はてなキーワード: SFとは
「失踪日記」で知られる漫画家の吾妻ひでお(あづま・ひでお、本名日出夫=ひでお)さんが13日未明、東京都内の病院で死去した。69歳。北海道出身。葬儀・告別式は近親者で行った。食道がんで闘病していた。
1969年にデビュー。テレビアニメ化もされた人気作「ななこSOS」のほか、「ふたりと5人」などのギャグ漫画を多く手掛け、「不条理日記」などSF・不条理をテーマにしたマニアックな作品でも注目された。
一方で、2度も失跡したり、アルコール依存症で入院したりするなど型破りに生き、漫画執筆が何度も危ぶまれた。心身が回復する過程で壮絶な実体験を漫画に描き、2005年「失踪日記」として出版。同年の日本漫画家協会賞大賞と文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞、06年の手塚治虫文化賞マンガ大賞を受賞。ロングセラーとなった。
昨今では君の名はが大ヒットしたし、ほかにも最近では彼方のアストラか素晴らしく面白かったんだから、これはもう「SFは売れない」っていう時代は終わったということでいいんだよね?
いや、代表なんてしてなくて一サンプルとして個人の意見を述べたまでですよ。あと最初のレスは半分冗談みたいなものであり、当たり前ですがぼくも何も考えず片っ端から性器を擦っているわけではないです。
ちょっと読解に自信がないですが、宇崎さんの巨乳は今回の企画に関わった方々のセクシュアリティの表現なんですかね…?
なかなか一般の人々からそう見なされることは難しい気もしますが、100歩譲ってそうだとして、なんで献血のポスターでセクシュアリティを開陳した?という疑問は残るのではないでしょうか。
微妙な問題ですが、今回の件で言えば、苦情を述べている女性側からすれば「献血の女性がレースクイーンみたいな格好してる」的な事態に近いんではないでしょうか。例えばそのレースクイーンは好きでそういう格好していたとしても、そういう制服を公式に採用しプロモーションの一環にするというプロセスにはやはり別の意味が発生すると思います。
今回の件でも、作品そのものに罪はなかったとしても、それを一般性のある場に採用しプロモーションの一環とすることは「これを一般的に受け入れよ」というメッセージを伴うと解釈されてもおかしくないのではないでしょうか。
これが秋葉原など特定のオタク向けターゲッティング広告であれば文句はないですがそうではないようなので、オタク的嗜好やリテラシーを共有しない方々から違和感の声が上がっても不思議はないと思いますよ。
もし「オタクのやっていることは全部好きでやってることだしセクシュアリティの一部だから詮索するのすら失礼ですべて容認すべき」というご意見でしたら、ぼくは意見が違うとしかいいようがないです。
あと、そもそも「オタクという集団の統一性や特殊性などもはや瓦解し誰もがうっすらオタクなのである」というお話でしたら、まだ世界はそこまで行っていないというか、行くこともないと思います。現実にはちょっとかわいい系のSFの表紙ぐらいでも手に取りづらいという人々がまだ大勢いるぐらいですので。
ぼくは”古のかっこつけたオタク”ですので、これはあくまで特定の人々の趣味的な表現体系だし、全人類に認めてもらう必要などないと思ってます。なのでこうしたタイアップなどでいちいち炎上させてじわじわ圏域を広げたりしなくていい、ぶっちゃけ静かにやりたいと思ってます。同意していただく必要はないです。
横増田です。
「虹色定期便」がインパクトあるキルケウイルスなどの舞台設定でSF路線を歩んだのは、実は一年間だけ。1997年のこと。これ以降は、ブラジル移民の話題を扱う群馬県大泉町を舞台とした作品など直球勝負の道徳のドラマ番組が続く。
「虹色定期便」は高学年向けのテレビ番組だから、計算が間違っていなければ、多分日本中で昭和60年生まれと昭和61年生まれしかキルケウイルスの話ができない。
そしてこの年代でも、元増田が指摘する通り全員がSF虹色定期便の話をすることはできない。
元増田への回答になるけれども、「つくってあそぼ」などは夕方とかに番組やっていたから、自然とみんなの印象に残るのだろう。放送期間も長い。ネットでネタにもされる。
一方「虹色定期便」は、道徳の授業で視聴するため、授業構成のなかで視聴しない選択をする学校も結構あるようだ。
俺は昭和60年生まれで、「虹色定期便」をみんな見ていたと思って、∴のイボのキルケウイルスとかアスラとか弓矢とか社会人になった時の同学年に聞いてみたんだが、どうもピンとこない人も多い。忘れてしまったか、授業で扱わなかったのだろう。
