はてなキーワード: SFとは
どうせ働いても「底辺」「ガ○ジ」「陰キャ」「チー牛」とネットではバカにされるし。無職を叩く話題の時だけは「どんな底辺でも無職よりはマシ」と言われるけど、そういう話題の時以外は真面目に働いていて、悪いことをしているわけじゃない人までものすごく優秀じゃないと叩かれる。
ネットの人は陽キャかものすごく優秀な陰キャ以外は認めてくれない。昔はインターネットを断てば、ネット民を気にせずにすんだけど、コロナ禍で今まではネットを見なかった人までネットを見るようになったから恐ろしくてたまらない。現実世界とインターネット、両方が悪影響を与え合っている。一般人ですら「陰キャ」や「チー牛」といった言葉をしっている。恐ろしくてたまらない社会。まるでSFに出てくるディストピアだよ。
近所によぼよぼの犬がいて、愛らしいのだが見ているとどんどん哀しい気持ちがふくらんでくる。
ミックスっぽい、柴の毛並みをちょっといい加減にしたような犬だ。たぶん歳の影響で目の左右の開き方が均等になっておらず、関節とか背中とかの脂肪の付き方がむっくりした変な感じになっている。
いかにも老犬という感じに毛がぼさぼさになっている。もしかしたら秋の生え代わりかもしれないが、生き物の季節の移り変わりに対する普遍的な戸惑いが加齢によってもっと強まってしまっている感じで、体のあちこちからよくわからない毛束がぴょんぴょん飛び出しており、本人(犬)も困っているんだかあきらめてるんだか、そもそも気づいていないのか、何やら曖昧な雰囲気でめちゃくちゃ切ない。
さっき喫茶店に行こうと思って歩いていたら、ちょうどそいつが散歩に行くために庭から出てくるところだった。
うつむき加減に虚無っぽく砂利を見ている視線、体の周囲によぼよぼ、という字が見えるぐらいよぼよぼなのだ。
(よぼよぼだ…)と思いながら犬の横を通り過ぎて喫茶店に着くと営業時間が終わっていた。気落ちしながら来た道を戻ってきたら、あれから数分は経っているのだが、犬はまだ最初の庭から数m離れた小径でもじもじしていた。
若いやつならたったかたったー、でもう遠くにいってしまっているだろう。
その小径は俺の自宅に向かう通りでもあるので、再び脇を通ろうとしたら、俺に気を遣った飼い主さんが「あ、ごめんなさいね」と言うと、犬のお腹に手を回し、ぐっ、と動かして通りやすくしてくれた。
犬の虚無の目。
ううっ、となる。よぼよぼなのだ。
…
生き物はすべて歳を取る。
この真理が人間以外の他の動物にだけ強調されて見えるのは、俺の観察がぬるいからだろうか。
うちの両親は高齢者と呼ばれる年齢に入ったが、運よく、いまのところ健康でいる。
これが大病を患ったり、要介護になったりすると、近くにいる者として、世界が違って見えるのだろうか。たはむれに 母を背負いて そのあまり 軽きに泣きて 三歩歩まず。
ただ動物の場合、小さいころの想像が簡単なので、それと現在の姿とのギャップが鮮烈というのも理由である気がする。
あんなよぼよぼの犬でも、十年くらい前に激烈にエネルギッシュに駆け回っている姿は、意外と簡単にイメージができる。目の前にいるこいつは一歩一歩がようやっとの完全によぼよぼなのに…。
それに比べると、人間は存在が切断されている感じがする。両親の幼い頃とかほとんどイメージできないし、なんというか、存在として連続してないんだよな。
…
そういえば、カート・ヴォネガットのSFに出てくるトラルファマドール星人という宇宙人は、視線が時の流れを超越しているので、人間を見ると頭が赤ちゃんでお尻が老人になったムカデのように体長の長い生き物に見えると書いてあった。
この特殊な目で見れば、人間にもあの哀しいよぼよぼを感じるのだろうか、と思うが、「頭が赤ちゃんでお尻が老人になったムカデのように体長の長い生き物」ってもはや『彼岸島』の邪鬼じゃねえか、という感じなので、違うかもしれない。
自分が「萌え系」と呼ばれる表現が好きだから、それを作ってるクリエータも「そういうもの」が好きなはずだ、
という前提で話をする人がいるけど、おかしくないですか?
