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はてなキーワード: 変声期とは

2017-03-18

この「フレンズ」のぶっこみ方





めっちゃ"""ツイッター""""って感じがしてゾワゾワする

2016-11-22

英語の歌

中学校英語の授業で「英語の歌を唄おう」っていうのがあった。

英語歌詞の曲(ビートルズとか)がいくつか載っている単元をやっているときに、普通先生ははテープを聴かせる程度なのだろう。

うちの学校では、好きな曲を一人ずつ唄って発表するというものだった。

たぶん先生が、英語を楽しんでもらおうっていう趣旨でやってくれたんだと思う。ギターで全曲弾けるように練習して準備してきてくれた(今考えれば忙しかっただろうに)。

みんなも口ではなんだかんだ言いながらも、それぞれ好きな曲を選んで練習してきていた。



でも俺は変声期の真っ只中で、声を出すのが恥ずかしかったというのもあり、全くノリ気ではなかった。

少しでも短い曲を探していた。

すると、その単元の中ではなく、目次よりも前のページの片隅に、 "Twinkle Little Star" (キラキラ星)が載っているのを見つけた。




本番の日。誰も一番に発表したいという者はおらず、先生指名することになった。

たぶん英語の成績がよかったので、うまくリードしてくれると期待して選んだのだろう。俺が指名された。




そこでまさかキラキラ星 だ。




最初の発表者がそれなもんだから、次の子練習してきた曲をやめてキラキラ星を唄う。だって短いし練習しなくても唄えるんだもの

その次も。その次も。結局、全員がキラキラ星。



(わざわざ他の教科と交代してもらった)2時限の予定だった発表は半分の1時限で終わってしまった。



先生の悲しそうな顔は今でも忘れられない。名前は思い出せないけど。




(追記)

書き忘れたけど

http://anond.hatelabo.jp/20161122110427

これを読んで、

教師もきちんと指示を出さないと、なんとか抜け道を探し出そうとする生徒もいるんだぞ

ってことで思い出した。

2016-05-14

2500年くらいまでには実現して欲しい技術

ロックマンエグゼの奴みたいな擬似人格プログラム

いつでも会話してくれる好意的人工知能欲しい

siriさんに意思が欲しい

・鋼の錬金術士の機械鎧

これは普通にそろそろ現れそう

遊戯王のソリッドビジョン

カードゲームめっちゃ楽しくなりそう

カードゲーム以外の用途にも普通に使われそう

ドロッセルお嬢様みたいなメカメカしいロボット実用

今もあるけど、もっと高性能化して、お手伝いロボとして一家に一台あるくらい一般化して欲しい リアルなのよりメカメカしいのが好き

これも後100年くらいしたらワンチャン実用化してそう

テレビ会議システム実用

お家にいながら話せるぜ。面接交通費がかからなくなるぜ。今もありそうだけど(ていうかスカイプ?)、どの就活に使われるくらい実用化して欲しいんだぜ。

携帯の立体ビジョン

漫画とかによくある携帯から人の顔の立体映像が出るやつ 利便性はともかくかっこいい

魔法陣とか出したい 用途はないけど

・でっかいロボット操縦

ついに俺がガンダムに。戦争が起きそうだけどやってみたい

ちゃんこ難しい資格とか取らなきゃダメそうだけど

自動的バリア貼るシステム

ATフィールドみたいなの。背後からスナイプされても安心だ。後かっこいい。

転送装置

会社から家まで1秒で出勤出来る。たまに異次元の間に飛ばされてそこから始まる新たなストーリー

自己分析システム

ヘッドホン的な機械を頭につけると自分過去、行動、性格を把握・分析。そして自分の適性にあった仕事とか相性の合う友達を見つけてくれる。自動自己紹介機能付き。

自分ことなんて自分にも他人にも理解できないからすげー欲しい。適性に合った仕事あてがって欲しい。

・かっこいい機械乗り物

Dホイールとかコナンスケボーとかみたいな変形したり多機能だったりorターボ付き的なの

空飛べたらなおよしっ

変声期

これで自分の声を録音して死にたくなることや、返事しても声が小さすぎて「え?〇〇いないのか?」って言われることがなくなる

スマホが出てきたとき大分近未来感じてワクワクした。そのうちホログラムが出せる3Dスマホとかも出そう

個人的には自己分析プログラムロックマンエグゼ擬似人格プログラムが生きてる間に欲しい。後者アニメ見て以来ずっと思ってる。

2015-06-14

少女と猫と終わりのコンテンツ

1.

