなったのに、現在働いている社員になんら教育を施さない、Excelで文章作成する事の何が悪いかのかさえ分からない。

 収入は、小泉改革以降合理化され、事務職は派遣で構成され収入は捨扶持レベルの15万円程度、それでも仕事があればマシと言えるかもしれませんが、今後は労務環境の国際化によって事務職そのもの国外外注されるのは確実。そして発生する人口減による国内市場の縮小、70年代に隆盛を誇った着物業界の現状の様な事態が各分野で発生するでしょう。

 中年が考える未来は必ず発展し、解決されうるものとして存在していますが、今後の日本が進む道はその真逆しか言いようがない。中流のホワイトワーカーは営業を除いて全滅し、高所得者移民の導入を要求する、対して単純労働者は仕事を取られまいと反対に回る、すでに同じ事が発生している会社もあるでしょうが、これが社会全体で常識となるのに何十年もかからないでしょう。

更に合理化され、余計な費用を払わずに生活できる世の中、しか収入は少ないのに、最低限のインフラをそろえないと就職さえままなならない世の中、企業では仕事を一から教えてくれないので、自費で各種の専門校に通い勉学する日々、収入のすべてをつぎ込んで遊びなんて全くできない20代、当然お金が足りないので脛を齧れる人は脛をかじり、齧れない人は何年もアルバイトをして費用を捻出して、職歴なしというハンデを背負い戦う。大人は新卒ですぐ就職することが全てでないと高説を垂れるが、そんな人間を雇う気は無い。

 昔あった問題と今の問題、問題という意味では等価値で、その大きさは当人には判別できない。過去にとらわれているのはどちらだと。

戦前に生きていた人達は、次の世代に多くの機会を与えましたが、その世代は次の世代に機会を与えない。というのは言いすぎですかね。

2012-01-25

http://anond.hatelabo.jp/20120125175848

俺が言ってるのは、「わかったつもりになる」なんてことじゃなくて、「手掛かりの一つ」として用いるってだけの話だよ

から、「軽」と「アメ車」で判断が分かれるような「手掛かり」なんだろ?

それは先入観による「妄想だって言ってんだけど?

2012-01-20

http://anond.hatelabo.jp/20120120020344

では論理的思考において何が重要になるのか。

それは論理を組み上げるスピード

違うね。「論理に欠陥がないこと」だ。

無事之名馬というやつだ。

ミスがないことが当然だと考えるのは浅はか。先入観というものを排除しきることは難しいので、論理のどこかには飛躍が生まれてしまう。その飛躍を煩雑さとの兼ね合いでどこまで潰せるか、その判断が問われるんだよ。

2012-01-11

おっさん童貞だった頃は、マンコは密林の中にあると信じていた

おいら、今年で30歳のおっさん



おいらが、中学高校生の頃は、まだネットが一般的じゃなかった。

ポケベルPHSがあった時代だ。


今でいうガラケー携帯)やパソコンを皆が持ち出すようになったのは、

丁度、おいらが大学入学した頃だった。時期的にも丁度良かったと思う…と、回顧録はさておきだ。



まり、おいらが中高生だった頃は、エロ動画がなかった。ちなみに、エロ本エロビデオはあったけれど、

例えば性器のあたりには、モザイクが掛かっていたりして、まだ女性の体とは神秘に包まれていた。



そんな感じで、大学入学後に彼女が出来て童貞卒業するときには、めちゃんこ驚いたものだ。

なんといっても、マンコは密林の中にあると思い込んでいたからだ。



そうマンコは、マン毛で覆いかぶさっているとばかり思っていたのだ!!!



この衝撃が伝わるだろうか?いや、伝わらないかもしれない。

同世代の、当時、童貞だった諸君には共感できるものいるかもしれない。

それぐらい、マンコというのは、一般的ではなかったのだ。そう、アマゾンの密林のように非日常だったのだ。



これは恐らく先入観があったからだと思う。チンコは、チン毛に覆われているじゃないですか?

チンコの周囲には密林が生い茂っているという先入観が、

マンコも毛に覆われているはずだ!というよく分からない自信につながっていたわけだ。

とても合理的な、そして懸命の想像力と言えるだろう。



だってエロビデオで男女がアンアン言っていても、肝心の結合部はモザイクだったからね。



おいらの人生で、今のところ一番の衝撃は「マンコは密林の中にはなかった」という事実だ。

2012-01-05

[]もしドラとパミラ あるいはハックルさんのいうところの小説面白さについて

あれ? もしかしてこれって哲学さんの発言のこと言ってる?(http://bit.ly/wQEAol)

おい待てよ!哲学さんは千早ミンゴスクリスティーナも大好きな人間ぞ! 助手大好き人間なのにこれどういうこと?!

出典元ktkr。私はたんぶらから拾ったんだけど元はクリスティーナがめちゃくちゃ好きな人がこういう事言うんだろうなーとは思ってた。それをあえて嫌いな人、特に女の人が同じ発言をしたらどういう感じになるかな、と思って<あのキャラオタクの欲望だだ漏れすぎて引くわー>を付け足して逆の意味にしてみた。あえて誤読してみたといってもいい。そしたらみんながマジレスしはじめたってのがおもしろいところ。

自分の中でこの反応は「もしドラ」と同じものがあるな、と思った。ハックルさん手法ってマジで釣りに使えるかも。




もしドラ関連でもう1つ。

http://booklog.kinokuniya.co.jp/abe/archives/2012/01/post_100.html

よけいな先入観を捨て、小説ではなくともかく『パミラ』を読む。そうすると、この作品、たしか小説らしくはないが、妙なところで「小説」という形式と血が繋がっているのがわかってくる。そして、そこには「ひょっとすると小説がそうであったかもしれない別の顔」が覗いてもいる。私たちの知っている「小説」の背後にもあるかもしれない何か。根源的な言葉エネルギーのようなものが、そこには宿っている

神経の突っ張ったインフレ気味の語りがつづくと、さすがにこちらもくたびれてくる。山あり谷ありどころか、山の連続であるしかし、こちらをくたびれさせるところにこそ、この作品の一番の真実があるのかもしれない。リチャードソンはたったの二ヶ月でこれを書き上げたというが、それはパミラの体現する種類のエネルギーを彼自身がうちに宿していたということではないのだろうか。この作品を支配するのは、危機と苦難に直面しつづけるパミラの、つねにぴりぴりと緊張しつづける神経そのものである

とにかくパミラ臭があふれていて、とてもではないが徳だの純血だの結婚だのといった骨張った議論に回収されるものではない。しゃべりまくる女たちの語りの力は圧倒的なもので、しかもそれは女が語る女の語りではなく、男が女に語らせる女の語り。つまり、50歳のおじさんの視点から「女の語り」へと没入するリチャードソン臭が混入しているのである。だからこそ、独特の過剰さがつきまとう。