生活の安定を諦めてでもクリエータとしてエンタメの世界で生きていこうという覚悟があるような人は、
かなりの確率でハードコアな SF ファンだったり、ファンタジーならハイファンタジーというタイプだったり、
好きにやらせてもらえるなら、萌えキャラや人気声優が入り込む余地のない玄人好みの、
できることなら SF、ファンタジー、映画の歴史に残るような、「本格○○」をやりたいんじゃないの??
彼らが所謂「萌え系」の表現をやるのは、そうしないとビジネスとして成立しない(そもそも何も出来ない)
からで、では何故ビジネスとして成立しないかというと、ロリ美少女キャラに人気声優の声をあてて
キャピキャピやらせればそれで満足するような程度の低いお客さんが多いからですよね?
つまり、「乳が揺れた」だの「ほとんどパンツが見えそうな超ミニスカ」だので悦んでる
オーディエンスのレベルの低さが間接的に(直接的?)クリエータの手足を縛ってるわけで…
そういうことの方が、よっぽど「表現規制」だという見方もできるわけです。
最近話題のサンデルの本の英語タイトルは『The Tyranny of the Meritocracy』(直訳:能力主義の専制・強権統治)
だけど、自分たちの何気ない「可愛いは正義」みたいな選択が、市場原理を経由して(映像作家を志す者に対して)
「Tyranny」として現れることがある、という自覚はあってもいいと思う。
最初は整理のつもりだったが、すべての本が埃っぽくネズミの糞尿にまみれたものも少なくなかったので
ハルヒが流行ってたころに集めたハヤカワSFや海外小説のうち、ページが字でみっちり埋め尽くされて
いるようなのは流石に絶対読まない自信があったので、それらも捨てた。
ちなみにまだ大半読んでなかった。
読み切る集中力がもうない。
読んだとしても字を追ってるだけの苦行になる。
内容もよく頭に入らない。
加齢はおそろしい。
そして極めつけが木下さくらのtactisに影響されてかぶれだした民俗学から始まって集めたオカルト・宗教本の数々。
すべて処分してから気づいたが、アレらがかなり異様な雰囲気を放っていた。
部屋が片付いたのもあるだろうけど、なぜか憑き物が落ちたようなすっきりした気分になった。
スーパーで売ってるニワトリの卵あるじゃん?最近は卵の殻自体に賞味期限が印字されてんのな。ちょっとSF感あるなぁって。未来の人間は名前とか生年月日とかマイナンバーとかがタトゥーみたいに肌に印字されるんかな。
現地の言葉は別にあり、そのままだと非常に読みづらい文章になるので近い言葉に翻訳してるってやつ
ただ偉人由来の言葉を使ったりすると、読んだ時に発狂する奴が出てくるのでそれっぽい言葉も多少は考える必要がある
真面目にやると意外と面倒くさいので、話を考える妨げにならない様に気をつけよう
設定の不備でどうこう言うやつしかいないって事は、要は話がつまらんって事だからね
ハエは食べ物にもうんこにもたかるけど、ハエしかたかってないのは大体うんこなんだ
結局は自己満足の世界とはいえ、できれば自分が後から読んだ時に面白い話を書きたいでしょ
面白い話を書くためにはキャラクター周りの設定以外は多少おろそかでも良いと思う
これも割とある
このパターンだと死亡時期が定かじゃなかったり、死体が発見されてない歴史上の偉人の名前を出したりもできる
ドリフターズみたいにその偉人達を主役級のキャラとして使う事もできる
ただ当たり前だが、こういう事をやろうとすると歴史に関する一定以上の知識が必要になる
この手の話をネット上に上げると何が楽しいのか知らんが、歴史知識でマウントしてくるバカが湧く
無視するのが一番だが、それも難しい時は「フィクションですから」を上手い事盾に使って、まともに相手しないようにしよう
これをやるとファンタジー風味の世界観とその根底にあるSF要素の両方の設定を考える必要がある
歴戦の設定厨以外にはオススメできない
設定厨は設定を考えるだけで満足してしまい、作品を仕上げる余力がなくならない様に注意しよう
はてなに居るか怪しいけど、もし設定の不備を批判されるのが嫌で話を作る事を躊躇してる人がいたら気にするのを止めよう