 夜闇をさらに黒で切り抜くような黒猫が、紅い口を開いて言った。

「また一つコンテンツが終わったようだよ」

 変声期にさしかかりつつある少年のような声が暗闇に響く。

「そう。急がなきゃね」

 少女はあらかじめ立てておいた今夜の予定を、頭の中で速やかに修正する。コンテンツの終わりはいつも唐突で、平然と人の運命無慈悲な影響を与えていく。

 コンテンツは生まれ、消費され、そして終わる。人は知らない。コンテンツはひとりでに終わらない。コンテンツ死ぬ間際に、そのコンテンツに関わった人々の時間記憶、心を道連れに飲み込んで無理心中をする。人類歴史上、かつては一つのコンテンツの終わりには戦争暴動集団ヒステリーが起こっていた。例えば中世ヨーロッパに起こった魔女狩りは、キリスト教というコンテンツ終焉がもたらした災厄だ。

 人はコンテンツの終わりを恐れ、恐れるがゆえにコンテンツの終わりに惹かれ、やがて一人の少女が生まれた。

 少女コンテンツの終わりに立ち会い、その悪影響を最小限に留めるための掃除人。すでに500年の時を生き、それでいて10代の少女の姿を保っている。人なのか、人の上位の存在なのかも判然としない。いずれにせよ彼女仕事は変わらない。少女は今夜もコンテンツを看取る──



http://anond.hatelabo.jp/20150614110040



続き誰か書いて。

2013-07-06

女装した自分に恋をした

小さい頃からその兆候はあった。長くなるけど昔話からしたい。

物心ついた頃、よく覚えていないけどきっと多分その頃から女の子になりたい、可愛くなりたいと思っていた。

背の順に並ばされると必ずクラスで一番前になる背格好や小学校に入って少し経つくらいまでよく女の子にも間違えられた容姿もそれなりに影響していたのかもしれない。

幼稚園に入る前あたりの自分写真を見ると全部首をかしげてニコニコして映っている。そのポーズをとると可愛く見えると思っていたから例外なくそうしていた。

両親はそういう行動を取る息子のことをさして気にはしてなかったようだ。「男の子なんだからしっかりしなさい」と言われるようなこともなかった。

しか幼稚園に入ってから、どうやら男の子はそういうことをしては変に思われるのだということに気がついた。

でもぼくは最初はあまり気にしてなかった。18cmのお気に入りだった赤い靴を履いてたらなぜか色々言われたりもしたけど、そこまで気にすることは無かった。

その当時ぼくは男の子にしては少し長めの髪型にしていたのだが、ある日幼稚園の同学年の男の子がぼくの髪をハサミで切り落とした事件が起きた。

その時は悲しくて泣いてしまったけれど、その時に男の子が可愛くなりたいと思うのはダメなことなんだなとようやく理解した。

それ以来、ぼくは表向きには一切そういうことは考えないように、そして他の男の子達が好むものを好きだというようになった。

好きな色は赤より青を、好きなテレビ番組カクレンジャーを推すようになった。

ちょうどその頃から好きなものが何なのかよくわからなくなってきた。いろいろどうでもよくなった。

そしてぼくも遅ればせながら中学校に入っていわゆる第2次性徴の時期を迎えた。そして好きな子ができた。相手は女の子だった。背が高くてちょっと同学年の中では少しませてて、ぼくの仲のよかった女の子だった。その時もしかしたら自分のことを同性愛者なのではないかと思っていたぼくは、差別的な言い方になってしまうけど正直少しホッとした。

かと言って、じゃあ告白するかとなるとそれほどでもなかった。一緒によく遊んだけれど。

付き合わなかった理由は、はっきりとしない。でもなんとなくその時にぼくは彼女彼氏には似合わないなと思ったのは記憶にある。

他の男の子ならもしかしたらそこで釣り合うようになるべく格好良くなろうと努力するのかもしれない。

でもぼくはそれをする気が起こらなかった。格好よくなろうという気にならなかったのだ。

しばらくして彼女は他のイケメン男の子と付き合うようになった。ああ、これはお似合いだなと他人事のように思った。

お察しの通り、その頃になっても相変わらずぼくの身長体重クラスの一番前に並ばされるくらいの低空飛行を続けていた。

確か中学入学時は140cm37kgだったし、卒業するときも160cmまでしか大きくならなかった。

でもその頃のぼくは一気に身長が伸びてガタイがよくなっていく周りの男の子たちを見ながら、この低空飛行状態を望ましく思っていた。もしあんなにガタイがよくなってしまったら、可愛くなくなってしまう、それだけは避けたいと誰にも言わなかったけど内心はそう思っていた。

