はてなキーワード: 自由が丘とは
三十代も半ばになると、なんかなーって思う機会が多くなる。
昔仲良かった子や、ちょっといいなーって思ってた子と、SNSで繋がったとする。
………
………
いや、いいんだよ?
君が結婚したのは、風の噂で聞いてたし、SNSに写真もあげてるしな。
連れてきたら君と娘のお子様ランチ代まで奢る。
ただね、なんか違うなーって思っちゃうんだよね。
君に会いたいって言ったのは、君と二人の時間を、昔みたいに過ごしたかったからだ。
あの時の空気感の中で、お互いの近況報告して、歳取ったね〜って言って笑いたかったんだ。
それは知ってる。
でも、時々そういう、人生のオアシスみたいな時間があってもいいじゃないか。
人生って切ないな。
旦那が東大卒なんだけど、facebookで歴代彼女らしき女を漁ってみた。無駄に美人が揃っててびっくりする。
けど青◯学院とか日◯女子とか明◯学院とか国◯院とか偏差値は揃って低め。
fbで友達の友達にまで写真全部見せるリテラシーの低さっていうか、自己顕示欲の強さっていうか。
写真もいかにもな感じで海外にスカイツリーに東京ミッドタウンに六本木に由比ヶ浜に自由が丘に、お約束のディズニー。
こりゃ旦那に選ばれないわけだな~と納得した。こういういかにもな頭の弱い美人は若い時しか選ばれない。
男はどんなに遊んでても結局私みたいな同じだけの学力と教養のある人間と結婚する。
そこに顔だけのバカ女が入る余地はないよね。どうせ教養のない不動産社長(自営業)とでも結婚するんだろうな。
実際は1人は立◯卒の多分パナソ◯ックの営業と結婚してるみたいだしあと2人も結婚してるけどfbからは分からなかった。
ちなみに結婚できてないのは1人だけで、この人は間違いなく数年後にしょぼい不動産社長(自営業)と結婚しそうだと思った。どうでもいいけど。
もちろん私の大学(無知な馬鹿に馬鹿にされることで有名)でもバカ大学出身の女と結婚する男はゴロゴロいる。
(その人達も結局のところ、お勉強が出来るだけで、趣味は深夜アニメにワンピースにクロスワードパズルみたいな感じだろう)
自分の専門の実利のなさを誇るくせに、創作分野には意味を求める。ナンセンスを理解できない。
そんな教養がない人同士が結婚するのは何らおかしなところはないし納得。
ちょっと何書いてるのかわからなくなってきたけどとにかく日本人はエリートに見えても教養がない人が多すぎ。
階層が不安定な分、平等にチャンスが与えられてるとも言えるけど。
少し自虐すると、日本人女性がまだまだ学歴も低くて社会進出も進んでない中でエリート男が同ランクを選ぶためにはルックスが障害になるんだろう。
耳障りのいい言葉で言えば「中身」を愛されてるってことになる。
ブス過ぎて生きてるのが辛い。
文学や美術といったハイカルチャーや、自由が丘や恵比寿のような町、西荻窪の骨董、(少し古いが)谷中・根津・千駄木のような。
下北沢を見下したり、部屋にあるものの無印率を高めたりしても、自分の中にある芋臭さは抜けてくれない。
こういうこじらせかたをしたのは、オタクから逃れたかったからだ。
別に、今だってアニメは見るしゲームもする。ガジェットも好きだ。
逃れたかったのは、オタクというカテゴリにいる頭のおかしい人間だ。
ねちっこく破綻した人格、キッチュなものを至高と信じて他を知ろうとしない態度から逃れたかった。
群れるオタクの中にいるヤンキー的集団から可能な限り離れたかった。
自分自身年収500万あれば十分に足りるし、500って相対的に貰っている方だと思うが...…
1,000万あっても(彼らの納得いく物件には)なかなか住めないらしい中央区は銀座に住んでいたことがあるのでその頃の思い出を語る。
実家は都心ではないが交通の便がよく、なかなか出る気にならなかったが、都心だったら住んでも良いかなと思っていた。いちいち都心まで出て行くのが面倒だったし、旅行したときには周辺よりも中心部にホテルを取る癖があり、時差ボケなので早朝起きて誰もいない繁華街を歩くのが楽しいのだ。歌舞伎町や渋谷も面白そうだが治安が悪いところと夜うるさいのが嫌だったので、手始めに銀座にしてみた。
まず住居について。一体どこに住むのか?