設定の不備や細かな間違い、勘違いを執拗に指摘してくる人は他人を攻撃する事が趣味の人達が大半だ
そういう人と関わっても損することしかない
彼らの言い分をどれだけ取り入れても作品の完成度は上がらない
枝葉を整えても幹が貧弱では意味がない
読者を大事にすべきってのは分かる
でもこれもよく言われる事だけど、自分が書いた話を一番最初に読むのは自分自身
それができる様に成れば長く楽しめる趣味になるよ
ネットのミソジニーやミサンドリスト見てると、完全に生まれた肉体の性別で居住区わけて、生殖も機械によって行われる世界になったらちょっとは変わるのかなとたまに思う。たぶん居住区に住まう肉体と違う性別を教えるかどうかでトランスジェンダーの扱いが変わってくるだろうけど。
性愛はともかく、男も女も現実では同性が好きなんじゃないかと非モテ弱者男性なりフェミなり見てると思う。
それはそれでいいと思う。ただ現状の男も女も同じ居住区で自由恋愛して繁殖するシステムが今の男女対立を招いてるんじゃないかな。
恋愛はともかく男しかいない世界、女しかいない世界で生殖のための奪い合いなどがなくなったらどうなるんだろう。壁の向こうにいる異性に対して今以上にヘイトを高めるのか、それとも極度に理想化するだけなのか。例えば異性の身体的特徴を知らされないまま理想化した姿は、魅力的な同性を極限まで高めた姿なのか、それとも魅力的な同性の姿からかけ離れた姿なのか。
こういうのを近年のヘテロよりの男性作者と女性作者が書いたSFで読みたい。今の非モテ拗らせた作者の性別でどんな風に違うのか気になる。
ただ男性作者が百合書いて、女性作者がBL書くような顛末になれば思考実験としてつまらないものに成り下がると思う。非モテ弱者男性が描く男性しかいない社会、非モテ弱者女性が描く女性しかいない社会にどんな違いが描かれるのかが一番知りたい。
これまで刊行された『美しい彼』シリーズの単行本やドラマCDについていたオマケや、アンソロジーに掲載された番外編SSなどが収録されている。数えた訳ではないけど、『悩ましい彼』の幕間話が多いんじゃないかな。なので、多くの場面で清居がおデブ。全体の半分弱が書きおろし。ストーリーの面白さと登場人物が皆個性的でキャラが濃ゆいせいで、ものすごい読み応えを感じる。
本編ではストーリーを進める都合上、省かれてしまった細かいエピソードが……特に平良のきもち悪さが……盛りだくさん。
家電の心意気で生きている平良✕普通の人間と普通の恋人として触れ合い共に暮らしたい清居の、すれ違いまくるのにちゃんとカップルとして成り立っている、チグハグなやり取りがとても面白かった。書き下ろしではまさかの心霊現象発生。これまでリアルな世界観で来たのに、いきなりSF(すこし・不思議)とはこれいかに。くっそ面白かったけど。あと、謎の光の存在感、はらだ先生の『ハッピーくそライフ』に出てくる道祖神のような物体を連想した。
平良が熱く妄言を語るシーンぜんぶ好き。清居とビーバー小山の場外キャットファイトも好き。TO(トップオタ)と平良の交流の話は、生々しいドルオタの裏側を知れて勉強になった、のか? てかドルオタって本当にああいうものなの? かなり、怖いんですけど……。ともあれ、パン姐さんに幸あれ。
ラストの社長視点は清居に対する見方が思いの外辛くて驚きなんだけれども、そう言われると確かにそうだよねっていう感じだった。心霊現象とかTOとかファンタスティックな話が続いてから急に現実に戻ったな。
とにかく笑って笑って笑う。腹筋がかなり鍛えられる一冊だった。
来月からドラマ『美しい彼』放送だってー! 枠は二年くらい前に『きのう、何食べた?』を放送していた枠と同じかな。清居役を演じられるようなイケメンはこの世にというか、日本国内で調達するのは無理なんじゃないかなと思っていたけれど、ちゃんと美しい男の子をひっぱってこれて良かったねー。役者のコメント読んだら、まさに清居らしい生意気そうなコメントをしていてかわいい。平良役の子が、本当に平良っぽい容姿をしているのだけれど、笑うとすごく可愛いので、びっくりした。ドラマ楽しみ。
まずはこの読み切りを読んで欲しい。
読んだかな?
じゃあ感想も読んでね。
さて、君はどう思った?