容姿ももちろんもう女の子に間違われるようなことはなかったけど、あまりゴツゴツしておらず中性的な顔を保っていた。

から高かった声も少し声変わりした(と小学校の時から仲のよかった女の子には言われたけれど、一般的に言われるような声が出しづらくなるとかそういう明らかにわか変声期というのはぼくにはやって来なかった)けど甲高いままだった。顔を上に向けるとなんとなく喉仏らしきものが見えるかなという程度で、喉仏が目立つということもなかった。足も23.5cmでそこまで大きくならなかった。

遺伝的要素に感謝する一方で、高校入学してから一気に身長が伸びたいう母親の話を聞きながら、そのことを恐れる日々が続いた。

中学校入学した時、ぼくは自分の部屋にネット回線を引き、パソコンを手に入れた。

そのうちぼくは夜更かしをして女装している人達HPを観るようになった。可愛らしい人もそうでない人もいたけど、どの人も楽しそうにしているのが印象的だった。時々オフ会なんてものをやってて、友達もいるようでいいなと思っていた。当然ぼくにはそんな秘密を共有できる友達はいなかったから羨ましかった。

そして写真を見ているうちにこれはぼくのほうが絶対に可愛くなるとの確信をもった。単純に年齢の問題もあるけど、それを差し引いても。

そしてその日ぼくは初めて母親が若かった頃着ていた服を着た。やっぱりどうしようもなく古臭かったけれど、初めてのワクワク感で曇った目にはとても可愛らしく映った。そしてそのままぼくはオナニーをした。


そこからの転落は早かった。

中高とそんな生活を続けたぼくは、東京大学入学一人暮らしを始めた。家族の目を気にする必要のない空間と恐ろしく持て余した時間家庭教師バイト生活費お小遣いを捻出しても少し余るくらいのお金を手に入れ、趣味に恐ろしく拍車がかかった。

ぼくはずっと欲しいと思っていたものをその時に一気に揃えた。

周りの女子大生が買っているような(安い)ブランド洋服、バッグ、靴、メイク道具、ウィッグ…資金難になりながらも安いものを中心に通販で買い揃えていった。幸い高校生で急成長するという懸念はどこへやら、165cm52kgで成長は止まってしまい、足の大きさも24.5cmで止まってしまった。女性の体格としては大柄なほうではあるけれど、それでも普通のお店で手に入る大きさの服や靴を買えばよかったのでその面ではすごく助かった。

そしてある程度まとまった暇な時間が出来るたびに、ぼくは鏡の前に立って女の子になるようになった。

もちろん最初は鏡の前におてもやんが出来あがるだけだった。それも悲しくて、女性向けファッション誌を買って研究してみたり自分の顔に何度も塗りたくって練習するようになった。ちょっと痩せすぎててほっぺたに肉が無いなと思って笑顔を作る練習をしたり、ちょっとごはんを沢山食べるようにしてみたり、やれる範囲でいろいろやってみた。

そんなある日、奥二重の目をアイプチではっきりさせてやって黒髪ウィッグを被ってみたら、鏡の前に劣化松井玲奈(ファンの方々申し訳ありません)が出来上がった。あ、凄く可愛い、と自分で思った。

その場ですぐにオフホワイトブルーボーダーが入ったワンピースベルトをしめてカジュアルなバッグを持たせて帽子をかぶらせてみた。鏡の向こうの「玲奈ちゃん」はえ?って感じでちょっとカンとしていたけれど、ちょっと顔が赤くて贔屓目だってわかっていてもとても可愛らしかった。

それから玲奈ちゃん」はいろいろなことを経験した。ビクビクしながら外出もしたし、学校大学祭メイドさんになったりもした。酔っ払ってネットに少し画像を上げたりもした。知らない人に可愛いねと言われた。凄く嬉しかった。一人エッチもしたりした。「玲奈ちゃん」でいるとその間はニコニコしていられたし、幸せだった。

もう「玲奈ちゃん」とのお付き合いも5年くらいになる。ぼくも24歳になった。昔はある程度の年令になったら限界を迎えるだろうしその時には別れようと思っていたのだけれど、結局ズルズルと続いてしまって関係を持ってしまっている。むしろ社会人になってお金に余裕が出てきた分、玲奈ちゃんも貧乏女子大生からそれなりな社会人さんって感じになってきて、これはこれで可愛いかななんて思ってる。なんというか、本当に業が深いなって自分でも思う。