ということで、いきなり増田でキルケウイルスの話が出てきてちょっと嬉しかったし、こんなところから同年代が増田してるんだなーと解ったのもなんだか面白く思った。キルケウイルスの話ができるのは日本人の中でもかなり激レアなので、周りの人にも聞いてみると良い。
昭和天皇の写真が燃やされて「日本国民が傷つく」とか思ってる人、実際よくわからんのだけど。
昭和天皇の写真燃やされてウケる〜とか思っちゃいかんのだろうか、そのひとたちにとっては。
少なくとも私は昭和天皇の写真が燃えてるのを間近で見ると興奮すると思うので、「傷ついた日本国民」に勝手にカウントしないでほしい。T田さんとかH田さんとかK村さんのことね。
私のそういう発想が不愉快なら私のことをべつに「非国民」とか呼んでくれてもいいけど、私にとって昭和天皇の写真が燃えるのは、後醍醐天皇の肖像画が燃えるのとあんまり大差ないよ(ウケるのは昭和天皇の写真が燃える方だけど)。
なんにせよ、自分の所属するカルトを飛び越えて主語を大きくするのはよくないよね。ここに存分に罵倒ツリーをぶら下げてもいいから、「昭和天皇の写真燃やされても別に不愉快でなくむしろウケる」と思うやつが標本1個ぶんいることは、その罵倒の中でさらに明らかにしていってほしい。ついでに言えば伊藤真美&大塚英志『JAPAN』(全3巻)とか読んでラストの昭和天皇クローンで憤死しておいてほしい。
昭和天皇燃やす上でそれをアートとするかどうかは、見た上で判断したかったのだけど、その楽しみは現場で享受できなかったなあ。再開しても抽選ならしょうがないもんね。まあ、最初にガソリン脅迫した奴がクソクソクソ悪いんだから、私はあくまでガソリン脅迫したやつにピンポイントでF**kと言っておくよ。
ちなみにあいトリ2019でよかったのを書いとくね。トヨタ美術館の方は行けなかったので他の人に任せた。
:マジかっこいい。かっこいいから見にいってくれ。これだけで名古屋市美に行く元は取れる。茶碗展と動物園の両方好きなやつはいっとけ。両方が入ってるから。私はメロンとカジキマグロが好き〜。
:うさんくさーい、けどこれIbとかラヴクラフトとかSCP好きな人にはたまらない空間だと思うよ。会場に手紙の抜粋があるから受け取っていくといいよ。
:これ、本来なら科学技術未来館とかにあってもおかしくない展示なんだけど、そういうものも「情(報)」ということでアート展示に収められるのはこの展示会のコンセプトのいい部分だなと思います。人間の下半身を模した機械がなめらかに動いているのを注視させてもらうだけでコーフンしちゃう。
:自殺する直前に書かれた遺言書をタイプする映像を暗闇の中に陳列した部屋。血と肉を人体から剥ぎ取った後もなお残る死の匂いって、もしかしたらこういうものかなと思った。
:行った時には表現の不自由展中止にあわせて展示自体が止まっていたモニカ・メイヤーの作品は、 「女性差別の経験」を来場者に書かせるという非常に生-政治的なコンセプトなのだけど、展示が止まってしまったことによってそれらのピンクのメモ自体が封殺されてしまったかような風景になっていた。これについてはむしろ展示中止中もまたひとつの芸術になっていたと思う。あと、モニカ・メイヤーのこの手法を借用して、表現の不自由展前のブースで行われていた #YOurfreedom も、女性に限らない不自由や差別的待遇について来場者の一人ひとりが強烈なメモを書き残していて、重苦しい気持ちになった。我々が取り除くべき不自由はまだあるんだという決意が漲った。ただ、それを「表現の不自由展」中止の再開にむけたメッセージのようにも取れるような物理的配置はちょっと狙いすぎであざといなと、(再開を期待しており、不自由展批判論者をわりとバカにしている私ですら)萎えるところはあったけれど。
:今回見たあらゆる展示の中でもっとも純粋に“何がどうなってるのかわけわかんない凄み”があった。生きてる時代が同じなのに、存在自体オーパーツ、みたいなのを作るのに挑戦してくれてありがとうってかんじ。今後いろんな展覧会でもういちど見られるといいな。
:ロープに逆らわないとバンド演奏もできない男たち。ウケる。でも弾いている曲だったり場所だったりの文脈によって政治風刺として立ち上がる、という作品。愛知芸術文化センターの地下の端っこにひっそりとあるので余計じわじわ来た。
:合計10の架空音楽ジャンルが、PowerPointとちょっとしたオリジナルサウンドと共に表示される。一番ウケたのが「Neo liberal Adult Contemporary」と共に表示される$¥£などの通貨表示。「ネオリベを表すパワポ芸wwwwwwww」ってなっちゃった。他のジャンルも「言われてみればありそう」という気もしないでもなかった。近過去&近未来SFアートの一種としてこういうやり方はもっと聴いてみたい。