これだ! 私はハックルさんのことをまた一つ理解したぞ。



ハックルさんは「エースの系譜」において

この作品は、現代の小説オーセンティックな魅力、本質的価値を取り戻そうとして書きました。『エースの系譜』は「面白さ」というものをどこまでも追求した作品となっています。人が魅了されずにおかないこと、人が興味を引かずにはいられないこと、人が知りたいと強く願うこと、人が夢中になってしまうことなどが、この中には描かれています。ぜひ、それを知ってほしい。

と書いてある。これの意味が全くわからなかったのだけれど、「面白さ」を読者にとっての面白さ、と考えなければすべて納得できる。


パミラの作者も800ページの大著をわずか二ヶ月で書ききったという。彼は「筆が止まらなくて困った」くらい執筆が楽しかったのだろう。番長マジイケメン

おそらく、岩崎さんの言う面白さもこれと同じだ。

まり面白さとは読者にとってのではなく作者にとってのおもしろさなのだ。この手の話は、読む側には苦痛しかないが、書いてる方はめちゃくちゃ楽しいのだ。

そりゃそうだ。50過ぎのおっさんが、うら若き淑女になりきって、自分と同じくらいの年代エロオヤジを出し抜くんだぜ?

40過ぎのおっさんが、頭の悪い女子高生に戻って、昔自分馬鹿にした奴らを真っ向からマネジメントかいう「謎の白い魔術書」を使って血祭りにあげていくんだぜ。ほむ。

そりゃ「人が魅了されずにおかないこと、人が興味を引かずにはいられないこと、人が知りたいと強く願うこと、人が夢中になってしまうこと」のすべてが詰まってるよね。

・・・ってそれ「魔太郎がくる」よりたち悪いよ。 それなんてセイバーだよ。リプレイ救済願望ダメ、絶対! 征服王に怒られちゃうよ。

はてブ」とか「なろうネイティブ」とかそんなチャチなレベルじゃねぇ、もっとどす黒いおやじの欲望を味わったぜ。

(この話、西尾維新にも当てはまらなくもないと思ったが、西尾維新は多分また別の話なんだと思う)