結局今まで彼女を作ろうという気も起こらないまま、そして作ることもないままズルズルと来てしまった。いくら「玲奈ちゃん」が可愛くてもぼくの客観的ステータス24男性会社員であるということには変わりない。数年したら結婚したらどうかとかそういう話にもなるだろう。その時にはぼくは「玲奈ちゃん」に『ごめん、一緒にはいられない。別れよう。』って言わないといけないのだろうか。そうだよな言わないといけないんだよな。

その時に「玲奈ちゃん」はなんて言うだろうか。

「わかった、いいよ」って言ってくれるだろうか。「ずっと一緒じゃなきゃヤダ。一生玲奈になって。」って言うだろうか。

いつか言わないといけない時が来るというのはわかってはいるのだけれど、悲しくて向き合えなくてまだずっと言えてない。


追記

これ酢豚ちゃんに載せてほしい。

2012-05-31

中学生の頃、「声が出せない」経験をした

変声期頃にはよくある話なのかは知らないが、まさに「声にならない」という表現がピッタリな出来事だった。

息は通る、口も開く、だけど声はならない。嗄れたり、掠れたりというわけでもなく、発声できないのだ。

当然コミュニケーション齟齬を来したのは言うまでもないことで、友人からは当時ACのCMで流れていた「協力してください」という手話からかわれたり、毎時間担当教師に紙で「声が出ないので板書以外は指名しないでください」と提出しなければならなかったりと、面倒だった。「そんなことは今までなかった」という教師も多く、まったく信じてもらえない人もいた。いたけれど、どうしようもなかった。手段を持ち合わせていなかった。顔真っ赤にして泣けばよかったのか?

家族から病院を薦められたのだが、どうせ明日にでも治るだろうと大して会話せずに一日を終え、翌日になるとしっかり声が出た。不思議である

不自由とはかくも面倒なものだと実感したわけで、貴重な体験ではあったのだが、もう一度どうかと言われれば、ゼッタイに嫌だ。

2010-07-02

http://anond.hatelabo.jp/20100702222625

俺も一回ある。

学校にいて一日中そうだった。

ちょうど変声期の終り頃だったかなあ

2009-03-08

http://anond.hatelabo.jp/20090308112437

中学の頃、変声期の途中に森本レオそっくりだと言われた。

あの頃にもどりたい。

2007-09-23

理系文系の区分けなんて、ソプラノアルトパートわけのようなもの

私はまだ幼い頃、しばらく合唱と取り組んでいた。部活動とか OB の集いとか、要はクラス合唱に毛の生えたようなものだったけれども、クラス合唱レベルでは体験できないうたやオンガクの世界を垣間見ることができた。

でもって、クラス合唱や授業での合唱かそれ以上のことをやったことあるかたならば必ず経験のある儀式パート分け。声(音域)が高いからソプラノテノール)、声が低いからアルトベース)、に分ける、と思っている人が多いのではないだろうか。ほんとうは違う。これは、理系文系の区分けと実によく似ている。

実際、普通の個人の発声できる音域の差というのは、そう大して違うものではない。簡単にいうと、存在するのは「ソプラノ向きの声」と「アルト向きの声」だ。プロを考えてみればわかる、3大テノールの人は、ベースの音域が発声できないか、そんなことはない。充分カバーしている。(ではベースの人が世界レベルテノールが歌う高音域を出せるのか、というと、それは流石に無理だし、逆も勿論そうだ。しかしそれは飽くまでぎりぎり限界まで追求するプロ同士の場合の話であって、通常の合唱曲のパートぐらいならば余裕だろう。)

しかし現実には、クラス合唱などでもありがちな話として、ほんとうに喉から音が出ない、という物理的な制約からパートチェンジを余儀なくされることはある。「○○ちゃんと一緒のパートじゃないとヤダ」とかいう中二的な物言いなんかあったりして、懐かしい(まさかと思うかもしれないが、女子だけではない、男子でもこういうことを言うのを目にしたことがある)。身体ができあがってなければ正直なところ声はできあがらない。まだまだ未熟…というか、ほとんど取り組んでもいない状態で、これからどう伸びる可能性があるかわからない状態で、パートわけをしなくてはいけないのだ。たまたまそのとき高い音が出しづらいだけかもしれない。たまたま低音が乗っているだけかもしれない。(もちろん、「ハモリパートが好き」とかいう単に音楽的に器用かどうかがパート志望の理由になることもあるし、「主旋律じゃないと歌った気がしない」なんていう(楽して)目立ちたいかどうかだけがその理由になることもある。)ただまあ、ひとつ言えるのは、中学生変声期も迎えたかという頃になんなんとすれば、多くの人にだいたいその「片鱗」は見えてくるものだ。私は合唱の指導の経験はないが、ときどき街中を歩いていて聞こえてくる喋り声を聴いて「ああ、この人はソプラノかな、高音域の楽声を聴いてみたいなあ」とか「この低音の充実感はアルトだろうな」とか思うことがある。因みにしゃべり声の高低と合唱におけるパートは無関係ということも多く、地声が高くてもパートアルトの人もいるし、地声がガラガラでやんちゃなのにソプラノの人もいるのだ。(…ただし、私の「妄想」が合っているのかなんてわからないのだけど。)