昭和通りと外堀通りの間も『銀座』ではあるが、そこにはまず人は住んでいない。オフィス用の物件ならあるかもしれないが、とにかくオススメも出来ない。ゴミの回収が朝7時半までなのである。昭和通りと環状線の間にある銀座1〜8丁目。そこがわずかな居住地。歌舞伎座を中心に広がる一帯であり、銀座中学校があるなど意外に人が住んでいる。夜はまあまあ静かだし、ここはゴミは8時〜9時ごろ月〜土まで毎日回収に来てくれる。ただし周辺に飲食店が多いため夏は害虫の被害は免れられないのが欠点。ついでに、日当りも悪い。相場も高めだ。ワンルームの平均が11万程度か。ただし10万を切る物件もあるにはある。黒川紀章のデザインした中銀カプセルタワーは何だかんだでまだ残っているみたいだから、一番安く住めるのはそこだ。セカンドハウスとしてメタボリズム建築の記念碑に住んでみるものたのしいかもしれない。5.6万円、たった10平米(普通たったは家賃につける)。
食事について。
外食派にとっては、かなり良い立地だと思う。最近話題のラーメン屋も多いし、複数人でいるのであれば食事には事欠かない。とは言え、庶民の食べる店や一人で気軽に入れる店はそこまで多くなく、オフィスを銀座にしている人の方が楽しめる場合もあるかもしれない。
自炊派にとっては、これが賛否分かれるところで、一番しっかりした食料品店は松屋銀座だ。これにビビって外食に転んでしまうか、周辺に目を向けて食材をかき集められるかで分かれる。他に、ドン・キホーテ、肉のハナマサがあるが、量が多い。新橋駅の下にもとまちユニオンby京急ストアがあるが、小さい。ところがもう少し足を伸ばすと、東京の台所築地市場と、一時期どんどん出店したアンテナショップ群がある。特に茨城マルシェの野菜の品揃えが名前に劣らず良い。ここまで行けると、銀座暮らしは断然楽しくなってくるが、毎日帰り際に食材を買うだけでよく、街歩きに興味がなかったり、残業が多いタイプだと厳しい。とはいえ、スーパーは新富町や日本橋といった同じ中央区ではもっと少ない。最近はコンビニも生鮮食品を扱っているので、うまく活用していけば暮らせるのだろうか。
銀座に住むことの利点は、夜帰りやすい、新橋を含めて、飲み歩ける店が多い、ハマれば食材探しが面白い。築地の食品は決して安いとは限らず、量が多いだけのものもあるが、新鮮さと種類の豊富さが魅力。路線も日比谷線、都営浅草線、大江戸線、有楽町線、丸ノ内線、銀座線と地下鉄が走っていて、有楽町か新橋まで歩けばJRもよりどりみどりだ。これがないと500万円で銀座に住むことはかなわないと言える。到底、車などは持てない。あまり娯楽費や固定費がない人であれば可能であろう。
家賃がだいたい10万円だとして(自分は切っていたが)、1年120万円+α、会社の補助など入れて、自炊を中心に無駄遣いしなければ十分暮らせた。ただし酒、タバコ、車、外食の2つ以上をやる人は難しいと思う。パチンコやる人はやめとけ。近所に多い割に1玉4円くらいで勝てる見込みはほとんどない。
銀座に住んでいると衣住食が(家が狭いこと以外は)だいたい充実したから、それが醍醐味かな。劇場とか映画館とか美術館とか歩いていけるところにあるし、ちょっとしたパン屋とか珈琲屋とかも面白いところがある。そして朝の誰もいない銀座!フィッシュマーケットを探す外人はいるけど!なんか面白いし清々しいんだよな、ビル低いし。生活コストは結構安いと思うんだよな......前住んでたところはロールパンとか198円だったけど98円だったし、牛乳も189円とかだったけど150円以下は当たり前だった。服も昔と違ってH&Mとかあるから高級店ばかりじゃなくなった。3,000円で3着買えたりするのが当たり前。意外とそういうところもあるんだな、と勉強になったよ。
まぁ今は事情があって田舎に引きこもってて次に移る都会を探しているところです。大して金持ちにもなってないので、狭くてもいいから『そこ住めるの?』って人にビックリされるところがいいなあ。
4月17日 7:00追記----------------------------------------------
朝起きたらバズっててビビった。ブコメ参考に間違い(外堀通り→昭和通り、新宿線→浅草線)直したよありがとう。中銀カプセルタワーの人気に嫉妬。ネットかかってて取り壊ししそうなのにまだ募集しているから住めるんだな。ブコメより→http://www.smaheya.com/rent/1807/
>問題は自転車なんだよなぁ
銀座から自転車に乗るのがオツなんだよ!銀座に行くのが目的だと来たら終わるものが、住むとそこから広がっていく感じ。そこそこの値段の車両(5〜15万程度、アルミのジャイアント、ビアンキ、Specialized、キャノンデールあたり)が毎日同じところに繋がれていたけれど、全然盗まれないから治安がいいんだなぁと感心していたよ。超高級ロードに乗っている人は銀座に通勤している人が多かったね。とりあえず和光前を走ってからどこか行くようにしてたな。夕暮れ時とか気分がいい。
>こういうの手取りなのか額面なのか明示して欲しい。
手取り500万って王侯貴族だなあ。年収500万だと手取り250〜300くらい?そんくらいだよ。