そういえば、日本には土佐日記なるものもありましたね。どうも日本には変態的な文章を書く時がもっとも生き生きと輝く「紳士」な人が多いようです。

もしドラの本には「紳士」が「真摯」って誤植されてたので次の版からは直しておいて欲しいですね。

普通の大人になりたくないあなたへ

普通の大人にならなくてすむ方法はそれほど多くあるわけではない。今私の知り合いの女性達は、

大きく二つに分かれているような気がする。とりあえず生活のベースになりうる仕事を持っている人と、

何も持っていなくてそれを探してもいない人のことだ。仕事を探すのは大変だ。比較的頭が良くて向上心がある女達は

パソコンなど新しい技術を覚えようとしている人が多い。

動物達は「棲み分け」と言うもの自然のうちに実行する。 

まり、ある決まった地域、区域に集中していろいろな種類の動物が住むとえさや水が不足し、弱い動物は強い動物

常に攻撃を受けるようになる。それを防ぐ為に動物はさまざまな区域に分かれて住むようになるわけだ。

もちろん「棲み分け」はそれぞれのテリトリー完全に決まっていて、其の場所を確保すれば安全と言うわけではない。

木の上にいる猿は比較安全だが、それでも豹に狙われる。

 この国は人口が、多いから、既にたくさんの成功者がいるような職種にもぐりこんでいくのはかなり難しい。

例えば編集者とかカメラマンなど、もう既に数は足りているどころか、あまっている。先輩達は道を譲ったりなんかしない。

つかんだポストは定年まで決して離そうとしない。そういうところで職を得ようとするのは至難の業だ。

たとえ人気のある出版社に入れても、面白い仕事を先輩達がやすやすと手放すわけがない。

人生に積極的な女達はこの数年、パソコンに進出してきた。パソコンインストラクター

さまざまなソフトを使った事務処理、ゲームプログラム制作、各種インターネットビジネス

そういった女達の進出は目覚しいものがある。女はメカに弱いという常識を逆に利用した「棲み分け」への強い意志だ。

女はメカに弱い、だからパソコンを操りインターネットなどの特性を理解している女はまだ少ない。

それでもパソコンを教えたりプログラムソフトを売り込んだりするときに女のやわらかさは武器になるに決まっている。

有力なコネがない私はそういった分野に進むしかないのではないか

そういうような考えが人間界の「棲み分け」を産むようになる。

そしてそれは大部分が正しい。

この「anan」の特集を読む人たちは、安易な期待をしていないだろうか。

何か、ちょっとした工夫や考え方などで、普通の大人にならずにすむ方法があるのではないかという甘い期待だ。

「毎朝、起きたときに好きな詩集の一節を必ず読み、さわやかなバロックの曲を聴きながら、ナチュラルメイクで、

作りたてのクロワッサンを食べる」みたいなこと、つまり、「日常生活の中でのささやかなおしゃれな工夫」では残念ながら、

人生は何も変わらない。そういう世間的な豊かな生活を楽しんでいるのは、

普通でない」大人たち、つまり具体的に「普通」の人よりも努力した大人達だけだ。普通の大人になりたくない、というのは

まらない人生がいやだと言うことだと思う。日本は変わってしまった。

普通の大人」が「つまらない人生」を意味するようになったわけだが、其の認識はもちろん正しい。

普通の大人」というのは今までの「日本典型的な大人」と言うことだろう。

それなりの会社でそれなりのポジションにいるお父さんを助け立派に家を守り子どもを育てる「おかあさん」というのが

典型的な大人の女の人」だ。それなりの会社でそれなりに働きそれなりの恋人を持つと言うのが「普通の大人の女」だ

其の両方に魅力を感じなくなったというのだと思うのだが、その認識はまったく正しい。

 この2、3年に起こったことだが、この国の「普通」の完全な崩壊証明している。

オウム真理教には「普通」のエリートが多く入信していた。援助交際をする女子高生は「普通」の家庭の娘達で、

神戸の十四歳は「普通」の中流家庭で育っている。テレビメディアはそういったネガティブな人たちを

「特別な環境」に育った「特別な人」だというふうに規定したがっているが、もうごまかすのは無理だ。

もちろん「普通」で幸福に生きている人もきっとまだ大勢いる。特に田舎に多いかもしれない。

だが「普通」が「幸福」だと言う図式はもう存在しない。

普通」はシャープ感覚を持つ若い女の子が忌み嫌うほどに、弱体化してしまった。

それでは普通に成らないためにはどうすれば言いか。コレはもうはっきりしていて訓練しかない。

訓練して特別な技術を身につけないと特別にはなれない。

訓練というと、暗く地味なイメージがある。何か嫌なことに耐えなければならないという先入観があるかもしれない。

それは、なんでも言う事を聞く「普通」の大人を大量に必要とされた貧しい日本の間違ったやり方だ。

この国はごまかしに満ちていて、成功した人に、インタビューで「どんな訓練をしまたか。」とはほとんど聞かない。

「どんな苦労をしまたか」と聞く。

成功した人は、「苦労した人」ということにしたいわけだ。わたしは、24歳で作家としてデビューしたが、

まったく苦労はしていない。今でも苦労なんて全然していないし、苦労なんて一度もしていない。

確かに技術を得るための訓練をするのは単純に楽しいものではない。

語学の訓練を考えてみればわかるが、単調で、忍耐力がいる。ただし、そのことが好きだったら、

それがいくら単調でも「苦労」にはならない。

から長い訓練のためには、その訓練の対象を好きになる必要がある。

どんな人間にも、そういう、長い訓練に耐えられる好きなものが一つぐらいあるはずだ。

それを、見つけることができたかあるいはできなかったか人生はそこで二つに、分かれる。

見つけることはできた人間は訓練が苦にならないから特別な技術を身につけて「特別」になれる。

見つけられなかった人は、特別な技術が何もないから「普通」にならざるを得ない。

「わたしはね、才能はあったのでも努力勉強が好きじゃなかったからこうやってつまらない平凡な人生を送るはめになった、

からあなたにはそうなって欲しくないの、だから今はつらいかもしれないけど勉強しなさい。

今、耐えて、しっかり努力しなかったら私やお父さんみたいに平凡に生きるしかないんだから。」

 そういうお母さんは「努力しなかった」のではない。訓練が苦にならないないかを見つけることができなかっただけだ。

努力好きな人はいない。私も大嫌いだ。だが、好きなことだったら、努力は苦にならない。

訓練ということで言うとたとえば20歳という年齢は既にかなりハンディがある。バイオリニストやバレリーナにはもうなれない。

語学学習を始めるのも遅ければ遅いほど苦労するし、働きながら何か訓練するのは大変だから

25歳という年齢はかなり絶望的だ。30歳になると、せいぜいつまらない人生趣味ごまかすぐらいのことしか残されていない。

趣味というのは魔物だ。「そんなに好きなら趣味でやればいいじゃない」と大人たちは言う。

それも嘘だ。素晴らしい趣味を持っている人はたいてい素晴らしい仕事を持っている。

「特別」な人たちは趣味を必要としていない場合も多い。

まらない仕事をしているが素晴らしい趣味を持っているという人に私はまだあったことがない。

 つまらない人生を送っている「普通」の大人たちは実にさまざまなやり方で若い人に嘘をつく。

「苦労」「努力」「勉強」「趣味」その他にも色々な言葉があって、

学校や家庭やメディアやその他いろいろな場所で、その言葉は囁かれる。

 営業のような仕事に女は向いているのか、女には競争心はあるのか、仕事を持つ女は

どこかさびしそうに見えるというのは本当か、女が普通でなくなると色々な問題が起きることは事実だが、

それはまた別の問題である

 「普通」の大人にならないための方法は簡単だ。好きなことを見つけて、それを誰よりも訓練すること。

  簡単で、しかもそれ以外の方法はどこにもない

2011-12-30

http://anond.hatelabo.jp/20111230044635

そりゃそうだろうなぁって感じ

財政破綻したら給料年金吹っ飛んじゃうんだからなぁ

国家公務員にしてもそう

IMF入ったらどうなるか

ちゃんとわかってる人が考えれば当然そうなるんだけど、そうじゃないのが幅を効かせちゃうのは一体何なんだろうね


あとはマスコミのは、先入観に基づく報道っていうのがすべてだろうね

事実報道に徹しろと

2011-12-09

スマートフォンの使い方が分からない人が多いそうだ

から使い方を教えて欲しいという人が多いが、

電話を知らない人に電話の仕組みを1から教えないといけないのと同じレベルなのに、

携帯電話拡張機能版程度しにか先入観認識していないので、説明しても「そんな事を聴きたいんじゃない」と言われたりする

2011-12-07

http://anond.hatelabo.jp/20111207115404

人に貸してる分譲マンションの1室(今売ったら1000万くらい)、現物株3000万くらい、預貯金750万てとこ。

2000万もただ銀行においとくのもったいなくね?とつい思って書き込んでしまったが、まぁでも人それぞれではあるな。

俺はかなりリスク取ってるほうなんだろうし。(現物株担保に信用取引に勤しむ毎日

震災後は確かに青くなる場面が結構あった。


FXはやってない。為替は怖い(先入観)。

2011-11-25

常識はどこからくるの?

http://d.hatena.ne.jp/fujipon/20111125#p1

ぼくたちはつい○○○という社会現象と、「人々が離婚をしたがらなくなった」という一人ひとりの考え方や気持ちの変化に置き換えてしまうんだ。そして、そういうふうに問いを置き換えてしまっていることに気がついていない

ぼくは社会現象について、一人ひとりの心に原因があると考える直感的な理解を「心でっかち」な考え方と呼んでいます。いろんな社会現象を理解するために、とりあえずすべてを心の問題として置き換えるところから出発して、なぜそんな心の問題が生まれたんだろうと考えるやり方です

多くの場合、「心でっかち」は、それほど目立たないかたちで私たちの常識の中に入り込んで、私たちが現実を見る目を微妙に曇らせてしまう。その結果、私たちは社会を正しく捉えることができなくなり、見当違いのやり方で社会問題の解決をはかるようになってしまます。「頭でっかち」の典型は現場を知らない学者先生ですが、「心でっかち」の典型は、誰にでも受け入れられるようなもっともらしい「説教」を垂れ流している一部の評論家の人たちですね。とくに、現代社会の問題をすべて「心の問題」で説明できると考えている人たちです

そして、これまで「心の問題」だと思い込まれていたことの多くが、統計的なイメージ操作や、「先入観を植え付けられることにより、みんなが雪崩をうって、その傾向を強めていくこと」によってつくられているのだ




http://d.hatena.ne.jp/nakamurabashi/20111124/1322071507

なにが「俺たちの」インターネット破壊したのかっていったら、そりゃ人数ですわね。ふつうの人たちが増えたっていう。「俺たちの」インターネットっていびつ極まりないもので、異形の人たちが奏でるあたまおかし音楽を、それを求める人たちが必死で追いかけてたような、そんな時代があったわけです。真性さんマジキチ扱いされてるよ。なに言ってるかわかんないらしい。絶望的な社会不適格者が社会とのあいだで起こす軋轢のぎぃぎぃという音。それが聞こえない人たちがいっぱいいるらしいよ。びっくりだね。インターネットは変わった。




http://dain.cocolog-nifty.com/myblog/2011/11/post-474d.html

知的影響から自由なつもりの実務屋は、たいがいどっかのトンデモ経済学者奴隷だ。虚空からお告げを聞き取るような、権力の座にいるキチガイたちは、数年前の駄文殴り書き学者からその狂信的な発想を得ている。

