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2019-09-06

津田被害者ぶるのと慰安婦を利用するのをやめて辞職しろ

「どんな批判も甘んじて受け入れる」 津田大介氏が「お詫び」と「報告」(あいちトリエンナーレ表現不自由展」)

https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_5d556072e4b0eb875f201a8c

批判を受け入れてないでしょうがこの偽善者。受け入れたらふつうは辞任しますけどね。結局自分正当化しているだけじゃないですか。

激しく笑う。とくに中村かさねのような嘘つきがいうのは本当におかしい。

まず表現不自由展に出すなら中村累のような嘘つきに消された日清食品を真っ先に挙げる。

さらにいうとこのあいちトリエンナーレの人選は客観的ではない。

あいちトリエンナーレ2019」でジェンダー平等が実現 芸術監督津田大介さんのこだわりの理由とは

アート門外漢である自分からこそできること、業界にしがらみのない人間でなければできないことがあるはずです」

https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_5c9ab498e4b08c450ccd7da6

まず人選からして客観的ではない。そもそもジェンダー平等って結局エリート女性えこひいきしろという男女不平等階層差別肯定しかない。自分たちがあたかもただしいように言うのはウソフェイクニュース歴史修正主義正当化されるのはこのようなでたらめな行為ジェンダー平等かいフェミニズムにある。柴田英里は支持はしているけど参加はしていない。

まりこのトリエンナーレ自体表現不自由であるといえる。女性男性より優れているなら、あるいはジェンダー平等が実現しているならなぜ中止をするのか。結局女性男性より優れていないし、ジェンダー平等なんて単なる利権にすぎないということがよくわかる。

さら問題なのは結局歴史修正主義が正しいこと、検閲が正しいことを肯定している。このために慰安婦を利用しているという点で非常に最悪だ。慰安婦に対する敬意が感じられない。ジェンダー平等かいう連中は元からセックスワーカー人間とみなしていないためこうした利用しかしない。こういう時の権力者に阿りながら表現不自由肯定するのは本当に失礼だろう。

表現不自由展、津田大介氏と実行委が外国特派員協会で別々に会見。「会期中の再開目指したい」と津田

30分後に開かれた実行委の会見について、津田さんは「僕は同席しての記者会見を望んだが、(実行委員会メンバーから)同席を断られているということです」と明かした。

https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_5d6c8bd7e4b0cdfe05723001

どこまでも醜悪だが、その電凸をあおっているのはハフィントンポストであり、さらにその一人が中村かさねであるのは非常に悪質だ。

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本質的バカをつけあがらせたいのがジェンダー平等とかフェミかいっている連中で、だからこそこういう人たちには学術的にも言論的にもなんの価値もないわけです。そして排除していい。なぜならジェンダー平等の連中は一切倫理も知性もなくそういう行為をするからです。そういうのには正当性がない。逆に排除しなければ大多数の自由がなくなる。

2019-08-03

表現不自由展・その後」を見てきた

せっかく愛知県在住なんだしと思って行ってきた。メモがてら書く。

どんな作品が展示されてるかは主催側が用意したサイトがあるから、そちらを見てもらった方が良いと思う。 https://censorship.social/artists/

会場は愛知芸術文化センター8階。名古屋中心部にある地下鉄栄駅から直結。トリエンナーレのメイン会場は10階で、そこでチケットを買ってから下りる形になる。ちょっとわかりにくかった。

表現不自由展」というくくりで、あくまでもトリエンナーレの展示の1つ。割当も他の展示と同じ「1部屋」で、映像作家作品を大画面で流してるだけの部屋と同じ。展示場所は会場の中では角地にあたり、ここを見なくても他の展示を見れる順路になってる。また、薄いカーテンで区切られていて、その前に、展示の趣旨や「SNS公開禁止」の注意書きが書かれている。

薄いカーテンの向こうは、結構人口密度。他の展示とは明らかに違っていて、関心の高さを伺わせた。ただ、これは展示レイアウトも悪い。入り口すぐの廊下状の細いところで、そこそこ長い映像作品(「映像・遠近を抱えて」)を流してるから、そこで人が滞留してしまうのだ。

入ると大浦信行「遠近を抱えて」。昭和天皇肖像写真コラージュ作品1986年富山県立近代美術館での展示が問題視され、図録も焼かれたという。「本を焼く者は、やがて人間も焼くようになる」という言葉が浸みる。

また、その後に作られた同趣旨映像作品が流れている。戦中の音声に乗せて「海ゆかば」が流れる。年配の女性がそれに合わせて口ずさんでいた。その次の従軍看護婦の手記の朗読では、その人は涙ぐんでいた(隣の若い女の人も)。そして、その後、昭和天皇肖像が焼かれるシーンに移るのだが、そのシーンではなんとも言いがたい表情をしていた。

ちなみに、映像を見ていたら、金髪芸術監督が通っていった。ちょくちょく様子を見に来てるのかな。

廊下を抜けて広いエリアに。

大きな音ではないが、ヘイトスピーチの音声が聞こえる。展示の1つとして、慰安婦写真展示への反対活動ドキュメンタリーが流されていた。

正面に慰安婦像こと「平和少女像」。やはり客の関心は高そう。

説明文として「《平和少女像》に込められた12象徴」という説明文。肩にとまっている小鳥や手の形などの意味についての説明がある。像の後ろに「ハルモニ(おばあさん)になった影」が描かれているのは初めて知った(画像を見ると大使館前の像にも影がある)。

椅子自由に座れる趣旨のことが書いてあった。写真を撮る人が途絶えたタイミングを見計らって座ってみたら、スタッフ札を付けた人に声をかけられた。「叱られるか!?」と思いきや、「写真を撮りましょうか」と。撮ってもらったら、なんか囚人みたいな写真が出来上がった。他に座る人はあまりいなかった。自分がいた間で、他に1人ぐらいかな。

個人的に興味深かったのは、Chim↑Pomの「気合100連発」「耐え難き気合100連発」。福島県相馬市若者達がガレキの中で円陣を組んで「気合い」を入れる様子を描いた映像作品。「福島ガンバレ!」「彼女欲しい!」とか叫んでる中に、「放射能最高!」とかヤケっぱちの言葉が混じる。「国際交流基金よりNGが出た」とき提案した「NGワードをぼかすような編集」版と同時に流れていて、そちらは、たまに「ピー」音が入って英語字幕にも黒線が入る。編集版と同時に流すことで、ある意味完成した形にも見える(ちょっとヤラセくさくも感じた)

観客の様子も気になっていたのだが、本当に「普通の人たち」という感じだった。普通美術展よりは、少し若め&男性が多めだったかも知れない。

映像・遠近を抱えて」の前半部分は、かなりの人が涙ぐんでいた。それだけに、後半のパートの衝撃は大きいだろう。まさしく現代芸術だ。

最後に。

「抗議の声も含めて作品」「政治家横槍も含めて作品」と言う人もいるが、「表現不自由展」は、この一部屋だけで作品としてしっかり完結していると感じた。「表現自由への反対」という声すら守れない、あるいは何の罪もない職員が身の危険を感じるような状態は、決して看過してはいけないだろう。

 
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