:クレーン車で事故死した6人のこどもの人生を追跡しながら狭い回廊を逆時計回りにめぐらせると、うざったい現代車の垂れ幕に遭遇させられ、それをくぐっている間にいつのまにかくり抜かれた穴が右側に出現し、鑑賞している自分の側が「子供を轢きうる運転手の視界」に組み込まれる……という仕掛けになっている。前半の子供の記憶を掘り起こす温かみとはまた別の角度から刺してくる、順路コミのアート展示だった。円頓寺商店街をめぐるなら優先的に行っておいたほうがいい候補の一つ。ただ、並んで歩いてたひとの多くがその車の穴に着目していたかと言うと、よくわからん。誘導ないほうが嬉しいけど伝わってない可能性も高いかもね。
:蔵の中に展示された圧迫感ある古物ガラクタアート感が一方の魅力でありつつ、正直言って円頓寺商店街中屈指の瞬間的デートスポットである(作者の狙いは知らんよ)。カップルは並んでいっとけ。できれば内部に明かりのある夕方がいい。
あと名古屋は新幹線も在来線も駅構内のきしめんを食べてから行くべし。駅出てからきしめん屋探すくらいなら松坂屋南館10階のあつた蓬莱軒でひつまぶし食っとけ。
設定詰め込みまくりは良いんだよ、映画の短い時間でも充分すぎるくらい説明あったし
青春部分は一行さんがどうして直美を好きになったのかという理由付けが粗くて感情移入しにくかったけど、つまらなさの本質ではない
もしかしたらナオミが救われることが我慢ならないのかもしれない
背中を焼き右足を潰すといった身体的な罰と、最愛の人に拒絶されるという精神的な罰は受けたのだろうが、それで神の視点から人格を弄んだ罪が贖われていいんだろうか?
直美はナオミを一発ぶん殴ってスッキリしたみたいだが、それでいいのか?
結局狐面がわらわら出てきた時点で構造的には許されてしまったが、それこそ殺人より酷いことをやってしまっている気がする
あ、エピローグの意味がわかってない。ナオミは雷に撃たれて脳死になったわけではないよな?
大切な人を救おうとする過程でなんか脳死になっちゃったんだよな?そのあたりがわからない…
あと演出と設定はめちゃくちゃ好きな感じだった
メチャクチャな色を使って時空間すらもあやふやな世界のはざまを描いたシーンとか、宇宙の中に新しい宇宙を作るというそれこそSFみたいなシーンとか
いろいろな作品をリスペクトしてたのはちょっと安っぽかったけど
全体として上手くまとまっていたとは思うんだが、やっぱりめでたしめでたしで終わ…ったのか?みたいなもやもや感を感じさせる作品だった
ホリゾンタルレッグプレス 130-110-90 kg で15回ずつの2セット
レッグエクステンション 56-46-36 kg で15回ずつの2セット
消費: 654 kcal
体脂肪率: 26.0 %
彼方のアストラ、ぶっちゃけ言うと「漫画でリアルタイムで読みたかった」という感じがある。とりあえずキャラデザインとかテンポ感がいかにも「マンガ」って感じで「アニメ」じゃない。スケットダンスはかなり読んでて好きだったし、同じように漫画で読みたかった。それと見るうえでの文脈が違って、「SF!」「伏線がヤバい!」、そういうキャッチコピーで期待して乗り込むのは間違いだった。『君の名は』がテレビ放送でフェミニストに叩かれたみたいな話あったけど、それに若干近い感じで違う界隈が乗り込んできちゃったんだろうなあと思う。それもさあ、自分はネット連載の漫画は結構読んでたつもりなのに、何となく触れないようにしちゃってた漫画ってのはそこそこあって、彼方のアストラもその一つなんだよなあ。俺は本来"あっち側"で楽しむ人間だろ、なんで"こっち側"からこの作品を触れてるんだ!!!!という理不尽なもどかしさがある。
最近良くある、「君の名は。」以降のアニメ映画だと言う印象を宣伝の時は感じていた
君の名は。や天気の子を見に行くような人達が見ても楽しめる人は少ないと思う
だって、あれらを見に行く人は、新海誠の長年のファン以外だとただ見に行くだけって人が多そうだから
そりゃ考察すれば色々深い所まで考えるんだけど
君の名は。の様に主人公がヒロインを助ける話が最近のアニメ映画の流行りだと感じてる
HelloWorldは、その点が複雑過ぎた
現実世界からやって来た主人公が仮想世界の過去の自分にヒロインを助けさせる
そんな単純な話じゃなく実は、現実世界だと思ってた世界すらも仮想世界で、本当はヒロインが主人公を助ける為に起こした事が、映画の話だった
複雑過ぎるだろ!!!
でももう少しアクションシーン削って、世界について描写してもよかったんじゃないかな
そうすればもう少し理解不能で終わる人は少なかったと思う