いろいろと繋がってるなー。

2011-11-17

http://anond.hatelabo.jp/20111117110421

この時点では故障しているかどうかは未確認と言う所を注目すべき。

たとえば、ライトが付く場合、次に燃料があるかを確認する。燃料がなけりゃエンジンはかからない。

燃料があってライトが付かない場合、近頃の車だとニュートラルになってないとエンジン始動できないとか、クラッチを踏みこまないとエンジン始動できないと言ったシステムが搭載されているのでそれをちゃんとやっているか確認する。古い車だと、エンジン時の状態によっては、エンジン始動時にニュートラルにしてアクセルを踏み込んだ状態でエンジンをかけるとエンジンスタートできる事がある。

このほかにも故障以前にいろいろと考えられることはある。

これらはみんなマニュアルに書いてあることだよ。トラブルシューティング先入観を持ってはだめ。一つずつ可能性を潰す必要がある。女性はまずロードサービスを依頼する前に男性電話をかけてきたという状況から男性側は自分にある程度の対処を依頼してきているものとして考えている。(おそらくそからずれているよ!、話をしているうちに男も目的を見失っていくよ!、と言うのがこのコピペの笑いどころなんだろうが)

そこでまず

を等を探っているものと考えられる。

2011-11-07

2009/12/21 22:53

>何かできないことがあったときに「あぁ…早生まれから。他の子より育ちが遅いから」「仕方ないね」「かわいそうに」と親から言われることによって、それが本人の中にも内面化されるんではないかという分析だった。

えー、ご存じの通り(ですよね?)早生まれの私ですが、敢えて「異議あり!」と言わせて頂きます^^;というのは僕の場合、親から言われたことはなくて、自分で後から早生まれは損だ」と思ったからなんです。もし敢えて親のせいにするのであれば「早生まれなんだから仕方ないよ」ぐらい言って欲しかったな、ということになるのかもしれません。

経験談の一例ですが、幼稚園から小学校にかけて、周囲に比べてダントツ運動能力が低かったんですですが、高校を出る頃にはいつの間にか体力テストなんかでは全国平均を普通に超えられるようになってました。まあ元々運動や外遊びが好きな子供ではなかったですけど、別にその後人と比べて特に運動していたわけでもなかったので。で、子供の頃は実年齢の差がかなり大きかったのではないかなということに気づいたのはかなり後になってからでした。無駄運動苦手コンプレックスを持ってたもんだと後悔したものです

ところで、N さんが誰だか見当がつかない私です

2009/12/23 01:06

そういえば、悪名高き私の母校では全学年を通して異様に4・5・6月生まれが多かったです。僕はどちらかというと年齢以上にガキなので、周囲のマセ具合に余りついて行けなかった記憶があります(苦笑)

あと聞いた話だと、少年サッカー英才教育世界では、選手がやはり4・5・6月生まれに偏っていたので、選抜に誕生月を考慮するようになったとかいう話も聞いたことがあります

そういうことから、すくなくとも一部の分野においては、無視できない程度の影響があるのかなとは思っています。ただ、どれも男の場合の話であるのは事実ですね。女性はその辺どうなのか、面白いデータがあれば欲しいですね。たぶん誰か既に研究してるんでしょうけれど。

例のあだ名ゆえにあのお方が「Nさん」であることを完全に失念していました^^;まあ、何となく「先輩」が女性であるという先入観があったのも事実ですが(何でだろう?)。まあでも確かに、女性だったらおめでたの話があるのにもかかわらずお酒を飲んでいるはずがありませんね。

いずれにせよ、おめでたいことで。

2010/06/03 23:09

そういえばドイツでもシュレーダー政権ができたてのとき首相が党の実力者を追放して一波乱という一幕がありましたね。そのときの状況と今の日本の状況は似ているのかどうか……。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%82%B9%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%A9%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%B3%E3%83%86%E3%83%BC%E3%83%8C

2010/06/14 01:06

たぶん noctifer さんの同期の「実家尼崎の人」がデジタル化したデータ持ってると思いますよ。僕も自分が 3 回生ときの録音をその人にもらったので。

ちなみにこれ、一年掛けて準備したのに散々ボロクソに言われた演奏で、僕の中ではまさに「黒歴史」だったんですけど、5 年ぶりに聴いてみたら意外にも、自分としてはそれなりに納得のいくものだったので愕然としました。あれ以来自信なくして楽器だんだん触れられなくなってたのはいったい何だったんだろう……、と。というか音楽以外すべてにおいても自信喪失してしま悪循環に陥ったきっかけみたいな一件だったので、あれをもっと早く聴いてればひょっとしたら少しぐらい人生変わったかもなー、なんて思ってます。要はその録音を聴かなかったこと自体が「黒歴史」でしたという情けないお話ですが(苦笑)。

2010/06/15 02:00

ああなるほど、定演以外の録音でしたか。そりゃさすがに尼崎の人に頼んでも持ってないですよねえ。

ところで全然関係ないですが、今日聴講した某研究会で、僕の2年下の「ヘアスタイルが独特の人」に会いました。彼は今年D3でしたっけ?月日が経つのはなんとやらとはこのことですね。

都合が許さず彼の晴れ舞台を見られなかったのはなんとも残念です。こんど会ったらよろしくお伝え下さい。

2010/06/30 02:49

明日(もう今日仕事なのに眠れないので思わずひとこと。

前回までの大会と違って、今回は自分が主力選手と同世代だから身につまされるものがありました。仮に自分にあの方面の才能があったとしても、この段階で最盛期なんてとても無理だろうなとか思うと、前回大会までとは違った意味で感慨深いです

それでよく考えてみれば、サッカー選手生命から考えて、僕らと同世代の選手ほとんどは今回が最後のチャンスだったわけですよね。今までよりも、負けて悔しがる選手の姿が一歩だけとはいえ身近に感じられて、その分切なくなりました……。

2010/09/07 22:14

論文添削するには内容を理解できないといけないわけですから、それをタダでやってくれる人となると本当に貴重ですよね……。

思うに、大人に言語を教えるのは経済的にも効率がよくないですよね。色々な場に応じてそれなりの言葉かいができて、なおかつ幅広いスタイルの文章を読んで書ける人なんて、なかなか語学教師をやろうとは思わないでしょうし、そういう人を雇うには相当なお金がかかって当然、生徒の側もそれだけの教師を探すには苦労するわけですから