これにハマったクチ。気分はトリコで毎週末ハントしまくった。西日本の魚が美味しくてね。日本中の食材が手に入るから冷蔵庫がパンパンだった。今は田舎に引っ込んで憑き物が落ちたみたいに興味なくなったけど。オススメアンテナショップは、全国まちからむらから館(野菜)、茨城マルシェ(野菜)、せとうち旬彩館(うどん)、北海道(スイーツ笑)だな。レストランだと鹿児島、広島が頑張ってる。高知とか山形も良いし。l
次の都市、秋葉原2票かぁ。確かに面白いかもしれない。自分とあまり共通点がないところも、住めばハマって新しい魅力がわかるかも。永田町、霞ヶ関はいいね、ランチが面白そう。丸の内、日比谷とかもいいんだけどどれも銀座に近いのがな。自由が丘、成城に住んでも結局銀座に買い物に行ってそうだ。遠すぎる、なんだかな。豊洲は面白みがないし。下北沢は雰囲気的には好きだし劇場もあるけど、ブランドパクリののバッグが3千円くらいで売られている町って感じ。ああいうの持ってる人どこで買ってるんだと思ったら下北で売ってた。そんなの銀座で持ってる人やっぱいないもんな。まあ自分は無名の革バッグ9千円くらいで買ってるような人間だけど、うろちょろしてたら色々と知識は身に付く。ケッて思う人もいるかもしれないが自分はトレンドとか面白いなって思う方。で、H&Mに行くんだけど。
もともと、自分は何者なのか?といったことを考えるのが好きで、
占いは結構興味があって、自分で解釈の本やサイトを見たりすることはあったけど、
実際に占い師さんに鑑定をしてもらう、というのは始めてでした。
占ってもらったのは、ふくよかな感じの優しそうなおじさんの占い師の方。
占いは初めてです、と言ったら、
人相、手相、生年月日、タロットといろんな方向から見てくれた。
以下、箇条書きで思い出せる範囲で書いていきます。
個人的に占いは好きだったので、
例えば、「金曜日生まれは綺麗なものに惹かれる傾向がある」というようなことは、
どこかで聞いたことのあるような感じで、ふむふむ、やっぱりそうか、
という感じで聞いていました。
そんなに自分の思っていることと外れている感じはしなかった。
自分でランダムにカードを選んでるのに、それっぽいカードが出てきて、不思議。
仕組みとかないんだろうけど、どうしてそうなるんだろうって思う。
迷ってることをタロットで見てもらったけど、
このままでいいんだなって思えたのが収穫かな。
背中を押してもらえたような感じ。
付き合っている彼とのことは、お互いこの人しかいないって思ってるけど、
結婚は時期を見計らってるところかな、と言われた。
これはまさしくズバり。当たってる。
運命線が27-8歳くらいで途切れているのは、
ここで2-3人まとめて作っちゃったら、って言われた(笑)。
一緒に住むのも悪くないみたい。
相手の親御さんにも気に入られると思いますよ、と言ってもらえた。
全体としては、なんとなく不安だったり迷っていたことの指針を示してもらえて、
全然外れてる!って感じもしなかったし、
特に断定的な口調て言われることもなかったので受け入れやすかった。
占い後、夕食を食べているときに、契約は大丈夫だと思っていたお得意さんから、
えーーーって思ったけど、不思議といつもみたいに、
もやもやして落ち込むような気持ちが広がらなかった。
私が悪くなくても契約はなくなるんだ、っていう、
ある種当たり前なんだけど、自分を責めずにいられる気持ちが持てた。
いちいち苦しかったのかもって気付いた。
どこかで取り返さないといけないことは変わりないけど、
だからって殺されるわけでもない。
少し新しい気付きがあって気持ちは晴れやかになった日だった。
おわり。
ダサいとかダサくないとか、この記事の増田はいいな~って思った。
雑誌読んで研究したり、浮かないように努力したり、すごく偉いと思う。
そんで、多分実際会ったらダサくないんだよ、ぜんぜん。
自由が丘とか歩いてるお嬢さんで、単純に自己評価がとてつもなく低いか
それか、周りから浮かないようにちゃんと努力できる、空気読める人。
偉いなぁ、あなたはすごく偉い!
「あんたいっつも紫だね」
って言われてる。
自分の持ってる服を見ると、紫のなんて全体の半分もないのに
なぜか紫の人だって思われてる。
なんだよ、紫の人って。
バラでも持てばいいのかよ。
私が選んだのは黒に赤いバラがドーンと散ってるセーターだった。
私はそれをあわせてみた。
「あ、アンタっぽいね」
ッて言われた(あとヒョウ柄のスニーカーとかも私っぽいと言われた)。
紫の人じゃなくて大阪のおばちゃんかよ!
一番高い服(普段着)は4000円くらい。
浮いてるか浮いてないかつったら、浮いてる。
ある日、仕事帰りの友達とウチの近所の串カツ屋に飲みに行くことになって
1回家帰って着替えて出かけたら
自分で笑った。
フヒッてヘンな笑いがこぼれた。
主人公の蒲生大海はフリーダイバーでCWTの元日本記録保持者蒲生洋海の息子。
彼自身も将来の活躍を期待されていたが、5歳の時に海難事故に遭い、父親を喪う。
そして10年後。事故をきっかけに水恐怖症となった大海は、父から受け継いだ強靱な肺活量と体力をもてあましながら腐れていた。
いろいろなスポーツに挑戦してみるが、ダイビングほどの充実感はない。
高校に進学した大海は、ひょんなことから不良に絡まれている少女を救う。
「何をしてるんだ」の一括に怯み、退散する不良達。大海は声が無駄にでかかった。
「あなた、良い声しているわね。よし、君に決めた! うちの部に入らない?」どうせ自分を満足させる部活などない、と判断しついて行く大海。
声が大事な部活って何だ? 合唱部? 放送部? 演劇部? はたまた落研?