まあ基準をどこに置くかだよね。
私が同じレベルのを描けって言われたら一生描けないかも知れない。
そもそも頑張って絵の練習をしないんだからそりゃそうなんだけどさ。
10年以内に出来なかったら殺すって言われた場合に必死に抗うよりは諦めたほうが楽かなってラインぐらいは超えてると思う。
まあこれより絵が汚い漫画ってたくさんあるし、ジャンプに載ってる新連載の半分以上は単なる絵柄の問題を超えてこれより下手かなって思う。
でも漫画の絵として考えると自分なりの絵柄を持ってれば下手でも成立する部分はあるから絵のレベルで負けてるのは半分ぐらいかな。
漫画業界全体で考えると問題はもっと難しくて、絵柄は完全に捨てて内容で勝負するタイプだとヘタウマですらなく単にやる気がないだけのも沢山あるよね。
もちろんすっげーうまくてこの漫画は足元にも及んでないのだって沢山ある。
今回の場合は「新人の読み切りとしては」って考えたら上位2割ぐらいには入ってそうだし、上から三等分で高いー普通ー低いのラインを引いてくなら「高い」にカウントしていいだろう。
でも世の中には「あらゆるものは上位1割以外はカスである」っていうSF界じゃ金言とされているような考えもあるんだな。
この理論だと上位1割に入れるのが普通のラインで、そこから上位1割に入ってようやく本当の上位になるらしい。
そうなると「高い」のラインは「全体の1%」に引かれてしまうわけだ。
その基準で考えても乗り越えられる漫画家、画力の化け物としか言えない漫画家は何人か思いつくよね。
流石にそのラインじゃなくても、描きたいものを表現するのに全く不足を感じさせないレベルの人、驚異的執念と緻密さで描こうとすることが狂ってるようなものを描いてしまう人もウジャっといる。
画力系漫画家のレッドオーシャンっぷりってのは本当意味不明なレベルでここ20年ぐらいの間にだいぶ進んでしまったと思うよ。
同時に画力が低くても漫画家として成立させる技術みたいのも確立されていったから全体で中央値を取ると昔とあまり差はなさそうなんだけど。
そもそも漫画の画力って「手段」と「目的」で変わると思うんだよね。
「手段」っていうのは「表現したいものを表現しようとしたときの減衰を防げる」かどうかが重要。
「目的」っていうのは「絵の上手さそのものに商品価値を見出してもらうことが出来る」かが重要。
この2つは似ているようで結構違っていて、漫画に対して読者が求めるものでも変わるんだよね。
漫画に対して求めているものがストーリーである人にとっては、「作者の画力の高さをアピールするためにストーリー展開や読みやすさの優先度を下げてまで用意された画力アピールコーナー」なんてのは評価対象外にさえなるんだけど、漫画に絵を求めている人にとってはストーリーはそういった絵を際立たせるためのマクガフィンでさえあり得るわけだよね。
まあ「手段」としての画力が高いことは一般に「漫画力が高い」って表現の中でストーリー構成とかと纏めて括られてしまいがちだけどね。
そうなると「画力が高い」って表現をするときはやっぱり「目的」になりうるレベルが求められるのかな。
動画:
https://twitter.com/keijitakeda/status/1445589826921631760?t=T7CWJ_3ZBADRzgcMTbr95Q&s=19
12秒程度の動画。最初の1秒程度に「今日の仕事は楽しみですか?」と表示される。
だから
AlphaDrives / NewsPicks が
ビジネスに鼓動を
ブランドメッセージである「今日の仕事は楽しいですか」のタイミングの写真をRT、拡散される
https://togetter.com/li/1784040
「市民、あなたは幸福ですか?」というTRPG「パラノイア」のセリフを連想する人が多く、コンピューター様ネタで盛り上がりをみせる。
謝るということはやっぱり悪いことしてたんだなとさらに叩く
今ここ
>いやだから、既存のソナーの信号処理アルゴリズムに機械学習やディープラーニングが使われてないとでも思ってるのか?
既存のソナーの信号処理アルゴリズムにAI(機械学習やディープラーニング)が使われていることと、船乗りの作業がAIに代替される(結果、将来性が無い)ってのは、全然違う話でない?
>そもそも現代の機械学習やディープラーニングがやってるのは「機械化」や「自動化」でしかないぞ。もしかしてSFみたいな意思を持った人工知能みたいなもんが既にできてると思ってるのか?