子供の頃から母語の習熟に準じて第二言語を(できれば複数)学べると、言語というものを相対化できるという意味でいいんでしょうけどね。(現状は英語崇拝と英語憎悪二極化およびその裏返しとしての日本語特殊論、そしてそれ以外の外国語への無関心がはびこっていて本当によくないと思う今日この頃

2010/09/11 11:27

こんにちはー。

絶対音感」って能力、実は個人的には言語能力と近いんじゃないかなと思ってるんですよね。少なくとも僕の場合は、ですが。実際、無調性に近い音楽を聴いていると途中で音がわからなくなったりずれてしまうことが多いですし、無調性は無調性でもそれなりに慣れているウィーン学派系よりも、あまり聴かないブーレーズとかのフランス現代音楽系とかのほうが苦手だったりするので。

あと、E-dur と F-dur を間違えることはほとんどないのに D-dur と Des-dur の区別にはたまに自信がなくなることがあるなど、多分にピアノの鍵盤(というか頭の中でつけている「読み仮名」的な音名)に引きずられる傾向があるんですね。いってみれば、日本人は /t/ と /d/ の区別には苦労しないが /l/ と /r/ には苦労するというような話なんですが、まいさんはそういう傾向ってないですか?

そういえば、高校生ぐらいの頃は基準音を 2Hz ぐらいの単位で聴きわけられたものでしたが、古楽を聴くようになって以来その能力はほぼ完全に破壊されてしまいました。

ちなみに僕も音に「色」のイメージがありますけど、その正体はかなり情けないものでして、おそらく子供の頃に買ってもらったおもちゃの鉄琴です。一音ごとに色分けされていたのですが、その印象を未だに引きずっているんですよね。

2010/10/04 01:13

こんにちは

個人的には欧米でどうして "Hentai" 文化があんなに抑圧されてるのかが気になりますねー。ホラー世界では日本よりよっぽどどぎつい表現社会的に許容されている風土で、ポルノの方面になるとフィクションであってもある種の表現はまかりならぬ!というのは、日本に生まれて暮らしている限り根本的にどこかで理解できない面があると思うのですが、だからといって「ピューリタニズムの伝統」で片付けてしまうのも一方では乱暴な気がするんですよね。

似たようなことは、捕鯨問題とかその他の文化摩擦のときにも色々感じることではありますが、その辺のことで「住んでみてわかったこと」って何かありました?

なんか日記の内容よりも個人的な興味優先の質問ですみません。

2010/10/04 21:35

>実際には日本エロゲ守備範囲の広さはそんなのを凌駕しうるわけですが、それでもアニメでは女性はそのように子どもっぽく可愛く描かれる事が多い(ただでさえ若く見えるアジア人ベースにしているのでなおのこと)

なるほどありがとうございます。確かに現代の日本人はおしなべて幼形成熟的なものが好きですね。女性に限らずジャニーズ系とかも結構そういう気がしますが。向こうから見れば余計子供に見えるというのは盲点でした。

しかし個人的にもっと疑問なのは、その "Hentai" 文化を変なものとして片付けるのでなしに、禁止してしまおうという考え方の方なんですよね。そしてそれを日本でも禁止せよと圧力をかける動きもあるようですし。米国は基本的に他者に寛容を是としているのだと思ったら、ときどきいきなりその逆の面が見えることがあるので、いったいあのあたりはどういう感覚なんだろうなあと思いまして。

2010/10/05 00:03

>考えられるのは、ひとつ宗教的背景。

うーん。やっぱりそれなんでしょうかねえ。だとすると捕鯨と "Hentai" はちょっと性質が異なる問題なんですね。

どうも最近英語圏メディアを読むようになればなるほど、日本に対する悪意や蔑視が一部高級メディアにでも平気で蔓延していることに気づいて憂鬱なんですが、その根っこは必ずしも一つではなさそうですね。

やっぱりこういうと何ですけど、欧米アラブ違和感を持っている(あえて「蔑視している」とは言わない)のと同じような意味日本から欧米(といっても色々温度差はあるでしょうが)を見たとき違和感があるんだなあと最近思うんですね。あんな趣味を持っているぐらいなんだから当然私は西洋かぶれ的人間なんですけど、例の "The Cove" 以来やっぱりあばたはえくぼじゃなくてあばたなんだなということにようやく気づきだしたわけでして、その背景には最近ちょっと興味を持ちつつあるんですが、どうもなかなか一筋縄はいかなさそうですね。欧米の天地は複雑怪奇なり。

ところで話は変わりますが、意外なところで結婚ラッシュが始まりそうな噂を耳にしました。詳しくはそのうちお聞き及びになると思いますが……。お楽しみ(?)に!

2010/12/21 22:18

あれ、あそこバーベキューだめになったんですか?「新条例」がなんなのか気になります

2011/03/07 23:25

どうもお久しぶりですー。

>知らない人が20人以上という状態で3時間おしゃべり持ちこたえたのは我ながらよく頑張ったと思う(たぶん英語スキルというより社交スキルの問題)。

純粋に質問なんですが、こういう状況ってよくあるんですか?

最近あちらこちらで、アメリカでは(あるいは「国際社会」では)そういう状況で人間関係を作れるかどうかがものをいう、そういう場でやっていけないと通用しない、みたいな主張をよく見るもので。

本当だとしたら語学力以上に絶望的に高い壁だなあと思いつつ、そういうことを書く人は大抵すごく社交的だからたまたまその人の回りでそういうことが起こりやすいだけのようにも思えるし、その辺の真相が少し気になってまして。