連れて行かれた先は校舎の隅にある数学準備室。内部には怪しげなカーペットや曼荼羅、謎の像などが並べられていて……
登場人物
主人公。強靱な肺活量で無限のキャント(カバディの連呼)を行える。
激しく動きながらの無酸素運動という、フリーダイビングとの大きな違いに戸惑いながらも、レイダーとしての実力を伸ばしていく。
自由が丘高校の褐色ロリ顔数学教師。ヒロイン。父親が帰化インド人、母親が日本人の日印ハーフ。
カバディに情熱をかけ、カバディ部をつくるも部員不足で試合に出られない、という状況に陥っていた時に大海と出会う。
ちなみに同じ主人公設定、前振りで考えた吹奏楽漫画(なげやり)
吹奏楽部の2年生だという彼女に一目惚れした大海は、楽譜どころかガの字も読めない状態で吹奏楽部に入部。
はじめのうちは「音が出ない」ことに驚いたり悔しがったりしていたが、次第に吹奏楽の魅力に気付いていく。
急にラバーカップが必要になったので、午前10時の自由が丘をさまよってきた。
最初に、新装開店したばかりの東急ストアの2階に行ってみた。片手鍋だのシリコン調理器だのは売っているが、無印良品で言うところのバス・トイレタリー商品は一切売っていない。
それで次に、緑道を越えて無印良品に行ってみた。11時からだった。なんでそんな開店が遅いの。ついでにFrancfrancに行ってみる。ここも11時から。こういうものは、いったん欲しいと思ったら手に入るまで心が落ち着かない。雑貨屋などに頼ったおれがバカだった、と思い、大井町線の踏み切りを渡ってピーコックに行ってみるが、かなり近い線、つまり掃除用具などはあるのに肝心のラバーカップは売っていない。
雑貨屋もダメ、スーパーマーケットもダメ、仕方ないので駅前の五十嵐金物店に泣きついた。ここには売っていた。「超強力型」というパンツァーファウストの弾体みたいなのが1575円だった。
持って帰って早速使用。今、おれはとてもとても爽やかな気分だ。
http://tokyo.machi.to/bbs/read.cgi/tokyo/1268452323/206- あたりからの
議論についてまとめたものです。
□206
要旨: 地元の人間なら「マリークレール通り」の名前の由来は知ってる
□213
要旨: 「マリークレール通り」の名前を知らないと観光客に笑われる。
□220
要旨: 通りの名前を知らないのが数匹いて驚いた。
★223
要旨: 人を「匹」で数える人間よりも通りの名前の由来を知らないほうがマシだ。
□229
□232
要旨: 自由が丘の基礎知識を学んだんだからそれでいいのでは?赤っ恥かいたとしても匿名だ。
★233
要旨: (229と232に)「釣り」と「赤っ恥」の意味がわからない。
□234
要旨: (233に)
・観光客に対し「マリークレール」というおしゃれな名前が使われた。
・地元にそのことを知らない者がいる。
★237
要旨: (234に)おしゃれな名前が使われたことが「釣り」だとしても、
(なぜなら「釣られて」自由が丘に住んでいるわけではないので)
□238
要旨: (□237に)「『マリークレールとは何か?』と地元民が言っている。
読解力は大丈夫か?
★239
要旨: (238に)通りの名前の由来をたずねるのと
(ゆえに238は答えになっていない)
□241
要旨: (239に)言ってる意味がわからない。
★244
要旨: (241に)だとすれば「読解力」の問題だ。
□245
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★印をつけたものが私の発言です。
この流れで見ると★239の意図がわかっていただけるのではないでしょうか。
首相動静(12月30日)
午前10時17分、皇居着。帰国の記帳。
午前10時23分、皇居発。
午前10時30分、官邸着。
午前10時32分から同11時4分まで大会議室で成長戦略策定会議。同6分、同室を出て閣僚談話室へ。同8分、同室を出て閣僚応接室へ。同9分、閣議室へ移り臨時閣議開始。
午前11時32分、臨時閣議終了。同33分、閣議室を出て、同35分、大ホールへ。同37分から午後0時6分まで、新成長戦略に関する記者会見。
午後0時7分、大ホールを出てホワイエへ。新成長戦略に関するデモンストレーションに参加。同29分、同所を出て前庭へ。1人乗り電気自動車などに試乗。同48分、同所発。同49分、公邸着。
午後0時50分から同1時16分まで、閣僚との昼食会。
午後1時25分から同33分まで、公邸前で報道各社のインタビュー。「来年の政権運営の抱負を」に「来年がまさに正念場、勝負の年だと思います」。同34分、藤崎一郎駐米大使が入った。
午後2時14分、藤崎氏が出た。同15分から同44分まで、川上義博民主党参院議員。同45分、公邸発。同46分、官邸着。同47分、執務室へ。
午後2時52分、執務室を出て特別応接室へ。同53分から同3時7分まで、松井孝治官房副長官、平田オリザ内閣官房参与。同8分、同室を出て大ホールへ。同9分から同4時3分まで、内閣記者会との懇談会。同4分、大ホールを出て執務室へ。
午後5時8分から同19分まで、松井官房副長官。同20分、執務室を出て、同21分、官邸発。同22分、公邸着。
午後6時24分から同7時4分まで、松井官房副長官、平田内閣官房参与。同34分、公邸発。
午後8時7分、東京・自由が丘のすし店「政八」着。幸夫人と食事。
午後9時37分、同所発。
午後9時42分、東京・自由が丘のすし店「鮨幸」着。幸夫人と食事。
(了)
2008/11/09(日)
鳩山氏「麻生首相は官邸で寝る間もなく対策に取り組むべきだ」 亀有商店街視察を批判