もうひとつ、現実には「パートバランス」という切実な社会的要求がある。個人の資質をどれだけ正確に見極め、適切なパートに放り込んだとしても、合唱全体が「頭数」としてそのバランスでいいといっているかどうかはまた別問題だ。高々数十人という狭い範囲内(社会)で、これは解決されなければならなくなる。「どっちでもできそうな人」や「正直どっちとも微妙な人」などが、パートを移動することになる。勿論この「パートバランス」に関する要求というのは、歌われる楽曲によってそれぞれ異なる。だから、場合によっては、曲の部分部分で「あなたとあなた、ここだけアルトを手伝ってね」とかいう「手」もたまに使用されたりする。さらに、テノール人間アルトを手伝ったり、なんてこともないわけではない。

(「どっちとも微妙な人」(つまり、合唱全体の中では声量的に貢献しないんじゃないかという人)を動かして意味あるのか、と思う人もいるかもしれないが、これがまた合唱というものの不思議なところで、案外意味があったりするのだ。)

でもって実際、歌い始めてみると、「音域」と呼べるほど音程が異なるのは曲の中でもそう多くはなく、ほとんどが 3度 とか 6度程度。1オクターブも違いやしない。通常の流れでは「音域」はほぼ重なっている。単に「役割分担」程度の話。クラス合唱なんかでパート分けをなかよしグループ分けか何かと同一視する病理をあながち一笑に付すこともできない。

楽曲が高度になってゆくと、パート内で「ディビジョン」が頻繁に発生する。通常、合唱団では、ディビジョンした場合のパート分けは決まっており、例えば私はセカンドテナーテノールの下のほう)だった。男声四部の場合は通常上から 2番目を担当することになる。トップテナー担当することはあまり無かった。私の同期に私よりも適任がいたからである。ただし楽曲が高度になってゆけばゆくほどこの予め分けた「パート分け」は強い意味を持たなくなってゆく。

個人の資質というところでみると、例えばソプラノだったら高い音を出す練習ばかりしていればいいか、というと、そんなことはない。全音域を練習し、充実を図り、音域を広げる努力を続けることが、ひいては自分の得意な音域を充実させることに繋がる。

こうしてみてゆくと、パート分けにかかるあらゆる事項が「文理分け」と酷似していると言える。まだ習いたてもいいところの数式を目の前に「得意・不得意」を判断し、たまたまあたった先生のその授業で「苦手かどうか」「伸びうるかどうか」を判断し、また判断される。実際は、もっとあとに決めたい。でも、あとでは遅い。いま、決めなくてはならない。そんな中、「どっちつかずの人」とか「正直どっちでも同じようにできそうな人」なんてのも必ず出てくる。周りがどう見ても「こいつは理系だろ」と思うのに、「自分には将来やりたいことがある」と、文系科目をさらりとこなして進学してゆくようなのもいる。

理系だからといって物理数学ばかりやってればいいというものではない。様々な分野を習得し、深めてゆくことにより、ひいては得意分野についても実力の「底上げ」が図れるのである。

合唱おもしろいソロでは決して為し得ない音楽をつくり出すことができるのが、合唱だ。しかし、全体として少々高度なことをやっていこうと思うと、たちどころに構成員の個人個人の資質がその成果へと反映してゆくのだ。この点も文理を基準として見た場合の社会のありようとすさまじく似ているといえよう。

個人で何かやろう、事業でも起こそう、なんて思った人にとって理系文系がどんどん関係なくなってくるのも、そうだ。曲を構成できる音域を全てカバーしなくてはならない。苦手な音域も多少の無理をしつつ広げていかなくてはならないかもしれない。でも、そういうのが向いている人もいる。向いていない人もいる。

いま、その分野で、自分は「鳴って」いるか。「響いて」いるか。これからのひとは、長い目で見て、そのパートを気持ちよく充実して歌いこなせそうか。そのための鍛錬ができそうか。そんなふうに考えてみるのもいいかもしれない。

「その音域が出せるか」ではない。誰だって出せるのだ。「その音域を響かせることができるか」「その音域をよく鳴らせているか」。

 
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