2011/04/07 08:36

確かにkeinなら冠詞ですけど、英語だとkeinはnotではなくてnoですからねえ、うーん……。

ちなみに僕もnotが副詞だって初めて知った、といいますか、そんなこと考えたこともありませんでした。

2011-11-06

日本人ネット企業に対する意識

最近DeNA横浜ベイスターズ買収の話題が世間を賑わせている。

ナベツネは参入を認めたが、最初は反対していた。

「モガペー?聞いたことない。どうせなら大企業松下日立に買収してもらいたい」と。

では、世間はどうだっただろうか。

私が知る限り、テレビインタビュー横浜買収のニュースコメント欄Twitterなどを見ていると圧倒的に反対の声が大きかった。

理由を見ると「胡散臭い」「出会い系」「5年後存続しているか不安」「球団愛などないだろう」などがほとんどだった。

偏見ばかり

いろいろ理由はあったが、やっぱ国民は「胡散臭い」というイメージを持ってるのだ。

業績は好調で資金も潤沢、というニュースに「急激に伸びていて胡散臭い」「急激に伸びた会社は急激に落ちる」というなんら根拠のない批判が見られた。

出会い系課金というマネタイズ方法などが批判されているが、それもおかしい話だと思う。

出会い系に使っているのは一部のユーザーだし、課金システムも最終的に任意で課金しているのだからなんら詐欺でもないし問題ない。

しかし、そういった部分にだけフォーカスする人が多いと感じた。

これは大企業ならこういったことにはならないだろう。そういった部分もあるけど「大企業から安心」という盲目的な信頼感がある。

私が一連の横浜買収のニュースに対する国民の反応を見て感じたのは、日本人ネット企業への嫌悪感みたいなものが強いな、ということである

嫌悪感の背景

ネット企業というのは新しい産業だ。

つの産業として認知され始めたのは10年程前のネットバブルが起こった頃ではないだろうか。

その後バブルは弾けたが、2000年代若者が次々とネット企業を起ち上げ億万長者となった。

その代表格というか、人々の記憶に焼き付いているのがホリエモンことライブドアの元社長堀江貴文だろう。

球団買収やフジテレビ買収騒動など、大変大きな話題を振りまいた。

企業としての動き以外に、彼個人の言動も多いに注目された。

メディアを買収しようとしたことも関係していると思うが、発言は誇張され一人歩きをし、彼は「金の亡者」というレッテルを貼られた。

この頃からドラマネット企業社長などの役が多くなったと当時感じていた。

ドラマの中でのネット企業社長は大概胡散臭い人物で、ヒール役だった。

これはメディア恣意的な演出なのではないかと疑ってしまいたくなるが、国民も同様にネット企業社長ネット企業胡散臭いと思うようになったのではないか

ホリエモンが正しかたか間違っていたかは別であるし、彼のせいにするわけではないが、彼の存在は今の国民に影響を与えた要因の一つである可能性はあると思う。

やっぱり「ムラ社会

ホリエモン存在以前にもっと大きな問題がある。

日本の「ムラ社会」だ。

ホリエモンが必要以上にバッシングされたのも日本に根強く残る「ムラ社会」的考えによるものだと思う。

要は「出る杭を打つ文化」だ。

若くして億万長者になり、歯に衣着せぬ発言をする彼は「出る杭」だった。

設立10年余りで1000億以上売上げるDeNAは「出る杭」だ。

ホリエモンDeNAに対する世間からの評価を見ると「出る杭を打つ」という文化が根強いのだと感じてしまう。

もちろんバッシングすべき部分はあるのかもしれない。しかし、少なくともフェアな目線はそこにはないと思う。

派手な発言をする人、新しい産業、新しい企業、そういったものは「出る杭」なのだ。

国民の多くは偏見にまみれた先入観を持ってそういったものに接しているのではないだろうか。

最初からネガティブな印象を持っていればそれを覆すのは非常に困難だ。

ザッカーバーグ日本に生まれていたら

Facebook創始者のマーク・ザッカーバーグ日本に生まれていたら彼は現在のように成功しただろうか?

それは日本にいる限りノーだと思う。

なぜなら、彼はいろいろと問題を起こした過去があったからだ。

大学ネットワークハッキングし、女子学生の顔をランク付けするサイトを起ち上げたり、アイディアを盗んだとして訴えられたり・・。

これほど打ちやすい杭はないだろう。

彼が日本にいたら、どれだけプロダクトが素晴らしくても「あの会社社長は昔こんなことしてた」と延々叩かれて足を引っ張られまくってたに違いない。

悪いことは悪い。しかし、必要以上に叩く必要はない。

フェアな目線

日本人が持つべなのはフェアな目線だと思う。

新しいものに対するネガティブな印象をまず取っ払うことが重要だ。

新しいことにもっと寛容になるべきだ。

新しい人や新しい企業が出てこなければ日本は衰退していくだけだろう。

坂本龍馬ソニー松下だって最初はいけすかない「出る杭」だったのだろう。

ホリエモンDeNAが将来素晴らしい変革を起こす存在なのかどうかはわからない。

しかし、そういった素晴らしい変革をもたらすかもしれない人や企業が出てきやすい環境を作るべきなのだ。

2011-10-28

http://anond.hatelabo.jp/20111028013628

一枚岩ではない、とはそういう意味だよ。まさに中国下層階級日本人にはあまり知られていないこと。中国中枢に新自由主義思想が蔓延っている。これは歪曲しようのない事実なわけで、狭義の先入観で議論するより 明確な史実を掻き集めた方がよいか

2011-10-25

恋愛観の違い。

自分→あんまり恋愛したことがない。

彼女自分で3人目らしい。

恋愛観、特にどうして男女が好きになるんだろねーって話をしたら随分意見が違ってびっくりした。

自分としては、よく知ってる人、一緒にいて楽しい人を好きになる可能性が高い。

から実は先入観さえなければもっと同性愛って多いんじゃないかなぁ、と最近思うようになってきている。

彼女といるともちろん女性としての魅力も感じるけどそれと同じくらい、それ以上に友達とか一緒に長くいられる人としての魅力を感じている部分は多いです

一方彼女に言わせると、男女の違いに惹かれるそうです。身体つきの違いとか、声とか指とか。違いがなければ相手の事を深く知ろうとしないでしょ?

って考えらしい。自分にないものを求めるから男女(異性)が好きになると。

別に彼女意見に反対な訳ではありませんが、女性はどちらかというと違いを受け入れられる寛大な生き物なのかしら?と思ったりしました。

自分意見はどちらかと言うと仲良しこよしってことかと思われます

2011-10-13

ガンだからじゃないの?

http://anond.hatelabo.jp/20111013143047

死ぬかもしれない恐怖と戦ってる

その態度は確かにマナー違反だろう、でもそれが守れないくらい抱えているものが大きいから、精神科の世話になったりしてるんじゃないのか?(精神科は女患者が多いと書いてあるからマナー違反の男患者はあてはまらいかもしれないが。後で読み返して気付いた)

他の場面で合うわけじゃない、そっちには日常でも、病院と言うのは、特にガン病棟なんてのは、生きるか死ぬかの瀬戸際の人が訪れる日常とはかけ離れた世界

面倒と思いつつ接していると、それが伝わってただでさえ死ぬかと思ってピリピリしている患者さんの神経を逆撫でする事になってるのではないか



1,2,3、特に3は患者も悪いと思うが

4は1~3までのような事があったか先入観に捕らわれてないか?辛さを訴える患者を、かまってちゃん認定はまずいのでは?