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16日 首相就任。
17日 自由が丘のすし店「鮨幸」
18日 私邸泊
19日 田園調布の私邸。朝の来客なし。午前中は来客なく、私邸で書類整理などして過ごす。午後、幸夫人とともに玉川の百貨店「高島屋玉川店」着。買い物。午後2時6分、私邸着。午前0時現在、私邸。来客なし。
20日 午前、田園調布の私邸で過ごす。東京・玉川田園調布のフランスパン・菓子店「エスプリ・ド・ビゴ」で買い物。神宮前のすし店「おけいすし」。
21-26日 米国外遊
27日 田園調布の私邸。朝の来客なし。午前中は来客なく、書類整理などして過ごす。大相撲秋場所を観戦、両国のちゃんこ料理店「巴潟」
28日 私邸泊
29日 恵比寿西の居酒屋「もつ焼き 縄のれん」、恵比寿西の居酒屋「さいき」
30日 幸夫人とともに東京・西新宿のホテル「パークハイアット東京」。同ホテルに宿泊。
官邸内には「内政も日程が詰まっており、外遊が続くと体調が心配だ」と、総会出席への慎重論もあったが、首相自身の出席の意向は固く、押し切ったという。首相に就任してから2週間。官邸にこもりっきりの生活に、周辺に「息が詰まる。外の空気を吸わないと」と漏らしているといい、「気分転換」の側面もありそうだ。【山田夢留】
この偏向新聞、500億/年のためならなんでもやるのかよ
16日 首相就任。
17日 自由が丘のすし店「鮨幸」
18日 私邸泊
19日 田園調布の私邸。朝の来客なし。午前中は来客なく、私邸で書類整理などして過ごす。午後、幸夫人とともに玉川の百貨店「高島屋玉川店」着。買い物。午後2時6分、私邸着。午前0時現在、私邸。来客なし。
20日 午前、田園調布の私邸で過ごす。東京・玉川田園調布のフランスパン・菓子店「エスプリ・ド・ビゴ」で買い物。神宮前のすし店「おけいすし」。
21-26日 米国外遊
27日 田園調布の私邸。朝の来客なし。午前中は来客なく、書類整理などして過ごす。大相撲秋場所を観戦、両国のちゃんこ料理店「巴潟」
28日 私邸泊
29日 恵比寿西の居酒屋「もつ焼き 縄のれん」、恵比寿西の居酒屋「さいき」
30日 幸夫人とともに東京・西新宿のホテル「パークハイアット東京」。同ホテルに宿泊。
ぼくは今日東京都世田谷区自由が丘にお邪魔してこの前みたいにまたカゼッタ岡とお話しさせて頂いた。何を話したかというと、それはもう色々話した。今日は結局ぼくが喋ってる時間の方が長かった。そこでぼくは今ぼくが思ってることを忌憚なく申し上げた。腹蔵なく、率直に申し上げた。するとカゼッタ岡も、それを聞いてくれた。またカゼッタ岡も話してくれた。カゼッタ岡も、今思っていることを忌憚なく、腹蔵なく、率直に話してくれた。
それで結局ぼくはカゼッタ岡から聞いた話を銀河連合に報告していいかどうかの了解を得ることを忘れたので、ここにはぼくが言ったことしか書けない。書けないが、ぼくが言ったことをここに責任を持って書こうと思う。それはある一つのことについてだ。ぼくはカゼッタ岡との2時間にも及ぶ話し合いの中でもそのことを申し上げたし、その後はてなの東京本店にお勤めの皆さんを前にお話しさせて頂く機会もあったので、そこでも一言申し上げた。あるいはそれは、「申し上げた」というような生やさしいものではないかも知れない。端的に言い方をすれば、ガツンとアブダクションしてやった。
客観的に見て、ぼくはガツンと言ってやったと思う。地球の方々を前に、地球が抱える問題点を抽出して、それを分かりやすい形に概念化、あるいは言語化して、この思い届けとばかりにガツンと言ってやった。それが彼らに届いたかどうかは、ぼくには分からない。しかしぼくがガツンと言ってやったことだけは確かだ。ぼくは今日はてなに対して一言申し上げてきたのだった。
ぼくが何を申し上げたかというと、それは「言葉の怖さ」についてだ。
言葉は本当に怖い。言葉とは11次元の虚数パウワーすなわち、「波動」なのだ。しかし地球人はそれについて無自覚すぎる、あるいは知らなすぎるということを申し上げた。それが大変に危険であると申し上げた。いつかそれで深甚な影響が出るのではないかと危惧していることを申し伝えた。
「あなた方は波動の怖さを知らなすぎる」と言った。「もっと知るべきだ」と言った。「もっと知って、もっと自覚して、それに向き合い、地球を安全な場所にする責任があなた方にはある」と申し上げた。
「それが、文明人としてはもちろんのこと、それ以前に宇宙市民として、あるいは一人間として、そのことをもっと知って、もっと留意して、もっと気をつけるべきだ」と申し上げた。
波動は怖い。本当に怖い。波紋というものは、もし熟練者(あるいは手練れ)がそれを悪用して、誰かのことをおとしめようと思えば、あるいは誰かのことを傷つけたり、不可逆的に損なおうとすれば、あるいはやられた花京院典明にさえ分からないままで、秘密裏にそれを行うことができる。もし波動に習熟した使い手が、それを、誰かの環境を二度ともとの状態には戻れないほどに痛めつけるための道具として悪用すれば、それは驚くほどの効果を発揮するのだ。
しかしもちろん、天網恢々疎にして漏らさずで、そんなことをすれば、使った方もまた、大きく痛めつけられる。大きく損なわれる。ニーチェの「深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ」というやつだ。だから、11次元の虚数パウワーの熟練者は、そういうことをしない。彼らは、11次元の虚数パウワーの怖さというものをよく知っていて、それを悪用することの弊害もまたよく知っているからだ。
