はてなキーワード: エンゲルスとは
http://kusoshigoto.blog121.fc2.com/
もうはてブの常連だから改めて紹介するまでもないブログだけど、日本の経営者の搾取ぶりと、それを喜々として甘受する日本の労働者の社畜っぷりを徹底して批判しているブログ。
まず前提として、このブログの主張内容にほとんど誤りはない。荒っぽい口調ながら、安易な反論は全然通用しない。逆に、批判するのに緻密な理論なんか必要ないほど日本の労働シーンが歪んでしまっているのだとも言える。
ただ、ひとつブログの筆調に関して興味深いこと。
それは、スタンスが常に「諸外国に比べて日本は変」だってことだ。これはまったく揺らがない。
もともと、日本人のサービス残業癖も過剰な職場適応も、「あいつはあいつ、おれはおれ」と自分の労働観を貫けない横並び主義の影響が大だ。ここについては反論ないでしょう?
その結果の労働搾取に「日本も諸外国のようにならなければ」と横並び精神で立ち向かっている喜劇に、筆者は気付いているんだろうか。
それを考えると、世界的に労働者が搾取されていた時代に「どこでもこうだし」と諦めずに「万国の労働者よ団結せよ」と言えたマルクスエンゲルスはすごかったんだ。
とある人気エントリのぶくまに実在の著者、実在しない題名の本の紹介を書いた。
なんだろうね、この本。エンゲルスが『家族・私有財産・国家の起源』という本を書いていたような気はするけど。指摘を受けたのにそれをスルーして「原」を「源」と直しただけで気づかなかったのはもちろん手元になかったからだし、内容から逆算して間違って覚えていたからだし、ついでにこのタイトルで指示しそこなった本、および著者の主張を有用であると思いつつ嫌っているという個人的感情による影響もあるけど、もっと深い理由があった。要するに元エントリに釣られたのを無理して感情をフラットにして自分が書くべきと思ったことを書いたので間違ったのだ。書くべき事があるとしたら、それはまず自分の無知を省みて、何も書かないという事であったはずだ。
なお正しくは『道徳の系譜』。みなさまには伏してお詫びしたい(←だからこれを最初に書かないのはどうしてかと)
教訓としては感情によっていくらでも操作可能な一介の自動機械ごときが人間の、ましてストア派のふりをするんじゃない、という事に尽きる。当該ぶくまはこの経緯を反映するかたちで修正してある。興味のある方は探して、星でも罵倒ぶくまでもつけてくれるとよいだろう。
死ね、むしろ壊れろ、つうか機能してないじゃん、俺
同感ですが
もと社会学徒としていちおう擁護しておくと、昔の日本の社会学(1970年代くらいまで)はそこまで無内容
ではなかった、と、元増田が批判の念頭に置かれているであろう宮台氏自身がどこかで言ってました。
まあ、エンゲルス、ウェーバー、デュルケーム、パレート、高田保馬、ブルデュー、ミルズ、あたりを読んで
おけばそれ以上フォローする必要もない、底の浅い学問だとは思っています。
そもそも社会学というのは(コントとか)理系のオチこぼれが「おれたちは理想社会を設計するぞ」と間違った
自信のもとにはじめた学問なので、しったかぶり病にかかっているのがデフォルトだし、学者の世界というのは
「やる意味ねー」と思っても「先人とは違うこと」をしないと生きていけないので、結果的にどうでもいいことを
http://anond.hatelabo.jp/20080226015115
Aさんの命日から2ヶ月ほど経ったある日。
今の家から電車で2時間。昔住んでいた家からは5km程の距離だ。
バブル期に分譲されたマンションだった。彼女の父親が羽振り良かった頃のものだろう。
家具は古いし内装を変えた気配もない。2人の娘がいた家だとは思えない。
父親の本棚には大月のマルクス・エンゲルス全集やその手の本がホコリを被って並んでいた。
彼女の遺影の前で手を合わせた。
49日を過ぎたが、まだ骨壺はそこにあった。
お墓をどうするのかまだ決まっていないという。
夫の墓に娘の骨を入れたくなさそう。複雑な家族環境がなんとなくうかがえる。
たぶん、もう一人の娘が片付いたら、夫と別れる気なんだろう
最初、母親は「娘のことは忘れてください」と何度も繰り返していた。
「ご迷惑おかけして申し訳ございません」と言うのだ。
気まずい雰囲気が流れる。
ただ、僕が学校での彼女の想い出を喋り始めると、やや空気は変わった。
やっぱり遺書めいた物は残していないらしい。
その理由を追い求めたくなるのは共通する。
知っている彼女と側面と別な姿を知りたいというのも同じだ。
最期の数ヶ月、「僕のために」通うことを承諾したのだという。
僕も、Aさんから結婚してくれと頼まれたことを伝えた。
お役に立てず申し訳ないというと、
母親は「あの子も、ラクになりたかったのでしょう」と答えた。
彼女の小さいときの写真を見せてもらった。高校の卒業アルバムも見た。
やはりいつも笑顔がない。なにか硬直した感じになっている。
笑うときもいつも引きつったような顔しかできなかったのを思い出す。
小学校高学年から大学生まで顔も髪型も何も変わらないというのも分かった。
プロポーズの言葉は「私の胸囲は小学六年生の平均だから」だったが、それは本当だった。
1時間ほどしたのでお暇しようとすると、玄関の音が鳴った。
父親が帰ってきたらしい。でも、まだ平日の3時前なのに早めの帰宅だ。
リストラされた団塊世代。きちんとした職に就いていないのだろうか
来客である僕に軽く会釈をした後、自分の部屋へ向かった。
来客が来ているのに何しているの、と口論をしているのが聞こえる。
どうもネットで株取引をしているらしい。
それから20分ほどして、羊羹とお茶が運ばれ、父親がやってきた。
「このたびは……」と切り出すが、会話は全く続かない。
命を絶った娘の遺影を前にして座る、男と父親。
話すべき言葉は何もない。
仕方がない。カバンの中から一つの封筒をとりだして見せた。
あるネットで彼女が自分の心境を書き殴った文章を印字してきたのだ。
それを伝えると、父親は封筒から紙を取り出し、食い入るように見つめ始めた。
それを見ながら、この人、顔も性格も娘とそっくりだなと実感した。
この父親も、子どもや社会とどう接すればいいのか分からなかったのだろう。
彼女が小さいときも、思春期になってもお互いの距離感を確認できなかった。
でも、なんとなくこのダメおやじの哀しみとジレンマも分かってしまった。
実は、もう一つ封筒を用意していた。
そっちにはAさんの両親に対する罵詈雑言も書かれていた。
でも、お互い、知らないこともあった方がいい。
来てくれてありがとうと繰り返した。
僕と同様、彼女の死をどう受け止めればいいのか分からなかった。
その気持ちを共有する人間を求めていたのだろう。
で、両親の気持ちも分かってしまった僕は行き詰まった。
Aさんの気持ちで考えれば考えるほど、絶望しか目の前にはない。
あの子に、もう他に生き残るための選択肢はなかったんだと痛感した。
崖っぷちに立った僕に見えるのは、ただ真っ白な霧だけだった。
その2週間後、僕はついに潰れてしまった