慎重に診過ぎても診過ぎない事だと思うので、最初から患者を疑ってかかるような態度は良くない。



こういうのをもっと医師や先輩看護師上司が、現場にちゃんとわかるように、説明すべきなんだろうな。

そういう学問もあるんじゃないのかな

精神的に患者が思いつめて精神的に荒廃してくる心理状態に陥る、人格にも変化が現れる、みたいなの

対処の仕方も、研究しているところはしているのではないか

みんな困っているなら元増田が上の人に提案して、何とかしてもらえないのだろうか?

ある程度対処の仕方を学ぶ講習みたいなものがあると良いと思う。理不尽患者に悩む看護師の気持ちのケアも考えないといけないかもしれない。何にしても感情論に持っていくのは良くないと思う。

様々な仕事で、モンスタークレーマーというのは現れると思うけど、患者場合、単純にモンスターとして捉え悪口言って終わりではまずいのではないか

2011-09-30

http://anond.hatelabo.jp/20110930112305

ということは、

性同一性障害トランスジェンダーだろうが、

ニューハーフだろうが、

一時的な女装であろうが全部男の娘という定義になってしまう。

一応女に見えるような人はね。で、現実先入観(前情報)無しじゃパっと見は一応女に見えるって人は多い。





3次元セクシャルマイノリティデリケートな問題があるから

男の娘ってまとめちゃいけないってことでもある。




趣味女装の人は性同一性障害だとかニューハーフだとか言われたくない。

性同一性障害の人もニューハーフだと言われたくないし、女装だとも言われたくない。

ニューハーフも同じく。

軽々しく一纏めに呼ぶ風潮があってはならない。(現実ではね)





問題は、たまにまとめブログで取り上げられるような2ch(主にVIPニュー速)では

2次元用語としてよりも、現実トランスジェンダー女装者を関係なく持ち出して同列に語ってるところだ。




ちなみにWIKIでの男の娘定義

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%B7%E3%81%AE%E5%A8%98

2011-09-23

http://anond.hatelabo.jp/20110923160022

俺的には、そういう考えしている人がいたって構わないけどな。

ライバルが減るから大いに歓迎するよ。



今の世の中、

初恋相手が自分に巡ってくるなんてことが

小学中学高校生なら大いにありうるけど、

大人まで...は難しいんじゃないかなぁ。

女子校の子なんて、共学校よりかえってマセてたりするし。

可能性はゼロじゃないだろうから希望は持ってたらどう??俺は、そんなこだわり御免だけど。

乱交?の懸念があるとすれば、性感染症子供を大切にしなくなることだね。あと男への変な先入観か...



ちなみに

男尊女卑みたいなのは明治時代から盛んになったんだよ。欧州産業革命以降だな。

それより前は、武家系統くらいじゃないかな?ちなみに江戸時代再婚も多かったんだよ。

から人類の基本が一夫一婦だなんて決まったものじゃないんだ。



いいこと教えちゃったね、俺。

2011-09-20

http://anond.hatelabo.jp/20110920160437

メンヘルメルヘンに見えた



偶然じゃないの?


それか、メンヘルってちょっと2chの専門用語というか、全くの普通先入観無い人なら、メンタルヘルスに問題を持つ人について、蔑称とも言えるような呼び方をできないというか・・・

馴れ馴れしい分、慣れ親しんでしまうとか?


逆かな いやな目にあったから、蔑称を使ってしまうのかな

にわとりが先か卵が先か?

2011-08-24

東京生まれの自分にも東京弁(≠標準語)は田舎くさく聞こえてしまう。

きっかけは些細なことで、本屋大阪弁について書かれた本を立ち読みしてたら、大阪出身である著者は若い頃東京大学に入ったとき東京言葉が気持ち悪くて全く馴染めなかった、みたいなことが書かれていたこと。「東京言葉が『標準』で関西弁はじめ地方言葉は『訛り』」みたいな感覚が当たり前だったから新鮮だったし、興味を惹かれた。

それ以来東京弁という言葉についてなるべく先入観抜きで考えるようになったんだけど、いつの間にか「東京弁ってなんか田舎臭くないか!?」という疑念が膨らんできた。反対に関西弁にはなんだか都会的な雰囲気を感じるようになってきた。

なぜそう感じるのか、その理由について自分なりの仮説を書いてみたい。

関西弁は基本的に、その時代時代の都(平城京とか平安京とか)の言葉が周辺に伝播するかたちで形成されたものだと思われる。当時は大都市というのは首都ぐらいしかない。つまり都市の強い影響の下で形成されてきた唯一の日本語なのではないか

言葉は常に変化するものだけど、都では代々都市暮らしている人たちの生活感覚の中から生まれる、都市生活者感覚マッチした表現が定着していくし、そうでない表現はすたれていく。たとえば、人口密度の高い都会ではコミュニケーションにトゲがない方が都合がよい。だから言葉のサウンドが柔らかくなる。東日本でいうところの「じゃ」「だ」のような音は関西では子音や濁音が省略されて「や」になっているし、東で「〜っつって(と言って)」「買った」というところを西では「〜ゆうて」「こうた」というように、やはり子音や促音が避けられ、半母音や長母音になる傾向がある。この方が音の響きとして角が取れているし、反対に関東弁や東北弁はゴツゴツしていてがさつな印象を与える。

あと、直截的に表現せず、遠回しに伝えるやり方(「ぶぶ漬け」が実話かどうかはおいといて、ああいう話はその象徴だと思う)が発達するのも同じ理由かも。村上春樹(関西人)が雑誌インタビューで「関西の人は十言いたいことがあったら五、六ぐらいだけ口にするけど、東京の人はそうじゃないからはじめはびっくりして、なんだここは、とおもった」と言っていた。

で、一旦「東京弁が標準」っていう思い込みがなくなって、「東京弁というのは単なる関東方言ひとつで、言葉それ自体に都市性が含まれてる日本語関西弁くらいしかない」ぐらいの認識になると、「おめーふざけんじゃねーよ」「これまじすげーじゃん」とかい東京風の言い回しがやたらダサく田舎臭く聞こえてきて困る。でも東京しか暮らした事がないか東京弁喋るしかない。

では、世界最大の大都市であった江戸言葉もなんらかの「都市生活的要素」を含んでるかというと、結果としてそうなったとは思えない。江戸言葉がそうなったのは、逆説的だけど江戸世界最大の大都市だったからだと思う。京都中世都市なら江戸はまあ近代都市というか、地方から人が流入して人口が爆発的に増えた。つまり都市生活者が新しい表現を生み出し、その表現が定着して行くよりも遥かに速い勢いで、地方農村から人が移住して来てめいめいが地元言葉を持ち込んだので、結果として都市的な性質を獲得する事はなかった。そしてその流れは東京遷都と高度成長でさらに加速された。東北関東甲信越から農家の次男坊三男坊が大挙して上京してきたから。