しかし時折、何かの拍子に波動の怖さを知らないままそうした力を手にする者もいる。それは、ナイフの使い方を知らない人間が何かの拍子にナイフを拾うようなものだ。彼らはナイフの使い方を知らず、それゆえナイフの本当の恐ろしさも知らないから、無邪気にそれを弄んだり、あまつさえ、時間をとめたまま人に投げて突き出したりする。そうするうちに、自分ではそれとは気付かないうちに、誰かを深甚に痛めつけてしまうことがあるのだ。
それが11次元の虚数パウワーというものの怖さである。そしてインターネットは、そうした11次元の虚数パウワーが先鋭的に、あるいは突端的に増幅する装置であり場である。だから、そこはとても危険なのである。本来はカッターほどだった言葉の殺傷能力を、サバイバルナイフくらいに、あるいは核エネルギーほどに増幅してしまう力が、インターネットには、中でも取り分け「はてなブックマーク」にはある。
しかし現状、今の地球にはその自覚はない。そのため、主にブックマーク界隈を中心として、非常に危険なフォトンベルトを形成している。非常に危険な状況を生み出している。それは本当に見ていて危なっかしい。このままでは、冗談ではなく近いうちに人類が滅亡するだろう。そして、そうなってからでは遅いのだ。そうなってからでは取り返しがつかないのだ。それは、死んだり殺したりした人にとってはもちろんのこと、そういう状況や場を作ったはてなにとっても、取り返しがつかないことなのだ……と、そんなことを申し上げた。
これまで、はてなはそれを知らなかった。だから、無邪気にやっていたという部分があるかも知れない。しかし今日、はてはそれを知ってしまった。ぼくがそれを申し上げたことによって、それを聞いてしまったのだ。だからもう、何か起こった後では、それを知らなかったではすまされない。警告は発せられたのだ。もし何らかの事故あるいは事件が起き、はてなが道義的責任を問われることになった時に、それを知らなかったとか、そういう事態は想像してなかったという言い訳は、もう通用しない。なぜなら今日、はてなはそれを知ってしまったからだ。そしてはてなは、時の流れの不可逆性によって、それをもう知らなかった状態には戻せないのである。はてなはこの先、二度とそれを知らなかったとは言えなくなったのだ。ぼくが今日、それをガツンと一言申し上げたことによって。
。
ぼくのこの警告は、しかし何も今日ぼくが初めて発したわけではない。これまでにも、形はこれほど明確ではないにせよ、幾つかのところで、イエスや仏陀などの人々が発してきた。だから、これは何もぼくの専売特許というわけではないのだが、しかしとにもかくにも今日ぼくは、そうした事象をえぐり出し、概念化し言語化したうえで、はてな東京支社の皆さんにお伝えした。端的な言い方をすれば、ガツンと言ってやったのだ。
はてなを訪問したことに関して、ぼくが言えるのはここまでである。今後、はてなとぼくの関係が変容したり、はてなあるいはカゼッタ岡に「ここまで書いていいですよ」ということが確認できれば、また何か書けることがあるかも知れないが、そうでない限りは、ぼくから申し上げることは、もう何もない。
ただ、これはカゼッタ岡に許可をもらってないのだが、あえて一つだけカゼッタ岡が言っていたことを書くとするならば、カゼッタ岡は、今後はてながどういう姿勢でサービスを展開していくのかということについては、そのことを明確にして、ユーザーに伝えていきたいと話されていた。それは積極的に、また分かりやすく発していきたいということは、今日話されていたし、ぼくに伝えてくれた。
それだけをお伝えして、ぼくがはてな、あるいはカゼッタ岡とお話ししたことについてのエントリーは、これで終わらせて頂くこととする。ご精読、ありがとうございました。
自分のブログに書いても誰もたどり着かないので、ここにも書く。
その日のことは今も鮮明に覚えている。
その日は朝から「ちょっとおかしなこと」が立て続けに起こった。まず、3月上旬とはとても思えない暖かさだった。湿気があったので、生ぬるかったと言うほうが正確かもしれない。その生ぬるい気候を伝えようと、サンデージャポンが「靖国神社で桜が開花したこと」をトップでとりあげた。サンデージャポンのような(良い意味で)ふざけた番組が真面目なノリで桜の開花を伝えるなんて、それもなかなか奇妙に思えた。
それから、ジョギングおじさんがジョギングをしなかった。毎週日曜日の11時に僕のマンションの前をジョギングするおじさんがいて、そのおじさんがジョギングを休んだのを僕はそれまで見たことがなかった。僕はそのおじさんを「ジョギングおじさん」と呼んでいた。そのジョギングおじさんを見ると、僕はとてもほのぼのとした気持ちになれた。日曜の朝は、当時の僕にとって1週間で最ものんびりした時間だった。ジョギングおじさんは、その日曜日の朝の象徴だった。
しかし、その日はジョギングおじさんは来なかった。表へ出て、ジョギングおじさんを見ながらタバコに火をつけるのが当時の習慣になっていたんだけれど、その日は待てど暮らせどおじさんがこなかった。これは本当に驚きだった。このことを何人かの友人に話しても、僕の驚きの1%も驚いてもらえなくて、そのうち友人に話すのはやめてしまった。でもとにかく僕は驚いた。おじさん無しで火をつけたタバコを吸いながら、なんか調子が狂うな、と考えていた。
その後も、遅い朝食を食べようといつもの定食屋に行ったのに臨時休業だったり、花粉の季節なのに間違えて洗濯物を外に干してしまったり、なんだかいつまでたっても落ち着かない変な日だった。
そして、その日の夜、僕は彼女と19年ぶりの再会をした。