東京物質的には巨大都市だけど、言葉文化でいうと「巨大な農村」なのかなと、そんなことを思うようになった。だから関西人テレビで無理して東京弁喋ってるの見ると、なんだか妙な気分になる。わざわざそんな田舎臭い言葉、使わなくても。

2011-08-15

「w」を「芝」と呼ぶことはあまりない。

「wwwwwwwwwwww」と、芝生のように「w」を連続させたものを「芝」と言う。

「w」は「草」、あるいは「芝」と区別して「単芝」と呼ばれる。



また、2chに慣れていない人は「w」を嘲笑などの意味に捉えることが多いが、

これは「2ch=よく何かを嘲笑しているところ」という先入観があり、

そのため「『w』は2chでよく使われている=嘲笑」という勘違いをしてしまうのだろう。

もちろんこれは誤りである



最近では、むしろ「(笑)」のほうが嘲笑として使われる。

あえて略さないことで皮肉意味を込めているのである

2011-07-25

http://anond.hatelabo.jp/20110725174159

増田は男?恋人でもない男に向かってそういう発言するってのは

ちょっとあれだよね。仲いい女同士だったら普通にそういう会話はあると思う。

男相手であっても、そういう会話をするような男女だって存在する。

たまたま増田自身がそういう事平然と言う女が嫌ってだけか。

まぁ胸においては、女も「男は女の胸を見る」という先入観がこびりついてるだろうし、

それ以上に同じ同性の女に胸の大小をねちねち指摘されるから更に気になるのだろう。

ここが大きいんじゃないかな。男は同性同士で肉体的な面では争わないが、女は同性同士で見た目や肉体的なことを

競争してる。アホらしいよね。

だってあそこの大小や包茎か否かなどを多少なりと気にするけど大人になった後じゃ別に友人から指摘されたりしないでしょ?

自分自身のコンプレックスなだけで。そもそも下着に隠れてるし。

女は同性同士で胸の大小、スタイルファッションメイクとか内心競争しまくってる。

男の目を意識する以上に、同性同士で張り合ってる。

一番の問題は、女自身が胸の大きさを気にすることよりも周りの女や男たちがそういうのを気にする風潮にあるんじゃないかな。

2011-07-22

好かれない性格

小学生の頃はかなり人気者の方だった。

中学から不良に目を付けられイジメられ、高校ではイジメは無かったが、少しでもDQNっぽい人がトラウマになり、

少数の固定友人とだけ連むだけになった。でもその頃はその友人らにすらどこか敬遠されたりもした。

それでも付き合ってくれた事は感謝

学生時代は、とにかく固定観念偏見も強く変に頑固だった。

飲酒喫煙ギャンブル、チャラい人、今でいうDQNをいろいろ嫌悪していた。

DQNグループに対して表面上はヘラヘラしてペコペコしていたが・・・

その反面、自分より劣ってそうな人には、イジメるわけではないし嫌いもせず親しくはしたけど

内心は見下してた最低なゴミ野郎だった。(自分より弱そうだから親しくできたのだろう)

女に対しても純情で、可愛くて清楚な見た目じゃないと駄目だと思っていて、

ブス、ギャル風俗嬢とか水商売嬢も酷く嫌悪していた。

最近ネットでそういう風潮があるが、昔の自分を見ているようだ。

はいアニメなどには未だ興味はない。

クラスでも下部の立場だが、オタクではないし帰宅部だし

成績がいいわけでも非行するわけでもない。そういう立場だった。

(どちらかというとロキノン厨だった)

まぁそれらは置いといて、とにかく決まった友人以外の人との関わりに自分で壁を作っていた。

成人を迎えてから親に「お前は真面目すぎる。遊びを知れ」と言われた事もあり、

自分でも交友が狭い事が苦で、それからお酒をよく飲むようになり喫煙もはじめ

積極的に外で知人や友人らと交遊するようになった。

酷いときは連夜飲み屋に行ったり遊び歩きまくってた。いろんな人とも出会い知り合った。

成人過ぎると周りの友達は落ち着いていったのに、自分はその逆だった。

そのおかげか当時嫌っていたタイプ人間に対し先入観固定観念は崩れ、

例えDQNと呼ばれるような人相手にでも恐怖も毛嫌いもなく接する事ができるようになった。

言わば昔自分嫌悪していたタイプ自分がなったとも言うべきか。

あれから数年。今では落ち着いてプライベートインドアネット主体に

他人と交流をとるようになった。(スカイプSNS)

最近、ひしひしと痛感することがある。

「親しくなった友人に更に好かれたいのに、いつも敬遠されたり最終的に呆れられる」

いろいろ自己分析をする内に、その理由がハッキリ分かってきた。

・相手の事より、自分の話ばかり

・鈍感なせいかうまくボケたりツッコんだりできず、逆にツッコまれる

・相手の話を聞こうと集中しても話を整理して混乱して頭から何の話だっけと流れてしま

(↑これにおいては、少ない言葉で何気ない内容のキャッチボールなら問題ないが相手が早く多く喋るとこうなる)

・些細な事を気にしすぎたりする。(嫌な事あるとすぐに友人にだらだら一方的に愚痴る)

・とにかく同じ話ばかり(前にも聞いたとよく言われる)

こんなところでしょうか。これはあくまで親しくなった相手に対し1vs1の時で

多人数の時は逆に黙り込んでしまう。

自分が好きだなって思える友人の特徴は、

・よく話を聞いてくれる

・話の切り返しが上手

・話題や心を引っ張り出してくれる

空気を乱さない

・率先して自分の話ばかりしない(←カリスマというか別の理由で好かれてる人なら常に自分語りしていても好かれてるが)

こういう感じ。

10代の頃は先入観固定観念の塊で、それを打破して一時期交遊も広くなったが、

落ち着いてネット主体の交流になったここ数年は、今度は自分のそういう面が原因で

から好かれにくくなった。

元より好かれたいだなんて思ってなかったら楽だが、

常々人に好かれたい自分も人気者になりたいだなんて思っているのに、

悪い面が際立ってしまう。

問題なのは、付き合いが浅い人や、まだ心を許してない相手には自重もできるし、

表面上で割り切って付き合えるが、心を許せた相手には途端、自分の全てやボロをどんどん出してしまい、

徐々に呆れられる・離れられるということです

人に対しての偏見は無くなったけれど、それだけじゃ良い人付き合いはできない。

ましてや好かれるということは、もっと別の所にも問題があるんだなと。

心苦しいけれど、きっとそれが自分というものなんだろうなと自負するようにもなってきた。

昔よりはかなりオープン性格になったけれど、それでも人の意見に左右されやすい、

傷付きやすい、真に受けやすい、相手に自分の全てを知ってもらいたいっていうしみったれ性格が治らない。

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