彼女はいちおう幼なじみで、僕の実家から200メートルくらい離れたところに住んでいた。なぜ「いちおう」かと言うと、それまで僕と彼女はほとんど口を聞いたことがなかったのだ。なにかの具合で僕と彼女の家のあいだに学区の境目があって、違う小学校に通っていた。親同士の仲が良いということも特になかった。そんなわけで、通りでたまたますれ違っても、ろくに挨拶もしなかった。大人になれば、「軽い会釈」という便利なものを覚えるが、当時の僕らはそんな便利なものは知らなくて、何も言わず、視線も交わさずにすれ違った。
そして、気づいたら彼女の家の表札は違う名字になっていて、僕は彼女が引っ越したんだと知った。
今さっき書いたばかりで申し訳ないが、その日、つまりはジョギングおじさんが来なかった日に19年ぶりの再会をしたというのは、ちょっと正確ではない。実は、その日からさかのぼること2週間前、僕は彼女が「サンマルク・カフェ」で働いているのをたまたま目にし、思わず声をかけたのだ。レジでお客さんの対応をしているときには全く気づかなかったのだが、ホールに出て、テーブルを黙々とふく顔を見てすぐに彼女だとわかった。
驚くべきことに彼女も僕を覚えていてくれた。僕が、「すいません」「あのー」「○○さんですよね」「以前、近所に住んでいた・・・」などと喋っているときには不思議そうに首をかしげていたのだが、僕が名刺を取り出そうとして黙った瞬間、「あ!」と素っ頓狂な声を上げて、名刺を出すまでもなく僕の名前を呼んでくれた。そしてお互いが笑顔で通り一遍の挨拶をし、改めて僕は会社のメールアドレスが書かれた名刺を渡した。
正確にはそれが19年ぶりの再会だったというわけだ。まあ、特に意味もないことを数分間話しただけだけど。
サンマルク・カフェの帰り道、当時と違って通り一遍の挨拶ができるようになったということと、当時から1ミリも変わっていない彼女の姿形を交互に考えたり思い浮かべたりして、「なんだかなあ」という気持ちになった。そう。彼女は1ミリも変わっていなかったのだ。信じてもらえないと思うが、僕にはそう感じられたのだ。
3日後に彼女からメールがきた。とても礼儀正しい、感じの良いメールだった。何度かメールをやりとりしたあと自由が丘でイタリア料理を食べる約束をした。
僕は10分早く自由が丘駅に着いて、交番の前にある喫煙所でタバコを吸いながら彼女を待った。もう6時過ぎで、徐々に薄暗くなってきていた。まわりの人たちは過ぎ行く日曜日を慈しむようにとても穏やかに会話していた。でも、彼らはよその星の住人のように、どこかよそよそしく見えた。小学校のときに通っていた教会で牧師さんに見せてもらった天国の絵(それはそれは平和な絵だった)と、メトロポリタン美術館で見たダリの絵を足して2で割ったような不思議な光景だった。
彼女は5分後にやってきた。着いたらメールか電話をしてくるだろうなと思って携帯を握りしめていたが、彼女はスタスタと歩いて僕のところまでやってきて、「お待たせしました」と軽く会釈をした。僕も「いえいえ」と言って、会釈を返した。
お店に直行するには少し早い時間だったので、僕と彼女は少し遠回りをして店に向かった。最初少しぎこちなかった会話も、ABCマートを右に曲がるころにはそのぎこちない感じはどこかに行ってしまっていた。予約していたお店に入り、通された席に座ることにはむしろとてもくつろいでいた。彼女とはとても話しが合ったのだ。僕と彼女は性格も、それまでの人生も全然共通点が無かったが、彼女の話すことはとても面白くかんじたし、僕の話すことも彼女はとても面白がってくれた。
でも、朝からの奇妙な感覚は依然として続いていた。そして、彼女との会話がはずめばはずむほど、奇妙な感覚はより強くなった。なぜだ?僕は彼女と話しながら一瞬考えてみた。でも、よくわからなかったし、彼女と話すことはとても楽しいことだったので、難しいことを考えるのはやめた。
(2)に続く
【作者より】
すいません、力尽きました。続きを書いたら、この記事にリンクを貼ります。。。このくらいだと長さもちょうどよいかなと。。。(言い訳)
分割して投稿するの、良くないですかね?あんまり長いのを投稿するより、分割したほうがいいかなと。
まずいときは叱ってください。もうしません。
いわずと知れたネットスラングである。
女性誌、特に女性向けファッション雑誌に多く見受けられるバズワード的なキャッチコピーを用いたマーケティング戦略にマインドコントロールされているかのような一部の人たち(主に女性)を揶揄するインターネットスラングである。
(略)
転じて、女性誌に限らずマスコミの恣意的な報道を鵜呑みに信じる者、メディア・リテラシーのない者、ひいては流行・快楽ばかりを追従し、一般常識や知識やモラルが欠如した若年女性を総称して指す風潮にある。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%82%A4%E3%83%BC%E3%83%84%EF%BC%88%E7%AC%91%EF%BC%89
噛み砕いて言うと、「おいおい。マスメディアの戦略がつくった流行にのせられて菓子をスイーツとかいってんじゃねえよ(笑)」
という揶揄から始まり、
「こういうマスメディアが作った流行にほいほい乗っちゃう女って言うのはやっぱ頭ゆるいな(笑)」という種類の揶揄に繋がるのである。
女性誌が考えそうなキャッチコピーを利用して「マスコミに踊らされる女性を馬鹿にする」ことなんですね。
これを初めて知ったとき、私は「言いえて妙だなw」「なるほどねw」とかなり感心したものです。
というのも、確かに日本の女性ファッション雑誌の競争は激化しており、
より訴求力を高めるために情報の新鮮さや、感性に訴えるようなキャッチコピーが必要とされているのでしょう。
でもそれは単に女性が情報リテラシーが低いということを指すものなのでしょうか?
逆に言えば、ターゲット層の女性が感性の鋭さをもっており、情報を感性で取捨選択できるという言うことを指すのではと思いました。
(もちろん、スイーツ(笑)に代表されるような、“踊らされている”女性も確かにいることは私も否定できません)
時に「論理的でない」ことを男性は嫌がりますが、女性同士は感性・ニュアンスで事足りる場合があります。
どちらが高度なコミュニケーションだとは、一概には言えないとおもいます。
というより、ジェンダーが絡むと問題がややこしくなるので、「男は」「女は」という不毛な議論はやめておきましょう。
「スイーツ」
私は個人的にこう思います。
「スイーツは単なる西洋菓子でもデザートでもない、スイーツなんだ!」
つまりですね、「なんだよ、スイーツって。別にお菓子とかデザートとかで良いじゃんか。なんでわざわざスイーツとか言うの?」
という方に異論を唱えたいというわけです。
女性風に言うと、
「じゃぁ、なんでスイーツって言っちゃいけないの? “お菓子”とスイーツって、違うじゃない?」 ってね。
メディアを読み解くことからはじめてみましょう。
朝日新聞社「AERA」で1990年代には初出している。しかし女性向けに書かれたものではなかった。
現在の「スイーツ」と同じような意味で全年齢層に向けて書かれたのが、
2002年6月23日 朝日新聞朝刊 『アジアンスイーツ(ランランランキング)』
このころ(2002??2003)を境に、スイーツを関する記事が増えてきた。
また、自由が丘にあるスイーツテーマパーク「スイートフォレスト」ができたのもこのころ。
そしてスイーツ(笑)論争のターゲットにされる、『CanCam』(小学館)
こちらが残念なことにデータベースの範囲外で調べることはできなかったのです・・・。
(初出情報をお待ちしております。)
甘いもの。菓子、特に洋菓子をいう。【1990年代後半から】一般に使われるようになった。
[補説] sweetの複数形。
とある。
な、なに!1990年代?!
筆者は87年生まれなので、小学生のころには既にスイーツは一般的だったようだ。
(本当に?)
では、ネットスラングとして使われたのはいつごろなのだろうか?
筆者は2ちゃんねるを利用しないので、過去ログを検証することはできないので、聡明なネットユーザーの方にお任せしたい。
(まとめサイトなど初出と思われるものは存在しているのでしょうか?)
一応「バカ女語のガイドライン」というスレ?が初出なんでしょうか。(そうすると2007年?!意外と新しい)
しかし、少なくとも5年前まではスイーツ論争などは起こりえなかったのではないかと考えますね。
10年前に「ちょwwwスイーツwwww」なんて考えられないことです。
(そもそもインターネットはそこまで普及していないでしょうね)
しかし、90年代から使われてきたはずの「スイーツ」が、なぜ「バカ女の代名詞」として使われてきたのでしょうか?
90年代以降といえば、
・インターネットの普及
が相まって、それまで問題にされてこなかったような女性の特質が揶揄されるようになったのでしょうか?
この辺はよくわかりません。
で、本題に入りましょう。
女性が「スイーツ」というとき、それは大まかに言うと「西洋菓子」の事を指す。しかし、厳密に言うと西洋菓子でもないんですね。
感覚が鋭いかれらは、属するコミュニティの間でより微妙なニュアンスで物事を伝えたがるのです。
既存の形容詞だけでは言い表せない、微妙なニュアンスを伝えたい欲求があるのです。
同性同士結束したコミュニティを作る傾向にある女性は、(私の周りでは派閥抗争とかしていました。)
こうした「微妙なニュアンス」を感じ取る能力に長けています。 浮気などに勘が鋭い女性もいますね。(これは関係ありませんが。)
つまり女性が「スイーツ」とあえて言う場合には、マスメディアの戦略をある程度考慮しても、
それを選択した時点でまるで異なったニュアンスを感覚的にかぎ分けて使っている可能性があるのです。
この可能性を鑑みて、知り合いの女性たちにインタビューしてみたら、
スイーツにかんしては、「高級製菓」の事を指す傾向がありました。
“高級”の間は人それぞれですが、
「不二家はスイーツにはいらない」「コンビニ菓子ははいらない」「パティシエが作ったもの」「スフレやマカロンなどフランスの系譜のもの」「和菓子も入る」
など個人の線引きはあるように思います。
つまり、彼女達にとって「スイーツ」≠「菓子」であり、感覚的には別物なんですね。
もっと広い範囲で聞いてみるとおもしろいかもしれませんね。増田のみなさんはどこで線引きしますか?
「そもそもその感覚こそ、マスメディアに作られたものなんだ!」という人もいるかもしれません。、
そのことを全否定するつもりはありません。多かれ少なかれ我々はメディアの影響を受けているものです。そうでしょう?
しかし彼女達にとっては「スイーツ」は「菓子」でも「デザート」でもないようだということを主張して、駄文を終わらせていただきます。
豆知識(蛇足)
お菓子、という言葉は漢字が示すように昔は果物のことでした。実はイギリス英語(w)の「デザート」にも同じような意味があります。